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2026年9月 8日 (火)

スウェーデンの労働組合はイーロン・マスクに敗れた!

Asahishinsho_20260908222101 一昨年刊行した拙著『賃金とは何か』の「おわりに」で、スウェーデンなど北欧諸国には最低賃金なんてものはないんだ、そんな国家権力で守ってもらうなんていう恥ずかしいことは拒否して、労働組合自らの力で勝ち取るんだ、それが北欧労働組合の誇りなんだ、と書いたことを覚えているでしょうか。

そしてその実例として、イーロン・マスク率いるテスラ社に対して、スウェーデンの労働組合が敢然と戦いを挑んでいるという話を書きました。

・・・その気概を示したのが、イーロン・マスク率いるテスラ社のスウェーデン工場で二〇二三年一一月、金属労組IFメタルが労働協約締結を拒否する同社に対して行ったストライキに、港湾労働者や郵便労働者などが同情スト(テスラ車だけ荷下ろし拒否、テスラ車のナンバープレートだけ配達拒否など)で協力したことです。この争議はまだ続いていますが、公共性とは国家権力への依存ではなく、産業横断的な連帯にあるという北欧労働者の心意気が示された事件です。・・・

このストライキ、なんと今年の8月19日まで1027日間も続きました。スウェーデン労使関係史上最長のストライキです。そして、勝ったのは・・・・・・・

テスラでした。弱弱しい労働組合を国家権力がわざわざしゃしゃり出て守ってくれる不当労働行為制度などという甘ったれた仕組みは断固拒否する誇り高いスウェーデンの労働組合は自らのあらゆる力を振り絞って戦ったのですが、テスラ社は機密保持条項付きの退職金付きで労働者を切り崩し、ついにストライキは成果を生むことなく中止に至ったようです。

ソーシャル・ヨーロッパが報じています。

https://www.socialeurope.eu/tesla-outlasted-the-worlds-strongest-union-movement

The historic Tesla strike ended on 19 August, after 1,027 days. On 27 October 2023, some 40 mechanics walked out of 10 workshops across Sweden. Nearly three years later, their union, IF Metall, has not achieved its goal: a collective agreement with Tesla’s Swedish subsidiary, TM Sweden.

The strike became the longest Swedish labour dispute in the past century and is the only strike ever called against Tesla anywhere in the world.

 

 

 

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コメント

いや、全然知らなかったです。2023年から続いていて、しかもスウェーデン国内からだけでなく、他国から14もの組合が支援していた大紛争だったとは。日経に紛争当初はニュースが出ていたようですが、他のメディアでこの報道はあったのでしょうか。
労働問題と関係ないですが、もとぶらり庵がこの記事を読んですぐに思い浮かべたのは、二つの小説でした。一つはもちろん、「ミレニアム」三部作。近年のスウェーデン発、世界的に大ヒットした、映画化もされた小説です。若い女性が単身、巨悪に挑むという。スターウォーズ「帝国の逆襲」をもじって「The girl strikes back」という印象の小説でした。
もう一つは、これはスウェーデンの児童文学で、日本ではどれほどの人が読んでいるかわかりませんが、「ステフィとネッリの物語」四部作。第二次大戦下、アウシュヴィッツで両親をなくした姉妹が労働者の連帯でスウェーデン家庭に引き取られ、すくすくと成長するという素晴らしいビルドゥングスロマンでした。スウェーデンで映画化された、その作品も見ましたが、最後に流れるシューベルトの連弾の名曲に涙、という名作でした。
たまには、こういうコメントもお許しあれ。

