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2026年5月

2026年5月20日 (水)

政策研究フォーラム講演の案内

政策研究フォーラムの2026年度・第2回「政研・政策懇談会」として、外国人労働政策について講演をします。案内が出たので、こちらでもご案内。

2026年度・第2回「政研・政策懇談会」

日 時 2026年6月26日(金) 9:30~10:30

場 所 友愛会館9階

講 師 濱口 桂一郎 氏 ((独)労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)

テーマ 「外国人政策と日本的雇用慣行」

 

2026年5月17日 (日)

『日本労働法学会誌139号  労働者の健康とウェルビーイング』

Isbn9784589044921 『日本労働法学会誌139号  労働者の健康とウェルビーイング』(法律文化社)が届きました。

https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-04492-1

昨年11月に、明治大学の中野キャンパスで開催された第142回日本労働法学会の大シンポと個別報告、ワークショップを収録したものです。

https://www.rougaku.jp/contents-taikai/142taikai.html

大シンポは、女性陣による

  1. 大シンポジウム報告統一テーマ:労働者の健康とウェルビーイング~女性の特性に着目して
  2. 会場:5階ホール
  3. 司会:浅倉 むつ子(早稲田大学名誉教授)、橋本 陽子(学習院大学)
    報告:

    1. 所 浩代(福岡大学)「女性の健康上の特性と労働法制~近年の国際動向を踏まえて」
    2.    渋田 美羽(弘前大学)「月経サイクルと労働法~諸外国での新たな動きを参考に」
    3. 志水 深雪(明治大学)「女性の体調変化と雇用平等~更年期をめぐるイギリス法の動向を手がかりとして」
    4. 阿部 理香(九州国際大学)「リプロダクティブ・ヘルスに係る法政策~妊娠プロセスの包括支援とフランスの動向」
    5. 岡本 舞子(北九州市立大学)「女性の体調に関わる情報の共有と自己決定~ドイツ法を手がかりに」
    6. 早川 智津子(佐賀大学)「労働者のウェルビーイング向上と法的規律のあり方~女性の体調変化の観点から」

個別報告は

会場: 5階ホール

  • テーマ:「労働者に対するデジタル技術を活用した監視に関する規制の構築」
    報告者:劉子安(神戸大学)

会場: 311教室(3階)

  • テーマ:「年次有給休暇の付与をめぐる解釈論的検討―法解釈の現状と働き方の多様化による新たな課題―」
    報告者:平木 健太郎(沖縄大学)
会場: 304教室(3階)
  • テーマ:「フランスにおける職業訓練制度の再構築―職業訓練個人口座制度に見る個人主導の制度化と普遍性の追求―」報告者:岩堀 佳菜(労働政策研究・研修機構)

ワークショップは、

  1. ワークショップ 第1部
    会場: 5階ホール
    • テーマ:「間接差別規制と構造的不利益」
      司 会:黒岩 容子(弁護士)
      報告者:石田 信平(専修大学)、長谷川 聡(専修大学)
    会場: 311教室(3階)
    • テーマ:「障害者雇用率制度の法的課題」
      司 会:柳澤 武(名城大学)
      報告者:長谷川 珠子(岡山大学)、植木 淳(名城大学/非会員)
    • コメンテーター:池田 悠(北海道大学)
    会場: 304教室(3階)
    • テーマ:「芸能従事者に対する法的保護のあり方」
      司 会:鎌田 耕一(東洋大学)
      報告者:森崎 めぐみ(一般社団法人日本芸能従事者協会)、佐々木 達也(名古屋学院大学)、水島 郁子(大阪大学)

  2. ワークショップ 第2部
    会場: 5階ホール
    • テーマ:「シフト制労働をめぐる実態と法理」
      司 会:山本 陽大(労働政策研究・研修機構)
      報告者:山本 陽大(労働政策研究・研修機構)、篠原 信貴(駒澤大学)、渡邊 木綿子(労働政策研究・研修機構/非会員)、
    会場: 311教室(3階)
    • テーマ:「人権デューディリジェンス立法の比較法的考察~労働法の観点から~」
      司 会・企画趣旨:井川 志郎(中央大学)
      報告者:井川 志郎(中央大学)、崔碩桓(ソウル大学校/非会員)、西畑 佳奈(岩手大学)
    会場: 304教室(3階)
    • テーマ:「派遣労働者に対する直接雇用申込みみなし制度(労働者派遣法40条の6)をめぐる諸問題」司 会:沼田 雅之(法政大学)報告者:小鍛冶 広道(弁護士)、塩見 卓也(大阪公立大学・弁護士)

なお、ワークショップのシフト制では、JILPTでシフト制の調査を担当した渡邊木綿子さんがその調査結果を報告しておりますが、本書では2ページだけになっていますので、元の調査結果はこちらで読めます。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2023/documents/0227.pdf

 

