フォト
2026年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 2026年3月 | トップページ

2026年4月

2026年4月14日 (火)

大内伸哉さんが拙著『管理職の戦後史』の書評で驚きの事実を・・・

Asahi2_20260414211401 大内伸哉さんがブログ「アモリスタ・ウモリスタ」で拙著『管理職の戦後史』を書評されているのですが、

https://lavoroeamore.cocolog-nifty.com/amoristaumorista/2026/04/post-ecc3cb.html

アネクドート(anecdote)が豊富で,濱口さんにしか書けない内容が多く,こうした記録を今後もぜひ残していっていただきたいと思います。

と評していただいて、有難いことです。

ところで、その先を読み進んでいくと、何と驚きの事実が明らかにされているではありませんか!

ところで,本書146頁で,「西宮市管理職員等職員組合」が1975530日に全国自治体で初めて結成されたという記述を見つけたとき(それは,松岡三郎が著書のなかで管理職組合の例として公務員の管理職組合しか挙げていなかったのは残念であるという文脈でしたが),胸に熱いものがこみ上げました。この組合は,私の父が立ち上げたものだったからです。・・・・

なんと、大内さんの御父君は日本最初の公務員管理職組合(正確にいえば管理職員のみによる職員団体)を作った方だったんですね。

日本労働法学会で最初に報告したテーマが「管理職組合」であったことも,まったくの偶然ではありますが,不思議な縁を感じました。・・・

この日本労働法学会のシンポジウムのことも、本書168ページにちらりと出てきます。

 

 

 

ジョブ型って、どの部分のジョブ型?

日経新聞のこの記事に対して、

会社員の4割超が「静かな退職」、20代は半数 マイナビ調べ

マイナビは13日、必要最低限の仕事しかしない「静かな退職」に関する調査をまとめた。同調査では会社員の46.7%が静かな退職をしていると答え、前年調査から2.2ポイント増えた。20代では50.5%だった。・・・

山下ゆさんがこう嘆いていますが、

https://x.com/yamashitayu/status/2043900863245365372

必要最小限の仕事をしているのに、それが「静かな退職」などと呼ばれてしまう国でジョブ型雇用をわかってもらう難しさ…

これはもう百万回くらい繰り返してきたことですが、ジョブ型雇用社会って、上澄みも下積みもジョブの原理でできているとは言いながら、その中身が対照的なんですね。

先週刊行された『中央公論』のエッセイに載せたこの図が分かりやすいと思いますが、

Chuko2605_fig1_20260414204201

・・・一言でいえば、日本のホワイトカラー職場には、管理職兼専門職兼事務職の総合職サラリーマンという一種類の職種しか存在せず、上から下までマネージャー的、スペシャリスト的、アシスタント的なタスクがその割合を少しずつ変えながら連続的に分布しているのである。これは戦時体制と戦後改革によって作り上げられた戦後日本独自の雇用システムであって、戦前に存在した「入社時から管理職」というエリート層はいなくなり、みんなヒラ社員として入社し同期で猛烈に競争して管理職に出世していくという仕組みである。専門職とは多くの場合、管理職になれない者の処遇のためのポストの名称であった。この競争的平等主義システムは、猛烈サラリーマンを生み出し、日本の高度成長に貢献した一方で、過労死を始めとする様々な社会問題の要因ともなった。・・・

ジョブ型の上澄みは自己裁量権が与えられ、自発的にばりばりどんどん仕事を進めていくエグゼンプト型のジョブ型であるのに対し、ジョブ型の下積みは裁量性はほとんどなく、まさに職務記述書に書かれた範囲のことだけをきちんとやるだけのノンエグゼンプト型の「静かな退職」タイプ。

それに対して、日本の職場は上から下まで一つながりの連続体であって、管理職と言えどもジョブ型のマネージャーに比べて裁量権が乏しいし、ヒラ社員といえども言われたことだけやっているなんてことは許されず、自発的にばりばりどんどん仕事を進めていくことが期待される。

そして、なぜか経団連や日経新聞は、多数を占める下積みのジョブ型は全く目に入らず、上澄みの裁量的で自発的なエグゼンプト型だけがジョブ型だと思い込んで、それに引き換え日本のカウンターパートはちんたらちんたらやってるだけの情けない連中だとばかり罵る。

いやいや、それは少数派の上澄みジョブ型の話であって、多数を占めるノンエグゼンプト型のジョブ型のランクアンドファイルの連中に比べると、日本のヒラ社員たちの猛然と自発的に働きたがる姿勢はすさまじいものがあるんだけれど、それがちょびっとでも薄れかけてくると、「静かな退職」と罵らざるを得なくなるようですね。

 

 

治療と就業の両立支援@WEB労政時報

WEB労政時報に「治療と就業の両立支援」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/90729

去る202641日に、2025611日に公布された改正労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)により同法に新設された第27条の3が施行されました。これは、単独で「第8章 治療と就業の両立支援」を構成している条文で、具体的には・・・・・・

 

2026年4月11日 (土)

労働組合の役員選出総会決議ープレカリアートユニオン事件(東京高判令和6年11月13日)

昨日、東大の労働判例研究会で、プレカリアートユニオン事件(東京高判令和6年11月13日)の評釈をしてきました。

正直言って、会社法なんか40年近くほとんど触ったこともなかったため、専門家から見れば見当はずれの議論をしているかもしれませんが、改めて会社法の教科書を開いて読んでみて、いろいろと考えることがありました。

ちなみに、会社法の教科書なんか手元になかったので、JILPTの図書館に行って、一番新しそうな田中亘『会社法第3版』(東大出版会)を借り出して、関係部分を引っ張ったら、最新版は第5版だと指摘されました。

https://hamachan.on.coocan.jp/rohan260410.html

労働判例研究会    2026/04/10
   濱口桂一郎
 
 
労働組合の役員選出総会決議
プレカリアートユニオン事件(東京高判令和6年11月13日)
(労働法律旬報2095+96号98頁)
 
Ⅰ 事実
1 当事者
X1:一審原告、控訴審被控訴人。Y1の組合員であったが、除名された。
X2:X1の補助参加人。
X3:X1の選定者。Y1の組合員であったが、除名された。
Y1(プレカリアートユニオン):Xが加入し、除名された労働組合(労働委員会の法適合証明と登録済み)。
Y2:Y1の代表者
 
2 事案の経過
・Y2は平成27年9月19日のY1総会で執行委員長に選任され、以後令和5年9月9日総会に至るまで執行委員長に選任されている。
・X1は平成28年にY1に加入し、平成31年3月17日から1年間の権利停止処分を、令和元年8月18日から1年間の権利停止処分を、令和2年7月5日から令和4年1月4日までの権利停止処分を受けた末に、令和2年9月12日の総会で除名された。
・X3はY1の組合員であったが、令和2年7月5日から令和4年1月4日までの権利停止処分を受けた末に、令和3年9月11日の総会で除名された。
・Y1は平成27年から令和5年までの間、10回の総会を開催した。X1の除名は第4次総会決議、X3の除名は第5次総会決議による。
・X1はこの10回の総会の決議がいずれも不存在であることの確認を求めて、予備的請求としてこれら決議がいずれも無効であることの確認を求めて、訴えを提起した。
・令和6年2月28日、東京地裁はX1の主位的請求(総会決議の不存在)を認容する判決を下した。
・これに対してY1らは控訴したが、本判決は控訴を棄却した。
・控訴審係属中の令和6年5月26日、Y1は臨時大会を開催し、X1及びX3について組合費滞納を理由とする資格喪失の決議を行った。
・なお、令和7年7月2日、最高裁はY1らの上告を棄却し、本判決が確定した。
 
