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2026年9月

2026年9月 8日 (火)

スウェーデンの労働組合はイーロン・マスクに敗れた!

Asahishinsho_20260908222101 一昨年刊行した拙著『賃金とは何か』の「おわりに」で、スウェーデンなど北欧諸国には最低賃金なんてものはないんだ、そんな国家権力で守ってもらうなんていう恥ずかしいことは拒否して、労働組合自らの力で勝ち取るんだ、それが北欧労働組合の誇りなんだ、と書いたことを覚えているでしょうか。

そしてその実例として、イーロン・マスク率いるテスラ社に対して、スウェーデンの労働組合が敢然と戦いを挑んでいるという話を書きました。

・・・その気概を示したのが、イーロン・マスク率いるテスラ社のスウェーデン工場で二〇二三年一一月、金属労組IFメタルが労働協約締結を拒否する同社に対して行ったストライキに、港湾労働者や郵便労働者などが同情スト(テスラ車だけ荷下ろし拒否、テスラ車のナンバープレートだけ配達拒否など)で協力したことです。この争議はまだ続いていますが、公共性とは国家権力への依存ではなく、産業横断的な連帯にあるという北欧労働者の心意気が示された事件です。・・・

このストライキ、なんと今年の8月19日まで1027日間も続きました。スウェーデン労使関係史上最長のストライキです。そして、勝ったのは・・・・・・・

テスラでした。弱弱しい労働組合を国家権力がわざわざしゃしゃり出て守ってくれる不当労働行為制度などという甘ったれた仕組みは断固拒否する誇り高いスウェーデンの労働組合は自らのあらゆる力を振り絞って戦ったのですが、テスラ社は機密保持条項付きの退職金付きで労働者を切り崩し、ついにストライキは成果を生むことなく中止に至ったようです。

ソーシャル・ヨーロッパが報じています。

https://www.socialeurope.eu/tesla-outlasted-the-worlds-strongest-union-movement

The historic Tesla strike ended on 19 August, after 1,027 days. On 27 October 2023, some 40 mechanics walked out of 10 workshops across Sweden. Nearly three years later, their union, IF Metall, has not achieved its goal: a collective agreement with Tesla’s Swedish subsidiary, TM Sweden.

The strike became the longest Swedish labour dispute in the past century and is the only strike ever called against Tesla anywhere in the world.

 

 

 

日本の管理職の構造@HRサミットオンライン2026

HRサミットオンライン2026で、わたくしは「日本の管理職の構造」について講演いたします。

https://www.hrpro.co.jp/event/session/event_session.php?smcd=89&scd=5422

常に「日本型雇用システム」の重要なアクターであり続けてきた管理職。
終戦直後は労働運動の先頭に立って経営者を追及し、
半世紀前には人員過剰・ポスト不足から企業の悩みの種ともなった。
さらに、名ばかり管理職、ホワイトカラーエグゼンプションの問題を経て今日、
働き方改革から取り残され、部下の仕事まで背負い込み、その言動がパワハラとされることに恐れおののいている。
戦後日本社会の変遷から浮かび上がる本質的課題を描き出す。

 

 

育成就労制度施行半年前になお残された課題@WEB労政時報

WEB労政時報に「育成就労制度施行半年前になお残された課題」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/91378

 今年2月24日付の本欄で「技能実習制度から育成就労制度へ」を書き、2024年改正出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)で導入された育成就労制度の経緯と概要について紹介しましたが、その時に書き切れなかったこの制度の問題点、あるいはむしろ日本の外国人労働政策になお残された課題について、幾つか述べておきたいと思います。・・・・・・

 

2026年9月 7日 (月)

時間外労働規制とは何か@『道路建設』2026年9月号

Qqq 『道路建設』2026年9月号が「働き方改革」を特集しておりまして、そこにわたくしが「時間外労働規制とは何か」を寄稿しております。

中身はごく普通の解説です。

 

 