2026年5月15日 (金)

田村伸子編『ジェンダー法と要件事実』

09697 田村伸子編『ジェンダー法と要件事実』(日本評論社)をお送りいただきました。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/9697.html

裁判実務で磨かれているジェンダー法の領域に、要件事実論がいかに寄与しているのか。「ジェンダー法と要件事実」の現在を探る。

本書は、昨年送っていただいた『労働法と要件事実』と同様、創価大学法科大学院要件事実教育研究所が昨年11月に開いた「ジェンダー法と要件事実講演会」の講演、コメント、質疑応答を収録したものです。

はしがき
ジェンダー法と要件事実・講演会 議事録
[講演1]池田弘乃
ジェンダー法と基本的権利
1 性と法
2 3つの訴訟の検討
3 少数者と権利
[講演2]寺原真希子
ジェンダー関連訴訟において主張立証活動を行ってきた立場から
第1 はじめに
第2 選択的夫婦別姓訴訟の概要
第3 「結婚の自由をすべての人に」訴訟(同性婚訴訟)の概要
第4 実際の主な主張立証活動
第5 立法目的の認定方法について
第6 立法事実の評価要素としての国民の意識/社会的承認について
第7 不利益性の重大性の認定・評価手法について
第8 司法の立ち位置について
[講演3]松田和樹
平等・性別・家族
──自由への制約や、異なる取り扱いへの正当化可能性をめぐって
今日の話の流れ
理論枠組みとしての平等主義的リベラリズム
性別割り当ての行方
婚姻・家族の行方
[コメント1]三浦徹也
[コメント2]吉良貴之
[質疑応答]
[閉会の挨拶]
要件事実論・事実認定論関連文献
要件事実論・事実認定論関連文献2025年版……永井洋士・山崎敏彦
Ⅰ 要件事実論
Ⅱ 事実認定論 

ここで大きく取り上げられている判例は、性同一性障害特例法違憲決定、「結婚の自由をすべての人に」訴訟、「セックスワークにも給付金を」訴訟です。

このうち最後のものについては、本ブログで何回もケチをつけてきたことはご存知の通りです。ただ、それは行政法上の「許可」と「届出」についての警察庁や裁判所の理解が全くひっくり返っているぞという話なので、ジェンダー法的観点からのものではなかったのですが。

許可制は健全で届出制は不健全?

・・・性風俗業がいかなるものであるかについてはここでは論じませんし、持続化給付金の対象にすべきかどうかもとりあえずここでの論点ではありません。

しかし、「本質的に不健全」であるがゆえに許可制ではなく届出制とするのだ、というこの政府が裁判所で論じたてているらしい論理というのは、どう考えてもひっくり返っているように思われます。

そもそも、行政法の教科書を引っ張り出すまでもなく、許可制というのは、一般的禁止を特定の相手方に対して解除するという行政行為です。なぜ一般的に禁止しているかといえば、それはほっとくと問題が発生する恐れがあるからであり、何か問題が起きたら許可の取り消しという形で対処するためなのではないでしょうか。

それに対して、届出制というのは一般的には禁止していないこと、つまりほっといても(許可制の事業に比べて)それほど問題は発生しないであろう事業について、でもやっぱり気になるから、念のために届出させて、何かあったら(届出受理の取り消しなとということは本来的にありえないけれども)これなりにちゃんと対応するようにしておこうという仕組みのはずです。

そして、労働法政策においても、たとえば有料職業紹介事業は許可制ですが、学校や公益法人等の無料職業紹介事業は届出制ですし、派遣も今は許可制に統一されましたが、かつては登録型派遣は許可制で、常用型派遣は届出制でした。これらはどう考えても、前者の方が問題を起こしやすく、いざというときに許可の取り消しができるように、後者はあんまり問題がないだろうから、届出でええやろ、という制度設計であったはずです。

それが常識だと思い込んでいたもんですから、このデリバリーヘルス運営会社の起こした持続化給付金訴訟において、政府が上述のような全くひっくり返った議論を展開しているらしいということを知って、正直仰天しています。

性風俗営業とコロナ給付金

・・・うわぁ、東京地裁の裁判官は、警察庁の言う「このような営業について、公の機関がその営業を営むことを禁止の解除という形での許可という形で公認することは不適当であると考えて、届出制にし・・・」云々というわけのわからない理屈を全くそっくりそのまま認めてしまっているよ。

この裁判官は、法学部で行政法の総論をきちんと勉強したことがあるのかな。そもそもここにあるように、許可制というのは「一般的禁止の解除」なんだが、性風俗でないダンスホールやパチンコ屋のような風俗営業はそんなに悪いものじゃないから一般的に禁止して簡単に許さないけれども、ソープやヘルスのような性風俗産業はそもそもけしからんものだから一般的に禁止しないで誰でも認めるという大前提に立つことになるんだが、日本国の全分野で整合的であるべき法理論としてそれでいいのかな。

