フォト
2025年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  
無料ブログはココログ

« 2025年1月 | トップページ

2025年2月

2025年2月12日 (水)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(後)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401_20250212170701 昨日の続きです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(後)

メンバーシップ型の毀誉褒貶

 1970年代半ばから90年代半ばまでの20年間は、硬直的な欧米のジョブ型に対して日本型雇用システムの柔軟性が注目され、競争力の根源として礼賛された時代であった。エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がその代表だ。

 そのころの典型的な言説が、1985年に開催されたME(マイクロエレクトロニクス)と労働に関する国際シンポジウムで、当時の氏原正治郎職研所長が行った基調講演に見られる。

 曰く:「一般に技術と人間労働の組み合わせについては大別して2つの考え方があり、1つは職務をリジッド(厳格)に細分化し、それぞれの専門の労働者を割り当てる考え方であり、今1つは幅広い教育訓練、配置転換、応援などのOJTによって、できる限り多くの職務を遂行しうる労働者を養成し、実際の職務範囲を拡大していく考え方である。ME化の下では、後者の選択のほうが必要であると同時に望ましい」

 当時は、欧米に対しジョブにこだわるから生産性が低いとか、日本型にすればすべてうまくいくといわんばかりの論調すらあった。近年は、日本はメンバーシップ型ゆえに生産性が低いとか、ジョブ型にすればすべてうまくいくといわんばかりの議論が流行している。ジョブ型/メンバーシップ型が本質的に優れている/劣っているというたぐいの議論はすべて時代の空気に乗っているだけの空疎な議論にすぎない。

 むしろ、メンバーシップ型の真の問題点は、陰画としての非正規労働や女性や高齢者の働き方との矛盾にある。いつでもどこでも何でも命じられたまま働ける若い男性正社員を大前提にしたシステムが、これら多様な働き手におよぼす悪影響については『若者と労働』『日本の雇用と中高年』『働く女子の運命』といった諸著作で詳述している。

 一言でいえば、メンバーシップ型雇用は(局所的には生産性が高いかもしれないが)社会学的に持続可能性が乏しいのだ。だからこそ、安倍政権下で働き方改革が行われたのである。正規と非正規の間の同一労働同一賃金にしろ、時間外労働の絶対的上限規制の導入にしろ、かつて持て囃された日本的柔軟性を否定して欧米型硬直性を求める復古的改革である。この点を的確に理解している人は数少ないように見える。決してジョブ型が前途洋々というわけではないのだ。

中小企業はジョブ型か?

労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎 氏
労働政策研究・研修機構労働政策研究所長
濱口桂一郎 氏

    日本の労働社会の大部分は中小零細企業であり、従業員規模によって程度の差はあれ大企業に典型的なメンバーシップ型の特徴はそれほど濃厚ではない。拙著で述べたように、企業規模が小さくなればなるほど、勤続年数は短くなり、賃金カーブは平べったくなり、労働組合は存在しなくなる。実際、企業規模が小さいほど異動できる職務は限られるので、無限定正社員といったところで、事実上かなり限定されているのと変わらない。企業体力が弱い分、整理解雇で失業することもそれほど珍しくない。

 とはいえ、だから日本の中小企業はジョブ型に近い、と言ってしまうと完全な間違いになる。むしろ大企業型とはひと味違うある種のメンバーシップ性が濃厚にあるというべきだろう。1つには、戦後高度成長期に上から構築されたモダンなメンバーシップ型とは対照的な、伝統的人間関係そのものの延長線上に存在するある種の家族主義の感覚が残っている。

 「ジョブ型以前」的な原初的メンバーシップ感覚だ。他方では、大企業で確立したメンバーシップ型のさまざまな規範が、その現実的基盤の希薄な中小零細企業にも「あるべき姿」として染み込んできている。こちらはいわば「ジョブ型以後」的なメンバーシップ思想である。この両者は厳密には齟齬があるはずだが、両者入り交じって「明日は大企業みたいな雇用システムになろう」という「あすなろ」中小企業が大部分になっているように思われる。

