本日発売のエコノミスト

本日発売の『エコノミスト』誌が「ここがおかしい 日本の雇用制度」という特集をしていて、

http://www.mainichi.co.jp/syuppan/economist/news/20080620-170532.html

>・正社員・非正社員の「均等待遇」が社員のやる気を引き出す 渥美 由喜

・非正規労働・欧米との比較 日本の非正規労働者はステップアップができない 権丈 英子

・労働時間比較 圧倒的に長い日本男性の労働時間 水野谷 武志

・解雇制度の実態 日本の解雇規制は「二重構造」 これが正規・非正規の差別を生む 濱口 桂一郎

・男性の育児参加 仕事と子育てを両立できない日本の父親たちの現状 渥美 由喜

という記事が載っています。

タイトルだけ見て、どこぞの一知半解君と似たようなことを言ってるのかと思いこまないように。正規の解雇規制と有期の雇止め規制のバランスを、EUとの比較で論じたものです。

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浜矩子『資本主義と自由』書評

「エコノミスト」誌に、浜矩子氏によるミルトン・フリードマン『資本主義と自由』の書評が載っています。

これがなかなかいい。ただただ思考停止してフリードマンまんせーしている書評もネット上に散見される中、こういう一ひねりした上質の書評はいいものです。

>読み進むうちに、面白いことに気がついた。それは、本書の価値がその時代遅れぶりにあるということだ。

>当時のアメリカでは、資本主義の計画経済化をめざす傾向が強まっていた。大きな政府を志向する発想が主流化している面があった。・・・そのような世相に対して、著者は人間たちの自由な選択の集合場所である市場の優位性を断固主張する。

>その姿勢と論理の一貫性には、実に迫力がある。読んでいて気持ちがいい。だが、どうしても一定の時代錯誤感を免れない。それは、今日のわれわれが、いわばフリードマンの薬が効きすぎた世の中に住んでいるからだ。

>『過去と比較しても資本主義社会では経済の進歩により不平等が大幅に減ってきたことが判る」。フリードマンはそういう。確かにその通りだ。だが、これからはどうか。平等社会の典型だったはずの日本において、格差がこれだけ人々を心配させる現実を、われわれはどう受け止めたらいいのか。ネットカフェ難民たちは本当に資本主義の犠牲者ではないのか。

>こういう疑問を持たせてくれるところに、本書の貴重さ、今、読むことの意義深さがあると思う。

実は、私も大学に入った70年代後半に読んで、大変同感した覚えがあります。ただ時流に乗って空疎なことを書き散らす連中と対比すると、時代精神に真っ向から対決するこういう作品は自ずから感動を呼び起こすものでしょう。それは自由競争万能主義がはびこる19世紀のまっただ中でマルクスの資本論を読むのと同じようなものかも知れません。今の時代にフリードマンを読むのは、ソ連の収容所でマルクスを読むのと似たほろ苦さがあるのかもしれませんね。

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ソーシャルなクルーグマン2

稲葉先生がコメントをしておられます。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20080513/p1

>付言するとhamachan先生のおっしゃる「リベラル」は松尾さんのいう「反右翼」に、「ソーシャル」は松尾さんのいう「左翼」に通じる。

後半はほぼその通りだと思いますが、前半は違うような。

アメリかっぺ方言の「リベラル」が由緒正しいヨーロッパの「ソーシャル」にあたるというとき、念頭においているいかにもアメリカ風リベラルというのは、まさにニューディール的なケインジアン福祉国家の路線であって、松尾さんの「反右翼」とは軸が異なるでしょう。

「ソーシャル」よりも松尾流「反右翼」に重点が置かれているのは、アメリかっぺ方言の「リベラル」よりもじゃぱにいず方言の「りべらる」の方ではないでしょうか。憲法で大事なのは、25条でも27条でもなく、ただただひたすら第9条であるというような。そういう感覚は、ヨーロッパの社会民主政党にもなければ、アメリカの民主党にもないように思われます。

(追記)

私が本ブログで「リベサヨ」と呼んできたのは、多分この枠組みでいうと、「反右翼」のみをアイデンティティとし、「ソーシャル」な志向が欠落しているじゃぱにいず風味の「りべらる」のことでしょうね。

そのいみでは「リベサヨ」というのはあまり適切ではないのでしょうねえ。

L33053 この関係で、ホームレス支援を続ける憲法学者というユニークな立ち位置にいる笹沼弘志さんが、近著『ホームレスと自立/排除』の中で、こういう風に樋口陽一さんを批判しているのが興味深いところです。

>樋口は、中間団体=社会権力批判としての個人主義の基礎を、その主体像に求め、近代立憲主義の担い手としての「強い個人」モデルを提起した。企業や労働組合など団体に依存する弱い個人ではなく、自己決定=自己責任により、国家や団体など権力に対抗する「強い個人」である。

>だが、樋口は、他者に依存せざるを得ず、だからこそ服従を強いられる弱者が強くなるための条件を積極的に描こうとせず、あえてとにかく頑張れという道徳論的な主張を行うにとどまっている。

>しかし、樋口の「強い個人」論は、団体対個人という枠組みの中で構想され、あくまでも個人の自己決定=自己責任、自立を倫理的に説くにとどまり、現実の個人が置かれている支配服従構造を等閑視しているため、結果として、個人の自立を強調して過重な個人責任を負わせ国家責任・企業責任の後退を正当化する新自由主義的改革と歩調を合わせているように思う。

>樋口の「強い個人」論は、単に弱者の人権をすくい取れないというだけでなく、自己決定=自己責任により、強くなろうとして、実際に勝ち残ったと思っている人々の自発的服従を捉えきれないという問題を孕んでいる。企業に支配されながら、自らの労働時間を自由にコントロールできると思いこんでいるホワイトカラーたちや、そうした自律的存在がいると思いこんでいる労働法学者や規制改革論者。彼らと共通の罠に囚われる危険がある。

云われていることはかなりの程度共感できることろもあるのですが、しかしやはり(そういうネオリベな「自立」ではない)「自立」を価値基準としてきちんと立てる必要はあるはずだ、と私は考えています。中間集団をファシズムなどといたずらに敵視するのではなく、それを個人にとってのシェルターとしてきちんと活用できるような仕組みの中で、やはり個人の自立をめざしていく必要があるはずだと。