筒井美紀『生きるための労働教育』

9784787726049 筒井美紀『生きるための労働教育 道徳と新自由主義を原理とするキャリア教育の諸問題』(新泉社)をお送りいただきました。

https://www.shinsensha.com/books/8666/

日本のキャリア教育の問題とは何か? それはやりがい意識や勤労観だけを育むという労働の道徳化を推進し、経済社会の不平等や不公正や不正義を感じ取る力を養わないこと、これらに立ち向かうための方法を教えないこと、である。
日本では、人権教育が道徳教育と混同されているように、主流派のキャリア教育も勤労観と人間関係能力と職業スキルを高めることばかりに力点が置かれ、私たちにとって本当に必要な労働法、労働組合といった人権を実現する社会制度については寡黙である。それだけでなく、新自由主義的経済政策にどっぷりと加担してきた。だから、中学校から主流派のキャリア教育を受けてきた若者たちは、労働組合に疎隔感や反感を抱く一方で、賃金の不払いやパワハラ、セクハラにあっても我慢し、果ては「過労死」するまで働いてしまうのである。
労働は権利である。そのために労働者を護るための法律がある。ではどうすれば、みんなが安心して働ける社会を創ることができるのか。一緒に考えるための労働教育のあり方を考察する。

文部科学省主導の「キャリア教育」を、勤労道徳と市場主義に満ちたものとして批判し、それに代わってあるべき「労働教育」を訴える、というのが大筋ですが、そもそもキャリア教育の元になったキャリア発達心理学とは、みたいなところから順々に説き起こしておきます。

私個人についていうと、第7章の「なかなか広がらない労働教育の授業」で紹介されている厚生労働省の「今後の労働関係法制度を巡る教育の在り方に関する研究会」の立ち上げの段階で若干関わったこともあり、その後労働教育がなかなか広がらない姿に対するいらだたしい感覚はよく分ります。

序章
第1節 根本的問題は何か
第2節 本書の目的
第3節 経済社会に関する二つの問い
第4節 カギは労働教育:三つの理由
第5節 エシカルな問いを問う:創造に向けて
第6節 本書の構成
第7節 用語についての補足

第1章 「社会」「働くこと」「自己」というビッグワード/マジックワード
─込められた意味に注意を払う
第1節 本章の目的
第2節 「社会」に関する二つの問い
第3節 「働くこと」「職業」「仕事」「勤労」「労働」
第4節 「自己」「人間」「市民」「個人」
第5節 本章の結論

第2章 資本制社会の拡大と「労働者の権利」の発明と展開
─「権利は闘い取るもの」の意味
第1節 本章の目的
第2節 人権の発明と発展の概略史
第3節 資本制社会(産業化社会)の歴史展開─アメリカを対象に
第4節 本章の結論

第3章 スーパーがうち立てたキャリア発達心理学
─機能主義理論への依拠
第1節 本章の目的
第2節 スーパーのプロフィールと彼が揺さぶられた社会状況
第3節 キャリアガイダンスとキャリア発達心理学との関係
第4節 機能主義理論の社会像・人間像
第5節 スーパーのキャリア発達心理学の元─ビューラーの心理学的生活段階論
第6節 スーパーの労働の捉え方─アメリカ的理念の実現との関係
第7節 本章の結論

第4章 キャリア教育政策の展開
─生徒や学生の苦しい状況から出発してきたか
第1節 本章の目的
第2節 キャリア教育政策の歴史
第3節 主流派のキャリア教育の政治経済的背景と教育批判・教育改革の論理
第4節 キャリア教育政策と学校現場の関係
第5節 生徒や学生のおかれた苦しい状況
第6節 本章の結論

第5章 キャリア教育が言及していないこと
─批判理論の視点で迫る
第1節 本章の目的
第2節 批判理論とキャリア教育の分類
第3節 「ゆたかな社会」の反転にどう言及するか
第4節 労働者の権利行使と労働組合の役割
第5節 本章の結論

第6章 識者によるキャリア教育の代替カリキュラムの検討
─労働教育と呼ぼう
第1節 本章の目的
第2節 識者の代替カリキュラムの検討
第3節 文部科学省(2004)の「枠組み(例)」─いわゆる「4領域8能力」
第4節 本章の結論