許可制は健全で届出制は不健全?(再掲)

・・・大学の法学部で一通り行政法を勉強したはずの霞が関の役人だけではなく、日本国の法律のエキスパート中のエキスパートであるはずの最高裁判所の裁判官たちが揃いも揃って、

そして、本件特殊営業については、風営法において種々の規制がされているところ(第4章第1節第2款)、これは、本件特殊営業が上記の特徴を有することに鑑み、このような規制をしなければ、善良の風俗や清浄な風俗環境を保持し、少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止することができないと考えられたからにほかならない(同法1条参照)。また、風営法が本件特殊営業を届出制の対象としているのは(31条の2)、本件特殊営業については、その健全化を観念することができず、風俗営業(同法2条1項)に対するものと同様の許可制をとること、すなわち、一定の水準を要求して健全化を図ることを前提とした規律の下に置くことは適当でないと考えられたことによるものと解される。

などという訳の分からない屁理屈を並べて満足しているように見えるさまは、些か唖然とせざるをえません。

類似の事業を営む者に対して、一方には許可制をとり、他方には届出制をとるという立法政策を説明するにあたって、行政法には統一的な基準というものはかけらも存在せず、そのときそのときに勝手にやっているのだ、それでいいのだ、と嘯くならともかく、日本国の行政について一般的に通用する許可制と届出制についての共通判断基準というのがあるのであれば、それはここで最高裁が堂々と謳い上げたこの基準ということになるはずですが、それでいいのですかね。

そうすると、最高裁の法理からすると、有料職業紹介事業は「一定の水準を要求して健全化を図ることを前提とした規律の下に置く」ために許可制にしているけれども、学校や公益法人等の無料職業紹介事業は「その健全化を観念することができ」ないから届出制にしているんですかね。思わず、「なるほど!」と言ってしまいそうですが。

 

2026年5月14日 (木)

山崎憲『ジョブ型の真実とAIと協働』

9784883726394_600 山崎憲『ジョブ型の真実とAIと協働』(日本生産性本部)をお送りいただきました。

いま、日本では「ジョブ型」か「メンバーシップ型」か、という問いが繰り返し語られている。政府や経済界は、低成長などといった問題への処方箋として「ジョブ型」を掲げ、これまでの日本型雇用慣行の見直しを求めてきた。

しかし、そもそも「ジョブ型」とは何か。「メンバーシップ型」とは何のために成立し、どのような役割を果たしてきたのか。そして、AIやデジタル技術の進展は、この論争の意味そのものを、どう変えようとしているのか。

本書は、こうした問いを歴史・政策・現場の実態に即して、考え直すためのものである。

そもそも、「ジョブ型」という言葉は、私が日本の雇用システムを表わす言葉として創出した「メンバーシップ型」の対義語として、ほかにいい言葉もないので欧米のブルーカラーやクラーク層の有り様を主として想定してでっち上げた言葉なので、もともと高度成長期に完成した日本型雇用なんかよりも遥かに古くさくて硬直的なものであることは、言い出した本人が最初から強調していたはずなんですが、なぜかそれがこれから世界中が目指すべき世界最先端の超モダンな働き方であるかのような訳のわからないインチキコンサル連の商売トークが世間に広まってしまい、ある程度もののわかった人から見れば、何を訳のわからんこと言うてるねん、という状況になっていたわけで、それをふざけるな!と叱りつけたくなる気持ちはわからないわけではありません。

とはいえ、世のジョブ型論者がみんながみんなそういう新商品売りつけ業者なのかといえばそうでもなく、とりわけ今から10年以上も前頃に、鶴光太郎さん辺りが音頭を取っていたジョブ型正社員論なんてのは、まさに柔軟で競争力が高いスバラ式日本型雇用といわれていたもののマイナス面を埋め合わせるために、膏薬を貼るようにジョブ型を導入しては如何かといっていたわけで、そんな生ぬるいことを言うてるから日本は負けたんや!80年代の世界を制覇していた日本経済の秘薬たる日本型雇用を捨てたから日本はダメになったんや!と今でも思っている80年代の日本企業のおじさんはけっこういそうですが、でも90年代以降の動向は、誰かさんが思い込んでいるように欧米の悪辣な陰謀によってせっかくの日本型雇用が壊されたというわけではなく、80年代に完成した当時は世界最先端を誇っていた日本型システムが、女性、若者、中高年等等様々な社会領域で矛盾をはらみ、社会的持続可能性が乏しくなっていたから起った一種の社会的化学反応なのであって、それをけしからん云々と愚痴をこぼしてみても仕方がないし、それが維持できたとも思えないですね。

