フォト
2026年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 2025年12月 | トップページ | 2026年2月 »

2026年1月

2026年1月30日 (金)

センター試験監督のジョブ型とメンバーシップ型

こんなまとめがありましたが、

センターの試験監督を大学教授や医師にやらせているって冷静に考えると正気の沙汰ではないのでは?「まじで苦行」「無償労働のことも」

センターの試験監督だけは二度とやりたくない。 大学の二次試験のよりはるかにきつい。台本通りに1秒も狂わずにロボットのように動かないといけない。なにか一つでも違うと、夕方の全国ニュースに出るという恐怖。しかも医者足りないって言いながら、医者に試験監督させてるの本当に頭おかしい。

・・・・・

これは、所属組織の仕事は全て潜在的には自分の仕事であり、組織に命じられたら専門も糞もなくその仕事を粛々とこなすのが所属するメンバーの務めであるというメンバーシップ型組織のロジックと、組織とは全て定義された職務の束であり、それぞれの職務にそれを的確にこなすために嵌め込まれた者は当該職務の的確な遂行以外に何ら義務を負わないというジョブ型組織のロジックとが、真正面からぶつかっている現場ですな。

日本の組織は官民問わず、圧倒的にメンバーシップ型でできているわけですが、例外的に法令で事細かにジョブとスキルが定められ、医学部を出て医師の資格を有する者だけが医師として採用され、看護学校を出て看護師の資格を有する者だけが看護師として採用され、そのやれるタスクまでもが事細かに法令で規定されているようなジョブ型が強制されている医療の世界において、なぜかセンター試験の監督というフェーズにおいては、純粋メンバーシップ型の行動規範が要求されることに対する、現場からの違和感の表出なのでしょう。

 

 

 

 

 

2026年1月29日 (木)

『新入社員に贈る言葉(2026年版)』

4395897653284ec20d9405338b5411f60e377f23 経団連出版編『新入社員に贈る言葉(2026年版)』をお送りいただきました。

https://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/pub/cat8/42a26e7192984a1e8a3538947a5693ce635ac8b6.html

 本書は、日本の様々な分野の第一線で活躍されている有識者や著名人が、働くとはどういうことか、充実した人生を送るコツは何かなどを、新たに社会人となる方々に向けて贈る、励ましの言葉や職業人生へのアドバイスです。
 2026年刊行の最新版には、経団連会長の筒井義信さんをはじめ、ディー・エヌ・エー会長の南場智子さん、宇宙飛行士の野口聡一さん、東京大学名誉教授の上野千鶴子さん、料理人の笠原将弘さん、キャスターの大越健介さん、俳優のサヘル・ローズさん、作家の江上剛さん、パリ五輪女子レスリング金メダリストの藤波朱理さん、いけばな草月流家元の勅使河原茜さんなどの方々が、新社会人へのメッセージを寄せてくださいました。自身の新入社員の頃の思い出や人生経験を踏まえて語りかける厳しくもあたたかい言葉のひとつひとつは、これから始まる職場生活への貴重なヒントとなり、ひいては人生の指針となるでしょう。
 新入社員へのプレゼントとしてはもちろん、新入社員歓迎のスピーチ作成の参考書としてもご活用いただけます。

ということで、上野千鶴子さんは「今の会社はいつまであるか、そこで定年まで働くか」と題してこんなことを言ってます。

就活は婚活と同じく、お見合いです。

会社はあなたを選びますが、あなたも会社を選びます。

今は結婚が一生ものではないように、就職も一生ものではなくなりました。・・・

日本の文脈ではまさにその通りなんですが、でも、究極の親密圏を形成する神聖なる結婚と、ビジネスライクにジョブのスキルの賃貸借契約を締結する雇用とを、全く同列に見るこの発想は、ジョブ型社会の(少なくとも社会保守的な)人々にとっては目を剥くものでしょう。いや、ジョブ型社会のフェミニストにとっては、結婚の神話を脱神話化し、結婚なんて就職と同じくらい取引関係なのよ、というメッセージになるのでしょうけど、そして上野さんにはそういうインプリケーションもあるのでしょうけど、でも経団連出版のこの本を普通に読む普通の日本社会に生きる人々にとっては、そういうジョブ型社会の文脈ではなく、就職ってのは結婚と同じくらい「官能的」なものなのだというメンバーシップ型社会の文脈で受け取るのではないでしょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

労働局あっせんにおける解雇等解決金額23.5万円@『労務事情』2月1日号

9d051fe338494daa91a61f1c8fc59829『労務事情』2月1日号に「労働局あっせんにおける解雇等解決 金額23.5万円」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10159212.html

 今回の数字は、筆者自身が調査した数字です。周知のように、過去20年以上にわたって解雇の金銭解決制度の立法化が試みられてきましたが、現時点でなお実現に至っていません。筆者は厚生労働省の要請に基づき ・・・・・・

 

ジェラード・ラッセル『失われた宗教を生きる人々』@『労働新聞』書評

800sub1 『労働新聞』書評、今年の第一回目は、ジェラード・ラッセル『失われた宗教を生きる人々』(亜紀書房)です。

https://www.rodo.co.jp/column/212557/

 中東といえばイスラム教一色に塗りつぶされた世界、正確にはそこにユダヤ教のイスラエルが割り込んだ世界、というのが一般の印象だろう。だが現実の中東世界の端々には、古代から脈々と伝統を守り続ける少数派の宗教が生き残っている。本書は、最初はイギリスの外交官として彼らの相談や亡命にかかわり、退官後は一研究者として辺境を旅しながらまとめ上げた、「忘れられた王国の継承者」(原題の直訳)たちのルポルタージュである。

 湾岸戦争やイラク戦争で戦場となったイラク南部の湿地帯に、古代バビロニアの慣習を守って暮らしてきたマンダ教徒。イラク北部のクルド人自治区の片隅で古代異教の神を信仰し、周囲から悪魔崇拝者とみなされてきたヤズィード教徒。かつて古代ペルシャ帝国の国教として勢威を振るいながらも、アラブに敗れてイスラム化したイランでは異教徒として迫害されてきたゾロアスター教徒。やはりイスラム化とともに少数化し迫害されてきたエジプトのコプト教徒など、どれも興味深い。

 著者が彼らにアクセスする道程も波瀾万丈だ。長く国家権力の目の届かない所にいた彼らが、中東諸国の独立やうち続く戦争で、むき出しにされていく。とりわけサダム・フセイン政権の下で、マンダ教徒たちは深刻な破滅の危機に陥っており、外交官の彼に助力を求めてきた。クルド人自治区の成立で一息ついていた「悪魔崇拝」のヤズィード教徒に会うために、彼はトルコ経由でイラク辺境に向かったのだが、その後IS(イスラム国)の支配下に置かれ虐殺・強姦される予兆もにじみ出ている。

 とはいえ本書で一番興味を引きつけられたのは、周囲のイスラム教徒から迫害されていない超古代ヘブライ人 サマリア人の物語だった。彼らによれば、彼らは古代イスラエル王国の末裔だ。ダビデとソロモンの王国は南北に分かれ、北のイスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、住民は離散したといわれるが(失われた十支族)、実は少数残ってサマリアの地で古代ヘブライの宗教を守り伝えてきたという。その後南のユダ王国もバビロニアに滅ぼされ、バビロン捕囚の後、ペルシャに解放されてエルサレムに戻って古代ユダヤ教を確立した(ちなみに、本書には現存するネストリウス派のアッシリア人やカルデア人も登場する)。

 ユダヤ人はサマリア人を異教徒とみなし差別した。イエスの「良きサマリア人」にそれが表れている。やがてユダヤ王国はローマ帝国に敗れ、ユダヤ人は離散する(が多くは現地にも残った)。パレスチナの地はキリスト教化し、イスラム教化していく。

 その中で、サマリア人は伝統を守り続けた。旧約聖書のうち最初の5篇だけを聖典とし、イザヤだの何だの預言者は認めない。出エジプトを祝う過越の祭りでは、モーセの伝統どおり羊を生贄に捧げる。この儀式のスポンサーはパレスチナだ。そう、サマリア人はパレスチナ自治政府が認めるパレスチナ人であり、議席もあった。100人あまりと滅亡寸前でありながら、政治的に迫害されていない少数派教徒なのだ。

 

 

 

2026年1月27日 (火)

労災保険の遺族補償年金は夫にも@WEB労政時報

WEB労政時報に「労災保険の遺族補償年金は夫にも」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/90337

去る1月14日、労働政策審議会は労働条件分科会労災保険部会で審議してきた労災保険の見直しについて厚生労働大臣に建議しました。その内容は多岐にわたっていますが、世間的に最も注目を集めてきたのは、本連載の昨年2025年8月12日付記事で詳しく解説していた遺族補償年金の男女格差の問題です。・・・・

 

上林千恵子編著『よくわかる産業社会学[第2版]』

670010 上林千恵子編著『よくわかる産業社会学[第2版]』(ミネルヴァ書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.minervashobo.co.jp/book/b670010.html

本書は、仕事、職場、キャリア、失業、階層の問題が歴史によって過去と、構造によって現在と関連していることを示した産業社会学の教科書である。初版刊行の2012年とくらべて労働環境や労働のあり方そのもの、そして関連する法律が変化したことを踏まえて内容をおおきく改訂。情報がアップデートされてますます「よくわかる」一冊に。

おおむね、章ごとに分担執筆されている感じです。すなわち、

Ⅰ 仕事とキャリア

は梅崎修さん、

Ⅱ 企業組織の性格

は藤本真さん、

Ⅲ 企業内キャリアと人事管理

は佐野嘉秀さん、

Ⅳ 職場の中での生活

は藤本真さん

Ⅴ 就業形態の多様化

は佐野嘉秀さん、

Ⅵ 社会的存在としての企業

は高橋康二さん、

Ⅶ 労働組合と労使関係

も高橋康二さん、

Ⅷ 働く場の女性

は柚木理子さん、

Ⅸ 高齢者の働き方

は上林千恵子さん

Ⅹ 日本で就労する移民・外国人労働者

はもちろん上林千恵子さん

XI 仕事と暮らしを支える社会保障

は上村泰裕さん、

XII 産業社会学の歴史

は天畠一郎さん、

という分担で、いかにもというのもあれば、え?この人がこのテーマというやや意外なのもあったりしました。

 