第7章 なかなか広がらない労働教育の授業
─実態をつかむ7つの視点と政策動向
第1節 本章の目的
第2節 労働教育授業の実態─「出前授業」を含めて
第3節 労働教育推進の動向
第4節 本章のまとめ

第8章 労働教育に取り組む授業
─国内の事例と海外の事例
第1節 本章の目的
第2節 東京都立一橋高校定時制における現代社会の授業
第3節 神奈川県立追浜高校定時制における現代国語の授業
第4節 関西圏の公立A高校におけるロングホームルームでの出前授業
第5節 ニュージーランドのYWRCが出前授業で使っているワークブック
第6節 本章の結論

第9章 労働教育はアンペイドワーク(無償労働)も取り上げよう
─フェミニスト経済学の視点
第1節 本章の目的
第2節 アンペイドワークを凝視するフェミニスト経済学
第3節 アンペイドワークに関する学習─生徒が感じる居心地の悪さ
第4節 アンペイドワークの取り上げ方─久木田(2024)を事例に
第5節 本章の結論

第10章 労働教育は交換的正義の新たな展開も取り上げよう
─「抵抗」だけでなく創造も
第1節 本章の目的
第2節 「ビジネスと人権」
第3節 労働基準(労働規範)
第4節 本章の結論

終章
第1節 本書の内容のふり返り
第2節 学校現場では何を?
第3節 外国に繫がる生徒と労働教育という希望

あとがき
参考URL
参考文献・引用文献
索引 

ちなみに、言わずもがなですが、今の日本の教育現場では、「人権」という言葉はほぼ100%「思いやり」という意味でしか教え込まれていないので、ちゃんと「自分の権利」という概念を教えていかないといけないのではないかと思います。

 

2026年9月 6日 (日)

賀来才二郎について

203728 昨日紹介した仁田道夫『労使関係からみる戦後という時代』(日本評論社)の「列伝」中、もう一人取り上げておきたい人物がいます。昨日のエントリでもちらりと書きましたが、1947年労働省創設とともに初代労政局長に就任し、5年間の在職中に1949年と1952年の労働組合法改正を労政局長として担当した賀来才二郎です。

この人が面白いのは、その下で法改正を担当した松崎芳伸労働法規課長が、本書でも書かれておるように二度もクビになるといった波瀾万丈の人生とは言いながら、東京帝大法学部を卒業して内務省に入るというオーソドックスなコースをたどっており、それは中西実や富樫総一といった他の労働行政官たちも同じようなものであるのに、賀来才二郎はこの時代でなければ絶対にこのポストに座ることがなかったような人だからです。

彼は旧制三高から京都帝国大学文学部哲学科に入り、西田幾多郎教授から大学教授になれと言われたけれども、神戸市役所の社会課に書記として就職し、職業紹介所の御用聞きの仕事から始めています。その後秋田県社会事業主事、福岡県で内務省労務官となり、工場の労務統制の仕事をしていたら、終戦直後、新設の中央労働委員会の幹事に引っ張られたという経歴です。

これは、戦前の労働争議調停法時代に調停をしていたのは警視庁や府県警察部の警察官吏であり、特高警察はだめという占領軍の基準から、戦前労使関係に携わっていたのはつけられないからだったようですが、その意味では戦前と戦後は切れているのですね。

創設当時の中労委の梁山泊ぶりは、仁田著の「列伝」のあれこれに活写されていますが、そこで賀来は実質的な事務局トップとして、末弘厳太郎中労委会長とともに争議調整に駆けずり回り、2・1ストの裏側でも活躍しています。

仁田著では賀来の話は中労委時代までですが、その後1947年9月に厚生省から労働省が分離独立する際に、初代労政局長に就任し、上述のように労働組合法の大改正を局長として担当します。そして、これもまたその後の例に反して、労政局長で退官し、事務次官にはなりませんでした。