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ソーシャルなクルーグマン

今朝の朝日に、クルーグマンのインタビューが載っています。

まだネット上には載っていないようですが、平等の上にゆたかな社会をめざすニューディール政策の伝統に共和党が背を向けたことが賃金停滞と不平等拡大を招いたという主張です。

>英国でサッチャー時代に拡大した貧富の格差がブレア政権下で縮小したように、政府の役割は大きい。米国ではレーガン以降の共和党政権かで、企業は労組に攻撃的姿勢をとっていいと考えるようになった。組合を作ろうとした労働者を企業が次々に解雇した。それが組合つぶしの空気と賃金停滞、格差拡大につながった。・・・

共和党のイデオロギーは、

>裕福な人々の税金を軽減し、社会保障のプログラムを減らすことをめざす動きで、基本的に不平等を拡大するものだ。

処方箋も、アメリカの特殊な状況に対応して、

>米国のセーフティネットは他の先進国に比べて極端に弱いから、強化すべきだ。とりわけ重要なのは、国家的な医療保険制度を持つことだ。底辺の不平等を改善し、貧困の削減に大いに役立つ。一方、労働政策を変更し、労働者が労働組合を組織しやすいようにすることも必要だ。

こういうことを主張している彼の近著が『リベラルの良心』だというのだから、頭が痛くなります。いや、アメリかっぺ方言の世界では、上に見たような、まさしく正統的な「ソーシャル」な考え方を、本来その正反対の考え方を指す「リベラル」という用語で指し示すという社会言語学上の変異現象のためであるわけなんですが、その題名のままヨーロッパで売られれば、誰の目にも全く正反対のネオリベを主張した本だと思われてしまうでしょう。

クルーグマンが呼びかけているのは、まさにアメリカをもっと「ソーシャル」にすること、そしてアメリカの真似をしてきたここ十数年の日本にその道行きを見直すことです。

>米国モデルは90年代に成功したが。もはやうまくいっていない。何でも米国の真似をしたいなどと思うべきではない。

こういう真摯に日本のことを思ってくれる真の友人の声がどこまで日本の政策形成回路に届くのかが問題ですが。それが歪んでしまう回路があるだけに心配です。

実は、日本に特殊な現象ですが、上に見たような「ソーシャル」なクルーグマンの主張とは全く正反対のイデオロギーを振り回し、ハイエクとフリードマンを教祖と仰ぎ、竹中平蔵を父と敬い、高橋洋一を兄と慕う一群の連中が、ただ次の一節についてのみクルーグマンと見解が一致しているからといって、

>日本経済はまだデフレの崖っぷちにある。経済をさらに上向かせるには、日銀が2%強の物価上昇率を目標に掲げるよう私は提案してきたが、いまも同じだ。

自分たちを「リフレ派」と称し、なんと、構造改革派vsリフレ派の対立こそが経済政策のすべてであるかの如く言いつのるという奇怪な現象があるのですね。

リフレさえすればあとはまったく市場原理ごりごりに構造改革をやれやれと喚くこういう連中がクルーグマンを振り回すために、あたかもクルーグマン自身までが、そういうネオリベ軍団別働隊リフレ小隊の一員であるかの如き誤った印象が日本で流布されてしまっていることはまことに残念なことで、そういう誤解を払拭する上でも、本日のインタビュー記事はまことに時宜を得たものといえましょう。

(参考)

こういう特殊日本的ネオリベ系リフレ派の生態については、このエントリーのコメント欄で観察することができます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html

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遺伝子差別禁止法

それに対して、こちらはベタ記事ですが、中身の重要性は大きなものがあります。標題は「保険差別」といっていますが、雇用差別も含まれ、このブログの観点からはそれが重要です。

http://www.asahi.com/science/update/0425/TKY200804250047.html

>米上院は24日、保険会社が遺伝子診断の結果によって保険加入を断ったり保険料を変更したりすることや、雇用者による就職差別などを禁止する「遺伝情報差別禁止法案」を95対0の多数で可決した。同法案は、来週にも下院でも可決され、ブッシュ大統領が署名して成立する見通し。

 米国では、将来、がんなどの重い病気になる可能性を知るため、個人のDNAを採取して塩基配列を調べる遺伝子診断が急速に普及している。同法案は、診断結果が自分に不利な形で使われることを恐れ、受診をためらう人もいることを背景に提案された。

この問題は、これまでどちらかというと個人情報保護の問題として論じられてきたわけですが、しかし隠せばいいという話でもないわけだし、正面から差別問題としてアプローチする必要があるという議論も出てきていたところです。

より一般化していうと、遺伝子情報だけの話ではなく、人がそれを知って差別扱いする可能性がある情報を、個人情報だとして保護するという方向と、むしろそれが皆に知られることを前提に差別を禁止するという方向があるのでしょう。

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最新アメリカの賃金・評価制度

02990302 日本経団連出版から笹島芳雄氏の『最新 アメリカの賃金・評価制度』が出ました。笹島先生、お送りいただきありがとうございます。

http://www.bk1.jp/product/02990302

>アメリカ企業の賃金制度および評価制度の最新の実情を明らかにするとともに、アメリカ企業の制度は日本企業のそれとどのような点で違いがあるのか、そしてアメリカ企業の制度で日本企業の参考となることは何かを考察する。

何ごともそうなんですが、「アメリカの賃金・評価システムの実情は、文献情報や昨今のインターネットを通じた情報検索によりかなり明らかになる」が、「かかる資料に基づく調査・研究だけではどうしても理解できないことが少なくない」ので、著者は「アメリカ企業や労働組合を直接訪問し、企業における賃金制度や評価制度の実情に関する聞き取り調査を繰り返してきた。実態調査のために訪米した回数は10回に及ぶ。・・・訪問企業は延べ80社以上に及ぶ」という蓄積の上にこの本を書かれています。

一番重要なことは、アメリカは職務給であるということ。そんなことは判っていると思っていても、実は本質的に判っていない人が多いんですね。アメリカに「ペイ・フォー・パフォーマンス」という言葉があって、日本語にすると「成果主義賃金」となるんですが、日本の「成果主義賃金」とは根っこが違う。まず何よりも、ペイ・フォー・パフォーマンスは職務記述書があり、職務内容が明示されているのに対し、日本の成果主義賃金は一般的に職務記述書がない。前者では担当職務を決めて採用するが、後者ではそんなものを決めないで採用する。アメリカでは社内公募に応募して選抜されて異動するが、日本では会社が指名して異動する。だから、前者では透明性が高いのに対して後者では透明性が低い。