 

 

 

 

 

そして誰も彼もが神聖なる憎税同盟になった・・・

もはや与党も野党もゆ党も保守も革新も反動も右翼も左翼も中道も、およそ国会に議席を有する政党という政党はことごとく、神聖なる憎税同盟の一派に成り果ててしまったようです。

Oozjpqjm_400x400 島木さんのつぶやきから・・・

各党の討論会を見ていたが,左右与野党問わず消費減税大合唱の「憎税同盟」(濱口桂一郎)。 食料品0%にせよ一律5%にせよ,国の文教予算が吹っ飛ぶくらいの規模感だろうにどうするのかな。 税金はただただ取られるだけで《納税を通じた大きな政府・社民的政策の推進》という方向にはついに行かない…

井手英策か神野直彦が書いていたが,消費税はたしかに逆進的だが,人の往来も激しいグローバルな時代に,今・ここにいる人から簡素に広く薄く徴税できる税だから,一度取った上で逆進性を上回るくらいの徹底した再配分を行うという,《入りと出》のトータルで捉えよと言っていて,私は合点がいったが。

…そもそも,《社民的政策》と言ったときに,本邦だと反戦平和で「憎税」の三宅坂にあった政党になるのが何とも幾重にもねじれているような感じがする。

そうですね、日本の政党名は矛盾に満ちていて、唯一「リベラル」と名乗る自由民主党がなぜかリベラルを嫌悪し、唯一「ソーシャル」と名乗る社会民主党がソーシャルを否定したがる。

 

 

 

 

 

2026年1月26日 (月)

脊髄反射9割とはいえ、ちゃんと読んでくれる人もそれなりに

Chukogaikoku_20260126091901 拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)のごく一部を切り取ってダイヤモンドオンライン上に載せたこの記事に、

https://president.jp/articles/-/107576

421件という大量のブックマークコメントがついたのですが、

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/president.jp/articles/-/107576

なんというか、やはりというか、本文をちゃんと読まずに、このテーマだからこうというあらかじめ決め打ちのコメントばかりが連なっている様は壮観ではあります。とはいえ、よく見ていくと、ちゃんと読んでくれている方も結構それなりにいることが分かり、ほっとする面もあります。

まあ、昨年から急激に外国人問題が政治的イシューとして取り上げられるようになり、そういうのばかり見ている脳みそで、拙著自体からすると極めて限られた部分しか切り取っていないこの記事を流し読みして、ちゃんと読んでくれという方が無理筋で、既に脳内に確固としてある文脈で以てとりあえずこの記事の中身はともかくとして自分の言いたいことだけを書き殴るというのは、思考経済的には合理的な行動パターンなのでありましょう。

とはいえ、なかにはそういう趣旨のコメントもあったりして、層の深みも感じますね。

KKElichika さすがhamachan先生。(労働)政策の歴史的背景の整理にかけては右に出るものなし。にも関わらず、前提の話が難解すぎて内容に無関係な頓珍漢お気持ちブコメが只管並んでいる現実がこの問題の難しさを物語っている。

ちなみに、本書の「はじめに」において、わたくしはこう書いておりました。

・・・なぜ日本政府の外国人労働政策は、当初提起されていたフロントドアではなく、もっぱらサイドドアに頼る形になってしまったのでしょうか。外国人労働問題をめぐっては過去三〇年以上にわたって「ああすべきだ」「こうすべきだ」とさまざまな立場から熱っぽく議論が交わされてきたにもかかわらず、この「なぜ」という問いに対して実証的に論じた文献はほとんどありません。

 おそらく多くの方々は、外国人労働者を入れたがらない保守派の政治家におもんぱかってフロントドア政策を忌避したのだろうとか、外国人を労働者でないことにして働かせた方が搾取しやすいからわざとそういう悪辣な仕組みにしたのだろうと思っているのではないでしょうか。本書の編集者(中西恵子さん)もそう感じていたそうです。しかし、外国人労働をめぐる政策過程を緻密に見ていくと、そういう単純な話ではなかったことが分かってきます。三〇年間も続いたサイドドア型の外国人労働力導入政策は、必ずしもはじめから意図されて作られたものではなく、第一義的には法務省官僚と労働省官僚との権限争いの故に創り出されたものであり、第二義的には当時の労働政策を支配していた日本型雇用システム偏重イデオロギーの無意識的な副産物として生み出されたものであったのです。

 と言っても、多くの読者には何のことやらよく分からないでしょう。本書はその意図せざる政策形成のメカニズムを、新聞記事を中心とした当時の史料を駆使しつつできるだけ詳細に解き明かすことを目指しています。外国人労働政策として実施されたさまざまな制度については、本書は何ら新たな情報を提供するものではありません。またそうした政策によって振り回された外国人労働者たちの実態についても、既に山のようなルポルタージュが書かれています。本書が目指すのは、なぜそんなことになってしまったのか、なぜ日本の外国人労働政策は三〇年もの回り道をしなければならなかったのかについて、「そうだったのか!」という驚きを伴う答えを示すことにあります。

頭に血が上って「ああすべきだ」「こうすべきだ」と声高に論じ合っている人々からすると何を迂遠な話をしているのか、と思われるかも知れませんが、そういうときこそ心を静めて、「なぜそんなことになってしまったのか」という歴史的な謎解きをじっくりと試みる必要があるはずだ、と、私は信じております。

 

 

 

 

2026年1月25日 (日)

佐々木俊尚さんが拙著を読まれたようです

H676ufd7_400x400_20260125083601 現代日本の代表的なインフルエンサーである佐々木俊尚さんが、拙著『外国人労働政策』を読まれたようです。

濱口桂一郎さんのこの本、非常に面白く勉強になった。なぜ日本に統一的な外国人労働者政策ができてこなかったかといえば、それは省庁間の権益争いだったという明快な指摘。/なぜ「安く働く外国人」が許されてきたのか…日本の外国人労働政策の迷走を招いた霞が関官僚たちの争い

「非常に面白く勉強になった」という感想をいただきました。ありがとうございます。

816ybvyex7l_sl1500_

2026年1月23日 (金)

『2026年版経営労働政策特別委員会報告』

6e39111bd8d6393122d8da184856d8585d35ac8f 経団連の毎年出される春闘文書『2026年版経営労働政策特別委員会報告』を頂きました。

https://www.keidanren.or.jp/policy/2026/003.html

はじめに
Ⅰ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」が必要な理由
「デマンドプル型インフレ」への移行による「成長と分配の好循環」の実現
「名目賃金」の継続的引上げによる「実質賃金」の安定的なプラス化
日本経済や企業収益へのプラスの影響
Ⅱ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」に向けた基本的な考え方
2026年春季労使交渉・協議の前提となる経営環境
経営側の基本スタンス
Ⅲ.賃金引上げの力強いモメンタム「さらなる定着」の具体策
多様な方法による「賃金引上げ」の実施
地域経済を支える中小企業における構造的な賃金引上げ
「総合的な処遇改善」における具体策 

経営側の文書でありながら、もはや全編これ「賃金引上げ」という言葉が乱舞しております。

経団連タイムスの記事でその内容を見ると、

https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2026/0122_01.html

Ⅰ.賃金引き上げの力強いモメンタム「さらなる定着」が必要な理由

わが国は「明らかにデフレではない」状況にあるが、デフレマインドは完全には払拭されていない。「資源を持たない島国」「人口減少」の二つの供給制約があるなかで「コストプッシュ型インフレ」に直面している。

今後、新たな価値を創造する「高付加価値創出型経済」の実現を図り、「デマンドプル型インフレ」へ移行する必要がある。企業には、「国内投資」の拡大、生産性の改善・向上等、賃金引き上げの力強いモメンタムのさらなる定着を通じた「働き手への公正・公平な分配」が肝要だ。

賃金引き上げの力強いモメンタムの「さらなる定着」を通じた名目賃金の上昇の継続と2%程度の適度な物価上昇の実現による実質賃金の安定的なプラス化が社会的に求められている。

Ⅱ.賃金引き上げの力強いモメンタム「さらなる定着」に向けた基本的な考え方

「付加価値の最大化」に注力しながら「労働投入の効率化」を図る「働き方改革」の深化を通じて労働生産性を改善・向上させ、賃金引き上げ原資を安定的に確保することが不可欠だ。

わが国全体の生産性向上には、成長産業・分野等への「労働移動の積極的な推進」が必要。

「構造的な賃金引き上げ」の実現には、「賃金は上がっていくもの」との考え方とともに、そのために必要な「適正な価格転嫁と販売価格アップの受け入れ」が社会的規範として浸透することが重要だ。

26年の春季労使交渉・協議では、経団連・企業の社会的責務として賃金引き上げのさらなる定着に取り組み、「分厚い中間層」の形成と「構造的な賃金引き上げ」の実現に貢献していく。各企業には、「賃金・処遇決定の大原則」にのっとり、「人への投資」と位置付けた積極的な検討と着実な実行が望まれる。

賃金引き上げの成果を個人消費の喚起・増大に結び付けるため、政府に対し、税・財政・社会保障の一体改革による持続可能性の確保と負担のあり方を含めた具体的な検討・実行の早期実現を求める。

Ⅲ.賃金引き上げの力強いモメンタム「さらなる定着」の具体策

多様な方法による賃金引き上げ(月例賃金引き上げ、諸手当、賞与一時金、最低賃金関連)のうち、月例賃金引き上げについては、ベースアップ実施の検討が賃金交渉のスタンダードであり、重点配分を基本に据えて自社にとって最適な方法を見いだす必要がある。