うーむ、ついでだ。コメント欄はなんでもあり、と勝手に思って、ヨーロッパの音楽の話題を。
日本ではあまり知られていないピアニストで、私が心酔しているのが、Khatia Buniatishvili。
どの演奏も入魂で音楽的で自在。それどころか、ヘンデルのメヌエットという小曲を聴いたときに、楽譜をひっぱりだして彼女の演奏と照らし合わせてびっくり。軽いメヌエットの原曲を、少しの和音を足してテンポを落としただけで、全く違う表情の曲に作り替えていたのでした。アルゲリッチと一緒にバッハを弾いているのを、ギトリスがにこにこして聴いているのも見ましたが、戦い抜いてきた旧世代の人アルゲリッチの音がやや暗くて硬いのにくらべて、この新世代Buniatishviliの音は自由自在。しかも、彼女は断固として、「わたしは女として美しくありたい」と決心している。おそらく、やや太りやすい体質で、あのドレスを着るには日常でものすごい節制・鍛錬もしていると思います。で、反プーチンを表明しています。彼女の音の自由さを聴いていて連想したのは、ヴァイオリンのジネット・ヌヴー、飛行機事故で早世したフランスの天才ですが、1948年、大戦後の自由な雰囲気の中で伸び伸びと演奏されたブラームスのコンチェルト、天馬空を行くというそのものの演奏でした。

政治がどんなにひどい社会でも、こういう芸術家がいる、というのは、本当に希望で、ヨーロッパ、現在のドイツの激動などもありますが、それでもまだヨーロッパの「自由」に希望を持ちます。

ほぼアメリカ、せいぜいイギリスまでしか日本には入らない欧米の文化、どうか、こんなコメントを見て好奇心から、でかまわないので、もっと広く楽しんでもらえるといいのだが、と思いつつ。

上記コメントから続けて、音楽話に。でも、今回は本筋の「EU労働法政策」からもそう離れずに、「ヨーロッパ」話に回収いたします。
上記ピアニストが、故郷グルジア(今はジョージア、でしょうけれど、なんだかね、アメリカとヨーロッパは全く違うので、いまだに明らかにヨーロッパ的名称であったグルジアの方が好きです)の野外音楽フェスで、2018年かな、名指揮者ズービン・メータが率いる手兵イスラエル・フィルとシューマンのピアノ協奏曲を演奏する、そのメイキングが、いかにも「おおー、ヨーロッパ!」で、かつ、音楽ファンでなくとも楽しめるドキュメンタリーなので、ご紹介。
https://www.youtube.com/watch?v=daBYKmAAEqQ&t=45s
43分と少々長いですが、グルジア、トビリシ近郊の美しい風景から始まるドキュメンタリー、クラシックという堅苦しさがみじんもない練習風景、面白いですよ。御年90歳近いメータの若々しく、でもゆとりある指揮に、けれど、全く臆せずに疑問を呈する楽団員、「Zubin!Zubin!It’s very confusing!」ズービンは「Not for me.」とあっさり(12:00くらいのところ、このオーボイストさん、けっこうあちこちに出てきます、楽しそうに)、それから、ピアノとオケの合わせの難しいところを繰りかえしズービンとカーチャで練習、ほんとに「ダカダカダン!」と言うんですよ、ズービンは25:00くらいから、カーチャは32:00くらいから。そして、ステージ設営の場面では「ピアノに陽が当たる」と現場の人にズービンがいう、そんなあれこれで、指揮者、ピアニスト、楽団員、設営関係者、みながフラットで普通で楽しそう、ピアニストが家族や旧友と楽しむ情景もあちこちに。おおー、ヨーロッパ、であります。
なお、ご興味のある方はついでに、ウクライナ戦争についての、フランスのテレビ番組でのピアニストのインタビューもどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=SUEoqx8-bxA&t=39s

