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EUの労働法政策

2023年5月18日 (木)

EUの賃金透明性指令がようやく官報に掲載

Euoj EU官報(Official Journal)の昨日(5月17日)版に、ようやく賃金透明性指令が掲載されています。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32023L0970

中身は既に閣僚理事会と欧州議会の間で確定していたものですが、官報に載らないと何年何月何日の指令番号何々というラベルが貼れませんので、これでようやく指令案ではなく指令として引用できます。

残念ながら『労働六法』2023年版には間に合いませんでしたが、中身はそこに載っている合意版のとほぼ変わりません。

 DIRECTIVE (EU) 2023/970 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 10 May 2023 to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms

賃金透明性と執行機構を通じて男女同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の原則の適用を強化する2023年5月10日の欧州議会と理事会の指令2023/970 

 

2023年5月 2日 (火)

岡村優希「〔書評〕濱口桂一郎著『新・EUの労働法政策』」@『EU法研究 第13号』

Large_26a20fc1faef43918071330255c6701d 信山社から出ている『EU法研究 第13号』を、岡村優希さんよりお送りいただきました。

https://www.shinzansha.co.jp/book/b10031409.html

というのも、この号に岡村さんが、拙著『新・EUの労働法政策』の書評を書かれているからです。

◆〔書評〕濱口桂一郎著『新・EUの労働法政策』〔岡村優希〕
 Ⅰ はじめに
 Ⅱ 本書の構成と内容
 Ⅲ EU法政策をめぐる他の研究との関係性―本書の方法論的特徴
 Ⅳ おわりに―EU労働法研究の多様性と今後の発展

この書評、7ページにも及ぶ本格的なもので、目次でも他の諸論文と並ぶほどの扱いになっています。

本書はタイトルにもあるように、決してEU労働法のテキストブック(古くはブランパン、最近ではキャサリン・バーナードなどのような)ではなく、まさに労働法の政策過程を詳細に跡づけることを目指した本です。

岡村さんはそのことを次のように明晰に述べています。

・・・とりわけ、本書には、政策過程についての動態的な分析が充実している一方で、EU労働法の解釈論的側面における法理論的な分析が充分に展開されていないところがある。

 例えば、経済的自由権と労働基本権の調整が問題となった、Lava-quartetとも称される一連の欧州司法裁判所の裁定・判決について見ると、本書は、EUにおける労働基本権保障に係る法的状況を踏まえつつ、それぞれの事実概要と判断の内容自体については簡潔な紹介に留めた上で、その後、それらがどのような政策上の展開を生じさせたのかという分析に注力している(332-334頁)。これに対して、他の研究においては、法理論的により踏み込んだ検討が行われており、具体的には、第一次法上の権利の衝突という観点からすると本問題を規範の位階性によって理解することは困難であるとの認識を出発点とした上で、市場参入制限アプローチや相互的な比較衡量を用いた理論的な分析が行われている。

 このことが意味するのは、本書に不足があるということではなく、EU労働法研究には多様性があるということである。すなわち、本書の研究は、主として政策的な側面からEU労働法の全容を解明するところにあるため、欧州司法裁判所の判断はそれに資する範囲で検討対象とされている。いわば、政策的な展開をもたらすファクターとして欧州司法裁判所を捉えているのであって、本書はそれ自体の理論的な検討を主目的とはしていないのである。・・・

まさしくその通りで、本書に出てくるいくつかの指令については膨大な欧州司法裁判所の判例があり、通常の労働法のテキストであればその重要度に従ってそれらを紹介するはずですが、本書では、その後の立法政策に影響を与えていないものは一切出てきません。

 

 

 

 

 

2023年4月28日 (金)

『労働六法2023』

625485 『労働六法2023』(旬報社)が刊行されました。

https://www.junposha.com/book/b625485.html

労働法に関連する法律を網羅。2023年版は、給与のデジタル払いに関する労基法施行規則改正(2023年4月1日施行)、1000人を超える企業に男性の育児休業取得状況などの公表を義務付ける育児介護休業法改正(2023年4月1日施行)、求人メディア等のマッチング機能の質の向上をめざす職安法改正に対応。ILO強制労働廃止条約(第105号)EUの最低賃金指令と賃金透明性指令案を掲載。