ちなみに、賀来の著書『ふていのやから』の巻頭に、彼がILO総会で演説しているときの写真が載っています。

Gghh

また、後年『昭和経済史への証言』(下)(1966年、毎日新聞社) でこの頃のことを回想していますが、そこに退官後10年以上経った賀来の近影が載っています。

Gggg


2026年9月 5日 (土)

仁田道夫『労使関係からみる戦後という時代』

09773 仁田道夫『労使関係からみる戦後という時代』(日本評論社)をお送りいただきました。今どき珍しい(戦前もちょっと入った)戦後日本労使関係史の大冊です。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/9773.html

大小様々な戦後労働運動の実相をつぶさに描写する。歴史のはざまに揺れ動いた人びとに光をあて、記憶にとどめる労使関係史の新たな形。

目次は下にコピーしますが、大きく第1部の「戦後という時代の労使関係史をたどる」と第Ⅱ部の「列伝」にわかれ、司馬遷の史記のごとく、通史プラス事件史の「本紀」と労使関係に関わる人物伝の「列伝」からなる史書のスタイルとなっています。

両者はもちろん絡み合っており、例えば、第Ⅰ部第3章第5節の「「外組」の旗を掲げて——生命保険営業職員労働運動の出発」と、第Ⅱ部第3章第3節の「小林中」の「3 富国生命外務従業員組合役員解雇をめぐる労使紛争」とが響き合っています。

1214_21 ちなみに、この生保営業職員の話は、ちょうど先日読んだばかりの金井郁・申琪榮『「生保レディ」の現代史 保険大国の形成とジェンダー』(名古屋大学出版会)のテーマとも響き合っています。こちらも面白いのでどうぞ。

https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-1214-0.html

さて、労使関係がすっかり人気がなくなり、まともな労使関係の歴史の本がほとんどなくなった現在、第1部の通史や事件史もとても貴重ではありますが、やはり本書の真骨頂、これぞ仁田先生の仁田節全開というべきは第Ⅱ部の列伝でしょう。

この人選が何とも渋い。おそらく、労働関係者でも、ここに出てくる計31人のうち、半分でも知っていれば上等ではないでしょうか。

労働運動家たち13人のうち、誰でも知ってるのはたぶん高野実くらいでしょう。滝田実や太田薫はいろんなところに顔を出すけれども、一節を充てて論じられてはいません。でも、そういう無名の労働運動家たちの活動の上に戦後労使関係が築かれていったということがわかります。

ちなみに、その労働運動家の中に、誰でも名前を知っているけれども、労働運動家としては全く認識されていないある女優の名前があります。第Ⅱ部第1章第6節「水の江瀧子と飛鳥明子」の水の江瀧子です。実は彼女は戦前松竹でストライキを先導してるんですね、

この松竹の「桃色争議」については、ちょうどNHKの朝の連続テレビ小説で「ブギウギ」をやっていたころに、本ブログでも取り上げたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2023/10/post-120fc7.html

朝の連続テレビ小説「ブギウギ」は、いよいよ桃色争議が佳境に入っていくようですが、そういえば2年前に紹介した『日本人の働き方100年 定点観測者としての通信社』に、この桃色争議の写真があったのではないかと思い出しました。

テレビでは「梅丸少女歌劇団」となっていますが、もちろんこれは現実に存在した松竹少女歌劇団のことです。この少女たちが、1933年(昭和8年)に起こしたのが、有名な桃色争議です。

『日本人の働き方100年 定点観測者としての通信社』に載っているこの写真は、東京の水ノ江滝子を中心とする争議団で、大阪の三笠静子(テレビでは福来スズ子)らが参加したものではありませんが、でも当時の争議の雰囲気が良く伝わってきます。

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経営者たちも、前田一とか森田良雄とか実に興味深い人を取り上げてくるし、行政関係者でも松崎芳伸とか賀来才二郎とか、ほんとに興味をそそられる。実は、『労働法政策』を書くときに、賀来才二郎の『ふていのやから』を読んで、京大哲学科を出て神戸市役所でハロワ業務をやってた人が中労委事務局に入り込み、労政局長として1949年改正と1952年改正に携わるという、おそらく戦前にも戦後にもありえないような疾風怒濤時代ならではのキャリアに感心したことを思い出しました。

