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2026年1月

2026年1月16日 (金)

山下ゆさんの拙著書評

Asahi2_20260116230401 ネット書評家として名高い山下ゆさんが、拙著『管理職の戦後史』(朝日新書)を取り上げてくださいました。

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52428053.html

「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」などの用語を普及させ、日本の雇用システムについてその特徴を明らかにしてきた著者が日本の管理職の問題に迫った本。
 以前の著者の本でも書かれていたことですが、日本だと中途採用の面接で来た中高年が「部長ならできます」と言えばそれは笑い話として消費されてしまいますが、欧米では当たり前の受け答えになります。「管理職」という職務がしっかりと確立しており、ビジネススクールでマネジメントについて学んできた人が就くポジションだからです。

 本書は、そんな日本の管理職の特殊性を戦後の歴史を紐解きながら探り、アメリカの影響を受けた労働法と実際の日本の管理職のズレと、そこから生まれるさまざまな問題を論じています。
 著者は複数のレーベルから新書を出していますが、同じ朝日新書から出た『賃金とは何か』と同じく、この新書もやや硬めで決して読みやすいとは言えませんが、「なぜ管理職が罰ゲームになってしまったのか?」ということがよく分かる内容になっています。

少し前のXでの短評でも言われていたように、「この新書もやや硬めで決して読みやすいとは言えません」というのはやはり確かなようです。

書いているときは、話の中身が結構波乱万丈で自分で書きながら面白いので、ついつい原資料を長々と引用してしまいがちになるんですが、そうすると一般読者にとっては読みにくくなってしまうんですね。

 冒頭にも書きましたが、資料や法令などで管理職の実態を浮かび上がらせようとするスタイルは新書にしてはやや硬めかもしれません
 個人的には今までの新書との重複を恐れずに、例えば、最後のほうのパワハラの話などを紙幅をとって論じたほうが多くの人が手に取りやすかったのではないかと思いますが、その代わりに日本の労働法と実態のズレといった部分は印象に残りました。
 本書は、日本の管理職の困難を歴史と法制度の両面から教えてくれる内容になっています。

まあ、パワハラの話はそれだけで一冊の本にできるネタでもあるので、むしろ、資料部分をもっと削るべきだったかな、と今は思っています。

 

 

2026年1月15日 (木)

朝日新聞の取材考記@澤路記者

As20260115001893 本日の朝日新聞夕刊の取材考記に、澤路毅彦記者が例の裁量労働制の件で書いています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S16382419.html

 厚生労働省が昨年10月上旬の自民党の会合で示した資料に、裁量労働制に労働時間の上限規制が「適用されない」とあったのを見て驚いた。「厚労省がそれを公言していいの?」と。・・・・ 

これ、私が本ブログで批判したあの記事の件だよな、と思って読んでいくと、

・・・実際の労働時間に規制がかからないから、厚労省の説明に理由がないというわけではない。実際、このことを記事にすると、「枝葉末節」との批判も頂いた。

ここまで読んで、思わず吹き出しました。これって、本ブログの

朝日新聞の枝葉末節症候群

本日の朝日新聞の1面トップは「裁量労働制は上限規制の「適用外」 厚労省が自民会合で不正確な説明」という記事ですが、正直言って、何がそんなにけしからんのかよく分からないというか、労働時間の一番大事な肝心要の話をそっちのけにして、法形式論の枝葉末節にばかりこだわっているかの如き印象を受けました。この記事を礼賛している「識者」諸氏に対しても以下同文です。・・・

澤路さんからすると、それはそのとおりだが、そういうのは「制度を批判する側の主張」であって、厚労省自らがそう認めてしまうのは「割り切れなさが残った」ということのようです。

なるほどね、気持ちはわからないではないですが、でも裁量労働制の本質が論ずる立場によって変わるわけでもないと思うのですがね。

過去30年の労働時間制度の焦点は、裁量労働制、ホワイトカラーエグゼンプション、高度プロフェッショナル、そしていま再び裁量労働制と、法制度上はみなし制と適用除外で違うように見えるけれども、やりたい側もやりたくない側も、同じようなものとして対してきたことは間違いないわけで。

そしてそれらに対する私の考えは、近著『管理職の戦後史』で詳細に論じたように、そもそも管理職が限りなくヒラ社員であり、ヒラ社員が限りなく管理職であるこの日本型雇用システムにおいては、これらはみな限りなく正しく、同時に限りなく間違っているとしか言いようがないのですね。そこのところを取り残した議論は全て本質を取り落とした空疎な議論になってしまうのだと思っています。