ヨーロッパの話が続きましたが、「あちらでは」一辺倒ではないつもり。若い頃は、ラジオやテレビでクラシックやポピュラーを楽しんでいた頃、邦人演奏家も素晴らしかった。好きな音楽家の放送があるときには、オープンリールのテープを用意して、「静かにして。」と録音しても、外の車の音が入ったりしましたが。集中して聴いていたその頃の忘れがたい演奏がいくつかあります。N響の番組だったかもと思いますが、園田高弘さんのベートーヴェン4番、端正で思索的で美しかった、豊増昇さんの5番、堂々たる豊かな演奏だったな、それから、サンソン・フランソワのリスト第一番、ピアノの鍵盤から金銀宝石が飛び散っているような華麗な演奏でした。でも、一番忘れがたいのが、レオ・シロタさん(ベアテ・シロタさんのお父様、園田・豊増氏らの師匠)のスタジオ録音だったと思うけれど、シューベルトの即興曲D.935-4、戦後の録音ではありましたが、戦時中、おそらくは筆舌に尽くしがたい思いをされた音楽家の静かな嘆き・望郷の詰まった、忘れがたい演奏でした。でも放送だけでなく、たまに良い演奏家が来ると親に頼んで行かせてもらった。一番、記憶に残っているのが、やはりピアノ、田中希代子さんの、ボーイッシュというような感じのきりっとした清潔な演奏でしたね。
今はクラシック演奏家のスタジオ録音の番組なんてないですね。NHKの音源や映像が残っているかどうかも疑問。音楽だけでなく、読書番組もなくなっていて、テレビはグルメ番組、旅行番組ばかり。町のお店も、スイーツと雑貨が席巻している、主食が足りなかったり、余ったりしているというのに。(ヨーロッパには、本屋・八百屋・靴屋がもっとある)経産省・農水省はこの状態を国の危機と認識しているでしょうか。
「ツィス」、私も昔、読みました!

週末なので、そうでなくとも正話休題、こりゃあかんわ、ひまし油飲んだな、みたいな、もとぶらり庵ですが、またまた、エンタメ系のお話。
早速見てきました、話題の「オデュッセイア」、IMAXで。うーん、これまでは、暗いし、わけわかんないし(インセプション)、「オッペンハイマー」も、もろメッセージ映画ってもとぶらり庵はあまり好きではないので、クリストファー・ノーランは避けてきましたが、今回は予告編を見た感じが、メッセージ映画っぽくなくて、かつ、物語性がきっちりある大作のようなので、期待して見に行って、大当たりでした。
いや、うまくできている。ほぼすべて実写とのことですが(海の渦巻きさえ、下でプロペラぶんぶんまわして作ったとか)、ものすごい手間をかけて作りこみ、けれど、作品そのものからは、いろいろなものをそぎ落としている。色味は全編ほぼ無彩色、音楽も打楽器は多用しているけれど、メロディーで盛り上げ系ではない、美しい女性たちもほぼノーメイク、衣装もシンプルきわまりない、エログロシーンは一切なし、戦闘場面は頻出ですがほぼ流血なし、という、ものすごく潔癖な映画なのに、立派に戦争映画で、三時間、息もつかせぬ、という展開もみごとでした。
ま、映画評はここまでにして、もとぶらり庵が感心したのは、この規模で、これだけ監督ノーランのコンセプトに集中した大作、のすごさ、ですね。スピルバーグとかもですが、これだけの規模、そしてこれだけの俳優を動かした大作、日本では考えられないような。
これって、各グループ・各層の役割分担がきちっと決まって、そのグループ・層ごとにまとまりがあり、そして総指揮者にそれを統括してゆく力量があり、というピラミッドが機能しているからだと思います。いかにも欧米風だなあという。まあ、構造はヨーロッパ型と思いますが、そこにアメリカの財力が加わると、この規模になるかと。「スキル」型社会の大作ですね。
そして、最後に、いや、やはり、直球のメッセージ映画でした。今回は、反戦と共に、女性の人権映画だったのであります。ペネロープ、カリュプソー、キルケー、ヘレン、どの女性も、気品と尊厳とそれなりの理由(キルケー)を持って生きている。でも、実は美しい、のはIMAXの方がわかるようです。アテナ、は、女神というよりも、静かに自問自答するオデュッセウスに寄り添う、というものでした。女性だけど、第二の自己、なのかなあ。
という、上記のメッセージ性が映画の作品としての質と両立しているところが、また見事な、と、映画も大好きなもとぶらり庵は感心した次第です。
※日本の映画は日本の映画で好きなのはあるのですが、まあ、機会があれば。

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