これは、ペイ・フォー・パフォーマンスが職務給をベースにした成果主義であるのに対して、日本のそれはベースが職能給という名の属人給であるからで、これは昨日のリクルートワークスの記事でも述べたように、雇用システム自体の違いからくるものなので、表面づらだけみて真似したようなふりをしてみても、そもそも根っこが違うわけです。

この点、逆に外国からの留学生に日本の労務管理を講義していて、ジョブに基づかずに採用するんだなんていうと、ジョブディスクリプションはどうなっているんだと質問が飛び、いや日本の企業にそんなものはないんだと答えるとシンジラレナーイという顔をするわけです。

ここんとこが全然判ってないくせに、一知半解で知ったかぶりをするとどういうことになるかというと、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_73ad.html(そういう二項対立ではないのです)

に示したとおりです。

あと、こういうさりげない記述に注意すること(p85)。

>アメリカ企業でwageとは、時給労働者の賃金を意味する言葉である。したがって、a wage earner とか a wage worker といえば、時給労働者を意味する。wage rateは賃金率と訳されることが多いが、通常は時給のことである。通常、ノンイグゼンプト(残業手当支給対象)職務の労働者は賃金が時給で決まっていることが多い。また労働組合員の賃金もこれまで示してきた事例からも判るように時給で決まっているのが一般的である。

>他方、サラリー(salary)とは年俸とか月俸のようにあらかじめ固定された賃金のことであり、働いた労働時間の量には連動しない。企業はこの固定された賃金を、労働時間が変動しても原則として引き下げることはできない。a salary earner とかa salary worker といえば、あらかじめ固定した賃金が支払われる労働者のことを指す。

ここのところがよく判っていないまま、ホワイトカラーエグゼンプションなんて代物を一知半解で持ち出すと、ああいうわけわかめ状態が現出するわけです。

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オバマ氏、700万人の雇用創出

ちょっと気が早いですが、次期アメリカ大統領に一番近いところにいる人の政策ですからね。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080214AT2M1400C14022008.html

>米大統領選で民主党のトップに立ったオバマ上院議員は13日、景気不安に対応するため総額2100億ドル(約22兆6000億円)の経済対策を発表した。環境事業などで新規雇用を700万人創出することが柱で、経済政策での政権担当能力を誇示する狙いがある。劣勢に追い込まれたヒラリー・クリントン上院議員は大票田州を遊説し、巻き返しを図った。

 オバマ氏はウィスコンシン州の演説で、今後10年間で実施する対策の概要を明らかにした。環境関連事業に1500億ドルを投じ、500万人の雇用を生み出す。同時に高速道路や橋、空港などの公共事業に600億ドル拠出し、200万人を雇用するとの内容だ。

 「変革」を掲げて波に乗るオバマ氏は上院議員を一期しか務めていないため、経験不足との評がつきまとう。緊急景気対策法が成立した日に経済対策を発表したのは、もう一段の経済テコ入れの必要性を強調するとともに、こうした懸念を払拭(ふっしょく)する狙いがある。 (13:34)

いやあ、岩波文庫にケインズさんがようやく入ったのとは直接関係ありませんが、世界の流れがまた変わりつつあるという感じが漂ってきますね。ネオリベだのリバタリアンだのエイリアンみたいなのがここんとこずっとのさばってきていましたけれど、何十年かぶりにまた世の大勢がケインズに近づきつつあるのかも知れません。極東の某野党も、道路づくりを目の仇にするばかりではなく、より未来志向の公共事業の在り方を考えてみてもいいんじゃないかと思いますが。

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雇用平等はソーシャルか?

JILPTの日本労働研究雑誌10月号

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/10/index.htm

特集は「採用の変化」。

なかなか面白かったのが玄田有史先生の「若年無業の経済学的再検討」という論文ですが、

わたくし的に我が意を得たりと思ったのは、浜田富士郎先生による藤本茂著『米国雇用平等法の理念と法理』の書評です。とりわけその最後のところ、

>そしてさらに根本的なことをいうと、評者は、アメリカの平等法を支える理念として著者が理解しようとする「社会的公正」について、大きな疑問を持っている。著者はこの言葉を、「社会政策的、社会後見的、社会主義的」といった意味合いで、ないしはこれに近いものとして用いているようであるが、アメリカの平等法理会の基本的視点として、それは正しいか。評者の考えるところ、アメリカにおける平等は今も昔も、基本的には自由に従属する概念であり、事由の付属物ないし自由との対概念である。つまり、自由の発露としての競争はもとよりフェアでなければならないところ、フェアな競争を阻害する条件の排除、フェアな競争を保証するための条件確保・整備のためにあるのが平等の要請である。・・・・・・今日のアメリカの平等確保法はなお著者の理解しようとするような強い社会的視点は含んでいないように思われる。

>・・・ということは、「格差社会の克服を平等法に期待する」という著者の立場には基本的に無理があるのである。格差には差別がもたらしたものと差別によらないで生じたものがあり、差別によらない格差にも社会的に好ましくないものがあり、そうした格差の払拭、解消のために社会政策的考慮に基づく立法が用いられることがあるのは当然ではあるが、それを平等法として位置づけるのはおそらく適当でない。・・・・・・

そう、まさに格差と差別とは違うのですよ。差別を禁止すれば格差がなくなるなどと云うものではないのです。

この辺をいささか軽めに書いたのが『時の法令』の「差別と格差の大きな差」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sabetutokakusa.html

これは実はこのブログで昨年10月に書いたエントリーを、若干縮めて流用したものです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_cefc.html

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法と経済学百科事典

今まで気がつかなかったんですが、ベルギーとオランダの学者が編纂した『法と経済学百科事典』全5巻が、なんと全文ダウンロード可能になっていたんですね。

http://users.ugent.be/~gdegeest/

これは実に浩瀚なもので、ありとあらゆる分野について法と経済学の立場から分析しているんですが、それが全部読めます。

たとえば労働関係でいうと、

http://users.ugent.be/~gdegeest/5510book.pdf(労働契約)

http://users.ugent.be/~gdegeest/5520book.pdf(最低賃金)

http://users.ugent.be/~gdegeest/5530book.pdf(雇用差別)

http://users.ugent.be/~gdegeest/5540book.pdf(労働安全衛生)