ただ、今回の記事(エッセイ)の主眼は、そっちよりもその後の

背景を取材すると浮かび上がった来たのは、「働き方改革」で導入された上限規制を必死で守ろうとする厚労省の苦しい立場だ。。

という点にあるようです。これも、本ブログで示唆してきたことですが、やはり上限規制自体の緩和は過労死を促進するのか!?という批判があまりにも明らかなので、管理職でなくてもそれなりに自律的に働いているというそれなりに正当性のある裁量労働制で何とか手を打ちたいという気持ちはとてもよくわかります。まあ、でもいよいよ衆議院が解散されて総選挙になるようでもあり、この先何がどうなることやら誰にとっても全く五里霧中というところなのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

労務屋さんが『外国人労働政策』にやや個人的な感慨を含めたコメント

Chukogaikoku_20260115160601 先日上梓した『外国人労働政策』(中央公論新社)(新書ではなくハードカバーの単行本です)について、労務屋さんが早速書評を書いてくれました。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2026/01/15/153412

このテーマは、私自身も、昨年の『管理職の戦後史』で取り上げられたホワイトカラー・エグゼンプション以上に深入りして関わりましたので、非常に感慨深く読ませていただきました。 

そう、こういう政策過程分析は、その政策過程に関わった方々にとっては、なかなかに感慨深いものになるのであろうな、と思います。

逆にわたくし自身は、旧労働省で近くの部局にはいたものの、外国人労働政策自体に関わることは全くなく、その意味ではやや醒めた目で見てしまうところがあるのかも知れません。

第二部については、私は主として経団連と総合規制改革会議(名称はこの間だけで2回くらい変わったと思う)のチャネルを通じて関与していたので、まあ今思い出してもいろいろと思うところはありますが、とりあえず本書で「外国人を正面から労働者として政策対象にすべしという労働政策の常識を…実現するに至らせたのは、記憶しておくに値します」と高い評価をいただいていることは非常にうれしく、深く感謝したいところです(規制関連改革会議繰り返し「労働政策関係では敵役」と評価されているのは若干ツラいですが)。

いや敵役と繰り返したのは、研修生の労働者性問題に関する限り、この敵役だけが正論を吐いていたということを強調するための文飾なので、ツラくならないでください。

 ということで何やらとりとめのない感想でいまひとつ収拾がついておりませんが、今現在の現実を見ればすでに外国人労働者の労働市場における存在感はかなり大きくなっていますし、生産年齢人口が減少に転じて以降も非常にがんばって労働力人口を増加ないし維持させてきているわけではありますが、しかし一昨年の労働経済白書でも示されているように労働時間ベースの労働投入量は減少し始めているのも事実なので、(先行した諸外国では難しい課題が明らかになっているわけではありますが)将来的に外国人労働者抜きで日本の労働市場が成り立つかというとなかなか難しいと考えるのが素直ではないでしょうか。本書を読むにつけ容易ではなさそうですが、建設的な議論を望みたいところです。

本書は基本的に昔の政策決定過程をほじくり返す歴史書ではありますが、最後のところでちょびっとではありますが、あるべき外国人労働政策について示唆してみたところもありますので、昨今の雰囲気のなかでも是非「建設的な議論」が望まれます。

 

 

 

 

業務上精神障害の支給決定件数1,055件@『労務事情』2026年1月1/15日号

C3db4f7d9a9145419265850a69e83e8e 『労務事情』2026年1月1/15日号に「業務上精神障害の支給決定件数1,055件」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10158657.html

 昨年6月に公表された2024年度の過労死等の労災補償状況によると、業務上の脳・心臓疾患(いわゆる過労死)の支給決定件数は241件、業務上の精神障害(いわゆる過労自殺)の支給決定件数は1,055件でした。・・・・・

 

 

2026年1月14日 (水)

日刊ゲンダイに拙著書評

Asahishinsho2_20260114124501 日刊ゲンダイに、拙著『管理職の戦後史』の短評が載ったようです。

https://www.nikkan-gendai.com/?p=news_detail&id=382789

 近年、働き方改革から取り残され、管理職として働くことが罰ゲーム化していると評されている。

 管理職の問題は今に始まったことではなく、1970年代にも人事労務管理上の大きな問題になっていた。不況の際に賃金カットや出向など真っ先に狙われ犠牲を受ける一方、この時代には管理職ポスト不足=管理職の過剰が企業人事にとって大きな課題になりつつあったのだ。さらにさかのぼり、1950年代には労働組合が管理職をつるし上げるような運動を展開した時期もあれば、終戦直後には管理職が労働組合運動の先頭に立って経営陣をつるし上げていた時期もあるという。

 戦後日本社会におけるそうした管理職の変遷をたどり、日本型管理職の特殊な姿を浮き彫りにする歴史テキスト。

 

2026年1月13日 (火)