20240111131312908206_6b5b6f0c84a354a638e 最後の源氏鶏太がなぜ出てくるのか?今やこれも絶滅危惧種のサラリーマン小説の始祖たる源氏鶏太の出世作『三等重役』こそが、戦後日本のサラリーマンの出世の先の存在としての経営者が支配する戦後日本型コーポレートガバナンスをその出発点において描き出したものだからなんですね。

実は、かつて海老原嗣生さんの雑誌『HRmics』に連載していた「原典回帰」の、『働き方改革の世界史』にまとめた後に第36号に寄稿した「経済同友会企業民主化研究会編『企業民主化試案』」において、この源氏鶏太の『三等重役』をちょびっと引いたところがありました。

https://hamachan.on.coocan.jp/hrmics36.html

1 労働攻勢の中の三等重役たち
 さて、その新装開店の第1回目に取り上げるのは、終戦直後の1947年に刊行された経済同友会企業民主化研究会編『企業民主化試案』です。経済同友会という団体は今日も存在しており、経団連とは一味違った立場からいろいろと提言活動を行っていますが、もともとは、終戦直後の激動の中で、若手経営者たちの自発的な集まりとして出発した団体です。その背景事情からみていきましょう。
 敗戦とともに労働運動は解放、助成され、労働組合は燎原の火のように広がりました。しかしながら、その労働組合は産業別でもなければ職業別でもなく、企業ごとにホワイトカラー職員とブルーカラー労働者を包含した組織として誕生したのです。これらの特性は戦時中の産業報国会が持っていたものでした。戦後の企業別組合は、いわば産業報国会の主導権を労働運動が握る形で形成されたと言えます。
 この頃、労働争議戦術として生産管理闘争が注目されました。生産管理とは、労働組合が経営者に代わって生産を再開し、自主的に生産業務を管理するものです。思想的には戦前の自主的工場委員会に連なるものと言えますが、背景としては企業が生産サボタージュを行っているため、ストライキが有効な争議戦術とならなかったことがあります。経営者に代わって労働組合が戦後の生産復興に当たるのだという誇りもあったようです。なによりも、ごく少数の経営幹部を除き、経営実務に当たってきたホワイトカラー職員がこぞって労働組合に参加したため、生産管理が現実に可能となったことが重要でしょう。その意味で、これは過激な形態の経営参加の試みであったとも言えます。
 一方、恒常的な経営参加のメカニズムとして、多くの労働組合は労働協約により経営協議会を設立し、労働条件のみならず、人事、経理や経営方針まで協議の対象としていきました。1946年には政府の諮問により中労委が「経営協議会指針」を答申し、労働組合の半数近くが経営協議会を設置していました。
 これに対し、労働運動に肩入れしていたGHQは、戦争に協力してきた経営者には大変厳しい姿勢で、財閥解体で大企業を分割したうえに、財界人の公職追放で経営陣の相当数をその職からパージしたのです。その結果、どの会社でも社長以下重役連は追放され、代わって上級管理職、場合によっては中級管理職だったようなホワイトカラー職員たちが、空いた重役ポストにはめ込まれたのです。彼らを人呼んで三等重役と言いました。ちなみに、源氏鶏太のその名も『三等重役』(新潮文庫)という小説では、社長が公職追放されたため総務部長から社長になってしまった主人公の桑原が浦島人事課長とともに社内の事件を解決していきますが、似たような状況は当時の日本のあちこちに見られたのでしょう。
 まさにそういう三等重役たちが結成したのが、話は戻りますが経済同友会だったのです。その設立趣意書では、自分たちを「中堅経済人」と称しています。戦前来の資本家たる経営者とは異なり、経営管理という技能でもって企業に貢献する大学卒のホワイトカラー職員という自己イメージを持った人々が、敗戦という社会の激変の中で経営者という立場に置かれたときに、彼らがどういうイデオロギーを発信することになったのか、それが今回紹介するこの本を理解するうえで不可欠な歴史認識です。
 この敗戦直後の時期は、激しく対立しぶつかり合っている労働組合と経営側の両方ともにおいて、(ブルーカラー労働者と資本家という)戦前来の主力選手がやや後方に退き、どちらもホワイトカラー職員がその知識と能力を振り絞って活躍していた時代だったのです。・・・・・
 
