拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)を読まれた神行太保さんが、
高度人材のポイント計算、自分にはめてみると80点なんやけど合ってるのか不安になるし、同僚の中国人女子が65点はええんか?と思わなくもない 彼女、別にそこまで高度な人材ちゃうぞ
と呟いているのですが、いやまさにそれが狙い目。
ブルーカラー外国人労働者を「単純労働者」と見下して建前上受け入れないと言い続けてきたその一方で、単に大学や専門学校卒業レベルのホワイトカラー労働者を「専門・技術的労働者」と誇大広告して導入してきた結果、いまや「技人国」は技能実習よりも特定技能よりもいわんや定住者よりも多数を占めるに至っているわけですが、それ以上に超誇大広告な在留資格が、鳴り物入りで導入されてきた「高度専門職」であって、その中身がいかに怪しいものであるかをよく分かっていただくために、拙著252~253ページには、その高度人材のポイント計算表を載せて、自分だったら何点取れるかをその場ですぐに計算して頂けるようにしておいたのです。
これでいけば、あなたもわたしもみんな高度人材になっちゃうよ、という話です。
まず、ごく普通の大学を卒業していればそれで一〇点。大学卒業後五年以上経っていればそれで一〇点。年齢が二九歳以下で年収が四〇〇万円あればそれで一〇点。この年齢二九歳以下というのがそれだけで一五点。そして(これは日本人なので当たり前ですが)本邦の高等教育機関において学位を取得しているので一〇点。ここまででもう五五点になります。これに、日本人なので当然その能力があるはずの日本語能力試験N1合格者以上の一五点を加えると、それだけで合格点の七〇点に到達してしまいます。
もちろん、外国人は最後の日本語能力のところにハードルがありますが、高度な専門能力を証明するはずの部分に関する限り、日本人であればそんじょそこらのごく普通の若手ホワイトカラー労働者でも「高度専門職」になれてしまうような要件設定になっていることは確かなようです。しかしながら、これは入管法の欠陥というよりは、入管法が作動する場としての日本の雇用社会そのものの性格がもたらしているというべきでしょう。つまり、日本社会においては、ホワイトカラー労働者はエリート層とノンエリート層に明確に区別されていないという特徴です。
アメリカであればビジネススクールをはじめとした大学院レベルを卒業したエリート層ホワイトカラーがはじめから管理職や専門職として就職し、はじめから労働時間規制の適用除外(エグゼンプト)として高給で処遇されますし、フランスでもグランゼコールと呼ばれる高等専門教育機関の卒業生がはじめから高給の管理職、専門職(カードル)として、普通の大卒ホワイトカラーとは隔絶したキャリアを歩んでいきます。ところが日本では、戦前には民間分野でもホワイトカラーが大卒のエリート層と実業学校卒のノンエリート層の二層制でしたが、戦後その区分はなくなってしまい、ホワイトカラーはすべてトップに上り詰める可能性のあるエリート候補生として、しかし若いうちはみんなノンエリート的な雑巾がけの仕事をやらされるという平等主義的な社会になってしまいました。私はこれを「みんながエリートを夢見る社会」と呼んだことがありますが、その価値判断は措くとして、それが欧米の制度を見習って作られた「高度専門職」という在留資格との間に矛盾をはらんだものであることは間違いありません。
佐々木俊尚さんが、voicyの「毎朝の思考」で、外国人労働(移民)問題に関する二冊の本を取り上げて喋っていて、そのうちに拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)も入っています。
https://voicy.jp/channel/2185/7527566
「外国人労働者問題の解像度を上げる2冊」とのことで、もう一冊は是川夕さんの『ニッポンの移民』(ちくま新書)です。
本日の日経新聞の書評欄で、拙著『管理職の戦後史』(朝日新書)が1段ベタ記事ですが紹介されています。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO94256950W6A200C2MY6000/
管理職は戦後から現在まで日本型雇用システムの重要な存在であり続けてきたが、その立ち位置は驚くほど変わった。働き方改革から取り残され、権限は乏しいのに残業代が出ない「名ばかり管理職」のイメージが強いが、終戦直後は労働運動の先頭に立って経営者を追及していた。最近では若者から「罰ゲーム」とさえ呼ばれるようになった管理職の波瀾万丈の歴史をたどり、その在り方を考える。
八代充史・牛島利明・梅崎修・島西智輝・南雲智映・山下充編『戦後労働史研究 成果主義人事管理 オーラルヒストリー 90年代以降の富士通・NECの制度改革』(慶應義塾大学出版会)をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766430868/
・90年代に導入された「成果主義」とは何だったか。
・大変革期の中、企業はいかにして制度改革を実行したのか。
・社員・管理職・経営陣・組合員は成果主義をどう捉えたのか。90年代初頭、それまでの年功序列の評価に替わり、個人業績によって報酬等を決める「成果主義」を導入する制度改革が、リーディング・カンパニーである富士通とNEC で実施された。その背景や運用や試行錯誤の実態を、当時者へのインタビューによって明らかにする。今日の人事管理の諸問題の検討にも役立つ1冊。
『能力主義管理』『新時代の日本的経営』『日産・ルノー』ときたオーラルヒストリーの4冊目で、あの90年代の富士通の成果主義を推進した人々の生の証言が読めるというだけで、これはもう面白くないはずはないという一級史料です。
はじめに
解題 本書の概要とその意義(八代充史)