『管理職の戦後史』への若干の書評

Asahishinsho2_20260113150501 昨年11月に上梓した『管理職の戦後史』に対して、書評サイトでさらにいくつかの短評がアップされました。

まず、アマゾンカスタマーさんから

https://www.amazon.co.jp/dp/4022953454

管理職の線引きの複雑性を分かりやすく説明しているところに本書の特徴がある。ただ、管理職がどういう意味合いを持つのかに対し、ドイツの参考事例による管理職員の事を取り上げていたが、参考事案として管理職の線引きが複雑な日本にはセメダイン事件があったが、①団体交渉にあたる会社の担当者を誰にするか②交渉事項に関する会社の機密事項が組合側に漏洩された場合の会社側の組合に対する団体交渉を断る立証責任についてもどの様な考えをもっているのか言及して欲しかった。それは、ドイツのように管理職が独立した権限をもっているのに対し日本は独立した権限を持つことに厳しい管理職に対し本書は現実の受難から栄光に向かう独立した権限を勝ち取るための受難だという事を伝えたいと読者は感じたがそれは如何に・・・。

また読書メーターでも、お抹茶さんとすのさんから、

https://bookmeter.com/books/22966813

お抹茶
出版物や報告書や試案や基発の引用が多く専門的。戦後すぐは管理職層まで労働組合が取り込んで経営側を圧迫したが,次第に使用者の利益代表者ではない係長以下の現場職制層までを敵に回して追いつめられた。管理職ポスト不足で設けられたスタッフ職は,管理監督者と同格ながら管理監督機能とは別の専門職という独特の解釈。エリートとノンエリートの差を極小化した戦後日本の企業社会では,上から下まで,自律的にも裁量性を有してないホワイトカラーが所定内労働時間では処理できない業務量を抱える。メンバーシップ型とジョブ型の齟齬が影響。

すのさん
かつて管理職は労働組合の先頭に立ち、使用者と対峙していたという。そのような時代があったと想像できないほどに今の管理職が置かれた立場は不安定で苦しい。それはそもそも日本のメンバーシップ型雇用社会に由来するものであるという。一般社員から管理職までが各々PDCAを回す。管理と事務が混在した仕事をするという日本の雇用制度が、管理職という存在を曖昧化させている。労働組合には入れず、労働時間規制の対象からも漏れ落ちる。そんな管理職の労働状況を改善するにはジョブの明確化、ジョブ型への移行が肝となるように思われる。 

さらに、X(旧twitter)でも、本べんさんから、

https://x.com/bookreadben/status/2009544139139113058

濱口桂一郎『管理職の戦後史』(朝日新書)を読了。特に後半は(新書としては)原資料の転載が多く、読むのが若干苦痛でした。前半の労働組合における管理職の位置付けの変遷は、大変興味深かった。上から下まで経営者であり、従業員でもある役割の曖昧さが、制度を混乱させているというお話でした。

確かに、新書本にしては原資料を大幅に引用して専門的な議論に入り込みすぎているところがあり、普通の読者の方々にはいささか読みにくい印象を与えてしまったという反省はあります。

ただ、議論の焦点が、日本のヒラ社員はなにがしか管理職であり、日本の管理職はなにがしかヒラ社員であるという日本の特色が、まさに裁量労働制やエグゼンプションの議論にこそ露呈するということなので、どうしてもそれらの議論の過程を詳細に追いかけていくことにならざるを得ず、結果的に「読むのが若干苦痛」になってしまったようです。

 

 

2026年1月 9日 (金)

なぜ労働者じゃないのに健康保険に入れるのか?又は健康保険法上の労働者概念

ここ数日、日本維新の会の一部議員による国民健康保険逃れの問題が新聞を賑わしていますが、政治スキャンダルとしての追及は政治部記者や政治学者にお任せするとして、労働社会政策に関わる人間であるならばまず何よりも、なんで労働者じゃないのに国民健康保険を逃れて健康保険に入れるのか?というそもそもの疑問に立ち向かわなければならないはずです。

いうまでもなく、日本の社会保険制度は、労働者向けの健康保険、厚生年金と非労働者向けの国民健康保険、国民年金からなっています。とはいえ、実態としては、労働者でありながら健康保険や厚生年金から排除されて国民健康保険や国民年金に追いやられている非正規労働者がかなりいるわけですが、その逆というのは本来あり得ないはずです。

263_hp ところがその本来あり得ないことが、戦後長らくずっと行われてきているのです。その経緯については、2018年に『季刊労働法』に寄稿した「健康保険の労働法政策」で、労働災害における谷間の現象に関係でかなり詳しく解説したことがあります。

法人代表者というのは、労働者じゃないにもかかわらず、「社員」の延長というメンバーシップ感覚に基づいて、不利な国民健康保険じゃなくて有利な健康保険に加入できるようにしてしまったことが、どういうおかしな事態を招き、そして健康保険法上だけで通用する特殊な労働者概念というおかしな代物を生み出してしまったことが、お分かりになると思います。

