『人事・組織改革とキャリアデザインを拓く: 高橋俊介オーラルヒストリー』
高橋俊介著、梅崎修・島西智輝・南雲智映監修『人事・組織改革とキャリアデザインを拓く: 高橋俊介オーラルヒストリー』(千倉書房)をお送りいただきました。
これは、昨年8月にお送りいただいていた白表紙の報告書の市販本です。
日本の人事改革の中枢に立ち、キャリアデザイン論を牽引してきた高橋俊介。時代に先駆けた人事思想の源流をたどるべく、その仕事史をオーラルヒストリーとして描く
その時の感想を再掲しておきますと、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2025/08/post-81a1a9.html
高橋俊介さんという方は、私は『成果主義』等の本でしか存じ上げなかったのですが、なかなか面白い経歴なんですね。東大で航空工学を学んだ後なぜか国鉄(JRの前の公共企業体時代)に入り、動労との労使交渉の薄暗い裏舞台とかも垣間見て、プリンストンに留学して、国鉄を辞めちゃった。辞めるときに、当時の秘書課長の井出さん(国鉄改革三羽がらすの一人で後にJR西日本社長)が激怒したエピソードが紹介されてます。「会社を途中で辞めるヤツなんて許せない」と。これってちょうど、三羽がらすで国鉄改革の陰謀をめぐらしていた頃ですね。
その後マッキンゼーで大前研一に鍛えられ、パリバを経て、ワイアットカンパニーで人材マネジメントのコンサルとして名を上げていきます。この頃から本をたくさん出していますね。
私はどちらかというと、成果主義の鼓吹者みたいな感じで見てましたが、本人が後から振り返って曰く:
・・・でも、人事部長がぼそっと言うんですよ。「結局、50代とかの給料を抑えるのにどうしても必要なんですよね」と。本当のことを言うと、団塊の世代の50代の給料を抑えるために成果主義をやろうとしたけど、成果主義という言葉は手垢がついてしまったと。今度は、バブル入社世代が50代になってくる。どうやってやろうかといったら、要は「ジョブ型、いただき」ということなんですよ。成果主義と同じことの繰り返し。そうすると、またジョブ型も手垢がつくかも知れない。・・・
いやまあ、人事コンサル界隈の流行の実相はまさにそうだったのだろうとは思いますが、ジョブ型にそういう間違った手垢がついてしまうのは、まことにつらい話ではありますが。
ちなみに、アメリカの本当のジョブ型(ブルーカラーの労働組合版ではなく、ホワイトカラーのヘイシステム)に対しても、それが公民権法への対応として作られたものだという冷静な目で見てます。このあたり、きちんと分析している学者があんまりいないので、実は貴重な話です。
・・・64年に新公民権法ができて70年代に入って、AT&TとかGMとか名だたる大企業が、それこそ黒人女性とかいろんな人から「昇進で差別を受けた」といって訴えられた。そのときに負けているときの賠償金が、数億ドルといってましたから、当時でいう数億ドルですから、金額もすごい。あと、社会的にも問題だと。
だから、当時はいかにして、インカンベント(在職者)を人として見てない、というのが担保できないと、裁判で負ける気がします。だから、ヘイというのはすごいよかったのは、職務記述書があったら、ああいうのはアナリストがポイントを付けるでしょ。だから、インカンベントを見てない。だから、それを証明できると。だから、人の評価なんて危なくてできないと。・・・
だから、職務給=成果主義・実力主義という幻想があるんですけど、職務給ががっちりいったのは、やっぱり人の評価をしないというね。職務でしか評価しないというのが当時、ニーズがあったという、それを緻密にやっていく。でも、実際のところは・・・・・・だけど、たてまえとしては、裁判になったときに非常に安全だというのがそこにはあったんだろうと
もういくつか、高橋さんの名言録を引用しておきましょうか。
そもそも、なんで欧米社会はジョブ型なのかというと、中根千枝さんのタテ社会論に行き着くのです。
・・・おっしゃるとおり、もうね、あまりにも不勉強だって言ってるんですよね。そもそもジョブ型の起源をまず知るためには、まず階層社会と、日本のように階層が明確にできていないタテ社会とを理解しないといけない。中根千枝さんは階層社会のことを「ヨコ社会のタテ構造」と言ってるわけじゃないですか。私はあれを「パンケーキ構造」と言ってるんですけども、だから、総意媼かで職業と社会階層が明確に結びついてきた。その一番極端なやつがインドのカーストじゃないですか。そういう歴史がある。そこで一生同じジョブをやり続けると。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のマックス・ウェーバーじゃないですけど、プロテスタントは同じ仕事を一生続けて、そこでどれだけコミットして一生懸命やったかで、天国に行けるかどうかがわかるんだみたいな話になっちゃうと、職業というものが企業以上に、「この仕事をやり続ける」という人生観になりますよね。そのうえで、職種別労働組合ができたり、ジョブ型というものができたりしたという。
だから日本では無理だと言っているんじゃなく、「そういう歴史を知っていますかね」と。日本で言えば、階層というものが江戸時代に作られそうになったけど、やっぱりそんなに確立できなかった。で、明治になってガラガラポンで立身出世の世の中となり、戦後は戦後の次のガラガラポンが起きた。そこに安心社会、信頼社会みたいな概念をかぶせていくと、全体像が見えてくると思うんですけど、そういうことを何も勉強しないで「ジョブ型のノウハウを読め」みたいなね。・・・
このタテ社会がどういう事態をもたらすかというと、
・・・昔から私が感じているものの一つは、日本企業が根本的に一番変えなきゃいけないのは、タテ序列至上主義。つまり、昇進がキャリアだということ。海外に行くと、早期選抜の抵抗が比較的少ないのは、それはヨコ社会のタテ構造だからじゃないのかと思います。だから、幹部になるのは序列と言うより別の職種という感じ。
ところが日本の場合は、全部タテ型で、出世しないと惨めみたいな感じになって、それがキャリアステップだという形になっちゃっている。そこで止まるということ自体が、もうそれは負け組だと。だから、中根千枝さんも言ってるんですけど、「インドのカーストというのは、下の方のカーストの人でも自分たちは負け組だという悲壮感はないんだ」と書いているんですよ。私は、昔からそこが最大の問題だと思っていました。よく「選抜してあとの人がやる気がなくなっちゃったらどうするんだ」と言うけど、選抜したらあとの人のやる気がなくなっちゃう状況の方がおかしいんだと。・・・
というわけで、これが特殊日本型管理職問題につながるわけですね。
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成果主義は、賃金における経営側の裁量の範囲を広げたことで、経営側の人事権の肥大化にしかなりませんでした。
いわゆるジョブ(職務)型も、配置転換の制限(手続きの厳格化)を伴わなければ経営側の人事権の肥大化につながるだけかもしれません。
投稿: 国道134号鎌倉 | 2026年7月31日 (金) 22時06分