フォト
2026年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

EUの労働法政策

2026年4月 6日 (月)

『労働六法』刊行終了

Wahdmhwd_400x400 2004年度版から20年以上にわたって毎年刊行されてきた旬報社の『労働六法』が、昨年の2025年度版を最後に刊行終了となりました。

https://x.com/roudouroppou/status/2039506442257055920

おはようございます。
悲しいお知らせがございます。
『労働六法』は2025年版をもちまして刊行を終了いたします。
これまでご購入・ご利用いただいていたみなさまありがとうございました。
ただこのXの投稿は今後もつづけてまいります

わたくしはこの間、EU労働法の部分を担当し、毎年少しずつアップデートしてきておりますが、以後はわたくしのホームページの「EU労働法参照条文」をご活用いただければと思います。

https://hamachan.on.coocan.jp/reference.html

基本条約

欧州連合条約(THE TREATY ON THE EUROPEAN UNION)

欧州連合運営条約(THE TREATY ON THE FUNCTIONING OF THE EUROPEAN UNION)


労使関係法制

欧州共同体における被用者に対する情報提供及び協議の一般枠組みを設定する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive 2002/14/EC of the European Parliament and of the Council of 11 March 2002 establishing a general framework for informing and consulting employees in the European Community - Joint declaration of the European Parliament, the Council and the Commission on employee representation)

被用者への情報提供及び協議を目的とした欧州共同体規模企業及び欧州共同体規模企業グループにおける欧州労使協議会又は手続の設置に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive 2009/38/EC of the European Parliament and of the Council of 6 May 2009 on the establishment of a European Works Council or a procedure in Community-scale undertakings and Community-scale groups of undertakings for the purposes of informing and consulting employees)

欧州会社法に関する閣僚理事会規則(抜粋)(Council Regulation (EC) No 2157/2001 of 8 October 2001 on the Statute for a European company (SE))

被用者関与に関し欧州会社法を補足する閣僚理事会指令(Council Directive 2001/86/EC of 8 October 2001 supplementing the Statute for a European company with regard to the involvement of employees)


労働条件法制

集団整理解雇に関する加盟国法制の接近に関する閣僚理事会指令(Council Directive 98/59/EC of 20 July 1998 on the approximation of the laws of the Member States relating to collective redundancies)

企業、事業又は企業若しくは事業の一部の譲渡の場合の被用者の権利の保護に関する加盟国法制の接近に関する閣僚理事会指令(Council Directive 2001/23/EC of 12 March 2001 on the approximation of the laws of the Member States relating to the safeguarding of employees' rights in the event of transfers of undertakings, businesses or parts of undertakings or businesses)

使用者の倒産の際の被用者の保護に関する閣僚理事会指令(Directive 2008/94/EC of the European Parliament and of the Council of 22 October 2008 on the protection of employees in the event of the insolvency of their employer)

職場における労働者の健康及び安全の改善を促進する措置の導入に関する閣僚理事会指令(Council Directive 89/391/EEC of 12 June 1989 on the introduction of measures to encourage improvements in the safety and health of workers at work)

労働時間の編成の一定の側面に関する指令(Directive 2003/88/EC of the European Parliament and of the Council of 4 November 2003 concerning certain aspects of the organisation of working time)

UNICE、CEEP及びETUCによって締結されたパートタイム労働に関する枠組み協約に関する閣僚理事会指令(Council Directive 97/81/EC of 15 December 1997 concerning the Framework Agreement on part-time work concluded by UNICE, CEEP and the ETUC)

ETUC,UNICE及びCEEPによって締結された有期労働に関する枠組み協約に関する指令(Council Directive 1999/70/EC of 28 June 1999 concerning the framework agreement on fixed-term work concluded by ETUC, UNICE and CEEP)

派遣労働に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(DIRECTIVE 2008/104/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 19 November 2008 on temporary agency work)

欧州連合における透明で予見可能な労働条件に関する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1152 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on transparent and predictable working conditions in the European Union)

両親と介護者のワークライフバランスに関する、及び理事会指令2010/18/EUを廃止する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1158 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on work-life balance for parents and carers and repealing Council Directive 2010/18/EU)

欧州連合法の違反を通報する者の保護に関する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1937 of the European Parliament and of the Council of 23 October 2019 on the protection of persons who report breaches of Union law)

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union)


プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する欧州議会と理事会の指令(Directive(EU)2024/2831 of the European Parliament and of the Council of 23 October 2024 on improving working conditions in platform work)



労働人権法制

雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定する閣僚理事会指令(Council Directive 2000/78/EC of 27 November 2000 establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation)

人種的又は民族的出身に関わりない均等待遇原則を実施する閣僚理事会指令(Council Directive 2000/43/EC of 29 June 2000 implementing the principle of equal treatment between persons irrespective of racial or ethnic origin)

雇用及び職業における男女の機会均等及び均等待遇の原則の実施に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(DIRECTIVE 2006/54/EC of the European Parliament and of the Council of 5 July 2006 on the implementation of the principle of equal opportunities and equal treatment of men and women in matters of employment and occupation)

賃金透明性と施行機構を通じた男女同一価値労働原則の適用強化に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2023/970 of the European Parliament and of the Council of to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms)

 

 

2026年3月23日 (月)

EUクオリティ・ジョブ法に向けて労使への第一次協議@『労基旬報』2026年3月25日

『労基旬報』2026年3月25日に「EUクオリティ・ジョブ法に向けて労使への第一次協議」を寄稿しました。

 去る2025年12月4日、欧州委員会はEU運営条約第154条に基づく労使団体への第一次協議を開始しました。テーマは「労働条件、労働安全衛生及び労働者の権利の行使を改善するEU行動-クオリティ・ジョブ法」です。このクオリティ・ジョブ法というフレーズは、フォン・デア・ライエン欧州委員長の2025年施政方針演説で初めて使われ、欧州委員会の2026年作業計画において、2026年に立法提案すると予告されたものです。ということは、この第一次協議に引き続き、2026年の中盤には第二次協議が行われ、年末までには何らかの形の立法案が提出されるという日程表になります。
 この第一次協議文書に対して、欧州労連(ETUC)は2026年1月28日に、40ページに及ぶ膨大な回答を公表しています。また欧州経団連(ビジネス・ヨーロッパ)も同年1月27日に19ページに及ぶ回答を公表しています。以下ではこれら労使団体の回答の内容も含めて見ていきます。
 さて、協議文書(C(2025)9944)には、大きく4つないし5つの分野が取り上げられており、クオリティ・ジョブという言葉の包括性とも相まって、極めて総花的な印象を与えるものになっています。以下、協議文書に沿って、その提起する論点を見ておきましょう。
 まず、第1に挙げられているのが職場のアルゴリズム管理と人工知能(AI)です。AIについては2024年7月に制定されたEUのAI規則が包括的な規制を行っており、これについては日本でも紹介されていますが、ここで論点となっているのは職場におけるAIの利用についてであり、とりわけアルゴリズム管理の問題です。この問題については、本紙2025年8月25日号に寄稿した「欧州議会の『職場のアルゴリズム管理指令案』勧告案」で述べたように、欧州議会が人間による監視と再検討に重点をおいた指令案の提案を要求しています。既にプラットフォーム労働指令では、雇用型非雇用型を問わずプラットフォーム労働に限定された形でアルゴリズム管理の規制が立法されていますが、これを他の全ての雇用非雇用の労働形態に及ぼそうというものです。
 欧州労連の回答は、AI規則とGDPRの規制とプラットフォーム指令の規制とにはギャップがあり、このギャップを埋めるべきというものです。職場で使われるAIシステムは「ハイリスク」に分類されるにもかかわらず、AI規則は作業編成、権力の不均衡、集団的権利、労働安全衛生といった中核的労働法問題に対処することができず、またAI規則やGDPRは一般的な製造物安全やデータ保護といった問題のための仕組みで、職場におけるアルゴリズム管理の利用への特定の労働基準の設定には及ばないので、拘束力あるEU立法が必要だというのです。
 これに対して欧州経団連の回答は、AI規則とGDPRで十分であり、それ以上の不必要な立法介入はEUにおけるAIの活用を遅らせ、その競争力を損うことになるだけだと警告しています。プラットフォーム労働指令におけるアルゴリズム管理規制の規定の方が過剰であり、今後のEU立法のベンチマークにすべきではないという立場です。
 次に第2に挙げられているのが労働安全衛生です。EUは労働安全衛生に関して膨大な立法を擁していますが、ここで論点に挙がっているのは職場における安全衛生最低基準指令(89/654/EEC)とディスプレイスクリーン器具による作業に係る安全衛生最低基準指令(90/270/EEC)の二つの指令です。これらはいずれも安全衛生枠組指令に引き続いて今から40年近く前に制定されたものですが、2024年の労働安全衛生諮問委員会の意見により、その見直しが求められています。前者については、「職場」の定義として、使用者の施設構内だけではなく、在宅勤務や使用者の施設外も含めることや、心理社会的及び人間工学的リスクをも対象とすべきとしています。また後者については、ワークステーションの定義を拡張し、据付けまたは携帯の装置(ラップトップやタブレットなど)のようなデジタルツールも含めるべきとしています。
 欧州労連の回答は、まず心理社会的リスクと人間工学的リスクについて述べ、「メンタルヘルス」というような個人の問題に帰着させるような用語ではなく「心理社会的リスク」という使用者の責任を強調する用語を採用していることに賛同しています。また協議文書に載っていない問題として、有害物質や労働安全衛生保護の人的適用範囲の問題を挙げています。とりわけ家事使用人が労働安全衛生規制から適用除外されていることに対しては、適用拡大すべきとしています。さらに高温作業の問題や、ジェンダーに基づく暴力とハラスメントの問題もここで取り上げています。
 これに対して欧州経団連の回答は、上記職場指令とディスプレイスクリーン指令の見直しには賛同していますが、それを超える見直しには経済的コストを考慮する必要があり、反対の姿勢を示しています。
 第3の論点は下請です。下請自体は合法的なビジネスモデルですが、とりわけ建設業や運輸流通業では、下請連鎖の中で労働者保護や安全衛生がないがしろにされがちです。この問題については、EU労働法では2014年の海外送出指令実施指令(2014/67/EU)が最低賃金や社会保険料に関して発注者の連帯責任を規定しているだけですが、加盟国は追加的な措置をとることができます。これの拡大が示唆されています。
 この問題について、欧州労連は数ページにわたって各国の状況を詳細に記述した上で、海外創出労働者に限らず国内労働者も対象とした一般的な労働法規制として、労働仲介業と下請連鎖についての拘束力ある立法を要求しています。これに対して刑集経団連は、既存の規制で十分であり、下請連鎖に新たな法規制を持ち込むことには企業の競争力と生産性を弱めるものだと反対しています。
 第4は「公正な移行」というタイトルで、脱炭素社会への移行をめぐる問題が取り上げられていますが、ここでは団体交渉と労使対話という集団的労使関係の枠組の重要性が説かれている程度です。欧州労連も、リストラクチャリングの規模を踏まえて、労使対話と団体交渉を強調し、変化のマネジメントを説いています。欧州経団連も非法制的な対応を強調しています。
 第5は以上とも重なりますが、「実施と労使対話の役割」を取り上げ、労使対話と団体交渉の重要性を最三強調しています。この点は欧州労連や欧州経団連も同じですが、欧州労連の回答はその中に「非標準形態の雇用と誤分類の防止」という項目を入れ、労働者性の問題をもここで取り上げるよう求めています。一方欧州経団連は、近年個別の違反ケースが政策の根拠にされる傾向があることを批判しています。
 協議文書はその最後で、労使団体に対して対話する気があるかと問いかけており、欧州労連は「欧州労使対話を強く支持する」けれども、「本協議で提起された問題に関してEU運営条約第155条に基づく対話を始める必要な条件が現在存在しているとは考えていない」と述べ、また欧州経団連はいくつかの論点について「労使対話を始める可能性をさらに探る用意がある」と述べています。とはいえ、上述のように両者の立場は極めて乖離しているので、実質的な対話ができる領域は限られていると思われます。恐らく今年の半ばには、欧州委員会からより具体的な立法提案の内容を含んだ第二次協議が行われることになると思われます。
 なお、欧州経団連の回答文書には付属としていくつかの立法提案が載っていますが、その中には本協議で全く触れられていない労働時間指令に関わるものがあります。本稿ではやや脇道になりますが、ちょっと触れておきましょう。EUの労働時間指令(2003/88/EC)は1日11時間の休息時間、一週48時間の最長労働時間などの規制を設けていますが、使用者の労働時間記録義務の規定はありません。」ところが、2019年5月14日の欧州司法裁判決(CCOO vs Deutsche Bank)は、使用者に労働者の毎日の労働時間を記録する義務があると判示したため、EU域内の多くの企業が過剰な負担を負っており、同指令を改正して、かかる義務が存在しないことを明示するよう求めています。労働時間指令の見直しは繰り返し試みられて結局行き止まりの儘となっており、経営側がかなり憤懣を抱いていることが窺われます。

