大学は学術研究機関か職業教育機関か?
なんだか世間(ネット界)ではまたもFラン大学がどうのこうのという百万回聞き飽きた議論が流行っているようですが、なんで日本ではこの手の議論が繰り返されるのかという本質に分け入った議論はほとんど見かけないようです。
世界情勢に通じた人なら知っていることですが、世界共通に世代とともに学歴水準はどんどん上がってきていて、高校卒業後の中等後教育に進学する人の割合で見れば日本は決して高いわけではありません。
なのに何で、という話になるのですが、それにはちゃんと訳があります。
大学をはじめとした中等後教育がどんどん拡大していくのは世界共通ですが、それは主としてそれまでより低い学歴水準の者が就いていた職業の技能の高度化に伴って、より高度な職業技能教育を施す中等後教育が拡大してきたからというのが大きいのです。
実は、日本でもこの間着実に拡大してきた専門学校(高校卒業後に進学する専修学校)はまさにこれに対応しています。
ところが日本では、この間それ以上に「大学」が膨れ上がってきたのです。問題はこの「大学」です。
大学とは何でしょうか?
世界的に見れば、数多くの大学の大部分は高等職業教育訓練機関です。そういうものとして存在し、そういうものとして学生が進学し、そういうものとして卒業生がそれぞれの職場に就職していきます。
日本でも、実態というか、本音では大学は就職のために進学する機関です。だって、大学卒業後に大学院に進学する「進学組」よりも企業等に就職する「就職組」の方が圧倒的に多いのですから、いい大学というのは、本音ではいい会社に就職できる大学のことです。これは、世界的に見れば何らおかしなことではなく、むしろ極めて自然な事態です。
ところが、なぜか建前上はそうなっていないのです。日本では大学というのは、実態としてはもはや同世代人口の過半数が進学する就職組のための機関でありながら、建前上は学術研究のための神聖なるアカデミズムの機関であるということになっているのです。そんなものは世界中どこの国でもごく僅かです。いや日本でも実態からいえば大学の中の一部に過ぎないでしょう。
でも、戦後すぐの1947年に制定された学校教育法では、大学を「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(第83条)と定義しており、そこには職業という文字はでてきません。
戦後新制大学は、戦前の旧制大学、旧制高校、専門学校、師範学校をまとめて一本化したものであり、職業教育機関としての性格を有していることは明らかであったにもかかわらず、法文上からはそれが失われてしまいました。初発の段階から、現実に存在する職業教育機関としての側面を無視してあたかも純粋アカデミックな機関であるかのような幻想とともに出発したのです。
なぜそうなったのかについては、いろいろと研究もあり、別途書きたいと思いますが、これに対しては戦後はやい時期から見直しの声が繰り返されてきました。
たとえば、占領終了直後の政令諮問委員会の答申では、普通大学を学問研究を主とするものと高度の専門的職業教育を主とするものと教員養成を主とするものに分けるべきとしていました。
とりわけ高度成長期には、1963年の中教審答申「大学教育の改善について」において、高等教育機関には、(ア)高度な学問研究と研究者の養成を主とするもの、(イ)上級の職業人の養成を主とするもの、(ウ)職業人の養成および実際生活に必要な高等教育を主とするもの、の3つがあるとし、とりわけ学部レベルではこれら多様な使命を同じ目的・性格の大学学部で行っており、一律の規制を受けているため、十分にその使命を果たせていないと批判して、高等教育機関を次の5種類に分けるべきと提唱しました。
①大学院大学:高等の学術研究を行なうとともに、高い専門職業教育を行なうもの
②大学:主として高い専門職業教育を行なうもの
③短期大学:専門職業教育を行なうものまたは実際生活に必要な知識、技能を与えもしくは教養教育を行なうもの
④高等専門学校:義務教育修了者に対して専門職業教育を行なうもの
⑤芸術大学:音楽、美術等に関する専門家の養成を行なうもの
この類型論で注目すべきは、普通の大学を端的に職業教育機関と定義しようとしていた点です。現実の大学の姿から目を背けてアカデミズムの幻想に浸るのではなく、そこから脱却しようという動きが、60年前には確かにあったのです。
これは当時の日本政府が職務給やジョブ型雇用を推進しようとしていたことと論理内在的にはつながっているのでしょう。
これが実現していれば、職業的レリバンスの欠如だとか、「教育と職業の密接な無関係」だとかいった特殊な日本的教育・雇用ネクサスもより希薄になっていたかも知れません。
ただ同答申には大学の管理運営の強化等も盛り込まれていたこともあり、日本学術会議、日教組、社会党をはじめとした革新勢力が猛反発し、筑波大学や技術科学大学などごくわずかな改革が実現したにとどまりました。
その結果、今日においても未だに学校教育法上では大学は職業教育機関とは位置付けられず、最近できた専門職大学がごくわずか存在するほかは、あとは数百の大学がすべてあたかも純粋アカデミックな機関であるかの如き幻想が維持される状態が続いています。
そして、60年前にくらべても比較にならないくらい大学進学率が増加し、圧倒的多数の大学生が「就職組」であるにもかかわらず、ほとんど妄想に近いアカデミズム幻想をふりかざす人々が悪目立ちしてくると、Fラン大学がどうのこうのという、本質的にはあまり意味のない悪罵ばかりが飛び交うようになるのでしょうね。
