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EUの労働法政策

2025年12月18日 (木)

欧州議会が職場のアルゴリズム管理について勧告決議

昨日(12月17日)、欧州議会は「職場のデジタル化、AI、アルゴリズム管理」という決議を採択しました。

https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-10-2025-0337_EN.pdf

この報告には、付録(Annex) として、欧州委員会に対してこういう内容の立法提案をせよという勧告がつけられています。EUでは立法府たる欧州議会には立法提案をする権限がなく、提案権は行政府たる欧州委員会にしかないので、こういう回りくどいやり方になるのですが、要するに、日本で言えば議員立法的な提案を勧告決議という形でやっているわけです。

この件については、先日『労働法律旬報』に寄稿した「スポットワークの系譜と今後の展望」の一番最後のところでもチラリと触れておきましたが、

・・・日本ではプラットフォーム労働といえばほとんど専ら労働者性の問題と考えられているが、同指令では第3章の7条から15条にわたって、アルゴリズム管理に対する規制が事細かに規定されているのである。さらに、欧州議会は今年「職場におけるデジタル化、人工知能及びアルゴリズム管理に関する欧州委員会への勧告」案を採択し、その付属文書である「職場のアルゴリズム管理に関する指令案」は、労働者と一人自営業者双方を対象としてアルゴリズム管理を包括的に規制しようとしている。日本でも今後、スポットワークを雇用型プラットフォーム労働ととらえ、アルゴリズム管理の規制という観点から考えていく必要は今後ますます高まっていくと思われる。その上でも、スポットワーク事業者を単なる仲介事業者ととらえている現在の立法の建付けを再検討する必要が出てくるのではなかろうか。

より詳細には、『労基旬報』8月25日に「欧州議会の『職場のアルゴリズム管理指令案』勧告案」として詳しく紹介してあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-a6ff97.html

 去る6月26日、欧州議会の雇用社会問題委員会に、「職場におけるデジタル化、人工知能及びアルゴリズム管理に関する欧州委員会への勧告」案が提出されました。これには付属文書という形で「職場のアルゴリズム管理に関する指令案」がついていて、内容的にはこちらが中心です。EUでは、立法機関たる欧州議会には立法提案をする権利はなく、指令案を出せるのは欧州委員会だけなので、こういういささか回りくどい形式をとっているのですが、要するに議員立法の法案みたいなものだと考えていいでしょう。
 職場のアルゴリズム管理への規制としては、昨年10月23日に正式に成立した「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令」が、プラットフォーム労働遂行者に限って、個人データ保護や意思決定システムの透明性等を規定していますが、他の労働者には及びません。しかし、近年のAIの発達により、あらゆる職場でアルゴリズム管理が用いられるようになり、欧州労連などは法的対応の必要性を叫んでいました。今回の勧告案は、それを受けたものということになります。
 プラットフォーム労働指令が雇用関係のあるプラットフォーム労働者だけでなく雇用関係のない者も含むプラットフォーム労働遂行者まで含めてアルゴリズム管理規制の対象にしていたことに倣って、今回の勧告案は労働者と一人自営業者双方を対象としており、これを裏返せば使用者とサービス調達者を義務づけの名宛て人にしていることになります。規制の内容はプラットフォーム労働指令を若干補正した形になっています。すなわち、透明性と情報入手の権利(第3条)、協議(第4条)、禁止行為(第5条)、人間による監視と再検討(第6条)、労働安全衛生(第7条)、権限ある国内機関の責任(第8条)という条文立てになっており、中でもプラットフォーム労働指令と同様、人間による監視と再検討に重点が置かれています。以下では、勧告案付属指令案の本文の主要部分を翻訳して紹介しておきます。
 