6 企業民主化試案は戦後日本社会の設計図か?
 ここまで『企業民主化試案』と題された70年以上も前の本の中身を紹介してきました。前述したように、そのあまりの急進さゆえに、経済同友会の名で刊行することもできず、あくまで大塚万丈を始めとする経済同友会企業民主化研究会の意見として出すしかなかったものですし、大塚自身がその直後の1950年に死去したこともあり、その後はほとんど忘れ去られ、議論にのぼせられることもなく推移してきました。もし連綿と切れ間なく読み継がれてきた本を古典と呼ぶのであれば、本書はいかなる意味でも古典の名に値しません。大きな図書館の閉架書庫の奥の、誰もそこまで入ってこないような埃だらけの一角にひっそりと眠っている膨大なロングテールの一冊に過ぎません。
 しかしながら、刊行物としては長らく忘れられてきたものであっても、そこに書かれた思想という観点で見れば、ある意味で戦後日本社会の根本思想を打ち立てたものということもできるかもしれません。いや、本書が提起した法律面における会社のあり方については、明治時代に作られた民法や商法の基本構造は何ら変わりませんでした。戦後75年間、会社とはそのメンバーである株主の所有物であり、経営者とは株主の代理人として利潤の最大化に挺身すべきものであり、労働者とは会社の外部の第三者であって、雇用契約によって労働を提供し報酬を受け取る債権債務関係にあるに過ぎません。累次の労働法もこの基本構造を何ら変えるものでないということは、拙著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)で口が酸っぱくなるほど説明したところです。
 でも、私が同書でなぜ口が酸っぱくなるほどそれを説明しなければならなかったのかといえば、世の中の圧倒的に多くの人々が、そういう実定法の建前を全く認識せず、労働者こそが会社のメンバーであり(私のいう「メンバーシップ型」)、株主こそ会社にとって外部の第三者だと思い込んでいたからでした。そう。『経営民主化試案』という本は忘れられても、そのイデオロギーはすべての日本人の頭の中を支配するミームとなったのです。
 会社法上は戦後一貫して株主総会こそが会社の最高意思決定機関でしたが、現実の日本社会においては、株主総会というのは余計な文句を言わせずにしゃんしゃんで済ませるべきものであり、そのためには総会屋という私的暴力装置を使ってうるさい株主を黙らせることが暗黙の規範となっていました。一方で、何ら法律上の根拠規定のないまま、労働者は「企業における主体としての地位を占めるに至」ります。株主には常に保障される基本配当などない一方で、労働者には利潤分配的性格のボーナスが拡大していきます。こういう姿を見て、1987年に経営学者の伊丹敬之が唱えたのが「人本主義企業」という概念でしたが、そのミームは実は終戦直後の大塚万丈に淵源していたのです。
 そして、前項で見た労働組合の位置づけこそが、大塚構想に近い形で企業のインサイダーになってしまった日本の企業別組合の置かれた苦衷を予言するものになっていることも見逃せません。現実の企業が資本家の支配するものであり、労働者の利益を重視しないものである限り、猛烈な闘争を繰り広げていた労働組合も、その企業が株主なんかよりも労働者の利益を重視するようになると、振り上げた拳の落としどころを失います。そう、理屈の上では逃げの議論に過ぎなかったとはいえ、「よくよくの場合でない限り、罷業権の行使迄には至らないであらう」とはその後の日本社会の姿そのものであり、憲法や労働組合法に労働争議の権利が明記されていても、それは「罷業権を認むるといふことも一応最後の安全弁を残して置くといふ趣旨のものに過ぎない」ものとなっているのです。
 ここまで見てくると、『企業民主化試案』こそ戦後日本社会の設計図であったといえるのではないでしょうか。   
というわけで、あまりにも膨大な本書のうちのごく一部しか紹介できませんが、今どきこんな600ページを超える労使関係史の大冊をじっくり読める機会はほとんどないでしょうから、是非興味を持ったところからでも読むことをお勧めします。

