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2025年12月12日 (金)

ガンバリズムの平等主義とユトリズムのエリート主義

高市首相の人気がなぜ高どまりしているのか、ウヨだのサヨだのといったイデオロギー話を別にして、「働いて働いて働いて働いて働いて」という過労死遺族会が怒るそのガンバリズムが含意するある種の平等主義が、実は人気を支える一つの要因なのではないか、という見方もあるのではないかという話です。

言葉の専門家である飯間浩明さんが、高市首相の昔の本『アズ・ア・タックスペイヤー』(ノン・ブック、1989年)を紹介しているのですが、その中にこんな一節があったそうです。

https://x.com/IIMA_Hiroaki/status/1999253977024835724

高市首相には、日本の首相としては珍しく、若い頃の著作があります。『アズ・ア・タックスペイヤー』(1989年)もそのひとつ。作家の初期作品が重要であるように、首相の「アーリーワーク」も資料的価値があります。私はことばの面を中心に読みましたが、他の面からも興味深いでしょう。(続く)・・・

・・・なお、ことばの面では、2025年の「新語・流行語大賞」に選ばれて賛否両論のあった「働いて働いて……」という高市首相の発言のルーツも、本書から読み取れる気がして、興味深く思いました。このように、読者の関心に応じ、さまざまな面から読むことのできる本です。

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これで思い出したのが、今からほぼ10年前に書いたこれなんですが、

「ガンバリズムの平等主義」@『労基旬報』2016年2月25日号

・・・欧米ではノンエリートとして猛烈な働き方なんかする気にならない(なれない)多くの労働者が、日本では疑似エリートとして猛烈に働いている、というこの構造は、なかなか切り口の難しい代物です。ある種の左翼論者は、それは資本家に騙されて虚構の出世を餌に搾取されているだけだと言いたがりますが、もちろんそういうブラック企業も少なくないでしょうが、日本型雇用を代表する多くの大企業では必ずしもそうではなく、確かに猛烈に働く係員島耕作たちの中から課長島耕作や部長島耕作が、そしてきわめて稀にですが社長島耕作が生み出されてきたことも確かです。とはいえ、ではこの構造は人間の平等と企業経営の効率を両立させた素晴らしい仕組みだと褒め称えて済ませられるかというと、そうではないからこそ長時間労働が問題になっているわけです。

 このシステムにおける「平等」とは、いわばガンバリズムの前の平等です。凄く頭のよいスマート社員がてきぱきと仕事を片付けて、夕方には完璧な成果を出してさっさと帰宅している一方で、そんなに頭の回転は速くないけれども真面目にものごとに取り組むノンスマート社員が、夕方にはまだできていないけれども、「明日の朝まで待って下さい。ちゃんと立派な成果を出して見せます」と課長に頼んで、徹夜して頑張ってなんとかそれなりの成果を出してきた、というケースを考えましょう。長時間労働は良くないから禁止!ということは、ノンスマート社員に徹夜して頑張ってみせる機会を奪うことを意味します。さっさと仕事を片付けられるスマート社員だけがすいすいと出世する会社になるということを意味します。そんなのは「平等」じゃない!と、日本の多くの労働者は考えてきたのです。

 とはいえその「平等」は、そうやって頑張ることのできる者だけの「平等」にすぎません。かつての係員島耕作たちの隣にいたのは、結婚退職が前提で補助的業務に従事する一般職女性だったかも知れませんが、その後輩たちの隣にいるのは、会社の基幹的な業務に責任を持って取り組んでいる総合職女性たちなのです。彼女らはもちろん結婚しても出産しても働き続けます。しかし、子どもを抱えた既婚女性には、かつての係員島耕作とは違い、明日の朝まで徹夜して頑張ってみせることも不可能です。島耕作たちの「平等」は、彼女らにとってはなんら「平等」ではないのです。むしろ、銃後を専業主婦やせいぜいパート主婦に任せて自分は前線での闘いに専念できるという「特権」でしかありません。その「特権」を行使できない総合職女性たちがいわゆる「マミートラック」に追いやられていくという姿は、「平等」という概念の複雑怪奇さを物語っています。