第1条 主題と適用範囲
1.本指令は、職場におけるアルゴリズム管理の透明な利用のための最低要件を規定する。
2.本指令は、EUの全ての労働者及び使用者並びに一人自営業者及び関係するサービス調達者に適用する。
第2条 定義
1.「アルゴリズム管理」とは、作業環境内の活動を監督するために個人データを処理するシステムや、作業割当の編成、報酬、安全衛生、労働時間、訓練機会昇進及び契約上の地位のような労働者又は一人自営業者に重大な影響を与える意思決定を行うか又は支援するためのシステムを含め、電子的手段により、労働者の作業成果及び労働条件に関し、監視し、監督し、評価し、又は意思決定を行うか若しくは支援するための自動的システムの利用をいう。
2.「労働者」とは、労働協約及び国内慣行を含め、EU法及び国内法で定義された雇用契約又は雇用関係を有するとみなされる者をいう。
3.「一人自営業者」とは、雇用契約又は雇用関係を有さず、関係するサービスの提供のための彼又は彼女の個人的な労働に主として依存する者をいう。
4.「使用者」とは、国内法及び慣行に従い、労働者との雇用契約又は雇用関係の当事者である自然人又は法人をいう。
5.「サービス調達者」とは、特定のサービス又はタスクの提供のための一人自営業者との契約合意の当事者である自然人又は法人をいう。
第3条 透明性と情報入手の権利
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者がそれぞれ、その契約関係にある労働者及び一人自営業者並びにその代表に対し、職場におけるアルゴリズム管理のためのシステムの利用又は利用の計画に関して、書面で情報を提供するよう確保するものとする。
2.第1項にいう情報は以下を含むものとする。
(a) その目的の一般的な記述を含め、アルゴリズム管理システムが利用されているか又は導入を意図しているという明確な声明、
(b) その行動及び成果に関連するデータ並びに監視される行為又は活動のタイプも含め、労働者又は一人自営業者との関係でかかるシステムによって収集され又は処理されたデータのカテゴリー、
(c) 収集されたデータが自動的な意思決定を遂行するために利用されるか、及びかかる意思決定の性質及び範囲の記述の明確な表示
3.第1項にいう情報は次の時期に提供されるものとする。
(a) 労働者の就労初日以前及び一人自営業者の契約初日、
(b) 労働条件、作業編成又は作業成果の監視及び評価に重大な影響を与える変更の導入以前、
(c) その要請に基づきいつでも。
4. 第1項にいう情報は、明確で容易に理解できる方法で提供されるものとする。加盟国は、使用者及びサービス調達者が、労働者又は一人自営業者が理解することが合理的に期待できるデジタルリテラシーのレベルに合わせて、かつ不必要に技術的又は複雑な言語の利用を避けるような方法で、情報を提供するよう確保するものとする。
 加盟国は、第1項にいう情報が障害者にもアクセス可能なフォーマットで提供されるよう確保するものとする。
5.本条に基づく情報の提供は、労働者又は一人自営業者がその労働を遂行し、アルゴリズム的なシステムが彼らに影響を与える意思決定にいかに影響するかを理解し、その権利を行使するのに厳格に必要なものに限定するものとする。
第4条 協議
1.加盟国は、労働者の報酬、労働編成又は労働時間に直接影響する新たなアルゴリズム管理のシステムの配置又は既存のシステムのかかる更新が、作業編成又は契約関係の重大な変化をもたらすような意思決定とみなされ、かかるものとして指令2002/14/EC(一般労使協議指令)第4条第2項第(c)号に基づく協議の対象となるよう確保するものとする。
2.かかる協議には次の事項が含まれる。
(a) 配置又は更新の背後にある目的及びその影響を受ける作業過程及び労働者、
(b) 作業負荷、労働密度、日程、労働時間、柔軟性又は職務内容の変化、
(c) 労働安全衛生への影響、
(d) 収集されるデータのタイプ、
(e) 偏見又は差別的帰結を探知し及び緩和するための措置、
(f) 人間による監視の機構
(g) 影響を受ける労働者及び一人自営業者への訓練及び支援の措置。
第5条 禁止行為
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者が次に関わる個人データを処理することを禁止されるよう確保するものとする。
(a) 労働者又は一人自営業者の感情的又は心理的状態、
(b) 神経監視、
(c) 私的な会話、
(d) 勤務時間外又は私的な部屋にいる労働者又は一人自営業者の行動、
(e) EU基本権憲章に規定する結社の自由、団体交渉及び団体行動権又は情報提供及び協議を受ける権利を含め、基本権の行使の予測、
(f) 人種的若しくは民族的出自、移民の地位、政治的意見、宗教的若しくは思想的信条、障害、健康状態、労働組合への加入又は性的指向の推測。
2.本指令のいかなる規定も、規則(EU)2016/679(一般データ保護規則)又は規則(EU)2024/1689(AI規則)の下で禁止されている行為を許容するものとして解釈されないものとする。
第6条 人間による監視と再検討
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者が職場に配置された全てのアルゴリズム管理システムに対してあらゆる時に有効な人間による監視を維持するよう確保するものとする。加盟国はまた、使用者及びサービス調達者が、かかるシステムの適用される法的、安全衛生上及び倫理上の基準への遵守を含め、かかるシステムの作用及び影響の監視並びにその意思決定の再検討に責任を有する者を指名し、それを労働者、一人自営業者及びその代表に対し通知するよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働者及び一人自営業者が、その要請に基づき、タスクの配分、成果の査定、労働時間の日程調整、報酬、懲戒処分を含め、その雇用又は契約関係の重要な側面に影響を与えるいかなる意思決定に関しても、かかる事項に関する意思決定が既に行われ又はアルゴリズム的システムにより重大な影響を受けている場合には、使用者又はサービス調達者から、口頭又は書面による説明を受ける権利を有するように確保するものとする。
 第1項にいう説明は、合理的な時間内に、関係する労働者又は一人自営業者にアクセス可能で理解可能なフォーマットで提供されるものとする。
3.加盟国は、雇用又は契約関係の開始又は終了、契約関係の更新又は不更新及び報酬のいかなる変更に関する意思決定もアルゴリズム管理のみに基づいてとられることのないよう確保するものとする。かかる意思決定もまた、人間の監視者による再検討及び最終決定に従うものとする。
4.加盟国は、労働者及び一人自営業者の代表が、使用者又はサービス調達者に対し、アルゴリズム管理システムがシステム的なバイアス若しくは欠陥を示し又は労働者若しくは一人自営業者の精神的若しくは身体的健全性又は職場の安全衛生に脅威を与えるという正当な懸念がある場合には、設置されたかかるシステムの作用の再検討を開始するよう要請することができるように確保するものとする。
第7条 労働安全衛生
1.指令89/391/EEC(労働安全衛生指令)及び職場の安全衛生分野における関係諸指令に抵触しない限り、加盟国は使用者に次のことを確保するものとする。
(a) とりわけ作業関連災害、心理社会的及び人間工学的リスク並びに労働者への過度の圧力に関し、アルゴリズム管理システムの安全衛生へのリスクを評価すること、
(b) これらシステムの安全装置が作業環境の特別の特徴の観点から特定されるリスクにとって適切であるかどうかを評価すること、
(c) 適切な予防的及び保護的措置を導入すること。
第8条 権限ある国内機関の責任
1.加盟国は、その各労働監督機関に、職場におけるアルゴリズム管理システムの安全で非差別的な利用を監視する任務を課すものとする。
2.労働監督機関は、次のことを監視し、統制し、評価する任務を負うものとする。
(a) とりわけ労働者の精神的及び身体的健康への影響に関して、雇用の過程で利用されるアルゴリズム管理システムの安全性、
(b) かかるシステムの設計、配置又は作用においてバイアス及び差別がないこと、
(c) アルゴリズム管理システムの労働時間及び労働者への成果圧力に対する影響、
(d) 労働安全衛生及び均等待遇に関する規定を含め、本指令並びに他の適用されるEU法及び国内法の関連規定の遵守。
3.加盟国は、その各労働監督機関がその機能を有効に遂行するために十分な資源、権限及び技術的専門性を有するように確保するものとする。