 

2026年3月11日 (水)

欧州経団連が賃金透明性指令に異論

先日、欧州経団連(ビジネス・ヨーロッパ)が、既に成立し、今年6月に国内法転換期限が来る賃金透明性指令に対して「時計を止めろ(Stop the clock)」と叫んで、その修正を求めています。

https://www.businesseurope.eu/publications/the-pay-transparency-directive-stop-the-clock-a-prerequisite-for-simplification/

BusinessEurope calls for a “Stop the Clock” regarding the transposition of the Pay Transparency Directive (PTD). Additional time is required to ensure a proportionate, coherent and workable implementation for both Member States and employers, while also allowing for the identification and consideration of potential simplification measures.

Given that the current transposition deadline is 7 June 2026, BusinessEurope members urge the colegislators to grant a two-year extension. Such an extension would provide Member States and employers with adequate time to adapt systems, procedures and legislation to the requirements of the Directive, ensuring a proportionate and effective transposition across the EU.

説明文書を読んでいくと、結局、労働協約で賃金を決めれば、指令に違反していないと推定するような規定を設けろという話のようです。

https://www.businesseurope.eu/wp-content/uploads/2026/03/2026-02-24-Pay-Transparency-Directive-Stop-the-clock.pdf

In many Member States, job classification frameworks established through Collective Agreements (CAs) already apply objective and gender-neutral criteria such as skills, responsibility, effort, and working conditions. These systems have been developed jointly by social partners precisely to guarantee fairness and transparency in pay determination, also delivering gender-neutral pay structures.

Given CAs role in ensuring pay equity, companies applying such CAs could be presumed compliant with several of the obligations contained in the Pay Transparency Directive (PTD). To reflect this reality, and as is further explained below, a presumption of compliance should be established in the PTD for companies adhering to collective agreements. Not only would this result in a massive administrative burden reduction in the specific case of the PTD but, it would also constitute an incentive to engage in collective bargaining and thereby, in the long term, increase collective agreement coverage throughout the EU.

This is very much in line with both the European social market model and the EU’s simplification agenda.

この話、実は労使関係を重視し、できるだけ物事を団体交渉、労働協約で決めさせたがる伝統的な労働社会政策の立場と、いやいや労働組合のおっさんらが一番信用できない、そんなんじゃなくてちゃんと同一価値労働同一賃金になるようにきちんとやらせろという男女平等派の立場とのずれというか乖離が一番露呈しているところではあるんですね。

(参考)

賃金透明性と執行機構を通じて男女同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の原則の適用を強化する欧州議会と理事会の指令(賃金透明性指令)
Directive (EU) 2023/970 of the European Parliament and of the Council of 10 May 2023 to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms
採択:2023年5月10日
 
第1章 総則
 
第1条 主題
 本指令は、EU運営条約第157条に規定する男女同一労働又は同一価値労働の原則(「同一賃金原則」)及び指令2006/54/EC(男女均等待遇指令)第4条に規定する差別禁止の適用を、とりわけ賃金透明性及び執行機構の補強を通じて強化するための最低要件を規定する。
 
第2条 適用範囲
1 本指令は公共部門及び民間部門の使用者に適用される。
2 本指令は、EU司法裁判所の判例法を考慮しつつ、各加盟国で効力を有する法、労働協約及び/又は慣行において定義される雇用契約又は雇用関係を有する全ての労働者に適用される。
3 第5条に関しては、本指令は雇用への応募者に適用される。
 
第3条 定義
1 本指令においては次の定義が適用される。
(a) 「賃金」とは、現金か現物給付かを問わず、労働者がその使用者から当該雇用に関して直接又は間接に(「補足的又は変動的部分」も含め)受け取る通常の基本的又は最低の賃金又は給与及びその他のあらゆる報酬をいう。
(b) 「賃金水準」とは、年間賃金総額及びこれに対応する時給総額をいう。
(c) 「男女賃金格差」とは、当該使用者の男女労働者の間の平均賃金の水準の差異であり、男性労働者の平均賃金水準に対する百分率で示される。
(d) 「賃金中央値水準」とは、労働者の半数がそれよりもより多くの賃金を得、他の半数がより少ない賃金を得るような賃金水準をいう。
(e) 「男女賃金中央値格差」とは、女性労働者の賃金中央値水準と男性労働者の賃金中央値水準の差異であり、男性労働者の賃金中央値水準に対する百分率で示される。
(f) 「四分位賃金帯」とは、労働者をその賃金水準に従って最低から最高まで並べたときの4つの等しい数の各労働者集団をいう。
(g) 「同一価値労働」とは、第4条第4項にいう非差別的かつ客観的で性中立的な基準に従い、同一の価値であると判断された労働をいう。
(h) 「労働者範疇」とは、非恣意的な方法でかつ本指令第4条第4項にいう性中立的な基準に基づき、適用可能な場合には各加盟国の国内法及び/又は慣行に従い労働者代表と協力して、当該労働者の使用者により分類された同一労働又は同一価値労働を遂行する労働者をいう。
(i) 「直接差別」とは、比較可能な状況において、ある者が性別に基づき他の者が取り扱われるか、取り扱われてきたか、又は取り扱われるであろうよりも不利に取り扱われる状況をいう。
(j) 「間接差別」とは、当該規定、基準又は慣行が適法な目的により客観的に正当化されかつその目的を達成する手段が適当かつ必要でない限り、表面的には中立的な規定、基準又は慣行がある性別の者に他の性別の者と比較して特定の不利益をもたらす状況をいう。
(k) 「労働監督機関」とは、国内法及び/又は慣行に従い、労働市場において管理及び監督の機能に責任を有する機関をいう。国内法が規定する場合には、労使団体がこれらの機能を遂行することができる。
(l) 「均等機関」とは、指令2006/54/EC(男女均等待遇指令)第20条に基づき指定された機関をいう。
(m) 「労働者代表」とは、国内法及び/又は慣行に従い労働者代表をいう。
2 本指令において、差別には次のものが含まれる。
(a) 指令2006/54/EC(男女均等待遇指令)第2条第2項にいうハラスメント及びセクシュアルハラスメント、並びに人がかかる行為を拒否するか又は受け入れるかに基づくいかなる不利益待遇もかかるハラスメント及び待遇が本指令に規定する権利の行使に関連するか又はその結果である場合。
(b) 性別に基づいて人を差別するよう指示すること。
(c) 理事会指令92/85/EEC(母性保護指令)にいう産前産後休業に関連するいかなる不利益待遇。
(d) 父親出産休暇、育児休業又は介護休業に関するものを含め、指令(EU)2019/1158(ワークライフバランス指令)にいう性別に基づく労働者へのいかなる不利益待遇。
(e) 性別と、指令2000/43/EC(人種・民族均等指令)及び指令2000/78/EC(一般均等指令)の下で保護される他のいかなる差別事由との組合せに基づく差別である複合差別
3 第2項第(e)号は、性別以外の他の保護される差別事由に関連して本指令にいうデータを収集する追加的な責任を使用者に対して負わせるものではない。
 