地域経済を支える中小企業の構造的な賃金引き上げには、原資を安定的に確保し、賃金引き上げの持続可能性を高めることが必要。中小企業自身による生産性の改善・向上に加え、サプライチェーン全体を通じた適正な価格転嫁の推進や政府・地方自治体等による取り組み、社会全体における環境整備が不可欠だ。

イノベーション創出と生産性の改善・向上には、賃金引き上げとともに「人への投資」の両輪である「総合的な処遇改善」を通じて、働き手の意欲と能力を最大限に引き出す職場環境の整備(制度面、設備面)と、自社の事業方針・計画の遂行を担う人材育成・能力開発(制度面、経済面)が必要だ。

ほんの6年前には「ジョブ型」という言葉が乱舞しておりましたが、今回はどうかとページをめくっていくと、後ろの方の90ページに「ジョブ型雇用の現状」というコラムがあり、やや素っ気ない記述が書かれています。

 

 

 

 

鶴光太郎『わかる人的資本経営』

9784296121120 慶應から大妻女子大学に移られた鶴光太郎さんの『わかる人的資本経営』(日経文庫)をお送りいただきました。日経文庫は私も昔一冊書いたことがありますが、新書版ではありますが、言いたいことを言いたいだけ書くと言うよりは小さなテキスト的な性格もあり、書かれるのに苦労されたのではないかと思います。

タイトルからすると、今類書が山のように出ている人的資本経営の解説書の一冊のように見え、確かにそういう工夫もされているのですが、読んでいくとそれこそありとあらゆる所に、ジョブ型とメンバーシップ型という対比が頻出し、それでもって人的資本経営を全て説明し尽くしてしまおうという野望すら感じるくらいです。リスキリングとかウェルビーイングはまだしも、「メンバーシップ型雇用からの決別宣言としてのパーパス経営」とまで言っちゃっていいのかなと、やや心配にもあります。

言うところの本書の特色と目次を掲げておきます。

<特色>
 本書は、類書にない視点を提供します。
①人的資本について経済学の立場から、その水準と稼働の向上のために何が必要か包括的に論じています。各章末に設けたコラムでは、人的資本について経済学でどのような研究が行われてきたか、その系譜についても解説。人間の能力・スキルと労働・企業経営とのかかわり合いについて、より筋道立った深い理解が得られます。

②従来の雇用システムとの対比を行い、人的資本経営への移行を雇用システムの転換として捉える視点を重視しています。新卒一括採用・定年までの在籍を前提に会社のメンバーになることが大きな意味を持ち、人事部が職務・勤務地・残業などで強い裁量権を持つメンバーシップ型雇用を温存するのであれば、人的資本経営の推進は困難を極めることになります。人的資本経営を推進するのであれば、雇用システムをジョブ型雇用に向けて変えるように舵を切る努力が必要になります。

③ただ、雇用システムの転換には難しさもあります。そこで本書では、システム移行を円滑に進めるためのアプローチも解説しています。高い目標ばかりみていると挫折してしまうので、一歩ずつ地歩を固めながら進めていくためにはどのような方法論を採用すればよいか、本書では言及しています。

目次

まえがき

第1章 人的資本経営のフレームワーク
  1 なぜ、人的資本経営なのか
  2 なぜ、人的資本経営はメンバーシップ型雇用ではうまくいかないのか
  3 人的資本経営のフレームワーク
 <コラム1> 人的資本研究の系譜①古典派・新古典派における人的資本概念の萌芽

第2章 人的資本経営と雇用システム
  1 メンバーシップ型雇用
  2 ジョブ型雇用を理解する3ステップ
  3 ジョブ型雇用をめぐる誤解
  4 「ステルスジョブ型」の勧め
 <コラム2> 人的資本研究の系譜②ベッカーの人的資本理論

第3章 キャリアの自律性の向上
  1 社内公募に向けた取り組み
  2 手挙げ文化の浸透
 <コラム3> 人的資本研究の系譜③シュルツらの経済発展の視点

第4章 新たなテクノロジーの活用
  1 新たなテクノロジーの特徴と比較
  2 ICT・デジタル化の人的資本経営の影響
  3 人的資本経営におけるAI活用
  <コラム4> 人的資本研究の系譜④ミンサーを嚆矢とする賃金の計量分析とジェンダー格差への応用

第5章 自ら選択できる学びの仕組みの導入
  1 日本企業の従来型の研修システム
  2 リスキリングとは何か
  3 「カフェテリア型」研修による「学びの自律性」の向上
 
 <コラム5> 人的資本研究の系譜⑤ヘックマンによる非認知能力への着目

第6章 ウェルビーイング経営
  1 ウェルビーイングの定義と歴史的由来・発展
  2 企業経営の視点からウェルビーイングへの注目とその意義
  3 ウェルビーイングの具体的な指標
  4 ウェルビーイングをどう向上させるか
  5 ウェルビーイングと企業業績の関係
  6 健康経営から始めよう
 <コラム6> 人的資本研究の系譜⑥カッツらによるスキル偏向的技術変化への着目

第7章 パーパス経営
  1 パーパス経営とは何か
  2 なぜ、パーパス経営が求められるのか
  3 パーパスの策定とその浸透の方策
  4 補い合うパーパス経営とウェルビーイング経営
 <コラム7> 人的資本研究の系譜⑦人的資本理論への批判としてのスペンスのシグナリング理論

第8章 人的資本情報開示の考え方・進め方
  1 人的資本情報の開示はなぜ必要とされたのか
  2 「攻め」の人的資本情報開示とは
  3 情報開示の質を高める
 <コラム8>人的資本経営の未来①AIとの協働のゆくえ

第9章 人材獲得競争時代の「良い企業」に向けて
  1 定年まで同じ会社で勤め上げることを前提としなくなった若者たち
  2 従業員と企業の成長循環こそ新たな「良い企業」の代名詞
  3 成長循環に向けた相乗効果の実現
 <コラム9>人的資本経営の未来②人口減少・人手不足社会を超えて

第10章  経営者と人事部の新たな役割
  1 求められる経営者の意識変革
  2 変わる人事部の役割
  3 人事部の仕事はどう変わるか①――採用と異動・転勤
  4 人事部の仕事はどう変わるか②――評価と賃金システム
 <コラム10>人的資本経営の未来③さらなる女性活躍をめざして

参考文献 (人的資本経営の下、キャリアの自律性、ウェルビーイング経営、パーパス経営などがすべて結び付いている企業こそ「良い企業」)

 

 

 

 

2026年1月22日 (木)

令和7年度労使関係セミナー(奈良県労働委員会セミナー)講演@youtube

令和7年度労使関係セミナー(奈良県労働委員会セミナー)講演(中央労働委員会・奈良県労働委員会共催)の動画「ジョブ型雇用と賃金制度」がyoutubeにアップされました。

https://www.youtube.com/watch?v=ToxCl5YB-gg

Youtubeoo

 

テレワークとつながらない権利に関するEU教育部門自律協約@『労基旬報』2026年1月25日号

『労基旬報』2026年1月25日号に「テレワークとつながらない権利に関するEU教育部門自律協約」を寄稿しました。

 EUにおけるテレワークとつながらない権利に関しては、本紙でもこれまで「欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案」(2020年10月25日号)、「テレワークとつながらない権利に関する第1次協議」(2024年6月25日号)、「テレワークとつながらない権利に関する第2次協議」(2025年9月25日号)と、3回にわたって詳しくその経緯を追いかけてきましたが、去る2025年12月2日、欧州教育労働組合委員会(European Trade Union Committee for Education (ETUCE))と欧州教育使用者連盟(European Federation of Education Employers (EFEE))の間で、「教育部門におけるテレワークとつながらない権利」に関する自律枠組協約が締結されました。
 改めてここまでの経緯を簡単に振り返っておきますと、EUの立法機関の一つである欧州議会は、2021年1月21日、「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択しました。この文書は実質的には欧州議会による指令案の提案ですが、形式的には欧州委員会に対する指令案の提案の勧告という形をとっています。これを受けて2024年4月30日、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する労使団体への第1次協議を開始し、続いて7月25日には第2次協議を開始しました。通常、こうした協議の名宛て人として想定されるのは、欧州労連(ETUC)や欧州経団連(Business Europe)といった産業横断的労使団体ですが、今回この協議に反応して労使交渉を開始し、自律協約の締結に至ったのは、教育部門の労使団体でした。その背景には、2023年12月14日に採択された欧州教育部門労使対話委員会の2024-2026作業計画に、テレワークとつながらない権利に関する自律部門協約の交渉を行うと明記されていたことがあります。
 今回の自律協約は、EU指令等に転換されることなく、両労使団体の各国組織を通じて実施されるものになりますが、その規定ぶりは他部門の労使にとっても参考になる面が多く見られるように思われます。以下、協約の構造と、目的、適用範囲、定義の一部、「つながらない権利」に関する部分、実施とフォローアップの邦訳を掲げておきます。
 
1.目的
 欧州教育労働組合委員会(European Trade Union Committee for Education (ETUCE))と欧州教育使用者連盟(European Federation of Education Employers (EFEE))の間の本自律協約は、自発的な基礎の上にテレワークの発展を促進するとともに、この部門の全ての労働者がつながらない権利を行使することを可能にするものである。
 
2.適用範囲
 本自律協約は、欧州司法裁判所の判例法を考慮しつつ、各加盟国における法、労働協約又は慣行によって定義される雇用契約又は雇用関係を有する欧州連合内の教育部門における労働者に適用される。
 