山崎さん自身が、アメリカのジョブ型を、ジョブコントロールユニオニズムという組合主導の硬直的な仕組みに加えて、男女平等等の労働人権法制の展開によってヘイ社などによって精緻化されてきたものだと歴史的展開を詳しく説明していて、その辺は遠藤公嗣さん辺りが最近も熱心に追求していますが、それも世の流れというものであって、同一労働同一賃金なんてアホなことばかりいうから日本が没落したんや!と内心思っているご老人はなおけっこういるかも知れませんが、とはいえそれが維持可能であったとも思えません。

一方、まさに新商品を売りつけてなんぼのインチキコンサル連にとっては、この「ジョブ型」ってのは、商売ネタが払底していたところに向こうから飛び込んできてくれた実に有り難いおいしいネタであったらしく、本屋さんの人事関係の棚に行くと、「ジョブ型」がどうたらこうたらという本が所狭しと並んでいるし、そういうセミナーもけっこう盛況なようです。

もともとブルーカラーやクラーク層の硬直的な雇用システムであるはずの「ジョブ型」が、なぜか世界最先端の柔軟な働き方に変身して、硬直的な日本型サラリーマンを叱りつけるという、攻守所を変えた訳のわからんおとぎ話にされてしまうのを見たら、山崎さんみたいにアメリカの労働のことをよく知っている人であればあるほど腹が立ち、「この莫迦者どもめが!」と切り捨てたくなるのはよくわかるところではありますが、とはいえ、そういうインチキ話に乗ってでも、40年前には世界で一番素晴らしいと脳天気にも自慢していた日本型サラリーマンにビンタを食らわせたくなる企業サイドの気持ちも、わからないではないのですね。

というのも、本書にもちらりとは出てきますが、日本ではよく言われるブルーカラーがホワイトカラー化しているとか、クラークがマネージャー化しているというのは、そこだけみれば欧米よりも競争力が高くて素晴らしいという話になりそうで、実際70年代や80年代にはそういう日本礼賛論が世に満ち溢れていたわけですが、でも両者が似通ってくるということは、裏を返せば、ホワイトカラーがブルーカラー化しているということであり、マネージャーがクラーク化しているということでもあるわけで、90年代以降は企業人事サイドからすれば、「てめえらはホワイトカラーなんだぞ!ブルーカラーみたいに時間なんぼで働いてるんじゃねんだぞ!」とか「ヒラ並のこともできないくせに偉そうに管理職づらしてんじゃねえ!」という鬱屈した思いが蓄積してきていて、それがその時々にいろんな形で噴出してきたというのがこの30年の歴史であったわけで、それの最新版が、言葉の選択がねじれにねじれきった「ジョブ型」であったとすれば、そう批判ばかりする気にもなれないというのが正直なところではあります。

実際、本書を読むと、『ジョブ型人事指針』に出てくる政府ご推薦の「ジョブ型」企業実例に対して、山崎さんは必ずしも非難の矛先をぶつけているわけでもなく、むしろ大変シンパシーを感じさせる記述が続いていたりするので、その辺の事情はわかっておられるのだろうとは思います。

一方、こっちの「一方」は、本書の構成上の「一方」ですが、本書の後半はむしろ本当に新しい話、AIによって旧来のジョブが分解してタスクになっていくみたいな話が書かれています。これも、日本ではインチキコンサルの驥尾に付してジョブ型商売人になっているマーサー社が、本国のアメリカでは「ジョブなんか古いぞ!」という新商品商売に熱心なことを考えれば、当然書かれるべきことではあるんですが、前半における議論と後半の議論とのつながりが、恐らく著者の頭の中では密接につながっているはずだと思うのですが、私のおぼつかない読解力ではきちんと追いかけることができませんでした。個々の情報は大変有用で、有り難いのですが、本書全体で何を言おうとされているのかが、理解力の乏しい読者にまで伝わるように親切に書かれていると、有り難かったと思います。

というわけで、「ジョブ型」に冷水をぶっかける本が出るのは大変いいことなので、是非多くの方に読まれるといいと思います。

とりわけ、本書の版元である日本生産性本部は、自らジョブ型人事制度に関する研修・セミナーを開催したりもしているので、

https://www.jpc-net.jp/seminar/detail/006663.html

是非そういう場で本書を宣伝されるとよろしいのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

2026年5月12日 (火)

「スキル」と「デキル」@WEB労政時報

WEB労政時報に「「スキル」と「デキル」」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/web_limited_edition

近年、日本政府は「リ・スキリング」を大々的に唱道しています。このリ・スキリングという言葉は岸田文雄政権下の2023年5月に「三位一体の労働市場改革の指針」で使われて以来、政府の政策文書におけるバズワードになっていますが、・・・・・・

 

2026年5月 8日 (金)