といった項目が説明されています。

たとえば最低賃金だと、ケンブリッジのディーキン先生とウィルキンソン先生が、伝統的新古典派の説明、経験的証拠、代替的な理論的展望、最低賃金の導入・引上げのダイナミックな効果、最低賃金と世帯の貧困と労働インセンティブという風に、順を追って、的確に現段階の学問的水準を教えてくれます。参考文献も山のように付いています。

初等ケーザイ学教科書嫁さんよりもよっぽど役に立ちます。

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労働CSR入門

4062879069 さて、夏休みの課題図書シリーズ、今回は吾郷眞一先生の『労働CSR入門』(講談社現代新書)です。CSR、企業の社会的責任については汗牛充棟といってもいいほどたくさんの本が出されていますが、労働関係ではあまりありません。これは、日本人の関心のありかを示しているとも言えますが、本書は、これに対して相当にジャーナリスティックに危機感を煽る形で書かれています。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4062879069.html

吾郷先生はご存じの通り、現在の日本で国際労働法分野の第一人者です。先のハローワーク市場化テストの委員会でも、数少ない良識派として活躍されたのはご承知のとおり。かつてILOに勤務されたこともあり、労働基準を世界に広げていくことに対する強い気持ちは人後に落ちないはずですが、国際労働基準を振りかざしてアメリカ的価値観を押しつけてくる今日の労働CSRの動きに対して、この写真のオビの文句にもありますように、「アメリカが仕掛けてくるソーシャルラベリングの罠に気をつけろ!」という、まことに愛国的、憂国的な声を上げておられるのです。

>・・・以上のように、社会条項を多角的貿易枠組みの中に貫徹できなかった米国は、それと同じ効果を労働CSRによって達成しようとしていると私は見ています。そして、このことは途上国のみに向けた政策ではなく、日欧という経済ライバル(とくに労働CSRについてほとんど対応をしてきていない日本)に対しても効果があるのです。

>すなわち、国連やILOなどのような正規の国際政府間機構が定めた国際標準を無視し、自分が考える「公正労働基準」を「標準化」することによって、たとえば中国市場における日本企業の活動に制限を加えることができるでしょう。

>労働CSR問題において、米国国務省が民間機構を利用し積極的に推し進めようとしている目的は、たんにアジア地域における労働基準を高め、労働者の生命と健康を守ることだけにあるのではない、もっと大きな隠れた戦略が存在する。そう思われてならないのです。(p74)

ではどうすればいいのか。企業レベルの対応としては、こう言います。

>・・・つまり、企業行動要項を正式に掲げ、ILOその他の正式な国際法上の義務を遂行することを公約することです。得体の知れない(ちょっと言いすぎですが)NGOから基準実施を認めて貰うのではなく、自分たちはしっかりと、国際法を遵守しているということを示し、逆に相手側が依拠する認証機構の正統性を問いかけることをすれば、相手が守勢にまわるはずです。(p174)

しかし、それにとどまらず、吾郷先生は「積極的に打って出る」「日本発の国際標準を提案」せよと訴えます。

>今こそ政労使の協議の上に、「和」の精神に則った労働CSRを構築することが、日本の(アジアの)特色を生かすことになる・・・

>労働CSRにおいては政労使三者による合意と共同が重要不可欠なのです。イギリスのようにCSR大臣というものを内閣に置くまでにはならないとしても、日本でも厚生労働大臣の下にCSRを管轄する機関を設けるべきです。

一方で市場原理主義に基づき規制緩和を押しつけながら、他方で労働CSRを競争相手への戦略的武器として使おうとするアメリカに対して、「ソーシャルラベリングの罠に陥る」ことなく、労使協調に基づいて大同団結し、日本発の世界標準を構築して誤ったグローバリゼーションに呑み込まれないことが肝要という同書のメッセージは、この問題を考える上で、一つの拠り所になるでしょう。

なお、本書では必ずしも詳しく書かれていない民間団体の動き、とりわけビジネス法務の動向については、『季刊労働法』(218号)(9月刊行予定)に掲載される予定の戎居皆和「国際労働法の新たなフロンティア」が詳しく分析しています。こっちは吾郷先生ほどパセティックではありません。

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内部労働市場とマンパワー分析

31924502 なんとなんと、名のみ高く翻訳のなかったあのドリンジャーとピオリの内部労働市場論の古典的名著が、21世紀も8年目になってようやく日本語になったようです。

ここで何回か紹介した野村正實氏が、旧著『日本の労働研究』の中で、隅谷三喜男氏の内部労働市場論はドリンジャー・ピオリの議論を正しく伝えていないと批判し、その後の日本の内部労働市場論の欠陥として指摘したことはご承知のとおりですが、その原点がようやく日本語で読めるようになったのですから有り難いことです。

http://www.waseda-up.co.jp/bhtml/07616.html

もっとも、私は隅谷氏の議論やその後の小池和男氏の議論は、近代主義の時代から企業主義の時代へという日本社会自体の思想史的転換をいわば体現しているのであって、社会がそのような議論を需要したがゆえに供給されたという風に理解していますので、ドリンジャー・ピオリの議論との関係は実は二次的なものに過ぎないと考えていますが。

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マースデン『雇用システムの理論』

4757121644 邦訳が持ち望まれていたデイビッド・マースデンの『雇用システムの理論』が、宮本光晴・久保克行両氏によって遂にNTT出版から翻訳刊行されました。

邦訳の副題は「社会的多様性の比較制度分析」ですが、原書の副題は「社会的多様性のミクロ的基礎」。そう、単純素朴な新古典派経済学初等教科書の人間観にとらわれて、「ごく初歩の労働問題の原理すら理解しない議論を開陳する向き」には、とてもいい解毒剤になるでしょう。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4757121644.html

宣伝文句は「アメリカ・イギリス型市場経済対ドイツ・日本型市場経済の二項対立からは見えてこない「資本主義の多様性(ヴァラエティ・オブ・キャピタリズム)」を解明する。来るべき時代の労使関係論」だそうで、「雇用システムに関する比較制度分析の決定版!欧州型」とひとくくりにされる雇用システムの多様性を明らかにする」と述べています。

第1部 雇用システムの理論(雇用関係;経営者権限の限界;雇用ルールの普及の優位性;分類のルールと雇用システムの統合)