2025年12月17日 (水)

EUがクオリティ・ジョブ法について労使団体への第一次協議を開始

Adobestock_607448542 去る12月4日、欧州委員会はクオリティ・ジョブ法について労使団体への第一次協議を開始しました。

https://employment-social-affairs.ec.europa.eu/document/download/059a1e18-2508-4520-9b15-5831c50e0f91_en?filename=Consultation_Quality-Jobs-Act_2025.pdf

As announced by President von der Leyen in her 2025 state of the EU address and the Commission’s 2026 work programme, the Commission will propose a Quality Jobs Act in 2026. The new law will update EU rules protecting workers while supporting productivity and competitiveness.

Today’s first-stage consultation seeks social partners’ views on the direction of EU action to improve job quality. The consultation highlights several areas that a future law could cover, including:

・Algorithmic management and artificial intelligence (AI) at work: Digital tools are now central to working life. AI can save time and increase productivity. However, 84% of Europeans believe that these technologies must be carefully managed at work.

・Safety and health at work: New technologies and mobile digital equipment have transformed workplaces and expanded remote work. Psychosocial and ergonomic risks at work have increased, highlighting the need to update EU rules on safety and health at work. In 2025, 29% of workers reported experiencing stress, anxiety or depression caused or worsened by their job, up from 27% in 2022, according to the latest EU-OSHA pulse survey.

・Subcontracting: Subcontracting helps companies access expertise and innovate. However, it can also lead to abusive practices and poor compliance with labour, health, and safety regulations, especially in long and complex subcontracting chains.

・Just transition: The green and digital transitions are driving companies across the EU to restructure, creating major challenges for both workers and employers.

・Enforcement and role of social partners: Strong enforcement is essential for workers to benefit from their rights. Persistent issues such as undeclared work and weak compliance undermine job quality and fair competition.

This new consultation will complement the right to disconnect and telework consultation finalised in October 2025.  

フォン・デア・ライエン委員長は既に、来年(2026年)にクオリティ・ジョブ法を提案するんだと言ってるんですね。言ってから改めて労使に協議しているという構図のようです。

正直言って、なんだかやたらに総花的で何をしようとしているのかわかりにくいところもありますが、今日労働問題として注目を集めているトピックとしてはやはり、最初のアルゴリズム管理とAIの話と、三つ目の下請連鎖の話が中心になるように思われます。

これから労使団体がどのような反応を示すかも見ていきたいと思いますが、とりあえず現場からは以上です。

 

2025年11月11日 (火)

EU最低賃金指令はOK@EU司法裁判所

今年1月に法務官がEU最低賃金指令は条約違反で無効だという意見を発表して大騒ぎになっていたことについては、その時に本ブログで紹介しており、

EU最低賃金指令は条約違反で無効@欧州司法裁法務官意見

その後『労基旬報』にやや詳しい解説を書きましたが、

EU最低賃金指令は条約違反で無効!?@『労基旬報』2025年2月25日号

その行方を関係者がかたずをのんで見守って10か月経って、ようやくEU司法裁判所の判決が出されたようです

なぜかまだ裁判所のHPにはアップされていないのですが、欧州委員会のHPに、最低賃金指令の有効性を認めた判決を喜ぶ旨の記事が載っています。

Commission welcomes the judgment of the EU Court largely confirming the validity of the Directive on adequate minimum wages

In its judgment, the EU Court of Justice dismissed the request to annul in its entirety the Directive on adequate minimum wages. The Court confirmed the validity of the provisions of the directive relating to collective bargaing on wage-setting.

