井上幸治『平安貴族の仕事と昇進』@『労働新聞』書評
毎月の『労働新聞』の書評ですが、今回は井上幸治『平安貴族の仕事と昇進』(吉川弘文館)です。
https://www.rodo.co.jp/column/222957/
昔の日本人はどのように働いていたのか? 『労働新聞』にふさわしいそんな本を、今までも十川陽一『人事の古代史』(ちくま新書)(2021年5月10日号)、渡邊大門『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』(星海社新書)(23年4月10日号)、戸森麻衣子『仕事と江戸時代』(ちくま新書)(24年4月1日号)と紹介してきたが、今回は平安貴族たちのお仕事ぶりだ。
平安貴族というと女流文学の影響で、仕事もせずに蹴鞠や和歌、管弦などにばかり明け暮れていたイメージがあるが、実際はかなりの激務であったらしい。もっとも、生まれによって出世のコースが厳然と分かれている身分社会なので、一生懸命働くのは四位と五位の諸太夫と六位以下の侍(侍といっても後世の武士ではなく、下級官吏のこと)だ。外記政(げきせい)という、諸国や各官庁から提出された書類(申文=もうしぶみ)を読み、決裁する政務についてみると、史という侍クラスが申文を読み上げ、三位以上の公卿が「よし」と裁許を下し、諸太夫クラスの少納言・外記が「オオー」と称唯(いしょう)するという儀式が決まっている。
しかしそのためには、参考となる先例をまとめた附属資料の続文(つづきぶみ)を準備しなければならず、やがて政務を開始する前に続文を作成するための事務局会議(結政=かたなし)が行なわれるようになった。
年間をとおしてこの類いの政務は頻繁に開催されるが、公卿はけっこう平気で欠席するので、下級官吏たちは振り回される。正月の儀式では、公卿たちのために下級官吏は一日中夜中まで平安京を駆けずり回る。読むだけでヘトヘトに疲れる。
それほど働いても、出世の見込みは生まれでほぼ決まっている。本書副題の「どこまで出世できるのか」に対する答えは、49頁のこの一節に尽きるだろう。曰く、「身分をこえた抜擢は、ほぼない。身分とは、個人の能力ごときではびくともしない、ケタ違いに分厚く高い壁である。それをこえさせることができるのは、強大な権力を握った院権力のような存在だけであろう。だが、そこでなされる抜擢は通常、優れていることを理由にしない。平安貴族社会の中では、日常の勤務を続ける限りにおいて、身分をこえるような昇進は、滅多に見られないレア・ケースなのである」。
一方で、平安時代はウソも方便がまかり通る社会でもあった。和泉式部の夫の藤原保昌は大和守に任じられ、任地に向けて出発したが、その途次で携えていた任符を紛失してしまった。これは新任国司であることを証明する身分証明書である。そこで、保昌は任符の再発行を願い出た。しかし正式の再発行となると、手間もかかるし、保昌の責任論になる。
ならばと、先に発行したものは捺印されていなかったことにして、正式なものを改めて発行することにした。ハンコを押すのは侍クラスよりも下の無位の史生(ししょう)たちである。永遠の下積みの彼らのせいにしておけば、物事は丸く収まるというわけだ。めでたしめでたし。
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