Ⅱ 判旨 控訴棄却(高裁判決による修正を地裁判決に入れ込む形)
1 訴えの利益
(1)「Y1は、X1及びX3が組合員の地位を失っていることを理由に確認の利益を否定するが、X1はX1及びX3に対する除名処分の効力を争っており、・・・本件第4次総会決議及び第5次総会決議は招集権限を有さない者により招集された総会による決議であることにより不存在であるから、本件第4次総会におけるX1を除名する決議及び本件第5次総会におけるX3を除名する決議も不存在というべきであって、X1及びX3は組合員としての地位を失っていないと言える。したがって、Y1の主張は前提を欠く。」
(2)「Y1は、原判決言渡し後の令和6年5月26日に開催されたY1の臨時大会(第15回大会・・・)での選任決議を経た執行委員からなる執行委員会において、同日付けで、X1及びX3について組合費滞納を理由とする資格喪失の承認決議がされ、X1及びX3はこれにより組合員資格を喪失したから、過去の本件各決議の不存在ないし無効を確認する利益を喪失したと主張する。しかし、原判決口頭弁論終結時において、X1及びX3がY1の組合員の地位を喪失したとは認められないことは・・・原判決・・・のとおりであり、執行委員選任を含む本件臨時総会における決議の効力に争いがあること、当審においてこの点を審理することについて、Y1が審級の利益が害されるとして異議を述べた」。「そうすると、現時点において、X1及びX3について、本件臨時総会における決議及びこれによる組合員資格喪失を理由として、過去の本件各決議無効または不存在の確認の利益を否定されることになるとすれば、本件紛争の有効適切な解決を図ることができず、相当でない。」
(3)よって「本件訴えには確認の利益がある。」
2 総会決議の不存在
(1)本件第1次総会決議
「本件第1次総会においては、代議員の選任のために各支部における直接無記名投票が実施されておらず、Y1は立候補者がいないものとしてY2らにおいてにおいて特定の組合員に声掛けをして代議員になってもらい・・・、総会ごとに組合員全員に対し代議員の立候補意思を有する者はその意思を表明するよう広く呼び掛けるといった公募手続、これに対応する投票手続は採られておらず、支部によっては一部の者の話合いにより代議員が決められ、Y1本部に伝えられていたこと、そのため、X1は、代議員に立候補する意思があったにもかかわらずその機会がなく立候補できなかったこと、他方で、X3は、代議員に立候補していないにもかかわらずY1から説明もなく案内書及び代議員証の郵送を受けたことから代議員として本件第1次総会に出席したことが認められる。
 これらの事実によれば、本件第1次総会においては、代議員の選任手続について選挙大会規定10条に反し直接無記名投票を行わないといった瑕疵があったということができる。また、X3が代議員になった状況からすると、少なくともX3の所属している支部においては、代議員の選任に同支部の組合員の多数の意思が反映されていたとはいえないし、Y2が、活発に組合活動をしていた人や大会に出席してくれそうな人等に声がけをしていたと供述していること・・・からして多くの支部において同様の状況であったと推認されるのであり、各支部において直接無記名投票と同視できる程度の民主的手続によって代議員が選任されたということもできない。」
 「・・・労働組合法5条2項5号が役員または代議員の選挙を直接無記名投票によるものと定めた趣旨は、投票者の意思が第三者の意思を経ることなく直接最終的なものとして表明されること及び投票の秘密が守られることを確保し、これにより組合民主主義を実現することにあると解されるから、直接無記名投票によらずに役員を選任する場合には、仮にこれが許されるとしても、少なくとも直接無記名投票による場合と同程度に投票者の意思が直接表明され、投票の秘密が守られる方法によることを要するものというべきである。しかるに、本件における代議員の選出過程は・・・投票者意思の直接的な表明がされているとも、投票の秘密が守られているともいえないものであり、また、本件のような選任手続によって選任された代議員による決議は組合員の多数の意思を反映したものということはできず、・・・その瑕疵は重大であり、もはや法的に総会決議と評価することができず不存在というべきである。」
(2) 本件第2次総会決議ないし本件第7次総会決議
「本件第1次総会決議は不存在であるから、当該決議において選任された役員によって構成された執行委員会は正当な執行委員会ではなく、その後に招集された大会は、法的には大会の招集権限を有する・・・執行委員会ではないものが招集したものとして、組合員の全員が出席して開催された等の特段の事情がない限り、その大会において行われた決議は不存在と評価される(株主総会について、最高裁判所第三小法廷平成2年4月17日判決民集44巻3号526頁参照)。
 本件において上記特段の事情を認めるに足りる主張立証はないから、本件第2次総会決議は不存在であるとともに、同様の理由によって本件第3次総会決議ないし本件第7次総会決議も不存在である。」
(3)Y1の主張について
「Y1は、選挙大会規定10条が定める直接無記名投票による代議員選挙は、代議員の候補者が定員を上回った場合を想定した規定であり、定員に達しない場合は、執行委員会が個別の組合員に代議員への立候補を打診し、当該組合員が承諾することによって代議員を選任することが慣例になっており、本件第1次総会も同様であった旨主張する。
 しかしながら、Y1の主張する上記解釈は、選挙大会規定10条の明文規定に明らかに反するだけでなく、組合の意思決定の重要な機関である代議員の選任を組合員の多数の意思を反映せずに行うもので、上記のような選任方法が慣例になっていたとしても、そのような選任方法は組合規約に反するものといわざるを得ない。また、・・・本件第1次総会においては、多くの支部において代議員の選任のために総会ごとに立候補者を公募する手続すら行われておらず、実際、X1も立候補できなかったことが認められるから、立候補者が定員に達しなかったといった前提を欠くというべきである。
 Y1は、上記のような慣例となっていた代議員選任手続について、各支部から異議があったことはなかったとも主張するが、そうであるとしても、上記のような手続により選任された代議員が組合員の多数の意思を反映したものといえないことに変わりはなく、そのことにより代議員選任手続に瑕疵がないとか、瑕疵が軽微であるとかいえるものではない。」
(4)本件平成27年総会決議ないし本件平成29年総会決議
「Y2においても、本件平成27年総会ないし本件平成29年総会において代議員の選任の際に直接無記名投票を行わなかったことを認めており・・・、本件第1次総会と同様の状況であったと推認できる。
 したがって、本件平成27年総会決議ないし本件平成29年総会決議も本件第1次総会決議と同様に、組合員の多数の意思を反映せずに選任された代議員によってされた点において重大な瑕疵があり、もはや法的に総会決議と評価することはできず不存在というべきである。」
3 控訴審におけるY1の主張について
(1)労組法5条2項5号の趣旨
「Y1は、労働組合法5条2項5号は組合規約に直接無記名投票による旨を定めるべきことを規定したにとどまり、組合規約にその旨の記載があれば実際の代議員選任手続がどのように行われたかは同号違反の問題にならないと主張する。しかし、・・・、代議員又は役員の直接無記名投票制度は組合民主主義の実現の根幹をなすものというべきであるから、同号が単なる組合規約の記載事項のみを定めたものと解することはできない。」
「Y1は、選挙大会規定5条の直接無記名投票による代議員選挙は、代議員の候補者が定員を上回った場合を想定した規定であり、候補者が定員に達しない場合には、国政選挙と同様、無投票当選となるべきであると主張する。しかし、候補者が定員に達しないという前提を欠くことは原判決・・・で判示するとおりである上、そもそも組合規約ないし選挙大会規定にY1の主張するような手続の定めはないところ、代議員につき広く公募したものの応募者がいなかった場合を想定すると、Y1の執行部等において立候補を打診し、これを承諾したものを候補者とすることが可能であるとしても、その候補者について信任。不信任の投票を実施し、あるいは、あらかじめ一定の場合には無投票当選とすることを告知するといった手段を取ることが考えられるのであって、候補者がいないことのみをもって、立候補を打診されたものの承諾のみで代議員を選出することが許されるとはいえない。」
「Y1は、本件第1次総会における代議員選任手続についてY1(X1の誤り)以外のものから異議が出たことはないから、組合民主主義は実質的には害されておらず、組合員に保障された利益の侵害はなく、瑕疵は軽微であると主張する。しかし、組合民主主義の実現のために適正な手続を確保することが要請されることは前記のとおりであり、Y1の組合員全員の承諾がある場合等であればともかく、本件においてそのような事情は見当たらないから、瑕疵が軽微であるとはいえないものである。」
(2)瑕疵の連鎖論について
「Y1は、以前の役員の選任手続の瑕疵が連鎖したことにより本件各決議を無効とすることは多数の組合員を救済してきたY1の活動を過去に遡って否定するものであり、上記組合員らの救済を阻害すると主張する。しかし、労働組合内部の組織運営に関する事項に瑕疵があることと当該組合が対外的にした行為の効力とは別異に解することも可能であり、瑕疵が連鎖したことにより本件各決議が不存在とされたからといって、直ちに組合員らの救済を阻害する結果が生じるともいえないから、上記の主張は理由がない。」
(3)令和6年臨時総会による本件各決議の瑕疵の治ゆの主張について
「原判決を受けて、(令和6年5月26日)、選挙大会規定3条1項2号に基づく組合員の招集請求に基づくものとして本件臨時総会が開催され、・・・「平成24年4月9日のY1設立以来の全ての大会、執行委員会における全ての決定を追認すること」が提出されたこと、その承認決議がされた旨の議事録・・・が作成されたことが認められる。しかしながら、X1は本件臨時総会における決議の存在及び効力を争うところ、適正な手続を欠いてされた本件各決議について、組合員全員がその追認を承諾し、あるいは、新たな代議員の直接無記名投票による選任を経た上で本件臨時総会が開催されて追認の決議が行われたなどの事実を認めるに足りる証拠はなく、瑕疵の治ゆがあったということはできない。本件臨時総会が開催され、そこで本件各決議を追認する旨の決議がされたことをもって、直ちに本件各決議の瑕疵が治ゆされたものということはできないから、この点についてのY1の主張は理由がない。」
 
Ⅲ 評釈 判旨に疑問あり
 
1 本事案の特徴
 
 本事案は、その中核は組合員の除名処分の正当性をめぐる紛争であり、労働法の教科書でいえば、組合民主主義や統制権、団結自治の限界といった集団的労使関係法の古典的テーマに関わるものであるが、除名処分自体の無効確認ではなく、その前提となる役員選出総会決議の不存在確認を求め、それが認容された事案であり、恐らく過去に例を見ない事案であると思われる。
 本判決については、『労働法律旬報』2095+96号所収の毛塚勝利評釈が全面的に批判を加えているが、組合民主主義は仲間が日常的に議論する討議(熟議)民主主義であって、自ら選出した者に組織運営を任せる代議制(間接)民主主義ではない、といったいささか高邁に過ぎる議論が展開されており、実定法上の議論が不足している感もある。また、本事案は社会学的にはいわゆる合同労組の内輪もめという面もあり、その観点からの若干の考察もしておきたい。
 
2 少数派組合員除名処分に係る労働法学と判例の展開
 
 富永晃一「第2章 労働組合の法理」(『講座労働法の再生第5巻 労使関係法の理論課題』)によれば、戦後初期の労働法理論は集団主義的団結観に基づき、闘争組織としての労組の特殊性を強調し、民主的集中制としての組合民主主義の観点から、団結強制や統制処分を肯定する傾向にあった。ところが高度成長期以後は個人主義的団結観が有力となり、労働者個人の権利・利益、自由な自己決定を強調し、団結強制や統制処分に対しても否定的な傾向となった。
 労働組合の権限の法理論的根拠としては、団体法的な把握(団結権説、団体固有権説)と契約法的な把握(同意説、規約準拠説)があるが、労組の対内的な諸権限については後者に求めるべきとの見解が有力である。他方、労組と組合員の間の紛争に法的介入すべきかという観点からは、労組が私的・任意的団体であれば介入の必要性が少なく、公的・準公的団体であれば介入の必要性が高くなり、後者の考え方が有力となった。
 本事案と共通する組合執行部に対する批判的少数派組合員の除名というケースとしては、全日産自動車労組事件(横浜地判昭和62年9月29日労働判例505号36頁)が、労組内の共産党系少数派の除名処分とそれに伴うユニオンショップ解雇の事案として典型的であり、除名処分について「被告らが制裁事由に該当していると主張している原告らの活動については、そのほとんどが右該当性を肯認することができず、一部のビラ発行、配布活動及び批判活動に右該当性を肯認できるものの、かかる活動によって被告組合の団結が著しく侵害されたと認めるに足りる証拠はない。しかも原告らの活動が、その思想的背景はさておき、被告組合の民主化を目指した活動であることも考え合わせると、その活動に一部制裁事由に該当する部分があったとしても、それ相応の制裁は許されるものではあるが、これに除名をもって臨むのは社会通念に照らし著しく合理性、妥当性を欠くというべきであり、したがって本件除名は統制権の限界を超えて無効であるといわざるを得ず、原告らは未だに被告組合の組合員たる地位を有しているものというべき」と判示している。
 これに対し、本事案と同様に企業を超えた個人加盟の一般労働組合における批判的組合員の除名処分の事案としては、東京土建一般労働組合事件(東京地判昭和59年8月27日労働判例441号39頁)と東京土建一般労組事件(東京地判平成4年10月13日労働判例619号31頁、控訴審:東京高判平成5年10月25日労働判例650号43頁)がある。前者は下部組織機関紙の編集発行を任されていた原告が、組合や上部組織執行部を誹謗中傷する記事を再三掲載したとして統制違反を理由に除名された事案であり、後者は組合の機関において疑惑がないとされたにもかかわらず、組合役員に不正があるとの組合批判をし、かつ警察に告発をした行為が統制を乱す行為として除名された事案であり、いずれも(後者は一審、控訴審とも)除名処分を有効としている。
 前者の判決は、原告の行為について「いかに表現等の自由が憲法で保障され、さらには規約によって組合執行部批判が認められているとしても、明らかにその範囲を逸脱しており、被告組合の組合員としては特に許されない」、「所定の統制処分のうち最も重い除名処分に付されてもやむを得ない」として、「社会通念上の客観的合理性があ」り、「本件除名処分を無効とすべき事由はな」いとしている。また後者一審判決は「これらの行動は、被告組合が自主的に判断して決定した原告指摘の経理問題を、被告組合の意思に反して、確たる証拠がないにもかかわらず、捜査機関に調査を求めることにより組合の自主性を失うものであり、組合の規約に反して統制を乱し、組合の信用、名誉を失墜させるもの」として、「その行為の態様、結果、影響等に照らすと、被告組合がこれを除名事由に該当するとした判断に違法があるとはいえない」としている。
 こうした裁判例からすると、もし本事案がX1の除名処分自体の無効を争うものであったならば、企業内組合におけるユニオンショップ解雇事案ではなく企業を超えた個人加盟の一般組合における批判派の除名であることを考えると、(そもそもX1の除名理由が争点になっていないため判断のしようがないが)当該除名が有効とされた可能性もあったようにも考えられる。
 
3 総会決議の瑕疵に係る会社法と労働法
 
 本判決は、労働組合法上に特段規定のない総会決議の不存在確認について、明文の規定のある会社法830条(株主総会等の決議の不存在又は無効の確認の訴え)を準用するような形で、Y1の総会決議の不存在確認という訴えを認めている。この点について、毛塚評釈は、組合民主主義は討議(熟議)民主主義であって代議制(間接)民主主義ではないといったそもそも論で批判しているが、大規模な労働組合になれば全員参加など不可能で代議制(間接)民主主義によらざるを得ないのであるから、こういう議論の仕方は適当ではない。むしろ、会社法の規定を準用するにしても、それが会社法の当該規定の趣旨に合致しているのかどうかを精査する必要があろう。
 会社法は総会決議の瑕疵を争う場合について、次の2か条にわたって3つの訴えの類型を認めている。
 
