共産党職員の労働者性に決着
以前、日本共産党が「雇用契約を締結しても労働者性はない!」という奇妙奇天烈な主張をしているというので、紹介したことがありますが、結局労働者性を全面的に認めることになったようです。
いうまでもなく、労働者性の問題は労働法の世界で焦点の一つとなっている最重要課題ですが、そこに今までどの研究者も唱えたことがないと思われる独自の見解を投げ込んできた非営利法人があるようです。既に本ブログでも取り上げてきている当該非営利法人に雇用されていた職員の解雇事案をめぐる裁判に、当該非営利法人が提出してきた被告準備書面のなかに、その独自の見解が明記されています。
当該非営利法人に解雇された職員であった神谷貴行さんのブログに引用されているその見解とは:
「ぼくがかんがえた さいきょうの ろうどうほう」は社会では通用しない
原告は、『被告らは、被告準備書面(1)2頁(1)アにおいて、原告の労働者性を正面から認めた』などと主張する。しかし、被告らが被告準備書面(1)2頁(1)アで認否したのは、形式上「雇用契約の締結」を認めたに過ぎず、それをもって、ストレートに原告の「労働者性を正面から認めた」ことにはならない。すなわち、再三述べているとおり、被告県委員会の勤務員は党員でなければならないところ、当該勤務員の活動は、一般私企業のような利潤追求のために指揮命令を受けて労働力を提供するという関係にはない。この点について、原告は知悉しているはずであろうに、これをあえて無視しようとするところに、原告の欺瞞性を感じざるを得ない。
まともに労働法を勉強してきてしまった脳みそにはいささか理解しがたいことが書かれているようですが、この主張からすると、形式的に雇用契約を締結していても、それが労働者性を有するためには「一般私企業のような利潤追求のために指揮命令を受けて労働力を提供するという関係」になければならないようです。
いうまでもなく、現代の世界には、利潤追求のための営利法人ではない非営利法人が山のようにあり、そういう非営利法人と雇用契約を締結して働いている人びとが山のようにいますが、そういう人びとは形式的に雇用契約を締結しているだけで労働者ではないのでしょうか。これはなかなかすさまじい独自の見解といえましょう。
現代の労働法学で問題となっているのは、形式的に雇用契約ではない請負契約等であっても、就労の実態が労働者であれば、労働者性を認めるべきという話なのですが、この独自の見解によれば、全く逆に、形式的に雇用契約であっても、雇用主が営利活動ではない非営利法人であれば、労働者性は認められないということのようです。
そうすると、例えば医療関係者はことごとく労働者性はないことになりますので、医労連も違法の存在になるのでしょうか。それはあんまりというものでしょう。
なお、リンク先の神谷さんのブログのエントリでは、さすが(除名されたとはいえ)元共産党員らしく、かつて学習指定文献として勉強したのであろうある本の一節が引用されています。
その志位和夫『Q&Aいま「資本論」がおもしろい 』(新日本出版社)にはこういう極めてまっとうなことが書かれていたのだそうです。
労働者とは何か? とても大事な質問です。労働者というと肉体労働に従事する人という見方があるかもしれませんが、それは違います。はるかに広い人々が労働者のなかに入ります。労働基準法では、「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義されています。つまり、企業または事業所に労働を提供して賃金を支払われている人は、すべて労働者になります。(p.56-57)
現行法では労働者として扱われていない働き方をさせられている人も、すべて経済学の上では労働者です。(p.57)どうしたのでしょう。文句の付け所がないのですが・・・。
その日本共産党がようやく神谷さんの労働者性を全面的に認めたと、神谷さんのブログに書かれています。
日本共産党福岡県委員会に対する未払残業代請求訴訟の認諾による終結について
本日、福岡地方裁判所において、被告日本共産党福岡県委員会(以下「県委員会」といいます。)は、原告神谷貴行が提起していた未払残業代等請求訴訟(令和7年(ワ)第2423号 残業代支払請求事件)について、原告の請求を認諾しました。
これにより、本訴訟は原告全面勝訴の内容で終了しました。本件は、日本共産党が長く党職員を労働基準法上の「労働者」(同法9条)であると認めず、原告が2024年に内容証明を送っても無視される中でやむを得ず起こされました。原告が訴訟提起している別裁判(東京地裁令和6年(ワ)30571号地位確認等請求事件)においても、県委員会及び日本共産党は、勤務員につき「一般私企業のような利潤追求のために指揮命令を受けて労働力を提供するという関係にはない」「ストレートに原告の『労働者性を正面から認めた』ことにはならない」などと主張して、原告が労働者であることを正面からは認めておりませんでした。しかし、本裁判を通じて県委員会は原告が労働者であることを裁判上正式に認めざるを得なくなり、請求通りに支払うに至ったものです。日本共産党の104年の歴史において、このような結果は初めてのことになります。同様の問題に直面している全国の約2000人の同党職員にとっても、自らの権利を行使することの重要性を示す事例となることを期待しています。