(追記)
このエントリをツイートした常見陽平さんに対し、このエントリに対する意見をぶつける人がいっぱいいたようで、
大学は学術研究機関か職業教育機関か? hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
濱口桂一郎先生のブログだからね。 反対、異論を僕に叩きつけるの、どうなのかね
すみませんねえ、ご迷惑をおかけしたようで。
というか、私が謝る筋合いでもなさそうではあるんだけど。
まあ、この話題がある種の人々を興奮させるトピックであることだけは間違いないようです。
せっかく追記したので、上で「なぜそうなったのかについては、いろいろと研究もあり、別途書きたいと思いますが」と述べた点について、ちょっとだけ追加しておきますね。
上で述べたように、戦後すぐの1947年に制定された学校教育法では、大学を「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(第83条)と定義しており、そこには職業という文字はでてきません。
戦後新制大学は、戦前の旧制大学、旧制高校、専門学校、師範学校をまとめて一本化したものであり、職業教育機関としての性格を有していることは明らかであったにもかかわらず、法文上からはそれが失われてしまいました。初発の段階から、現実に存在する職業教育機関としての側面を無視してあたかも純粋アカデミックな機関であるかのような幻想とともに出発したのです。
このとき高等教育機関が一元化されたのは世上、米教育使節団報告に基づくものとされていますが、大崎仁『大学改革1945~1999』(有斐閣選書、1999年)によれば、同使節団報告自体は6・3・3制を要求しているだけで、大学への一元化を求めていなかったのです。では、なぜ一律一元化に至ったのかというと、日本の大学関係者による日本教育家委員会(委員長:南原繁)の非公表の報告書が秘かにGHQに渡され、これが翻って日本に強制されたからとのことです。同委員会は、①大学への系列と専門学校への系列に分かれていることが、専門学校進学者・卒業者を不利な立場に置き、弊害を生じているので、専門学校を充実して大学にする、②高等学校は、その卒業生だけが大学に進学する結果、彼らのみが将来国家社会の指導者となる特権を受けることになるから廃止する、③師範学校は改造して、他の大学と同じ地位を持つ教育大学にする、④学術研究を志す者のために、総合大学に大学院を設ける、ことを提起していました。
同書によれば、この発想の源流は戦時下の1937年に近衛文麿首相の私的研究会である教育改革同志会が取りまとめようとしていた学制改革案にあります。同案は「現在の大学、高等学校、専門学校は、その官公立たると私立たるとを問わず、総てこれ等を国家社会の需要に応じて適当に整理し、専門の職業教育機関としての新制の大学校に改造する」ことを提言していました。
こうした流れの中で考えれば、新制大学はむしろ正面から職業教育機関と位置付けられてしかるべきであったようにも思われますが、大学の目的規定が文部省の法案の「高等の学術技芸を教授研究すること」から上記現行規定へGHQにより修正されてしまい、職業教育的色彩が希薄になりました。そしてGHQの指示による大学基準により一般教育重視と専門教育軽視のカリキュラムが生み出されていくことになります。日本側では専門学校の大学化というイメージでとらえられていた大学一元化が、GHQからは旧制高校・大学予科の大学化として捉えられたことから生み出された制度設計の悲劇といえましょう。
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この問題について、人々はあきらかに学術的達成を自分に求めていません。また、学術の成果を社会が活用することができるという意識もほとんどありません。しかし一方で「自分が通うのは研究型大学であってほしい」という強いニーズが需要側にあるように見えます。
なんでこうなっているかは、よく分かりませんが、とにかくそういう歪みはありそう。
投稿: ssig33 | 2026年5月 8日 (金) 11時29分
卒業生の就職先で判断される世界の大学ランキングを寡聞にして目にしたことはありませんが。
投稿: ちょ | 2026年5月 8日 (金) 20時17分
当エントリーの趣旨とは異なる話でありますが
>ただ同答申には大学の管理運営の強化等も盛り込まれていたこともあり、日本学術会議、日教組、社会党をはじめとした革新勢力が猛反発し、筑波大学や技術科学大学などごくわずかな改革が実現したにとどまりました。
戦後革新勢力なるものは実は保守反動勢力であったのだ、と言う事が良く分かるお話ですね(^^;
管理運営の強化等が謳われているのが気に入らなかったようですが、管理運営がなってないから、70年代に新左翼どもが跋扈して2000年代までそういう連中が大学内でのさばるという異常事態になったのでしょうが。
私の出身校中央大学はそういう連中が大暴れしたもので多摩の山奥に逃亡を余儀なくされ、学力低下に繋がってしまいました。
法学部は特例で何とか都心に戻してもらえましたが。
投稿: balthazar | 2026年5月 8日 (金) 20時35分