岸健二編『業界と職種がわかる本 ’28年版』

12423_1776134363 例によって毎年恒例の岸健二編『業界と職種がわかる本 ’28年版』(成美堂出版)をお送りいただきました。2005年版から始まって、今回で24年目、第24版となったそうです。

https://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415241456

これから就職活動をする学生のために、複雑な業界や職種を11業種・8職種にまとめ、業界の現状、仕事内容など詳しい情報を掲載し、具体的にどのような就職活動が効果的かを紹介。
実際の就職活動に役立つ就職活動シミュレーションや、最新の採用動向をデータとともに掲載。
自分に合った業界・職種を見つけ、就職活動に臨む準備ができる。

四半世紀近く学生の就職活動のために本書を出してこられた岸健二さんについて、もう7年前になりますが、こんなエントリを書いたことがあります。2019年といえば東京オリンピックが翌年に予定され(1年延期になりましたが)、その前祝い的にNHKの大河ドラマで『いだてん』が放送されていた頃で、来年入社を目指す若い人にとってはまだ中学生だった頃になるでしょうが、こんなエピソードがあったのです。

岸清一の孫が岸健二さん

Kishikenji いやびっくりしました。「いだてん」の番組の最後に、いきなり岸健二さんが映ったのです。

え?それ誰?と思った方。本ブログで何回か登場していますよ。日本人材紹介事業協会の元事務局長で、いまは相談室長をされています。本ブログでは、だいたいは「労働あ・ら・かると」のエッセイの紹介ですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-4cf7.html (岸健二さん@『日本の雇用終了』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-a461.html (成功した起業家が陥る‘ブラック企業’への道)

また、毎年『業界と職種がわかる本』の各年版をお送りいただいています。ありがとうございます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-d3a96a.html

300pxkishi_seiichi で、その岸健二さんが画面に登場したのは、大河ドラマ「いだてん」で、戦前の東京オリンピック招致に向けて活動していたIOC委員の岸清一がちょうど亡くなって、これからどうするというところで回が終わって、登場人物の紹介に移ったところでした。その岸清一の孫として、岸健二さんの顔が大写しになったのです。

なるほど、さすがに祖父と孫だけあって、何か通じるものがありますね。

 

 

 

 

大学は学術研究機関か職業教育機関か?

なんだか世間(ネット界)ではまたもFラン大学がどうのこうのという百万回聞き飽きた議論が流行っているようですが、なんで日本ではこの手の議論が繰り返されるのかという本質に分け入った議論はほとんど見かけないようです。

世界情勢に通じた人なら知っていることですが、世界共通に世代とともに学歴水準はどんどん上がってきていて、高校卒業後の中等後教育に進学する人の割合で見れば日本は決して高いわけではありません。

なのに何で、という話になるのですが、それにはちゃんと訳があります。

大学をはじめとした中等後教育がどんどん拡大していくのは世界共通ですが、それは主としてそれまでより低い学歴水準の者が就いていた職業の技能の高度化に伴って、より高度な職業技能教育を施す中等後教育が拡大してきたからというのが大きいのです。

実は、日本でもこの間着実に拡大してきた専門学校(高校卒業後に進学する専修学校)はまさにこれに対応しています。

ところが日本では、この間それ以上に「大学」が膨れ上がってきたのです。問題はこの「大学」です。

大学とは何でしょうか?

世界的に見れば、数多くの大学の大部分は高等職業教育訓練機関です。そういうものとして存在し、そういうものとして学生が進学し、そういうものとして卒業生がそれぞれの職場に就職していきます。

日本でも、実態というか、本音では大学は就職のために進学する機関です。だって、大学卒業後に大学院に進学する「進学組」よりも企業等に就職する「就職組」の方が圧倒的に多いのですから、いい大学というのは、本音ではいい会社に就職できる大学のことです。これは、世界的に見れば何らおかしなことではなく、むしろ極めて自然な事態です。

ところが、なぜか建前上はそうなっていないのです。日本では大学というのは、実態としてはもはや同世代人口の過半数が進学する就職組のための機関でありながら、建前上は学術研究のための神聖なるアカデミズムの機関であるということになっているのです。そんなものは世界中どこの国でもごく僅かです。いや日本でも実態からいえば大学の中の一部に過ぎないでしょう。

でも、戦後すぐの1947年に制定された学校教育法では、大学を「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(第83条)と定義しており、そこには職業という文字はでてきません。

戦後新制大学は、戦前の旧制大学、旧制高校、専門学校、師範学校をまとめて一本化したものであり、職業教育機関としての性格を有していることは明らかであったにもかかわらず、法文上からはそれが失われてしまいました。初発の段階から、現実に存在する職業教育機関としての側面を無視してあたかも純粋アカデミックな機関であるかのような幻想とともに出発したのです。

なぜそうなったのかについては、いろいろと研究もあり、別途書きたいと思いますが、これに対しては戦後はやい時期から見直しの声が繰り返されてきました。

たとえば、占領終了直後の政令諮問委員会の答申では、普通大学を学問研究を主とするものと高度の専門的職業教育を主とするものと教員養成を主とするものに分けるべきとしていました。