(株主総会等の決議の不存在又は無効の確認の訴え)
第八百三十条 株主総会若しくは種類株主総会又は創立総会若しくは種類創立総会(以下この節及び第九百三十七条第一項第一号トにおいて「株主総会等」という。)の決議については、決議が存在しないことの確認を、訴えをもって請求することができる。
2 株主総会等の決議については、決議の内容が法令に違反することを理由として、決議が無効であることの確認を、訴えをもって請求することができる。
(株主総会等の決議の取消しの訴え)
第八百三十一条 次の各号に掲げる場合には、株主等(当該各号の株主総会等が創立総会又は種類創立総会である場合にあっては、株主等、設立時株主、設立時取締役又は設立時監査役)は、株主総会等の決議の日から三箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。当該決議の取消しにより株主(当該決議が創立総会の決議である場合にあっては、設立時株主)又は取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。以下この項において同じ。)、監査役若しくは清算人(当該決議が株主総会又は種類株主総会の決議である場合にあっては第三百四十六条第一項(第四百七十九条第四項において準用する場合を含む。)の規定により取締役、監査役又は清算人としての権利義務を有する者を含み、当該決議が創立総会又は種類創立総会の決議である場合にあっては設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、設立時監査等委員である設立時取締役又はそれ以外の設立時取締役)又は設立時監査役を含む。)となる者も、同様とする。
一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。
二 株主総会等の決議の内容が定款に違反するとき。
三 株主総会等の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき。
2 前項の訴えの提起があった場合において、株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令又は定款に違反するときであっても、裁判所は、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、同項の規定による請求を棄却することができる。
 
 これらのうち原則のコースは831条の取消しの訴えであり、その事由は各号列記で示されている。これに対し、830条1項の不存在確認の訴えは、会社法のテキスト(田中亘『会社法第3版』東大出版会)によれば、①決議が物理的に存在しない場合(最判昭和45年7月9日民集24巻7号755頁。実際には株主総会を開催していないのに議事録だけ作成していた事例)、②物理的に決議は存在するが、その手続の瑕疵が著しいため、法律上、決議が存在したとは評価できない場合も含まれる。たとえば、代表権のない取締役が取締役会決議なく株主総会を招集した場合は、招集権者でない者による招集として、当該株主総会の決議は不存在になる(最判昭和45年8月20日判時607号79頁)。特に②の場合には、決議取消事由との差異は程度問題となる。たとえば、招集通知漏れ(一部の株主に招集通知をしないこと)は、通常は決議取消事由にしかならないが、招集通知漏れの程度が著しい場合は、決議は不存在になる(最判昭和33年10月3日民集12巻14号3053頁。代表取締役が実子2名にのみ招集通知をし、他の株主6名[発行済株式5000株中2100株保有]には通知をしなかったという事例で、決議不存在とした)。同テキストは、手続の瑕疵が著しいと評価できるかについて、「瑕疵の客観的内容だけでなく、主観的態様も考慮すべき」とし、「招集権者が反対株主を排除する目的でことさら招集通知をしなかった場合の方が、決議は不存在とされやすくなる」としている。
 以上はもちろん会社法上の議論ではあるが、本判決が準用している会社法上においても、決議不存在の訴えは幅広く認められているわけではなく、上記事例のように主観的態様も含めて瑕疵が著しいことが要件となっており、本判決はこの点に注意を払っているようには見えない。会社法831条1項1号は「株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき」を取消事由としており、本件事案はほぼこれに相当するといえよう。すなわち、法令(労組法5条2項5号)に(厳密に言えば規約記載事項なので間接的に)違反し、かつ定款に相当する規約に基づく選挙大会規定10条に違反しているとはいえるが、それを超えて不存在確認を認めなければならないほどの重大な瑕疵であることが論証されているとはいい難いように思われる。また、同条2項は、「その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないもの」であれば棄却できるとも定めており、本件事案がどの程度の瑕疵であるのかを論ずる必要があったはずであるが、(Y1側がそのような議論をする必要を認めなかったためでもあろうが)やや漫然と「その瑕疵は重大であり、もはや法的に総会決議と評価することができず不存在というべき」と断言するだけにとどまっている。
 これは、X1を除名した第4次総会決議、X3を除名した第5次総会決議の不存在を瑕疵の連鎖理論でもって導くために、その出発点である第1次総会における役員選任決議の不存在が必要不可欠であったためであろうが、瑕疵があるにしてもそれがどの程度重大な瑕疵であるのかを、それ自体としてきちんと検討した形跡が見られないのは問題であろう。
 
4 瑕疵の連鎖論
 
 本判決が引用している最高裁判決(最三小判平成2年4月17日)は、総会決議の瑕疵の連鎖論の根拠となっているものであるが、当該判決をよく読むと、本件事案にそのまま準用できるようなものであるとは思われない。
 この事案はそもそも株主2名、代表取締役1名(X)、他の取締役3名(A,B,C。全て同姓)というファミリー会社(Y)において、臨時株主総会でXが取締役を辞任し、その後任としてDが選任され、その後の取締役会でAが代表取締役に選任決議された旨の議事録が作成され、登記がされたが、そのような事実はなかった(物理的に不存在)という事案である(原審によれば、AはXに対し、経営をおろそかにして業務に支障をきたすことが多かったため、取締役の辞任と代表取締役の退任を申し入れ、Xはこれを受け入れ、手続の一切をAに委任したと主張しているが、それにしても決議の不存在に変わりはない)。つまり、取消でも無効確認でもなく、不存在確認しかありえない虚構の決議がその後にドミノ倒しのように連鎖するという理論であって、手続上に瑕疵が存在するとしても総会が開催され、決議が物理的に実在した本件事案にそのまま準用できるかどうかは精査を要するはずである。
 
5 合同労組(個別紛争解決型ユニオン)であること
 
 以上は教科書的な法律論であるが、本事案の社会学的特徴は、Y1がいわゆる合同労組であり、その社会的実態がある職域の労働者が団結して労働条件の維持向上を図るための組織ではなく、個別労働者がそれぞれの職場で遭遇した解雇、いじめ、労働条件等の個別労働紛争を解決するために加入し、労働組合であるという名目で相手方会社に団交応諾義務を課し、一定の解決を図るための組織であるという点にある(いわゆる駆け込み訴えのための受け皿的存在)。そのため、Y1の組合員にはその団結の基盤となるべき一定の職域というものは存在せず、毛塚評釈が強調する職場での討議を基盤として組織の意思決定を積み上げていくという仕組みは働きにくいと思われる。
 本判決では、X1が権利停止処分や除名処分を受けた事情については全く書かれていないが、同じ当事者による別事件の判決を読むと、その間の事情がほぼ明らかになる。プレカリアートユニオン(拠出金返還等請求)事件(東京地判令和4年5月24日労働判例1268号13頁)では、Y1がX1の元雇用主であるA社及びB社との間でX1の意に反する和解を成立させ精神的苦痛を与え、X1がA社及びB社との和解で受領した解決金の一部を拠出金名目で徴収した等と訴えた事案であるが、畢竟するところ、A社からの解決金19万円の2割の3万8000円と、B社からの解決金300万円の1割の30万円を、Y1が拠出金として控除してX1に渡したことに対する不服が原因である(非弁行為だと主張している)。X1はY1にアルバイトとして雇用されたとしてDMUという労働組合を結成し団体交渉を申し入れたが、Y1はX1が分派活動を行ったことを理由として権利停止処分を、さらにインターネット上でY1の名誉を毀損したとして除名処分をした。これが本事案の事案の経過の第2の・に書かれている経緯である。
 この事件の判決は、A社との和解、B社との和解いずれもX1の意に反するものではなく、Y1による拠出金の受領は非弁行為(弁護士法72条違反)ではないと判示し、またX1のY1における活動はアルバイトとして雇用されていたものではないとして、その訴えを全て退けた。この事件では、除名処分を懲戒解雇だと主張したため、除名処分自体の無効を訴えたわけではないが、権利停止の制裁について「労働組合の組織運営に関する正当な行為にほかならず、不法行為を構成するものということはできない」と一蹴していることから、本事案では改めて除名処分の無効を訴えるというやり方ではなく、総会決議の不存在確認という奇策に出たのであろう。
 この事件の判決は、Y1の個別労働紛争解決に係る活動について、「労働組合であるY1が組合員のために組合員の雇用主と団体交渉等を行って和解を成立させることは、みだりに他人の法律事務に介入する行為ということはできないし、これによって組合員その他の関係者らの利益を損ねたり、法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げるものとはいえない」から非弁行為に当たらないと述べている。この理路はその通りであるが、それは労働組合法上の労働組合であることが前提であって、そこに疑問が呈される可能性はありうる。
 実は、労働委員会が不当労働行為の救済を申し立てた労働組合(首都圏青年ユニオン連合会、以下「S」)に対し、資格審査の結果救済を受ける資格なしとして申立てを却下した事例が存在する。グランティア事件(東京都労委決定令和2年6月16日労働判例1262号97頁。拙評釈:『中央労働時報』令和3年6月号)では、都労委は「Sにおいては、制度として、役員以外の一般の組合員がSの運営に参画したり、意見を述べたりする仕組みができていないのみならず、実態としても、一般の組合員は、組合費を負担しない代わりに、大会及び役員選挙に関与せず、Sの運営に自らの意思を反映させていない上、そのような状況に特に不満はなく、むしろ、Sの運営や活動にかかる負担のないことが組合員であることの動機付けとなっているとみられる。こうしたことからすると、Sにおいては、一般の個々の組合員が、Sを自主的に組織する主体であるということは困難である」、「Sは、組合費を無料とし、大会への参加等も求めず、組合員の組合運営に係る負担を金銭的にも活動的にも軽減することによって、多数の組合員を結集している実態がうかがわれ、事実上、Sを運営しているのは役員6名であって、その6名の役員を除く万単位の組合員は、制度的にも実態としても、Sを自主的に組織する主体であるとみることはできないのであるから、Sが、「労働者が主体となって自主的に・・・組織する団体」であるということはできない」等と述べて、その申立てを却下した。
 Sは極端な事例ではあるが、もっぱら個別労働紛争を解決する機能のみを純粋抽出し、それ以外の余計な機能を排除してしまえば、当該機能を遂行する上では合理的な組織となるが、そもそもその機能が果たせる法的根拠となっている労働組合であるという建前の虚構性が露呈してしまい、正真正銘の非弁行為となってしまうわけである。本事案のY1はもちろんSと異なり、もっぱら個別労働紛争解決機能に特化しているとはいえ、労働委員会の資格審査を受けて法適合組合と認定されている労働組合ではあるが、その根拠はまさに労働組合法5条2項所定の民主性にあることを考えると、こういった合同労組であればあるほど、その組織運営上の民主性の確保には細心の注意を払う必要があるということになろう。
 
 
(参考)総会決議目録(地裁判決・高裁判決の別紙)(抄)
 
1 平成27年9月19日、第4回定期大会(第5回大会)、「本件平成27年総会」という、Y2を執行委員長に選任
 
2 平成28年9月17日、第5回定期大会(第6回大会)、「本件平成28年総会」という、Y2を執行委員長に選任
 
3 平成29年9月16日、第6回定期大会(第7回大会)、「本件平成29年総会」という、Y2を執行委員長に選任
 
4 平成30年9月8日、第7回定期大会(第8回大会)、「本件第1次総会」という、Y2を執行委員長に選任、Aを副執行委員長に選任、Bを書記長に選任
 
5 令和元年6月23日、臨時大会(第9回大会)、「本件第2次総会」という、Y2を執行委員長に選任、その他副執行委員長、書記長、執行委員(3名)、会計(2名)、会計監査、賞統制委員を選任
 
6 令和元年9月15日、第8回定期大会(第10回大会)、「本件第3次総会」という、選任は臨時大会と同じ
 
7 令和2年9月12日、第9回定期大会(第11回大会)、「本件第4次総会」という、Y2を執行委員長に選任、その他副執行委員長、書記長、書記次長、執行委員(2名)、会計を選任
 
8 令和3年9月11日、第10回定期大会(第12回大会)、「本件第5次総会」という、Y2を執行委員長に選任、その他副執行委員長、書記長、書記次長を選任
 
9 令和4年9月10日、第11回定期大会(第13回大会)、「本件第6次総会」という、Y2を執行委員長に選任
 
10 令和5年9月9日、第12回定期大会(第14回大会)、「本件第7次総会」という、Y2を執行委員長に選任
 
11 令和6年5月26日、臨時大会(第15回大会)、決議の内容:
(1)Y2を執行委員長に選任、その他副執行委員長、書記長、書記次長、執行委員(6名)、会計、会計監査(2名)、賞統制委員を選任、
(2)2012年4月9日のY1設立以降の全ての大会、執行委員会における全ての決定を追認すること
(3)X1とX3についてしかるべき対応を求める決議(X1とX3によるY1や役員に対する名誉毀損等の嫌がらせや業務妨害により、労働者の権利を守る活動が阻害されている。私たちは、この状況に対し、憤りを覚えている。本日の臨時執行委員会で選任された新執行委員会は、X1とX3に対し、しかるべき対応をするよう強く求める。)
 
