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ジョブ型雇用社会とは何か

2022年5月 8日 (日)

吉岡真史さんの拙著書評+α

71cahqvlel_20220508131501 元官庁エコノミストで現在立命館大学教授の吉岡真史さんに、そのブログで拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』を書評していただいています。

http://economist.cocolog-nifty.com/blog/2022/04/post-350f1a.html

最後に、濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書) です。著者は、労働省・厚生労働省出身で、現在は国立研究機関で研究所の所長をしています。私も同じ国立研究機関に勤務していた経験があり、著者とも少しだけ勤務時期が重なっていたりします。ただし、著者と私に共通しているのは、ほかに、ソニーのウォークマンを愛用していることくらいかもしれません。・・・・ 

ココログを使っているというのも数少ない共通点ですかね。

拙著の概要を簡単に説明した後、

・・・でも、ジョブ型雇用に転換すると社会全体が、まさに、マルクス主義的な見方ながら、下部構造が上部構造に大きな影響を及ぼすように、我が国経済社会に大変換をもたらすような気がします。ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違いはかなりよく判りましたし、授業などにも活かせそうな手応えを感じますが、ホントにジョブ型雇用を日本社会に普及させていいものかどうか、もう一度よく考える必要がありそうな気がします。

と述べていますが、どこにどういうメリットがあり、どこにどういうデメリットがあるかという各論こそが大事だと思っていろいろ書いたつもりなんですが、そこは、

・・・ただし、本書の第1章でジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の基礎の基礎を展開した後、労働法に基づく訴訟の紹介が多くなり、やや私の専門分野からズレを生じてしまった気もします。・・・

と、あまり面白く読んでいただけなかったようです。総論だけならだれでも何とでもいえるので、各論のディテールにこそ神が宿ると思っている立場からするとやや残念でした。

さて、この書評の最後で、吉岡さんはこのように述べられるのですが、ここは実はまさに各論のディテールのレベルで山のように言いたいことがてんこ盛りなんです。

・・・ただ、現実として、すでに日本でもジョブ型の雇用システムが採用されている分野があります。医師の世界と大学教員の雇用です。私もその中に入ります。大学教員でいえば、どのような学位を持っていて、あるいは、その学位相当の能力があり、どのような分野の授業がどのような言語でできるか、を明示した採用となります。そして、その職務記述書に沿ったお給料となるハズなのですが、なぜか、私の勤務する大学では年功賃金が支払われています。少しだけ謎です。 

いや、謎というか、そこにこそ日本社会の中の局部的ジョブ型雇用社会の特徴があるのですよ。

ジョブ型の本質は入口にこそある、いやむしろ入口以前にこそある、という本書の立場からすると、大学教員の世界は日本ではまことに例外的なジョブ型の世界です。

でも、賃金制度はほぼ完全な年功賃金で、民間企業のような能力主義すらほとんどないまことに古典的な生活給。

そして、入口が特定のジョブにそのジョブを遂行しうるスキルを有する者をはめ込むというジョブ型であるにもかかわらず、出口については最近のいくつかの大学教授整理解雇訴訟に見られるように、何やらみょうちきりんなメンバーシップ型がまかり通るという奇妙な事態が出来しているのです。

これはまさに吉岡さんがあまり関心を持たない「やや私の専門分野からズレを生じてしまった」領域かもしれませんが、雇用システム論の威力というのは、こういう細部にこそ現れてくるのです。

これは、『ジュリスト』に載せた淑徳大学事件の判例評釈ですが、

http://hamachan.on.coocan.jp/jurist2004.html

解雇された大学教授らは、大学教授という職務への限定性を強く主張し 、「大学教員はその専門的知識及び実績に着目して採用されるもの」と言いながら、学部が廃止されても他学部への配置転換可能性を当然の如く主張していたのは、実に奇妙な話です。もっとも本件は、彼ら高齢教授たちの首を斬るためにわざと学部を廃止してよく似た新学部を設置するといういんちきなことをやっているので、結果オーライという面もあるのですが、そもそも論からすると、ある学問の専門分野に着目して、当該分野のジョブにはめ込むために採用されたジョブ型大学教授を、全然別の学部の全然別のジョブに配置転換するなどということがジョブ型の本旨に合致するものなのかという問題意識がかけらも感じられないという、欠陥判決ではあります。