第4条 同一労働及び同一価値労働
1 加盟国は、使用者が同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金を確保する賃金構造を有することを確保するために必要な措置をとるものとする。
2 加盟国は、均等機関と協議して、本条に規定する基準に則って労働の価値の評価及び比較を支援し指導するための分析用具又は方法論を入手できるようにしかつ容易に利用できるようにすることを確保するために必要な措置をとるものとする。これら用具又は方法論は、使用者及び/又は労使団体が性別に基づくいかなる賃金差別をも排除する性中立的な職務評価及び職務分類制度を容易に確立し利用することができるようなものとする。
3 適当な場合は、欧州委員会は欧州男女均等機構(EIGE)と協議して、性中立的な職務評価及び職務分類制度に関するEUレベルの指針を更新することができる。
4 賃金構造は、労働者が労働の価値に関して比較可能な状況にあるかどうかを、存在する場合には労働者代表と合意した客観的かつ性中立的な基準に基づいて評価することができるようなものとする。これら基準は直接であれ間接であれ労働者の性別に基づかないものとする。これら客観的な基準は技能、努力、責任及び労働条件、並びに適当であれば特定の職務又は職位に関連する他のいかなる要素をも含むものとする。これら基準はまた、性別に基づく直接または間接のいかなる差別も除き、客観的かつ性中立的な方法で適用されるものとする。とりわけ関連する対人能力(ソフトスキル)が過小評価されないものとする。
 
第2章 賃金透明性
 
第5条 採用前の賃金透明性
1 雇用への応募者は、使用者となるべき者から、次の情報を受け取る権利を有するものとする。
(a) 客観的かつ性中立的な基準に基づき当該職位に帰せられる初任給額又はその範囲、及び
(b) 適用される場合には当該職務に関して企業により適用される労働協約の関連する規定。
 かかる情報は、採用面接に先立って、欠員募集広告における公示のように、情報を踏まえて賃金に関する透明な交渉をすることができるような方法で提供されるものとする。
2 使用者は応募者に現職及び前職での賃金を尋ねてはならない。
3 使用者は、同一労働又は同一価値労働に対する同一賃金の権利(「同一賃金の権利」)が掘り崩されることのないよう、欠員募集広告及び職務名が性中立的で採用手続が非差別的な方法で遂行されるよう確保するものとする。
 
第6条 賃金決定及び昇給方針の透明性
1 使用者は、労働者の賃金、賃金水準及び昇給を決定するのにいかなる基準が用いられるのかを労働者が容易に入手可能にするものとする。これら基準は客観的かつ性中立的であるものとする。
2 加盟国は、第1項の昇給に関する義務から労働者50人未満の使用者を適用除外することができる。
 
第7条 情報入手権
1 労働者は、第2項及び第4項に従い、自身の個別賃金水準と、自身と同一労働又は同一価値労働に従事する労働者範疇についての男女別の平均賃金水準に関する情報の提供を求め入手する権利を有する。
2 労働者は、国内法及び/又は慣行に従い、その労働者代表を通じて第1項にいう情報の提供を求め入手する可能性を有するものとする。均等機関を通じて当該情報の提供を求め入手する可能性も有するものとする。
 受け取った情報が不正確又は不完全であるときには、労働者は自ら又はその労働者代表を通じて、提供されたいかなるデータに関しても追加的かつ合理的な明確化と詳細の提供を求め、実質的な回答を受け取る権利を有する。
3 使用者は全ての労働者に対して、毎年、第1項にいう情報を入手する権利及び当該権利を行使するために労働者がとるべき手段について情報提供するものとする。
4 使用者は、請求がなされてから2か月を超えない合理的な期間内に、第1項にいう情報を提供するものとする。
5 労働者は同一賃金原則を執行する目的でその賃金を開示することを妨げられないものとする。とりわけ、加盟国は労働者に対してその賃金に関する情報を開示することを制限するための契約条項を禁止する措置を設けるものとする。
6 使用者は、本条に基づき自身の賃金又は賃金水準に関する情報以外の情報を入手したいかなる労働者に対しても、当該情報を同一賃金の権利を防御すること以外のいかなる目的のためにも用いることのないように求めることができる。
 
第8条 情報の利用可能性
 使用者は、本指令第5条、第6条及び第7条に従い労働者又は応募者といかなる情報をも共有する場合にも、その特有の必要性を考慮して障害者にも利用可能な形式で提供するものとする。
 
第9条 男女賃金格差の報告
1 使用者は本条に従い、その組織に関する次の情報を提供するものとする。
(a) 男女賃金格差、
(b) 補足的又は変動的部分における男女賃金格差、
(c) 男女賃金中央値格差、
(d) 補足的又は変動的部分における男女賃金中央値格差、
(e) 補足的又は変動的部分を受け取っている男女労働者の比率、
(f) 四分位賃金帯ごとにおける男女労働者の比率、
(g) 通常の基本給及び補足的又は変動的部分ごとに見た労働者範疇ごとの男女賃金格差。
2 労働者250人以上の使用者は、2027年6月7日までに及びその後は毎年、第1項に規定する情報を提供するものとする。
3 労働者150人以上249人以下の使用者は、2027年6月7日までに及びその後は3年に1回、前年に係る第1項に規定する情報を提供するものとする。
4 労働者100人以上149人以下の使用者は、2031年6月7日までに及びその後は3年に1回、前年に係る第1項に規定する情報を提供するものとする。
5 加盟国は、労働者100人未満の使用者が第1項に規定する情報を自発的に提供することを妨げないものとする。加盟国は国内法事項として、労働者100人未満の使用者に対して賃金に関する情報を提供するよう求めることができる。
6 情報の正確性は、適用された方法論を利用可能である労働者代表との協議を経て、使用者の経営陣によって確証されるものとする。
7 本条第1項第(a)号から第(g)号までにいう情報は、第29条第3項第(c)号に従いかかるデータを収集し、公表する責任を有する機関に通知されるものとする。使用者は第1項第(a)号から第(f)号までにいう情報をそのウェブサイトに公表するか又は他の手段により一般に入手可能にするものとする。
8 加盟国は、第1項第(a)号から第(f)号までに規定する情報を、使用者から税務機関や社会保障機関に提供されたデータのような行政データに基づいて自ら収集することを決定できる。この情報は第29条第3項第(c)号に従って公表されるものとする。
9 使用者は第1項第(g)号にいう情報をすべての労働者及びその代表に提供するものとする。使用者は当該情報を労働監督機関及び均等機関にその要請により提供するものとする。入手可能であれば、過去4年間の情報も要請により提供されるものとする。
10 労働者及びその代表、労働監督機関並びに均等機関は、使用者に対し提供されたいかなるデータに関しても、いかなる男女賃金格差に関する説明をも含めて、追加的な明確化及び詳細のために質問をする権利を有するものとする。使用者は合理的な期間内に実質的な回答を提供することによりかかる要請に対応するものとする。男女賃金格差が客観的かつ性中立的な要素により正当化されない場合、使用者は合理的な期間内に、労働者代表、労働監督機関及び/又は均等機関と密接に協力してその状況を是正するものとする。
 
第10条 共同賃金評価
1 加盟国は、第9条に従い賃金報告の義務を負う使用者が、次のすべての条件を満たす場合に、労働者代表と協力して、共同賃金評価を実施するよう確保する措置をとるものとする。
(a) 賃金報告が、いかなる労働者範疇において男女労働者の間に少なくとも5%の平均賃金の水準の差異を示し、
(b) 使用者がかかる平均賃金の水準の差異を客観的かつ性中立的基準により正当化することがなく、
(c) 使用者がかかる正当化されない平均賃金の水準の差異を賃金報告の提出の日から6か月以内に是正しない場合。
2 共同賃金評価は、客観的かつ性中立的な要素により正当化することができない男女労働者間の賃金の差異を確認し、是正しかつ予防するために実施されるものとし、次の事項を含むものとする。
(a) 各労働者範疇における男女労働者の比率の分析、
(b) 各労働者範疇ごとの男女労働者の賃金水準及び補足的又は変動的部分の平均値に関する情報、
(c) 各労働者範疇における男女労働者間の平均賃金水準格差の確認、
(d) 平均賃金水準におけるかかる格差の理由及び、もしあれば労働者代表及び使用者によって共同して確立された客観的かつ性中立的な正当事由、
(e) 産前産後休業又は父親出産休暇、育児休業並びに介護休業から復帰した後に、これら休業期間中に労働者範疇に賃金改善が生じた場合には、当該賃金改善から利益を受けた男女労働者の比率、
(f) 客観的かつ性中立的基準に基づいて正当化されない場合は、かかる差異に取り組む措置、
(g) 過去の共同賃金評価からの措置の有効性の評価。
3 使用者は共同賃金評価を、労働者、労働者代表が利用可能にするとともに、第29条第3項第(d)号に従いこれを監視機関に通知するものとする。共同賃金評価はその要請により均等機関及び労働監督機関に利用可能にするものとする。
4 共同賃金評価による措置を実施するときには、使用者は国内法及び/又は慣行に従い、労働者代表と密接に協力して、合理的な期間内に、正当化されない賃金格差を是正するものとする。労働監督機関及び/又は均等機関はこの手続に参加するよう求められることができる。かかる行動には、性別に基づくいかなる直接又は間接の賃金差別が排除されることを確保するために、既存の性中立的な職務評価及び職務分類制度の分析又はそれが欠如している場合には確立を含むものとする。
 
第11条 労働者250人未満の使用者への支援
 加盟国は労働者250人未満の使用者及び労働者代表に対し、本指令に規定する義務を遵守するための技術的支援及び訓練の形式で支援を提供するものとする。
 
第12条 データ保護
1 第7条、第9条及び第10条の下でとられる措置に基づき提供されるいかなる情報も個人データの処理に関わる限りにおいて、規則(EU)2016/679(一般データ保護規則)に従って提供されるものとする。
2 第7条、第9条又は第10条に基づき処理されるいかなる個人データも、同一賃金原則の実施以外のいかなる目的にも使用してはならない。
3 加盟国は、第7条、第9条及び第10条に基づく情報の開示が直接であれ間接であれ識別可能な同僚労働者の賃金の開示につながる場合には、労働者代表、労働監督機関又は均等機関のみが当該情報を入手するものと規定することができる。労働者代表又は均等機関は労働者に対して、同一労働又は同一価値労働を行う労働者の実際の賃金水準を開示することなく、本指令の下で可能な請求に関して助言するものとする。第29条に基づく監視の目的では当該情報は制限なく入手可能とするものとする。
 