というわけで、今回はEU法に二つの指令(正確に言えば一つの新指令と、一つの成立目前の指令案)が収録されています。

最低賃金指令は正式名称「欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令」(Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union)で、昨年10月に成立しています。

 もう一つは、残念ながら今年度版では指令ではなく指令案としての掲載になってしまいましたが、賃金透明性指令、正式名称は「賃金透明性と執行機構を通じて男女同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の原則の適用を強化する欧州議会と理事会の指令」(Directive (EU) 2023/   of the European Parliament and of the Council of    2023 to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms)です。

『労働六法2023』に載っているバージンは、昨年12月に欧州議会と閣僚理事会が合意したものですが、条文整理がされていないため、条文番号や項番号に枝番が入ってしまっています。

これら条文等の番号は既に整理されていて、日付だけ入っていない官報掲載予定稿バージョンも公開されており、あとはそろそろEU官報に載るのを待っているだけなんですが、残念ながら『労働六法2023』の発行に間に合いませんでした。

 

2023年4月22日 (土)

ポピュリスト急進右翼の福祉国家へのインパクト@ソーシャル・ヨーロッパ

Se13_20230422110601 例によってソーシャル・ヨーロッパから、ジュリアナ・チュエリの「The populist-radical-right impact on the welfare state」(ポピュリスト急進右翼の福祉国家へのインパクト)。

https://www.socialeurope.eu/the-populist-radical-right-impact-on-the-welfare-state

Radical-right parties are transforming the welfare state, recreating a moral separation between the ‘deserving’ and ‘undeserving’.

急進右翼政党は福祉国家を改造し、「値する者」と「値せぬ者」の間に道徳的分離を再び設けようとしている。

彼女は、右翼政党が福祉や再分配を強調するのを単なるマーケティング戦略だと軽視する学者を批判し、事態はもっと深刻だと述べます。

Radical-right parties’ positions may seem incoherent and inconsistent when viewed through the lens of the traditional left-right division on welfare issues. But in a recent study, I write that this is only because it represents a new form of redistributive logic. Populist radical-right parties are developing a dualistic welfare state. This addresses ‘deserving’ and ‘undeserving’ welfare recipients in very different ways, which go far beyond the notion of welfare chauvinism. 

急進右翼政党のポジションは福祉問題に関する伝統的な左翼-右翼の分断のレンズ越しに見れば不整合で一貫しないものに見えるかも知れない。しかし最近の研究で私はこれが新たな形態の再分配のロジックを現しているからに過ぎないと書いた。ポピュリスト急進右翼政党は二重構造の福祉国家を発展させつつある。これは様々なやり方で福祉の受給に「値する者」と「値せぬ者」を作りだし、これは福祉排外主義の認識を超えるものだ。

For the ‘deserving’ (such as nationals with long employment histories, and pensioners), the populist radical right are defending a protectionist welfare-state logic. For these people, they propose a welfare state based on generous and compensatory policies (pension, child benefits and unemployment benefits).

(長期勤続者や年金受給者の国民のような)「値する者」にとっては、ポピュリスト急進右翼は保護主義的な福祉国家のロジックを擁護してくれる。これらの人々にとっては、彼等は寛大で補償的な政策(年金、児童手当、失業給付)に基づく福祉国家を提起してくれる。

But the radical right proposes that the ‘undeserving’ (for example, foreigners and nationals seen as not contributing enough to the nation, such as the long-term unemployed) should not have full access to collective resources. Instead, they believe this group should remain subject to state discipline and surveillance. Such people’s access to social benefits should be conditioned by ‘workfare’ policies and the strong policing of welfare abuse. Although not introduced by the populist radical right, this coercive approach to the moral obligation to work fits aptly with its authoritarian rhetoric.