第2部 実証分析の結果と人事管理への含意(データからみた雇用システムの多様性;業績管理;報酬とインセンティブ;技能と労働市場の構造)

第3部 結論(雇用システムと企業の理論:社会的多様性)

念のため申し上げておきますが、上記のような奇矯な方だけでなく、およそ労働問題に関心を持つ人には必読の書です。

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OECD雇用見通し2007刊行

昨日予告した標記書物が刊行されたようです。

http://www.oecd.org/document/38/0,3343,en_2649_34731_36936230_1_1_1_1,00.html

第1章はブラジル、ロシア、インド、中国(いわゆるブリックス)の労働市場。その手の人には必読でしょう。

第2章は「More jobs but less productive? The impact of labour market policies on productivity 」と題して近頃日本でもかまびすしい雇用と生産性の問題を取り上げているようです。曰く、雇用親和的な労働市場政策の生産性と経済成長への影響は何か?社会保護は生産性に有害か?市場依存型の労働市場が高水準の雇用と力強い生産性の向上を同時に達成する唯一の道か?これは読まずばなるまい、ってとこですね。

第3章が本書のメインテーマでしょう。グローバル経済における労働者はより脆弱になってきたのか、という問題です。中国やインドの国際経済への統合によって、労働者がより不安定になり交渉力を失ってきたのか?オフショアリングの雇用や賃金への影響は何か?政策決定者は労働者がグローバル化の公平な分け前を得られるように何ができるのか?これは面白そうです。

第4章は社会保護の雇用への影響がテーマ。保険料ベースから税金ベースにすることが雇用機会創出に役立つかとか、低賃金労働の税社会保険負担を低減し高賃金労働に負担を高めることの得失などが論じられているようです。

第5章は失業者のアクチベーション。各国職業安定機関の様々な手段が検討されているようです。

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OECD雇用見通し2007版本日公表予定

最近2006年版の邦訳が刊行されたOECD雇用見通しですが、本日2007年版が公表される予定のようです。

http://www.oecd.org/document/10/0,3343,en_2649_201185_38757898_1_1_1_1,00.html

グローバル化は雇用の不安定化と賃金の不平等化を拡大しているか、もしそうなら、国々はこれにどう対処しうるか、社会保護や労働規制の改革の役割は何か、という宣伝文句が載っています。これを見ると、読まねばならぬという気にさせられます。

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世界の労働市場改革 OECD新雇用戦略

およそ労働市場改革を論じようとする者であれば、必ず読まねばならぬものが毎年のOECD雇用見通し(Employment Outlook)ですが、膨大かつ中味が高度なため、実際にはあまり読まれていないようです。

そういう状況に大変有効なのが今回明石書店から刊行された標記書物です。これは、昨年改定されたOECD雇用戦略に、その分析ベースとなった2006年版雇用見通しの全訳をつけたもので、今日の日本における政策論争の基盤として使われることが期待されます。JILPTの戎居皆和氏の訳を樋口美雄先生が監訳しておられますので、安心して読めます。

http://www.akashi.co.jp/Asp/details.asp?isbnFLD=4-7503-2569-4

2569

2006年6月に改定されたOECD雇用戦略。人口高齢化、経済のグローバル化が進む中、あらゆる人の就業機会を拡大し、より良き雇用と所得の増大に向けて、包括的な労働市場改革戦略を世界比較可能な図表をもとに提示する。

日本語版刊行によせて
監訳者序文
国名略語表
第1部 OECD新雇用戦略
 第1章 雇用の拡大と質の向上、所得の増大をめざして:OECD雇用戦略の再評価から得られる政策的示唆
  第1節 現状と課題
  第2節 新たな証拠
  第3節 政策パッケージ
 第2章 改定版OECD雇用戦略
  A.適切なマクロ経済政策を設定する
  B.労働市場参加や求職活動に対する阻害要因を取り除く
  C.労働需要への労働・製品市場障壁の解消に対処する
  D.労働力の技能およびコンピテンシーの開発を促進する
  付属資料1 1994年版雇用戦略:10項目の一般勧告
  付属資料2 OECD雇用戦略新旧対照表
第2部 2006年版OECD雇用アウトルック
 第1章 労働市場の短期予測およびOECD雇用戦略再評価の公表
  第1節 最近の労働市場の展開および今後の見通し
  第2節 OECD雇用戦略再評価
 第2章 1994年以降の労働市場パフォーマンスと今後の課題
  第1節 全般的な労働市場パフォーマンス
  第2節 特定層の労働市場パフォーマンス
  第3節 1994年以降の所得分配および労働条件の動向
  第4節 現状および今後の課題
 第3章 あらゆる人の就業機会を拡大する一般的な政策
  第1節 マクロ経済政策と労働市場パフォーマンス
   1.1 インフレと金融政策
   1.2 財政政策
   1.3 マクロ経済政策と構造政策の調整
  第2節 福祉制度と労働市場プログラムが労働力参加や雇用に及ぼす影響
   2.1 失業給付と求職インセンティブ
   2.2 社会保護給付と税制の組み合わせが労働供給に及ぼす影響と就労を促す財政支援策
   2.3 積極的労働市場プログラムと失業者に対する就業化戦略
   2.4 就労可能要件を伴わない福祉給付に関連する政策課題
  第3節 賃金設定、税制、労働市場・製品市場規制が労働需要および雇用に与える影響
   3.1 賃金設定制度・政策
   3.2 労働所得に関する税制
   3.3 雇用保護法制
   3.4 労働時間編成
   3.5 製品市場規制
  第4節 生涯教育・訓練政策
   4.1 政策課題
   4.2 政策的示唆
 第4章 労働市場における特定労働力層に対する政策
  第1節 就業率の低いグループの雇用見通しの改善
   1.1 女性の労働力参加を拡大する措置
   1.2 高齢者の労働力参加を拡大する措置
   1.3 若年層の雇用見通しの拡大
   1.4 移民の雇用見通しの拡大
  第2節 条件不利地域の労働者支援
  第3節 インフォーマル労働からフォーマル雇用への移行の円滑化
 第5章 雇用の増大を目的とする政策の社会的示唆
  第1節 所得不平等および貧困に関する動向:労働市場パフォーマンスの変化との関連性
   1.1 所得不平等と失業率・就業率の推移
   1.2 1990年代における貧困の発生率および継続性:全体・特定層
   1.3 労働市場制度が世帯所得の不平等と貧困に及ぼす影響
   1.4 結論
  第2節 雇用安定とキャリアパスへの示唆
   2.1 臨時・派遣雇用:証拠および政策的示唆
   2.2 低賃金の発生率:傾向と政策的重要性
 第6章 政策の相互作用と補完性の把握および改革戦略への示唆
  第1節 労働市場政策・制度とマクロ経済環境
   1.1 マクロ経済ショックと労働市場政策・制度との相関性
   1.2 労働市場改革によってマクロ経済および財政パフォーマンスは向上する
  第2節 政策間相関関係と政策パッケージ
   2.1 既存の政策パッケージおよび雇用パフォーマンス
   2.2 政策の相互作用
  第3節 改革の政治経済
   3.1 分配効果とタイミング効果
   3.2 逆分配的効果とタイミング効果を克服する上での政策設計の役割
  付属資料6. A1 政策の主成分分析と雇用パフォーマンス
 第7章 政策・制度が労働市場パフォーマンスに果たす役割の再評価:定量分析
  第1節 構造的失業の決定要因
   1.1 政策、制度および失業:ベースライン結果
   1.2 失業パターンの追加的決定要因:最低賃金、積極的労働市場プログラム、住宅政策
   1.3 制度とマクロショックの相互作用
  第2節 各層別就業率
   2.1 男性・女性壮年層
   2.2 高齢労働者
   2.3 若年労働者
   2.4 政策が就業率に及ぼす効果の要約
  付属資料7. A1 ベースライン回帰モデル
参考文献
統計資料
資料 OECD新雇用戦略東京フォーラム:議長総括
訳者あとがき