第13条 労使対話
 労使団体の自律性を妨げることなく、また国内法及び慣行に従い、加盟国は、適用可能であればその要請に基づき、本指令の下の権利と義務について討議することを通じて、労使団体の効果的な関与を確保する十分な措置をとるものとする。
 加盟国は、労使団体の自律性を妨げることなく、また国内慣行の多様性を考慮して、主として一方の性別の労働者によって遂行されている職務の評価に関する賃金差別及び不利益に取り組む措置に関する労使団体の役割を促進し、団体交渉の権利の行使を奨励する十分な措置をとるものとする。
 
第3章 救済と実施
 
第14条 権利の擁護
 加盟国は、同一賃金原則が適用されないことにより自らの権利が侵害されたと考える全ての労働者に、調停を利用した後に、同一賃金原則に関する権利及び義務の実施のための司法手続が利用可能となるように確保するものとする。かかる手続は、差別が申し立てられた雇用関係が終了した後であっても、労働者及びその代理人として活動する者にとって容易に利用可能なものとする。
 
第15条 労働者の代理又は支援の手続
 加盟国は、国内法により規定された基準に従い、男女間の均等を確保することに合法的な利益を有する団体、組織、均等機関及び労働者代表又はその他の法的主体が、同一賃金原則に関する権利又は義務を実施するいかなる行政上又は司法上の手続についても関与できるように確保するものとする。これらは同一賃金原則に関するいかなる権利又は義務の侵犯の被害者であると主張する労働者にも、その承認を得て、その代理人又は支援者として行動することができる。
 
第16条 補償の権利
1 加盟国は、同一賃金原則に関するいかなる権利又は義務の違反の結果として被害を被ったいかなる労働者も、その被害に対して加盟国によって決定された完全な補償又は賠償を請求し取得する権利を有するように確保するものとする。
2 第1項にいう補償又は賠償は、抑止的かつ被った被害に比例的な方法で、受けた損失及び被害を加盟国が定めるところにより現実的かつ有効な補償又は賠償を確保するものとする。
3 補償又は賠償は、被害を被った労働者を、性別に基づく差別をされなければ、あるいは同一賃金に関する権利又は義務のいかなる違反もなければ、その者がそうあったであろう地位に置くものとする。加盟国は、補償又は賠償に、バックペイ及び関連するボーナス又は現物給付の完全な回復、逸失機会、道徳的偏見、複合差別を含みうる他の関連する要素に依って引き起こされたいかなる被害の補償も、遅延利息とともに含まれることを確保するものとする。
4 補償又は賠償は上限額を設定することにより制限することはできない。
 
第17条 他の救済
1 加盟国は、同一賃金原則に関する権利及び義務の違反の事案において、裁判所又は他の権限ある機関が、国内規則に従って、原告の請求によりかつ被告の負担において、次のものを発することができるように確保するものとする。
(a) 当該違反を差し止める命令、
(b) 同一賃金原則に関する権利及び義務を遵守する措置をとるべしとの命令。
2 被告が第1項に基づき発せられたいかなる命令も遵守しない場合には、加盟国は、適当であれば、権限ある機関又は国内裁判所が、命令の遵守を確保する観点から、再度罰金を科すことができるよう確保するものとする。
 
第18条 立証責任の転換
1 加盟国は、その国内司法制度に従い、同一賃金原則が適用されなかったために自らの権利が侵害されたと考える労働者が、裁判所又は他の権限ある機関において直接又は間接の差別が存在したと推定しうる事実を立証すれば、賃金に関して直接又は間接の差別が存在しなかったことを立証すべきは被告とすることを確保するために適当な措置をとるものとする。
2 加盟国は、申し立てられた直接又は間接の賃金差別に関する司法上又は行政上の手続において、使用者が第5条、第6条、第7条、第9条及び第10条に規定する賃金透明性義務を実施していない場合、かかる差別が存在しないことを立証すべきは使用者とすることを確保するものとする。
 本項第1文は、使用者が第5条、第6条、第7条、第9条及び第10条に規定する義務の不履行が明らかに意図せざるものであり軽微な性格のものであることを立証した場合は適用しない。
3 本指令は、加盟国が同一賃金に関するいかなる権利及び義務を実施するために設けられた手続においても原告により有利な証拠法則を導入することを妨げない。
4 加盟国は事案の事実調査をするのが裁判所又は権限ある機関である手続には第1項を適用する必要はない。
5 国内法により異なる規定をしない限り、本条は刑事手続には適用しない。
 
第19条 同一労働又は同一価値労働の立証
1 男女労働者が同一労働又は同一価値労働を遂行しているか否かを判断する場合、労働者が比較可能な状況にあるか否かの判断は男女労働者が同一の使用者の下で労働している状況に限らず、賃金条件を決定している単一の源泉にまで拡大されるものとする。単一の源泉は、労働者の比較のために有意な賃金の要素を規定している場合に存在する。
2 労働者が比較可能な状況にあるか否かの判断は、当該労働者と同時に雇用されている労働者に限られないものとする。
3 真の比較対象者が存在しない場合、統計又は労働者が比較可能な状況において取り扱われたであろうとの比較を含め、訴えられた賃金差別を立証するために他のいかなる証拠をも利用することができる。
 
第20条 証拠へのアクセス
1 加盟国は、同一賃金の申立てに関する手続において、国内法及び慣行に従い、国内裁判所又は権限ある機関が被告に対して、その管理下にある関連するいかなる証拠をも開示するよう命令することができるように確保するものとする。
2 加盟国は、国内裁判所又は権限ある機関が、同一賃金の申立てに関連するとみなしたときに機密情報を含む証拠の開示を命令する権限を有することを確保するものとする。かかる情報の開示を命じたときには、国内裁判所は国内の手続規則に従い、かかる情報を保護する有効な措置を自由にとることができるように確保するものとする。
3 本条は、加盟国が原告にとってより有利な規則を維持し又は導入することを妨げない。
 
第21条 出訴期間制限
1 加盟国は、同一賃金に関する申立ての提起の期間制限に適用される国内規則が、かかる期間の開始時と継続期間及びそれが停止又は中断される条件を決定するように確保するものとする。これら規則は、当該期間制限が原告が違反を知り又は合理的に知ることが期待できた時よりも前に開始しないように考慮しつつ、期間制限の開始時期、その期間及びその中断又は停止の条件を規定するものとする。加盟国は、違反がなお継続中であるか又は雇用契約が終了前である限りにおいて、期間制限が開始しないものと決定することができる。
2 加盟国は、原告が裁判所に訴えを提起し又は直接使用者に若しくは労働者代表、労働監督機関若しくは均等機関を通じて申立を行うことにより行動を起すと同時に、期間制限が停止し、又は国内法に従い中断することを確保するものとする。
3 本条は申立ての期間満了に関する規則には適用しない。
 
第22条 法的費用
 加盟国は、被告が賃金差別の請求で勝訴した場合に、裁判所が国内法に従い、敗訴した原告が裁判所に訴えを提起する合理的な根拠を有していたか否かを判断し、敗訴した原告が訴訟費用を負担しないように命じることができることを確保するものとする。
 
第23条 制裁
1 加盟国は同一賃金原則に関する権利及び義務の違反に適用される効果的、比例的かつ抑止的な制裁の規則を定めるものとする。加盟国は、当該規則が実施されるようあらゆる措置をとるものとし、かつ遅滞なく欧州委員会に当該規則及び当該措置並びにこれらに影響するいかなる修正をも通知するものとする。
2 加盟国は、第1項にいう制裁が同一賃金原則に関する権利及び義務の違反に対し真に抑止的な効果を保証するよう確保するものとする。これらには国内法に基づいて設定される罰金を含むものとする。
3 第1項にいう制裁は、複合差別を含む違反の状況に適用されるいかなる関連する増悪的又は軽減的要素をも考慮に入れるものとする。
4 加盟国は、同一賃金に関する権利及び義務の違反が反復された事案に対して特別の制裁が適用されるよう確保するものとする。
5 加盟国は、規定された制裁が実際に効果的に適用されるよう確保するためにあらゆる必要な措置をとるものとする。
 
第24条 公契約及び営業権における同一賃金
1 加盟国が指令2014/23/EU(営業権契約授与指令)第30条第3項、指令2014/24/EU(公共調達指令)第18条第2項及び指令2014/25/EU(公益事業体調達指令)第36条第2項に従ってとる適当な措置には、公契約又は営業権の実施において、事業者が同一賃金原則に関する義務を遵守することを確保する措置を含むものとする。
2 加盟国は、公契約及び営業権の実施において同一賃金原則の遵守を確保するために、適当であれば契約機関が制裁及び終了条件を導入することを考慮するものとする。加盟国の機関が指令2014/23/EU(営業権契約授与指令)第38条第7項第(a)号、指令2014/24/EU(公共調達指令)第57条第4項第(a)号、又は指令2014/24/EU(公共調達指令)第57条第4項第(a)号と連動して指令2014/25/EU(公益事業体調達指令)第80条第1項に従って行動する場合、事業者がいかなる適当な方法によっても、賃金透明性義務を遵守していないか又は客観的かつ性中立的基準に基づき使用者により正当化されないいかなる労働者範疇の5%を超える賃金格差があることに関連して第1項にいう義務の違反があると証明できる場合には、公共調達手続への参加から当該事業者を排除することができ、又は加盟国から排除するよう求められうる。これは、指令2014/23/EU(営業権契約授与指令)、指令2014/24/EU(公共調達指令)及び指令2014/25/EU(公益事業体調達指令)に規定するいかなる他の権利及び義務をも妨げない。
 
第25条 迫害及び不利益待遇からの保護
1 労働者及びその労働者代表は、同一賃金に関するその権利を行使したこと又はその権利の保護のために他の者を支援したことを理由に不利益待遇を受けることがないものとする。
2 加盟国はその国内法制において、同一賃金に関する権利又は義務の遵守を実施するための企業内の苦情申立又はいかなる法的手続に対する報復として、労働者代表を含め、労働者が使用者による解雇その他の不利益待遇から保護するのに必要な措置を導入するものとする。
 
第23条 指令2006/54/ECとの関係
 本指令第3章は、指令2006/54/EC(男女均等待遇指令)第4条に規定する同一賃金原則に関するいかなる権利又は義務に関係する手続にも適用するものとする。
 
第4章 通則
 
第24条 保護水準
1 加盟国は、本指令に規定するよりも労働者に有利な規定を導入し又は維持することができる。
2 本指令の実施はいかなる状況下でも、本指令の対象分野における保護の水準を引き下げる根拠とはならないものとする。
 