しかし急進右翼は、(例えば外国人や、長期失業者のように国家に十分貢献していない国民のような)「値せぬ者」は集団的資源にフルにアクセスできるべきではないと提起する。その代わりに、彼等はこのグループが国家の規律と監視の下に置かれるべきだと信ずる。かかる人々の社会給付へのアクセスは、「ワークフェア」政策と福祉濫用への強力な警戒によって条件付けられるべきである。ポピュリスト急進右翼によって導入されたわけではないが、この道徳的な労働義務への威圧的なアプローチはその権威主義的なレトリックと適合的である。

These positions on the welfare state are, moreover, not empty rhetoric. My work finds that radical-right populists do prioritise distributive issues once in power and that they do make a difference. In negotiations, parties push for policy reforms that align with their distributive agenda—and often succeed in influencing policy. ・・・

これらの福祉国家へのポジションは空疎なレトリックではない。拙著によれば、急進右翼ポピュリストは一旦権力を握ると再分配問題を最優先とし、違いを作り出す。交渉において、各政党はその再分配のアジェンダに沿って政策改革を推進し、屡政策への影響に成功する。・・・

We should not underestimate the impact of the radical right’s new vision for the European welfare state. Populist radical-right parties are transforming the moral dimension of welfare policies. They assert their agenda on issues previously ‘owned’ by mainstream left-wing parties. They also legitimise the idea that the welfare state should be reserved for the ‘deserving’ few. This contributes to the stigmatisation and ‘othering’ of various social groups.

我々は急進右翼の欧州福祉国家の新たなビジョンのインパクトを軽視すべきではない。ポピュリスト急進右翼は福祉国家の道徳的側面を改造しつつある。彼等はかつて主流の左翼政党によって「占有」されていた問題について彼等のアジェンダを主張する。彼等はまた福祉国家が少数の「値する者」のために取っておかれるべきだという考えを正当化する。これは様々な社会集団のスティグマ化と「よそ者化」に貢献する。

The new model of the European welfare state suggests that it is not merely legitimate for the state not to address poverty among its population—but that tackling poverty can be morally wrong. Feeding into the moral separation between ‘deserving’ and ‘undeserving’ is the legitimisation of unprecedented inequality—with the blessing of members of the same working class who have historically been supporters of redistribution, and the backing of mainstream parties.

欧州福祉国家の新たなモデルが示唆するところでは、国家が人口のある部分の貧困に対策を講じないことが単に合法的であるのみならず、貧困対策をすることが道徳的に悪であり得るのだ。「値する者」と「値せぬ者」の間に道徳的分割を導入することは、歴史的に再分配の支持者であり主流政党の支持者であった同じ労働者階級のメンバーの祝福を伴うかつてない不平等の合法化である。

The European welfare state has suffered many shocks since World War II, yet it has remained reluctant to accept high inequality or abject poverty among its population. This era, however, might soon be drawing to an end.

欧州福祉国家は第二次大戦後多くのショックをくぐり抜けてきたが、人口の間に大きな不平等や惨めな貧困を受け入れることにはずっと慎重であった。しかしながら今回はそれが終わりを迎えつつあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年4月11日 (火)

欧州労使協議会指令の改正について労使への第1次協議

Blobservlet_20230411231501 本日(4月11日)、欧州委員会は欧州労使協議会指令の改正に関して労使団体への第1次協議を開始したとのことです。

https://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&furtherNews=yes&newsId=10546

Today, the Commission launches the first-stage consultation of European social partners on a possible revision of the European Works Councils Directive.

 

2023年4月 2日 (日)

EU賃金透明性指令案が欧州議会で議決

というわけで、ようやく3月30日の欧州議会本会議で賃金透明性指令案が賛成多数で可決されたようです。それは分かっていたのですが、その可決された条文がこれです。

https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-7797-2023-INIT/en/pdf

ざっとみたところ、条、項、号の番号が調整されているほかは、ほとんど内容的な修正はなさそうですが、一寸じっくりと見てみます。

いずれにしても、これから閣僚理事会でも最終承認がされてEU官報に掲載されて成立ということになるので、旬報社の『労働六法』には間に合いません。

 

2023年3月30日 (木)