とりわけ高度成長期には、1963年の中教審答申「大学教育の改善について」において、高等教育機関には、(ア)高度な学問研究と研究者の養成を主とするもの、(イ)上級の職業人の養成を主とするもの、(ウ)職業人の養成および実際生活に必要な高等教育を主とするもの、の3つがあるとし、とりわけ学部レベルではこれら多様な使命を同じ目的・性格の大学学部で行っており、一律の規制を受けているため、十分にその使命を果たせていないと批判して、高等教育機関を次の5種類に分けるべきと提唱しました。

①大学院大学:高等の学術研究を行なうとともに、高い専門職業教育を行なうもの

②大学:主として高い専門職業教育を行なうもの

③短期大学:専門職業教育を行なうものまたは実際生活に必要な知識、技能を与えもしくは教養教育を行なうもの

④高等専門学校:義務教育修了者に対して専門職業教育を行なうもの

⑤芸術大学:音楽、美術等に関する専門家の養成を行なうもの

この類型論で注目すべきは、普通の大学を端的に職業教育機関と定義しようとしていた点です。現実の大学の姿から目を背けてアカデミズムの幻想に浸るのではなく、そこから脱却しようという動きが、60年前には確かにあったのです。

これは当時の日本政府が職務給やジョブ型雇用を推進しようとしていたことと論理内在的にはつながっているのでしょう。

これが実現していれば、職業的レリバンスの欠如だとか、「教育と職業の密接な無関係」だとかいった特殊な日本的教育・雇用ネクサスもより希薄になっていたかも知れません。

ただ同答申には大学の管理運営の強化等も盛り込まれていたこともあり、日本学術会議、日教組、社会党をはじめとした革新勢力が猛反発し、筑波大学や技術科学大学などごくわずかな改革が実現したにとどまりました。

その結果、今日においても未だに学校教育法上では大学は職業教育機関とは位置付けられず、最近できた専門職大学がごくわずか存在するほかは、あとは数百の大学がすべてあたかも純粋アカデミックな機関であるかの如き幻想が維持される状態が続いています。

そして、60年前にくらべても比較にならないくらい大学進学率が増加し、圧倒的多数の大学生が「就職組」であるにもかかわらず、ほとんど妄想に近いアカデミズム幻想をふりかざす人々が悪目立ちしてくると、Fラン大学がどうのこうのという、本質的にはあまり意味のない悪罵ばかりが飛び交うようになるのでしょうね。

(追記)

このエントリをツイートした常見陽平さんに対し、このエントリに対する意見をぶつける人がいっぱいいたようで、

大学は学術研究機関か職業教育機関か? hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

濱口桂一郎先生のブログだからね。 反対、異論を僕に叩きつけるの、どうなのかね

すみませんねえ、ご迷惑をおかけしたようで。

というか、私が謝る筋合いでもなさそうではあるんだけど。

まあ、この話題がある種の人々を興奮させるトピックであることだけは間違いないようです。

せっかく追記したので、上で「なぜそうなったのかについては、いろいろと研究もあり、別途書きたいと思いますが」と述べた点について、ちょっとだけ追加しておきますね。

上で述べたように、戦後すぐの1947年に制定された学校教育法では、大学を「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(第83条)と定義しており、そこには職業という文字はでてきません。

戦後新制大学は、戦前の旧制大学、旧制高校、専門学校、師範学校をまとめて一本化したものであり、職業教育機関としての性格を有していることは明らかであったにもかかわらず、法文上からはそれが失われてしまいました。初発の段階から、現実に存在する職業教育機関としての側面を無視してあたかも純粋アカデミックな機関であるかのような幻想とともに出発したのです。

このとき高等教育機関が一元化されたのは世上、米教育使節団報告に基づくものとされていますが、大崎仁『大学改革19451999』(有斐閣選書、1999年)によれば、同使節団報告自体は633制を要求しているだけで、大学への一元化を求めていなかったのです。では、なぜ一律一元化に至ったのかというと、日本の大学関係者による日本教育家委員会(委員長:南原繁)の非公表の報告書が秘かにGHQに渡され、これが翻って日本に強制されたからとのことです。同委員会は、①大学への系列と専門学校への系列に分かれていることが、専門学校進学者・卒業者を不利な立場に置き、弊害を生じているので、専門学校を充実して大学にする、②高等学校は、その卒業生だけが大学に進学する結果、彼らのみが将来国家社会の指導者となる特権を受けることになるから廃止する、③師範学校は改造して、他の大学と同じ地位を持つ教育大学にする、④学術研究を志す者のために、総合大学に大学院を設ける、ことを提起していました。

同書によれば、この発想の源流は戦時下の1937年に近衛文麿首相の私的研究会である教育改革同志会が取りまとめようとしていた学制改革案にあります。同案は「現在の大学、高等学校、専門学校は、その官公立たると私立たるとを問わず、総てこれ等を国家社会の需要に応じて適当に整理し、専門の職業教育機関としての新制の大学校に改造する」ことを提言していました。