また、原告は東京地裁で、原告に対する共産党や県委員会による不当な除籍・解雇の撤回と不法行為(パワハラ)への賠償を求めて係争中であり、本件はその裁判にも重要な影響を与えると考えられます。
まあ、これはあまりにも当然の結論ですし、こんな事件で労働判例集に「日本共産党福岡県未払残業代請求事件」がでかでかと載って未来永劫学習されることになるのは、なんぼなんでも恥ずかしいと思ったのでしょう。
これに対して、もう一つの解雇・除籍裁判の方は、まさに日本共産党という典型的な傾向経営体であるので、職員の労働者性を全面的に認めたとしても、そう簡単な話ではなさそうですが、引き続き関心を持ってみていきたいと思います。
例の働き方改革の時に「ごはん論法」という名文句を案出し、左派関係者の間でミームとして一気に広がったことで我々労働関係者の間でも記憶されている神谷貴行(紙屋高雪)さんが、日本共産党を除籍・解雇されたとブログで書かれています。
神谷さんを除籍・解雇した日本共産党の言い分が正しいのか、それとも神谷さんの言い分が正しいのか、といったことについてはここでは一切論じるつもりはありません。気分的には神谷さんに同情的ではありますが、ここで取り上げるのはそういうことではなく、「除籍・解雇」と異なる二つの概念が中ぽつでつなげて書かれていることに興味を惹かれたからです。
神谷さん自身はこう書かれています。
私・神谷貴行は、2024年8月6日付で日本共産党から除籍されました。
また、本日(2024年8月16日)付で日本共産党福岡県委員会から解雇されました。
これらについてはいずれも到底承服できないものです。これを見る限り、政治結社たる日本共産党の一員としての党員籍を「除籍」されたことと、一個の経営体としてしんぶん赤旗等を発行する等の事業を営む使用者たる日本共産党から一方的にその雇用関係を解除(「解雇」)されたこととは、日付も異なり、別々の事柄であるようです。
前者が基本的にはよほどのことがない限り外部からの介入を認めにくい私的自治の世界に属するのに対して、後者はまさに使用者の一方的行為を外部から規制することが原則であるべき労働法の世界であり、とりわけ解雇に対しては解雇権濫用法理に従って、使用者たる日本共産党の言い分が許されるものであるかどうか厳格に審査さるべきものということになります。
とはいえ、経営体としての日本共産党は政治結社としての日本共産党と密接不可分であるはずで、結社の一員としてふさわしくないと当該結社(の意思決定者)が判断した以上、そのような者を労働者として使用することができないというのは十分立派な理屈であるという議論もありうるかもしれません。
つか、「社長の俺様に逆らうとはケシカラン。貴様なんかクビだぁ!」というたぐいの貴様ぁ解雇は、拙著『日本の雇用終了』にその実例が山のように溢れているように、日本の中小零細企業では結構日常茶飯事ですので、経営体たる日本共産党も、使用者としてはそうした貴様ぁ社長とよく似た性格であったということかもしれません。
ただ、下記裁判例(日本共産党愛知県委員会事件)に見られるように、日本共産党側は、そもそも神谷さんは雇用される労働者ではないと主張してくると考えられ、その意味ではこれは今流行りの「労働者性」をめぐる一事例ともいえることになります。
人さまの企業に対しては「労働者を守れ!」と叫ぶ一方で、自分のところで給料を払って働かせている人に対しては「労働者じゃないぞ!」と主張するというなかなか興味深い光景がみられることになりそうです。
なんにせよ、
今後のことは弁護士と相談して決めたいと思っていますが、もし訴訟になったらぜひみなさんに応援していただければ幸いです。
とのことなので、労働法研究者としてもなかなかに興味深いケースになっていく可能性があり、今後の動きについても注視していきたいと思います。
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建前から言えば専従党員は革命の闘士、独立した戦闘員であって雇用関係は生活費を補助するために仮につかっているだけのシステムのはずです。ブルジョア的雇用関係、天皇制による腐敗した国家体制に革命運動は縛られるものではないというのは、第一原理から共産主義を理解すれば当然にそうなるはずだと思う。
たとえ最高裁までいって敗訴しようとも、強制執行されようとも、自ら支払うことはない、というのがあるべき共産主義運動の姿のはずで、そこを突き通せない、というのは「こういうものは損切りしないと資金的にもっとキツくなる」という話であるのでしょう。自らのレジテマシー、魂を金銭と交換したとも言えるわけで、党の命運が尽きる日もそう遠くはなさそうですよね、これ。
投稿: ssig33 | 2026年6月23日 (火) 09時27分