7 法人代表者の扱いと健康保険法と労災保険法の間隙
 
(1) 「間隙」の誕生
 
 さて、終戦直後に健康保険法から労災保険法が分離独立した時に時計の針を戻しましょう。これにより、健康保険法は「被保険者ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ」保険給付をする制度であることが明記されました。被保険者とは被用者であり、その業務上の傷病は労災保険法に委ねられたのですから当然です。
 一方、国民健康保険法は引き続き業務上外の区別はありません。1938年国民健康保険法はこう規定していました。
第一条 国民健康保険ハ相扶共済ノ精神ニ則リ疾病、負傷、分娩又ハ死亡ニ関シ保険給付ヲ為スヲ目的トスルモノトス
 戦後1958年の新国民健康保険法もこう規定しています。
(国民健康保険)
第二条 国民健康保険は、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うものとする。
 もっとも、上述のような経緯で、この段階でも、また現在においても、本来健康保険法の適用対象となるべき被用者のすべてが健康保険の被保険者になっているわけではなく、零細個人事業所の被用者や最近では(適用拡大されつつあるとはいえ)非正規労働者が国民健康保険に回されています。しかし彼らも労働法上はれっきとした労働者ですから、当然労働基準法の労災補償規定が、それゆえ(これまた戦後すぐには全面適用ではありませんでしたが、現在では完全に)労災保険法が適用されます。そこで、国民健康保険法が適用されている労働者の業務上の災害については、労災保険法が優先的に適用されるという調整規定が設けられています(第56条)。
 このように適用がダブる場合は調整規定で対処すればいいのですが、いずれの法律も適用されない間隙が生じてしまう場合には、そういうわけにはいきません。しかし、法律の条文を見る限り、そのような事態が起こる可能性は本来ないはずです。労働者の業務上の傷病は健康保険適用者であろうが国民健康保険適用者であろうが労災保険が面倒を見るのであり、労働者ではない自営業者などの業務上の傷病は国民健康保険が面倒を見るのですから、法律条文上に間隙が存在する余地はありません。しかし、法律の条文からは読めないような「解釈」を通達レベルでやってしまうと、法律制定時には想定されていなかったような間隙が生み出されてしまう可能性が生ずるのです。
 1949年7月、厚生省は、法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について」(昭和24年7月28日保発第74号)という局長通達を出しました。
 法人の理事、監事、取締役、代表社員及び無限責任社員等法人の代表者又は業務執行者であつて、他面その法人の業務の一部を担任している者は、その限度において使用関係にある者として、健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取扱つて来たのであるが、今後これら法人の代表者又は業務執行者であつても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい。
 なお、法人に非ざる社団又は組合の総裁、会長及び組合及び組合長等その団体の理事者の地位にある者、又は地方公共団体の業務執行者についても同様な取扱と致されたい。
 このため法人代表者等は医療保険上は労働者として業務外の傷病について高い給付水準を享受できることとなった代わりに、労災保険上は労働者ではないためその給付を受けられず、かといって国民健康保険には加入していないのでその業務上傷病給付を受けることもできないという、いわば制度の谷間にこぼれ落ちてしまいました。これに対処する法政策は、長らく労災保険の特別加入制度しかありませんでした。
 