[評釈] 結論には賛成だが、判旨に疑問あり。
Ⅰ 大学教授の整理解雇事案の概観
 本件は内容的には事業の縮小に伴う整理解雇事案であるが、整理解雇対象が大学教授という職種である点に特徴がある。近年、少子化に伴い大学のリストラが話題となっているが、大学教授の整理解雇が焦点となった裁判例はなお極めて少ない。現在までのところ、本件を含めて5事案8判決ある(学校法人村上学園(東大阪大学)事件〔大阪地判平成24.11.9労働判例ジャーナル12号8頁〕:整理解雇有効、学校法人獨協学園(姫路獨協大学)事件地裁判決〔神戸地判平成25.4.19平成23年(ワ)1338号〕:整理解雇無効、同高裁判決〔大阪高判平成26.6.12労働判例ジャーナル30号30頁〕:整理解雇有効、学校法人金蘭会学園(千里金蘭大学)事件地裁判決〔大阪地判平成26.2.25労判1093号14頁〕:整理解雇無効、同高裁判決〔大阪高判平成26.10.7労判1106号88頁〕:整理解雇無効、学校法人専修大学(専修大学北海道短期大学)事件地裁判決〔札幌地判平成25.12.2労判1100号70頁〕:整理解雇有効、同高裁判決(札幌高判平成27.4.24労働判例ジャーナル42号52頁〕:整理解雇有効、学校法人大乗淑徳学園事件〔東京地判令和元.5.23〕〔本件〕:整理解雇無効)。
 いずれも1つの学校法人の下に複数の大学、短大等が設置され、それらに複数の学部、学科、専攻等が置かれている。学校法人の一部であるこれらの大学、短大、学部、学科、専攻といった単位の廃止が、当該単位に所属する大学教授の整理解雇をどこまで正当化するのか、言い換えれば大学教授という職種の解雇回避努力義務はどの範囲までかが中核的論点である。
 廃止単位に着目すると、短期大学という事業所自体の完全廃止事案(専修大学事件)では解雇有効、短大部廃止に伴う学部再編事案(金蘭会学園事件)では解雇無効、学部内の学科の縮小再編事案(獨協学園事件)では地裁と高裁で判断が分かれているが、最も単位の小さな学科内の専攻廃止(村上学園事件)では解雇有効である。一方、解雇対象教授の職務範囲に着目すると、村上学園事件が「介護福祉士養成施設である生活福祉専攻の教授という職種限定の合意」を認定して、他学部・他学科等への配置転換の余地を全く認めていないのに対し、金蘭会学園事件では当該教授の東洋史学という狭い専門分野にもかかわらず、幅広い授業科目を担当してきた実績を考慮しており、また獨協学園事件では、外国語学部の外国語教師が全学の語学教育を担当していたことが考慮されている。
Ⅱ 人員削減の必要性
 整理解雇4要素は一般には独立の要素と考えられるが、学校法人のうちのある単位を廃止して人員削減する場合、その必要性を法人全体で見るのか当該単位で見るのかという問題がある。職務や勤務場所が限定されているのであれば、人員削減の必要性の判断もその範囲内でなされるべきとも考えられるからである(獨協学園事件では法人全体ではなく大学単位で判断)。
 本判決は、国際コミュニケーション学部の廃止自体は経営判断として不合理とはいえないとしつつ、Xらを解雇しなければYが経営危機に陥るといった事態は想定しがたいとして、人員削減の必要性は法人全体で見るべきという立場に立っているようだが、一方で「Xらは人文学部の一般教養科目及び専門科目の相当部分を担当可能であったものであるから」と職務範囲を拡大して判断していることがその判断根拠となっているようでもあり、だとすると人員削減の必要性の判断は労働者の職務範囲の限度でなされていることになる。判旨Ⅱ2「所属学部の限定の有無との関係」も解雇回避努力ではなくこの人員削減の必要性の一部で論じられているが、その論拠は国際コミュニケーション学部と入れ替わりに設置されかつ教育内容に共通性のある人文学部への配置転換可能性ではなく、「アジア国際社会福祉研究所その他の附属機関」への配置転換可能性であり、議論の筋道が錯綜していると言わざるを得ない。
Ⅲ 解雇回避努力
1 労働契約における所属学部の限定の有無
 Xらは国際コミュニケーション学部の専門性と関係のない一般教養科目を担当してきたこと、就業規則8条1項を根拠に学部間の配置転換を命ずることが可能であったこと等を論拠に所属学部が国際コミュニケーション学部に限定されていたことを否定するが、Yは「大学は学部ごとに研究及び教育内容の専門性が異なる」ことを論拠にXらの所属学部及び職種が国際コミュニケーション学部の大学教員に限定されていたと主張し、それゆえ整理解雇に該当しないと主張した。Yの主張は、(解雇回避努力の範囲に関わる)労働契約の限定性と整理解雇該当性という次元の異なるものを混同しているが、本判決はこれを奇貨として、「Xらの所属学部及び職種が同学部の大学教員に限定されていたか否かにかかわらず」整理解雇に該当すると(至極当然のことを)述べるだけで、限定の有無を正面から論ずることを回避している。