3.定義
 本自律協約の文脈において、国内法、労働協約又は慣行に抵触しない限り、以下の定義が適用される。
「つながらない(disconnect)」:労働時間外において労働に関係する活動、とりわけ労働に関係するコミュニケーション回路のモニタリングに従事することを要求されたり期待されたりしないことを意味する。
「教育部門」:欧州共同体経済活動統計分類で定義される初等前、初等、中等、高等及び他の教育を含む。すなわち、NACEコード85.1初等前教育、85.2初等教育、85.3.1一般中等教育、85.3.2職業中等教育、85.3.3中等後非高等教育、85.4高等教育、85.51スポーツ及びレクリエーション教育、85.59他に分類されない教育、85.61課程及び講師のための仲介サービス活動、85.69教育支援活動
「生徒」:教育部門の機関により提供される教育プログラムに登録され、定期的に出席する全ての個人をいう。これには、初等前、初等、中等、職業教育訓練、中等後非高等、高等又はスポーツ、レクリエーション及び専門教育を含む他の認証された教育訓練水準の公式又は非公式の教育に関わる児童、青少年及び成人を含む。生徒はフルタイム又はパートタイムで登録され、その地位は公立及び私立の教育機関における学習者を含む。
「テレワーク」:主として情報通信技術(ICT)を用いて、雇用関係の文脈において、テレワークでなければ職場と定義された使用者の敷地又は他の場所で遂行されうる労働が、常時部分的又は全面的に、かかる職場から離れた場所で労働を編成し遂行する態様。
「労働時間」:国内法及び慣行に従い、EU労働時間指令第2条第1項及び関連する判例法で定義された、労働者が使用者の指揮下でその活動又は任務を遂行するいかなる期間をも意味する。
 
4.テレワーク
4.1 テレワークの自発的性質
4.2 均等待遇の原則
4.3 データ保護、プライバシー、コントロール及びモニタリング
4.4 設備、費用及び責任
4.5 安全衛生
4.6 訓練
4.7 集団的権利
 
5.つながらない権利
 つながらない権利は、すべての労働者に適用される。
 つながらない権利は、指令2003/88/EC(労働時間指令)および関連する判例法、ならびに国内法または労働協約に基づく、労働者が一定期間連絡可能であり、その結果として業務を遂行することを求め、客観的な根拠に基づいて正当化される労働時間、オンコール時間、待機時間に影響を与えるものではない。
 使用者および労働者の代表は、適切なレベルで、ワークライフバランス、労働者の幸福、および個人の時間の尊重に関する理事会勧告C/2023/1389で定義されている社会対話の一環として、適用されるEU法、国内法、労働協約、および慣行に従い、常時接続文化のリスクを定期的に評価し、その悪影響を防止または軽減しなければならない。
 つながらない権利は、教育分野の特殊性、役割と責任の多様性、様々な組織や機能にまたがる業務上のニーズ、そしてテレワークを含む職業上および個人的な状況の多様性を反映し、公正かつ透明な方法で行使されるべきである。
 労使団体は、つながらない権利の実施と健全なワークライフバランスの促進に関する労使対話を継続し、特に以下の活動を検討することに合意する。
1. つながらない権利とその公正かつ透明な行使に関する意識を高める。
2. 組織内部および組織外部との敬意あるコミュニケーション慣行を奨励する。
3. つながらないことを容易にするための技術的解決策を活用する。
4. 組織内方針、ガイドラインまたは行動規範などの明確な政策枠組みを策定する。
 労働者のつながらない権利を行使することは、労働者への不利益な結果や使用者による報復の根拠とはならない。
 
6.実施とフォローアップ
 本自律協約の規定の実施は、本自律協約が適用される部門において労働者に付与された一般的保護水準又は労働を監督し管理する使用者の権利を縮減する根拠とはならないものとする。
 各国の部門別労使団体は、適切なレベルで国内法及び慣行の定める条件に従い、労働者の一般的保護水準が確保されることを条件として、本自律協約に含まれる規則を適応させ又は補完する労働協約を確認し又は締結することができる。
 締結当事者たる労使団体及びその加盟組織は、その署名の5年後に、本自律協約の実施状況を欧州教育部門労使対話委員会(ESSDE)へ報告するものとする。
 締結当事者たる労使団体は、その一方からの依頼があれば、その署名日の5年後に、本自律協約を再検討するものとする。
 

 

プレジデントオンラインに拙著『外国人労働政策』の一部が載ってます

Chukogaikoku_20260122124201 最近、プレジデントオンラインには、刊行されたばかりの本のさわりの部分を記事にすることが多いですが、拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)もその仲間入りをしました。当然のことながら、タイトルはやや扇情的になっています。

なぜ「安く働く外国人」が許されてきたのか…日本の外国人労働政策の迷走を招いた"霞が関官僚たちの争い"

この引用部分のうち、私が特に労働行政関係者や労働組合関係者に投げかけたかったメッセージの部分を、さらに引用する形でここにもアップしておきます。

 こうして、本来労働者団体が立場上主張すべき「外国人労働者の待遇を上げろ」を主張し、そもそもその前提として「研修生を労働者として認めろ」と主張するという役割は、労働政策プロパーの世界では労働者団体の天敵であり、労働者の利益に反する主張ばかりする存在だと思われていた規制改革関係会議の手に委ねられることになりました。
 本書第二部第一章で詳しく描写することになりますが、労働政策関係では何かと敵役として取り扱われがちな規制改革関係会議こそが、労働者保護を第一義に考えるべき労働省がその創設の経緯に縛られてきちんと指摘することができず、また労働者の利益を声高に叫ぶべき労働者団体がその利害構造の複雑性のゆえに突き詰めて主張することができなかった「研修生は労働者である」という不都合な真実を、あれこれ顧慮することなくズバリと指摘することができたことの意義は極めて大きなものがあります。
 少なくともこの局面に関する限り、労働者性を剥奪された研修生という名の外国人労働者を本質的なレベルで救おうという動きを政府部内で提起し得たのは、規制改革関係会議(とその関係者が参加した経済財政諮問会議)だけであったことは、労働行政や労働組合関係者が繰り返し正面から向き合うべき苦い経験であるはずです。

(追記)

なんだかすごい数のブコメがついておりますな。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/president.jp/articles/-/107576

 

 

 

Assert Webで拙著書評

Asahishinsho2_20260122091101 「Assert Web」で杉本達也さんが拙著『管理職の戦後史』を書評されています。まずもって、

https://assert.jp/archives/13644

『ジョブ型雇用社会とは何か』などにおいて、欧米・アジアとは異なる日本の雇用システムの特徴を「メンバーシップ型雇用」と定義してきた著者が、今回はその日本型雇用システムにおける管理職の問題に迫った。通常の新書は200~250ページであるが、本書は340ページもある非常に分厚いものとなっている。厚くなったのは、著者が原資料を大幅に引用して、専門的な議論を紹介しているからであるが、そのため読み込むには若干苦しい。特に、ホワイトカラーエグゼンプションの部分は、規制改革会議や経団連の提言、労政審答申など、通常読む機会のない資料を多数紹介しており、経緯を把握するには便利であるが、かなり専門的ではある。

非常に分厚い」「原資料を大幅に引用」「専門的な議論」「読み込むには若干苦しい」等々、読まれた皆さんが共通に指摘される点で、仰るとおりですが、せっかくの資料をちゃんと紹介しておきたいと願ったからなんです。

とはいえ、中身に関してはご自分の経歴なども振り返りながらいろいろと感じるところもあったようで、各章ごとにこのように個人的な経験を踏まえて感想を述べられています。

2 女性管理職の時代

・・・1986年、私の所属組合でも人事課長との団体交渉が行われた。団交参加者は女性専門職の多い職場が中心だったが、そこに本部・総務課・会計課などの若手女性職員が多数押し掛けたのである。その日の朝、管理職の机を拭き掃除したり、お茶を出したりしていた女性職員が団体交渉に参加したのである。当時、キャリア職はもちろん、ノンキャリア職を含め、男性職員の95%は管理職に登用されて退職するといわれていた。一方、女性職員の管理職は専門職などのごく一部であった。人事課長は、団体交渉の場で組合の男性役員に対し、もし、女性管理職を増やすと、男性の管理職への登用は60%まで落ち込むが、それでもよいのかとつぶやいた。当時、団体交渉に参加した女性職員の多くが、いま定年を迎えたが、部長職・課長職で退職している。

3 管理職手当を要求した団体交渉

・・・1993年の団体交渉では組合側から管理職手当を要求した。当初、技術専門職の職場では、高度成長前期に採用した職員から順に管理職に登用されていたが、管理職のポストが限られており、年齢順にポストがあてがわれていた。いわゆるキャリア採用の団塊の世代が管理職の年代に差し掛かっていたが、管理職のポストがない、このままでは管理職にもなれないと不満を募らせていた。しかし、労働組合から管理職ポストを増やせなどとはいえない。当時、管理職は部長級のA級、次長級のB級、課長級のC級、課長級スタッフ職のD級に分類されていた。労働組合としては課長級スタッフ職D級の管理職手当相当を管理職年代に差し掛かった団塊の世代に配分せよと要求した。結果、D級管理職手当よりは若干手当額は低く、もちろん超過勤務手当はなくなるが、管理職ではなく組合員として処遇するポストが新設された。交渉後、人事課長は、これまでの人事管理に不備があったと組合役員に詫びた。

4 超過勤務

バブル期はともかく仕事が多かった。あるプロジェクトの担当として15億円の事業費を1人で抱えることとなった。当時、月150~200時間の超過勤務を行った。深夜1・2時、土日もないとなると少し体調も崩した。笑い話であるが、深夜2時にFAXを東京のある事業所に送って、今日の仕事はこれで終わりだと課員とともに帰宅した。翌日、FAXが返っていたので時刻を確認するとAM3の文字があった・・・