EU賃金透明性指令採択に向けての欧州委声明

今日明日の欧州議会本会議で賃金透明性指令案が可決成立する見込みだと先日書きましたが。その前夜に欧州委員会が声明を出していました。

https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/statement_23_2043(Equal pay: Commission statements ahead of the European Parliament's vote on pay transparency rules)

 Tomorrow the European Parliament is set to vote on the Commission's proposal on pay transparency. The new Directive aims to ensure the effective enforcement of equal pay for men and women; bring more transparency in setting of pay; and improve access to justice for those who suffered of pay discrimination. Ahead of the vote, the Commission issued the following statements:

President Ursula von der Leyen said: “We work for Europe to remain a trailblazer in women's rights. Equal work deserves equal pay. And for equal pay, you need transparency. Women must know whether their employers treat them fairly. And when this is not the case, they must have the power to fight back and get what they deserve.”

Vice-President for Values and Transparency, Věra Jourová said: “Women must know whether their employers treat and value them equally. For this to happen, we need more transparency on pay levels, starting already at job interviews. The new pay transparency rules will be a game changer for women in Europe.”

Commissioner for Equality Helena Dalli said: "With the new rules in place, employers will have to explain the pay level for a new job right from the beginning. It cannot depend on the pay history of an applicant. Those that were discriminated should get their money back. It is a step towards a Europe, where women in all their diversity can thrive equally.”

いちいち訳しませんが、フォンデアライエン委員長の台詞の中の「trailblazer」というのは先駆者という意味なんですね。

残念ながら旬報社の『労働六法』にはあと一歩間に合わず、指令番号入りの官報掲載版を載せる事が出来なかったので、昨年12月15日に欧州議会と閣僚理事会で合意されたテキストを載せる事にしました。

 

 

2023年3月28日 (火)

EU賃金透明性指令は今月末に成立?

昨年12月15日に、内容的には欧州議会と閣僚理事会の間で合意されたと報じられてから3か月以上経ち、どうなっているのか全然情報が流れてこなかったのですが、どうやら明日からの欧州議会の本会議に合意されたテキストが上程されるようです。

https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/ATAG/2023/745699/EPRS_ATA(2023)745699_EN.pdf

https://www.europarl.europa.eu/plenary/en/texts-submitted.html

REPORT on the proposal for a directive of the European Parliament and of the Council to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms 

https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/A-9-2022-0056_EN.html

時間割によると、3月30日の午前9時からのセッションに出されるようなので、日本時間ではその日の夜であり、結果が分かるのは翌日になりますが、異論なく了承されれば、EU賃金透明性指令が今月末には成立することになるかも知れません。

280_h1_20230328135101 この指令案については、去る3月15日に刊行された『季刊労働法』2023年春号に寄稿した「労働法規制手法としての情報開示」の中で、欧州議会と閣僚理事会の合意テキストに基づいてかなり詳しく解説していますので、関心のある方は是非読んでみて下さい。