 たとえば、新卒採用が困難なので中途採用で人手を確保せざるを得ず、さまざまな年齢層の社員が社内のごく限られた職務に就いているような中小企業では、ジョブローテーションによる仕事の幅の拡大を根拠とする年功制の合理性は薄いはずだが、もっともらしく大企業モデルの職能資格制度を導入して、かえって中高年の過度な高賃金という不要な自縄自縛をもたらしているのではないか。とはいえ、「あるべき姿」をひっくり返すのは難しい。

 「うちの社員は皆家族みたいなものだ」という原初的メンバーシップ感覚がそれを支えてもいるからだ、しかも、世にはびこる「ジョブ型」論が描き出す描像は、いまの大企業よりも中小企業の実像に近いものとしてではなく、(いまの大企業にもっともっと柔軟化せよといわんばかりの)この世のどこにも存在しないくらい異常に高度な代物として描こうとするものだから、ますます頭が混乱するのだろう。

ジョブ型に惑わずメンバーシップ型を脱ぎ捨てる

 大企業分野に焦点を当てた(まっとうな)ジョブ型論が足をくじくのは入口のところである。いかに「初めにジョブありき、そこにそのジョブを遂行しうるスキルをもった人をはめ込むのだ」と言ったところで、大企業に就職しようと思うような人材のほとんどが、特定のジョブのスキルを身につけるのではなく、何でもできる可能性のあるiPS細胞の養成所とでもいうべきところへ集中している以上、人と違う行動をとればペナルティを科せられる。異なる仕組みが成立するとすれば、入口からなかの仕組みまで全部別扱いする一国二制式しかないであろう。いま大企業がそういう方式を現実に検討しているのは、世界的に争奪戦になっているIT技術者などくらいであろう。

 ところが中小零細企業は、ただでさえ新卒採用が難しいがゆえにこの難題からも相対的に解放されている。かつて就職氷河期に就職できないままフリーターとならざるを得なかった氷河期世代の元若者たちを、この20年あまりの間にじわじわと少しずつ採用して、労働社会のそれなりの主流にはめ込んできたのは、ぴちぴちのiPS細胞ばかりにこだわる大企業ではなく、それができないことに劣等感を持つ中小企業であったことに、逆説的だが誇りをもってもいいのではなかろうか。

 話を一段マクロなレベルにもっていくと、典型的なメンバーシップ型の日本型雇用システムが戦後高度成長期に主として大企業で形成されたのと同様に、典型的なジョブ型の欧米型雇用システムは20世紀中葉にやはりアメリカの大企業で形成されたものだ。やたらに細かいジョブ・ディスクリプションなども、大企業に多種多様な職務がひしめき合い、その間の区分(デマーケーション)を明確にすることが求められたからやむを得ずつくらざるを得なかったのだ。ジョブ型社会といえども、中小零細企業になればそんな硬直的な仕組みをわざわざつくる必要はない。そういう意味では、洋の東西を問わず、中小零細企業は雇用システムなどにあまりこだわる必要はないのかもしれない。

 いま中小企業が考える必要があるとすれば、それはジョブ型伝道師が売り歩くこの世ならぬ「ジョブ型」を導入しようかと思い惑うことなどではなく、自社の寸法に合わない過度なメンバーシップ型の「あるべき姿」を、ちょうどいい具合になるまで脱ぎ捨てることではないかと思われる。それを何と呼ぶかは自由である。

(了)

2025年2月11日 (火)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(前)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401 先日紹介した、『I.B企業特報』新春特別号に掲載した「日本の中小企業とジョブ型雇用」という小文が、刊行元の福岡の経済メディアのデータマックスのサイトにアップされました。とりあえず今日は前編だけのようです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(前)

はじめに

 もう4年前になるが、2021年に『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)という本を出した。20年ごろからメディアでジョブ型という言葉が頻出するようになったが、その意味がきちんと理解されていないと感じたからだ。その結果、ジョブ型=成果主義といった誤解はかなり影を潜めたが、ジョブ型=職務給といったやや狭い理解が広がった。

 とりわけ、岸田政権下で進められる新しい資本主義のなかでは、「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、…ジョブ型の職務給中心の日本にあったシステムに見直す」と、職務給を唱道し、去る24年8月には『ジョブ型人事指針』を取りまとめた。