2 人文学部への教授としての配置転換可能性
 本件の最大の論点は国際コミュニケーション学部と入れ替わりに設置された人文学部へのXらの配置転換可能性である。なぜなら、古典的な学部配置を前提とすれば学部とは大学教授の専門性のまとまりであり、例えば法学部には法律学者がおり、理学部には物理学者がいるという状況を前提として、「大学は学部ごとに研究及び教育内容の専門性が異な」り、「大学教授は所属学部を限定して公募、採用されることが一般的」であると言えようが、近年のように学部学科の在り方が多様化し、古典的学部のようには明確に専門性を区別しがたい(「国際」等を冠する)諸学部が濫立すると、必ずしも「大学は学部ごとに研究及び教育内容の専門性が異なる」とは言えなくなるからである。Xら側が国際コミュニケーション学部と人文学部に「連続性があることは明らか」と主張しているにもかかわらず、本判決はこの最重要論点を回避し、「Yのとるべきであった解雇回避措置は、Xらの同学部への配置転換に限られるものではなかったというべき」と言って済ませている。本件では国際コミュニケーション学部の高齢で高給の教授を排除して、新たな人文学部ではより若く高給でない専任教員に代替しようという意図が背後に感じられる面もあり、この論点回避は残念である。
 なお本判決は「Xらは人文学部の一般教養科目及び専門科目の相当部分を担当可能であった」と認定しており、過去の裁判例(金蘭会学園事件)に倣えばこれを決め手として配置転換可能性ありと判断することもあり得たが、本判決は学部が「限定されていたか否かは別として」と言ってこれを回避している。
3 附属機関の教員としての配置転換可能性
 本判決がYの学部限定論に対して肯定も否定もせず、それによって制約されない選択肢として提示するのがアジア国際社会福祉研究所その他の附属機関であるが、これは論理的におかしい。Yの学部限定論を認めるのであれば、人文学部であろうが附属機関であろうがその限定の範囲外であることに変わりはない。逆に学部限定論を全面的には認めず、附属機関への配置転換可能性を認めるのであれば、より職務内容が類似している人文学部への配置転換可能性を認めない理由はないはずである。本丸の人文学部への配置転換可能性をまともに議論しないでおいて、もっぱら附属機関への配置転換可能性のみを持ち出すのはあまり誠実とは言いがたい(大学附属機関を伸縮自在の魔法の器とでも考えているのであろうか)。
4 事務職員としての配置転換可能性
 本件で興味深いのは、大学教授の配置転換可能性として事務職員としての雇用継続という選択肢も論じられていることである。この点に関しては、Xら側が大学教授という職務への限定性を強く主張し、本判決もそれを認めている。しかしながら、そもそも「大学教員はその専門的知識及び実績に着目して採用されるもの」を強調するのであれば、およそ大学教授であれば何を教えていても配置転換可能などという議論はありえまい。例えば法学部が廃止される場合、その専任教員を事務職員にすることは絶対に不可能であるが、理学部の専任教員にすることは同じ「大学教員」だから可能だとでも主張するのであろうか(労働法の教授を人事担当者にする方がよほど専門知識に着目しているとも言えよう)。
 逆に配置転換可能性という意味ではその範囲外であったとしても、解雇回避努力の一環として本俸を維持した事務職員への配置転換を提示することはありうる。それは職務限定の範囲外であるためにXらがそれを拒否することは当然ありうるが、少なくともY側の解雇回避努力の一つとして認めることには特段問題はない。附属機関への配置転換可能性を過度に強調することと比べると、事務職員への配置転換を安易に「解雇回避努力としては不十分というべき」と断じていることには違和感がある。
Ⅳ 解雇手続の相当性
 本件では、Xらが結成した職員組合が団体交渉を申し入れたことから始まる不当労働行為事件の申立て、その再審査、その取消訴訟という一連の流れがあり、そのいずれにおいても、YのXら組合に対する団交拒否、支配介入の不当労働行為を認定しており、Yが「Xらとの協議を真摯に行わなかった」という判断に問題はない。

