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2026年4月20日 (月)

菅野和夫・荻野登・永田有・尾形强嗣『バブル崩壊後の雇用システムの適応と変貌』

Koyosystem2026   菅野和夫[編著]荻野登・永田有・尾形强嗣[著]『バブル崩壊後の雇用システムの適応と変貌─政策との関連で─』がJILPTから刊行されました。

https://www.jil.go.jp/publication/ippan/koyosystem2026.html

これはどういう本かというと、2021年に刊行された故草野隆彦さんの『雇用システムの生成と変貌─政策との関連で─』の続編です。亡くなった草野さんの遺志を継いで、草野本の原動力であった菅野JILPT元理事長のもとに、荻野登・永田有・尾形强嗣の3人がバブル崩壊以後の約30年余の時代を4区分して分担執筆したいわば「現代史」ということになります。

そのはしがきに、本書の趣旨が書かれています。

・・・しかしながら、草野書の分析が及んでいない 1990 年代に入ってからは、日本経済は同年代当初のバブル経済崩壊に始まって、2010 年代までの長いスランプに陥り、日本的雇用システムも、雇用の不安定化、賃金の伸び悩み、非正規労働者の増加、長時間労働の蔓延、女性活躍の停滞、等々の諸問題に直面することとなった。そして、それら諸問題を通じて日本的雇用システムそのものが、この間の日本経済停滞の基本的要因の一つとして指摘されるようになった。
 本書は、日本的雇用システムをめぐる上記のような情勢変化に鑑み、草野書の続編として、1990 年代当初のバブル崩壊後、日本経済が停滞して労働市場と雇用労使関係上の様々な問題に直面し、企業も労使も政府も雇用システムの改革に取り組むようになった 2020 年代当初までの時期における同システムの様相を、その間の政府の政策との関連で詳しく描写し分析しようとする試みである。

3人はそれぞれ、

第1章 バブル崩壊後の暗中模索期(1990~97年):荻野
第2章 デフレ下の構造改革と雇用システムの変質(1997~2006年):永田
第3章 行き過ぎた市場主義からの揺り戻し(2006~12年):尾形
第4章 アベノミクス下における経済社会改革(2012~20年):尾形

とそれぞれの時代区分ごとに執筆していますが、それぞれに専門性を有し、いい意味での「クセ」のある方々なので、各章はそれぞれの執筆者のクセが滲み出る文章になっています。荻野さんは労使関係を追いかけてきた旧協会派(JILPTにおける旧日本労働協会出身者)、永田さんは労働白書にも関わった労働エコノミスト、尾形さんは法制度を中心とした政策形成に関わってきたというわけで、その匂いが漂います。

とりわけ、尾形さんの執筆になる第3章ととりわけ第4章は、あちこちに「尾形節」とでもいうべき政策批評がちりばめられていて、関係者は読んでいくと、「その通り」「我が意を得たり」「いやいや、そこまで言うか」「それは言うていいんか」等々と、内心で声を発しながら読むことになるのではないかと想像されます。ていうか、私自身がそうでした。

ある意味で全ての節や項に尾形節が鳴り響いていると言ってもいいのですが、例えば障害者雇用に関わる次の一節は、ややもすれば他の分野のような雇用システムとの関連を考えずに進められてきた障害者雇用政策に対する反省の言葉とも読めましょう。

・・・わが国の場合、同じ発達障害でもアメリカ等で多数派となっているADHD(注意欠陥多動性障害)類型ではなく、いわゆる高機能広汎性発達障害の類型に属する者が中心となっている。こうしたタイプの発達障害者は、多くの場合、採用に当たって企業がもっとも重視する協調性、コミュニケーション能力などにおいてハンデを有しており、実際に手帳所持者の大半は、就職活動における挫折や職場での不協和などのエピソードを特徴としている。日本的雇用システムの下、まさにその障害特性ゆえに職業適性を欠くとして従業員集団(企業コミュニティ)から排除された者とも言える。こうした障害特性を補完して受け入れるということは、当該特性を「不適格」と評価するような採用(能力評価)基準、ひいては雇用システムの在り方自体の見直しにまで影響する要素があり、そこまで踏み込まずに対応が可能な身体・知的などの障害と決定的に異質なものといえる(逆さまに考えれば、発達障害とは、いわば雇用システムによって「炙り出された」障害といえ、故に日本においては上記のような発達障害類型が中心的な存在となるのだと考えられる。各国において中心となる発達障害のタイプは、ある意味でその国に支配的な雇用社会システムの「映し鏡」であるともいえよう)。

 知名度のある大企業などが法改正後も依然として発達障害者の採用に慎重なのもそうした事情からかとも推測されるが、従来の障害類型と根本的に異質の発達障害をも雇用義務対象とした(正確には対象となることを明示した)ことで、こうした伝統的な雇用システム(企業コミュニティ)に本質的に馴染みにくい者をいかに受容するかという極めて困難な問題が改めて惹起されたのである。ただ、精神障害者を雇用義務対象とするか否かで大議論になった労政審も含め、本問題については、今回法改正の検討プロセスにおいて必ずしも突っ込んだ議論は行われなかった。また、就労支援を担当する公的機関も、法改正後においても、そこまで自覚的に受入れ先企業等を助言指導しておらず、的泣くな問題意識を持って受け入れる企業は極めて少数であったと言えよう・・・。こうした展開を振り返れば、経産相が提唱する「ダイバーシティ経営」が現実の壁に阻まれ、行き詰まりを見せていることもある意味で自然な成行きと言え、日本的雇用システムのコアにある寄贈文化的要素が如何に強靱化が、改めて印象づけられる。

いや、こういう本格的に議論すべきところもあるんですが、たとえば安倍政権の「同一労働同一賃金」に対するこういう突っ込みなんかは、大喜利で「座布団2枚!」といいたくなるような「そうやけど」「そこまでいうんか」の寸言であります。

・・・こうした運動論的な色彩を色彩を纏った施策をあえて保守本流と言える安倍政権が採用し、いわば寝た子を起こす形で再燃させることについては、経営側の強い反発も予想された。にもかかわらず、そうした議論を呼ぶ問題をこのタイミングであえて取り上げた背景には、やはり2016年夏に予定されていた参議院選挙に向けた女性・若者向けのアピールという政治的要素が第一に想起される。

 つまり、本施策の本質は、労政審を中心とした労働系インナーサークルに強いアレルギーのあるこの「国際標準」を導入し、旧態依然たる日本的雇用システムを改革するという一種のプロパガンダ戦略であった。「改革派」若手労働法学者を知恵袋に、専門外の有識者らをも動員して、「守旧派」の厚い壁を破り、男性中心の古い体質を改革する、という女性・若者向けの一種の「演出」であり、当初から労使合意の上導入された従前のルールを覆す意図はなかったといえる。

同じ働き方改革の看板であった時間外労働の上限規制についても、ここでは引用しませんが(445頁)、なかなかにきつい皮肉の効いた寸言が溢れています。単にこの30年余の歴史的事実を回顧するだけにとどまらず、その頃にあれこれと感じていたことが蘇ってくるという意味で、熟読に値する本です。

 

 

 

 

 

 

 

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