日本の労働法政策

東大公共政策大学院の授業最終日

本日、東大の公共政策大学院の授業「労働法政策」の今年度の最終日でした。

最終日なので、ノンジャンルで何でも質問を、というと、いろいろある中で、エビデンスベーストの政策という話と三者構成原則の関係が問われ、これはなかなか深い話なので、こちらでもちらりと紹介。

確かに近年、公共政策論なんかを中心にエビデンスベーストの政策という議論が盛んで、労働政策もその例外ではないわけですが、一方、労働政策の世界には1世紀前からILOの三者構成原則というのがあり、労働者側と使用者側の利害が対立することを前提に、その間のどの辺で手を打つか、というのが、少なくとも労働関係者の間の常識的な作法となっていたことも確かです。

これは、少なくとも労働時間と賃金といった基本的な労働条件に関する限り、経営側は労働時間が長い方が良く、労働側は短い方がいいとか、経営側は賃金が低い方が良く、労働側は高い方がいいというのは、今さらほんとにそうであるかどうかを証明すべきことではなく、いわばユークリッド幾何学の公理みたいなものだということですね。

ところが、今回の働き方改革は、相当程度官邸からこれが労働者のためだという形で降りてきたこともあり、この部分は労働者に有利なところだけれども、その部分は使用者に有利なところで、全体としては労働者に有利なのだから、この辺は使用者側にも獲物をあげないとバランスがとれないでしょう、といった労働法労使関係をじっくりと経験してきた人であれば余りにも当たり前の行動パターンがとれないという、おかしな事態になってしまったわけです。

労使間でどこで妥協を図るかということになれば、労働者にとって譲れないのは過度な長時間労働や過度な低賃金であって、年収1000万円の高給取りの残業代などという代物は、二の次、三の次、百の次の、いちばん最後に要求をしてちょうどいいくらいの代物のはずですが、そもそもそういう労使の利害対立の中の妥協という枠組みではなく、いやいやこれも労働者が求めるもので、労働者にとってメリットがあるものだなどといういささか無理な説明をせざるを得ないものだから、そういう自然な妥協の余地がなくなり、高度プロフェッショナル制度にエビデンスがあるのかないのか、という、そもそも三者構成原則からすると無理筋の議論が大手を振ってまかり通ることになってしまったと言うことでしょう。

もちろん、労働問題にもいろんな分野があり、雇用能力開発関係などであれば、そういう労使対立の枠組みというよりも、例えば教育訓練給付なんてどれだけ労働者の能力向上に役立っているの?という本来のエビデンスベーストな政策の議論になじむ領域もいっぱいあるわけですが、それと労働条件をめぐって労使が対立構造にあることを前提に政策を考える分野とは、政策過程論として異なるところがあるということが、残念ながら公共政策サイドの人々には余り理解されていない感があります。

私も、東大の公共政策大学院で労働法政策というタイトルの授業を初めて今年度で15年目になりますが、そういう根っこのところの認識枠組み自体において世の中にきちんとメッセージを発し得ているかというと、なかなかそうできていないというのは忸怩たるところではあります。

ということで、ようやく働き方改革関連法が成立し、多くの労働法制が改正されたことを一つの契機として、今回この講義テキストを一般刊行物として出版することにしました。『日本の労働法政策』というタイトルで、この秋にJILPTから出版する予定です。この間の膨大な法改正を受けて、分量は膨大なものになっていますが、およそ日本の労働法制についてその過去の経緯をきちんと勉強しようとするのであれば、必ず真っ先に読まれるべき本という位置づけになることは間違いないはずです。だって、ほかにそういう本は全く存在しないので。

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