 

 

 

 

 

2026年4月10日 (金)

八代尚宏さんの拙著レビュー@『ビジネスガイド』2026年5月号

Cover_bg202605001_big 『ビジネスガイド』は見るからに実務誌ですが、大内伸哉さんの「キーワードから見た労働法」と八代尚宏さんの「経済学で考える人事労務・社会保険」とは、それぞれ法律と経済のアカデミックな観点からの論説が永年にわたって連載されています。

https://www.horei.co.jp/bg/

その2026年5月号に載った八代さんの連載が「第75回 外国人労働政策の論点」ですが、中身はほぼ拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)へのレビューになっています。

・・・この問題について、初めて歴史的に詳細に分析したものが、26年1月に刊行された濱口桂一郎氏の『外国人労働政策-霞が関の権限争いと日本型雇用慣行が招いた混迷の30年史』(中央公論新社)です。これは過去30年間にわたって繰り広げられた「外国人」を所管する法務省と、「労働者」を所管する厚生労働省(旧労働省を含む)との間での激しい対立の歴史を展望したものです。本稿は、濱口氏の著作のレビューを挟みながら、この問題を深掘りしていきます。・・・

この本を読まれた方は気づいていると思いますが、本来労働者の権利を守る立場のはずの労働組合がきちんと切り込めなかった研修・技能実習制度の問題点に対して、切り込んだのがちょうど八代さんが活躍していた頃の規制改革会議や労働市場改革専門調査会であったわけで、その辺の皮肉を感じてもらえたらと思って書いたところもあります。

 

 

「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は可能か@『中央公論』2026年5月号

148a35d9be0b71e08be32fc62ee92871c53a9eab 本日発売された『中央公論』2026年5月号に「日本型雇用システムと労働時間規制、40年の相剋「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は可能か」を寄稿しました。

https://chuokoron.jp/chuokoron/latestissue/

大きな特集は表紙にでかでかと出ているとおり「甦る帝国主義、引き裂かれる世界」で、これは国際情勢を考えれば当然でしょう。

表紙では左上に小さく載っているのが第2特集の「「高市一強」下の日本政治」で、塩崎彰久×中北浩爾の対談、若田部昌澄さんの経済論に続いて、わたくしの労働時間論が載っています。

「日本型雇用システムと労働時間規制、40年の相剋」というサブタイトルにあるとおり、裁量労働制、あるいは管理職の問題も、日本型雇用システムにおけるエリートとノンエリートの連続性から来るのだということを論じています。

ちなみに、このマネージャーとスペシャリストとアシスタントの3階層の話は、昨日紹介したJILPTの小松恭子さんの『日本女性の仕事とキャリア─職業とタスクからみる均等法後40年』でも、コラムで取り上げられています。

Chuko2605_fig1

この問題、けしかるだのけしからんだのといった単純な議論で済むような生やさしい話ではないのです。

中身的には、昨年出した『管理職の戦後史』で詳しく論じたことの再説的な面もありますが、今回の政治的な動きの絵解きの部分もありますので、興味のある方は是非ご一読頂ければ幸いです。

 

 

2026年4月 9日 (木)

『ジョブ型雇用社会とは何か』9刷

71cahqvlel_20260409234201皆様のお陰で、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)に9刷がかかりました。2021年9月の刊行から4年半が経ちましたが、依然としてロングセラーを続けさせて頂いているようで、有り難いことです。

書店の人事労務管理のコーナーに行くと、大きな書店では「ジョブ型」なんていう棚差しプレートで仕切られていたりすることもありますが、そこに並んでいる「ジョブ型」をタイトルに謳った本の大部分(全てではない)が、本書で「そんなものはジョブ型じゃねぇ」と一刀両断したはずの代物であるのは、この言葉をでっち上げた張本人からすると、なかなかに微妙なものでありますね。

一方、今でも時たま、ネット上に本書への熱のこもった書評が書かれているのを見ることがあり、有難いことだと感じております。

最近もnoteに、いそかぜ@読書ノートさんという方が、かなり長大な本書の書評をアップされていました。

#130 『ジョブ型雇用社会とは何か』(濱口桂一郎)──概念を奪われた名付け親の怒り

自分がつくった言葉が独り歩きしたとき、人はどうするか。『ジョブ型雇用社会とは何か』は、その問いへの回答だ。

著者・濱口桂一郎は「ジョブ型」「メンバーシップ型」の名付け親だ。2009年の前著で提示した分類概念が、12年のあいだに別物に変わった。

成果主義の言い換え。解雇自由化の道具。中高年の賃金を切り下げる方便。どれも著者の定義とは関係がない。

本書は概念の奪還から始まる。

序章の筆致に怒りがある。「間違いだらけのジョブ型論」と題し、流通する誤解をひとつずつ潰す。学術書の体裁をとりながら、抑えきれない苛立ちが文体ににじむ。・・・・・・

いやいやそこまで怒りに満ちているわけではなく、ただ誤解を解きたいというだけなんですが、でも怒っているように見えてしまったのでしょうね。

本書で最も切れ味のある装置は「能力」へのかぎ括弧だ。

年功賃金を「能力主義」で説明し直した1960年代の転換を、著者は精緻に追う。職能資格制度が生み出した「下がらない能力」の矛盾。成果主義はその矛盾を解消するどころか、ご都合主義的に利用された。

この経緯を読むと、いま流通している「ジョブ型」論の大半が、かつての「成果主義」ブームの焼き直しであることに気づく。言葉だけが新しくなり、構造は何も変わっていない。

著者はその反復を、怒りではなく構造分析で示す。だからこそ読後に残るのは怒りではなく、居心地の悪さだ。・・・・・・

この、日本における「能力」に必ずカギかっこをつけることに着目していただいたところは、実に我が意を得たりというか、そうそこなんですよ、というところです。

 

 

 

小松恭子『日本女性の仕事とキャリア』

Womenswork 小松恭子さんの初の単著『日本女性の仕事とキャリア─職業とタスクからみる均等法後40年』(労働政策研究・研修機構研究双書)が刊行されました。

https://www.jil.go.jp/publication/sosho/womenswork/index.html

均等法から40年、女性の就業はたしかに拡大した。では、その「中身」はどう変わったのか。

就業の拡大は、女性の仕事の質の向上につながったのか。職業とタスクに着目した実証分析により、日本女性の能力活用を制約する構造的課題を浮き彫りにする。研究と政策を架橋する女性労働研究の新たな到達点。

本書の最大の特徴は、これまでの日本社会では極めて乏しかった職業とタスクという切り口から、女性就業の問題に切り込んでいるところです。本書冒頭で縷々語られているように、仕事基準ではなくヒト基準の日本社会では、職業(オキュペイション)、職務(ジョブ)、課業(タスク)といった観点からの分析は、対象がそういう風にできていないがゆえになかなか難しかったのですが、そこにjob-tag(旧日本版O-net)の数値情報を駆使することによって、これまで見えてこなかった、あるいはそうじゃないかと思われてきたけど明確に示されてこなかったことどもが、定量的な数値でもって明確な像を結んでくる、そういう意味で極めて貴重な研究結果をまとめた本になります。

目次は以下の通りですが、

序章  なぜ「職業」と「タスク」から女性の就業をとらえるのか
第Ⅰ部 女性の就業をとらえる新たな視角──職業とタスクに着目したアプローチ
第1章 仕事の中身をどう測るか──職業・タスクの概念と研究動向
第2章 女性の就業をとらえ直す──均等法後40年の環境変化と新たな分析視角
第Ⅱ部 日本女性の仕事とスキル活用──均等法後35年の変化と国際比較
第3章 日本女性のタスク分布はどのように変化したのか──均等法後35年間の男女比較
第4章 日本女性のスキルは活かされているのか──国際比較による検証
第Ⅲ部 均等法後の女性のキャリア──ライフイベントと就業継続・再就職・転職
第5章 出産時の就業継続行動はどのように変化したのか──改正均等法前後の世代比較
第6章 出産離職後の再就職──前職の職種経験は活かされているのか
第7章 転職により仕事内容と賃金はどのように変わるのか──タスク距離からみた男女差
終章  女性の能力活用をめぐる課題と展望──職業・タスク分析からの示唆 

たとえば、第4章の「日本女性のスキルは活かされているのか」という問いに対して、

第一に、日本では、認知スキルと就業確率の関連には女性内部で明確な差異が見られた。すなわち、子どものいない女性では認知スキルと就業確率に正の関連がみられた一方、子どものいる女性では、スキル水準が高い層ほど就業確率が低いという逆の関連が確認された。この傾向は韓国でも観察されたが、英国やノルウェーでは、高いスキルの女性は子どもの有無にかかわらず就業確率が高く、日本とは対照的であった。

第二に、日本では、認知スキルとその職場での活用との関連にも子どもの有無による差異が見られた。すなわち、子どものいない女性ではスキルとスキル活用に正の関連がみられたのに対し、子どものいる女性ではこの関連が確認されなかった。他国では子どものいる女性でもスキルとスキル活用に正の関連が見られた点を踏まえると、この特徴は日本に特有のものといえる。・・・・・

と答え、その背景には日本特有の雇用慣行があるのではないかと論じています。

こうした問いは、もちろん日本の女性たちが就業で直面している状況からくるものですが、それは著者の小松さん自身のこれまでの人生行路からにじみ出てくるものでもあります。

これらの問いは、小松さん自身が自らに問いかけてきた問いだったのでしょう。それを語ってくれるのが、「まえがき」で綴られたご自身のこれまでの人生行路です。

 筆者自身も新卒で厚生労働省に入省し、特定の職務が明確に定められない環境で働いてきた。入省当初は十分な専門知識や経験をもたない新人であったが、上司や先輩からの指導を受けながら、実務を通じて仕事に必要な力を身につけることができた。職務が限定されない環境で多様な業務に携わるなかで、仕事の進め方や求められる水準を学ぶとともに、自身の得意・不得意や、思いがけず関心をもつ分野に気づく機会も多かった。こうした経験は、時間をかけて人の能力を育てていくという日本的雇用慣行の強みの一端を実感させるものだったといえる。
 時間的な制約が比較的少なかった若い時期には、こうした雇用慣行に特段の違和感を覚えることはなかった。しかし、育児など家庭責任にともなう制約が生じると、無限定な働き方をそのまま維持することは難しくなる。子どもをもったことを契機に、研究者として働くようになってから、成果や仕事の内容が比較的明確で、一定の裁量をもって仕事を組み立てられる働き方が、時間的制約のある状況において重要な意味を持つことを実感するようになった。重要なのは、特定の働き方や雇用のあり方が一義的に優れているかを決めることではない。同じ個人であっても、ライフステージや制約の内容・程度によって、望ましい働き方や担う仕事の内容、そしてそれに応じた評価は変わりうる。だからこそ、いずれか一方に制度を収斂させるのではなく、複数の選択肢を残しつつ、仕事の中身や成果にもとづいて能力が十分に活かされる仕事配分の公平性と透明性を確保することが、これまで以上に重要になってくるのではないか。
 筆者は、1999 年の改正男女雇用機会均等法施行以降に社会に出た世代にあたる。2000 年代初めに入省した当時、少なくとも子どもをもたない段階では、男女の違いを強く意識することはほとんどなかった。それは、男性と同様に、さまざまな業務経験や教育訓練機会が与えられているという実感があったからである。こうした環境は、先行世代の女性たちを含む多くの関係者による制度整備や職域拡大に向けた取組みが積み重ねられるなかで、形成されてきたものだと考える。一方で、子どもをもったことを契機に、育児休業や短時間勤務といった制度が整っていても、無限定な働き方を前提とする仕事を継続することの難しさを強く意識するようになった。制度は存在していても、必ずしも意欲や能力を活かしたキャリアの継続につながらない場合があることを実感するようになった。この経験は、制度の存在と実際のキャリアの継続性とのあいだに、なお隔たりがあるのではないかという問題意識につながった。
 では、この経験は筆者個人に固有のものなのか。あるいは、筆者と同じく2000 年代以降の制度変化のもとでキャリアを形成してきた世代の女性に共通するものなのか。この問いを、個別の経験にとどめず、データにもとづいて客観的に検討する必要がある―その問題意識が、本書の出発点である。