4 賃金透明性に関するEU等の動向
 
 さて、2022年省令改正で注目された男女賃金格差の開示は、「賃金透明性」として近年世界的に注目される政策課題となってきています。以下ではその動向をごく簡単にまとめておきましょう。
 国際的な動きの中軸にあるのはEUの立法政策です。欧州委員会は繰り返し男女賃金格差の問題を取り上げてきました。2003年9月4日の「欧州労働市場における男女賃金格差-測定、分析と政策含意」は、EU労働市場にはなお男女間の賃金格差が見られると指摘していますし、2007年7月18日の「男女賃金格差に取り組む」は、全く同一の労働に対する直接的な差別は稀になったが、同一価値労働に対する同一賃金の原則には現行指令が効果的でないと述べ、曖昧な賃金構造と他の労働者の賃金水準についての情報の欠如がその原因だと指摘しています。欧州議会も2008年11月18日の「男女同一賃金原則の適用に関する欧州委員会への勧告に係る決議」において、賃金の透明性を求める措置と性中立的な職務評価・職務分類制度の導入を求めました。
 こうした流れの中で、欧州委員会は2014年3月7日、「透明性を通じて男女同一賃金原則を強化する欧州委員会勧告」(2014/124/EU)を発出しました。同勧告は加盟国に対し、次のような賃金透明性政策をとるよう促しています。すなわち、同一労働又は同一価値労働を行う被用者範疇ごとに男女別の賃金水準の情報を入手する権利、50人以上企業が定期的にこれら情報を提供する義務、250人以上企業が賃金監査(各被用者範疇の男女別割合と職務評価・分類システムの分析)を受ける義務などです。この勧告で「同一価値労働」とは、教育、職業、訓練の資格、技能、努力、責務、労務、課業の性質などの客観的な基準に基づいて評価、比較されるべきものとしています。また、ジェンダーバイアスのある賃金体系を見直し、性中立的な職務評価・分類システムを導入すべきとしています。
 2019年に欧州委員会の委員長に就任したウルスラ・フォン・デア・ライエンはその「政治指針」の中で、最低賃金法制やプラットフォーム労働者の労働条件と並んで、「就任100日以内に拘束力ある賃金透明性措置の導入」を約束しました。それから1年以上過ぎて、2021年3月4日になってようやく、欧州委員会は「賃金透明性と執行機構を通じて男女同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の原則の適用を強化する欧州議会と理事会の指令案」(COM/2021/93)を提案しました。
 同指令案は欧州議会と閣僚理事会で2年近く審議され、2022年12月15日に両者の合意がなり、その後文言整理を経て、2023年の早いうちに「賃金透明性と執行機構を通じて男女同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の原則の適用を強化する欧州議会と理事会の指令」が成立する予定です。以下ではこの指令の内容を概観していきたいと思います。 ・・・

 

 

2023年2月22日 (水)

