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外国人労働政策

2026年3月14日 (土)

毎日新聞で『外国人労働政策』の書評

Chukogaikoku_20260314082101 本日の毎日新聞の書評欄に、松原隆一郎さんによる拙著『外国人労働政策』の書評が載っています。

https://mainichi.jp/articles/20260314/ddm/015/070/011000c

高市早苗首相が2月末の参議院本会議で外国人労働者の在留資格である「特定技能2号」につき、「受け入れ人数の上限を設定していない」と答弁した。在留更新無制限、家族同伴可であるこの枠の「上限を首相が撤廃した」と早とちりした一部保守層が、「移民開始宣言」だと批判している。・・・

という昨今の話から始まり、

 ・・・外国人労働者の在留資格はなぜかくも複雑なのか。本書はその経緯を詳述、とりわけ1980年代以降、「使用者、労働者、公益を代表する三者構成」や「労働者への許可」といった労働政策の原則抜きで在留資格が設定された点に注目する。働きに来た人々に「労働者ではない」資格を与え、矛盾を取り繕うために複雑化したのである。

 なぜ労働政策の原則は骨抜きにされたのか。その解明が本書の主題で、第一には「法務省と労働省の権限争い」がある。1989年の入管法改正で「日系人」、もしくは原則として就労が認められない「研修生」に在留資格が認められた。2016年の「技能実習法」で技能実習生として就労資格と正当な報酬が与えられるまで、法務省の入国管理局が外国人労働者を管理する権限を握り、労働省の職業安定局は外された。両省の暗闘は公文書には記されないものの新聞には断片的に報じられており、丹念に再構成している。・・・

と、本書の内容を説明していきます。

ただ、正直言ってやや思い込みで細かなところを飛ばしながら読まれてしまったようで、本書には書いていないし、事実にも反することがいくつも出てきます。これだけの分量で全国紙に書評をしていただいたのは有り難いことではあるのですが、この書評「だけ」を見て、この本ではこんなことを主張しているのかなどと思わないようにしていただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

2026年3月10日 (火)

『月刊公明』4月号に拙著書評

G112604500  『月刊公明』4月号に、是川夕さんが拙著『外国人労働政策』の書評を寄稿されています。

https://komeiss.jp/products/detail.php?product_id=431

是川さんは云うまでもなく『ニッポンの移民』(ちくま新書)で知られる外国人問題の専門家ですが、その目に拙著はどのように映ったのでしょうか。

 技能実習制度がなぜできたのか。この極めてシンプルな問に正面から答えると同時に、その理由を企業や政治家、政府など特定のアクター(主体)の意図に還元せず、当時の行政内部での政策過程、および勢いを増していた日本型雇用への評価の高まりから説明したのが本書である。・・・

その説明は概ね妥当だと判断していただきました。

 私も外国人労働者政策を専門としており、同時期の制度形成については近著『ニッポンの移民』(ちくま新書)で扱ったが、濱口氏の「意図せざる結果」としての技能実習制度の創設、その背景にある行政官のセクショナリズム、日本型雇用の影響という見方は妥当であり、その学術的意義は大きいと考える。
 さらに本書は戦後日本の労働政策上にこれらを位置づけ、今後の外国人労働者政策を具体的な制度論として示した点が類書に例を見ない画期的な点だ。
 最後に80年代後半の労働省と法務省の対立の最終局面において、在日韓国民団が労働省案による在日コリアンへの就職差別悪化の恐れを主張したことで、この対立が法務省側の勝利に終わったことは興味深い。当時の政府を含めた世論が在日韓国民団の側に近かったことを示すものであり、現代の私たちにとっても教訓に満ちたものといえるだろう。

最後のところについては、そもそも当時の労働官僚が外国人という問題を取り上げる際に在日韓国人の問題を全く考えておらず、民団の抗議を受けて初めて気がついたという状況であったことが大きかったのではないかと思います。

Chukogaikoku_20260310120201

 

 

 

2026年3月 6日 (金)