私的な経験としてはメンタルヘルスで休職していた職員が復職する場合が大変である。200人程度の本部と支所の人事を統括していると、人事課から10人程度の復職者の受け入れを迫られる。本人と直接会話することもなく、復職可能とする医師の診断書のみで判断せざるを得ない。復職後、月曜の朝に「今日は休ませて欲しい」という電話がかかってこないかどうかドキドキである。

先日、ある元職員と話をする機会があったが、元職員の退職理由は、時間外労働時間が月40時間を超えるにも関わらず、上司がそれを認めず時間外労働時間を削るように指示していたからだという。超勤時間を全て記入するよう通知されてから30年以上経つが、いまだに闇超勤が行われていることは実に嘆かわしい。採用者よりも中途退職者が多いとも聞く。職種によっては求人を出しても全く応募者がいない。元職員は退職後、士業を志して、今は士業で働いている。

というわけで、戦後労働史を生きてこられた方々にとっては、この話もあの話もみんな思い当たるところのあるエピソードなのではないでしょうか。

最後にこう締められているのは、著者としては大変嬉しい言葉です。

本書はどこから読み進めても非常に味のある構成となっている。是非、一読をお勧めしたい。

 

 

 

 

 

 

2026年1月16日 (金)

山下ゆさんの拙著書評

Asahi2_20260116230401 ネット書評家として名高い山下ゆさんが、拙著『管理職の戦後史』(朝日新書)を取り上げてくださいました。

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52428053.html

「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」などの用語を普及させ、日本の雇用システムについてその特徴を明らかにしてきた著者が日本の管理職の問題に迫った本。
 以前の著者の本でも書かれていたことですが、日本だと中途採用の面接で来た中高年が「部長ならできます」と言えばそれは笑い話として消費されてしまいますが、欧米では当たり前の受け答えになります。「管理職」という職務がしっかりと確立しており、ビジネススクールでマネジメントについて学んできた人が就くポジションだからです。

 本書は、そんな日本の管理職の特殊性を戦後の歴史を紐解きながら探り、アメリカの影響を受けた労働法と実際の日本の管理職のズレと、そこから生まれるさまざまな問題を論じています。
 著者は複数のレーベルから新書を出していますが、同じ朝日新書から出た『賃金とは何か』と同じく、この新書もやや硬めで決して読みやすいとは言えませんが、「なぜ管理職が罰ゲームになってしまったのか?」ということがよく分かる内容になっています。

少し前のXでの短評でも言われていたように、「この新書もやや硬めで決して読みやすいとは言えません」というのはやはり確かなようです。

書いているときは、話の中身が結構波乱万丈で自分で書きながら面白いので、ついつい原資料を長々と引用してしまいがちになるんですが、そうすると一般読者にとっては読みにくくなってしまうんですね。

 冒頭にも書きましたが、資料や法令などで管理職の実態を浮かび上がらせようとするスタイルは新書にしてはやや硬めかもしれません
 個人的には今までの新書との重複を恐れずに、例えば、最後のほうのパワハラの話などを紙幅をとって論じたほうが多くの人が手に取りやすかったのではないかと思いますが、その代わりに日本の労働法と実態のズレといった部分は印象に残りました。
 本書は、日本の管理職の困難を歴史と法制度の両面から教えてくれる内容になっています。

まあ、パワハラの話はそれだけで一冊の本にできるネタでもあるので、むしろ、資料部分をもっと削るべきだったかな、と今は思っています。

 

 

2026年1月15日 (木)

朝日新聞の取材考記@澤路記者

As20260115001893 本日の朝日新聞夕刊の取材考記に、澤路毅彦記者が例の裁量労働制の件で書いています。

https://www.asahi.com/articles/DA3S16382419.html

 厚生労働省が昨年10月上旬の自民党の会合で示した資料に、裁量労働制に労働時間の上限規制が「適用されない」とあったのを見て驚いた。「厚労省がそれを公言していいの?」と。・・・・ 

これ、私が本ブログで批判したあの記事の件だよな、と思って読んでいくと、

・・・実際の労働時間に規制がかからないから、厚労省の説明に理由がないというわけではない。実際、このことを記事にすると、「枝葉末節」との批判も頂いた。

ここまで読んで、思わず吹き出しました。これって、本ブログの

朝日新聞の枝葉末節症候群

本日の朝日新聞の1面トップは「裁量労働制は上限規制の「適用外」 厚労省が自民会合で不正確な説明」という記事ですが、正直言って、何がそんなにけしからんのかよく分からないというか、労働時間の一番大事な肝心要の話をそっちのけにして、法形式論の枝葉末節にばかりこだわっているかの如き印象を受けました。この記事を礼賛している「識者」諸氏に対しても以下同文です。・・・

澤路さんからすると、それはそのとおりだが、そういうのは「制度を批判する側の主張」であって、厚労省自らがそう認めてしまうのは「割り切れなさが残った」ということのようです。

なるほどね、気持ちはわからないではないですが、でも裁量労働制の本質が論ずる立場によって変わるわけでもないと思うのですがね。

過去30年の労働時間制度の焦点は、裁量労働制、ホワイトカラーエグゼンプション、高度プロフェッショナル、そしていま再び裁量労働制と、法制度上はみなし制と適用除外で違うように見えるけれども、やりたい側もやりたくない側も、同じようなものとして対してきたことは間違いないわけで。

そしてそれらに対する私の考えは、近著『管理職の戦後史』で詳細に論じたように、そもそも管理職が限りなくヒラ社員であり、ヒラ社員が限りなく管理職であるこの日本型雇用システムにおいては、これらはみな限りなく正しく、同時に限りなく間違っているとしか言いようがないのですね。そこのところを取り残した議論は全て本質を取り落とした空疎な議論になってしまうのだと思っています。

ただ、今回の記事(エッセイ)の主眼は、そっちよりもその後の

背景を取材すると浮かび上がった来たのは、「働き方改革」で導入された上限規制を必死で守ろうとする厚労省の苦しい立場だ。。

という点にあるようです。これも、本ブログで示唆してきたことですが、やはり上限規制自体の緩和は過労死を促進するのか!?という批判があまりにも明らかなので、管理職でなくてもそれなりに自律的に働いているというそれなりに正当性のある裁量労働制で何とか手を打ちたいという気持ちはとてもよくわかります。まあ、でもいよいよ衆議院が解散されて総選挙になるようでもあり、この先何がどうなることやら誰にとっても全く五里霧中というところなのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

労務屋さんが『外国人労働政策』にやや個人的な感慨を含めたコメント

Chukogaikoku_20260115160601 先日上梓した『外国人労働政策』(中央公論新社)(新書ではなくハードカバーの単行本です)について、労務屋さんが早速書評を書いてくれました。

https://roumuya.hatenablog.com/entry/2026/01/15/153412

このテーマは、私自身も、昨年の『管理職の戦後史』で取り上げられたホワイトカラー・エグゼンプション以上に深入りして関わりましたので、非常に感慨深く読ませていただきました。 

そう、こういう政策過程分析は、その政策過程に関わった方々にとっては、なかなかに感慨深いものになるのであろうな、と思います。

逆にわたくし自身は、旧労働省で近くの部局にはいたものの、外国人労働政策自体に関わることは全くなく、その意味ではやや醒めた目で見てしまうところがあるのかも知れません。

第二部については、私は主として経団連と総合規制改革会議(名称はこの間だけで2回くらい変わったと思う)のチャネルを通じて関与していたので、まあ今思い出してもいろいろと思うところはありますが、とりあえず本書で「外国人を正面から労働者として政策対象にすべしという労働政策の常識を…実現するに至らせたのは、記憶しておくに値します」と高い評価をいただいていることは非常にうれしく、深く感謝したいところです(規制関連改革会議繰り返し「労働政策関係では敵役」と評価されているのは若干ツラいですが)。

いや敵役と繰り返したのは、研修生の労働者性問題に関する限り、この敵役だけが正論を吐いていたということを強調するための文飾なので、ツラくならないでください。

 ということで何やらとりとめのない感想でいまひとつ収拾がついておりませんが、今現在の現実を見ればすでに外国人労働者の労働市場における存在感はかなり大きくなっていますし、生産年齢人口が減少に転じて以降も非常にがんばって労働力人口を増加ないし維持させてきているわけではありますが、しかし一昨年の労働経済白書でも示されているように労働時間ベースの労働投入量は減少し始めているのも事実なので、(先行した諸外国では難しい課題が明らかになっているわけではありますが)将来的に外国人労働者抜きで日本の労働市場が成り立つかというとなかなか難しいと考えるのが素直ではないでしょうか。本書を読むにつけ容易ではなさそうですが、建設的な議論を望みたいところです。

本書は基本的に昔の政策決定過程をほじくり返す歴史書ではありますが、最後のところでちょびっとではありますが、あるべき外国人労働政策について示唆してみたところもありますので、昨今の雰囲気のなかでも是非「建設的な議論」が望まれます。

 

 

 

 

業務上精神障害の支給決定件数1,055件@『労務事情』2026年1月1/15日号

C3db4f7d9a9145419265850a69e83e8e 『労務事情』2026年1月1/15日号に「業務上精神障害の支給決定件数1,055件」を寄稿しました。

https://www.sanro.co.jp/book/b10158657.html

 昨年6月に公表された2024年度の過労死等の労災補償状況によると、業務上の脳・心臓疾患(いわゆる過労死)の支給決定件数は241件、業務上の精神障害(いわゆる過労自殺)の支給決定件数は1,055件でした。・・・・・

 

 

2026年1月14日 (水)

日刊ゲンダイに拙著書評

Asahishinsho2_20260114124501 日刊ゲンダイに、拙著『管理職の戦後史』の短評が載ったようです。

https://www.nikkan-gendai.com/?p=news_detail&id=382789

 近年、働き方改革から取り残され、管理職として働くことが罰ゲーム化していると評されている。

 管理職の問題は今に始まったことではなく、1970年代にも人事労務管理上の大きな問題になっていた。不況の際に賃金カットや出向など真っ先に狙われ犠牲を受ける一方、この時代には管理職ポスト不足=管理職の過剰が企業人事にとって大きな課題になりつつあったのだ。さらにさかのぼり、1950年代には労働組合が管理職をつるし上げるような運動を展開した時期もあれば、終戦直後には管理職が労働組合運動の先頭に立って経営陣をつるし上げていた時期もあるという。

