J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』@『労働新聞』書評
『労働新聞』の書評ですが、今回はJ.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』です。
https://www.rodo.co.jp/column/196246/
今年2月、ホワイトハウスに招かれたウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカのトランプ大統領と口論を繰り広げて合意が破談になったが、そのきっかけはヴァンス副大統領の「失礼だ」「感謝しないのか」という発言であった。トランプに輪をかけた暴れん坊っぷりを世界に示したヴァンス副大統領とはどういう人物なのか? それを語る彼自身による半生記が本書だ。2017年に第一次トランプ政権が発足したときに単行本として刊行され、その後文庫化された。その内容はすさまじいの一言に尽きる。
彼の故郷オハイオ州ミドルタウンはかつて鉄鋼メーカーの本拠地だったが、その衰退とともにいわゆるラストベルトとなり、失業、貧困、離婚、家庭内暴力、ドラッグが蔓延する地域となっていた。彼の両親は物心のついたときから離婚しており、看護師の母親は、新しい恋人を作っては別れ、そのたびに鬱やドラッグ依存症を繰り返す。そして、ドラッグの抜き打ち尿検査で困ると、息子に尿を要求する。登場人物表には、「筆者の父親、および父親候補(母親の彼氏)たち」という項目があり、実父を始め6人の名前が列挙されている。おおむねろくでなしばかりだ。
母親代わりの祖母ボニーが、彼の唯一のよりどころであり、窮地に陥った彼を助けてくれる全編を通しての天使役だが、彼女自身も十代で妊娠してケンタッキーから駆け落ちしてきた女性であり、貧困、家庭内暴力、アルコール依存症といった環境しか知らない。彼の育った環境を彼はこう描写する。
「どこの家庭も混沌を極めている。まるでフットボールの観客のように、父親と母親が互いに叫び声を上げ、罵り合う。家族の少なくとも一人はドラッグをやっている。父親の時もあれば母親の時もあり、両方のこともあった。特にストレスが溜まっているときには、殴り合いが始まる。それも、小さな子どもも含めたみんなが見ているところで始まるのだ」。「子どもは勉強しない。親も子どもに勉強を求めない。だから子どもの成績は悪い。親が子どもを叱りつけることもあるが、平和で静かな環境を整えることで成績が上がるよう協力することはまずあり得ない。成績がトップクラスの一番賢い子たちですら、仮に家庭内の戦場で生き残ることができたとしても、進学するのはせいぜいが自宅近くのカレッジだ」。
そんな環境で育ったヴァンスが、一念発起して海兵隊に入隊し、イラクに派兵され、帰国後オハイオ州立大学に入学し、さらにエリート校中のエリート校であるイェール大学ロースクールに進学するというのだから、絵に描いたようなサクセスストーリーともいえる。だが、彼はイェールで居心地の悪さを禁じ得ない。恋人ウシャに対して突発的にとってしまう暴言や乱暴な振る舞いの中に、彼は母親の姿を見てしまう。逆境的児童体験によるトラウマから脱却しようと試みる。とはいえ、彼は祖母の生き方に息づいているヒルビリー(田舎者)の精神が大好きだ。上流階級の匂いをプンプンさせている民主党が大嫌いなのだ。
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コメント
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ヴァンス、まだ40歳なんですね。こうなると、民主党側としては、バーニー・サンダースの後継者として、今、アメリカ全土を回って、毎週末ごとにバーニーと共に「Fighting Oligarchy」という大衆集会を開催して、若者世代を中心に絶大な支持を集めつつある、AOC=アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員(ニューヨーク州、35歳)をぶつけるのが一番いいと思いますよ。
(「トランプ対抗の救世主?AOCとは何者か…凋落する民主党で35歳のプエルトリコ系女性がトップの支持を集める理由」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/87476?page=4)
この記事から、AOCの発言を引用すると、以下の通り。
「私たちが医療、労働、そして人間の尊厳を信じているのは、私たちが『過激派』だからではない。私がこれを信じているのは、ウェイトレスをしていたから。学校に通うために、母と一緒にトイレ掃除をしていたから。電気代を払うために、シフトを2つ掛け持ちして働いたから。父をがんで亡くした数日後に、母に病院から(高額な)請求書が届いたのを見たからだ」「私たちは、もっと良い暮らしをするべきだ」
投稿: SATO | 2025年4月15日 (火) 19時13分