こうした流れの中で考えれば、新制大学はむしろ正面から職業教育機関と位置付けられてしかるべきであったようにも思われますが、大学の目的規定が文部省の法案の「高等の学術技芸を教授研究すること」から上記現行規定へGHQにより修正されてしまい、職業教育的色彩が希薄になりました。そしてGHQの指示による大学基準により一般教育重視と専門教育軽視のカリキュラムが生み出されていくことになります。日本側では専門学校の大学化というイメージでとらえられていた大学一元化が、GHQからは旧制高校・大学予科の大学化として捉えられたことから生み出された制度設計の悲劇といえましょう。

 

 

 

 

 

 

2026年5月 7日 (木)

浦田誠『どうなる? ライドシェア』

F301c99f12d242bb98dd122fdd7d87b0 浦田誠さんの『どうなる? ライドシェア 交通と労働の未来』(岩波ブックレット)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b10166252.html

2024年に「日本版ライドシェア」が始まり、将来的な全面解禁も目されている。画期的なサービスとしてライドシェアを推進する動向に注目が集まる一方で、このビジネスモデルは様々な問題を内包している。先行して導入された世界各国の実態を検証し、ライドシェアの基本知識や課題を示すと共に、交通と労働の未来を見通す。

ライドシェアというのは、ウーバーのようなタクシー型のプラットフォームビジネスですが、浦田さんは長く私鉄総連と国際運輸労連にいてこの問題に取り組んできました。

  はじめに
第一章 日本とライドシェア
 コラム①日本版ライドシェアとは
第二章 究極の規制緩和
第三章 安全よりもビジネス優先
第四章 ライドシェアの労働実態
第五章 裁判で争い、規制に抗う
第六章 公共交通のオルタナチブ?
終 章 どうなる? ライドシェア
 コラム②連立政権でライドシェア導入

ちょうど来月には、ILO総会でプラットフォーム労働に関する条約・勧告が審議され、おそらく何らかの文書が採択されることになると思われます。そういう時期に、そもそもライドシェアにはどんな問題点があるのかをきちんと押さえておくことは重要なことでしょう。

 

 

 

『改革者』5月号で、神林龍さんが拙著を書評

H11 旧民社系のシンクタンク政策研究フォーラムの『改革者』5月号に、神林龍さんが拙著『外国人労働政策』の書評を寄稿されています。1ページを充てて拙著の意のある所をくまなくくみ取っていただいており、ありがたい限りです。

https://www.seiken-forum.jp/publications-top/reformer/

濱口桂一郎著『外国人労働政策』
評者 神林 龍

……本書は、日本の外国人政策がいかに労働(雇用)政策として形成されてき(こなかっ)たのかを、政策形成過程と雇用慣行の関係から体系的に描いた点で、意外に類例の少ない書籍である。とりわけ制度の表層的な記述にとどまらず、その背後にある政策主体の力学と制度的制約に光を当てている点に特色がある。
 内容は大きく二点に整理できる。第一に、外国人政策が省庁間の綱引きの中でどのように形成されてきたのかという点である。著者の官僚経験を背景に、法務省と旧労働省の間の権限争いが具体的に描かれ、政策決定過程のケーススタディとしても読み応えがある。第二に、日本的雇用慣行との整合性という観点から外国人政策を読み解いている点である。……
外国人政策を労働政策として捉え直すことの重要性と同時に、その内実をいかに構想すべきか、本書はこの難問を鋭く提起する。外国人問題に関心を持つ読者にとって、研究的にも政策的にも示唆に富む一冊である。 

 

2026年5月 1日 (金)

ボリス・ビズミック『エスノセントリズム』

676335   ボリス・ビズミック著・石部尚登訳『エスノセントリズム 〈集団〉と〈境界〉を理解するための統合的視座』(明石書店)をお送りいただきました。

https://www.akashi.co.jp/book/b676335.html

自らの民族集団がきわめて重要で、他のどの民族集団よりも優れ、価値があるという信念や態度は、どのように形成され、何をもたらすのか。心理学、政治学、社会学、人類学、生物学、マーケティング研究など、学際的なアプローチによる統合的な視点からこの概念の本質、要因、帰結を明らかにする。

ほとんど日常用語になっているエスノセントリズムですが、その概念をここまで緻密に分析した本は初めてです。

第1章 エスノセントリズム研究の歴史と背景
 第1節 社会科学成立以前のエスノセントリズムに関する記述
 第2節 エスノセントリズムに関する社会科学的記述
 第3節 本章の総括と結論