 戦後日本社会におけるそうした管理職の変遷をたどり、日本型管理職の特殊な姿を浮き彫りにする歴史テキスト。

 

2026年1月13日 (火)

『管理職の戦後史』への若干の書評

Asahishinsho2_20260113150501 昨年11月に上梓した『管理職の戦後史』に対して、書評サイトでさらにいくつかの短評がアップされました。

まず、アマゾンカスタマーさんから

https://www.amazon.co.jp/dp/4022953454

管理職の線引きの複雑性を分かりやすく説明しているところに本書の特徴がある。ただ、管理職がどういう意味合いを持つのかに対し、ドイツの参考事例による管理職員の事を取り上げていたが、参考事案として管理職の線引きが複雑な日本にはセメダイン事件があったが、①団体交渉にあたる会社の担当者を誰にするか②交渉事項に関する会社の機密事項が組合側に漏洩された場合の会社側の組合に対する団体交渉を断る立証責任についてもどの様な考えをもっているのか言及して欲しかった。それは、ドイツのように管理職が独立した権限をもっているのに対し日本は独立した権限を持つことに厳しい管理職に対し本書は現実の受難から栄光に向かう独立した権限を勝ち取るための受難だという事を伝えたいと読者は感じたがそれは如何に・・・。

また読書メーターでも、お抹茶さんとすのさんから、

https://bookmeter.com/books/22966813

お抹茶
出版物や報告書や試案や基発の引用が多く専門的。戦後すぐは管理職層まで労働組合が取り込んで経営側を圧迫したが,次第に使用者の利益代表者ではない係長以下の現場職制層までを敵に回して追いつめられた。管理職ポスト不足で設けられたスタッフ職は,管理監督者と同格ながら管理監督機能とは別の専門職という独特の解釈。エリートとノンエリートの差を極小化した戦後日本の企業社会では,上から下まで,自律的にも裁量性を有してないホワイトカラーが所定内労働時間では処理できない業務量を抱える。メンバーシップ型とジョブ型の齟齬が影響。

すのさん
かつて管理職は労働組合の先頭に立ち、使用者と対峙していたという。そのような時代があったと想像できないほどに今の管理職が置かれた立場は不安定で苦しい。それはそもそも日本のメンバーシップ型雇用社会に由来するものであるという。一般社員から管理職までが各々PDCAを回す。管理と事務が混在した仕事をするという日本の雇用制度が、管理職という存在を曖昧化させている。労働組合には入れず、労働時間規制の対象からも漏れ落ちる。そんな管理職の労働状況を改善するにはジョブの明確化、ジョブ型への移行が肝となるように思われる。 

さらに、X(旧twitter)でも、本べんさんから、

https://x.com/bookreadben/status/2009544139139113058

濱口桂一郎『管理職の戦後史』(朝日新書)を読了。特に後半は(新書としては)原資料の転載が多く、読むのが若干苦痛でした。前半の労働組合における管理職の位置付けの変遷は、大変興味深かった。上から下まで経営者であり、従業員でもある役割の曖昧さが、制度を混乱させているというお話でした。

確かに、新書本にしては原資料を大幅に引用して専門的な議論に入り込みすぎているところがあり、普通の読者の方々にはいささか読みにくい印象を与えてしまったという反省はあります。

ただ、議論の焦点が、日本のヒラ社員はなにがしか管理職であり、日本の管理職はなにがしかヒラ社員であるという日本の特色が、まさに裁量労働制やエグゼンプションの議論にこそ露呈するということなので、どうしてもそれらの議論の過程を詳細に追いかけていくことにならざるを得ず、結果的に「読むのが若干苦痛」になってしまったようです。

 

 

2026年1月 9日 (金)

なぜ労働者じゃないのに健康保険に入れるのか?又は健康保険法上の労働者概念

ここ数日、日本維新の会の一部議員による国民健康保険逃れの問題が新聞を賑わしていますが、政治スキャンダルとしての追及は政治部記者や政治学者にお任せするとして、労働社会政策に関わる人間であるならばまず何よりも、なんで労働者じゃないのに国民健康保険を逃れて健康保険に入れるのか?というそもそもの疑問に立ち向かわなければならないはずです。

いうまでもなく、日本の社会保険制度は、労働者向けの健康保険、厚生年金と非労働者向けの国民健康保険、国民年金からなっています。とはいえ、実態としては、労働者でありながら健康保険や厚生年金から排除されて国民健康保険や国民年金に追いやられている非正規労働者がかなりいるわけですが、その逆というのは本来あり得ないはずです。

263_hp ところがその本来あり得ないことが、戦後長らくずっと行われてきているのです。その経緯については、2018年に『季刊労働法』に寄稿した「健康保険の労働法政策」で、労働災害における谷間の現象に関係でかなり詳しく解説したことがあります。

法人代表者というのは、労働者じゃないにもかかわらず、「社員」の延長というメンバーシップ感覚に基づいて、不利な国民健康保険じゃなくて有利な健康保険に加入できるようにしてしまったことが、どういうおかしな事態を招き、そして健康保険法上だけで通用する特殊な労働者概念というおかしな代物を生み出してしまったことが、お分かりになると思います。

7 法人代表者の扱いと健康保険法と労災保険法の間隙
 
(1) 「間隙」の誕生
 
 さて、終戦直後に健康保険法から労災保険法が分離独立した時に時計の針を戻しましょう。これにより、健康保険法は「被保険者ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ」保険給付をする制度であることが明記されました。被保険者とは被用者であり、その業務上の傷病は労災保険法に委ねられたのですから当然です。
 一方、国民健康保険法は引き続き業務上外の区別はありません。1938年国民健康保険法はこう規定していました。
第一条 国民健康保険ハ相扶共済ノ精神ニ則リ疾病、負傷、分娩又ハ死亡ニ関シ保険給付ヲ為スヲ目的トスルモノトス
 戦後1958年の新国民健康保険法もこう規定しています。
(国民健康保険)
第二条 国民健康保険は、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うものとする。
 もっとも、上述のような経緯で、この段階でも、また現在においても、本来健康保険法の適用対象となるべき被用者のすべてが健康保険の被保険者になっているわけではなく、零細個人事業所の被用者や最近では(適用拡大されつつあるとはいえ)非正規労働者が国民健康保険に回されています。しかし彼らも労働法上はれっきとした労働者ですから、当然労働基準法の労災補償規定が、それゆえ(これまた戦後すぐには全面適用ではありませんでしたが、現在では完全に)労災保険法が適用されます。そこで、国民健康保険法が適用されている労働者の業務上の災害については、労災保険法が優先的に適用されるという調整規定が設けられています(第56条)。
 このように適用がダブる場合は調整規定で対処すればいいのですが、いずれの法律も適用されない間隙が生じてしまう場合には、そういうわけにはいきません。しかし、法律の条文を見る限り、そのような事態が起こる可能性は本来ないはずです。労働者の業務上の傷病は健康保険適用者であろうが国民健康保険適用者であろうが労災保険が面倒を見るのであり、労働者ではない自営業者などの業務上の傷病は国民健康保険が面倒を見るのですから、法律条文上に間隙が存在する余地はありません。しかし、法律の条文からは読めないような「解釈」を通達レベルでやってしまうと、法律制定時には想定されていなかったような間隙が生み出されてしまう可能性が生ずるのです。
 1949年7月、厚生省は、法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について」(昭和24年7月28日保発第74号)という局長通達を出しました。
 法人の理事、監事、取締役、代表社員及び無限責任社員等法人の代表者又は業務執行者であつて、他面その法人の業務の一部を担任している者は、その限度において使用関係にある者として、健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取扱つて来たのであるが、今後これら法人の代表者又は業務執行者であつても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい。
 なお、法人に非ざる社団又は組合の総裁、会長及び組合及び組合長等その団体の理事者の地位にある者、又は地方公共団体の業務執行者についても同様な取扱と致されたい。
 このため法人代表者等は医療保険上は労働者として業務外の傷病について高い給付水準を享受できることとなった代わりに、労災保険上は労働者ではないためその給付を受けられず、かといって国民健康保険には加入していないのでその業務上傷病給付を受けることもできないという、いわば制度の谷間にこぼれ落ちてしまいました。これに対処する法政策は、長らく労災保険の特別加入制度しかありませんでした。
 
