桐野夏生さんの大衆的検閲論
キャンセル狂騒曲が荒れ狂う今日、こたつぬこ(木下ちがや)さんが一昨年のツイート-『世界』誌に載った桐野夏生さんの文章の紹介ーを再掲していました。

【注記】この論文については、「人は自らがそうありたい性や性関係でありうる社会を目指す」という「方向性」(「正しさ」ではない)は前提にして読んでほしい。問題の焦点は言論空間そのものにあります。
桐野「分断が激しくなれば、お互いの誹謗中傷も激化する。わかりやすい正義感が形成されれば、そこから外れた他人をいとも簡単に誹謗中傷するようになるだろう...わかりやすい正義感の発露である」
【すべての表現は自由である】 桐野「日本では、福島での原発事故以後、人々の同調圧力が強まり、政治も国民の自由を制限するほうに向かった。またネットによる「正義」感の醸成と発露も恐ろしかった」
桐野「まるで私の書いた『日没』と同じようなことが、現実で起き始めている。国家ではなく、読者による告発である。世界でも同じような問題が起きている、ととある国の出版社が語ってくれた」
桐野「すべての表現は自由であるべきだ。作家も、そして出版社も、表現の自由を守るために、今まで以上に、強い絆を求めて闘っていかなければならないと思う」 桐野夏生(作家)
恐らく、自らの正義を掲げたキャンセルに熱狂している人々の耳に、こういう静かなしかし重い言葉が届くことはないのでしょう。
でも、もし可能なら、ここに出てきた桐野夏生さんの『日没』(岩波現代文庫)という小説だけは読んでみてほしい。キャンセルされる側になった人にひたひたと迫る正義のディストピアのぞわぞわする感覚を、ぜひとも味わってほしいと願う。本書は広い意味でのSFに含まれるのでしょうが、それを超えて21世紀に書かれた傑作のひとつです。
https://www.iwanami.co.jp/sunset/
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ポリコレ連中が卑劣、極まりないのは私的利益(そうであると私達は都合が良い)を
社会正義(そうでないことは不正義である)に変換するところでしょうね。別に私的
利益の追求のために、運動をすることはいいんですけど
> アニメと表現の“加害性”
> 覇権が取れるって思える作品なのに、そうしたノイズがあると多くの人に見てもらえなくなってしまいます
> ゾーニングはもっと重要視されるべきと訴える
https://x.com/KAI_YOU_ed/status/1967145440530641311
投稿: サエ | 2025年9月18日 (木) 05時43分
先生おすすめの本でしたので読んでみました。
何か重くて、気分の悪くなる感じです。
でも、軽んじることができない、もやもやした感じです。
この先が心配になります・・・。
投稿: TAKA | 2025年9月26日 (金) 21時24分