八代充史他編『成果主義人事管理 オーラルヒストリー』
八代充史・牛島利明・梅崎修・島西智輝・南雲智映・山下充編『戦後労働史研究 成果主義人事管理 オーラルヒストリー 90年代以降の富士通・NECの制度改革』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766430868/
・90年代に導入された「成果主義」とは何だったか。
・大変革期の中、企業はいかにして制度改革を実行したのか。
・社員・管理職・経営陣・組合員は成果主義をどう捉えたのか。90年代初頭、それまでの年功序列の評価に替わり、個人業績によって報酬等を決める「成果主義」を導入する制度改革が、リーディング・カンパニーである富士通とNEC で実施された。その背景や運用や試行錯誤の実態を、当時者へのインタビューによって明らかにする。今日の人事管理の諸問題の検討にも役立つ1冊。
『能力主義管理』『新時代の日本的経営』『日産・ルノー』ときたオーラルヒストリーの4冊目で、あの90年代の富士通の成果主義を推進した人々の生の証言が読めるというだけで、これはもう面白くないはずはないという一級史料です。
はじめに
解題 本書の概要とその意義(八代充史)
第1部 富士通の成果主義人事管理
第1章 成果主義導入の背景――三宅龍哉氏
第2章 メガコンペティションへの対応と成果主義――岡田恭彦氏
第3章 労働組合はいかに成果主義に対応したのか――山形進氏
第4章 富士通の人事改革――飯島健太郎氏
第2部 NEC の成果主義人事管理
第5章 成果主義導入の目的――佐藤秀明氏
第6章 報酬をめぐる制度改革――瓜生光裕氏
第7章 役割を基準とした等級制度――上南順生氏
90年代の富士通の成果主義を勤労部長、人事勤労部長として推進した岡田氏、その下で勤労部プロジェクト課長として切り込み隊長として活躍した三宅氏の二人の回想と、その時期に富士通労働組合の労働対策部長、中央書記長としてカウンターパートとして対応した山形氏の回想とが、見事に噛み合っていて、これが決して経営側が突っ走ったという分けではなくむしろ労働組合側の強い問題意識に引っ張られる面もあって進められたということが、浮かび上がってきます。
八代 労働組合は裁量労働制を適用することとか、あるいは世間一般でいう、社長が当時使われていた成果主義を導入するということに関しては、どうだったのでしょうか。
三宅 基本的にはスタンスは前向きですね。・・・当時の中央執行委員長の渡辺紀暢さんから直接伺った話です。
今までの組合活動を通じた集団的な労使関係で、平均的な賃金水準はずいぶん高くなってきて、最低限の下支えはずいぶんできてきた。これから先の処遇の改善では、一律に配るのではなくて各人の貢献に見合って配分すべきではないかと。だから底上げはできたので、ここから先はやった人に配ろうではないかと。素晴らしい問題意識だと思います。
それで、さらにこれも渡辺委員長から何度も聞いているのですが、「成果主義は組合から社長に提案した」と。そういうことなので、あるべき論をめぐるは労使間ではなかったといっていいと思います。・・・
この背景の一つは、日本的な企業別組合であるわけですが、
八代 日本の企業別組合は、もともと会社以上に会社のことをよく知っているし、会社思いですからね。
岡田 いま、会社以上にとおっしゃいましたよね。まったくそのとおりで、会社以上に会社が勝ってほしいと思っている。同時に漏れそうな人を救済するのが組合の役割ですから、それもやってくれるわけです。それでも、富士通労組でいえば、会社以上に富士通がメガコンペティションで勝ち残ることを強く願っていると。むしろ、山本や関沢ですら感心するぐらいだったと思いますね。
組合側の山形氏の回想によれば、これは組合員のマジョリティを占めるようになった技術者たちの気持ちの反映でもあったようです。
八代 ・・・富士通の労働組合も、成果主義の定義にもよるのですが、どちらかというと成果主義に対してはそんなにネガティブではなく、むしろ経営側の問題意識に積極的に応えていったという理解でよろしいでしょうか。
山形 平等よりも、公平公正を求めるようになったわけです。さっき言った、SEの例が顕著ですけど、仕事の質が悪い人の収入が多くて、仕事の質がいい人が少ないというのは変でしょう。・・・
これを見て思いだしたのは、『管理職の戦後史』で、企画業務型裁量労働制の議論の元になったものの一つである松下電器産業労組研究所『よみがえホワイトカラー』です。これが労働側から大幅な裁量労働制の導入を訴え、これに反応する形で日経連が裁量労働制研究会で提起していくという流れになるわけですが(拙著186頁以下)、富士通にしろ、本書でもう一つ取り上げられているNECにしろ、あるいは極めて日本的な会社だと思われていた松下電器にしろ、当時の電機労連(現在の電機連合)に属するエレクトロニクス系の労働組合は、共通した問題意識を持っていたとこが窺われます。
« 本日の日経に解雇金銭救済の記事 | トップページ | 日経新聞書評欄で『管理職の戦後史』が紹介 »

コメント