その判決において、EU司法裁判所は十分な最低賃金に関する指令を全面的に無効とすることを求める請求を棄却した。裁判所は賃金決定に関する団体交渉に関する指令の規定の有効性を確認した。

そのうち裁判所のHPに判決文がアップされると思いますので、詳細はその上で。

 

 

 

 

 

2025年10月29日 (水)

欧州労使協議会指令の改正に理事会合意

一昨日、EUの理事会が欧州労使協議会の改正に合意したと発表しました。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2025/10/27/strengthening-representation-of-eu-workers-in-multinational-companies-council-greenlights-revision-of-the-european-works-council-directive/

The Council has adopted a revising directive that seeks to make the representation of workers in large multinational companies more effective. This revision will amend the existing directive on European works councils (EWCs) to make the rules clearer, notably as regards how EWCs are set up, their resources and the protection of their members.

欧州労使協議会指令は前史から数えると長い歴史がありますが、1994年に成立し、2009年に改正されていますが、2023年に改正についての労使団体への協議があり、2024年に欧州委員会から指令改正案が提出され、今回ようやく成立に至ったというわけです。

The revising directive clarifies the scope of transnational matters to ensure that decisions substantially affecting workers in more than one member state trigger an obligation to inform and consult an EWC, without this being extended to day-to-day decisions or issues that only affect employees in a trivial way.

The revised rules also ensure that information can only be withheld by the company or treated as confidential if objective criteria are satisfied and for as long as the reasons justifying these limitations persist.

The directive also strengthens provisions on access to justice and (where relevant) administrative proceedings, including by ensuring that the costs of works councils relating to legal representation and participation are covered.

主な改正点は、国際事項の明確化、機密情報の定義、紛争処理手続等です。

Eulabourlaw2022_20251029092301 本指令の過去の経緯については、2022年に刊行した『新・EUの労働法政策』(労働政策研究・研修機構)に詳述してあります。

 

 

 

2025年10月16日 (木)

最低賃金の設定基準とEU最賃指令

本日の朝日新聞に、「最低賃金は「賃金の中央値の6割」 政治介入抑制へ、高知で指標導入」という記事が載っています。

https://www.asahi.com/articles/ASTBH41V9TBHULFA006M.html

 今年度の最低賃金改定で、高知の地方審議会が新たに「一般労働者の賃金における中央値の6割」という目標を導入したことがわかった。相対的貧困ラインを念頭に、欧州連合(EU)が最低賃金の設定に用いる水準で、厚生労働省によると国内で導入は初とみられる。引き上げを求める政治介入が常態化する中、客観的なデータで公労使の合意を得る狙いだ。
 高知の審議会は8月末、県内で12月から適用される最低賃金を現在の952円から71円引き上げて1023円とすることを答申した。改定後の高知の最低賃金は、沖縄、宮崎と並び全国最低額だが、審議会がまとめた見解に「セーフティーネット水準として、賃金の中央値の6割を注視することを公労使で共有した」と初めて盛り込んだ。
 県内の一般労働者の賃金の中央値は、厚労省の2024年の統計から残業代や賞与を含めて1822円で、その6割である1093円を目標額として設定。審議会は来年度までの2年間で実現する方針だ。・・・

半世紀にわたり中央最賃審でランク別の「目安」を示し、それに基づいて各地方最賃審で地賃額を決めるというやり方が、昨今の政治介入で混迷化しつつある中で、新たな試みとして注目に値します。

ここでは、このEU最低賃金指令の関係条文を紹介しておきましょう。

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(最低賃金指令)
Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union
第2章 法定最低賃金
第5条 十分な法定最低賃金の決定手続き
1 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の決定及び改定の必要な手続きを設けるものとする。かかる決定及び改定は、まっとうな生活条件を達成し、在職貧困を縮減するとともに、社会的結束と上方への収斂を促進し、男女賃金格差を縮小する目的で、その十分性に貢献するような基準に導かれるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法、権限ある機関の決定又は政労使三者合意における国内慣行に従って定めるものとする。この基準は明確なやり方で定められるものとする。加盟国は、各国の社会経済状況を考慮して、第2項にいう要素も含め、これら基準の相対的な重要度について決定することができる。
2 第1項にいう国内基準は、少なくとも以下の要素を含むものとする。
(a) 生計費を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力、
(b) 賃金の一般水準及びその分布、
(c) 賃金の上昇率、
(d) 長期的な国内生産性水準及びその進展。
3 本条に規定する義務に抵触しない限り、加盟国は追加的に、適当な基準に基づきかつ国内法と慣行に従って、その適用が法定最低賃金の減額につながらない限り、法定最低賃金の自動的な物価スライド制を用いることができる。
4 加盟国は法定最低賃金の十分性の評価を導く指標となる基準値を用いるものとする。このため加盟国は、賃金の総中央値の60%、賃金の総平均値の50%のような国際的に共通して用いられる指標となる基準値や、国内レベルで用いられる指標となる基準値を用いることができる。
5 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜に適した改定を少なくとも2年に1回は実施するものとする。第3項にいう自動的な物価スライド制を用いる加盟国は少なくとも4年に1回とする。
6 各加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する一またはそれ以上の諮問機関を指名又は設置し、その機能的な運営を確保するものとする。