本書の価値は、女性労働問題に関心のある方々にはいうまでもありませんが、それだけではなく、近頃官邸主導でジョブだのスキルだのといった言葉がやたらに振りまかれているけれども、働く現場はほんとにそうなっているんだろうか、といったことを思っている人々にも、ちょっと違う観点からの切り口で興味深いデータを示してくれる本になっていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月 8日 (水)

家政婦過労死事件和解で解決

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20260408221201 拙著『家政婦の歴史』を書くきっかけになった家政婦過労死事件が和解で解決したという記事が出ています。国の労災保険制度に係る裁判(国・渋谷労基署長(山本サービス)事件)は、国が上告を断念したのですでに解決していますが、その後家政婦の夫が家政婦紹介所(を吸収合併した会社)に損害賠償を求めていたのですね。

家政婦の過労死、会社側と和解 高裁判決で一転、労災認定

  家政婦兼介護ヘルパーとして派遣され、約1週間の泊まり込み勤務直後に急死し、過労死認定された女性=当時(68)=の遺族側が8日、東京都内で記者会見を開き、派遣元だった会社側と和解が成立したと明らかにした。女性を巡っては、労働基準監督署が労災不認定としたが、2024年9月の高裁判決で一転、労災が認められた。
 遺族側によると、女性の派遣元会社を吸収合併した「ファインケア」との和解は今年2月。示談金の支払いのほか、夫(79)に対する謝罪も盛り込まれた。会社は同月、ホームページで「過労死を認め、ご遺族に深くおわび申し上げる」とコメントを出していた。

労災事件の方は、原告敗訴の地裁判決が2022年9月29日、一転して原告勝訴の高裁判決が2024年9月19日でした。

その間の2022年12月16日に東大の労働判例研究会で地裁判決の評釈をし、2023年7月20日に文春新書から『家政婦の歴史』を刊行しております。

さて、この事件をみて、本日国会に提出された労災保険法改正案の遺族補償年金を思い出した方はいませんか。労災保険では、まさに妻が労災で死んで夫が補償を受けるという事案なので、夫が若ければ対象にならなかったのですが、夫が妻の死亡時に60歳以上だったから今までの規定でも対象になったわけです。一方、安全配慮義務に基づく民事訴訟では、労基法上の災害補償と同様に、そういう男女異なる扱いはもともとありませんね。

 

 

労災保険法改正案

昨日、労災保険法改正案が閣議決定され、国会に提出されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/topics/bukyoku/soumu/houritu/221.html

中身はいくつかありますが、最重要事項はもちろん、遺族補償年金における支給要件等の見直しです。すなわち、遺族補償年金等、特別遺族年金等について、夫にのみ課せられた支給要件(妻の死亡時に60歳以上又は一定の障害の状態にある者)を撤廃するというものです。

この件については、今までいくつか書いてきましたが、そもそも何で今まで妻に死なれた夫と夫に死なれた妻で差をつけていたのかというそもそも論については、一昨年に『労基旬報』に寄稿したこの文章が一番詳しいと思いますので、参考までに。

遺族補償年金の男女差の原点@『労基旬報』2024年2月25日

『労基旬報』2024年2月25日に「遺族補償年金の男女差の原点」を寄稿しました。

 労働者災害補償保険法第16条の2は、遺族補償年金を受給できる者について、次のように夫と妻で年齢要件の格差をつけています。
第十六条の二 遺族補償年金を受けることができる遺族は、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であつて、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものとする。ただし、妻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)以外の者にあつては、労働者の死亡の当時次の各号に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。
一 夫(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)、父母又は祖父母については、六十歳以上であること。
二 子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること。
三 兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること又は六十歳以上であること。
四 前三号の要件に該当しない夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、厚生労働省令で定める障害の状態にあること。
 一言で言えば、同じく労働者の配偶者であっても、男性労働者の妻であれば年齢要件がかからないのに対し、女性労働者の夫であれば60歳以上という年齢要件がかかるのです。いや、妻以外であれば、父母であれ祖父母であれ子や孫であれ兄弟姉妹であれ18歳未満か60歳以上という要件がかかるのに、妻だけそれがなく、18歳から60歳までの間であっても「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していた」のであれば、遺族補償年金の対象になるといった方がいいかもしれません。
 同様の規定は国家公務員災害補償法第16条や地方公務員災害補償法第32条にもあり、後者については、地公災基金大阪府支部長(市立中学校教諭)事件の大阪地裁判決(平成25年11月25日)が違憲判決を下したのに対し、大阪高裁判決(平成27年6月19日)が合憲判決を下し、最高裁が平成29年3月21日に合憲判決を下して決着したことは周知の通りです。とはいえ、男女共同参画社会が進展する中で、こういう男女役割分業を前提とした規定がいつまで正当性を主張しうるのかは、議論のあるところでしょう。本稿では、そうした法解釈論に深入りするつもりはありませんが、そもそもなぜこうした男女異なる規定が設けられたのかを、立法の歴史を遡って確認しておきたいと思います。
 
 まず、この男女異なる要件は、労働者災害補償保険法上のものであって、労災保険が担保すべきとされている労働基準法上の災害補償規定には存在しません。1947年に労働基準法が制定されたときの規定ぶりはこのようになっていました。
 労働基準法
(遺族補償)
第七十九条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
 労働基準法施行規則
第四十二条 遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。
② 配偶者がない場合には、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者とし、その順位は、前段に掲げる順序による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にする。
 そして、同時に制定された労働者災害補償保険法においては、遺族補償受給者の範囲もその額も労働基準法のそれと全く同じでした。今日のような年金制度ではなかったからです。この点は、戦前の工場法時代もそうでした。工場法施行令第10条は「遺族扶助料ヲ受クヘキ者ハ職工ノ配偶者トス」と規定していたのです。この点で、労働基準法上の災害補償規定は本質的に変わっていません。「又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者」が削除されただけで、男女間に差をつけていないのです。
 では、いつから男女に差をつける規定が盛り込まれたのかといえば、それまで一時金であった遺族補償給付が年金化された1965年改正によってです。労災補償給付の年金化の問題は、炭鉱労働者の珪肺や脊髄損傷をめぐって大きな政治課題となり、紆余曲折を経て1965年改正で実現に至ったことは周知の通りですが、その立法過程を見ていくと、1964年7月25日の労働者災害補償保険審議会の答申「労働者災害補償保険制度の改善について」において、次のように示されたのが出発点になります。
(4) 遺族補償費
(イ) 遺族年金
 遺族補償費は、年金として支給することとし、受給権者の範囲及び順位については、労働者の死亡当時生計維持関係にある者を中心とし、国際慣行等を勘案して定めることとする。
(ロ) 遺族一時金
 労働者の死亡当時遺族年金の受給権者がない場合又は労働者の死亡後短期間のうちに遺族年金の受給権者がなくなった場合には、遺族のうち一定の範囲の者に、ある程度の額の遺族一時金を支給することとする。
 これをもとに同年10月12日に同審議会に諮問され、12月12日におおむね了承された法律案要綱は、現行法とほぼ同じ規定ぶりで、妻のみ年齢要件がなく、夫やそれ以外の遺族は18歳未満ないし60歳以上という年齢要件が付せられていました。この改正には労使双方からいろいろな意見がついていますが、この点については誰も何も文句を言っていません。そういう時代であったということでしょう。
 1965年改正時の解説書(労働省労災補償部編『新労災保険法』日刊労働通信社(1966年))は、この遺族補償年金について「妻以外の遺族については、独立の稼得能力がある者にまで年金を支給するに及ばないということである」と、はっきり断言しています。興味深いのは、「国際慣行」を根拠に挙げていることで、男女異なる扱いは国際的に見ても妥当なものだと考えられていたわけです。同書の末尾には、諸外国の労災保険制度の概要が掲載されていますが、その遺族給付のところを見ると、まずILO第17号条約が「適用を受ける事故は、扶養者の死亡の結果その寡婦又は子が被る扶養の喪失を含み」と、第67号勧告が「寡婦には寡婦たる全期間、子女には18歳まで、又はその一般教育若しくは職業教育を続行しているときは21歳まで補償を行わなければならない」と、第102号条約が「扶養者の死亡に関する定期払い金は、少なくともその寡婦及び子に対して確保しなければならない」と規定しているように、明確に寡婦と鰥夫で異なる扱いにしていました。各国の現状を見ても、寡婦は無条件で受給資格がありますが、鰥夫は通常被扶養者であるか労働不能である場合にのみ受給資格があると書かれています。当時の労災保険担当者は、これが半世紀以上後に大きな問題となるなどとは全く考えていなかったのでしょう。
 この1965年改正を中心とした労災保険独自の給付の拡充は、「労災保険の社会保障化」とか「労災保険の一人歩き」等と呼ばれています。労働基準法上の災害補償規定は使用者の無過失補償責任に基づくものであるので、労働者が男であるか女であるかによって差がつけられるべきではありませんが、それを超えて労災保険制度が独自に設けた年金給付については、使用者の補償責任を担保するものではなく国が福祉国家の理念に基づいて行う給付なのだから、その社会的実情に即して給付をするのが当然だ、という訳なのでしょう。その意味では、この部分の見直しが議論されるようになってきたのは、2012年国民年金法改正により、妻が死亡した夫にも遺族基礎年金が支給されるようになり、男女で支給要件に差がある遺族厚生年金についてもその見直しが議論されるようになってきたことが背景にあります。

 

 

 

 

2026年4月 6日 (月)

労働政策フォーラム「物流における労働問題を考える─トラック業界の人手不足等を中心に─」のお知らせ

ちょっと先ですが、5月22日~29日に、労働政策フォーラム「物流における労働問題を考える─トラック業界の人手不足等を中心に─」をオンラインで開催します。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20260529/index.html

Track

 

 

労働組合の組織率 実は約30%!?@『労務事情』2026年4月1日号

2bb83530c41b4f71800710855240f68b 『労務事情』2026年4月1日号に「労働組合の組織率 実は約30%!?」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10166288.html

前回(2026年3月1日号№ 1531)の「労働組合の組織率16.0%」は、厚生労働省が毎年発表している労働組合基礎調査による数値ですが、これに異議を唱え、労働組合組織率は実はもっと高いのではないかと論ずる研究があります。・・・・・・

今回は、最近中村天江さんがあちこちで論じて回っている労働組合の組織率の話です。

これは、中村さんご本人の論文やエッセイで見た方がいいので、リンクを張っておきます。

なぜ労働組合の組織率は政府統計では低下し,個人調査では上昇しているのか?