EUの最低所得勧告@『労基旬報』2023年2月25日号

『労基旬報』2023年2月25日号に「EUの最低所得勧告」を寄稿しました。

 本紙で以前指令案の段階で紹介したEUの最低賃金指令は、去る2022年10月19日に正式に採択され、2024年11月15日までに加盟国の国内法に転換すべきこととされました。一方、つい先日の2023年1月31日には、EUの最低所得勧告が採択されています。正式名称は「積極的な統合を確保する十分な最低所得に関する理事会勧告」(COUNCIL RECOMMENDATION on adequate minimum income ensuring active inclusion)です。minimum wageが労働法分野であるのに対して、minimum incomeは社会保障分野であって、直接重なるわけではありませんが、広い意味での生活保障の一環として密接な関係にあるとも言えます。指令ではなく勧告なので拘束力はありませんが、加盟国の制度設計に対する一定の圧力という効果はあるでしょう。なお、欧州労連等の意見を踏まえ、欧州議会は昨年の決議で、本勧告は拘束力ある指令とすべきだと主張していましたが、それは受け入れられていません。
 ここでいう「最低所得」とは、「十分な資源に欠ける人の最後の手段(last resort)としての非拠出型(non-contributory)で資産調査型(means-tested)の安全網(safety nets)」と定義されています。日本で言えば生活保護に相当する社会扶助のことです。しかし、本勧告はその狭義の最低所得の水準や適用範囲、アクセスについて規定するだけではなく、労働市場への統合やエッセンシャルサービスへのアクセスなど、貧困問題を抜本的に解決するための取組みについても規定を設けています。日本でも近年、生活保護制度の柔軟な運用や生活困窮者自立支援法など類似の問題意識が登場してきていることを考えると、本勧告の内容はいろいろと参考になる点が多いように思われます。
 最初に勧告するのはタイトルにもある通り所得支援の十分性(adequacy)です。加盟国は人生の全ての段階で尊厳ある生活を保証するため、金銭給付と現物給付を組み合わせた十分な所得支援をしなければならず、その水準は十分な栄養、住居、医療及びエッセンシャルサービスを含む必要な財やサービスの金銭価値以上でなければなりません。なお興味深いのはここで、女性や若者、障害者の所得保障と経済的自立のため、世帯の個々の世帯員が最低所得を請求できるようにすべきと述べていることです。
 次が最低所得の適用範囲(coverage)で、定まった住所の有無に関わらず最低所得にアクセスできる透明で非差別的な適用基準、世帯の種類や規模の違いに応じた資産調査の水準、申請から30日以内の迅速な処理手続、適用基準を充たしているかの定期的な見直しと働ける者への統合措置、簡易迅速で無料の苦情処理手続等が求められています。
 最低所得の受給に際しては、申請手続の簡素化など行政的負担の縮減、ユーザーフレンドリーな情報へのアクセス、とりわけ一人親世帯の受給を容易にする意識喚起、スティグマとアンコンシャスバイアスへの対策などが求められています。
 ここまで見ると、給付を手厚くしろと言っているだけに見えますが、ここから話は労働市場への統合措置(アクティベーション)に移ります。働ける者には働いて稼ぐ道に戻ってもらうというわけですが、そこには細心の注意が必要です。とりわけ若者にはできるだけ早期に教育訓練や労働市場に戻れるようにすべきです。低技能者や古びた技能の者にはアップスキリングやリスキリングが必要です。また試用期間や訓練生期間の間は所得支援と労働収入を組み合わせて、段階的に脱却していくような仕組みも重要ですし、税社会保障制度による就労ディスインセンティブの見直しや、社会的経済セクターの活用も示唆されます。
 もう一つの柱がイネイブリングサービス(enabling service)とエッセンシャルサービス(essential service)へのアクセスです。このイネイブリングサービスというのは聞き慣れない言葉でしょう。本勧告では「十分な資源に欠ける人が社会と労働市場に統合することができるよう特別の必要に焦点を当てたサービスで、ソーシャルワーク、カウンセリング、コーチング、メンタリング、心理的支援、リハビリテーションに加え、幼児教育や保育、医療、介護、教育訓練、住居等の社会統合サービスも含む」と広く定義されています。エッセンシャルサービスはコロナ禍でよく使われましたが、「水道、衛生、エネルギー、交通、金融サービス及びデジタル通信を含むサービス」と定義されています。加盟国は最低所得受給者にこういったイネイブリングサービスへのアクセスを確保するとともに、エネルギーを含むエッセンシャルサービスへのアクセスも保証しなければなりません。
 こうしたサービスの提供については、一人一人に応じた個別化されたアプローチが必要です。最低所得受給開始から3か月以内に、積極的労働市場措置など社会統合措置の支援パッケージを策定し、ケースマネージャーかコンタクトポイントを指名してその進展を定期的に見守ることが求められます。本勧告はその他、制度のガバナンス、モニタリング、報告等についても規定しています。

 

 

2023年1月30日 (月)

EU最低所得勧告を採択

本日、EUの閣僚理事会は「積極的な包摂を確保する十分な最低所得に関する勧告」を採択しました。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/01/30/council-adopts-recommendation-on-adequate-minimum-income/

This Council recommendation aims to combat poverty and social exclusion, and to pursue high levels of employment by promoting adequate income support by means of minimum income, effective access to enabling and essential services for persons lacking sufficient resources and by fostering labour market integration of those who can work.

この理事会勧告は貧困と社会的排除と戦うことを目指し、最低所得による十分な所得の保障、十分なリソースが欠如する人々への効果的なエッセンシャルサービスへのアクセスと、労働可能な者の労働市場への統合を進めることによって、高水準の雇用を追求することを目指す。

最低所得(minimum income)とは、無条件の普遍的ベーシックインカムとは異なり資産調査と就労要請を伴うものです。本勧告は加盟国に対し最低所得制度を現代化し、より効果的に人々を貧困から脱却させると共に、働ける人には労働市場への統合を促進するよう求めています。具体的には、所得補助の十分性の改善、最低所得受給のカバレッジの拡大、包摂的な労働市場へのアクセス、社会生活に不可欠なエッセンシャルサービスへのアクセス、個別化された支援、社会的セーフティネットのガバナンスの改善、等が挙げられています。

日本における生活保護を始めとする社会扶助の議論にも示唆を与えるものと思います。

 

 

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