 

 

2025年9月22日 (月)

テレワークとつながらない権利に関する第2次協議@『労基旬報』2025年9月25日

『労基旬報』2025年9月25日号に「テレワークとつながらない権利に関する第2次協議」を寄稿しました。

 去る7月25日、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する労使団体への第2次協議を開始しました。この問題に関しては、本紙でも2020年10月25日号で「欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案」を、2024年6月25日号で「テレワークとつながらない権利に関する第1次協議」を紹介していますが、今回の第2次協議は「検討中の提案の内容」(EU運営条約第154条第3項)を示すものなので、注意深く見ていく必要があります。
 フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2024年7月の政治指針において、労働の世界におけるデジタル化の影響に関し、AI管理からテレワーク、「いつでもオン」の文化が人びとのメンタルヘルスに与える影響に言及するとともに、つながらない権利を導入する意欲を示しました。その少し前に行われたこの問題に関する第1次協議に対して、労働組合側は概ねEUレベルでの対処の必要性に同意したのに対し、使用者側は疑念を呈しています。ただし、国境を超えるテレワークに関しては、国ごとに異なる労働時間規制が導入の障壁になっているという指摘もあり、そういう観点からの介入には反対ではなさそうです。
 協議文書が課題として挙げている事項を見ると、まず労働者にとっては、デジタル化のメンタルヘルスと身体の健康に与える影響があります。「いつでもオン」の文化の結果、労働負荷、非社会的時間、情報過剰、孤独感等々の問題が生じています。また自宅での休息時間中にもいつでも対応する必要があるため、労働条件やワークライフバランスの悪化をもたらしています。テレワークが個別に導入されてきたため、企業により、また企業内でも労働者により異なる取扱いが見られ、透明性に欠けています。さらにデジタルモニタリングが労働者のプライバシーや個人情報を侵害するリスクもあります。
 使用者にとっては、国境を超えたテレワークにおいて労働時間や安全衛生規則が異なるため、テレワークの活用が過小となり、オフィス費用の節約や競争力が減少する可能性があり、また企業によって異なるテレワークやつながらない権利の仕組みのため、企業間競争に歪みを与える可能性があります。さらに、生産性や労働者のウェルビーイング、組織パフォーマンスに悪影響を与えます。
 そこで、EUレベルの行動が、労働者のメンタルヘルスと身体の健康、ワークライフバランスを改善し、アブセンティーイズムや燃え尽き症候群を減らし、労働市場参加を増やして格差を是正するとともに、競争力や生産性を高めるというわけです。そのために、①「いつでもオン」の労働文化の否定的な影響を縮小し、②透明性と労働条件の向上が求められます。
 まず、「いつでもオン」の労働文化のリスクに対処するため、立法によるつながらない権利の導入が考えられます。併せて、この権利を行使した労働者への不利益取扱いからの保護も必要です。EU立法は各加盟国や労使団体によって実施されるべき広範な原則を規定するか、あるいは使用者がつながらない権利を実施する上で充たすべき最低要件や特定の職種・業種に係る適用除外のリストを規定することも考えられます。例えば、エッセンシャルサービスや柔軟で予測不可能な作業のように、使用者が休息時間中に労働者にコンタクトすることが不可欠であるような活動はこれに当たるでしょう。
 これに加えて非立法的措置として、拘束力のない勧告やガイダンスにより、つながらない権利の定義やEU法や判例法の解釈を明らかにすることも考えられます。ガイダンスには、労働時間と休息時間の区別を明確にするための労働時間の記録等も含まれます。
 テレワークの労働条件向上のためには、拘束力のない理事会勧告かコミュニケーションやガイダンスにより、公正で質の高いテレワークを促進することが考えられます。具体的には、①テレワークへのアクセスと編成の透明性の改善、②テレワークにおける均等待遇と非差別の原則、③テレワークにおける労働安全衛生、④テレワーカーが必要な器材にアクセスできること、⑤テレワーカーのデータ保護とモニタリングといった事柄です。さらに安全衛生分野では、職場とディスプレイスクリーン装置指令の改正など、立法措置も考えられます。また心理社会的又は人間工学的リスクに対する最低要件の設定も含まれ得ます。
 この他、この分野における団体交渉の促進、好事例の交換、情報キャンペーン、使用者や労働者への助成にも言及しています。