 

2022年5月 1日 (日)

『ジョブ型雇用社会とは何か』の推移

71cahqvlel_20220501224701 岩波書店のサイトには、岩波ベストテンというコーナーがあって、毎週新書、文庫、児童書等々の分野別にベストテンが載ってます。その新書の欄で、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』が9月17日の刊行以来どういう風に推移してきたのかをまとめてみました。

9月13日~9月19日:4位、1位:長部三郎『伝わる英語表現法』

9月20日~9月26日:4位、1位:芝健介『ヒトラー』 

9月27日~10月3日:4位、1位:芝健介『ヒトラー』  

10月4日~10月10日:4位、1位:芝健介『ヒトラー』 

10月11日~10月17日:3位、1位:芝健介『ヒトラー』 

10月18日~10月24日:4位、1位:師茂樹『最澄と徳一』 

10月25日~10月31日:7位、1位:師茂樹『最澄と徳一』 

 11月1日~11月7日:4位、1位:師茂樹『最澄と徳一』 

 11月8日~11月14日:4位、1位:芝健介『ヒトラー』 

11月15日~11月21日:1位 

11月22日~11月28日:3位、1位:辻本雅史『江戸の学びと思想家たち』

11月29日~12月5日:4位、 1位:辻本雅史『江戸の学びと思想家たち』

 12月6日~12月12日:4位、 1位:辻本雅史『江戸の学びと思想家たち』

12月13日~12月19日:3位: 1位:芝健介『ヒトラー』

12月20日~12月26日:4位、1位:今野真二『うつりゆく日本語をよむ』

12月27日~1月2日:1位 

 1月3日~1月9日:1位

1月10日~1月16日:1位 

1月17日~1月23日:5位、1位:須田努『幕末社会』

1月24日~1月30日:5位、1位:須田努『幕末社会』

1月31日~2月6日:5位、1位:菊地暁『民俗学入門』 

2月7日~2月13日:4位、1位:菊地暁『民俗学入門』 

2月14日~2月20日:3位、1位:長谷川櫂『俳句と人間』

2月21日~2月27日:8位、1位:五十嵐敬喜『土地は誰のものか』

2月28日~3月6日:10位、1位:大木毅『独ソ戦』

3月7日~3月13日:7位、 1位:大木毅『独ソ戦』

3月14日~3月20日:番外、1位:小川幸司,成田龍一編『世界史の考え方』 

3月21日~3月27日:6位、1位:小川幸司,成田龍一編『世界史の考え方』 

3月28日~4月3日:7位、 1位:小川幸司,成田龍一編『世界史の考え方』

 4月4日~4月10日:5位、1位:小川幸司,成田龍一編『世界史の考え方』

4月11日~4月17日:8位、1位:小川幸司,成田龍一編『世界史の考え方』 

ここまでの8か月ほどの間、1回を除いてほぼベストテンに顔を出し、4回ほど1位になっているというのは、まあそこそこ評判がいいということなんでしょうね。各週の1位の本を見るといかにも売れそうなのが代わる代わるでてきて、そういうすごいのの合間を縫ってなんとか生き残ってきているように見えるのは正直ほっとする思いです。

 

2022年4月19日 (火)

久しぶりに新書らしい新書を読んだ

71cahqvlel_20220419193501 昨年出した『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)はお蔭様でなお岩波新書のトップテンに顔を出し続けているようですが、ネット上でも引き続きいろんな方が評していただいています。

