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2026年6月24日 (水)

首藤若菜『なぜ賃金は上がらないのか』

Rnh6ocgklyu4xxiqybqmvx0p1nl0jf2fpahtb6rz 首藤若菜さんの近著『なぜ賃金は上がらないのか 日本経済30年の陥穽』(講談社現代新書)をお送りいただきました。

https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000429123

食品から日用品まで、何もかも驚くほど高くなった。
スーパーで目にする野菜の値段が少しずつ上がっているなと思っていたら、「令和のコメ騒動」が起き、同じ価格でも内容量を減らす「ステルス値上げ」が普通になった。
長く続いたデフレの時代が終わり、生活必需品の値上がりが、暮らしを直撃している。
その分賃金などの収入が上がっていればいいのだが、一向にその実感はない。賃金の上昇率から物価の上昇分を引いた「実質賃金」は4年近くもマイナスが続いていることが示すように、その実感は、統計にもはっきり表れている。
物価上昇のしわ寄せが、暮らしを直撃しているのだ。
いったいなぜこんなことになってしまったのか。
急激な円安によって輸入品やエネルギー価格が上がったためなのか。
企業が値上げで儲かった分を労働者に還元せず、「内部留保」として貯めこんでいるためか。
日本人の働き方は効率が悪く、「労働生産性」が低いためか。
各企業の労働組合の交渉力が弱く、大企業の言うがままになってしまっているのか。
本書では、こうした俗説を一つひとつ検証し、その当否を探っていく。
もう一つ、いま労働の現場でもっともよく聴かれる言葉が「人手不足」である。
とくに飲食や宿泊などのサービス業では、客を集める人気店でも人出が足りないために接客ができず、予約を断るケースもある。
また、介護や医療などの現場の人手不足も深刻で、外国人材の手を借りないと維持できないことがはっきりしている。
なのになぜ、賃金は上がらないのか。

第一線の労働経済学者として活躍する筆者は、物流や運送業界などの現場の声を聴き、その実態を見ることから、日本の賃金が上がらない本当の理由を明かす。
人手不足に悩む労働の現場では、いままで8人で担っていた仕事を7人で回し、同レベルの成果を出す「効率化」を進めてきた。
しかし、現場の労働者の献身的な努力や「カイゼン」によって「効率化」すること自体が、実は、日本の低賃金を固定化している可能性がある、と筆者は言う。
それはいったいどのようなメカニズムによって起こっているのか。
緻密なフィールドワークを基礎とする研究を重ね、日本の低賃金の謎に真正面から挑んだ、画期的な論考。

この「なぜ賃金は上がらないのか」というスフィンクスの問いは、ここ数年間多くの人が問いかけ、私の『賃金とは何か』や河野龍太郎さんの『日本経済の死角』など、様々な答えをしてきたものです。

首藤さんは、ここ数年来追い続けてきた物流業界の実態をベースに、価格を上げられないためにそのツケを企業内で労働に回すということが繰り返されてきたことにその原因を見出します。

この辺の詳細については、先日行われた労働政策フォーラム「物流における労働問題を考える」でも語られたところです。

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しかし、本書で首藤さんはその先に論を進めます。

なぜ交易条件の悪化を企業内の賃金調整で凌いでしまうのか?

いや、凌げてしまうのか?

そこに、首藤さんは、これまでカイゼンや知的熟練などとともに日本の競争力の源泉として賞賛されてきた「現場力」がプラス要因からマイナス要因に転化してしまったという皮肉な構造を見出すのです。

・・・重要なのは、この現場力が発揮されていた時代背景である。高度成長期から安定成長期にかけて、日本企業は設備投資を行い、人員にも一定の余裕を持っていた。現場ごとにOJTを通じた教育訓練が行われ、改善提案をする能力が培われ、新たな投資が工程改革と結びつき、生産性が向上していった。そして、その成果は賃金の上昇や雇用の安定として、労働者にも還元されていた。現場の努力と企業の成長、賃金の上昇は、相互に結びついていた。

 しかし、本書で見てきたように、賃金が上がらず、価格も動かず、投資が抑制される状況が長期化する中で、現場に求められる役割は、次第に変質していった。人が減っても、どうにか仕事を回す。コストが増大しても、現場で帳尻を合わせる。投資が行われなくても、既存の設備を工夫して使い続ける。ここで行われていたのは、必ずしも生産性向上を目的とした改善ではない。本来であれば価格の見直しや投資によって調整されるべき問題が、日々の業務の中で吸収されるようになっていった。

 問題は、現場の労働者が怠けていたことでも、能力が不足していたことでもない。むしろ逆である。現場が優秀で、責任感が強かったがゆえに、調整の負担が現場に集中してきたのである。

 重要なのは、この現場の強さが、価格や投資による調整の代替として機能してきた点である。その結果、問題は解決されるのではなく、表面化しないまま先送りされてきた。価格は上がらず、投資も進まず、調整の負担だけが現場に蓄積されていく。現場の優秀さは、日本経済の強みであると同時に、調整の在り方を歪めてきた側面をもつ。

・・・すなわち現場の努力は、成長を支える改善であると同時に、価格を動かさない経済を成立させる調整装置としても機能していた。現場が頑張れば頑張るほど、構造的な問題は表面化しにくくなり、「まだ回っている」という認識が温存される。その結果、賃金や人員、労働条件にかかる負担は蓄積していく。ここで生じているのは、現場力の低下ではなく、その役割の転換である。成長を支える能力であった現場力は、価格と投資の不足を補う制度的装置へと変わってきた。

・・・今問われているのは、現場を称えることではなく、現場になにを背負わせてきたのかを見直すことである

現場に無理を聞かせられないような社会、日本以外のジョブ型社会は概ねそうですが、そういう現場がアホやから上が何とかせな回らへん社会では、こういう事態はそもそも起きようがないでしょう。

かつて40年前に自信満々の日本人が、欧米をみて「こいつら現場がアホや」「うちは現場が優秀ねん」と言っていた、そのツケが回り回って、今の事態をもたらしていると考えると、巡る因果の糸車の恐ろしさがひしひしと感じられます。

かつて、「スマイル0円が諸悪の根源」と論じたことがありますが、その伝で言うと、「優秀すぎる現場力こそが諸悪の根源」だったのかも知れません。

 

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