 このように、今回の第2次協議は明確な「つながらない権利」の立法化とそれに付随する非立法的措置の導入を中心とし、併せてテレワークの労働条件に関する立法的ないし非立法的措置の導入を提示しています。これに対して労使団体がどのような反応を見せるか、そして欧州委員会がいつ具体的な指令案等の提案に踏み切ることになるか、今後の展開が大変興味深いところですし、その展開は日本におけるこの分野における議論にも何らかのインパクトを与えていくことになる可能性があります。
 なお、この第2次協議には、附属の職員作業文書として、EU各国におけるテレワークの進展とつながらない権利に関する動向等について100ページ近い分量の分析報告が添付されています。これは、テレワークについて論じる上で、極めて有用な資料であろうと思われます。そのうちつながらない権利についての各国の状況の部分を紹介しておきましょう。それによると、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、ギリシャ、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、ポルトガル、スロバキア、スロベニア及びスペインの13か国でつながらない権利が存在していますが、その適用範囲や内容は国によって実に様々です。8か国ではつながらない権利が全労働者に適用されていますが、ICT関連労働者やテレワーカーにのみ適用される国もあります。内容面では、大部分の国ではつながらない権利が労働者の権利として規定されていますが、フランスなど5か国では法律で明確につながらない権利を定義していません。さらに3か国では、つながらない権利は職業的コミュニケーションに対して労働者が反応する義務の不存在(ブルガリアとクロアチア)として、あるいは休息期間中に労働者に接触することを控える使用者の義務(ポルトガル)として規定されています。さらにギリシャとアイルランドでは、つながらない権利は労働から切り離すことと労働に関連する電子コミュニケーションに関与しないことの両方の権利として規定されています。
 また5か国では、つながらない権利の例外として、不可抗力の場合(クロアチアとポルトガル)、合意された待機時間や時間外労働があるとき使用者によるコミュニケーションに反応する義務が生じた場合(スロベニア)、通常の労働時間以外に労働者に接触することが必要となる合法的な理由がある場合(アイルランド)が挙げられています。加えて、ブルガリア、キプロス、ギリシャ、ポルトガルでは、つながらない権利を行使した労働者に対する差別待遇から保護する規定もあります。さらに5か国では、労働者のつながらない権利を尊重しない使用者(キプロス、ポルトガル、スロベニア)や、かかる権利を設定するプロセスを行わない使用者(フランス、ルクセンブルク)に対する制裁規定も設けられています。
 なおつながらない権利に関する実定法規定を持たない国も含めて、産業別ないし企業別の労働協約の中に同様の規定を設けている例が見られます。ベルギー、フランス、ルクセンブルクでは、つながらない権利の内容は労働協約に委ねられています.例えば、フランスでは、労働法典は職場の男女平等と生活の質に関する年次交渉は被用者がつながらない権利を十全に行使しデジタルツールを規制する企業の機構の条件を含めなければならないと規定しています。かかる協定がない場合には、使用者は社会経済委員会に協議してつながらない権利を導入する憲章を策定しなければなりません。フランス政府によれば、2022年につながらない権利は産業別協約の15%で言及され、2021年に1550件の企業別協定でつながらない権利とデジタルツールを取り扱っていました。加えて、テレワークに関しては、2020年11月26日の全国職際協定が、使用者はテレワーカーとの協定において、被用者に対して接触可能な時間帯を明示するよう求められる旨規定しています。
 さらに、クロアチア、キプロス、ギリシャ、スロバキア、スロベニアにおいては、労働協約でより詳細な、あるいはより高い保護を規定することができます。スペインでは、使用者はつながらない権利について企業方針を定めなければなりませんが、それらは産業別ないし企業別の労働協約を遵守しなければなりません。アイルランドでは2021年に、つながらない権利に関する行為規範が、使用者はつながらない権利政策を展開するべく被用者又は労働組合と協議するよう勧告しています。
 今回の第2次協議に対し、欧州労連のシュタール副事務局長は、次のようにコメントしています。「新たな労働慣行は人びとに柔軟性と自律性を与えるとともに、障害者や介護責任のある人、農村地域の人びとの雇用機会を開くものだ。しかしながら、多くの労働者はテレワークが「いつでもオン」の文化を創り出し、ジョージ・オーウェルの小説の如き監視ソフトウェアを用いる上司によって、あらゆるクリックが追跡されている状態となっている。これは欧州委員会が、労働者が労働の世界で起っている変化に歩調を合わせて保護を確保する唯一の権利である。労働者は常につながらない権利を有し、我々は早急にそれが実施されるよう確保する指令を必要としている。」