その中で、井上武史さんによる「地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介」というnoteで、いろいろ紹介していただいた最後に、こういうコメントを付け加えていただいたのは、大変嬉しい思いがいたしました。

https://note.com/inotake555/n/n9685d28bcfc9

・・・・最後に、本書を読んで「久しぶりに新書らしい新書を読んだ」と感じました。最近の新書は内容の薄いものが多くなってしまいましたが、「最先端の研究成果を一般の人にも分かりやすく」という新書本来の姿を体現しています。その意味で、「新書とは何か」も学ぶことができたと感じています。新書の元祖とも言える岩波新書だからこそ、出せるものかもしれません。こうした新書が今後もどんどん出てくることを期待したいと思います。

私の本が「新書らしい新書」というのは、本当にありがたい言葉です。

 

2022年3月19日 (土)

拙著の帯が変わりました

昨年9月に出た『ジョブ型雇用社会とは何か』ですが、今般第6刷となるに際し、帯のデザインがかなり変わりました。

Job_20220319224701

おかげさまでこの間、中央公論の新書大賞第6位、東洋経済のベスト経済・経営書第2位、日経新聞の経済図書ベスト第4位という評価をいただき、それがオビに載っています。

ただ、今までの帯の名文句も捨てがたいものがあったので、お願いしてそのセリフも載せてもらいました。

間違いだらけのジョブ型論を 一刀両断!

 

誤解だらけの「能力」不足解雇@『ジョブ型雇用社会とは何か』

発想の基本がメンバーシップ型のまま、局部的に「ジョブ型」を論じると、おかしな議論がいっぱい湧いてきますが、その一つの典型がツイッター上に見受けられたので、そのまま使える『ジョブ型雇用社会とは何か』の一節をもって説明に代えておきます。

https://twitter.com/zalgo3/status/1504729499522715648

総合職採用だと,「その会社が扱うあらゆる職種に適正がないこと」を立証しないと無能を解雇することができないが,ジョブ型雇用だと,「その職種に適正がないこと」だけを立証すれば解雇できるので,ジョブ型への移行は実質的に解雇規制の緩和につながるって見解を見て,ほえーとなった

https://www.iwanami.co.jp/book/b589310.html

71cahqvlel_20220319111901 ジョブ型社会では能力不足で解雇し放題?
 もう少し複雑で、慎重な手つきで分析する必要があるのが、序章で述べた東京新聞の記事に見られるような、ジョブ型では「能力不足でも解雇」されるという議論です。これも、雇用契約でジョブが特定されている以上、そのジョブのスキルが求められる水準に達していなければ解雇の正当な理由になるのは間違いありません。ただ、ここでも、基礎の基礎に立ち返って、ジョブ型ではどのように採用され、どのように就労していくのかということをしっかりとわきまえた上で議論をしないといけません。極めて多くの人々は、ジョブ型社会ではありえないメンバーシップ型社会の常識を無意識裡に平然と混入させて、日本的な「能力」不足を理由に解雇し放題であるかのように思いなしていますが、それは全く間違っています。
 まずもって、何のスキルもない白紙同然の若者を、入社してから上司や先輩がびしびし鍛えていくことを前提に、新卒採用する日本の常識を捨てなければなりません。メンバーシップ型社会における「能力」不足とは、いかなる意味でも特定のジョブのスキルが足りないという意味ではありません。上司や先輩が鍛えても「能力」が上がらない、あるいはやる気がないといった、まさに能力考課、情意考課で低く評価されるような意味での、極めて特殊な、日本以外の社会では到底通じないような「能力」不足を意味します。そういう「能力」不足に対しては、日本の裁判所は、丁寧に教育訓練を施し、能力を開花させ、発揮できるようにしろと要求しています。しかしそれは、メンバーシップ型自体の中に既に含まれている規範です。それゆえに、正当な理由のない解雇はダメという普遍的な規範が、メンバーシップ型の下でそのように解釈されざるを得ないのです。