「労働組合の組織率は上昇している」 という発見

 

 

 

 

『労働六法』刊行終了

Wahdmhwd_400x400 2004年度版から20年以上にわたって毎年刊行されてきた旬報社の『労働六法』が、昨年の2025年度版を最後に刊行終了となりました。

https://x.com/roudouroppou/status/2039506442257055920

おはようございます。
悲しいお知らせがございます。
『労働六法』は2025年版をもちまして刊行を終了いたします。
これまでご購入・ご利用いただいていたみなさまありがとうございました。
ただこのXの投稿は今後もつづけてまいります

わたくしはこの間、EU労働法の部分を担当し、毎年少しずつアップデートしてきておりますが、以後はわたくしのホームページの「EU労働法参照条文」をご活用いただければと思います。

https://hamachan.on.coocan.jp/reference.html

基本条約

欧州連合条約(THE TREATY ON THE EUROPEAN UNION)

欧州連合運営条約(THE TREATY ON THE FUNCTIONING OF THE EUROPEAN UNION)


労使関係法制

欧州共同体における被用者に対する情報提供及び協議の一般枠組みを設定する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive 2002/14/EC of the European Parliament and of the Council of 11 March 2002 establishing a general framework for informing and consulting employees in the European Community - Joint declaration of the European Parliament, the Council and the Commission on employee representation)

被用者への情報提供及び協議を目的とした欧州共同体規模企業及び欧州共同体規模企業グループにおける欧州労使協議会又は手続の設置に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive 2009/38/EC of the European Parliament and of the Council of 6 May 2009 on the establishment of a European Works Council or a procedure in Community-scale undertakings and Community-scale groups of undertakings for the purposes of informing and consulting employees)

欧州会社法に関する閣僚理事会規則(抜粋)(Council Regulation (EC) No 2157/2001 of 8 October 2001 on the Statute for a European company (SE))

被用者関与に関し欧州会社法を補足する閣僚理事会指令(Council Directive 2001/86/EC of 8 October 2001 supplementing the Statute for a European company with regard to the involvement of employees)


労働条件法制

集団整理解雇に関する加盟国法制の接近に関する閣僚理事会指令(Council Directive 98/59/EC of 20 July 1998 on the approximation of the laws of the Member States relating to collective redundancies)

企業、事業又は企業若しくは事業の一部の譲渡の場合の被用者の権利の保護に関する加盟国法制の接近に関する閣僚理事会指令(Council Directive 2001/23/EC of 12 March 2001 on the approximation of the laws of the Member States relating to the safeguarding of employees' rights in the event of transfers of undertakings, businesses or parts of undertakings or businesses)

使用者の倒産の際の被用者の保護に関する閣僚理事会指令(Directive 2008/94/EC of the European Parliament and of the Council of 22 October 2008 on the protection of employees in the event of the insolvency of their employer)

職場における労働者の健康及び安全の改善を促進する措置の導入に関する閣僚理事会指令(Council Directive 89/391/EEC of 12 June 1989 on the introduction of measures to encourage improvements in the safety and health of workers at work)

労働時間の編成の一定の側面に関する指令(Directive 2003/88/EC of the European Parliament and of the Council of 4 November 2003 concerning certain aspects of the organisation of working time)

UNICE、CEEP及びETUCによって締結されたパートタイム労働に関する枠組み協約に関する閣僚理事会指令(Council Directive 97/81/EC of 15 December 1997 concerning the Framework Agreement on part-time work concluded by UNICE, CEEP and the ETUC)

ETUC,UNICE及びCEEPによって締結された有期労働に関する枠組み協約に関する指令(Council Directive 1999/70/EC of 28 June 1999 concerning the framework agreement on fixed-term work concluded by ETUC, UNICE and CEEP)

派遣労働に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(DIRECTIVE 2008/104/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 19 November 2008 on temporary agency work)

欧州連合における透明で予見可能な労働条件に関する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1152 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on transparent and predictable working conditions in the European Union)

両親と介護者のワークライフバランスに関する、及び理事会指令2010/18/EUを廃止する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1158 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on work-life balance for parents and carers and repealing Council Directive 2010/18/EU)

欧州連合法の違反を通報する者の保護に関する欧州議会と閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2019/1937 of the European Parliament and of the Council of 23 October 2019 on the protection of persons who report breaches of Union law)

欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union)


プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する欧州議会と理事会の指令(Directive(EU)2024/2831 of the European Parliament and of the Council of 23 October 2024 on improving working conditions in platform work)



労働人権法制

雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定する閣僚理事会指令(Council Directive 2000/78/EC of 27 November 2000 establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation)

人種的又は民族的出身に関わりない均等待遇原則を実施する閣僚理事会指令(Council Directive 2000/43/EC of 29 June 2000 implementing the principle of equal treatment between persons irrespective of racial or ethnic origin)

雇用及び職業における男女の機会均等及び均等待遇の原則の実施に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(DIRECTIVE 2006/54/EC of the European Parliament and of the Council of 5 July 2006 on the implementation of the principle of equal opportunities and equal treatment of men and women in matters of employment and occupation)

賃金透明性と施行機構を通じた男女同一価値労働原則の適用強化に関する欧州議会及び閣僚理事会の指令(Directive (EU) 2023/970 of the European Parliament and of the Council of to strengthen the application of the principle of equal pay for equal work or work of equal value between men and women through pay transparency and enforcement mechanisms)

 

 

壱岐祐哉『一読でわかる労働法入門』

壱岐祐哉『一読でわかる労働法入門』(労働開発研究会)をお送りいただきました。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/book_list/14989/

~企業法務弁護士がやさしく解説~
「学び始めの一冊」におすすめ!
労働法の本質を掴むことで、「土地勘」が身につく。
問題に直面したとき、どう考えればよいかが見えてくる。

 
 本書は労働法の本質的な考え方に焦点を当て、判断軸となるポイントをわかりやすく解説しています。
 全体像をつかみ、実務での判断に迷わないための基礎が身につきます。
 個別知識を覚えるだけでは見えにくい労働法を体系的に理解し、実務で応用するための基礎を固めることができます。
 
「労働法の全体像を把握したい」と感じている方の最初の一冊として、また実務や学習で迷ったときに立ち返る一冊として、皆様におすすめします。
 
☆おすすめポイント☆
 本書をご一読いただければ、具体的な問題に直面した際にも、「このように考えればよいはずだ」「結論はおそらくこちらに向かうだろう」と見通しを立てられるようになるはずです。いわば、労働法の世界における「土地勘」を身につけていただくことを目指しています。

 

2026年4月 4日 (土)

日経新聞に拙著短評

Chukogaikoku_20260404102201 本日の日経新聞読書欄に、拙著『外国人労働政策』の短評が載っています。1段半のベタ記事ですが、拙著の中身を要領よく伝えてくれています。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO95430170T00C26A4MY6000/

 労働政策研究の第一人者が日本の外国人労働政策の歴史を振り返り、知られざる事実を解き明かした。 例えば諸外国から「現代の奴隷契約」と批判された技能実習制度。この仕組みが30年以上も続いた拝啓について、移民に対する拒否反応への配慮や開国論者と鎖国論者の綱引きがあると一般には整理されがちだ。  これに対し、本書では制度がゆがんだのは排外主義の政治家や狭量な国民のせいではないと分析。法務省と旧労働省の縄張り争いが真因だと喝破している。  入国管理の権限を旧労働省に侵されることを恐れた法務省が、外国人を労働力として正面から受け入れることを拒絶した構図だ 。・・・・・

2026年4月 3日 (金)

前田正子『子どもの消えゆく国で』

7ce4445b11e84a25929d8b767f8d9cc8 前田正子さんの『子どもの消えゆく国で 「無子高齢化」と地域の子育て』(岩波書店)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b10155818.html

二〇二四年ОECD報告書によれば世界で最も女性が子どもを産まない国は日本である。出生数は六八万となり、地方では若者が流出、税収減による上下水道などインフラ維持の困難、産業の担い手不足と、人口減の影響は深刻だ。その逆風の中で、子育てを中心に置いて地域を再生・創造する青森、福島、埼玉の保育園の挑戦を追う。

前田さんの本は、2018年に『無子高齢化』を頂いたときにも紹介していますが、

前田正子『無子高齢化』

その時に書いた

実は、目新しいことは何も書いてありません。前田さんをはじめとして、多くの心ある人々が口が酸っぱくなるほど繰り返し語り続けながら、きちんと対応されることなくいままでずるずると来てしまったこの国の姿を、改めてこれでもかと見せつけてくるような本です。

の繰り返しが前半。後半は、地方で取り組む人々の姿を描き出す部分です。

ここでは、前著で常見陽平さんとの対談部分を引用したように、その繰り返しになる前半部分から、第3章の香取照幸さんとの対談で、香取さんがいかにこの問題が難しいかと嘆息気味に語っている部分を。

--さらに新たな財源確保は可能でしょうか?

 今日本の人々の関心が向かっているのは、生産性を上げていかに賃金を引上げるかよりも、税と社会保険料の負担を下げる方です。日々の生活が大変すぎて、他人のための政策は考えられない時代ではないでしょうか。子どもを持つ人が減り、子どもを持たない人にとっては子育て支援をする意味を見いだせなくなっているのです。本当は、自分の子どもがいない人も、将来的には「誰かの子ども」、つまり次世代の世話になるのですが、そのことが理解されていません。そういう人たちにとっては、「異次元の少子化対策」の優先順位は高くないのです。しかも、少子化対策は、本当に政策に効果が出て世の中が変わるのは20年後になります。それまでは、今いる人間たちで乗り越えていくしかないので、本当に厳しい時代が来ると思います。・・・・

まことに、目先の「手取りを増やす」しか目に入らず、日本社会の将来への責任などこれぽっちも考えていないような議論ばかりが横行しましたね。

目次は以下の通りです。

はじめに 想定を超える少子化の中で

第1章 子どもを産まない女性が世界一多い国
 1 無子女性と就職氷河期
  日本の女性が世界でいちばん子どもを産んでいない
  上がる日本の未婚率
  九割の女性が結婚を望んでいた
  子どもを望まないのではなく「望めない」
  氷河期世代――若者を犠牲にした社会は未来を失う
  打撃を受けたのは女性たち
  変化の狭間にいた氷河期世代
  女性間の格差が広がった
 2 急速に変化した日本女性のライフコース
  子どもを持ちたいが持てないだろう――予言の自己成就
  女性のライフコースの変化――アメリカの大卒女性
  短期間に急激に変化した日本社会
  無子比率は一九六〇年代生まれから上がり出していた
  なぜまだ子育てが苦しいままなのか――母の壁
  負担は女性だけに
  男性の育児休業
 3 OECD報告書から見える社会不安と少子化
  OECD諸国での少子化はどうなっているのか
  結婚・出産の「先延ばし」と楽観視
  ドイツ――政策を変えれば出生率が変わる
  何が少子化を促進させるのか――OECD報告書の分析と提案
  社会の将来が不安だと、若者は子どもを産まない
  子どもを持たず結婚もしないと予測する日本の若者

第2章 人口が減ると起こること――進む東京一極集中と社会インフラの危機
  日本は老いた国
  生産年齢人口が半減する地方、吸い上げる東京
  南関東ばかりに人が住む
  都会は地方の実情を知らない
  鉄道は維持できるか
  人がいないと上下水道事業も成り立たない
  予想される水道料金の値上げ
  コメ不足が示したもの――減る農業従事者と農地
  誰が高齢者を支えるのか
  全就業者の四%を超える介護者が必要?
  医療ニーズも増える
  次世代が生まれなければセーフティネットも成り立たない

第3章 人口減少の影響に気づかなかった日本社会
 1 難しかった「子育ての社会化」 香取照幸氏に聞く
  大きな社会的な支持が生んだ介護保険制度
  移り変わる子育てのニーズ、拡がらなかった社会の支援
  子育て支援策の財源論は後回しだった
  子育て支援に意味を見出せなくなっている
 2 常に小出しで細切れ 日本の子育て支援策の欠点
  子育て世代は日本社会のマイノリティ
  次世代が高齢者を支える社会構造
  初の包括的子育て支援策「エンゼルプラン」
  「失われた二〇年」の始まり
  チャンスを逃した二〇〇〇年代
  二〇一〇年代――団塊ジュニアが四〇代に
  そしてコロナが来た 結婚する人が激減
  「異次元の少子化対策」
  「若者支援」が弱い

第4章 そして地域に何が起こっているのか
 1 函館市――観光客があふれる街での人口減少
  夫の転勤は働く女性の鬼門
  道南に二つだけの保育士養成校
  喫緊の課題は保育士不足
  函館が負けていると思っていたら、日本が負けていた
 2 秋田県三種町――手厚い子育て支援と就労の壁
  世田谷区の四つ分の広さにスーパーマーケットは三軒
  町で子育てする人を応援したい――大型子育て交流施設「みっしゅ」
 3 能代市――かつての木都は
  シャッター通りになりつつある中心街
  「寛容な故郷」に若者は戻る
 4 広島県――人口流出五年連続日本最多の県で
  人口ダム機能はどこに
  若者たちはどこにいくのか
  どうして広島を出るのか――広島の産業と学生の希望業界のずれ
  消えた製鉄所――変わる重厚長大産業
  広島の製造業の姿は日本の縮図
  風待ち・潮待ちの港町御手洗
  ひろしま子供の未来みんなで応援プラン
  迫りくる危機
 5 鹿児島県奄美市――若者を還らせる島育ちの誇り
  離島面積全国二位の奄美大島
  M字カーブのない奄美 働き続ける女性たち
  民間の自主事業を市が応援
  室内遊び場付きカフェ aruco
  増える移住者とUターン
  「しまっちゅ」への差別と誇り