 

2025年7月28日 (月)

EUがつながらない権利に関する労使への第2次協議

コロナ禍でのテレワークの流行から持ち上がったつながらない権利の話ですが、EUでは2020年に欧州議会が勧告を行い、昨年4月に労使団体への第1次協議が行われていて、それらについてはそのときに『労基旬報』に簡単な紹介をしてありました。

欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案@『労基旬報』2020年10月25日号

テレワークとつながらない権利に関する第1次協議@『労基旬報』

しばらく音沙汰がなかったのですが、先週7月25日(金)に、ようやく第2次協議が行われたようです。

Commission starts second-stage talks with social partners on right to disconnect and fair telework

The European Commission is taking the next steps towards introducing workers' right to disconnect and fair telework and launched today second-stage talks with social partners. These talks will gather EU social partner's views on a potential EU-level initiative to reduce the risks of the ‘always-on' work culture and to ensure fair and quality telework for workers. Concretely, social partners are invited to share their views on:

  • Workers' right to disconnect;
  • Fair and quality telework, including non-discrimination, access to equipment, data protection and monitoring;
  • Occupational safety and health.

第2次協議文書自体も30ページある上に、附属の事務局作業文書が94ページもあり、これからじっくり読まなければならないのですが、この問題に関心のある方々は是非目を通しておいた方がよいと思います。

 

 

2025年5月22日 (木)

欧州労使協議会指令改正案に閣僚理事会と欧州議会が合意

昨日、EUの立法機関である閣僚理事会と欧州議会が、昨年1月に欧州委員会が提案していた欧州労使協議会指令の改正案に合意したということです。

閣僚理事会の発表では、

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2025/05/21/strengthening-representation-of-eu-workers-in-multinational-companies-council-and-parliament-reach-agreement-on-the-revision-of-the-european-works-council-directive/

The Council and the European Parliament have reached a provisional agreement on a new revising directive that seeks to make the representation of workers in large multinational companies more effective. This revision will amend the existing directive on European works councils (EWCs), making them easier to set up, better funded and better protected.

欧州議会の発表では、

https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20250512IPR28373/deal-to-improve-worker-consultation-on-transnational-matters

Parliament and Council negotiators have reached a provisional agreement to improve the functioning of European Works Councils and strengthen their role.

 

 

2025年2月21日 (金)