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OECD雇用見通し2006の最低賃金論

新聞各紙は規制改革会議が最賃を批判したというところに関心を集中しているようなので、世界の優秀なネオリベ系エコノミストを集めたOECDの最新の『雇用見通し2006』でこの問題をどう取り上げているかを紹介しておくのも無駄ではないでしょう。優秀なエコノミストの皆さんはもちろん「初等ケーザイ学教科書嫁」で話を済ませたりはしません。

http://www.oecd.org/document/38/0,2340,en_2649_37457_36261286_1_1_1_37457,00.html

86ページ以下でで最低賃金を論じていますが、

>単純な経済学の理屈は、法定最低賃金や高すぎる労働コストが低生産性労働者の雇用への障壁になると指し示す。しかしながら、最低賃金の結果としての雇用喪失の規模を図ることは困難であると証明され、各国で設定されている最低賃金によってどれだけの仕事が失われたかについては顕著な不確実性がある。実際、最低賃金の雇用に対する否定的な影響の経験的証拠は入り混じっている。・・・

>最低賃金は低技能者にとって仕事が引き合うようにする(make work pay)ことによって高労働力率をもたらしうる。しかし、それは広い貧困対策においては、過度に高い水準に設定することを避ける必要から、支援的役割のみを果たしうる。もう一つの重要な限界は、最低賃金で働く労働者が貧しくない(他の家族メンバーが働いているから)ことである。

>在職給付は最低賃金よりも低所得家族に焦点を当てることができる。さらに、穏当な最低賃金は、使用者が賃金水準を下げることによってこの給付を着服することを制限することによって、在職給付への有用な付加になりうる。

>最低賃金について重要な問題は税制との関係である。高すぎる最低賃金は雇用へのタックス・ウェッジの否定的な影響を拡大するからだ。低生産性労働者を雇用しようとする使用者は、労働者の生産性と最低賃金額と使用者が払う社会保険料を比較する。・・・

>(結論として)近年の経験が示唆するところでは、穏当な最低賃金は問題ではない。しかし若者や他の脆弱な集団の(最賃より低い)特例最賃への十分な手当が不可欠である。他の洞察は、良く設計された最低賃金が社会給付にとどまるよりも働く方がペイすることを保障することによって、高い就業率にむけた広範な戦略に貢献するという点である。しかしながら、否定的な政策の相互作用による危険性もまた確かであり、特に高すぎる最低賃金と高水準の労働課税の間にそれが見られる。

この他にも本書にはいくつか最低賃金に言及したところがありますが、近々樋口美雄先生の監訳で明石書店から出版される予定ですので、そちらのよりすぐれた翻訳でお読みいただいた方が宜しいかと思います。

いずれにしても、経済学の知見に基づき労働問題を分析するというのはこういうレベルのものを言うのだなあ、ということがよく分かる本です。政府の中枢機関の政策文書が「初等ケーザイ学教科書嫁」で済んでしまう極東の某国とはちょっと違いますなあ。

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ILOの三者構成原則

1 ILO自体の三者構成原則

 ILOは第一次大戦直後にベルサイユ条約によって設立されたもっとも古い国際機関の一つであるとともに、政府代表だけでなく使用者団体及び労働組合の代表がその意思決定機関に正式に参画する今なお唯一の国際機関である。

(1) ILO憲章

・加盟国の代表者の会合は、必要に応じて随時に、且つ、少なくとも毎年1回開催する。総会は、各加盟国の4人の代表者で構成する。そのうちの2人は政府代表とし、他の2人は各加盟国の使用者及び労働者をそれぞれ代表する代表とする。(第3条第1項)
・加盟国は、各自の国に使用者又は労働者をそれぞれ最もよく代表する産業上の団体がある場合には、それらの団体と合意して選んだ民間の代表及び顧問を指名することを約束する。(同第5項)
・理事会は、次の56人で構成する。政府を代表する28人、使用者を代表する14人、及び労働者を代表する14人(第7条第1項)
・使用者を代表する者及び労働者を代表する者は、総会における使用者代表及び労働者代表がそれぞれ選挙しなければならない(同第4項)

(2) フィラデルフィア宣言

・総会は、この機関の基礎となっている根本原則、特に次のことを再確認する。
(a)労働は、商品ではない。
(b)表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことはできない。
(c)一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。
(d)欠乏に対する戦いは、各国内における不屈の勇気をもって、且つ、労働者及び使用者の代表者が、政府の代表者と同等の地位において、一般の福祉を増進するために自由な討議及び民主的な決定にともに参加する継続的且つ協調的な国際的努力によって、遂行することを要する。

2 加盟国の三者協議

(1) ILO基準(144号条約・152号勧告)