(2) 労災保険の特別加入
 
 労災保険は本来、労働基準法適用労働者の労働災害に対する保護を目的とした制度であり、労働者でない中小事業主や自営業者は対象としていません。しかし、これら非雇用労働者の中には業務の実態から見て労働者に準じて保護するにふさわしい者が存在することから、1965年労災保険法改正により一定範囲について特に労災保険への加入を認めることとされました。これが特別加入です。
 しかしながら、実はそれ以前から通達による擬制適用という形で特殊な取扱いが認められていました。まず1947年11月に、「土木建築労働者についての労働者災害補償保険法適用に関する件」(昭和22年11月12日基発第285号)が次のように指示していました。
 土木建築事業についての労働者災害補償保険法の適用に関しては、法第三条第一項第三号に規定するところであるが、土木建築事業の特殊性として、その労働者の一部には恒常的雇用関係を有するものでなく、時に労働者として他に使用される場合もあるが、他面所謂一人親方として営業者とみなされるべき場合の多いものがある。しかも、その実態は一般労働者と同様自ら労務に従事するものであるから、業務上災害を被る危険に曝されているものである。
 ついては、かかる土木建築事業に従事する特殊労働者の立場を考慮し、特に左記によりこれを取扱い本法による保護を受けしむるよう致したい。
一、自ら業者の立場に立つ労働者が保険法の適用を希望する場合には、それら労働者によって任意組合を組織せしめ、その組合をもって便宜保険法上の使用者として、保険加入の申込みをなさしめること。
 やがて、1963年10月の労災問題懇談会報告において「自営業主、家内労働者への適用を考慮すべき」との意見が出され、これを受けた労災保険審議会は1964年7月、「一人親方、小規模事業の事業主及びその家族従業者その他労働者に準ずる者であって、労働大臣の定める者については、原則として団体加入することを条件として、特別加入することを認める」と答申しました。労働省は翌1965年3月法案を提出、6月には成立に至りました。
 これにより、中小規模事業主とその家族従業者、一人親方とその家族従業者及び特定作業従事者について、特別加入制度が設けられました。中小事業主に特別加入を認めたのは、事業主が労働者とともに労働者と同様に働くことが多く、労働者に準じて保護するにふさわしいことに加えて、特別加入を通じて中小企業の労災保険への加入を促進しようという政策意図が働いていました。一人親方については、土木建築事業のほか、自動車運送(個人タクシーやトラック)、漁業が認められました。また特定作業従事者としては、危険な農機具を使用する自営農業者が指定されました。
 その後、1970年に家内労働法が制定され、危険性の高い作業を行う家内労働者等が特定作業従事者に指定されました。具体的には金属加工、研磨作業、履物製造加工、陶磁器製造、動力織機等です。また、1976年には一人親方に林業と配置薬販売業が加えられ、1980年には廃品回収業も加えられています。
 しかしながら、労災保険の特別加入はあくまでも任意の制度なので、強制適用保険としては依然として間隙が存在する状態のままでした。
 
(3) 2003年通達
 
 2002年6月7日の衆議院厚生労働委員会で、民主党の大島敦議員がこの問題を取り上げ、坂口力厚生労働大臣が「谷間があってはいけませんので、このほかにもそうした問題がないかどうかもあわせてちょっと検討させていただいて、そして、谷間を至急なくするようにしたいと思います」と答弁しました。
 これを受ける形で、2003年7月に保険局長名の通達「法人の代表者等に対する健康保険の適用について」(平成15年7月1日保発第0701002号)が発出されました。
 健康保険法(大正11年法律第70号。以下「法」という。)は、業務外の事由による疾病等に関して保険給付を行うこととされているため、業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病は、健康保険の給付対象とならない。
 一方、法人の代表者又は業務執行者(以下「代表者等」という。)は、原則として労働基準法(昭和22年法律第49号)上の労働者に該当しないため、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づく保険給付も行われない。
 しかしながら、極めて小規模な事業所の法人の代表者等については、その事業の実態等を踏まえ、当面の措置として、下記のとおり取り扱うこととしたので、その実施に当たり遺憾のないよう取り扱われたい。
1 健康保険の給付対象とする代表者等について
 被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については、その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険による保険給付の対象とすること。
2 労災保険との関係について
 法人の代表者等のうち、労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び労働基準法上の労働者の地位を併せ保有すると認められる者であって、これによりその者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関し労災保険による保険給付が行われてしかるべき者に対しては給付を行わないこと。
 このため、労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び法人の登記簿に代表者である旨の記載がない者の業務に起因して生じた傷病に関しては、労災保険による保険給付の請求をするよう指導すること。
3 傷病手当金について
業務遂行上の過程において業務に起因して生じた傷病については、法人の代表者等は、事業経営につき責任を負い、自らの報酬を決定すべき立場にあり、業務上の傷病について報酬の減額等を受けるべき立場にないことから、法第108条第1項の趣旨にかんがみ、傷病手当金を支給しないこと。
4 適用について
 本通知は、本日以降に発生した傷病について適用すること。
 これは、現に起きている問題に当面の措置として対応したものとしてはそれなりに評価し得ますが、そもそも健康保険法第1条の「業務外」という明文の規定に明らかに反する取扱いですし、被保険者5人未満という基準も、被用者保険としての強制適用基準をここに持ち出してくることに論理的因果関係は見当たらず、意味不明なところがあります。
 
(4) 2013年改正
 
 その後、2012年に健康保険法上の被扶養者であるシルバー人材センター会員の就業中の負傷が健康保険法の給付を受けられないことが社会問題となりました。厚生労働省は急遽健康保険と労災保険の適用関係の整理プロジェクトチームを設置して検討を行い、同年10月のとりまとめにおいて、健康保険に関しては次のように対応方針を整理しました。
○ 健康保険における業務上・外の区分を廃止し、請負の業務(シルバー人材センターの会員等)やインターンシップなど、労災保険の給付が受けられない場合には、健康保険の対象とする。
○ その上で、労使等関係者の負担に関わる変更であるため、変更の方法(法改正の要否)、遡及適用の要否、役員の業務上の負傷に対する給付の取扱いを含め、社会保障審議会医療保険部会で審議を行い、結論を得る。
 その後、社会保障審議会医療保険部会で審議され、翌2013年1月の「議論の整理」においては、「議論では、労災保険と健康保険のどちらの給付も受けられない者を救うことは必要であるなどの意見があった。その上で、労災保険の給付が受けられない場合には、健康保険の対象とすべきであり、請負などの働き方の形態にかかわらず、労働者性のある業務に起因する負傷等については、引き続き、労災保険が健康保険に優先して給付されるべきであるとした事務局の案については異論がなかった」とされる一方、「なお、労働者性のない役員の業務に起因する場合に、『被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって、一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者について、健康保険の給付の対象とすること』という現行の取扱いを継続することについても異論がなかった」とされています。これを受けて同年3月に健康保険法改正案が国会に提出され、同年5月に成立しました。
 この改正により、健康保険法の第1条が次のように改正され、「業務外」が「(労災保険法の)業務災害以外」になりました。業務上か業務外かと言われたら業務上だけれども、労災保険が面倒を見てくれる業務災害に当てはまらないものはこちらで面倒を見るというわけです。
(目的)
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
 そして、新たに第53条の2が設けられました。
(法人の役員である被保険者又はその被扶養者に係る保険給付の特例)
第五十三条の二 被保険者又はその被扶養者が法人の役員(業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者をいい、相談役、顧問その他いかなる名称を有する者であるかを問わず、法人に対し業務を執行する社員、取締役、執行役又はこれらに準ずる者と同等以上の支配力を有するものと認められる者を含む。以下この条において同じ。)であるときは、当該被保険者又はその被扶養者のその法人の役員としての業務(被保険者の数が五人未満である適用事業所に使用される法人の役員としての業務であって厚生労働省令で定めるものを除く。)に起因する疾病、負傷又は死亡に関して保険給付は、行わない。
 これはしかし、2003年通達の扱いを維持しただけなのかも知れませんが、逆に法制的には大きな問題をもたらしたように思われます。
 
(5) 健康保険法上の労働者概念
 
 この2013年改正による第1条の文言を見て、何か違和感を感じなかったでしょうか?戦後労災保険が分離した時の第1条はこうでした。
第一条 健康保険ニ於テハ保険者ガ被保険者ノ業務外ノ事由ニ因ル疾病、負傷若ハ死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為シ併セテ被保険者ニ依リ生計ヲ維持スル者(以下被扶養者ト称ス)ノ疾病、負傷、死亡又ハ分娩ニ関シ保険給付ヲ為スモノトス
 ここに「労働者」という言葉は出てきません。それに相当するのは、第13条の「使用セラルル者」でした。そして、1949年通達は法人代表者等も「使用される者」として被保険者になるという言い方をしていました。
 ところが、2002年に健康保険法が文語カタカナ書きから口語ひらがな書きに改正された際、こうなったのです。
(目的)
第一条 この法律は、労働者の業務外の事由による疾病、負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
 どういう理由かは分かりませんが、健康保険法の適用対象は「労働者」だと明記されたのです。ということは、1949年通達も法人代表者等を「労働者」であると解釈したものになります。もちろん以前からそうだったのですが、それが明白となったわけです。おそらくこれは、1954年改正厚生年金保険法が「労働者の老齢、廃失、死亡又は脱退について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的と」していることに足並みをそろえたのでしょう。
 もちろん、これにより健康保険法と厚生年金保険法に共通し、労働法とは明確に異なって法人代表者を含む「労働者」概念が明確化されたわけですが、だとすると、上記改正による第53条の2はかえって説明がつきにくい代物になってしまったように思われます。
 改めて新第1条を素直に読めば、法人代表者も含む「労働者」の(労災保険法の)業務災害以外の傷病に保険給付を行うと書いてあります。労災保険が面倒を見てくれない「労働者」の業務上傷病はこれに当たりますから、当然健康保険で面倒を見てくれるはずです。それなのに、れっきとした健康保険法上の「労働者」であるはずの(従業員5人以上の)法人役員のそういう業務上傷病は面倒を見ないと規定しているのです。
 これまでは、健康保険法と労災保険法の間隙は現実には深刻な問題ではあっても、法令条文上には出てこない通達実務上のものでした。ところが2013年改正は皮肉にもその間隙を法令文言上に露呈させてしまったのです。

 

2026年1月 7日 (水)

労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の最新の実態@WEB労政時報

WEB労政時報に「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の最新の実態」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/90194

 去る2025年11月18日、労働政策審議会労働条件分科会に、解雇の金銭解決に関わる3件の調査結果が報告されました。いずれも労働政策研究・研修機構(JILPT)が厚生労働省からの要請を受けて実施したものです。
・資料No.2-1「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析」(概要)
・資料No.2-2「解雇等に関する労働者意識調査」(概要)
・資料No.2-3「諸外国における解雇の金銭救済制度に関する有識者に対するヒアリング調査」(概要)
 