第28条 均等機関
1 労働監督機関又は労使団体を含め労働者の権利を実施する他の機関の権限に抵触しない限り、指令2006/54/EC(男女均等待遇指令)に従い設立された国内均等機関は本指令の適用範囲内に事項に関する権限を有する。
2 加盟国は国内法及び慣行に従い、同一賃金に関する事項に関して、均等機関、労働監督機関又は労使団体の間の密接な協力及び調整を確保する積極的な措置をとるものとする。
3 加盟国は均等機関に対し、同一賃金の権利の尊重に関してその機能を効果的に遂行するのに必要な十分な資源を提供するものとする。
 
第29条 監視及び意識啓発
1 加盟国は、同一賃金原則の実施及び利用可能な全ての救済の実施について、一貫しかつ調整された監視及び支援を確保するものとする。
2 各加盟国は、本指令を実施する国内の法規定の実施を監視し支援するための機関(「監視機関」)を指定し、かかる機関の適切に運営されるのに必要な手配をするものとする。監視機関は国内の既存の機関又は構造の一部とすることができる。加盟国は、第3項第(b)号、第(c)号及び第(e)号に規定する監視及び分析の機能が単一の中央機関によって確保される限り、意識啓発及びデータ収集の目的で複数の機関を指定することができる。
3 加盟国は、監視機関の任務として次の事項を含むように確保するものとする。
(a) 公共部門及び民間部門の企業及び組織、労使団体並びに一般大衆に対して、同一賃金に関する事項における複合差別に対処することを含め、同一賃金原則及び賃金透明性の権利について意識啓発すること、
(b) 男女賃金格差の原因を分析し、賃金不平等を評価する用具を考案し、とりわけ欧州男女均等機関の分析作業と用具を利用すること、
(c) 第9条第7項に基づき使用者から受領したデータを収集し、第9条第1項第(a)号から第(f)号までにいうデータを容易に利用でき利用者に分かりやすい方法で、使用者間、業種間、関係加盟国の地域間での比較ができるように、迅速に公表すること。入手可能であれば過去4年間の情報も利用可能とすること、
(d) 第10条第3項に基づき共同賃金報告を収集すること、
(e) 裁判所に提起された賃金差別の訴え及び均等機関を含む権限ある公的機関に提起された申立ての件数及び種類に関するデータを集計すること。
4 加盟国は、2028年6月7日までに及びその後は2年に1回、第3項第(c)号、第(d)号及び第(e)号にいうデータをまとめて欧州委員会に提供するものとする。
 
第30条 団体交渉及び団体行動
 本指令は、国内法又は慣行に従って労働協約を交渉し、締結し及び実施する権利並びに団体行動をする権利に対していかなる面でも影響を及ぼさないものとする。
 
第31条 統計
 加盟国は、欧州委員会(欧州統計局)に毎年、男女賃金格差を未調整の形式で算定した各国更新データを提供するものとする。この統計は、性別、産業部門、労働時間(フルタイム/パートタイム)、経済的管理(公的所有/私的所有)及び年齢によって分類され、毎年算定されるものとする。
 第1項にいうデータは、参照年たる2026年の数値を2028年1月31日から提出するものとする。
 
第32条 情報の普及
 加盟国は、本指令に従って採択された規定及び効力を有する既存の関係規定を、全ての適当な手段により、その領域内にわたって関係者の関心を喚起するものとする。
 
第33条 実施
 加盟国は、本指令が追求する結果が常に確保されるために必要なあらゆる手段をとることを前提に、労使団体の役割に関する国内法及び/又は慣行に従い、本指令の実施を労使団体に委任することができる。これには次の事項が含まれる。
(a) 第4条第2項にいう分析用具及び方法論の開発、
(b) 効果的、比例的かつ抑止的な罰金と同等な金銭的制裁。
 
第34条 国内法転換
1 加盟国は、2026年6月7日までに本指令を遵守するのに必要な法律、規則及び行政規定の効力を発生させるものとする。これは直ちに欧州委員会に通知するものとする。
 欧州委員会に通知する際、加盟国はまたそれに国内法化規定の労働者250人未満企業の労働者と使用者に対する影響の評価の結果の概要及びかかる評価が公表された参照先を添付するものとする。
2 加盟国が第1項にいう規定を採択する際には、本指令への言及規定を含めるか又は官報掲載時にかかる言及を行うものとする。かかる言及を行う方法は加盟国によって規定されるものとする。
 
第35条 報告及び再検討
1 2031年6月7日までに、加盟国は欧州委員会に対し、本指令がどのように適用され、実際にどのような影響が生じているのかに関する情報を通知するものとする。
2 2033年6月7日までに、欧州委員会は欧州議会及び閣僚理事会に対し本指令の実施に関する報告を提出するものとする。この報告は、とりわけ第9条及び第10条に規定する使用者の規模要件とともに、第10条第1項に規定する共同賃金報告の義務が生ずる5%要件について検討するものとする。欧州委員会は適当であれば必要とみなす立法改正を提案するものとする。
 
第36条 効力発生
 本指令はEU官報における公示の20日後に効力を発生する。
 
第37条 名宛人
 本指令は加盟国に宛てられる。

 

2026年1月22日 (木)

テレワークとつながらない権利に関するEU教育部門自律協約@『労基旬報』2026年1月25日号

『労基旬報』2026年1月25日号に「テレワークとつながらない権利に関するEU教育部門自律協約」を寄稿しました。

 EUにおけるテレワークとつながらない権利に関しては、本紙でもこれまで「欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案」(2020年10月25日号)、「テレワークとつながらない権利に関する第1次協議」(2024年6月25日号)、「テレワークとつながらない権利に関する第2次協議」(2025年9月25日号)と、3回にわたって詳しくその経緯を追いかけてきましたが、去る2025年12月2日、欧州教育労働組合委員会(European Trade Union Committee for Education (ETUCE))と欧州教育使用者連盟(European Federation of Education Employers (EFEE))の間で、「教育部門におけるテレワークとつながらない権利」に関する自律枠組協約が締結されました。
 改めてここまでの経緯を簡単に振り返っておきますと、EUの立法機関の一つである欧州議会は、2021年1月21日、「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択しました。この文書は実質的には欧州議会による指令案の提案ですが、形式的には欧州委員会に対する指令案の提案の勧告という形をとっています。これを受けて2024年4月30日、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する労使団体への第1次協議を開始し、続いて7月25日には第2次協議を開始しました。通常、こうした協議の名宛て人として想定されるのは、欧州労連(ETUC)や欧州経団連(Business Europe)といった産業横断的労使団体ですが、今回この協議に反応して労使交渉を開始し、自律協約の締結に至ったのは、教育部門の労使団体でした。その背景には、2023年12月14日に採択された欧州教育部門労使対話委員会の2024-2026作業計画に、テレワークとつながらない権利に関する自律部門協約の交渉を行うと明記されていたことがあります。
 今回の自律協約は、EU指令等に転換されることなく、両労使団体の各国組織を通じて実施されるものになりますが、その規定ぶりは他部門の労使にとっても参考になる面が多く見られるように思われます。以下、協約の構造と、目的、適用範囲、定義の一部、「つながらない権利」に関する部分、実施とフォローアップの邦訳を掲げておきます。
 
1.目的
 欧州教育労働組合委員会(European Trade Union Committee for Education (ETUCE))と欧州教育使用者連盟(European Federation of Education Employers (EFEE))の間の本自律協約は、自発的な基礎の上にテレワークの発展を促進するとともに、この部門の全ての労働者がつながらない権利を行使することを可能にするものである。
 
2.適用範囲
 本自律協約は、欧州司法裁判所の判例法を考慮しつつ、各加盟国における法、労働協約又は慣行によって定義される雇用契約又は雇用関係を有する欧州連合内の教育部門における労働者に適用される。
 
3.定義
 本自律協約の文脈において、国内法、労働協約又は慣行に抵触しない限り、以下の定義が適用される。
「つながらない(disconnect)」:労働時間外において労働に関係する活動、とりわけ労働に関係するコミュニケーション回路のモニタリングに従事することを要求されたり期待されたりしないことを意味する。
「教育部門」:欧州共同体経済活動統計分類で定義される初等前、初等、中等、高等及び他の教育を含む。すなわち、NACEコード85.1初等前教育、85.2初等教育、85.3.1一般中等教育、85.3.2職業中等教育、85.3.3中等後非高等教育、85.4高等教育、85.51スポーツ及びレクリエーション教育、85.59他に分類されない教育、85.61課程及び講師のための仲介サービス活動、85.69教育支援活動
「生徒」:教育部門の機関により提供される教育プログラムに登録され、定期的に出席する全ての個人をいう。これには、初等前、初等、中等、職業教育訓練、中等後非高等、高等又はスポーツ、レクリエーション及び専門教育を含む他の認証された教育訓練水準の公式又は非公式の教育に関わる児童、青少年及び成人を含む。生徒はフルタイム又はパートタイムで登録され、その地位は公立及び私立の教育機関における学習者を含む。
「テレワーク」:主として情報通信技術(ICT)を用いて、雇用関係の文脈において、テレワークでなければ職場と定義された使用者の敷地又は他の場所で遂行されうる労働が、常時部分的又は全面的に、かかる職場から離れた場所で労働を編成し遂行する態様。
「労働時間」:国内法及び慣行に従い、EU労働時間指令第2条第1項及び関連する判例法で定義された、労働者が使用者の指揮下でその活動又は任務を遂行するいかなる期間をも意味する。
 
4.テレワーク
4.1 テレワークの自発的性質
4.2 均等待遇の原則
4.3 データ保護、プライバシー、コントロール及びモニタリング
4.4 設備、費用及び責任
4.5 安全衛生
4.6 訓練
4.7 集団的権利
 