(2) 労災保険の特別加入
 
 労災保険は本来、労働基準法適用労働者の労働災害に対する保護を目的とした制度であり、労働者でない中小事業主や自営業者は対象としていません。しかし、これら非雇用労働者の中には業務の実態から見て労働者に準じて保護するにふさわしい者が存在することから、1965年労災保険法改正により一定範囲について特に労災保険への加入を認めることとされました。これが特別加入です。
 しかしながら、実はそれ以前から通達による擬制適用という形で特殊な取扱いが認められていました。まず1947年11月に、「土木建築労働者についての労働者災害補償保険法適用に関する件」(昭和22年11月12日基発第285号)が次のように指示していました。
 土木建築事業についての労働者災害補償保険法の適用に関しては、法第三条第一項第三号に規定するところであるが、土木建築事業の特殊性として、その労働者の一部には恒常的雇用関係を有するものでなく、時に労働者として他に使用される場合もあるが、他面所謂一人親方として営業者とみなされるべき場合の多いものがある。しかも、その実態は一般労働者と同様自ら労務に従事するものであるから、業務上災害を被る危険に曝されているものである。
 ついては、かかる土木建築事業に従事する特殊労働者の立場を考慮し、特に左記によりこれを取扱い本法による保護を受けしむるよう致したい。
一、自ら業者の立場に立つ労働者が保険法の適用を希望する場合には、それら労働者によって任意組合を組織せしめ、その組合をもって便宜保険法上の使用者として、保険加入の申込みをなさしめること。
 やがて、1963年10月の労災問題懇談会報告において「自営業主、家内労働者への適用を考慮すべき」との意見が出され、これを受けた労災保険審議会は1964年7月、「一人親方、小規模事業の事業主及びその家族従業者その他労働者に準ずる者であって、労働大臣の定める者については、原則として団体加入することを条件として、特別加入することを認める」と答申しました。労働省は翌1965年3月法案を提出、6月には成立に至りました。
 これにより、中小規模事業主とその家族従業者、一人親方とその家族従業者及び特定作業従事者について、特別加入制度が設けられました。中小事業主に特別加入を認めたのは、事業主が労働者とともに労働者と同様に働くことが多く、労働者に準じて保護するにふさわしいことに加えて、特別加入を通じて中小企業の労災保険への加入を促進しようという政策意図が働いていました。一人親方については、土木建築事業のほか、自動車運送(個人タクシーやトラック)、漁業が認められました。また特定作業従事者としては、危険な農機具を使用する自営農業者が指定されました。
 その後、1970年に家内労働法が制定され、危険性の高い作業を行う家内労働者等が特定作業従事者に指定されました。具体的には金属加工、研磨作業、履物製造加工、陶磁器製造、動力織機等です。また、1976年には一人親方に林業と配置薬販売業が加えられ、1980年には廃品回収業も加えられています。
 しかしながら、労災保険の特別加入はあくまでも任意の制度なので、強制適用保険としては依然として間隙が存在する状態のままでした。
 
(3) 2003年通達
 
 2002年6月7日の衆議院厚生労働委員会で、民主党の大島敦議員がこの問題を取り上げ、坂口力厚生労働大臣が「谷間があってはいけませんので、このほかにもそうした問題がないかどうかもあわせてちょっと検討させていただいて、そして、谷間を至急なくするようにしたいと思います」と答弁しました。
 これを受ける形で、2003年7月に保険局長名の通達「法人の代表者等に対する健康保険の適用について」(平成15年7月1日保発第0701002号)が発出されました。
 健康保険法(大正11年法律第70号。以下「法」という。)は、業務外の事由による疾病等に関して保険給付を行うこととされているため、業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病は、健康保険の給付対象とならない。
 一方、法人の代表者又は業務執行者(以下「代表者等」という。)は、原則として労働基準法(昭和22年法律第49号)上の労働者に該当しないため、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づく保険給付も行われない。
 しかしながら、極めて小規模な事業所の法人の代表者等については、その事業の実態等を踏まえ、当面の措置として、下記のとおり取り扱うこととしたので、その実施に当たり遺憾のないよう取り扱われたい。
1 健康保険の給付対象とする代表者等について
 被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については、その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険による保険給付の対象とすること。
2 労災保険との関係について
 法人の代表者等のうち、労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び労働基準法上の労働者の地位を併せ保有すると認められる者であって、これによりその者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関し労災保険による保険給付が行われてしかるべき者に対しては給付を行わないこと。
 このため、労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び法人の登記簿に代表者である旨の記載がない者の業務に起因して生じた傷病に関しては、労災保険による保険給付の請求をするよう指導すること。
3 傷病手当金について
業務遂行上の過程において業務に起因して生じた傷病については、法人の代表者等は、事業経営につき責任を負い、自らの報酬を決定すべき立場にあり、業務上の傷病について報酬の減額等を受けるべき立場にないことから、法第108条第1項の趣旨にかんがみ、傷病手当金を支給しないこと。
4 適用について
 本通知は、本日以降に発生した傷病について適用すること。
 これは、現に起きている問題に当面の措置として対応したものとしてはそれなりに評価し得ますが、そもそも健康保険法第1条の「業務外」という明文の規定に明らかに反する取扱いですし、被保険者5人未満という基準も、被用者保険としての強制適用基準をここに持ち出してくることに論理的因果関係は見当たらず、意味不明なところがあります。
 
