遠藤正敬『戸籍の日本史』@『労働新聞』書評
月イチの『労働新聞』書評、今回は遠藤正敬『戸籍の日本史』(集英社インターナショナル新書)です。
https://www.rodo.co.jp/column/224749/
去る7月17日に皇室典範が改正され、旧宮家の民間人が皇族の養子になることができることとされた。そうなるとその人は戸籍を失うことになる。天皇や皇族に戸籍はないからだ。とはいえ彼らは無戸籍者ではなく、皇統譜に記録される。我われ一般国民にとって、戸籍とはパスポートを作るときや婚姻届を出すときにかかわる程度だが、現住所とは関係がない。本籍を東京都千代田区千代田一番(皇居)にする人も多いそうだ。この戸籍とは一体何者なのか?歴史を遡り、あらゆる分野を駆け巡って戸籍の謎を解き明かすのが本書だ。戸籍は国籍の証明である。血統主義を採る日本では、両親のいずれかが日本人であれば日本人となる。日本人同士が結婚すると、新しい夫婦の戸籍が作られるが、国際結婚の場合は、日本人配偶者の新たな戸籍が作られるだけで、外国人と同じ夫婦の戸籍が作られるわけではない。かつて戸籍は「家」の証明であった。民法を起草した富井政章は「家ハ戸籍ノコトヲ云フ」と述べている。「家」は複数の夫婦を含む大家族であり、戸主はその意向に従わない家族を「離籍」させる権力を有していた。戸籍は徴兵の手段でもあった。しかし、「家」を重視する明治政府が戸主を徴兵の対象から外したため、他家の養子となったり分家をして戸主になる者が相次いだ。立憲政友会の総裁となる鈴木喜三郎も徴兵逃れのために檀那寺の和尚と養子縁組したという。また、北海道では徴兵が行われていなかったため、夏目漱石も本籍を北海道に移して徴兵を逃れている。そういうわけで、実際の居住実態を調べるために1920年に国勢調査が始まった。それでも戸籍に載ろうとせず、各地を転々と流浪するサンカと呼ばれる人々がいた。1872年に近代最初の戸籍として編製された壬申戸籍には、華族、士族、平民等々の身分や前科も記載されていた。被差別部落民は「新平民」と記載され、これがその後さまざまな差別の手段として用いられることになる。かつては戸籍は公開制であり、誰でも謄本、抄本を入手できたのだ。また、婚外子や庶子も明示されており、プライバシーは筒抜けであった。北海道や琉球は内地として戸籍が作成されたが、台湾と朝鮮では扱いが異なった。日本国民でありながら、日本人とは異なる戸籍制度が適用されたのである。その矛盾が露呈したのが終戦後の外国人登録令で、内地戸籍か外地戸籍かによって日本人と外国人の線引きが行われた。そのため、朝鮮人と結婚して朝鮮戸籍に入った内地人女性は日本国籍を否定されることとなったのである。『犬神家の一族』や『サザエさん』もフルに駆使して、日本独特の戸籍制度の問題点を摘出する本書の著者は、アニメやコンカフェ、地下アイドルをこよなく愛する自称「さすらいの非常勤講師」だそうだ。碌な業績のない教授が居並ぶ一方で、こういう有能な研究者が定職に就けない矛盾を感じさせる一冊でもある。
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戸籍の馬鹿馬鹿しさは私も体験しております。
自分の生まれた時の本籍地が気になったので原戸籍を取ってみたら、何と住んだこともない南関東地方の某県の県庁所在地の某市のとある地名が本籍地だったのでした(^^;
どうも父が大学に父の兄である伯父の家に下宿していた時の住所地を本籍地にしていたため、私が生まれた時にそこが本籍地になってしまったらしい(^^;
ついでに言えば私は20代後半で実家を出て一人暮らしを始めてしばらくしてから分籍手続きをしましたが、あっさりと終わったのでちょっと拍子抜けしました。
お陰様で以後戸籍でさほど苦労することなく過ごしております(^-^)
投稿: balthazar | 2026年8月27日 (木) 21時57分