 このうち、「労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析」は私自身が調査を担当したものであり、昨2025年末に労働政策研究報告書として完成版がJILPTのホームページ上に掲載されているので、今回はその概要を紹介しておきたいと思います。
 
 今回の調査は、労働局あっせんに係る調査の3回目になります。・・・・・・

『外国人労働政策』既に書店に並び始めているようです

Chukogaikoku_20260107091301 公式には明日1月8日に書店に並ぶ予定の拙著『外国人労働政策』(中央公論新社)ですが、昨晩のジュンク堂池袋店のつぶやきでは、既に並び始めているようですね。

【新刊入荷】 『外国人労働政策』濱口桂一郎(著) 中央公論新社、入荷しました。 5階下りエスカレーター前新刊話題書のコーナー、および30番労働法の棚。

G99asbcamaed

G99am7bcaqlcmg

G99am4aiaa7dhu

 

 

2026年1月 4日 (日)

all4every1さんの拙著書評

Asahi2_20260104143701 all4every1さんが、拙著『管理職の戦後史』を微に入り細を穿って緻密に書評していただいております。

かつての栄光、今の罰ゲーム。濱口桂一郎『管理職の戦後史』が解明する「幸福な共犯関係」の崩壊

序論:なぜ日本の管理職は「つらい」のか ― 本書の核心的問いと本稿の視座
 かつてサラリーマン人生の「栄光」の象徴であった管理職は、なぜ今や「罰ゲーム」とまで揶揄されるようになったのか。濱口桂一郎氏の労作『管理職の戦後史』は、この問いを解き明かすため、戦後日本において管理職がいかにして「法的には労働者、現実には経営側」という矛盾を内包した存在となり、その役割と苦悩が変遷してきたかを鮮やかに描き出した。それは、日本型雇用システムの構造的矛盾が、一人のアクターの身に凝縮されてきた80年の記録である。
 本稿は、戦後史を「①原点の形成」「②日本的モデルの確立と矛盾の潜伏」「③矛盾の噴出」「④現代の三重苦」という4つの時代区分に整理し、日本の管理職をめぐる法制度と企業慣行の乖離が、いかにして生まれ、糊塗され、そして破綻に至ったかのメカニズムを深く掘り下げる。
 この分析を通じて、我々は単に管理職の「受難」を追体験するのではない。その歴史的軌跡から日本型雇用システムの構造的課題を浮き彫りにし、現代における「管理」という機能そのものの再定義に向けた重要な示唆を得ることを、本稿は目的とする。

ここから、第1部第1節・・・と、あたかも大論文の如く書評が書き進められていきます。

第1部 原点の形成:法と現実の乖離(1945年~1950年代)
第一節:労働基準法第41条の「建前」―厳格に限定された管理監督者
第二節:労使関係における「本音」―経営の尖兵への転換
第三節:原点における二重構造の確立
第2部 「日本的」管理職の確立と矛盾の潜伏(1960年代~1980年代)
第一節:「職能資格制度」という発明―ポストと処遇の分離
第二節:「部下なし管理職」の増殖と法的矛盾
第三節:なぜ矛盾は問題化しなかったのか
第3部 矛盾の噴出:成果主義と司法の鉄槌(1990年代~2000年代)
第一節:成果主義の導入と「プレイングマネージャー」化
第二節:「名ばかり管理職」訴訟の衝撃―日本マクドナルド事件
第三節:立法府の攻防―ホワイトカラー・エグゼンプションの挫折
第4部 「働き方改革」時代の新たな三重苦(2010年代~現在)
第一節:「働き方改革」の蚊帳の外で
第二節:現代管理職を苛む「三重苦」の構造
第三節:新たな政策潮流との相克―女性活躍と高度プロフェッショナル制度
総括:『管理職の戦後史』が示す歴史的含意と現代への問い
第一節:歴史的含意―日本型雇用システムの矛盾の凝縮点として
第二節:現代への政策的・実務的示唆
※所見
第三節:結論―「管理」の再定義に向けて

 濱口氏は、安易な「ジョブ型」礼賛に警鐘を鳴らしつつも、職務の明確化なくしてこの問題は解決しないことを強く示唆している。ここで著者が警告しているのは、欧米のジョブ型モデルを単純に「コピー&ペースト」しても失敗するということだ。目指すべきは、外国の制度を丸ごと輸入することではなく、その核心原理―すなわち、職務、権限、待遇の明確化―を適用し、日本の管理職を長年苦しめてきた「曖昧さ」を最終的に解消することである。
 『管理職の戦後史』が描く「受難」の歴史に終止符を打つために、我々は「管理職とは何か」という根源的な問いから逃げてはならない。それは、日本社会がこれまで自明としてきた働き方のOS、すなわち日本型雇用システムそのものの再設計に取り組むことを意味している。その覚悟が、今まさに問われているのである。

正直言って、拙著で書いたことを超える記述もいくつも見られ、むしろ拙著を出汁にして主張をされている面もありますが、いずれにしても拙著をここまで詳細に読み込んでご自分の意見を練り込みながらかくも長大な書評論文をものされていただいたことには感謝申し上げます。

510fduhbcl_20260104144201 なお、このall4every1さん、わたくしの旧著『働く女子の運命』についても同様に長大な書評論文を書かれていますね。

『働く女子の運命』――なぜ日本で女はこんなに疲れるのか

序章:本書の射程――なぜ日本の女性は「運命」を背負うのか

 濱口桂一郎による『働く女子の運命』は、単なる女性労働史の叙述に留まるものではない。本書の真価は、これまで文化論や精神論に回収されがちであった日本のジェンダー格差問題に対し、法制度的かつ経済的な分析のメスを入れ、その病根が日本社会の根幹をなす雇用システムそのものの構造的欠陥にあることを冷徹に論証した点にある。本書は、従来「女性問題」として扱われてきた論点を、実は「男性正社員の働き方の問題」であると再定義するパラダイムシフトを提示し、社会全体の設計思想に潜む病理を告発する、一級の社会科学的論考なのである。
 本書が刊行された2015年、世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は145カ国中101位という不名誉な地位にあった。女性の教育水準は世界最高レベルであるにもかかわらず、経済・政治分野における地位は著しく低い。この「高学歴・低地位」という深刻なパラドックスこそ、日本社会が長らく抱え込んできた構造的問題の表出に他ならない。
多くの論者は、この原因を「伝統的な性差別意識」といった文化論に求めてきた。しかし濱口は、そうした情緒的な言説を退け、真の病根は日本の企業社会を支配する独特の「日本型雇用システム」にあると喝破した。これこそが、本書の核心的な貢献である。
 本稿は、核心理論の提示から歴史的経緯の検証、法制度がもたらした意図せざる結果、そして現代における分断構造の分析を経て、最終的な処方箋に至るまで、濱口理論の射程を明らかにしていく。
 この分析を通じて、私たちは、なぜ日本の「女子」だけが、あたかも不可避であるかのような特有の“運命”を背負わされてきたのか、その構造的メカニズムを解き明かすことになるだろう。

 

第1章 核心理論:メンバーシップ型雇用という「見えざる檻」
雇用モデルの構造的対比
構造的女性排除のメカニズム:「無限定性」という本質
第2章 歴史的構造:日本型雇用の成立と女性の周縁化
産業革命期:「女工」という名の補助的労働力
戦時体制と「生活給」思想の誕生
「職能給」の確立と女性の制度的排除
高度成長期:「結婚退職制」と補助的役割の固定化
第3章 法政策の意図せざる結果:均等法が生んだ新たな分断
男女雇用機会均等法(1986年)が生んだ「コース別」という名の分断
育児・介護休業法が直面した「メンバーシップの壁」
第4章 カテゴリー別分断構造:連帯を阻む三つの階層
総合職女性:滅私奉公を強いられる「エリート」
一般職女性:役割を失いつつある「絶滅危惧種」
非正規女性(派遣・パート等):搾取されるアンダークラス
女性同士の分断という悲劇
第5章 現代的含意と政策的迷走
「活用」という功利的な視点
「二兎を追わせる政策」の過酷さ
すべての根源はメンバーシップ型雇用に繋がる
なぜ日本では「均等」が「分断」を生むのか
第6章 結論:「運命」を克服するための処方箋
問うべきは「男性の働き方」である
根本的処方箋:ジョブ型への移行と新たな標準モデル
結論:「制度的欠陥」との決別

 濱口桂一郎の『働く女子の運命』は、日本のジェンダー問題が、根拠の薄い感情論や文化論ではなく、明治以来の産業構造に根差した巨大な「制度的欠陥」であることを論理的に証明した。企業中心のメンバーシップ型の呪縛から脱却し、働く個人の人生設計に即した、公正で予見可能性の高い雇用慣行へ社会全体で転換すること。それこそが、日本の働く女性たちに長らく課せられてきた不条理な「運命」を克服する、唯一の道筋なのである。

こちらも、私の書いたことを超える表現が多々見られますが、むしろ、濱口が言わないことまでもはっきり言い切るぞという決意なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年1月 1日 (木)

新年明けましておめでとうございます

Horse 昨年は労働政策研究・研修機構のプロジェクト研究としては、労働政策研究報告書『労働局あっせんにおける解雇型雇用終了事案の分析』を年末に刊行いたしました。また一般向けの本として、『管理職の戦後史‐栄光と受難の八〇年』(朝日新書)を刊行したところです。今年は『外国人労働政策-霞が関の権限争いと日本型雇用慣行が招いた混迷の三〇年史』(中央公論新社)を世に問う予定です。
 長引くロシアのウクライナ侵略やイスラエルのガザ侵攻など、世界情勢はますます混迷を深めていますが、今年こそは内外ともに良い年となり、皆様にとっても素晴らしい年となりますように心よりお祈り申し上げます
 
二〇二六年一月一日
Assenkaiko_20260101094401
Asahi2_20260101094401
Chukogaikoku_20260101094201



« 2025年12月 | トップページ | 2026年2月 »