第Ⅰ部 戦後という時代の労使関係史をたどる

第1章 戦後の始まり

 第1節 改革と希望
 第2節 鉄鋼業における単位労働組合の成立
       ——戦前運動経験との関り


第2章 戦前の経験をふりかえる

 第1節 戦前期における労働運動の形成
 第2節 団体交渉権を求める——1921年の闘い
 第3節 ILO創設と労使の対応
 第4節 京浜小唄と『鶴鉄労働運動史』


第3章 戦後直後期——改革と動乱の中で

 第1節 「完全雇用」を求める――1946年の海員争議
 第2節 戦後直後期における労働運動の形成と展開
 第3節 中労委争議調整史談
 第4節 日本共産党が揺れうごく——団体交渉権をめぐって
 第5節 「外組」の旗を掲げて
       ——生命保険営業職員労働運動の出発


第4章 占領政策の転換

 第1節 占領政策転換と戦後直後型労働運動の解体
 第2節 昭和24年労組法改正過程
 第3節 昭和24年労組法改正と協約交渉
       ——日本油脂の事例


第5章 1950年代——模索とその帰結

 第1節 労働運動の再生と定着——1950年代の労働運動
 第2節 総評労働運動の旗手・炭労の光と影
 第3節 近江絹糸争議と争議調停
 第4節 生産性向上運動と中山伊知郎
 第5節 三池争議異聞
 第6節 職人の組織化


第Ⅱ部 列伝

第1章 戦前派労働運動家たち

 第1節 高野実
 第2節 辻井民之助
 第3節 井堀繁雄
 第4節 鶴五三
 第5節 津脇喜代男
 第6節 水の江瀧子と飛鳥明子


第2章 戦後派労働運動家たち

 第1節 原田鼎と磯田一吉
 第2節 蔀充
 第3節 桂あや子
 第4節 馬場大静
 第5節 森勝治


第3章 経営者たち

 第1節 前田一
 第2節 森田良雄
 第3節 小林中
 第4節 櫻田武


第4章 労働省と中労委事務局

 第1節 冨樫総一
 第2節 松崎芳伸
 第3節 賀来才二郎
 第4節 馬淵威雄
 第5節 中島徹三
 第6節 林田丁介
 第7節 北村久寿雄
 第8節 花井寔
 第9節 庵谷磐
 第10節 林芳郎
 第11節 渡会春枝


第5章 学者と小説家

 第1節 末弘厳太郎
 第2節 氏原正治郎
 第3節 源氏鶏太

 

 

 

2026年9月 4日 (金)

時間外休日労働削減の一律指導の見直し

去る8月19日に、厚生労働省が時間外休日労働について、1か月45時間以内への削減を求める一律の指導を見直すと発表したことについて、メディア上で批判が続いています。

時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します

(社説)残業指導見直し 長時間労働 是正に逆行

連合も、翌日の記者会見で批判しています。

記者会見 2026年8月20日

ただね、労働組合は他人事みたいに批判して済ませられないんじゃないかという気もします。

釈迦に説法ですが、時間外休日労働協定を締結するのは過半数組合又は過半数代表者です。

労働組合じゃない過半数代表者の場合、その時に協定を結んで労基署に提出するだけで、そのあと特別条項に基づいて月45時間を超えるような長時間労働が本当に特別の例外的な状況でのみ行われることを担保するような権限がそもそもありません。協定と言いながら、締結当事者の一方にそれを守らせるような能力がそもそも法律上存在しないのですから、その代わりに労基署がややパターナリズム的にしゃしゃり出て、原則はここまでなんだから、と一律の指導をするのにも、それなりの理由があったのだと思います。