EU最低賃金指令は条約違反で無効!?@『労基旬報』2025年2月25日号

『労基旬報』2025年2月25日号に「EU最低賃金指令は条約違反で無効!?」を寄稿しました。

 本紙では、2020年3月25日号で「EU最低賃金がやってくる?」を、同年11月25日で「EU最低賃金指令案」を寄稿しましたが、その後の展開については紹介しそびれていました。同指令案は2022年10月19日に正式に採択され、その国内法転換期日は2024年11月15日でした。つまり、既に加盟国内で動き始めているはずです。ところが、去る2025年1月14日、EU司法裁判所のエミリオウ法務官は、同指令は条約違反であるから全面的に無効とすべきであるという意見を公表し、大きな騒ぎになっているのです。今回は、なぜそんな事態になったのかを見ていきたいと思います。
 そもそも、EUは加盟国が批准した国際条約によって設立された国際機関であり、その権限はEU条約とEU運営条約によって限定されています。そして、EU運営条約第153条第5項には、「本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しない」と、明示的にこれら分野の適用除外が規定されています。これは、マーストリヒト条約の社会政策協定以来35年間維持されている規定であり、賃金や組合型集団的労使関係は加盟国の専権事項であることを謳った規定です。
 ところが2020年1月14日、就任したばかりのフォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、彼女の「私の欧州アジェンダ」に沿って、最低賃金に関する労使への第1次協議を行い、6月3日の第2次協議を経て、10月28日には最低賃金指令案を提案しました。旧稿はこの頃の状況を解説したものです。フォン・デア・ライエンは、賃金決定や労使関係の適用除外なんぞは保守的な経営側の要求で入ったものに違いないと考え、労働側は諸手を挙げて賛成すると思い込んでいたようですが、あにはからんや、同指令案に対する最も強く激しい批判は、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合から投げかけられたのです。
 旧稿では協議前日の1月13日付のEUObserverに、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が寄稿した「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を紹介しましたが、指令案提案直前の2020年9月16日付のSvenskt Naringlivに、スウェーデン企業総連合のマチアス・ダール副事務局長、スウェーデン労働組合総連合のスザンナ・ギデオンソン会長、交渉協力協会のマルチン・リンダー会長の3者連名で寄稿した「EUの最低賃金指令は受け入れ難い」は、こう明確に論じています。
・・・我々の労働市場モデルは、労使団体が賃金、労働時間その他の労働条件のような問題について労働協約を結ぶことに立脚している。スウェーデンでは、このモデルは数十年にわたって経済の成功と福祉の強化に貢献してきた。これは、国家は賃金決定に関与しないということを意味する。国家の関与は柔軟性に欠け分野ごとに調整されない賃金決定、使用者にとってのコストの増大をもたらし、労働者の交渉力を掘り崩す。
 我々の労働市場モデルは社会の他の部分と深く結びついている。社会保障制度や我々の福祉モデルはスウェーデンの労働協約モデルと絡み合っている。それゆえに、法定最低賃金の問題は一見したところよりも広範で重要なのだ。それは本質的に我々のナショナル・アイデンティティと主権に関わる。社会福祉モデルは労使システムの不可欠の一部なのだ。・・・
・・・指令案は、労使団体が労働協約を通じて賃金を規制する責任を持つという我々の賃金決定モデルの心臓を打ち抜く。欧州委員会が予告する内容でこの問題を規制しつつ、同時に労使団体が賃金決定責任を分け合う我々の自己規制モデルを守ることは不可能だ。
 加えて、フォン・デア・ライエンの提案は自己規制モデルを掘り崩す危険のある並行する労働市場規制を作り出す。いかに設計しようと、最低賃金指令は我々の自己規制的労働協約システムを深刻に混乱させるだろう。
 そして、EU運営条約の上記規定を持ち出して、指令案は条約違反であると主張します。このように、EU最低賃金指令に対する反発は、北欧諸国の労使が共有するまさにナショナル・アイデンティティに関わるものであったのです。
 指令案提案後の2021年7月13日にSocialEuropeに、スウェーデンの労使関係研究者二人(ゲルマン・ベンダー&アンデルス・キェルベリ)が寄稿した「最低賃金指令は北欧モデルを掘り崩す」は、もう少し詳しくこの懸念を論じています。スウェーデンといえども組織率は100%ではなく、未組織労働者も1割程度います。フォン・デア・ライエンのいうように「すべての者が労働協約か法定最低賃金を通じて最低賃金にアクセスできるべき」となると、そこからこぼれた者をどう扱うべきか、EU司法裁判所の判断に委ねられてしまいます。その結果、法定最低賃金を設定せざるを得なくなると、指令に従って協約賃金より遥かに低い中央値の60%に設定されてしまいます。スウェーデンでは現在、協約賃金が未組織労働者のベンチマークとして使われていますが、それが遥かに低い法定最低賃金に落ちてしまうというのです。その結果、最低賃金が二重化し、協約賃金に基づく企業と法定最低賃金に基づく企業との間に競争の歪みが発生するとともに、スウェーデン企業が協約から逃げ出す可能性もあります。これを避けるためには協約の国家による一般的拘束力制度を導入せざるを得ませんが、それ自体がスウェーデンモデルにとっては呪いの代物で、組織化を妨げ、高い組織率を引き下げる危険性があるというわけです。こうした懸念の背景にあるのは、いうまでもなくラヴァル事件を初めとするEU司法裁判所の一連の判決があります。北欧諸国は、EUが自国の労使関係システムを尊重してくれるとは信じてはいないのです。
 こうした北欧諸国の猛烈な反発にもかかわらず、EU最低賃金指令は2022年10月19日に正式に採択されました。これに対し、翌2023年1月18日、デンマーク政府が欧州議会と閣僚理事会を相手取って同指令の無効をEU司法裁判所に訴えました(C-19/23)。同年4月27日にはスウェーデン政府も原告に加わりました。同指令は上記EU運営条約第153条第5項に反しているから無効であるという訴えです。この訴訟はまだ判決が出ていませんが、EU司法裁判所では判決の前段階に法務官による意見が出されることになっており、多くの場合その線に沿った判決が出されます。それゆえに、今回のエミリオウ法務官の意見は注目されたのです。
 同意見は136パラグラフからなる膨大なものですが、その結論は極めてシンプルです。
Ⅶ. 結論
136.以上に照らして、私は次のように司法裁判所に提案する。
- EUにおける十分な最低賃金に関する2022年10月19日の欧州議会及び閣僚理事会の指令2022/2041を、EU運営条約第153条第5項に反しており、それゆえEU条約第5条第2項に規定する授与原則に反していることを根拠として、全面的に無効とし(annul in full)、
- 欧州議会と閣僚理事会にその費用を払わせる。
 法務官意見の詳細は省略しますが、重要な論点について述べておくと、EU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外は、男女同一賃金のような他の項目の一部として賃金も含まれるような場合は対象とならず、その限りで賃金に関するEU立法は認められますが、逆に欧州議会や閣僚理事会、他の加盟国が言うように、EUレベルで最低賃金を設定するようなケースにのみ限定されるべきではなく、賃金決定自体を規制するような場合も含まれ、同指令はまさにこれに該当すると言います。従って、同指令はEU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外に反するものであり、全面的に無効とされるべきだというわけです。
 この意見に対して、北欧労組も加盟している欧州労連(ETUC)は猛反発していますが、いつもの議論と違って、これは労使間で対立している問題ではなく、異なる労使関係システムの間での対立であるだけに、その扱いはなかなか難しいように思われます。まずは今年中にも予想される判決がどうなるか、注目して見ていきたいと思います。

 

2025年1月20日 (月)

EU最低賃金指令は条約違反で無効@欧州司法裁法務官意見

去る1月15日、欧州司法裁判所のエミリオウ法務官は、2022年10月に成立し、2024年11月に国内法転換期日が到来していたEU最低賃金指令について、デンマーク及びスウェーデンの訴えを認め、同指令を全面的に無効とすべきという意見を公表していました。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:62023CC0019

VII. Conclusion

136. In the light of the foregoing, I propose that the Court of Justice:

–        annul in full Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union, on the ground that it is incompatible with Article 153(5) TFEU and, thus, with the principle of conferral laid down in Article 5(2) TEU;

これについては、今までも何回か論じてきましたが、やっぱりEU運営条約のこの明文の規定にあまりにもあからさまに反しているのは確かでしょう。

第153条 

5 本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しないものとする。 

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