(4) 2013年改正
 
 その後、2012年に健康保険法上の被扶養者であるシルバー人材センター会員の就業中の負傷が健康保険法の給付を受けられないことが社会問題となりました。厚生労働省は急遽健康保険と労災保険の適用関係の整理プロジェクトチームを設置して検討を行い、同年10月のとりまとめにおいて、健康保険に関しては次のように対応方針を整理しました。
○ 健康保険における業務上・外の区分を廃止し、請負の業務(シルバー人材センターの会員等)やインターンシップなど、労災保険の給付が受けられない場合には、健康保険の対象とする。
○ その上で、労使等関係者の負担に関わる変更であるため、変更の方法(法改正の要否)、遡及適用の要否、役員の業務上の負傷に対する給付の取扱いを含め、社会保障審議会医療保険部会で審議を行い、結論を得る。
 その後、社会保障審議会医療保険部会で審議され、翌2013年1月の「議論の整理」においては、「議論では、労災保険と健康保険のどちらの給付も受けられない者を救うことは必要であるなどの意見があった。その上で、労災保険の給付が受けられない場合には、健康保険の対象とすべきであり、請負などの働き方の形態にかかわらず、労働者性のある業務に起因する負傷等については、引き続き、労災保険が健康保険に優先して給付されるべきであるとした事務局の案については異論がなかった」とされる一方、「なお、労働者性のない役員の業務に起因する場合に、『被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者について、健康保険の給付の対象とすること』という現行の取扱いを継続することについても異論がなかった」とされています。これを受けて同年3月に健康保険法改正案が国会に提出され、同年5月に成立しました。
 この改正により、健康保険法の第1条が次のように改正され、「業務外」が「(労災保険法の)業務災害以外」になりました。業務上か業務外かと言われたら業務上だけれども、労災保険が面倒を見てくれる業務災害に当てはまらないものはこちらで面倒を見るというわけです。
(目的)
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
 そして、新たに第53条の2が設けられました。
(法人の役員である被保険者又はその被扶養者に係る保険給付の特例)
第五十三条の二 被保険者又はその被扶養者が法人の役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。以下この条において同じ。)であるときは、当該被保険者又はその被扶養者のその法人の役員としての業務(被保険者の数が五人未満である適用事業所に使用される法人の役員としての業務であって厚生労働省令で定めるものを除く。)に起因する疾病、負傷又は死亡に関して保険給付は、行わない。
 これはしかし、2003年通達の扱いを維持しただけなのかも知れませんが、逆に法制的には大きな問題をもたらしたように思われます。
 
(5) 健康保険法上の労働者概念
 
 この2013年改正による第1条の文言を見て、何か違和感を感じなかったでしょうか?戦後労災保険が分離した時の第1条はこうでした。
第一条 健康保険ニ於テハ保険者ガ被保険者ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為シ併セテ被保険者ニ依リ生計ヲ維持スル者(以下被扶養者ト称ス)ノ疾病、負傷、死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為スモノトス
 ここに「労働者」という言葉は出てきません。それに相当するのは、第13条の「使用セラルル者」でした。そして、1949年通達は法人代表者等も「使用される者」として被保険者になるという言い方をしていました。
 ところが、2002年に健康保険法が文語カタカナ書きから口語ひらがな書きに改正された際、こうなったのです。
(目的)
第一条 この法律は、労働者の業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
 どういう理由かは分かりませんが、健康保険法の適用対象は「労働者」だと明記されたのです。ということは、1949年通達も法人代表者等を「労働者」であると解釈したものになります。もちろん以前からそうだったのですが、それが明白となったわけです。おそらくこれは、1954年改正厚生年金保険法が「労働者の老齢、廃失、死亡又は脱退について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的と」していることに足並みをそろえたのでしょう。
 もちろん、これにより健康保険法と厚生年金保険法に共通し、労働法とは明確に異なって法人代表者を含む「労働者」概念が明確化されたわけですが、だとすると、上記改正による第53条の2はかえって説明がつきにくい代物になってしまったように思われます。
 改めて新第1条を素直に読めば、法人代表者も含む「労働者」の(労災保険法の)業務災害以外の傷病に保険給付を行うと書いてあります。労災保険が面倒を見てくれない「労働者」の業務上傷病はこれに当たりますから、当然健康保険で面倒を見てくれるはずです。それなのに、れっきとした健康保険法上の「労働者」であるはずの(従業員5人以上の)法人役員のそういう業務上傷病は面倒を見ないと規定しているのです。
 これまでは、健康保険法と労災保険法の間隙は現実には深刻な問題ではあっても、法令条文上には出てこない通達実務上のものでした。ところが2013年改正は皮肉にもその間隙を法令文言上に露呈させてしまったのです。

 

2026年1月 7日 (水)

労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の最新の実態@WEB労政時報

WEB労政時報に「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の最新の実態」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/90194

 去る2025年11月18日、労働政策審議会労働条件分科会に、解雇の金銭解決に関わる3件の調査結果が報告されました。いずれも労働政策研究・研修機構(JILPT)が厚生労働省からの要請を受けて実施したものです。
・資料No.2-1「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析」(概要)
・資料No.2-2「解雇等に関する労働者意識調査」(概要)
・資料No.2-3「諸外国における解雇の金銭救済制度に関する有識者に対するヒアリング調査」(概要)
 
 このうち、「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析」は私自身が調査を担当したものであり、昨2025年末に労働政策研究報告書として完成版がJILPTのホームページ上に掲載されているので、今回はその概要を紹介しておきたいと思います。
 