90年代の失敗 否定型の成果主義

 実は日本近代史において、職務給は繰り返し流行してきた。とくに戦後は、1950年代から60年代にかけて、政府や経営団体は同一労働同一賃金に基づく職務給を唱道していた。ちょうど60年前の63年、当時の池田勇人首相は国会の施政方針演説で「従来の年功序列賃金にとらわれることなく、勤労者の職務、能力に応ずる賃金制度の活用をはかるとともに、技能訓練施設を整備し、労働の流動性を高めることが雇用問題の最大の課題であります」と謳っていた。

 ところが日経連は69年の報告書『能力主義管理』で職務給を放棄し、見えない「能力」の査定に基づく職能給に移行した。だが「能力」は下がらないので、中高年層では人件費と貢献が乖離していく。そこで基本給の上昇を抑制するために90年代に小手先の手段として導入されたのが成果主義だった。

 欧米のジョブ型社会では職務に値札がついているので、そのままでは賃金が上がらない。そこで、「お前は成果を挙げているから」と個別に賃金を上げるために使われるのが成果主義である。成果を挙げた者の賃金を上げるのが欧米の成果主義だ。

 ところが四半世紀前に日本で導入された成果主義は、そのままでは(「能力」に基づく)年功で上がってしまう正社員の賃金を、「お前は成果を挙げていないじゃないか」と難癖をつけて無理やり引き下げるための道具として使われた。こんな制度がうまくいくはずがない。日本型成果主義は失敗に終わったが、問題は残ったままだ。そこで、人件費と貢献の不均衡の是正に再チャレンジしようとしているのが、現在のジョブ型ブームなのであろう。

ジョブ型は実は古臭い

 こうした日本独自の文脈で理解されているジョブ型の真の姿を歴史的に描き出したのが、2020年に出した『働き方改革の世界史』(ちくま新書)だ。出発点は19世紀イギリスのトレード・ユニオン(職業組合)が行う集合取引(コレクティブ・バーゲニング)だった。トレード(職業)こそ、20世紀アメリカでジョブ(職務)が確立するまでの労働世界の基軸であり、欧州では戦後も残存した。その後20世紀半ばに、アメリカ労働運動はジョブ・コントロール・ユニオニズムを確立した。

 ジョブ・コントロール(職務統制)とは、テイラーの科学的管理法とフォードの大量生産システムによって旧来のトレードが解体し、企業の管理単位としてジョブ(職務)が成立するなかで、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により明確に区分されたジョブごとに時間賃率を設定し、セニョリティ(勤続)によりレイオフ(一時解雇)を規制するルールを、ユニオン主導で確立することである。

 ところがジョブ・コントロールはその硬直性が批判され、やがて労働組合も衰退していった。一方、ジョブ型システムはホワイトカラーにも拡大し、こちらはヘイ等のコンサル会社の商品として企業が活用している。

ジョブ型に対する批判 タスク型をすすめる動き

 近年の情報通信技術の進展により、タスクをジョブにまとめて継続的な雇用契約を結ぶ必要性が薄れ、(ミクロまたはマクロな)タスクをその都度委託する契約(自営業化)が広がる可能性がある。たとえば、現在日本で「ジョブ型」を新商品として大々的に売り込んでいるのはマーサー・ジャパンだが、本家の米マーサー社では、硬直的なジョブ型から柔軟なタスク型への移行を唱道している。

 同社幹部の近著『Work without Jobs』では、職務記述書に箇条書きでまとめられた固定的なジョブをジョブホルダー(従業員)が遂行するという古臭いオペレーティングシステム(OS)を脱構築(デコンストラクション)し、ジョブを構成する個々のタスクをインディペンデント・コントラクター(高度な専門性を持ち複数企業と契約して活動する個人事業者)、フリーランサー、ボランティア、ギグワーカー、社内人材など多様な就労形態で遂行する仕組みへ移行すべきだと説いている。

 同書はジョブ型の欠陥を、労働者の能力を職務と結びつけて判断し、職務経験や学位と無関係な能力を把握できず、そのジョブに必要な資格を有しているか否かでしか判断できず、個々のタスクを遂行するに相応しい人材を発見できない点にあるというのだ。