5.つながらない権利
 つながらない権利は、すべての労働者に適用される。
 つながらない権利は、指令2003/88/EC(労働時間指令)および関連する判例法、ならびに国内法または労働協約に基づく、労働者が一定期間連絡可能であり、その結果として業務を遂行することを求め、客観的な根拠に基づいて正当化される労働時間、オンコール時間、待機時間に影響を与えるものではない。
 使用者および労働者の代表は、適切なレベルで、ワークライフバランス、労働者の幸福、および個人の時間の尊重に関する理事会勧告C/2023/1389で定義されている社会対話の一環として、適用されるEU法、国内法、労働協約、および慣行に従い、常時接続文化のリスクを定期的に評価し、その悪影響を防止または軽減しなければならない。
 つながらない権利は、教育分野の特殊性、役割と責任の多様性、様々な組織や機能にまたがる業務上のニーズ、そしてテレワークを含む職業上および個人的な状況の多様性を反映し、公正かつ透明な方法で行使されるべきである。
 労使団体は、つながらない権利の実施と健全なワークライフバランスの促進に関する労使対話を継続し、特に以下の活動を検討することに合意する。
1. つながらない権利とその公正かつ透明な行使に関する意識を高める。
2. 組織内部および組織外部との敬意あるコミュニケーション慣行を奨励する。
3. つながらないことを容易にするための技術的解決策を活用する。
4. 組織内方針、ガイドラインまたは行動規範などの明確な政策枠組みを策定する。
 労働者のつながらない権利を行使することは、労働者への不利益な結果や使用者による報復の根拠とはならない。
 
6.実施とフォローアップ
 本自律協約の規定の実施は、本自律協約が適用される部門において労働者に付与された一般的保護水準又は労働を監督し管理する使用者の権利を縮減する根拠とはならないものとする。
 各国の部門別労使団体は、適切なレベルで国内法及び慣行の定める条件に従い、労働者の一般的保護水準が確保されることを条件として、本自律協約に含まれる規則を適応させ又は補完する労働協約を確認し又は締結することができる。
 締結当事者たる労使団体及びその加盟組織は、その署名の5年後に、本自律協約の実施状況を欧州教育部門労使対話委員会(ESSDE)へ報告するものとする。
 締結当事者たる労使団体は、その一方からの依頼があれば、その署名日の5年後に、本自律協約を再検討するものとする。
 

 

2025年12月18日 (木)

欧州議会が職場のアルゴリズム管理について勧告決議

昨日(12月17日)、欧州議会は「職場のデジタル化、AI、アルゴリズム管理」という決議を採択しました。

https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-10-2025-0337_EN.pdf

この報告には、付録(Annex) として、欧州委員会に対してこういう内容の立法提案をせよという勧告がつけられています。EUでは立法府たる欧州議会には立法提案をする権限がなく、提案権は行政府たる欧州委員会にしかないので、こういう回りくどいやり方になるのですが、要するに、日本で言えば議員立法的な提案を勧告決議という形でやっているわけです。

この件については、先日『労働法律旬報』に寄稿した「スポットワークの系譜と今後の展望」の一番最後のところでもチラリと触れておきましたが、

・・・日本ではプラットフォーム労働といえばほとんど専ら労働者性の問題と考えられているが、同指令では第3章の7条から15条にわたって、アルゴリズム管理に対する規制が事細かに規定されているのである。さらに、欧州議会は今年「職場におけるデジタル化、人工知能及びアルゴリズム管理に関する欧州委員会への勧告」案を採択し、その付属文書である「職場のアルゴリズム管理に関する指令案」は、労働者と一人自営業者双方を対象としてアルゴリズム管理を包括的に規制しようとしている。日本でも今後、スポットワークを雇用型プラットフォーム労働ととらえ、アルゴリズム管理の規制という観点から考えていく必要は今後ますます高まっていくと思われる。その上でも、スポットワーク事業者を単なる仲介事業者ととらえている現在の立法の建付けを再検討する必要が出てくるのではなかろうか。

より詳細には、『労基旬報』8月25日に「欧州議会の『職場のアルゴリズム管理指令案』勧告案」として詳しく紹介してあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-a6ff97.html

 去る6月26日、欧州議会の雇用社会問題委員会に、「職場におけるデジタル化、人工知能及びアルゴリズム管理に関する欧州委員会への勧告」案が提出されました。これには付属文書という形で「職場のアルゴリズム管理に関する指令案」がついていて、内容的にはこちらが中心です。EUでは、立法機関たる欧州議会には立法提案をする権利はなく、指令案を出せるのは欧州委員会だけなので、こういういささか回りくどい形式をとっているのですが、要するに議員立法の法案みたいなものだと考えていいでしょう。
 職場のアルゴリズム管理への規制としては、昨年10月23日に正式に成立した「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令」が、プラットフォーム労働遂行者に限って、個人データ保護や意思決定システムの透明性等を規定していますが、他の労働者には及びません。しかし、近年のAIの発達により、あらゆる職場でアルゴリズム管理が用いられるようになり、欧州労連などは法的対応の必要性を叫んでいました。今回の勧告案は、それを受けたものということになります。
 プラットフォーム労働指令が雇用関係のあるプラットフォーム労働者だけでなく雇用関係のない者も含むプラットフォーム労働遂行者まで含めてアルゴリズム管理規制の対象にしていたことに倣って、今回の勧告案は労働者と一人自営業者双方を対象としており、これを裏返せば使用者とサービス調達者を義務づけの名宛て人にしていることになります。規制の内容はプラットフォーム労働指令を若干補正した形になっています。すなわち、透明性と情報入手の権利(第3条)、協議(第4条)、禁止行為(第5条)、人間による監視と再検討(第6条)、労働安全衛生(第7条)、権限ある国内機関の責任(第8条)という条文立てになっており、中でもプラットフォーム労働指令と同様、人間による監視と再検討に重点が置かれています。以下では、勧告案付属指令案の本文の主要部分を翻訳して紹介しておきます。
 
第1条 主題と適用範囲
1.本指令は、職場におけるアルゴリズム管理の透明な利用のための最低要件を規定する。
2.本指令は、EUの全ての労働者及び使用者並びに一人自営業者及び関係するサービス調達者に適用する。
第2条 定義
1.「アルゴリズム管理」とは、作業環境内の活動を監督するために個人データを処理するシステムや、作業割当の編成、報酬、安全衛生、労働時間、訓練機会昇進及び契約上の地位のような労働者又は一人自営業者に重大な影響を与える意思決定を行うか又は支援するためのシステムを含め、電子的手段により、労働者の作業成果及び労働条件に関し、監視し、監督し、評価し、又は意思決定を行うか若しくは支援するための自動的システムの利用をいう。
2.「労働者」とは、労働協約及び国内慣行を含め、EU法及び国内法で定義された雇用契約又は雇用関係を有するとみなされる者をいう。
3.「一人自営業者」とは、雇用契約又は雇用関係を有さず、関係するサービスの提供のための彼又は彼女の個人的な労働に主として依存する者をいう。
4.「使用者」とは、国内法及び慣行に従い、労働者との雇用契約又は雇用関係の当事者である自然人又は法人をいう。
5.「サービス調達者」とは、特定のサービス又はタスクの提供のための一人自営業者との契約合意の当事者である自然人又は法人をいう。
第3条 透明性と情報入手の権利
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者がそれぞれ、その契約関係にある労働者及び一人自営業者並びにその代表に対し、職場におけるアルゴリズム管理のためのシステムの利用又は利用の計画に関して、書面で情報を提供するよう確保するものとする。
2.第1項にいう情報は以下を含むものとする。
(a) その目的の一般的な記述を含め、アルゴリズム管理システムが利用されているか又は導入を意図しているという明確な声明、
(b) その行動及び成果に関連するデータ並びに監視される行為又は活動のタイプも含め、労働者又は一人自営業者との関係でかかるシステムによって収集され又は処理されたデータのカテゴリー、
(c) 収集されたデータが自動的な意思決定を遂行するために利用されるか、及びかかる意思決定の性質及び範囲の記述の明確な表示
3.第1項にいう情報は次の時期に提供されるものとする。
(a) 労働者の就労初日以前及び一人自営業者の契約初日、
(b) 労働条件、作業編成又は作業成果の監視及び評価に重大な影響を与える変更の導入以前、
(c) その要請に基づきいつでも。
4. 第1項にいう情報は、明確で容易に理解できる方法で提供されるものとする。加盟国は、使用者及びサービス調達者が、労働者又は一人自営業者が理解することが合理的に期待できるデジタルリテラシーのレベルに合わせて、かつ不必要に技術的又は複雑な言語の利用を避けるような方法で、情報を提供するよう確保するものとする。
 加盟国は、第1項にいう情報が障害者にもアクセス可能なフォーマットで提供されるよう確保するものとする。
5.本条に基づく情報の提供は、労働者又は一人自営業者がその労働を遂行し、アルゴリズム的なシステムが彼らに影響を与える意思決定にいかに影響するかを理解し、その権利を行使するのに厳格に必要なものに限定するものとする。
第4条 協議
1.加盟国は、労働者の報酬、労働編成又は労働時間に直接影響する新たなアルゴリズム管理のシステムの配置又は既存のシステムのかかる更新が、作業編成又は契約関係の重大な変化をもたらすような意思決定とみなされ、かかるものとして指令2002/14/EC(一般労使協議指令)第4条第2項第(c)号に基づく協議の対象となるよう確保するものとする。
2.かかる協議には次の事項が含まれる。
(a) 配置又は更新の背後にある目的及びその影響を受ける作業過程及び労働者、
(b) 作業負荷、労働密度、日程、労働時間、柔軟性又は職務内容の変化、
(c) 労働安全衛生への影響、
(d) 収集されるデータのタイプ、
(e) 偏見又は差別的帰結を探知し及び緩和するための措置、
(f) 人間による監視の機構
(g) 影響を受ける労働者及び一人自営業者への訓練及び支援の措置。
第5条 禁止行為
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者が次に関わる個人データを処理することを禁止されるよう確保するものとする。
(a) 労働者又は一人自営業者の感情的又は心理的状態、
(b) 神経監視、
(c) 私的な会話、
(d) 勤務時間外又は私的な部屋にいる労働者又は一人自営業者の行動、
(e) EU基本権憲章に規定する結社の自由、団体交渉及び団体行動権又は情報提供及び協議を受ける権利を含め、基本権の行使の予測、
(f) 人種的若しくは民族的出自、移民の地位、政治的意見、宗教的若しくは思想的信条、障害、健康状態、労働組合への加入又は性的指向の推測。
2.本指令のいかなる規定も、規則(EU)2016/679(一般データ保護規則)又は規則(EU)2024/1689(AI規則)の下で禁止されている行為を許容するものとして解釈されないものとする。
第6条 人間による監視と再検討
1.加盟国は、使用者及びサービス調達者が職場に配置された全てのアルゴリズム管理システムに対してあらゆる時に有効な人間による監視を維持するよう確保するものとする。加盟国はまた、使用者及びサービス調達者が、かかるシステムの適用される法的、安全衛生上及び倫理上の基準への遵守を含め、かかるシステムの作用及び影響の監視並びにその意思決定の再検討に責任を有する者を指名し、それを労働者、一人自営業者及びその代表に対し通知するよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働者及び一人自営業者が、その要請に基づき、タスクの配分、成果の査定、労働時間の日程調整、報酬、懲戒処分を含め、その雇用又は契約関係の重要な側面に影響を与えるいかなる意思決定に関しても、かかる事項に関する意思決定が既に行われ又はアルゴリズム的システムにより重大な影響を受けている場合には、使用者又はサービス調達者から、口頭又は書面による説明を受ける権利を有するように確保するものとする。
 第1項にいう説明は、合理的な時間内に、関係する労働者又は一人自営業者にアクセス可能で理解可能なフォーマットで提供されるものとする。
3.加盟国は、雇用又は契約関係の開始又は終了、契約関係の更新又は不更新及び報酬のいかなる変更に関する意思決定もアルゴリズム管理のみに基づいてとられることのないよう確保するものとする。かかる意思決定もまた、人間の監視者による再検討及び最終決定に従うものとする。
4.加盟国は、労働者及び一人自営業者の代表が、使用者又はサービス調達者に対し、アルゴリズム管理システムがシステム的なバイアス若しくは欠陥を示し又は労働者若しくは一人自営業者の精神的若しくは身体的健全性又は職場の安全衛生に脅威を与えるという正当な懸念がある場合には、設置されたかかるシステムの作用の再検討を開始するよう要請することができるように確保するものとする。
第7条 労働安全衛生
1.指令89/391/EEC(労働安全衛生指令)及び職場の安全衛生分野における関係諸指令に抵触しない限り、加盟国は使用者に次のことを確保するものとする。
(a) とりわけ作業関連災害、心理社会的及び人間工学的リスク並びに労働者への過度の圧力に関し、アルゴリズム管理システムの安全衛生へのリスクを評価すること、
(b) これらシステムの安全装置が作業環境の特別の特徴の観点から特定されるリスクにとって適切であるかどうかを評価すること、
(c) 適切な予防的及び保護的措置を導入すること。
第8条 権限ある国内機関の責任
1.加盟国は、その各労働監督機関に、職場におけるアルゴリズム管理システムの安全で非差別的な利用を監視する任務を課すものとする。
2.労働監督機関は、次のことを監視し、統制し、評価する任務を負うものとする。
(a) とりわけ労働者の精神的及び身体的健康への影響に関して、雇用の過程で利用されるアルゴリズム管理システムの安全性、
(b) かかるシステムの設計、配置又は作用においてバイアス及び差別がないこと、
(c) アルゴリズム管理システムの労働時間及び労働者への成果圧力に対する影響、
(d) 労働安全衛生及び均等待遇に関する規定を含め、本指令並びに他の適用されるEU法及び国内法の関連規定の遵守。
3.加盟国は、その各労働監督機関がその機能を有効に遂行するために十分な資源、権限及び技術的専門性を有するように確保するものとする。