ジョブ型社会のスキル不足解雇
 これに対して、再度基礎の基礎に立ち返って考えれば、ジョブ型社会においては、あらかじめその具体的内容と価格が設定されたジョブという枠に、そのジョブを遂行する能力がある人間をはめ込むのですから、能力不足か否かが問題になりうるのは、採用後の一定期間に限られます。採用面接では「私はその仕事ができます」と言っていたのに、実際に採用してやらしてみたら全然できないじゃないか、というような場合です。そして、そういうときに解雇できるようにするために、前述した試用期間という制度があるのです。逆に、試用期間を超えて、長年そのジョブをやらせていて、言い換えればそのジョブのスキルに文句をつけないでずっと労務を受領し続けておいて、5年も10年も経ってから能力不足だなどと言いがかりをつけて認められる可能性はほとんどないのです。
 こういう話をすると、多くの日本人は、「いやいや、5年も10年も経っていたら、もっと上の難しい仕事をしているはずだから、その仕事に「能力不足」ということはありうるんじゃないか」と言いたがります。それがメンバーシップ型の常識にどっぷり浸かって、ジョブ型を本当には理解していないということなのです。5年後、10年後に採用されたジョブとは別のジョブに就いているとしたら、それはそのジョブの社内外に対する公募に応募して採用されたからでしょう。ジョブ型社会においては、社外から社内のジョブに採用されるのも、社内から別の社内のジョブに採用されるのも、本質的には同じことです。今までのジョブはこなせていた人が、新たなジョブでは能力不足と判断されることは十分ありえます。その場合、もちろん解雇の正当性はありますが、元のより低いジョブに戻ってもらうのが一般的でしょう。なぜならそちらは十分こなせることは実証済みなのですから。

 

2022年3月18日 (金)

オーディオブック『ジョブ型雇用社会とは何か』

41uibcwsugl 『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)のオーディオブック版が出ました。

ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機

約5分ほどのサンプル音声が聞けます。

ナレーターは市川和也さんです。

 

2022年2月16日 (水)

『ジョブ型雇用社会とは何か』第6刷決定

71cahqvlel_20220216000201 おかげさまで、『ジョブ型雇用社会とは何か』の第6刷が決まりました。昨年9月に刊行されてから半年足らずでここまでこられたのも、ひとえに読者の皆様の熱いご支援の賜物と感謝に堪えません。ありがとうございます。

この間、『週刊東洋経済』のベスト経済・経営書では第2位、『日本経済新聞』のベスト経済書では第4位、『中央公論』の新書大賞では第6位に選んでいただきました。これらで推薦していただいた方々にも心より感謝申し上げます。

マスメディアやネットメディア上では、わたしが「8割方間違っている」と批判したインチキなジョブ型論が依然として氾濫し続けていますが、でもこれだけ心ある多くの方々が本書を読んでいただいているのですから、じわじわと少しずつでも正しい認識が広がっていっていると信じております。

売り上げには直接つながらないかもしれませんが、例えば東京都の図書館で本書の貸し出し状況を検索してみると、

https://calil.jp/book/4004318947/search?pref=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD

東京都下の非常に多くの図書館で、本書が貸出中のマークがついており、多くの方が読まれていることが窺われます。

 

 

2022年2月10日 (木)

『ジョブ型雇用社会とは何か』が新書大賞で6位に入ったようです

4910061010329_1_3 本日発売の『中央公論』3月号は例年恒例の新書大賞というのをやっていて、1位は小島庸平さんの『サラ金の歴史』だそうです。この本は本ブログでも取り上げましたが、新書大賞にふさわしい本ですね。

https://chuokoron.jp/shinsho_award/

で、ずーっと見ていくと、わたくしの『ジョブ型雇用社会とは何か』が6位にはいっているようです。

並んでいる本はいずれも高名な方々の名著で、その中に並べていただいて感謝申し上げます。

拙著を推薦していただいた方々の言葉はどれも有難いものですが、とりわけ、常見陽平さんの

https://twitter.com/yoheitsunemi/status/1491632812918992896

雇用・労働関係図書の金字塔であり、日本の労働社会を語る上で避けては通れない1冊。本来、古くて硬直した働き方であるはずの「ジョブ型雇用」がなぜ日本で、あたかも新しい、多様な働き方として期待され礼賛されてしまうのか? その二重、三重にもこじれた問題を圧倒的な知識と慧眼、筆力で読み解く傑作。日本の会社員とは何か。政治家、経営者の発言から、居酒屋での愚痴までその謎を解き明かす理論がここにすべて書かれている。