第2章 エスノセントリズムの概念
 第1節 エスノセントリズムの定義における主要テーマ
 第2節 外集団否定とは区別されるエスノセントリズム
 第3節 外集団否定を伴わない内集団肯定とは区別されるエスノセントリズム
 第4節 内集団肯定と外集団否定の結びつきとは区別されるエスノセントリズム
 第5節 エスノセントリズムの諸次元
  5.1 献身性
  5.2 集団凝集性
  5.3 選好性
  5.4 優越性
  5.5 純粋性
  5.6 搾取性
 第6節 再概念化されたエスノセントリズム
 第7節 再概念化されたエスノセントリズムの測定
 第8節 エスノセントリズムの概念化に関する補足的整理
  8.1 エスノセントリズムと民族集団―民族性がもつ重要性
  8.2 エスノセントリズムの対概念
 第9節 本章の総括と結論

第3章 エスノセントリズムの近接的要因――恐怖と自己誇大化
 第1節 恐怖に起因するエスノセントリズム
  1.1 現実的脅威に基づく説明
  1.2 象徴的脅威に基づく説明
  1.3 内的心理的脅威に基づく説明
 第2節 自己誇大化に起因するエスノセントリズム
  2.1 自尊感情に基づく説明
  2.2 搾取と支配に基づく説明
 第3節 理論的検討
  3.1 二重過程の認知・動機づけモデル
  3.2 価値観を基盤とする理論的枠組み
 第4節 本章の総括と結論

第4章 エスノセントリズムの遠隔的要因――社会的要因と生物学的・進化的要因
 第1節 社会的要因に基づく説明
  1.1 社会化と社会的規範
  1.2 無知と集団間接触の欠如
  1.3 社会的カテゴリー化
  1.4 社会的要因に基づく説明への批判
 第2節 生物学的・進化的要因に基づく説明
  2.1 生物学的アプローチ
  2.2 進化論的アプローチ
  2.3 生物学的・進化的要因に基づく説明への批判
 第3節 理論的検討
 第4節 本章の総括と結論

第5章 エスノセントリズムの帰結
 第1節 エスノセントリズムの帰結としての人種主義とナショナリズム
 第2節 エスノセントリズムの帰結としての行動
 第3節 エスノセントリズムの帰結としての偏見と外集団忌避
 第4節 エスノセントリズムの帰結としての非人間化、正当性否認、道徳的排除
 第5節 エスノセントリズムの帰結としての民族紛争、民族浄化、民族大量虐殺
 第6節 エスノセントリズムの特定形態とその帰結
 第7節 本章の総括と結論

第6章 エスノセントリズムの要因と帰結の統合
 第1節 再概念化されたエスノセントリズムの要因と帰結に関する実証研究
 第2節 再概念化されたエスノセントリズムの要因と帰結の統合的考察
 第3節 エスノセントリズムの集団強度モデル
 第4節 本章の総括と結論

第7章 心理学におけるエスノセントリズムとその影響
 第1節 心理学へのエスノセントリズムの影響
  1.1 研究テーマ
  1.2 理論的枠組み
  1.3 研究手法
  1.4 心理学史の表象
  1.5 心理学における制度的枠組み
  1.6 学術的社会ネットワーク
  1.7 引用パターン
 第2節 エスノセントリズムにとらわれない心理学への障壁
 第3節 今後の方向性
 第4節 本章の総括と結論

 付録A エスノセントリズムの定義とテーマ分析
 付録B エスノセントリズム尺度1(36項目版)
 付録C エスノセントリズム尺度2(36項目版および12項目版)

エスノセントリズムは大きく分けて内集団志向(ex.ニッポンスゲェ)と外集団志向(ex.支那朝鮮ヒデェ)からなり、それぞれがさらに献身性と集団凝集性、先行性・優越性・純粋性・搾取性からなり、それぞれごとにその尺度となる6項目ずつのテーゼが巻末付録に並んでいます。

本文は必ずしも読みやすくないのですが、この巻末の36尺度はなかなか楽しく、昨今の政治情勢に照らし合わせて考えるといろいろな感想が湧いてきます。

それぞれのはじめの項目を並べてみると以下のようになります。

献身性

1 どのような犠牲を払ってでも、自分の文化や民族集団の価値観や生活様式、信念は守らなければならない。

・・・・・・

集団凝集性

1 私たちは、自分たちの文化集団の中で、より強固な一体感や共同体意識、連帯感を育むことに全力を注ぐべきだ。

・・・・・・

選好性

1 私はたいてい、自分の文化の人々の方を、他の文化の人々より好む。

・・・・・・

優越性

1 世界中の他の全ての文化集団や民族集団が私の文化を手本にすれば、世界ははるかに良い場所になるだろう。

・・・・・・

純粋性

1 異なる民族集団や文化集団に属する人々は、結婚しない方が良いと思う。

・・・・・・

搾取性

1 私たちは常に自分たちの利益を最優先すべきであり、他の文化や民族集団の利益に過度に配慮すべきではない。

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

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