2025年12月17日 (水)

EUがクオリティ・ジョブ法について労使団体への第一次協議を開始

Adobestock_607448542 去る12月4日、欧州委員会はクオリティ・ジョブ法について労使団体への第一次協議を開始しました。

https://employment-social-affairs.ec.europa.eu/document/download/059a1e18-2508-4520-9b15-5831c50e0f91_en?filename=Consultation_Quality-Jobs-Act_2025.pdf

As announced by President von der Leyen in her 2025 state of the EU address and the Commission’s 2026 work programme, the Commission will propose a Quality Jobs Act in 2026. The new law will update EU rules protecting workers while supporting productivity and competitiveness.

Today’s first-stage consultation seeks social partners’ views on the direction of EU action to improve job quality. The consultation highlights several areas that a future law could cover, including:

・Algorithmic management and artificial intelligence (AI) at work: Digital tools are now central to working life. AI can save time and increase productivity. However, 84% of Europeans believe that these technologies must be carefully managed at work.

・Safety and health at work: New technologies and mobile digital equipment have transformed workplaces and expanded remote work. Psychosocial and ergonomic risks at work have increased, highlighting the need to update EU rules on safety and health at work. In 2025, 29% of workers reported experiencing stress, anxiety or depression caused or worsened by their job, up from 27% in 2022, according to the latest EU-OSHA pulse survey.

・Subcontracting: Subcontracting helps companies access expertise and innovate. However, it can also lead to abusive practices and poor compliance with labour, health, and safety regulations, especially in long and complex subcontracting chains.

・Just transition: The green and digital transitions are driving companies across the EU to restructure, creating major challenges for both workers and employers.

・Enforcement and role of social partners: Strong enforcement is essential for workers to benefit from their rights. Persistent issues such as undeclared work and weak compliance undermine job quality and fair competition.

This new consultation will complement the right to disconnect and telework consultation finalised in October 2025.  

フォン・デア・ライエン委員長は既に、来年(2026年)にクオリティ・ジョブ法を提案するんだと言ってるんですね。言ってから改めて労使に協議しているという構図のようです。

正直言って、なんだかやたらに総花的で何をしようとしているのかわかりにくいところもありますが、今日労働問題として注目を集めているトピックとしてはやはり、最初のアルゴリズム管理とAIの話と、三つ目の下請連鎖の話が中心になるように思われます。

これから労使団体がどのような反応を示すかも見ていきたいと思いますが、とりあえず現場からは以上です。

 

2025年11月11日 (火)

EU最低賃金指令はOK@EU司法裁判所

今年1月に法務官がEU最低賃金指令は条約違反で無効だという意見を発表して大騒ぎになっていたことについては、その時に本ブログで紹介しており、

EU最低賃金指令は条約違反で無効@欧州司法裁法務官意見

その後『労基旬報』にやや詳しい解説を書きましたが、

EU最低賃金指令は条約違反で無効!?@『労基旬報』2025年2月25日号

その行方を関係者がかたずをのんで見守って10か月経って、ようやくEU司法裁判所の判決が出されたようです

なぜかまだ裁判所のHPにはアップされていないのですが、欧州委員会のHPに、最低賃金指令の有効性を認めた判決を喜ぶ旨の記事が載っています。

Commission welcomes the judgment of the EU Court largely confirming the validity of the Directive on adequate minimum wages

In its judgment, the EU Court of Justice dismissed the request to annul in its entirety the Directive on adequate minimum wages. The Court confirmed the validity of the provisions of the directive relating to collective bargaing on wage-setting.

その判決において、EU司法裁判所は十分な最低賃金に関する指令を全面的に無効とすることを求める請求を棄却した。裁判所は賃金決定に関する団体交渉に関する指令の規定の有効性を確認した。

そのうち裁判所のHPに判決文がアップされると思いますので、詳細はその上で。

 

 

 

 

 

2025年10月29日 (水)

欧州労使協議会指令の改正に理事会合意

一昨日、EUの理事会が欧州労使協議会の改正に合意したと発表しました。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2025/10/27/strengthening-representation-of-eu-workers-in-multinational-companies-council-greenlights-revision-of-the-european-works-council-directive/

The Council has adopted a revising directive that seeks to make the representation of workers in large multinational companies more effective. This revision will amend the existing directive on European works councils (EWCs) to make the rules clearer, notably as regards how EWCs are set up, their resources and the protection of their members.

欧州労使協議会指令は前史から数えると長い歴史がありますが、1994年に成立し、2009年に改正されていますが、2023年に改正についての労使団体への協議があり、2024年に欧州委員会から指令改正案が提出され、今回ようやく成立に至ったというわけです。

The revising directive clarifies the scope of transnational matters to ensure that decisions substantially affecting workers in more than one member state trigger an obligation to inform and consult an EWC, without this being extended to day-to-day decisions or issues that only affect employees in a trivial way.

The revised rules also ensure that information can only be withheld by the company or treated as confidential if objective criteria are satisfied and for as long as the reasons justifying these limitations persist.

The directive also strengthens provisions on access to justice and (where relevant) administrative proceedings, including by ensuring that the costs of works councils relating to legal representation and participation are covered.

主な改正点は、国際事項の明確化、機密情報の定義、紛争処理手続等です。

Eulabourlaw2022_20251029092301 本指令の過去の経緯については、2022年に刊行した『新・EUの労働法政策』(労働政策研究・研修機構)に詳述してあります。

 

 

 

2025年10月16日 (木)

最低賃金の設定基準とEU最賃指令

本日の朝日新聞に、「最低賃金は「賃金の中央値の6割」 政治介入抑制へ、高知で指標導入」という記事が載っています。

https://www.asahi.com/articles/ASTBH41V9TBHULFA006M.html

 今年度の最低賃金改定で、高知の地方審議会が新たに「一般労働者の賃金における中央値の6割」という目標を導入したことがわかった。相対的貧困ラインを念頭に、欧州連合(EU)が最低賃金の設定に用いる水準で、厚生労働省によると国内で導入は初とみられる。引き上げを求める政治介入が常態化する中、客観的なデータで公労使の合意を得る狙いだ。
 高知の審議会は8月末、県内で12月から適用される最低賃金を現在の952円から71円引き上げて1023円とすることを答申した。改定後の高知の最低賃金は、沖縄、宮崎と並び全国最低額だが、審議会がまとめた見解に「セーフティーネット水準として、賃金の中央値の6割を注視することを公労使で共有した」と初めて盛り込んだ。
 県内の一般労働者の賃金の中央値は、厚労省の2024年の統計から残業代や賞与を含めて1822円で、その6割である1093円を目標額として設定。審議会は来年度までの2年間で実現する方針だ。・・・

半世紀にわたり中央最賃審でランク別の「目安」を示し、それに基づいて各地方最賃審で地賃額を決めるというやり方が、昨今の政治介入で混迷化しつつある中で、新たな試みとして注目に値します。