 今回の調査は、労働局あっせんに係る調査の3回目になります。・・・・・・

『外国人労働政策』既に書店に並び始めているようです

Chukogaikoku_20260107091301 公式には明日1月8日に書店に並ぶ予定の拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)ですが、昨晩のジュンク堂池袋店のつぶやきでは、既に並び始めているようですね。

【新刊入荷】 『外国人労働政策』濱口桂一郎(著) 中央公論新社、入荷しました。 5階下りエスカレーター前新刊話題書のコーナー、および30番労働法の棚。

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2026年1月 4日 (日)

all4every1さんの拙著書評

Asahi2_20260104143701 all4every1さんが、拙著『管理職の戦後史』を微に入り細を穿って緻密に書評していただいております。

かつての栄光、今の罰ゲーム。濱口桂一郎『管理職の戦後史』が解明する「幸福な共犯関係」の崩壊

序論:なぜ日本の管理職は「つらい」のか ― 本書の核心的問いと本稿の視座
 かつてサラリーマン人生の「栄光」の象徴であった管理職は、なぜ今や「罰ゲーム」とまで揶揄されるようになったのか。濱口桂一郎氏の労作『管理職の戦後史』は、この問いを解き明かすため、戦後日本において管理職がいかにして「法的には労働者、現実には経営側」という矛盾を内包した存在となり、その役割と苦悩が変遷してきたかを鮮やかに描き出した。それは、日本型雇用システムの構造的矛盾が、一人のアクターの身に凝縮されてきた80年の記録である。
 本稿は、戦後史を「①原点の形成」「②日本的モデルの確立と矛盾の潜伏」「③矛盾の噴出」「④現代の三重苦」という4つの時代区分に整理し、日本の管理職をめぐる法制度と企業慣行の乖離が、いかにして生まれ、糊塗され、そして破綻に至ったかのメカニズムを深く掘り下げる。
 この分析を通じて、我々は単に管理職の「受難」を追体験するのではない。その歴史的軌跡から日本型雇用システムの構造的課題を浮き彫りにし、現代における「管理」という機能そのものの再定義に向けた重要な示唆を得ることを、本稿は目的とする。

ここから、第1部第1節・・・と、あたかも大論文の如く書評が書き進められていきます。

第1部 原点の形成:法と現実の乖離(1945年~1950年代)
第一節:労働基準法第41条の「建前」―厳格に限定された管理監督者
第二節:労使関係における「本音」―経営の尖兵への転換
第三節:原点における二重構造の確立
第2部 「日本的」管理職の確立と矛盾の潜伏(1960年代~1980年代)
第一節:「職能資格制度」という発明―ポストと処遇の分離
第二節:「部下なし管理職」の増殖と法的矛盾
第三節:なぜ矛盾は問題化しなかったのか
第3部 矛盾の噴出:成果主義と司法の鉄槌(1990年代~2000年代)
第一節:成果主義の導入と「プレイングマネージャー」化
第二節:「名ばかり管理職」訴訟の衝撃―日本マクドナルド事件
第三節:立法府の攻防―ホワイトカラー・エグゼンプションの挫折
第4部 「働き方改革」時代の新たな三重苦(2010年代~現在)
第一節:「働き方改革」の蚊帳の外で
第二節:現代管理職を苛む「三重苦」の構造
第三節:新たな政策潮流との相克―女性活躍と高度プロフェッショナル制度
総括:『管理職の戦後史』が示す歴史的含意と現代への問い
第一節:歴史的含意―日本型雇用システムの矛盾の凝縮点として
第二節:現代への政策的・実務的示唆
※所見
第三節:結論―「管理」の再定義に向けて

 濱口氏は、安易な「ジョブ型」礼賛に警鐘を鳴らしつつも、職務の明確化なくしてこの問題は解決しないことを強く示唆している。ここで著者が警告しているのは、欧米のジョブ型モデルを単純に「コピー&ペースト」しても失敗するということだ。目指すべきは、外国の制度を丸ごと輸入することではなく、その核心原理―すなわち、職務、権限、待遇の明確化―を適用し、日本の管理職を長年苦しめてきた「曖昧さ」を最終的に解消することである。
 『管理職の戦後史』が描く「受難」の歴史に終止符を打つために、我々は「管理職とは何か」という根源的な問いから逃げてはならない。それは、日本社会がこれまで自明としてきた働き方のOS、すなわち日本型雇用システムそのものの再設計に取り組むことを意味している。その覚悟が、今まさに問われているのである。

正直言って、拙著で書いたことを超える記述もいくつも見られ、むしろ拙著を出汁にして主張をされている面もありますが、いずれにしても拙著をここまで詳細に読み込んでご自分の意見を練り込みながらかくも長大な書評論文をものされていただいたことには感謝申し上げます。