第5章 認定こども園・子育て支援施設が地域を変える
 1 青森県八戸市 学校法人鳳明学園・社会福祉法人みつは会
  地域と一体になる園づくり
  認定こども園「みどりのかぜエデュカーレ」
  認定こども園「高館幼稚園」――SLの走る芝生の園庭と工業団地の新設園
  八戸市の保育士事情――東京に取られる若い働き手
  地域交流の拠点「フォレストガーデン みんなの森オアゾ」
 2 福島県二本松市 学校法人まゆみ学園
  お寺の本堂で始まった幼児園
  親と保育園と地域の三者による共同養育
  多様な子どもを包摂するインクルーシブ保育
  いつでも誰でも好きな時に
 3 埼玉県久喜市 学校法人柿沼学園 認定こども園こどもむら
  つぶれそうな幼稚園だった
  子育てしやすい地域にしようとしたら
  地域の実家 「にじいろのおうち」
  小学生への支援も必要――必要な支援に気がついたら
  子育てのワンストップサービスを目指して

 おわりに 子どもと地域のために奮闘する人たちとの出会い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月 2日 (木)

『中央公論』5月号に「「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は可能か」を寄稿します

51u7qrtg5ml_sl500_ 今月10日(来週金曜日))に発売予定の『中央公論』5月号に「日本型雇用システムと労働時間規制、40年の相剋 「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は可能か」を寄稿します。

中央公論 2026年5月号

== 特集 ==
甦る帝国主義、引き裂かれる世界

◆〔座談会〕日本は最悪の事態に備えよ
米中露「勢力圏」のゆくえ▼細谷雄一×森 聡×小泉 悠

◆アメリカか中露か、仁義なき死闘の時代
それでも高市首相はアメリカを支える覚悟持て▼兼原信克

◆〔対談〕内のポピュリズム、外の権威主義国という二つの脅威
リベラルは現実回帰して民主主義の危機を救え▼ヤシャ・モンク×吉田 徹

◆レーニンからネグリとハート、クマーまで
「普遍帝国」としてのロシア、「複合帝国」としてのアメリカ▼中澤達哉

◆覇権国なき世界経済のゆくえ
キンドルバーガーの罠に世界は陥ったのか?▼河野龍太郎

◆戦時下イラン、新指導体制のねらい
――「法治」国家の頑強性▼黒田賢治

◆中国人民解放軍に何が起きているのか
――主席責任制、粛清、そして戦争遂行能力▼林 載桓

◆「グリーンランドの資源」というバズワードを超えて
――開発を「自分たちのもの」にするために▼高橋美野梨

◆暴走する大国を止められるのか
国際法と正義の危機に求められる“結束”▼井上達夫
=======

【時評2026】
●懸案の日米首脳会談、辛うじて助かった言葉の命運▼五百旗頭 薫
●ダブル・スタンダード批判はなぜすれ違うのか▼鶴岡路人
●安全保障の代償は経済で譲歩?▼櫻川昌哉
●イラン攻撃に見るAIの軍事利用のレッドライン▼横山広美

●シリーズ【第1回】
〔座談会〕「渡辺恒雄文庫」を読む
――ひたすら「読んで書いた人」の書棚から見えるもの▼北岡伸一×苅部 直×堀川惠子

== 特集 ==
「高市一強」下の日本政治

◆〔対談〕女性議員比率、世代交代、政治とカネ……
自民党のホープが語るガバナンス改革▼塩崎彰久×中北浩爾

◆成長戦略、インフレ対策から日銀の役割まで
「責任ある積極財政」への誤解を解く▼若田部昌澄

◆日本型雇用システムと労働時間規制、40年の相剋
「働きたい改革」の本丸、裁量労働制拡大は可能か▼濱口桂一郎

◆「半議院内閣制」としての日本政治
――ポピュリズムを飼い馴らす制度的力学▼高宮秀典
=======

◆南鳥島周辺開発の希望と限界
日本の「レアアース」政策に切り札はあるか▼清水孝太郎

◆「非認知スキル」が求められる時代に
圏論とは、そして数学を学ぶ意義とは何か▼加藤文元

●シリーズ 論壇を築いた12人
梅棹忠夫
――近代的合理主義の威力と限界▼佐倉 統

《好評連載》
●炎上するまくら【第113回】稽古して稽古して稽古して参ります▼立川吉笑
●東京藝大で教わる美術鑑賞のレッスン【第5回】宇宙観▼佐藤直樹

《連載小説》
●錆びた匙  【第4回】▼相場英雄
●芸者屋の倅 【第3回】▼青山文平

71jiy8byvhl_sl1500_711vufliol_sx445_


 

『現代フランス労働法令集Ⅰ―総則、契約終了―』

外国労働法の研究には、法令集があると便利です。JILPTの山本陽大さんが中心になって編集した『現代ドイツ労働法令集』は各方面から評価されていますが、他の国のはないのか?というお声も聞かれました。

France 今回、JILPTの岩堀佳菜さんが中心になって、青山学院大学の細川良さん、宮崎大学の古賀修平さんとともに編集したフランス労働法令集の第1巻が、資料シリーズの形で世に出ました。

https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2026/documents/0300.pdf

第1巻は総則と雇用終了を収録しています。

 本資料シリーズは、「まえがき」に示した通り、日本における労働法政策の立案・形成に資するための第一次的な参照資料を提供することを目的とする。フランスの労働法令は、日本や、すでに山本陽大[編著]『現代ドイツ労働法令集』(労働政策研究・研修機構、2022 年)等により邦語訳が提供されているドイツ2のように、労働関係に関する規律が個別の法律に分散して規定されているのとは異なり、労働法典(code du travail)として体系的に法典化されている。フランス労働法令は、法典化されて以降、収録条文数が増加傾向にあり、直近では条文数が 11,000 を超えている。したがって、これらすべての条文を訳出することは、条文改正が頻繁に行われていることとも相まって、大きな困難を伴う。そこで、本資料シリーズでは、さしあたり現在の日本の労働法政策の立案・形成において、より重要な位置づけを有する個別的労働関係法に関する規定のうち、フランスにおける立法が現在特に関心を集めているものと考えられる以下の領域について、優先的に検討対象とすることとした。
 第一に、法の基本ルールを定める労働法典第 1 巻「総則」については、法の適用におけるルールや、フランスにおいて重要な基本的権利に関する規定が置かれていることから、フランスの労働法典の理解の上での大前提となるものとして、訳出を行った。「総則」部分は全5編(適用範囲と従業員数の算出〔第1編〕、企業における権利と自由〔第2編〕、差別〔第3編〕、女性と男性の間の職業上の平等〔第4編〕、嫌がらせ〔第5編〕)から成り、その多くがフランスにおける基本理念を反映した規定であり、同時に、日本における労働政策の立案・形成に関して、フランスの立法が注目を集める領域を多く含んでいる。
 第二に、労働法典第2巻「労働契約」については、第3編「期間の定めのない労働契約の破棄」に関する規定を訳出した。「労働契約」に関する規定は全7編から成り、いずれも重要であるが、とりわけ期間の定めのない労働契約の破棄については、フランスの労働法令の特徴である、実体規定および厳格な手続き規定を定めていること、法定合意解約等、注目すべき独自の立法がなされていることに加え、日本において近年、解雇をはじめとする契約終了にかかる紛争解決のあり方をめぐる政策的検討が進められていることを踏まえ、他の編に先立って訳出することとした。
 本資料シリーズは、以上の領域について訳出の対象とした。今回対象とするに至らなかった領域については、今後、逐次訳出・刊行する予定である。

Iwahori なお、岩堀さんは同時に、『フランスにおける自営業者の職業能力開発法制』というディスカッションペーパーも公表しています。フリーランスの労働に関わる問題は近年様々な分野で議論されてきていますが、フリーランスの教育訓練というテーマはこれまで欠落していた部分のように思われ、このDPの知見は色々と参考になります。

https://www.jil.go.jp/institute/discussion/2026/documents/DP26-03.pdf

 

2026年4月 1日 (水)

橋元秀一・武井寛・伊藤彰信・本田一成『労働組合による労働者供給事業の世界』

97847989200611 橋元秀一・武井寛・伊藤彰信・本田一成『労働組合による労働者供給事業の世界 市場・法制度・運動』(東信堂)をお送りいただきました。

https://www.toshindo-pub.com/book/%e5%8a%b4%e5%83%8d%e7%b5%84%e5%90%88%e3%81%ab%e3%82%88%e3%82%8b%e5%8a%b4%e5%83%8d%e8%80%85%e4%be%9b%e7%b5%a6%e4%ba%8b%e6%a5%ad%e3%81%ae%e4%b8%96%e7%95%8c/

労働市場史の未解明領域に切り込む―
戦後日本において原則禁止とされた労働者供給事業。その例外として制度化された労働組合による労働者供給(労組労供)は、労働市場の中でいかなる役割を果たしてきたのか。本書は、市場経済の理論構造、労働法制の形成と変容、労働運動の実践という三つの視覚を架橋し、労組労供の歴史的展開と制度的特質を総合的に解明する。自動車運転、港湾、建設、介護、ITなどの精緻な事例分析を通じて、その成果と限界、そして非正規労働問題などに対する可能性を理論的に提示する初の本格的研究書。

著者の4人がそれぞれ下記の1章ずつを担当執筆しています。

はじめに
第1章 労働市場の経済原理と日本の特徴、および労組労供の意義と課題
第2章 労働組合による労働者供給と労働法
第3章 労働組合による労働者供給事業と日本の労働運動
第4章 労組労供の軌跡と展望
おわりに

この労組労供については、今から20年前から色々と考え、何回か書いたり喋ったりしてきたことがありますが、この本にはそのいくつかが引用されており、個人的にも懐かしい思いが沸き起こってきました。

とりわけ、2008年に東大の労働判例研究会で報告した泰進交通事件(東京地判平成19年11月16日)(労働判例952号24頁)については、報告レジュメをそのまま拙ホームページに載っけたままで、評釈を『ジュリスト』に載せることもしなかったのに、本書ではわざわざURLを示して引用していただいており、改めて読み返してこういう議論をしていたなあ、と思いに浸りました。

泰進交通事件(東京大学労働判例研究会2008年11月14日)

4 「雇用の安定の要請」について
 
 やや余談であるが、本件判決では、労働者供給事業への解雇予告の適用の根拠として、昭和42年の旅客自動車運送事業運輸規則改正が取り上げられている。この趣旨が議論された国会議事録は後掲の通りであるが、これを一読すればわかるように、この改正は乗車拒否や交通事故の原因は日雇い運転手の存在であると考えた運輸省当局が、日雇いによる労働組合の労働者供給事業も含めて日雇い運転手を禁止したものであり、当時の社会党の木村美智男議員が、労働者供給事業を行う労働組合の立場に立って、日雇い全面禁止に反対の立場から質疑を行ったものである。
 したがって、労働組合が行う労働者供給事業について、供給先との関係で雇用の安定の要請があると直ちに考えることはできない。それは労働行政担当ではない当時の運輸省の担当者の考えに過ぎず、労働政策としてそのような立場が示されたわけではない。この規則改正を受けて、労働者供給事業を行う労働組合は日雇い形態をやめたが、それは事業を継続するための措置であって、労働組合の立場からすれば、良好な労働条件を確保している労働者供給事業が日雇いであって悪いわけではなかったはずである。この点については、鶴菱運輸事件判決や渡辺倉庫運送事件判決が指摘するとおりであり、供給先との関係で「雇用の安定の要請」を求めるのは、適当とは思われない。仮に供給先との関係で「雇用の安定」がかくも重要であるのであれば、有期契約の雇い止めを何の留保もなく容認することと整合性がないであろう。