ここでは、このEU最低賃金指令の関係条文を紹介しておきましょう。

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(最低賃金指令)
Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union
第2章 法定最低賃金
第5条 十分な法定最低賃金の決定手続き
1 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の決定及び改定の必要な手続きを設けるものとする。かかる決定及び改定は、まっとうな生活条件を達成し、在職貧困を縮減するとともに、社会的結束と上方への収斂を促進し、男女賃金格差を縮小する目的で、その十分性に貢献するような基準に導かれるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法、権限ある機関の決定又は政労使三者合意における国内慣行に従って定めるものとする。この基準は明確なやり方で定められるものとする。加盟国は、各国の社会経済状況を考慮して、第2項にいう要素も含め、これら基準の相対的な重要度について決定することができる。
2 第1項にいう国内基準は、少なくとも以下の要素を含むものとする。
(a) 生計費を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力、
(b) 賃金の一般水準及びその分布、
(c) 賃金の上昇率、
(d) 長期的な国内生産性水準及びその進展。
3 本条に規定する義務に抵触しない限り、加盟国は追加的に、適当な基準に基づきかつ国内法と慣行に従って、その適用が法定最低賃金の減額につながらない限り、法定最低賃金の自動的な物価スライド制を用いることができる。
4 加盟国は法定最低賃金の十分性の評価を導く指標となる基準値を用いるものとする。このため加盟国は、賃金の総中央値の60%、賃金の総平均値の50%のような国際的に共通して用いられる指標となる基準値や、国内レベルで用いられる指標となる基準値を用いることができる。
5 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜に適した改定を少なくとも2年に1回は実施するものとする。第3項にいう自動的な物価スライド制を用いる加盟国は少なくとも4年に1回とする。
6 各加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する一またはそれ以上の諮問機関を指名又は設置し、その機能的な運営を確保するものとする。

 

 

2025年9月22日 (月)

テレワークとつながらない権利に関する第2次協議@『労基旬報』2025年9月25日

『労基旬報』2025年9月25日号に「テレワークとつながらない権利に関する第2次協議」を寄稿しました。

 去る7月25日、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する労使団体への第2次協議を開始しました。この問題に関しては、本紙でも2020年10月25日号で「欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案」を、2024年6月25日号で「テレワークとつながらない権利に関する第1次協議」を紹介していますが、今回の第2次協議は「検討中の提案の内容」(EU運営条約第154条第3項)を示すものなので、注意深く見ていく必要があります。
 フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2024年7月の政治指針において、労働の世界におけるデジタル化の影響に関し、AI管理からテレワーク、「いつでもオン」の文化が人びとのメンタルヘルスに与える影響に言及するとともに、つながらない権利を導入する意欲を示しました。その少し前に行われたこの問題に関する第1次協議に対して、労働組合側は概ねEUレベルでの対処の必要性に同意したのに対し、使用者側は疑念を呈しています。ただし、国境を超えるテレワークに関しては、国ごとに異なる労働時間規制が導入の障壁になっているという指摘もあり、そういう観点からの介入には反対ではなさそうです。
 協議文書が課題として挙げている事項を見ると、まず労働者にとっては、デジタル化のメンタルヘルスと身体の健康に与える影響があります。「いつでもオン」の文化の結果、労働負荷、非社会的時間、情報過剰、孤独感等々の問題が生じています。また自宅での休息時間中にもいつでも対応する必要があるため、労働条件やワークライフバランスの悪化をもたらしています。テレワークが個別に導入されてきたため、企業により、また企業内でも労働者により異なる取扱いが見られ、透明性に欠けています。さらにデジタルモニタリングが労働者のプライバシーや個人情報を侵害するリスクもあります。
 使用者にとっては、国境を超えたテレワークにおいて労働時間や安全衛生規則が異なるため、テレワークの活用が過小となり、オフィス費用の節約や競争力が減少する可能性があり、また企業によって異なるテレワークやつながらない権利の仕組みのため、企業間競争に歪みを与える可能性があります。さらに、生産性や労働者のウェルビーイング、組織パフォーマンスに悪影響を与えます。
 そこで、EUレベルの行動が、労働者のメンタルヘルスと身体の健康、ワークライフバランスを改善し、アブセンティーイズムや燃え尽き症候群を減らし、労働市場参加を増やして格差を是正するとともに、競争力や生産性を高めるというわけです。そのために、①「いつでもオン」の労働文化の否定的な影響を縮小し、②透明性と労働条件の向上が求められます。
 まず、「いつでもオン」の労働文化のリスクに対処するため、立法によるつながらない権利の導入が考えられます。併せて、この権利を行使した労働者への不利益取扱いからの保護も必要です。EU立法は各加盟国や労使団体によって実施されるべき広範な原則を規定するか、あるいは使用者がつながらない権利を実施する上で充たすべき最低要件や特定の職種・業種に係る適用除外のリストを規定することも考えられます。例えば、エッセンシャルサービスや柔軟で予測不可能な作業のように、使用者が休息時間中に労働者にコンタクトすることが不可欠であるような活動はこれに当たるでしょう。
 これに加えて非立法的措置として、拘束力のない勧告やガイダンスにより、つながらない権利の定義やEU法や判例法の解釈を明らかにすることも考えられます。ガイダンスには、労働時間と休息時間の区別を明確にするための労働時間の記録等も含まれます。
 テレワークの労働条件向上のためには、拘束力のない理事会勧告かコミュニケーションやガイダンスにより、公正で質の高いテレワークを促進することが考えられます。具体的には、①テレワークへのアクセスと編成の透明性の改善、②テレワークにおける均等待遇と非差別の原則、③テレワークにおける労働安全衛生、④テレワーカーが必要な器材にアクセスできること、⑤テレワーカーのデータ保護とモニタリングといった事柄です。さらに安全衛生分野では、職場とディスプレイスクリーン装置指令の改正など、立法措置も考えられます。また心理社会的又は人間工学的リスクに対する最低要件の設定も含まれ得ます。
 この他、この分野における団体交渉の促進、好事例の交換、情報キャンペーン、使用者や労働者への助成にも言及しています。
 このように、今回の第2次協議は明確な「つながらない権利」の立法化とそれに付随する非立法的措置の導入を中心とし、併せてテレワークの労働条件に関する立法的ないし非立法的措置の導入を提示しています。これに対して労使団体がどのような反応を見せるか、そして欧州委員会がいつ具体的な指令案等の提案に踏み切ることになるか、今後の展開が大変興味深いところですし、その展開は日本におけるこの分野における議論にも何らかのインパクトを与えていくことになる可能性があります。
 なお、この第2次協議には、附属の職員作業文書として、EU各国におけるテレワークの進展とつながらない権利に関する動向等について100ページ近い分量の分析報告が添付されています。これは、テレワークについて論じる上で、極めて有用な資料であろうと思われます。そのうちつながらない権利についての各国の状況の部分を紹介しておきましょう。それによると、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、ギリシャ、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、ポルトガル、スロバキア、スロベニア及びスペインの13か国でつながらない権利が存在していますが、その適用範囲や内容は国によって実に様々です。8か国ではつながらない権利が全労働者に適用されていますが、ICT関連労働者やテレワーカーにのみ適用される国もあります。内容面では、大部分の国ではつながらない権利が労働者の権利として規定されていますが、フランスなど5か国では法律で明確につながらない権利を定義していません。さらに3か国では、つながらない権利は職業的コミュニケーションに対して労働者が反応する義務の不存在(ブルガリアとクロアチア)として、あるいは休息期間中に労働者に接触することを控える使用者の義務(ポルトガル)として規定されています。さらにギリシャとアイルランドでは、つながらない権利は労働から切り離すことと労働に関連する電子コミュニケーションに関与しないことの両方の権利として規定されています。
 また5か国では、つながらない権利の例外として、不可抗力の場合(クロアチアとポルトガル)、合意された待機時間や時間外労働があるとき使用者によるコミュニケーションに反応する義務が生じた場合(スロベニア)、通常の労働時間以外に労働者に接触することが必要となる合法的な理由がある場合(アイルランド)が挙げられています。加えて、ブルガリア、キプロス、ギリシャ、ポルトガルでは、つながらない権利を行使した労働者に対する差別待遇から保護する規定もあります。さらに5か国では、労働者のつながらない権利を尊重しない使用者(キプロス、ポルトガル、スロベニア)や、かかる権利を設定するプロセスを行わない使用者(フランス、ルクセンブルク)に対する制裁規定も設けられています。
 なおつながらない権利に関する実定法規定を持たない国も含めて、産業別ないし企業別の労働協約の中に同様の規定を設けている例が見られます。ベルギー、フランス、ルクセンブルクでは、つながらない権利の内容は労働協約に委ねられています.例えば、フランスでは、労働法典は職場の男女平等と生活の質に関する年次交渉は被用者がつながらない権利を十全に行使しデジタルツールを規制する企業の機構の条件を含めなければならないと規定しています。かかる協定がない場合には、使用者は社会経済委員会に協議してつながらない権利を導入する憲章を策定しなければなりません。フランス政府によれば、2022年につながらない権利は産業別協約の15%で言及され、2021年に1550件の企業別協定でつながらない権利とデジタルツールを取り扱っていました。加えて、テレワークに関しては、2020年11月26日の全国職際協定が、使用者はテレワーカーとの協定において、被用者に対して接触可能な時間帯を明示するよう求められる旨規定しています。
 さらに、クロアチア、キプロス、ギリシャ、スロバキア、スロベニアにおいては、労働協約でより詳細な、あるいはより高い保護を規定することができます。スペインでは、使用者はつながらない権利について企業方針を定めなければなりませんが、それらは産業別ないし企業別の労働協約を遵守しなければなりません。アイルランドでは2021年に、つながらない権利に関する行為規範が、使用者はつながらない権利政策を展開するべく被用者又は労働組合と協議するよう勧告しています。
 今回の第2次協議に対し、欧州労連のシュタール副事務局長は、次のようにコメントしています。「新たな労働慣行は人びとに柔軟性と自律性を与えるとともに、障害者や介護責任のある人、農村地域の人びとの雇用機会を開くものだ。しかしながら、多くの労働者はテレワークが「いつでもオン」の文化を創り出し、ジョージ・オーウェルの小説の如き監視ソフトウェアを用いる上司によって、あらゆるクリックが追跡されている状態となっている。これは欧州委員会が、労働者が労働の世界で起っている変化に歩調を合わせて保護を確保する唯一の権利である。労働者は常につながらない権利を有し、我々は早急にそれが実施されるよう確保する指令を必要としている。」

 

より以前の記事一覧