 ILOの制定する国際労働基準に関する国内三者協議体制を要求したもの。

・批准加盟国は、[ILOに対する回答や報告の提出、条約や勧告の権限ある機関への提出、未批准条約の実施のための措置の検討等]について、政府、使用者及び労働者の代表者の間で効果的な協議を行うことを確保する手続を運用することを約束する。(第2条第1項)

(2) 労働行政(150号条約・158号勧告)

 労働行政一般について三者間の協議体制を要求したもの。

・この条約の適用上、・・・「労働行政制度」とは、労働行政について責任を負い又は労働行政に従事するすべての行政機関、並びにそのような機関の活動を調整し、使用者、労働者及びそれぞれの団体との協議並びにこれらの者及び団体の参加を確保するための制度的枠組みをいう。(第1条第b号)
・批准加盟国は、国内法令又は国内慣行に従い、労働行政の一定の活動を非政府団体、特に使用者団体及び労働者団体、又は、適当な場合には、使用者及び労働者の代表者に委任し又は委託することができる。(第2条)
・批准加盟国は、その国内労働政策の分野における特定の活動を、国内法令又は国内慣行に従い使用者団体と労働者団体との間の直接的交渉によって規制される事項とすることができる。(第3条)
・批准加盟国は、労働行政制度内において公の機関と最も代表的な使用者団体及び労働者団体又は、適当な場合には、使用者及び労働者の代表者との間の協議、協力及び交渉を確保するため、国内事情に適する措置をとる。(第5条第1項)

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OECD新雇用戦略東京フォーラム

厚労省のHPに10月末に開催された標記会合の紹介が載っています。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/11/h1101-1.html

ここに載っている議長総括は、一言一言がかみしめるたびにじわっと味わいゆたかな文章ですね、役人的には。あと、翻訳にも少々。

基本的には、労働力参加を促進するという近年の先進国共通の雇用政策であるわけです。アクティベーション(「就労化」と訳していますね)が大事というのは、まあ誰も反対しない。

いろいろと議論が出てくるのは次の「労働市場の二極化の問題に取り組みつつ労働需要の拡大を図ること」ってとこですね。ここで、「彼らは、雇用規定や賃金設定慣行によって労働需要が抑制されるようなことがないようにすべきということに合意した」という一節が出てくる。「雇用規定」というのはやや意図的な誤訳っぽいところで、英語では「employment regulations」です。つまり解雇規制が厳格すぎるから企業が人を雇わないんだ、というインプリケーションのある言葉です。

それだけだといかにもネオリベですから、その次のパラグラフで「しかし、彼らはまた、雇用規定や賃金慣行を改革する際には雇用の質に関する懸念についても考慮すべきであることを強調した。」とつながるわけです。そしてここで二極化と話がつながる。「国際競争の激化は特定層の賃金や労働条件に更に圧力を与えるということがあり得る。このことは、一部の国々では労働市場の二極化の拡大にもつながるおそれがある。政策担当者は、そうした雇用の質に係る課題にも対応する必要がある。実際、雇用の量的拡大と同時に、質の維持・向上が図られてはじめて、雇用の創出及び生産性と生活水準の向上に好循環をもたらすことができる」と、雇用の質、ソマヴィアちゃん風にいうと「でーせんとわーく」を立てている。

それにしても、ここのところは微妙な問題です。労働者にはセキュリティが必要じゃないか、という議論を組み込まないといけない。そこで、「この課題への対応として、出席者は労働者の安定性の向上の必要性を支持した。」となるわけですが、問題はそのセキュリティの中味です。この微妙さをよくかみしめて味わってください。

「採用要件が過度に厳しくなることを避けつつ、雇用規定を使用者と労働者双方にとってより予見可能なものにすることは一つの方策である。正規と非正規の契約の均衡ある処遇の確保――そして実際に法規制を、解雇の際に勤続期間に応じた妥当な保護が図られるような単一の契約の方向へ可能な限り向かわせること――ももう一つの方策である。経済的な理由による解雇に関する制約を減らすことが一部の国では必要であるかもしれないが、その一方で、悪質な解雇及び採用や解雇における差別が生じないようにすることが不可欠である。最終的には、失業の際の適切な所得確保と効果的な再就職支援サービスがすべての国で必要である。」

念のため繰り返しますが「雇用規定」ってのは解雇規制のことですよ。予見可能な解雇規制というのはどういうことか分かりますか?何年勤続の労働者だから、これくらいの金を払えば解雇できるということが「予見可能」という意味です。正規も非正規も、ってことですよ。上の文章をじっくり読むとうっすらと見えてくるでしょう。非正規労働者が何回も更新を繰り返して10年勤続になったのにある日雇い止めされたという場合と、正規労働者がそのまま10年間勤続して解雇された場合で、同じ「勤続期間に応じた妥当な保護」が図られるということです。それが「単一の契約の方向」ということですね。

こうして噛んで含めるように説明すると、これが現在労政審で審議中の労働契約法制の中心的議題の一つ、解雇の金銭解決について一つの道筋を示しているのだということがおわかり頂けると思います。特に、「経済的な理由による解雇に関する制約を減らすことが一部の国では必要」というのが、日本の整理解雇法理(4要件)を一つの例として念頭に置いていることは何となく理解されるでしょう。逆に「悪質な解雇及び採用や解雇における差別が生じないようにすることが不可欠である」というのは、金銭解決が許されない解雇はどういうたぐいのものかという話ですね。

それとともに、均衡処遇が出てきます。「賃金、能力開発機会やその他労働条件に関して、正規労働者と非正規労働者の間で均衡ある処遇を確保できるようにすることが不可欠である。税や給付に関してフルタイム労働者とパートタイム労働者を均衡的に取り扱うことが重要な点であるということが指摘された。「二極化の問題」が生じる中で、特に若者、女性などの中にはその意志に反して不安定な雇用に甘んじることを余儀なくされている層もある。このため、バランスの取れた対策を講じることが必要である。」この均衡処遇は、原文でも「balanced treatment」です。つまり、日本の文脈で使えるように、わざわざそういう言葉を使ったということですね。