という言葉は嬉しい限りです。

また、『日本社会のしくみ』の小熊英二さんも、身に余る表現をしていただいています。

日本で雇用問題を論じる際の「北極星」ともいうべき筆者が、近年流行の論調を原理的に批判。時代が彼に追いついたのか、それとも日本型雇用が変わらなさすぎたのか。

ほかにも、朝日新聞で書評していただいた酒井豊貴さん、増田寛也さん、ブログで高く評価していただいた山下ゆさんなど、ありがとうございます。

ちなみに、投票者別ランキングでは、有識者では4位、編集者・記者では2位、書店員では・・・選外という落差があったようで、ふむ、書店で働く皆様にはあんまりおもしろくなかったということでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年1月23日 (日)

ラスカルさんの拙著書評

今まで何回も拙著をブログで書評してきていただいているラスカルさんが、『ジョブ型雇用社会とは何か』について大変長い-一つのエントリも長いのに、さらに連続して2つのエントリをアップ-書評を書かれています。

https://traindusoir.hatenablog.jp/entry/2022/01/22/141827(濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』)

https://traindusoir.hatenablog.jp/entry/2022/01/22/141902(高学歴化と労働者の学歴構成)

第1のエントリでは、本書の内容を手際よく説明しますが、

 2009年に刊行した『新しい労働社会』において、著者は日本とは異なる欧米諸国の雇用システムを「ジョブ型」と名付け、それとの対比から、日本の雇用システムを「メンバーシップ型」という観点で説き起こした。近年、日立など日本の大企業が目指す賃金・雇用管理制度の見直しに関し「ジョブ型導入」との報道がなされ、その内容が日本的雇用慣行に染まる文脈から抜け切れず、ジョブ型への誤った理解をもたらしかねない危うさを孕むものであったことから、著者は「覚悟を決めて」本書を「世に問うことにした」とのことである*1。
 本書では、本来のジョブ型とはどのようなものかを確認しつつ、日本の雇用システムを入口から出口、賃金、労働時間制度や労使関係に至るまで、細部に渡り、「メンバーシップ型雇用」という観点から徹底的かつ過不足なく論じ切る。

その終りの方で私の整理にやや異を唱える形で次のエントリにつなげていきます。

・・・・これらの動きを鑑みると、このところの(日本版)ジョブ型雇用をめぐる動きは、必ずしも中高年の賃金是正を意図したわけではなく、むしろ労働供給側の変化を踏まえ、日本の雇用システムの入口における変革を意図したものであるとも捉えられる。

もっとも、この第2エントリは論ずるというよりもその前提となるデータの確認になっていて、おそらくこの後本格的な議論が展開されるのではないかと思われます。実をいえば、昨今のジョブ型狂想曲の主要モチーフは「働かないおじさん」対策であるとしても、その背後に基調低音として(ある意味一国二制的なイメージではあるけれども)入口から高処遇の専門職コースの構築という意図が垣間見えるのも事実なので、そこは食い違う話でもないと思うのですが、後者は少なくとも現時点で予見しうる将来にわたってマジョリティになるような話ではなく、まさに一国二制的な形でしか現実化していかないであろうと思われるので、一般向けの本書ではあまり強調しなかったという経緯があります。

いずれにしても、このラスカルさんの議論が今後どのように展開されていくのか、素材にされたわたくしとしても大変興味がありますので、引き続き見ていきたいと思います。

 

 

 

 

2022年1月14日 (金)

『ジョブ型雇用社会とは何か』の電子書籍が出たようです

71cahqvlel_20220114210901 amazonは依然として紙の本が払底して、鞘取り族が馬鹿高い値段をつけているようですが、kindleの電子書籍版が出たようなので、そちらでもお読みいただけます。

https://www.amazon.co.jp/dp/B09QBSJZTQ

(追記)

すごいな、kindle版が出たとたんに、amazonでの岩波新書売れ筋ランキングでこの電子版が2位になっている。

鞘取り族が馬鹿高い値段をつけてる紙の本がいまだに3位につけているというのもいささか不思議ではありますが。少なくとも、わざわざamazonで1,820円もの金を払って買う必要は全くありませんので、別のストアに行ってもらった方がいいと思いますよ。

https://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/2220219051/ref=pd_zg_hrsr_books

 

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