丸善ジュンク堂書店のPR誌『書標』に拙著の書評

Honnoshirube202603 丸善ジュンク堂書店のPR誌『書標』に拙著『外国人労働政策』の書評が載りました。

https://cdn.shopify.com/s/files/1/0858/8266/7312/files/2026honnoshirube.03.pdf

Chukogaikoku_20260306203901 最近の選挙でも争点に上がってくる外国人政策。しかし、日本が今まで移民に対しどう対応してきたのか、何ともわかりにくく感じることはないだろうか。三〇年以上前から労働力として外国人が求められる状況がありながら、法的に受け入れるのは定住者としての日系人と表向きは労働力ではない研修生という枠組みが続き、そのひずみにより多くの人権問題が起こってきた。ここ数年でだいぶ整理されてきたとはいえ、まだ矛盾を抱えている。なぜこのような奇妙な状態になってしまったのか。当時の報道などを引きながら、元労働省に属し、労働政策の第一人者である著者が解き明かす。見えてくるのが当時の法務省と労働省の権限争いと、実情を鑑みずに作られた制度設計。自分の立ち位置から見えることを全てとし、立場の違う提言は排除する… …人権も国力も関わるこの問題、当時の愚を繰り返さぬようにしたい。

本屋さんのオススメに入れていただいたというのは、とてもうれしいことです。

 

 

2026年3月 5日 (木)

沖縄タイムズに拙著の書評が

Chukogaikoku_20260305142301 沖縄タイムズの2月28日号に、拙著『外国人労働政策』の本格的な書評が載っていました。評者は、『移民の経済学』(中公新書)を書かれている青山学院大学の友原章典さんです。

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1783970

 本書は、日本における近年の外国人受け入れ制度の変遷を整理した労作だ。とりわけ多くのページが「外国人労働問題の中心を占め続けてきた」とする「ブルーカラー外国人労働者」の考察に割かれている。

 ブルーカラー労働者である外国人を、就労ではないというゆがんだ形で受け入れてきた問題点。本書ではその制度的問題は、(旧)労働省対法務省という霞が関の権限闘争に起因すると分析する。その上で、日本型雇用システムに基づいた思想もそうした制度設計に影響したという。・・・

歴史書として謎解きを試みた本書の趣旨をきちんと受け止めていただいていますが、おそらく移民問題研究者としての関心の在処の違いもあり、問題はそこじゃない、と感じられたのでしょう。

・・・最近議論となっている生活者としての外国人の側面には踏み込まない本書。生活者という視点の欠如が現在の混乱をもたらしているという議論に興味のある読者には期待外れの内容かも知れない。・・・

という批判(この「読者」は友原さんご自身でしょう)も書かれています。

 

 

 

 

 

 

 

本日、武田砂鉄ラジオマガジンに出ました

Chukogaikoku_20260305142301 本日午前中、文化放送の武田砂鉄ラジオマガジンに出て、拙著『外国人労働政策』についてお話をしてきました。

https://x.com/rm_joqr/status/2029360087345795264

その音声は、ここで聞けるようになっているようです。

https://www.youtube.com/watch?v=ruihfX2BrSo

 

 

 

2026年2月27日 (金)

武田砂鉄 ラジオマガジン出演のお知らせ

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2026年2月14日 (土)

『労働新聞』で『外国人労働政策』を紹介

Chukogaikoku_20260214075001 毎月私が書評を書いている『労働新聞』に、拙著『外国人労働政策』の紹介が載りました。

https://www.rodo.co.jp/column/213410/

報道を史料に過程追う

 なぜ日本は外国人を労働者として受け入れず、研修生などの形を採ってきたのか――著者の濱口桂一郎氏は、背景には外国人政策における労働省と法務省の権限争いと、日本型雇用慣行の特殊性があると説明する。

 本書は、政策過程を明らかにするため、新聞報道を史料としている。たとえば1988年、労働省が職業安定局を実施者とする「雇用許可制」を提案。一方で法務省は、労働者性を否定する「研修」案を推し進める――公式発表で分かるのはここまでだが、その2年前の報道をみると、法務省内でも外国人を「労働者」として受け入れる政策を検討していたことが分かる。

 現行制度の成立ちから、その「なぜ」を理解する一助になるだろう。

2026年2月10日 (火)

あなたもわたしもみんな高度人材

Phpthumbphp_400x400 拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)を読まれた神行太保さんが、

