本田恒平『非正規雇用の政治経済学』
本田恒平さんから初の単著となる『非正規雇用の政治経済学 外部労働市場拡大をめぐる政労使関係 1985-1999』(ミネルヴァ書房)を直接手渡しで頂きました。
https://www.minervashobo.co.jp/book/b672274.html
労働者派遣法の制定に始まる1980から90年代の非正規雇用の拡大はどのようにして実現したのか。従来日経連の報告書「新時代の『日本的経営』」などに着目して、使用者側が主導したとされることが多かった一連の政策過程について、本書では政・労・使それぞれの動向を丁寧に追跡、三者が果たした役割を解き明かしながらその全貌に迫っていく。現代日本の雇用流動化の起点に迫る本格的研究。
まずもって、労働政策の政策過程を緻密に分析するという、日本ではあまりきちんと行われてこなかった分野に、ここまで真っ正面から取り組んだ業績を、若い本田さんがまとめられたことを喜びたいと思います。私自身が、今まで何回もやや大雑把な形で向かい合ってきた領域であるだけに、読みながら「こういうのが読みたかったんだよ」という気持ちが湧いてきました。
その上で、年長者であり、本書が対象としている期間を、労働政策に関わる者として、また労働政策の研究者として目の当たりに見てきた者として、いくつかコメントを。
◎ 現代日本における非正規労働の拡大はいかにして始まったのか。関係者へのインタビュー調査も交えながら、その起点となった政策過程の全貌を解き明かす。
◎ 日経連の報告書「新時代の『日本的経営』」の役割を重視する従来の通説を覆す。
あとがきにあるように、本田さんは1995年生まれであり、この年は日経連の「新時代の『日本的経営』」が出た年です。つまり、本田さんは「新時代の『日本的経営』」と同い年なんですね。そのこともあってか、この「新時代の『日本的経営』」が非正規化をもたらした諸悪の根源であるというような言説に対して、そうではないということを一つ一つ積み重ねるように論証していきます。
ただ、その時代を同時代人として生きてきた私からすると、それこそ引用されている高梨昌の発言ではないですが、そんなこと読めば分かるだろう、という感じもするんですね。
同時代人の記憶では、1990年代には「新時代の『日本的経営』」はほぼもっぱら正社員の話だと受け止められていたように思います。当時はやりの成果主義や裁量労働制といった問題と重なる形で、それまでの能力主義から成果主義へ、年俸制へという正社員に対する要求水準の高度化、濃縮化の半面として、あの人口に膾炙した3類型の図が出てきたわけで、この報告書をよく読むと、高度専門能力活用型にしても雇用柔軟型にしてもあんまりきちんと紙数を割いて論じられていないのです。
もちろん、90年代後半期は本書が取り上げている派遣法等の規制緩和が進められていた時期ですが、そういう外部労働市場の緩和論と「新時代の『日本的経営』」はやや別次元で、むしろ同時代のもう一つの労働規制緩和論であった裁量労働制の方と密接につながっていたように思います。
では、非正規労働者増大の諸悪の根源が「新時代の『日本的経営』」であるというような言説はいつから広まったのかというと、もちろん、いついかなる時も経営側の悪口を言い続けている人々というのはいますが、そういうのを別にすれば、2000年代半ばの格差社会論が急激に盛り上がった時期だったのではないかと思います。それに先行する数年間は構造改革や規制緩和がもてはやされ、マスコミもそういう論調であったのが、急に手のひらを返すように、格差社会が問題だというキャンペーンが始まりました。そこで、何ごとにも健忘症のマスコミが都合良く見つけてきた「諸悪の根源」が、ほぼ10年前に出されていた「新時代の『日本的経営』」であった、というのが、同時代を見てきた私の印象です。
もう一つ、その時期には、非正規の増加の原因をもっぱら派遣法改正に求め、その「戦犯」として高梨昌さんなどを追いかけ回すという一部マスコミの行動が目に余る状況でもありました。当時、マスコミの軽薄さを痛感した人々は多かったのではないかと思います。
こうした時期は、もちろん本田さんはまだ生まれたばかりであり、また小学校に通っていた時期です。なので、その後のでっち上げられた「通念」を素直に受け入れていた本田さんが、それに反する事実発見に力がこもるのはすごくよく分かります。ほんの10年、20年といった時間の流れの中でも、集団的な記憶の書き換え、都合の良い記憶の捏造というのは起るものであるということを、この追及はよく示しているのでしょう。
もう一つの本書が熱心に追及しているのは、労働市場の規制緩和は、労働組合の少なくとも一部が積極的に推進していたんじゃないかという事実です。これまた同時代人としてはかなり強く認識していたはずのことなんですが、いつのまにか集団的記憶として希薄化されて、本田さんのような若い世代に受け継がれていたことについて、よく調べてみたら実はこうだったんじゃないか、と改めて政策過程分析によって浮かび上がらせるという構成になっています。
なので、一読まさにその通り、と感じつつ、少し付け加えたい点もあります。本書では主要な規制緩和派の産別としてゼンセンと電機連合を挙げており、その動機として、ゼンセンは大店法廃止、電機連合は空洞化を挙げています。それはマクロな背景としてはそうかもしれませんが、ゼンセンの場合、既にこの頃には非正規の組織化を大々的に進めており、非正規労働者を組織化のブルーオーシャンとして積極的にとらえるスタンスであったことが重要ではないかと思います。実際、この後ゼンセンは人材サービスゼネラルユニオンを結成し、派遣・請負分野を組織化していこうとしていきます。なので、それまでの正社員中心の企業別組合的行動様式の延長線上ではなく、未組織分野の組織化というビジネスモデルに適合的な環境の造成という観点から、他の組合が手出しができないような労働市場の形成を目指すその行動様式を見ていく必要があると思われます。
とまあ、老境に差し掛かりつつある人間の繰り言を書き並べましたが、いずれにしても、労働関係の多くの方々に本書が読まれることを心から希望したいと思います。
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