渡辺将人『台湾のデモクラシー』
【書方箋 この本、効キマス】第83回 『台湾のデモクラシー』 渡辺 将人 著
世界の200近い国には、自由で民主的な国もあれば、専制独裁的な国もある。イギリスのエコノミスト誌が毎年発表している民主主義指数では、第1位のノルウェーから始まって各国の格付けを行っているが、当然のことながら上位には欧米系諸国、下位にはアジア、アフリカ諸国が並ぶ。日本の周辺には、第165位の北朝鮮、第148位の中華人民共和国など、独裁国家が目白押しだ。しかしかなり上位に位置する国もある。韓国は第22位、日本は第16位で、イギリス(第18位)などと肩を並べる。そうか、アジアで一番民主的な日本でも第16位か、と勝手に思ってはいけない。実は、アジアで最も民主的な国は第10位の台湾なのである。
これは、年配者にとっては意外な光景だろう。なぜなら、台湾を支配する中華民国は1987年まで戒厳令の下にあった典型的な専制国家だったのだ。それから40年足らずで世界に冠たるデモクラシーの模範国家となった台湾という国(正確には、世界のほとんどすべての国から国家承認を受けていないので、「国」ということすら憚られる状態なのだが、本稿では「国」で通す)の軌跡/奇跡は、どんな理論書にも増して民主主義を理解するうえで有用であろう。
本書の著者はアメリカ政治の専門家で、新書本も含め10冊以上も関連書籍を出している。彼が台湾とかかわったのは、若い頃アメリカ民主党の大統領選挙陣営でアジア太平洋系の集票戦略を担当し、在米チャイニーズの複雑な分裂状況に直面したときだったという。そこから台湾政治とアメリカ政治の密接な関係を認識して、頻繁に訪台するようになり、民進党系、国民党系などさまざまな政治運動やマスメディアの研究に没頭していく。
彼が注目するのは、アメリカ式の大規模な選挙キャンペーンだ。日本の報道でもよく流れたのでご存じの方も多いだろうが、「台湾の選挙に慣れすぎるとアメリカの選挙演説が静かで退屈にすら感じる」くらいなのだ。とりわけ他国に例を見ないのは屋外広告とラッピングバスだ。選挙時には交通機関の半分以上が候補者の顔で埋め尽くされる。実は筆者も2010年に国際会議に参加するため台北を訪れた際、目の前を走るバスがすべて候補者の顔になっているのを見て度肝を抜かれた思い出がある。アメリカ風からさらに定向進化した台湾風というべきか。
台湾はデモクラシーだけでなく、リベラルでもアジアの最先進国だ。フェミニズムを国家権力が全力で弾圧する中国は言わずもがな、自由社会のはずの日本も保守派の抵抗でなかなか進まないリベラルな社会変革が、ほんの一世代前まで戒厳令下にあった国で進められていく。19年にアジアで初めて同性婚を認めた台湾は、トランスジェンダーのオードリー・タン(唐鳳)が閣僚になった初めての国でもあり、多様性と人権と市民的自由が花開いた東アジアのリベラルの橋頭堡である。本来ならば、日本のネトウヨ諸氏は専制中国でこそ居心地が良く、リベラル諸氏は台湾こそわが同志と思ってしかるべきではないかと思われるが、その代表格と目される鳩山由紀夫氏や福島瑞穂氏は中国の「火の海にする」という軍事的恫喝に諸手を挙げて賛同しているのだから、まことに拗れきった関係だ。
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