高度人材のポイント計算、自分にはめてみると80点なんやけど合ってるのか不安になるし、同僚の中国人女子が65点はええんか?と思わなくもない 彼女、別にそこまで高度な人材ちゃうぞ

と呟いているのですが、いやまさにそれが狙い目。

ブルーカラー外国人労働者を「単純労働者」と見下して建前上受け入れないと言い続けてきたその一方で、単に大学や専門学校卒業レベルのホワイトカラー労働者を「専門・技術的労働者」と誇大広告して導入してきた結果、いまや「技人国」は技能実習よりも特定技能よりもいわんや定住者よりも多数を占めるに至っているわけですが、それ以上に超誇大広告な在留資格が、鳴り物入りで導入されてきた「高度専門職」であって、その中身がいかに怪しいものであるかをよく分かっていただくために、拙著252~253ページには、その高度人材のポイント計算表を載せて、自分だったら何点取れるかをその場ですぐに計算して頂けるようにしておいたのです。

これでいけば、あなたもわたしもみんな高度人材になっちゃうよ、という話です。

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 まず、ごく普通の大学を卒業していればそれで一〇点。大学卒業後五年以上経っていればそれで一〇点。年齢が二九歳以下で年収が四〇〇万円あればそれで一〇点。この年齢二九歳以下というのがそれだけで一五点。そして(これは日本人なので当たり前ですが)本邦の高等教育機関において学位を取得しているので一〇点。ここまででもう五五点になります。これに、日本人なので当然その能力があるはずの日本語能力試験N1合格者以上の一五点を加えると、それだけで合格点の七〇点に到達してしまいます。

 もちろん、外国人は最後の日本語能力のところにハードルがありますが、高度な専門能力を証明するはずの部分に関する限り、日本人であればそんじょそこらのごく普通の若手ホワイトカラー労働者でも「高度専門職」になれてしまうような要件設定になっていることは確かなようです。しかしながら、これは入管法の欠陥というよりは、入管法が作動する場としての日本の雇用社会そのものの性格がもたらしているというべきでしょう。つまり、日本社会においては、ホワイトカラー労働者はエリート層とノンエリート層に明確に区別されていないという特徴です。

 アメリカであればビジネススクールをはじめとした大学院レベルを卒業したエリート層ホワイトカラーがはじめから管理職や専門職として就職し、はじめから労働時間規制の適用除外(エグゼンプト)として高給で処遇されますし、フランスでもグランゼコールと呼ばれる高等専門教育機関の卒業生がはじめから高給の管理職、専門職(カードル)として、普通の大卒ホワイトカラーとは隔絶したキャリアを歩んでいきます。ところが日本では、戦前には民間分野でもホワイトカラーが大卒のエリート層と実業学校卒のノンエリート層の二層制でしたが、戦後その区分はなくなってしまい、ホワイトカラーはすべてトップに上り詰める可能性のあるエリート候補生として、しかし若いうちはみんなノンエリート的な雑巾がけの仕事をやらされるという平等主義的な社会になってしまいました。私はこれを「みんながエリートを夢見る社会」と呼んだことがありますが、その価値判断は措くとして、それが欧米の制度を見習って作られた「高度専門職」という在留資格との間に矛盾をはらんだものであることは間違いありません。

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2026年2月 7日 (土)

佐々木俊尚さんがvoicyで拙著『外国人労働政策』を紹介

Chukogaikoku_20260207091601 佐々木俊尚さんが、voicyの「毎朝の思考」で、外国人労働(移民)問題に関する二冊の本を取り上げて喋っていて、そのうちに拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)も入っています。

https://voicy.jp/channel/2185/7527566

「外国人労働者問題の解像度を上げる2冊」とのことで、もう一冊は是川夕さんの『ニッポンの移民』(ちくま新書)です。

 

2026年2月 1日 (日)

あまりにも面白いので・・・・著者冥利に尽きます

Lnpryph_400x400 拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)を読まれた「大和モロー」という方が、こんなことを呟いておられて、

濱口桂一郎の労働本まじですごい。どこまでもついていこうという気持ちを起こさせる。

あまりにも面白いので、とにかくなんでもいいから濱口桂一郎を一冊、みんな、読もう。

いやぁ、ここまで言っていただけるというのは、ほんとに著者冥利に尽きます。