 

131039145988913400963_20260401152601 また、労働組合による労働者供給事業と登録型派遣事業と臨時日雇型有料職業紹介事業のビジネスモデルをほぼ同じだと主張したのは、2009年に刊行した『新しい労働社会』(岩波新書)においてでした。

労働組合の労働者供給事業
 実態として登録型派遣事業における登録状態に最も近いのは、労働組合の行う労働者供給事業における組合員としてのメンバーシップでしょう。現在労働者供給事業を行っている労働組合はごくわずかです。日本型雇用システムにおける企業別組合とはまったく正反対のタイプの労働組合ですから、イメージが湧きにくいかも知れません。例えば新産別運転者労組(新運転)は1960年に設立されて以来、タクシーやトラックの運転手を供給してきました。そのほか、バスガイドや添乗員、システムエンジニアや介護、さらには音楽家の供給事業まであります。
 登録型派遣事業とは、労働組合以外によるものであっても、一定のメンバーシップに基づく労働者供給事業には弊害がないから認めたものなのではないでしょうか。そして、そう考えれば、登録型派遣事業についても労働者供給事業と基本的に同じ規制を行えば足りるはずであり、逆に同じ規制を行うべきであるということになるはずです。
 労働者供給事業については、極めて乏しい議論しかされてきていませんが、いくつかの裁判例は存在します。鶴菱運輸事件(横浜地裁1979年12月21日)、渡辺倉庫運送事件(東京地裁1986年3月25日)、泰進交通事件(東京地裁2007年11月16日)といった地裁レベルの判決はいずれも、供給先と供給労働者の関係を「使用関係」としながらも、供給組合と供給先との間の供給契約が存在する限りで存続する特異な使用関係としています。おそらく、それが最も実態に即した法的構成でしょう。そして、登録型派遣事業における派遣先と派遣労働者の関係も、社会的実態としてはこれと同じであると考えられ、同じような特異な使用関係と捉えることがもっとも適切であったはずです。ところが、1985年に労働者派遣法が制定される際には、実態的に労働者供給事業と類似する登録型派遣事業を、請負や出向と類似する常用型派遣事業とまったく同じ法的構成(「自己の雇用する労働者を・・・」)の中に押し込めてしまったのです。
 労働組合の労働者供給事業は何ら限定なく合法的に行われる事業であるにもかかわらず、積極的な意味でほとんど労働法学的な検討の対象になってきませんでした。いまでも、労働法学者が労働者供給事業に言及するときは、禁止されるべき悪の象徴として語られることがほとんどで、労働者供給事業の法的構造を正面から論じた業績は(全くないわけではありませんが)ほとんど見あたりません。そろそろ正面から議論すべき時期であるように思います。
 その際、労働組合法との関係を改めてきちんと整理し直す必要があります。現在の仕組みでは、労働者供給事業を行う労働組合と供給先の企業が労働協約を締結し、これが供給契約になるとされていますが、そうすると供給元と供給先の間の商取引契約である供給契約が、同時に供給労働者の労働条件について規範的効力(労働条件を定める効力)を有する労働協約でもあるということになってしまい、労働法規制のあり方として問題をはらんでいます。
 また、労働組合に事業者性が認められないために、社会労働保険の適用が難しいという点が従来から指摘されています。これに対応するため、労働組合が派遣事業体を設立し、労働組合から派遣事業体に労働者を供給し、派遣事業体から派遣先に労働者を派遣するという入り組んだ仕組みをとるところもあります。あるいは、中小企業等協同組合法に定める企業組合を設立し、その組合員という形で事業をおこなうところもあります。この場合、その組合員は企業組合への労務出資者ということになりますので、労働法の適用上難しい問題をもたらします。このあたりも突っ込んだ議論が求められるところです。

臨時日雇い型有料職業紹介事業
 もう一つ、実態として極めて登録型派遣事業に近いのが、家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型の有料職業紹介事業です。これらにおいても、求職者は有料職業紹介所に登録し、臨時日雇い的に求人があるつど就労し、終わるとまた登録状態に戻って、次の紹介を待ちます。ところが、こちらは職業紹介という法的構成を取っているため、就労のつど紹介先が雇い入れてフルに使用者になります。実態が登録型派遣事業と同様であるのに、法的構成は全く逆の方向を向いているのです。これは、占領下の政策に原因があります。
 もともと、これらの職種は戦前は労務供給事業で行われていました。ただし、港湾荷役や建設作業のような労働ボス支配ではなく、同職組合的な性格が強かったと思われます。ところが、これらも職業安定法の労働者供給事業全面禁止のあおりを受けて、弊害はないにもかかわらず禁止されてしまいました。一部には、労務供給業者が労働組合になって供給事業を行うケースもありました(看護婦の労働組合の労働者供給事業など)が、労働組合でなくてもこの事業を認めるために、逆に職業紹介事業という法的仮構をとったのです。
 しかしながら、これも事業の実態に必ずしもそぐわない法的構成を押しつけたという点では、登録型派遣事業と似たところがあります。最近の浜野マネキン紹介所事件(東京地裁2008年9月9日)に見られるように、「紹介所」といいながら、紹介所がマネキンを雇用して店舗に派遣したというケースも見られます。マネキンの紹介もマネキンの派遣も、法律構成上はまったく異なるものでありながら、社会的実態としては何ら変わりがないのです。その社会的実態とは労働者供給事業に他なりません。
 このように、登録型労働者派遣事業、労働組合の労働者供給事業、臨時日雇型有料職業紹介事業を横に並べて考えると、社会的実態として同じ事業に対して異なる法的構成と異なる法規制がなされていることの奇妙さが浮かび上がってきます。そのうち特に重要なのは、事業の運営コストをどうやってまかなうかという点です。臨時日雇い型有料紹介事業では法令で手数料の上限を定めています。労働組合の労働者供給事業は法律上は「無料」とされていますが、組合費を払う組合員のみが供給されるわけですから、実質的には組合費の形で実費を徴収していることになります。これと同じビジネスモデルである登録型派遣事業では、派遣料と派遣労働者の賃金の差額、いわゆる派遣マージンがこれに当たります。正確に言えば、法定社会保険料など労働者供給事業や有料職業紹介事業では供給先や紹介先が負担すべき部分は賃金に属し、それ以外の部分が純粋のマージンというべきでしょう。この結果明らかになるのは、派遣会社は営利企業であるにもかかわらず、臨時日雇い型紹介事業と異なり、その実質的に手数料に相当する部分について何ら規制がないということです。派遣元が使用者であるという法律構成だけでそれを説明しきれるのでしょうか。・・・・・

本書の第3章と第4章では、個々の労供労組の今までの活動の有り様が活写されていますが、その中で今現在一番関心をそそるのは、『家政婦の歴史』と裏腹の関係にある田園調布看護婦家政婦労働組合(田看労)の波瀾万丈の歴史でしょう。

(おまけ)

ついでに、かつて労組労供事業に関わっていくつか書いた文章をお蔵出ししておきましょうか。

組合労供事業と不当労働行為(『労基旬報』2010年9月25日号)

 昨今話題の労働者派遣事業の源流が労働者供給事業であることは知っていても、今日に至るまで労働組合が労供事業を許され、現に行ってきていることを知っている人は多くない。拙著『新しい労働社会』では、登録型派遣に最も近いのは労供事業であり、労供事業を中心にこの種の人材ビジネスを法的に再整理する必要があるのではないかと論じてみた。
 ここではすこし視点を変え、労働組合が労供事業を行うことから生ずる意外な法的論点を見ておきたい。それは供給依頼の停止が不当労働行為になるかという問題である。これは近畿生コン事件で、京都府労委が2007年3月22日に命令を、中労委が2008年4月2日に再審査命令を発し、東京地裁が2009年9月14日に判決を下している。
 Y社に組合員を供給していた組合が分裂し、本件申立人(裁判では被告)のX組合とZ組合に分かれたのだが、その後さまざまないきさつがあり、同社はX組合から日雇労働者の供給を受けなくなった。X組合は雇用再開を求める団体交渉を申し入れたが拒否されたので、府労委に救済を申し立てたわけである。府労委も中労委も東京地裁も、供給先Y社の労組法上の使用者性を認め、組合労供事業が労組法7条3号の組合の運営に当たると認め、Y社が複数労組間の労供事業について差別的取扱いをすることが同号の不当労働行為(支配介入)に当たると認めた。
 つまり、Y社の「労供事業は純然たる事業活動で取引行為」であり「労組法で保護される組合活動に当たらない」という主張を退けたわけであるが、この点はもう少し丁寧に検討する必要があるように思われる。仮に派遣会社が分裂し、そのうち一方の派遣会社のみから派遣を受け入れたような場合は、労働組合ではないのだから不当労働行為になりようがないが、三者間労務供給関係における実態としてはほとんど変わりがないのに、このような格差が生ずることをどこまで合理的と説明できるであろうか。
 組合労供事業も組合員のための組合活動であることは確かだが、しかし一個の経営体としての事業活動であることも確かである。この両義性をきちんと踏まえた形で議論が展開される必要があるように思われる。 

組合労供事業とはそもそも何か?(『労務事情』2010年10月15日号)

  昨今話題の労働者派遣事業の源流が労働者供給事業であることは知っていても、今日に至るまで労働組合が労供事業を許され、現に行ってきていることを知っている人は多くない。拙著『新しい労働社会』では、登録型派遣に最も近いのは労供事業であり、労供事業を中心にこの種の人材ビジネスを法的に再整理する必要があるのではないかと論じてみた。
 ここではすこし視点を変え、労働組合が労供事業を行うことから生ずる意外な法的論点を見ておきたい。素材は新運転事件(東京地判平22.3.24判タ1325号125頁)であり、労働者供給事業を営むA組合の代表Yを、組合員Xが団結権侵害による不法行為として訴えた事件である。Aは労働協約を締結して供給を受ける企業とともに労働福祉・事故防止協議会(事故防)を設立し、組合所有の事務所ビルを事故防名義に移転した。組合代表者Yによる組合Aの行為が組合員Xの団結権の侵害であるという主張を東京地裁は認めたのである。
 しかしこの問題を考える上では、そもそも「団結権」とは使用者との関係で労働条件の維持改善を図る観点から、特に他の団体とは異なり高度の保護を受けるものとして認められたという本質論が必要ではなかろうか。事業活動それ自体としては営利企業としての労働者派遣事業と特に変わるところのない組合労供事業について、組合員個人個人に団結権があるという考え方を前提にして、その組合員個人の同意しない組合代表者の組合のための行為を団結権侵害としてしまうのは、事業運営を不可能にしてしまうように思われる。もっとも本件では、Yが組合大会に付議しなかったという手続的瑕疵があり、これが判決に影響しているように見えるが、これは企業体における経営意思決定問題である以上、組合員個人の団結権を持ち出すのはいかにも奇妙に見える。
 しかしながら、むしろここに露呈しているのは、事業という点では通常の会社と同じ商行為である組合労供事業が、その事業主体たる労働組合に関する法規定としては、もっぱら使用者との関係で団結権や団体交渉権、争議権を保証している労働組合法しかなく、事業を行う労働組合とはいかなるものであるべきかについてのまともな検討がほとんどなされたことがないという労働法学の現状なのである。
 筆者は、組合労供事業とは労働者の労務サービスの販売を協同組合原理に基づいて行う事業であると位置づけるべきではないかと考えている。いわば労務サービスに特化した労働者協同組合である。従って、営利企業と異なり労働しない出資者に利潤が配分されないし、事業運営は民主主義原理に従って行われることになるが、そうした協同組合原理を超えて対使用者関係で発達してきた団結権の理論を不用意に持ち込むことは、あまり有益ではないように思われる。将来的には、労働組合法とは切り離して、労働者供給事業協同組合法といったかたちに移行していくことも考えてよいのではなかろうか。

 

 

 

 

 

 

« 2026年3月 | トップページ