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2026年1月13日 (火)

『管理職の戦後史』への若干の書評

Asahishinsho2_20260113150501 昨年11月に上梓した『管理職の戦後史』に対して、書評サイトでさらにいくつかの短評がアップされました。

まず、アマゾンカスタマーさんから

https://www.amazon.co.jp/dp/4022953454

管理職の線引きの複雑性を分かりやすく説明しているところに本書の特徴がある。ただ、管理職がどういう意味合いを持つのかに対し、ドイツの参考事例による管理職員の事を取り上げていたが、参考事案として管理職の線引きが複雑な日本にはセメダイン事件があったが、①団体交渉にあたる会社の担当者を誰にするか②交渉事項に関する会社の機密事項が組合側に漏洩された場合の会社側の組合に対する団体交渉を断る立証責任についてもどの様な考えをもっているのか言及して欲しかった。それは、ドイツのように管理職が独立した権限をもっているのに対し日本は独立した権限を持つことに厳しい管理職に対し本書は現実の受難から栄光に向かう独立した権限を勝ち取るための受難だという事を伝えたいと読者は感じたがそれは如何に・・・。

また読書メーターでも、お抹茶さんとすのさんから、

https://bookmeter.com/books/22966813

お抹茶
出版物や報告書や試案や基発の引用が多く専門的。戦後すぐは管理職層まで労働組合が取り込んで経営側を圧迫したが,次第に使用者の利益代表者ではない係長以下の現場職制層までを敵に回して追いつめられた。管理職ポスト不足で設けられたスタッフ職は,管理監督者と同格ながら管理監督機能とは別の専門職という独特の解釈。エリートとノンエリートの差を極小化した戦後日本の企業社会では,上から下まで,自律的にも裁量性を有してないホワイトカラーが所定内労働時間では処理できない業務量を抱える。メンバーシップ型とジョブ型の齟齬が影響。

すのさん
かつて管理職は労働組合の先頭に立ち、使用者と対峙していたという。そのような時代があったと想像できないほどに今の管理職が置かれた立場は不安定で苦しい。それはそもそも日本のメンバーシップ型雇用社会に由来するものであるという。一般社員から管理職までが各々PDCAを回す。管理と事務が混在した仕事をするという日本の雇用制度が、管理職という存在を曖昧化させている。労働組合には入れず、労働時間規制の対象からも漏れ落ちる。そんな管理職の労働状況を改善するにはジョブの明確化、ジョブ型への移行が肝となるように思われる。 

さらに、X(旧twitter)でも、本べんさんから、

https://x.com/bookreadben/status/2009544139139113058

濱口桂一郎『管理職の戦後史』(朝日新書)を読了。特に後半は(新書としては)原資料の転載が多く、読むのが若干苦痛でした。前半の労働組合における管理職の位置付けの変遷は、大変興味深かった。上から下まで経営者であり、従業員でもある役割の曖昧さが、制度を混乱させているというお話でした。

確かに、新書本にしては原資料を大幅に引用して専門的な議論に入り込みすぎているところがあり、普通の読者の方々にはいささか読みにくい印象を与えてしまったという反省はあります。

ただ、議論の焦点が、日本のヒラ社員はなにがしか管理職であり、日本の管理職はなにがしかヒラ社員であるという日本の特色が、まさに裁量労働制やエグゼンプションの議論にこそ露呈するということなので、どうしてもそれらの議論の過程を詳細に追いかけていくことにならざるを得ず、結果的に「読むのが若干苦痛」になってしまったようです。

 

 

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