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2025年8月25日 (月)

文化左翼が濃厚なのはむしろ参政党なんだが

参政党さんの質問主意書が文化的マルクス主義がどうたらこうたらいうてるとかで「文化左翼」が話題になっているようですが、いやいや文化左翼の傾向が濃厚なのは、むしろ当の参政党さんの方ではないかという気がします。

その「文化左翼」を徹底的に批判したジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター『反逆の神話』を取り上げた一昨年の『労働新聞』書評を再掲しておきますね。

 「有機食品だの、物々交換だの、自分で服を作るだの、やたらにお金の掛かる「シンプルな生活」とか「エコロジーな世田谷自然左翼」とか、挙げ句は「ホメオパシーなど代替医療の蔓延による医療崩壊」とか、一番その傾向が強いのは、某西麻布のお母さんが軽妙にからかってる方々であるように思われます。

https://www.rodo.co.jp/column/145984/

「文化左翼」を鋭く考察

 原題は「The Rebel Sell」。これを邦訳副題は「反体制はカネになる」と訳した。ターゲットはカウンターカルチャー。一言でいえば文化左翼で、反官僚、反学校、反科学、極端な環境主義などによって特徴付けられる。もともと左翼は社会派だった。悲惨な労働者の状況を改善するため、法律、政治、経済の各方面で改革をめざした。その主流は穏健な社会民主主義であり、20世紀中葉にかなりの実現を見た。

 ところが資本主義体制の転覆をめざした急進左翼にとって、これは労働者たちの裏切りであった。こいつら消費に溺れる大衆は間違っている! 我われは資本主義のオルタナティブを示さなければならない。そこで提起されるのが文化だ。マルクスに代わってフロイトが変革の偶像となり、心理こそが主戦場となる。その典型として本書が槍玉に挙げるのが、ナオミ・クラインの『ブランドなんかいらない』だ。大衆のブランド志向を痛烈に批判する彼女の鼻持ちならないエリート意識を一つひとつ摘出していく著者らの手際は見事だ。

 だが本書の真骨頂は、そういう反消費主義が生み出した「自分こそは愚かな大衆と違って資本が押しつけてくる画一的な主流文化から自由な左翼なんだ」という自己認識を体現するカウンターカルチャーのあれやこれやが、まさに裏返しのブランド志向として市場で売れる商品を作り出していく姿を描き出しているところだろう。そのねじれの象徴が、ロック歌手カート・コバーンの自殺だ。「パンクロックこそ自由」という己の信念と、チャート1位になる商業的成功との折り合いをつけられなかったゆえの自殺。売れたらオルタナティブでなくなるものを売るという矛盾。

 しかし、カウンターカルチャーの末裔は自殺するほど柔じゃない。むしろ大衆消費財より高価なオルタナ商品を、「意識の高い」オルタナ消費者向けに売りつけることで一層繁栄している。有機食品だの、物々交換だの、自分で服を作るだの、やたらにお金の掛かる「シンプルな生活」は、今や最も成功した消費主義のモデルだろう。日本にも、エコロジーな世田谷自然左翼というブルジョワ趣味の市場が成立しているようだ。

 彼ら文化左翼のバイブルの一つがイヴァン・イリイチの『脱学校の社会』だ。画一的な学校教育、画一的な制服を批判し、自由な教育を唱道したその教えに心酔する教徒は日本にも多い。それがもたらしたのは、経済的格差がストレートに子供たちの教育水準に反映されるネオリベ的自由であったわけだが、文化左翼はそこには無関心だ。

 本書を読んでいくと、過去数十年間に日本で流行った文化的キッチュのあれやこれやが全部アメリカのカウンターカルチャーの模造品だったと分かって哀しくなる。西洋的合理主義を脱却してアジアの神秘に身を浸して自己発見の旅に出るインド趣味のどれもこれも、伝統でも何でもなくアメリカのヒッピーたちの使い古しなのだ。その挙げ句がホメオパシーなど代替医療の蔓延による医療崩壊というのは洒落にならない。

 しかし日本はある面でアメリカの一歩先を行っているのかも知れない。反逆っぽい雰囲気の歌をアイドルに唱わせてミリオンセラーにする、究極の芸能資本主義を生み出したのだから。

 

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コメント

これは私の感想ですが、右翼、左翼 には
 (A) 右翼:体制派(現在の世の中の仕組を基本的に肯定) 左翼:反体制派(現在の世の中の仕組を基本的に否定)
 (B) 右翼:保守派(理念に基づく現状の変更に慎重)   左翼:改革派(理念に基づく現状の問題点の変更に積極的)
の2つの定義があるように思います。
保守派が体制派であれば (A)の定義と (B)の定義は一致しますが、改革派が体制派の場合は (A)の定義と (B)の定義が逆転する場合があります。その場合、反体制派( (A)の立場の左翼)が体制派( (A)の立場の右翼)の掲げる理念やそれに基づく現状変更に反対して変更前に戻そうとすると、保守派( (B)の立場の右翼)に該当すると思います。


>やたらにお金の掛かる「シンプルな生活」とか「エコロジーな世田谷自然左翼」とか、

この記事で は(A)の定義に基づいて、参政党や ”「シンプルな生活」とか「エコロジーな世田谷自然左翼」 を左翼(反体制派)とみなしているようですが、私は (B)の定義による右翼(保守派)と考えたほうが良いと思います。


>悲惨な労働者の状況を改善するため、法律、政治、経済の各方面で改革をめざした。その主流は穏健な社会民主主義であり、20世紀中葉にかなりの実現を見た。
>参政党さんの質問主意書が文化的マルクス主義がどうたらこうたらいうてるとかで「文化左翼」が話題になっているようですが、

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/376411
参政党・神谷宗幣代表の「質問主意書」がヤバすぎる!
によると参政党の主張は
  〈文化的マルクス主義〉がジェンダー平等やダイバーシティー、多文化共生などを推し進めたことで、
  米国だけでなく日本でも〈家族、国籍、国語、教育内容、歴史観といった国家の独立性や公共秩序の
  基盤を成してきた制度や概念が見えない形で崩されてきている
という事だそうです。
この主張では、文化的マルクス主義は
  ジェンダー平等やダイバーシティー、多文化共生などの理念に基づき、既存の制度や概念の改革をめざす
と言われているので
  悲惨な労働者の状況を改善するという理念に基づき、法律、政治、経済の各方面で改革をめざした
穏健な社会民主主義と同じく改革派( (B)の立場の左翼)度と思います。参政党は、
  このような理念に基づく現状の改革に反対して現在の制度を守ろう
と主張しているので保守派( (B)の立場の右翼)に該当すると思います。
改革派というのは、理念に基づいて現状を変更しようとする勢力だけでなく科学的見地に基づいて現状を変更しようとする勢力も含まれると思います。後者の科学的見地に基づく現状変更に反対して変更前の状況に戻す事を主張する勢力は保守派( (B)の立場の右翼)に該当すると思います。例えば ”「シンプルな生活」” を主張する勢力や ”「エコロジーな世田谷自然左翼」” の方には
  科学的見地から安全性が確認されたとしても人工的に合成された化学物質によって出汁をとるのではなく、
  従来通りに昆布や鰹節から出汁をとるべきだ
と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、このような方は保守派( (B)の立場の右翼)に該当すると思います。

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