第1部 富士通の成果主義人事管理
第1章 成果主義導入の背景――三宅龍哉氏
第2章 メガコンペティションへの対応と成果主義――岡田恭彦氏
第3章 労働組合はいかに成果主義に対応したのか――山形進氏
第4章 富士通の人事改革――飯島健太郎氏
第2部 NEC の成果主義人事管理
第5章 成果主義導入の目的――佐藤秀明氏
第6章 報酬をめぐる制度改革――瓜生光裕氏
第7章 役割を基準とした等級制度――上南順生氏
90年代の富士通の成果主義を勤労部長、人事勤労部長として推進した岡田氏、その下で勤労部プロジェクト課長として切り込み隊長として活躍した三宅氏の二人の回想と、その時期に富士通労働組合の労働対策部長、中央書記長としてカウンターパートとして対応した山形氏の回想とが、見事に噛み合っていて、これが決して経営側が突っ走ったという分けではなくむしろ労働組合側の強い問題意識に引っ張られる面もあって進められたということが、浮かび上がってきます。
八代 労働組合は裁量労働制を適用することとか、あるいは世間一般でいう、社長が当時使われていた成果主義を導入するということに関しては、どうだったのでしょうか。
三宅 基本的にはスタンスは前向きですね。・・・当時の中央執行委員長の渡辺紀暢さんから直接伺った話です。
今までの組合活動を通じた集団的な労使関係で、平均的な賃金水準はずいぶん高くなってきて、最低限の下支えはずいぶんできてきた。これから先の処遇の改善では、一律に配るのではなくて各人の貢献に見合って配分すべきではないかと。だから底上げはできたので、ここから先はやった人に配ろうではないかと。素晴らしい問題意識だと思います。
それで、さらにこれも渡辺委員長から何度も聞いているのですが、「成果主義は組合から社長に提案した」と。そういうことなので、あるべき論をめぐるは労使間ではなかったといっていいと思います。・・・
この背景の一つは、日本的な企業別組合であるわけですが、
八代 日本の企業別組合は、もともと会社以上に会社のことをよく知っているし、会社思いですからね。
岡田 いま、会社以上にとおっしゃいましたよね。まったくそのとおりで、会社以上に会社が勝ってほしいと思っている。同時に漏れそうな人を救済するのが組合の役割ですから、それもやってくれるわけです。それでも、富士通労組でいえば、会社以上に富士通がメガコンペティションで勝ち残ることを強く願っていると。むしろ、山本や関沢ですら感心するぐらいだったと思いますね。
組合側の山形氏の回想によれば、これは組合員のマジョリティを占めるようになった技術者たちの気持ちの反映でもあったようです。
八代 ・・・富士通の労働組合も、成果主義の定義にもよるのですが、どちらかというと成果主義に対してはそんなにネガティブではなく、むしろ経営側の問題意識に積極的に応えていったという理解でよろしいでしょうか。
山形 平等よりも、公平公正を求めるようになったわけです。さっき言った、SEの例が顕著ですけど、仕事の質が悪い人の収入が多くて、仕事の質がいい人が少ないというのは変でしょう。・・・
これを見て思いだしたのは、『管理職の戦後史』で、企画業務型裁量労働制の議論の元になったものの一つである松下電器産業労組研究所『よみがえホワイトカラー』です。これが労働側から大幅な裁量労働制の導入を訴え、これに反応する形で日経連が裁量労働制研究会で提起していくという流れになるわけですが(拙著186頁以下)、富士通にしろ、本書でもう一つ取り上げられているNECにしろ、あるいは極めて日本的な会社だと思われていた松下電器にしろ、当時の電機労連(現在の電機連合)に属するエレクトロニクス系の労働組合は、共通した問題意識を持っていたとこが窺われます。
本日の日経新聞に、礒哲司さんが「解雇の金銭救済、3たび議論」というかなりの分量の記事を書かれています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG0887C0Y6A100C2000000/
不当解雇された労働者に、復職するか、金銭の対価を受け取って退職するかを選ぶ権利を与える「解雇の金銭救済制度」について、厚生労働省は今年、新検討会で研究を再開する。直近では2015年以来3度目の議論となるが、11年たつ今も労働者の8割は制度の意図を理解していない。ジョブ型雇用で金銭救済が多い欧州と日本の雇用管理は異なる。救済額の算定式を編み出せるかが法制化の可否を占う。・・・・・
この記事の中に、JILPTの2024年の解雇無効判決後の復職状況調査や、2025年の労働者意識調査の結果がグラフ付で引用されております。それぞれのもとになった調査シリーズの全文はここから読めますので、ご参考までに
調査シリーズNo.244 解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査
また、まだ報告書としてはまとまっていませんが、諸外国の実情調査を担当した山本陽大さんにかなり詳しく取材したようで、
同機構の山本陽大主任研究員は「ドイツでは産業別労働組合による権利保護サービスの充実などで労働者が容易に訴訟を起こせるため」と日独の差を説明する。・・・・・・
山本氏は「ドイツで金銭解決が機能する背景には、同一職種に転職した場合は基本給が変わらないジョブ型雇用の徳性がある」と話す。
などと書かれています。

拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)を読まれた「大和モロー」という方が、こんなことを呟いておられて、
濱口桂一郎の労働本まじですごい。どこまでもついていこうという気持ちを起こさせる。
あまりにも面白いので、とにかくなんでもいいから濱口桂一郎を一冊、みんな、読もう。
いやぁ、ここまで言っていただけるというのは、ほんとに著者冥利に尽きます。
最近のコメント