 ノンエリート男性たちのガンバリズムの平等主義が戦後日本の経済発展の原動力の一つとなったことは間違いありません。しかし、その成功の原因が、今や女性たち、さらには男性でもさまざまな制約のために長時間労働できない人々の活躍を困難にし、結果的に日本経済の発展の阻害要因になりつつあるとすれば、私たちはそのガンバる平等という戦後日本の理念そのものに疑いの目を向けて行かざるを得ないでしょう。

 長時間労働問題はなかなか一筋縄でいく代物ではない、からこそ、その根源に遡った議論が必要なのです

「能力がない分、夜だって朝だってお構いなしに仕事をしてしまう」ので、「デートの約束より仕事を優先させてしまう」というのは、まさにエリートではない下から叩き上げで上り詰めてきた人の生き様であり、そういう「ガンバリズムの平等主義」に対する共感こそが、それを上から目線で批判するユトリズムのエリート主義に対する反発と相まって、「働きたい改革」への声なき声となっているとすると、なかなかこれは根が深い話なのです。

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

働き方改革への反発の原因には、欧米流のエリートのノンエリートの峻別という日本とは異なる社会構造がノンエリートのワークライフバランス(と裏表のエリートの激務)の背景にあるという実情を踏まえずに、一律に働き方を規制しようとしたことがもたらした不合理がある。

しかしそのような一律の規制は、エリートとノンエリートを峻別せずにみんなエリートという建前を信奉する戦後日本の平等主義を背景としたものであって、それがガンバリズムの平等主義による反発をもたらしたとするなら、たしかに根が深い。平等主義の土俵から一歩も外に出れていないのだ。本当に必要な働き方改革を進めるには、その土俵から出る必要があるのだが、まさにそれは強大な政治的反発をもたらすことになるだろう。

高市総理の政治的源流は90年代の改革志向だが、一連の構造改革にはアンビバレントな二義性があったように思う。構造改革は戦後日本的な平等主義への反発という側面があり、それは英米流のエリートが主導する社会への憧れと一体だった。しかし、改革を支持した中間層の多くは、戦後日本の平等主義におけるみんなエリートという建前の恩恵を受けていたのであり、欧米であれば単なるノンエリート労働者にすぎなかったのであって、本当に英米流の社会が実現したならば、もはやエリート気分を味わうことなどできない身分でしかなかったのだ。

擬似エリートである彼らが、欧米のエリート並みの激務に耐えているのに待遇がまったく欧米並みではないという不満を抱いたのは分かるが、欧米のエリート待遇を実現するにはその対象を絞らなければならないので、エリートとノンエリートの峻別が必要となり、その場合彼らは擬似的にすらエリートではなくなって単なる労働者になってしまう。

彼らが支持した改革が本当に実現すれば、彼らはその改革がもたらすと期待する利益を受ける立場ではなくなってしまう。改革は支持する者の存立基盤を解体する自己破壊的なものだったのである。

改革を主導した人間たちがこのあたりのことをどれほど自覚していたのかは興味深いところだろう。

現実になされた構造改革が、非正規労働者や氷河期世代などを犠牲にして既存のみんなエリートの建前を維持する微温的なものにとどまったのは必然であっただろう。

実は本来なすべき働き方改革こそ構造改革的なものだったはずだが、政治的にそんなものは実行できなかったということだろう。


高市政権の政策にも二義性がある。90年代以降の構造改革からの脱却という側面をもちつつも、なお構造改革のモチーフを受け継いだ側面もある。

総理がガンバリズムの平等主義を支えとするなら、この政策の二義性を巧みに使いこなしながら政権運営をこなさなければならない。かなり難しい舵取りになるだろう。

>「能力がない分、夜だって朝だってお構いなしに仕事をしてしまう」

昔、ドイツのある将軍は
   有能な怠け者は指揮官にせよ
   有能な働き者は参謀にせよ
   無能な怠け者は兵士にせよ
   無能な働き者は銃殺するしかない
と言ったそうです。
また第二次大戦の軍隊に関して
   最強の軍は アメリカ人の将軍・ドイツ人の参謀・日本人の兵隊。
   最弱の軍は 日本人の将軍・中国人の参謀・イタリア人の兵隊。
というジョークがあるそうです。高市氏は自民党の新規党員獲得数がずっと上位なので、国の政策に関わる地位でなければ優秀な自民党議員なのだと思います。