510fduhbcl_20260104144201 なお、このall4every1さん、わたくしの旧著『働く女子の運命』についても同様に長大な書評論文を書かれていますね。

『働く女子の運命』――なぜ日本で女はこんなに疲れるのか

序章:本書の射程――なぜ日本の女性は「運命」を背負うのか

 濱口桂一郎による『働く女子の運命』は、単なる女性労働史の叙述に留まるものではない。本書の真価は、これまで文化論や精神論に回収されがちであった日本のジェンダー格差問題に対し、法制度的かつ経済的な分析のメスを入れ、その病根が日本社会の根幹をなす雇用システムそのものの構造的欠陥にあることを冷徹に論証した点にある。本書は、従来「女性問題」として扱われてきた論点を、実は「男性正社員の働き方の問題」であると再定義するパラダイムシフトを提示し、社会全体の設計思想に潜む病理を告発する、一級の社会科学的論考なのである。
 本書が刊行された2015年、世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は145カ国中101位という不名誉な地位にあった。女性の教育水準は世界最高レベルであるにもかかわらず、経済・政治分野における地位は著しく低い。この「高学歴・低地位」という深刻なパラドックスこそ、日本社会が長らく抱え込んできた構造的問題の表出に他ならない。
多くの論者は、この原因を「伝統的な性差別意識」といった文化論に求めてきた。しかし濱口は、そうした情緒的な言説を退け、真の病根は日本の企業社会を支配する独特の「日本型雇用システム」にあると喝破した。これこそが、本書の核心的な貢献である。
 本稿は、核心理論の提示から歴史的経緯の検証、法制度がもたらした意図せざる結果、そして現代における分断構造の分析を経て、最終的な処方箋に至るまで、濱口理論の射程を明らかにしていく。
 この分析を通じて、私たちは、なぜ日本の「女子」だけが、あたかも不可避であるかのような特有の“運命”を背負わされてきたのか、その構造的メカニズムを解き明かすことになるだろう。

 

第1章 核心理論:メンバーシップ型雇用という「見えざる檻」
雇用モデルの構造的対比
構造的女性排除のメカニズム:「無限定性」という本質
第2章 歴史的構造:日本型雇用の成立と女性の周縁化
産業革命期:「女工」という名の補助的労働力
戦時体制と「生活給」思想の誕生
「職能給」の確立と女性の制度的排除
高度成長期:「結婚退職制」と補助的役割の固定化
第3章 法政策の意図せざる結果:均等法が生んだ新たな分断
男女雇用機会均等法(1986年)が生んだ「コース別」という名の分断
育児・介護休業法が直面した「メンバーシップの壁」
第4章 カテゴリー別分断構造:連帯を阻む三つの階層
総合職女性:滅私奉公を強いられる「エリート」
一般職女性:役割を失いつつある「絶滅危惧種」
非正規女性(派遣・パート等):搾取されるアンダークラス
女性同士の分断という悲劇
第5章 現代的含意と政策的迷走
「活用」という功利的な視点
「二兎を追わせる政策」の過酷さ
すべての根源はメンバーシップ型雇用に繋がる
なぜ日本では「均等」が「分断」を生むのか
第6章 結論:「運命」を克服するための処方箋
問うべきは「男性の働き方」である
根本的処方箋:ジョブ型への移行と新たな標準モデル
結論:「制度的欠陥」との決別

 濱口桂一郎の『働く女子の運命』は、日本のジェンダー問題が、根拠の薄い感情論や文化論ではなく、明治以来の産業構造に根差した巨大な「制度的欠陥」であることを論理的に証明した。企業中心のメンバーシップ型の呪縛から脱却し、働く個人の人生設計に即した、公正で予見可能性の高い雇用慣行へ社会全体で転換すること。それこそが、日本の働く女性たちに長らく課せられてきた不条理な「運命」を克服する、唯一の道筋なのである。

こちらも、私の書いたことを超える表現が多々見られますが、むしろ、濱口が言わないことまでもはっきり言い切るぞという決意なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年1月 1日 (木)

新年明けましておめでとうございます

Horse 昨年は労働政策研究・研修機構のプロジェクト研究としては、労働政策研究報告書『労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析』を年末に刊行いたしました。また一般向けの本として、『管理職の戦後史‐栄光と受難の八〇年』(朝日新書)を刊行したところです。今年は『外国人労働政策-霞が関の権限争いと日本型雇用慣行が招いた混迷の三〇年史』(中央公論新社)を世に問う予定です。
 長引くロシアのウクライナ侵略やイスラエルのガザ侵攻など、世界情勢はますます混迷を深めていますが、今年こそは内外ともに良い年となり、皆様にとっても素晴らしい年となりますように心よりお祈り申し上げます
 
二〇二六年一月一日
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