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2025年2月 4日 (火)

安齋篤人『ガリツィア全史』

Garizia これはたまたま本屋で見かけてあまりにも面白そうだったので思わず買ってしまった本です。

https://publibjp.com/books/isbn978-4-908468-80-3

さて問題、SMプレイのサドはフランス人ですが、マゾッホは何人でしょうか?

Wikipediaにはオーストリア人とありますが、確かにオーストリア帝国時代のその国の人なんですが、今の国でいうと、ウクライナの西の方、当時ガリツィアと呼ばれていた地域の、当時ドイツ語でレンベルクと呼ばれていた町で生まれました。この町は第一次大戦後ポーランド領ルヴフとなり、第二次大戦後はソビエト連邦のリボフと呼ばれ、今はウクライナのリヴィウと呼ばれています。ロシアとの戦争が始まった後、ミサイルが撃ち込まれていましたね。

という波乱万丈の地域ガリツィアの古代から現代までの歴史を一気通貫で一冊にまとめて見せたこの本は、これもう少し縮約したら、中公新書の「物語なんたらの歴史」の一冊に十分なるよね、という充実ぶりです。面白くて一気に読めてしまいました。

版元のパブリブというのはなんだかよくわからない出版社のようですが、でもこういういい本を世に出すというのは立派です。

目次

目次 2
年表 8

序章  東にとっての西、西にとっての東 11
東にとっての西 16
西にとっての東 20
さいごに 26

地名・人名表記について 26

凡例 27

第一章 中世のガリツィア 29
サモの国と大モラヴィア国 32
ルーシ 33
ハーリチ公国 35
ハーリチ・ヴォリーニ公国とルテニア王国 38
ピアスト朝ポーランド王国 43
ハーリチ・ヴォリーニ継承戦争とハリチナのポーランド併合 45
ポーランド「王冠国家」の成立 47
コラム:ガリツィアの都市① 49

第二章 近世のガリツィア 63
ルシ県の成立 66
コラム:ポーランドの士族と日本の武士 68
ルヴフ/リヴィウにおける宗派と「ナティオ」の形成 70
ルブリン合同とブレスト教会合同 75
近世ルシ県における農場領主制と農民一揆 81
フメリニツィキーの乱と「大洪水」の時代 83
近世のルテニア人の権利闘争 91
コラム:ガリツィアの「ロビン・フッド」
ドウブシュとフツル人 94
近世ガリツィアのユダヤ人 96
近世ガリツィアの文化と芸術 100
コラム:ウクライナ語の起源 ―ガリツィア・ポジッリャ方言、
ルテニア語 104

第三章 近代のガリツィア① 107
ポーランド分割とハプスブルク支配の始まり 110
皇帝マリア・テレジアとヨーゼフ二世の改革 112
レンベルク/ルヴフ/リヴィウの都市改造と
オッソリネウム図書館 119
クラクフ都市共和国 123
ガリツィアの都市② 125
1830年代のポーランド人独立運動(「ガリツィアの陰謀」) 128
1846年のクラクフ蜂起と「ガリツィアの虐殺」 131
フレドロ、「ウクライナ派」、
ポーランド人によるウクライナ文学 133
ウクライナ国民文学の萌芽 135
コラム:ザッハー=マゾッホとガリツィア 138

第四章 近代のガリツィア② 141
1848年革命とナショナリズム運動の高揚 142
19世紀中盤のポーランド人とウクライナ人の政治文化 147
1867年の「小妥協」とポーランド人自治の始まり 149
ルテニア人の政治運動の分裂と
ウクライナ・ナショナリズムの展開 153
近代ガリツィアのユダヤ知識人とシオニズム 155
文化と学問の開花 157
出版文化と文学サロン、カフェ 157
音楽 159
レンベルク市立劇場 161
チャルトリスキ美術館とクラクフ美術大学 162
レンベルク(ルヴフ)・ワルシャワ学派 163
1894年の地方総合博覧会 164
ガリツィア事典の編纂 165
産業化と人の移動 170
シュチェパノフスキと東ガリツィアの石油開発 174
ガリツィアの社会主義運動と民族問題 176
イヴァン・フランコ 179
ロートとヴィットリンのガリツィア 182
ガリツィアのフェミニスト 185
ガリツィアからの移民 187
大衆運動の高まり―政党運動、農民運動、反ユダヤ運動 190
シェプティツィキーと幻の1914年の妥協 195
コラム「ガリツィアの日本人」?
―フェリクス・マンガ・ヤシェンスキ 198

第五章 第一次世界大戦とガリツィア 201
第一次世界大戦の勃発とガリツィア戦線 204開戦直後のガリツィア 206ロシア軍のガリツィア占領政策 210ガリツィアにおける戦災支援活動 210ポーランド軍団とシーチ射撃団 216戦後のガリツィアの帰属をめぐる議論 219ロシア革命とブレスト・リトフスク講和 221
第一次世界大戦の終結と
西ウクライナとポーランドの二重の建国 225

第六章 ガリツィア戦争 233
1918年のリヴィウ/ルヴフ市街戦 236
戦中のプシェミシル/ペレミシュリ自治とレムコ共和国 245
ウクライナ・ガリツィア軍の十二月攻勢と停戦協議 248
1918年11月のルヴフ/リヴィウのポグロム 256
西ウクライナ国民共和国の内政と外交 258
ポーランド・ソヴィエト戦争とルヴフ/リヴィウの戦い 260
リガ条約の締結とウクライナ国家の消滅 265

第七章 戦間期のガリツィア 269
ポーランドの東ガリツィア統治 272
東ガリツィアにおける文化的差異の政治 278
議会政党と議会外政治組織 282
OUNの創設 285
1935年の関係「正常化」と東ガリツィア社会の動揺 288
ガリツィア経済の変容とエスニック・エコノミー 291
戦間期の都市文化と文化交流 295
「シュコツカ・カフェ」とルヴフ数学学派 301
ルヴフ/リヴィウのスペクタクルーレム少年の見た
「東方見本市」と映画、ラジオ 303

第八章 第二次世界大戦とガリツィア 307
独ソ占領支配下のガリツィア 310
NKVDに逮捕、投獄されたウクライナ国民民主同盟(UNDO)の幹部 315
東ガリツィアのナチ・ドイツ占領支配 320
ナチ・ドイツ占領下におけるテロルとホロコースト 324
東ガリツィアにおけるゲットーの設置とユダヤ人殺戮 328
ゲットーの解体とユダヤ人救助 330
ナチ・ドイツ占領支配の終焉とポーランド・ウクライナ紛争 335

第九章 第二次世界大戦後のガリツィア 343
ポーランド・ウクライナ間の住民交換 344
ヴィスワ作戦 347
東ガリツィアからポーランドへの「移住者」 350
西ウクライナの「ソヴィエト化」と「リヴィウ人」の登場 352
コラム:社会主義期のポーランドと
西ウクライナの新都市・団地 356
ウクライナ・ディアスポラ 358
ディアスポラ世界におけるポーランド人とウクライナ人の邂逅 360
冷戦崩壊とウクライナ独立 363
「中欧」論とガリツィアの「地詩学」 367
ガリツィアの歴史をめぐる国際的な対話と研究の発展 372
ガリツィアの歴史認識問題と過去をめぐる想起 375

参考文献 380
あとがき 402
索引 405

 

 

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