もちろん、使用者側から見れば法律上許されていることに四の五の文句をつけてきてうざいというのはよく理解できますが、とはいえ、恒常的に社内の時間外休日労働を見張ることができるはずの労働組合が存在せず、必要な時に協定にサインさせたらそれで好きにできるようなところには、原則と例外ということを外側から思い出させる仕組みが必要であるのも確かでしょう。

この問題は、労使協定を締結した瞬間に御用済みになってしまい、その協定の趣旨をちゃんと見張り続けることができない労働組合ではない過半数代表者という存在の問題点を露わにする問題でもあり、そこから従業員代表制の議論につながっていく話でもあるんですが、それはひとまず置いておいて。

で、問題は、自ら結んだ労使協定を、組織的に恒常的に見張り続けることができ、その趣旨に反した会社の運用に対してちゃんと文句をつけることができるはずの労働組合が、今回の一律指導をやめる話に対してあんまり人ごとみたいな批判をするのは、いかがなものか、いやそれをやるべきは、まずは労働組合でしょ、という話にならないの?ということなんですね。

なんだかそういう観点からの論評が見当たらないのは、そもそも労働組合がそんなことをやるなんて期待されていないからなのか、いずれにしても、なんだか割り切れない感が残ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年9月 2日 (水)

労働者供給事業実施組合 116組合@『労務事情』9月1日号

F21fb4dacaf140299cc382bea368e9a4 『労務事情』9月1日号に「労働者供給事業実施組合 116組合」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10203639.html

◎数字から読む 日本の雇用 濱口桂一郎
 第49回 労働者供給事業実施組合 116組合

 

2026年9月 1日 (火)

『スキルとデキル』(角川新書)が届きました

奥付の発行日は9月10日ですが、既に刷り上がった拙著『スキルとデキル 「能力」から見る近現代労働史』(角川新書)が届きました。

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日本に蔓延する、デキル(潜在能力)重視の淵源

日本において近代的なスキル重視の発想がなかなか根付かず、
デキル重視の思想が依然として根強いのはなぜか。
“ジョブに対応したスキル”を唱導する政策がうまくいかないのはなぜか。
徒弟制から、技能者養成、公共職業訓練、企業内教育訓練、OJT、そしてリ・スキリング……
労働政策研究の第一人者が「能力」の歴史をたどり、日本に蔓延するデキル重視の淵源を探る。

はじめに

第1章 産業革命期の職業教育訓練――徒弟制から技能者養成へ
 1 徒弟制の展開
 2 徒弟制の法規制
 3 実業教育の展開
 4 技能者養成の展開
 5 職業補導の始まり
第2章 戦時・改革期の職業教育訓練――企業で技能者を養成せよ!
 1 技能者養成の法規制
 2 職業補導の展開
 3 実業教育から職業教育へ
 4 技能評価制度
第3章 近代主義の時代の職業教育訓練――技能は今や国政課題に
 1 職業訓練法による統一
 2 企業内技能教育訓練体制の確立
 3 職業教育の展開
 4 国政課題としての職業教育訓練
第4章 企業主義の時代の職業教育訓練――技能よりも「能力」が大事!
 1 政策の大転換
 2 企業中心の職業能力開発政策
 3 公共職業訓練と技能検定
 4 職業教育の低迷
第5章 市場主義の時代の職業教育訓練――自己啓発からリ・スキリングへ
 1 政策の再転換
 2 「自己啓発」の時代
 3 職業教育の復活
 4 公共職業訓練の諸相
 5 キャリア形成支援と教育訓練助成金
 6 職業能力評価制度の紆余曲折
 7 今さらながらのリ・スキリング
補 章 諸外国の職業教育訓練
 1 イギリス――ギルド徒弟制から現代徒弟制へ
 2 フランス――企業研修の光と影
 3 ドイツ――世界に冠たるデュアルシステム
 4 アメリカ――コミュニティカレッジとプロフェッショナルスクール
終 章 日本社会を支配する「能力」概念

おわりに

ちなみに、多分この本、新書で読める近代日本職業教育訓練史としては、恐らく唯一ではないかと思います。そういう読み方をしてくれる方がどれだけいらっしゃるかは分りませんが。

 

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