内閣総理大臣が国会で言わずもがなの事を言って中国を怒らせ日本の観光業や水産業(や自衛隊)に悪影響が出ている状況を見ると、谷垣禎一氏が第二次安倍政権の自民党幹事長だった時の
   与党政治家は言いたいことを言いつのればいいという責任の浅いものではない。
   物事が進み、世の中がそれなりに治まる状況をつくることこそが与党政治家だ。
という発言を思い出します。これは議員の懇談会で参加議員から政府に批判的な報道機関に圧力をかける発言が相次いだ事が問題になり、関係議員を処分した時の発言です。なお、この懇談会の代表で最も重い処分(青年局長職の更迭)を受けた方は現在は高市内閣の官房長官です。
私は立憲民主党のファンなので自民党の政治家はあまり評価できませんが谷垣氏は尊敬できる数少ない自民党政治家の1人です。谷垣氏は民主党政権時の自民党総裁で野党時代の自民党を上手くまとめていたので自民党が政権復帰した時に首相になってもおかしくありませんでしたが、わけのわからない党内事情で総裁選に立候補せず紆余曲折の末に総裁選に勝った安倍氏が首相になりました。私はあの時に谷垣氏が順当に首相になっていれば今とは少し違う(もう少しまともな)世の中になったのではないかと思っているので残念です。

御本人が「働いて働いて働いて働いて働いて」と仰っている事に周りがとやかく言うのは大きなお世話かもしれません。しかし任期途中で体を壊して退任した首相はこれまで何人もいらっしゃいましたし在任中に亡くなった方もいらっしゃいました。御本人はさぞ無念だったと思います。私は高市氏にそのようになってほしくありません。それより問題なのは、部下に ”馬車馬のように” 働く事を要請している事です。社長が社員に 
   私は働きまくるから、あなたたちも馬車馬のように働いてほしい
という会社は十分ブラック企業だと思います
そもそも自民党が直近の衆議院選挙でも都議会選挙でも参議院選挙でも敗北したのは、自民党の衆議院議員や都議会議員や参議院議員が馬車馬のように働かず怠けていたからでしょうか?第二次安倍政権では不祥事で辞職した自民党の国会議員が多く魔の※回生と言われました。これは政権の人気が高い(選挙に強い)ので、それほど熱心に活動しない候補者でも当選できたからだという説もあったそうです。私は、高市氏が自民党トップとしてやるべき事は
   党員を馬車馬のように働かせる
事ではなく、安倍氏のように
   党員が馬車馬にならなくても当選できる 
政治を行う事だと思います。

少し前に日本のGNPはドイツに抜かれました。ずっと前に中国に抜かれた時は人口が10倍以上違うので驚きませんでしたが、人口が日本よりずっと少ない(8割)ドイツに1人当たりのGNPではなくGNP全体が抜かれたのは衝撃的でした。私はドイツに関しては素人ですが、ドイツで過労死が頻発しているという話は聞かないので、ドイツが日本を抜いたのはドイツ人が日本人以上に馬車馬のように働いたからではないと思います。
最近は少子化が加速し日本の人口は減少しています。これに関連して
    いずれ日本の人口は1億人を割り現在の8割程度になる。
    その時に備えて人口が現在の8割の”8掛け社会”でもやっていける準備をすべきだ
と仰る方がいらっしゃいます。 ”8掛け社会”でもやっていける準備 とは、既に”8掛け社会”で現在の日本以上に経済を回している国を参考にして仕事のやり方を改善する事であって、現在の仕事のやり方で馬車馬のギアを上げる事ではないと思います。
私は、高市政権は日本が今後進むべき方向とは異なる方向に進もうとしているようで不安です。

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