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2025年9月19日 (金)

雇用契約を締結しても労働者性はない!@日本共産党

Jigazou_400x400_20250919103001 いうまでもなく、労働者性の問題は労働法の世界で焦点の一つとなっている最重要課題ですが、そこに今までどの研究者も唱えたことがないと思われる独自の見解を投げ込んできた非営利法人があるようです。既に本ブログでも取り上げてきている当該非営利法人に雇用されていた職員の解雇事案をめぐる裁判に、当該非営利法人が提出してきた被告準備書面のなかに、その独自の見解が明記されています。

当該非営利法人に解雇された職員であった神谷貴行さんのブログに引用されているその見解とは:

 「ぼくがかんがえた さいきょうの ろうどうほう」は社会では通用しない

原告は、『被告らは、被告準備書面(1)2頁(1)アにおいて、原告の労働者性を正面から認めた』などと主張する。しかし、被告らが被告準備書面(1)2頁(1)アで認否したのは、形式上「雇用契約の締結」を認めたに過ぎず、それをもって、ストレートに原告の「労働者性を正面から認めた」ことにはならない。すなわち、再三述べているとおり、被告県委員会の勤務員は党員でなければならないところ、当該勤務員の活動は、一般私企業のような利潤追求のために指揮命令を受けて労働力を提供するという関係にはない。この点について、原告は知悉しているはずであろうに、これをあえて無視しようとするところに、原告の欺瞞性を感じざるを得ない。

まともに労働法を勉強してきてしまった脳みそにはいささか理解しがたいことが書かれているようですが、この主張からすると、形式的に雇用契約を締結していても、それが労働者性を有するためには「一般私企業のような利潤追求のために指揮命令を受けて労働力を提供するという関係」になければならないようです。

いうまでもなく、現代の世界には、利潤追求のための営利法人ではない非営利法人が山のようにあり、そういう非営利法人と雇用契約を締結して働いている人びとが山のようにいますが、そういう人びとは形式的に雇用契約を締結しているだけで労働者ではないのでしょうか。これはなかなかすさまじい独自の見解といえましょう。

現代の労働法学で問題となっているのは、形式的に雇用契約ではない請負契約等であっても、就労の実態が労働者であれば、労働者性を認めるべきという話なのですが、この独自の見解によれば、全く逆に、形式的に雇用契約であっても、雇用主が営利活動ではない非営利法人であれば、労働者性は認められないということのようです。

そうすると、例えば医療関係者はことごとく労働者性はないことになりますので、医労連も違法の存在になるのでしょうか。それはあんまりというものでしょう。

41l7kw6agpl_sl500_ なお、リンク先の神谷さんのブログのエントリでは、さすが(除名されたとはいえ)元共産党員らしく、かつて学習指定文献として勉強したのであろうある本の一節が引用されています。

その志位和夫『Q&Aいま「資本論」がおもしろい 』(新日本出版社)にはこういう極めてまっとうなことが書かれていたのだそうです。

労働者とは何か? とても大事な質問です。労働者というと肉体労働に従事する人という見方があるかもしれませんが、それは違います。はるかに広い人々が労働者のなかに入ります。労働基準法では、「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義されています。つまり、企業または事業所に労働を提供して賃金を支払われている人は、すべて労働者になります。(p.56-57)
現行法では労働者として扱われていない働き方をさせられている人も、すべて経済学の上では労働者です。(p.57) 

どうしたのでしょう。文句の付け所がないのですが・・・。

 

 

 

 

 

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コメント

「私達が従事しているのは一人一人が戦う革命であってこれは事業ではない」と前提すれば、とりあえず論理的な整合性はとれると思いますし、(実態はともかくとして)観念的な意味においては彼女ら彼らはそのような世界に生きているのではないでしょうか。

 いやしくもかの非営利法人のトップであるところの志位(しい)さんの言っている事を部下が恣意(しい)的に解釈しても許される。
 そう言うオソロシイところのようですね。
 かの非営利法人は(^^;

社長さんが「そのような世界」に生きていた実例があります。
すき家というんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html

もしかしたら、このインタビューの中に、「アルバイトは労働者に非ず」という発想のよって来たるところが窺えるかも知れないと思って読んでみましたら、まさに波瀾万丈、革命家の一生が描かれておりました。

>世界の若者は矛盾に対して声をあげている。こういう時に自分は何ができるのか。こうした状況を打破しなければならない。世界から飢餓と貧困をなくしたいというのはこの時からの思いです。

>やはり資本主義社会であるから矛盾があるのであって、この矛盾を解決しなければならない。これは社会主義革命をやるしかないと学生運動にのめり込んでいきました。

―― 大学を辞めて、港湾会社に入社して、労働者を組織されます。

>社会主義革命というのは、プロレタリアと労働者階級を組織しなければならない。ですが、結構、日本の労働者もぬくぬくしちゃってきていた。

>そういう意味で底辺に近くて、故に革命的である港湾労働者に目を付けました。

―― その後、社会主義革命を断念する転機が訪れます。

>やはり社会主義革命はダメだ。資本主義は戦ってみるとなかなかだった。少なくともこれから300年ぐらいは資本主義的な生産様式が人類の主流になると考えました。

>今度は社会主義革命ではなくて、資本主義という船に乗って、世界から飢えと貧困をなくすんだと。

>しかし、自分は資本主義をまったく知らない。議論をすればマルクス・レーニン主義や中国の社会主義革命だとか、そういう勉強ばっかりしてきた。だから資本主義をやり直さなきゃならなかった。

―― 資本主義の第一歩として扉を叩いたのが吉野家です。

>資本主義の勉強をするうちに、外食業かコンビニエンスストアがいいのではないかと思うようになりました。

>世界から飢えと貧困をなくすことという、10代のころから命題は変わっていない。だから食のビジネスには興味があったのです。

その後吉野家が経営危機に陥るところまでが前編で、後編はその次ですが、ふむ、社会主義革命を志して港湾労働者を組織しようとしていた革命青年が資本主義に目覚めると、資本主義体制の下で生ぬるく労働条件がどうとかこうとか言ってるような中途半端な連中は、ちゃんちゃらおかしいということなのでしょうか。

この辺、学生時代に革命的学生運動に身を投じていたような方々が中年期にはかえって資本の論理を振りかざすという学者や評論家の世界にも見られる現象の一環という感じもしますが、いずれにしても、いろんな意味で大変興味深いインタビューです。後編が待ち遠しいですね。

 マルクス・レーニン主義を国是としていたのに、改革・開放と称して「資本主義と自由」を著した新自由主義の巨頭ミルトン・フリードマン先生に学んで米国と肩を並べる資本主義国家に生まれ変わりつつある中華人民共和国、あるいはマルクス・レーニン主義国家ソヴィエト連邦のスパイ組織KGBの一員であったのに、ソヴィエト崩壊後擡頭したオルガルヒを都合よくこき使い、かつての帝国主義ばりの論理でウクライナ戦争を仕掛けているウラディミール・プーチン ロシア大統領と言う例もありますね。

 上記の例に比べたらすき家の創業者なんざまだまだ甘いかもしれません。
 所詮は東洋の小さな島国日本(^^;

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