いわゆる同一労働同一賃金指針の改定@『労基旬報』2026年8月25日
『労基旬報』2026年8月25日に「いわゆる同一労働同一賃金指針の改定」を寄稿しました。
去る4月28日に、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針の一部を改正する件」(令和8年厚生労働省告示第203号)が公布され、来る10月1日から適用されることになっています。これは、政府自ら「同一労働同一賃金」といういささかミスリーディングな名称で呼んでいるものですが、その実態はいうまでもなく短時間・有期労働者及び派遣労働者への不合理な待遇の禁止、かつての言い方で言えば「均衡処遇」のガイドラインであり、その改定版です。元のガイドラインができあがる経緯については、今まで著書や論文で繰り返し述べてきましたのでここでは省略しますが、今回の改定は、2018年の働き方改革関連法の附則第12条第3項に、法施行後5年を目途として「改正後の各法律の施行の状況等を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、 その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」と書かれていることに基づいて、2025年2月5日から労働政策審議会職業安定分科会・雇用環境・均等分科会同一労働同一賃金部会で審議され、同年12月25日に取りまとめられた報告に基づいて行われたものです。なお同日付けで、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行規則及び短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(令和8年厚生労働省令第87号)と「事業主が講ずべき短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針の一部を改正する件」(令和8年厚生労働省告示第202号)も公布されています。これらも同報告にもとづくものです。以下ではその内容のうち法政策上重要なものについて概観していきます。同報告には、労使間で意見が一致せず、結果的に実現しなかった項目がいくつか書かれています。そのうちいわゆる立証責任については、労働側委員が、待遇の相違を設ける使用者に相違の合理性の立証責任を課すことを法律上明確にする法改正を行うべきと主張しましたが、使用者側委員は、不合理性の立証責任は欧州の使用国と異なる日本企業の賃金制度を踏まえた仕組みであると主張し、結論としては、法的枠組を変更せず、説明義務の改善や、労使コミュニケーションの促進等を通じて、正規非正規間の不合理な待遇差の更なる是正を図ることとされました。これを受けて、上記省令改正により、パート・有期法及び派遣法に基づく雇入れ時の労働条件明示事項に、待遇の相違の内容及び理由について事業主に説明を求めることができる旨がそれぞれの法の施行規則に追加されました。さらに、雇用管理改善指針に、説明の求めがない場合であっても、労働契約の更新時等に、待遇の相違の内容と理由について容易に理解できる資料を交付するなどの対応が望ましいと書き込まれました。これも、労働側が法改正を求めていた事項ですが、部分的に指針で対応されたものです。今回の改定のうち、労働法政策の広い分野に関わって重要なのは、短時間・有期労働者の過半数代表者に係る規定が雇用管理改善指針に書き込まれたことです。これまでの同指針には、不利益取扱いの禁止の項に、短時間・有期労働者が過半数代表者であること、なろうとしたこと、正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないことが書かれていただけですが、改定雇用管理改善指針では、「第三 事業主が講ずべき短時間・有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する措置等」に「一 短時間・有期雇用労働者の過半数を代表する者」を新設し、労基則第6条の2第1項の管理監督者でないことと投票・挙手等の方法で選出された者であって使用者の意向に基づき選出された者でないことが明記されるとともに、同条第4項の必要な配慮について、労基法の過半数代表では通達に書かれているような具体的なこと(労働者の意見集約等を行うに当たって必要となる事務スペースや事務機器の提供(イントラネットや社内メールを含む))まで指針に書き込んでいます。同一労働同一賃金指針の方ですが、いくつか注目すべき項目があります。まず、基本給については拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』で論評したように、正社員と非正規労働者が同じ賃金制度の下にあることを前提としてこれはOK、これはダメと振り分けた数頁にわたる全く空疎な記述がそのまま維持されていますが、それに申し訳のように添付されていた(そこだけは内容豊富で意味のある)「注」が、前段の「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金の決定基準・ルールの相違がある場合の取扱い」は本文の「第2 基本的な考え方」に移動され、後段の「定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者の取扱い」は「第3 短時間・有期雇用労働者」の基本給の前の「注」に移動されています。この新たな「注」は、一つ目がこれまでの通達から持ってきた「その他の事情」の取扱いで、二つ目がこの定年後継続雇用の取扱い、そして三つ目がこれは完全な新設ですが、「「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的で待遇を行う場合の取扱い」です。これは、いわゆる「正社員人材確保論」のみをもって待遇さが不合理ではないと当然に認められるものではない旨を明確にするために書き込まれたもので、次のように述べています。通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に基本給、賞与、各種手当等の待遇に相違がある場合において、その要因として当該待遇を行う目的に「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的があったとしても、当該待遇の相違が不合理と認められるか否かは、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の他の性質及び当該待遇を行う他の目的にも照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして判断されるものであり、「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的があることのみをもって直ちに当該待遇の相違が不合理ではないと当然に認められるものではない。後半の賞与、各種手当、福利厚生等については、この間に出された最高裁判決(長沢運輸事件、メトロコマース事件、ハマキョウレックス事件、日本郵便(大阪)事件、日本郵便(東京)事件、日本郵便(佐賀)事件等を踏まえていろいろと書き加えられています。とはいえ、これらは本改定同一労働同一賃金指針に書こうが書くまいが、企業の人事担当者にとっては判例一覧表として既に「指針」の役割を果たしているはずです。一方現時点では、基本給については名古屋自動車学校事件について最高裁が高裁への差戻し判決を下してはいるものの、差戻し高裁判決はまた若干異なる議論を展開しているところであり、判例をもとに何かを書き込める段階には立ち至っていないので、「同一労働同一賃金指針」と言いながら、基本給の部分はほぼ空っぽのままという策定時の状態にはあまり変わりはないようです。その意味では、企業の人事実務者にとっては依然としてあまり役には立たない「指針」のままと言うべきかも知れません。この改定指針で興味深いのは、現行法では対象外である無期雇用フルタイム労働者について、「第六」を新設して一定の記述がなされていることです。これは、労働側委員から無期雇用フルタイム労働者についても、通常の労働者との間の合理的な理由のない待遇差の禁止規定を法制的に整備すべきとの意見が出されたことを受けたものです。これに対しては使用者側から、5年を超えて有期労働契約を更新することを控える作用が生じかねないとして反対意見が出され、結局同一労働同一賃金指針に「第六」を新設して対応することとされました。そこでは、「所定労働時間が通常の労働者と同一であり、かつ、事業主と期間の定めのない労働契約を締結している労働者」については、①労働契約法第3条第2項の規定により、労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとされていること。②均衡の考慮に当たっては、この指針の趣旨が考慮されるべきであること。③有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換後の労働条件の決定に当たっては、当該転換に係る有期雇用労働者と通常の労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の有無についてあらかじめ点検し、そのような待遇の相違がある場合には 、確実に解消することが求められること等が示されています。なお、既に「事業主が通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等を行うに当たっては、基本的に、労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえないことに留意すべきである」との記述はありましたが、今回の改定指針では、労働側委員の強い要求を受けて、わざわざ項目を起こして、「短時間・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づく通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の目的は、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の待遇の改善であり、その目的に鑑みれば、当該待遇の相違の解消等に当たっては、通常の労働者の労働条件を不利益に変更することなく、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の労働条件の改善を図ることが求められる」と、かなり強めの記述がされていることが注目されます。この点は、下級審ではありますが、むしろ一定の不利益変更を容認する裁判例が出ていることを考えると、政治的メッセージ性が強い部分と言えるかも知れません。
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