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許し難い本

戸塚悦朗氏の『ILOとジェンダー 性差別のない社会へ』(日本評論社)です。

453551205101_ss500_sclzzzzzzz_v65930225_http://www.amazon.co.jp/ILO0680b80a70f30c00fc-15%6027-eeR2506e06a044y3eO1a078-%E6%88%B8%E5%A1%9A-%E6%82%A6%E6%9C%97/dp/4535512051/sr=8-1/qid=1162257800/ref=sr_1_1/503-1488340-3867946?ie=UTF8&s=books

いや、ジェンダーがけしからん、などとどこぞのおじさまみたいなことを言っているのではありません。題名だけ見ると、いかにもILOの男女平等政策を取り扱った本みたいに見えるでしょう。もしそうであるなら、この分野は類書が比較的少ないだけに、有益な本という評価になるところです。

ところが目次を見るとですね。「第1章 ILO創設と男女平等賃金原則の成立」「第2章 国際機関を動かす女性運動」と、まともな内容がひとしきり続いたところで、次に「第3章 日本軍性奴隷問題とILO」なる文章が来る。これが何かというと、この戸塚氏が毎年のようにILOにいわゆる「従軍慰安婦問題」を持ち込んで騒ぎを起こしてきた経緯を延々と綴った文章です。

それがひとしきり終わって「第4章 日本の女性賃金差別とILO」で第100号条約という女性労働関連の話になったかと思ったら、最後の「第5章」で日本軍性奴隷が女性賃金差別の原因だとか、訳の分からないことを書いて終わっている。

いや、これがもっぱらいわゆる「従軍慰安婦」問題について書かれた本ならいいんですよ。どうせ、そういう人しか読もうとしないでしょうし、本来現在の労働問題を取り扱うべきILOに、「従軍慰安婦」は強制連行されたからILO強制労働条約違反だなどという馬鹿げた話を何回も持ち込んだアホな弁護士の手柄話か、というだけに終わりますから。

ところが、この本の半分はILOの男女平等政策についてのよくできた解説書になっているんですね。しかも、類書はあまりない。そうすると、各地各大学の図書館などでも、労働問題の棚に、これは必読文献だてな感じで入ってしまうんではないか、「国際労働法を学ぶ上で有益だから読んできたまえ」みたいな感じになってしまうんではないか、と怖れるわけです。というか、恐らくそういう効果を狙って、わざと外見はILOの解説書みたいな感じにして、中味で性奴隷、性奴隷、と繰り返しているのでしょう。

こういう本がはびこると、「ジェンダー?ああ、あれやろ、あの従軍慰安婦がどうたら喚いとるアホ女どもやろ、いらんいらん、はよいね」という反応がますます高まって、結果的に大変まずいことになると思うんですがね。まあ、しかし、こんなところで苦情をこぼしても何にもなりませんが。

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OECDの新雇用戦略

本日と明日の2日間、カナダのトロントでOECDの雇用政策に関する大臣レベル会議が開かれることになっています。

http://www.oecd.org/document/19/0,2340,en_21571361_36276310_36276371_1_1_1_1,00.html

OECDは1990年代初めからEUやILOに先駆けて雇用戦略を進めてきましたが、最近2年間かけてその見直しを行っていました。今回の会議に提出される報告「仕事と収入を増やす」は、その見直しを踏まえて、新たなOCED雇用戦略の枠組みを提示しています。

http://www.oecd.org/dataoecd/47/53/36889821.pdf

A,B,C,Dの4つの柱からなっていて、柱Aは適切なマクロ経済政策。柱Bは失業給付や福祉給付が労働力参加を阻害しないようにというワークフェア的な話。柱Cは柔軟化というか規制緩和の話。柱Dは技能と能力開発の話です。

このうち、柱Cの雇用保護法制のところがやっぱり気になるのでちょっと見てみると、雇用保護法制が過度に厳格な国ではこう改正しろ、と。差別的な不公正解雇は制裁するが、経済的理由による解雇への制約はゆるめろ。

次の有期雇用と派遣労働のところでは、労働市場の二重性を悪化させないように、常用雇用とのバランスのとれた取扱いが必要だ、一つのオプションとしては解雇保護の権利を勤続年数に応じて増やすとか。

この点は、日本にとっても重要な示唆だと思います。日本では、解雇保護が解雇権濫用法理で行われているため、オール・オア・ナッシングで、そのため有期雇用の場合、解雇権濫用法理の類推適用とかいう曲がりくねった論理でオールの権利を得るか、やっぱりだめよでナッシングになるかしかないという大きな欠点があります。

解雇保護を原則的に金銭補償で行うこととすれば、常用雇用であれ、有期雇用であれ、それまでの勤続年数に応じた補償金が払われるという形で一種の均等待遇が実現するわけで、現在進められている労働契約法制の議論でも、そういう観点がもう少しあってもいいのではないかと思われるのですが。

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ILO95回総会の「雇用関係」

来る5月31日から6月16日にかけて、ジュネーブで第95回ILO総会が開催されます。毎度おなじみ条約勧告適用委員会のはなしは置いておいて、技術議題で大変興味深いのが「雇用関係」というテーマです。それではなんだかよくわからないかも知れませんが、以前は「契約労働」問題といっていました。日本では「労働者性」の問題として議論されている領域です。

これはいろいろいきさつがあって、1997,1998年の総会で討議されたのですがまとまらず、その後2003年の総会で勧告の策定提案を含む結論が採択されました。その後各国政労使にクエスチョネアが配られ、その回答などをもとに、今総会に勧告案がかけられることになっています。

この問題に関する経緯や状況をまとめた報告が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-1.pdf

各国政労使からの回答をまとめた報告が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-2a.pdf

そして、「雇用関係に関する勧告案」が;

http://www.ilo.org/public/english/standards/relm/ilc/ilc95/pdf/rep-v-2b.pdf

です。

実は、この問題は、昨年発表された労働契約法制研究会の最終報告でも、かなり詳しく取り上げられ、「労働基準法上の労働者以外の者についても、労働契約法制の対象とすることを検討する必要がある」と書かれています。

去る4月に労働政策審議会に提示された「検討の視点」では全く触れられていませんが、これからの労働問題を考える上で避けて通れないテーマであることは確かです。

実は、EUもこの問題にまさに取り組もうとしているところです。今月中にも公表が予定されている「労働法の進化」グリーンペーパーは、主としてこの問題を取り上げる予定だと伝えられています。いろんなアクターが絡み合う話なのですが、今回のILO総会が一つのエポックになることは間違いありませんので、引き続き注意深くフォローしていきたいと思っています。

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