 裏返していえば、ジョブ型雇用社会とはジョブという社会的構築物(フィクション)を実在化し、皆がそれに振り回されている社会ということである。逆に日本は、ジョブというフィクションは希薄だが、その代わり社員身分というフィクションが濃厚である。人間社会はフィクションなしではやっていけないのだろう。

(つづく)

2025年2月10日 (月)

新書大賞2025

03789f898f2c9dd5f764d3d29c2a3f97892adfe2本日発売の『中央公論』3月号に、例年恒例の新書大賞2025が発表されています。今回栄えある対象は三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でした。

https://chuokoron.jp/chuokoron/latestissue/

新書大賞2025

新書通100人が厳選した
年間ベスト20

大賞
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

大賞受賞者に聞く
――これからも「名付ける責任」を担いたい
▼三宅香帆

2位『日ソ戦争』麻田雅文

3位『歴史学はこう考える』松沢裕作

ベスト20レビュー

小熊英二、坂井豊貴、増田寛也、三牧聖子......
目利き45人が選ぶ2024年私のオススメ新書

三宅さんの本だけでなく、今年は勅使川原真衣さんの『働くということ』や近藤絢子さんの『就職氷河期』など、労働関係の良書が多く出ました。

ちなみに、拙著『賃金とは何か』は、日本郵政社長の増田寛也さんが取り上げていますが、その理由が:

 経営者として春闘に臨むに当たって、賃金やベースアップの意味をもう一度理解するには絶好の書といえる

だそうです。ううむ。

 

『労働法律旬報』2月下旬号のお知らせ

658748 今月25日発行予定の『労働法律旬報』2月下旬号は「家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて」という特集を組んでおり、そこに、この裁判の原告側弁護士であった指宿昭一さんらと並んで、わたくしも小文を寄稿しております。

https://www.junposha.com/book/b658748.html

[巻頭]スキマバイトは人間労働に値するか=新谷眞人…………04
[特集]家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて
山本サービス(渋谷労基署長)事件東京高裁判決を受けて=指宿昭一…………06
ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか=濱口桂一郎…………12
家事労働者は楽な働き手か?~軽視された「感情労働」と「危険労働」の重さ=竹信三恵子…………18
[労働判例]国・渋谷労基署長(山本サービス)事件・東京高裁判決〈令6.9.19〉…………49
[研究]鎌田耕一氏の間接雇用論の批判的検討=萬井隆令…………26
[労働判例速報]京王プラザホテル札幌事件・札幌高判令6.9.13
「事業の正常な運営を妨げる」の解釈=淺野高宏…………38
[連載]『労旬』を読む179ストライキ物語(24)
―「産業民主主義の護民官、労働省」説(その7)=篠田 徹…………40
[解説]安倍労働規制改革―政策決定過程の記録(118)2019年5月~6月⑫(編集部)…………42
[資料]安倍政権規制改革資料一覧(5月~6月)⑫…………48

 

 

 

リクルートワークス研のインタビュー

Header_21 本日リクルートワークス研究所のHPに、わたくしのインタビュー記事「メンバーシップからジョブ型へ システムの修正は日本社会のあり方も変える」が載っています。聞き手は坂本貴志さん、執筆は有馬知子さんです。

専門家に聞く 労働に関する法制度のこれまでとこれから

タイトルから想像されるのとはちょっと違った内容になっていますので、是非リンク先にいって最後まで読んでみてください。

大手企業に、職務に基づいて従業員を管理する「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がり、政府も2024年8月、ジョブ型人事指針を発表した。勤務地や職務を限定しない「メンバーシップ型」からジョブ型への移行は今後、加速していくのだろうか。労働政策研究・研修機構(JILPT)所長の濱口桂一郎氏に聞いた。

社員の自律性を取り戻す 試行錯誤の中でジョブ型に注目

―日本企業に「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がっていることについて、どのようにお考えですか。

欧米では「デフォルト」であり硬直的な働き方ですらあるジョブ型が、日本で「新時代の働き方」として持ち上げられることには不思議さを感じます。また日本のジョブ型の多くは、入社後の扱いを職務給的にする内容で、採用段階から職務を限定する本来のジョブ型とは同列には語れない面もあります。

ただ日本の大企業が、メンバーシップ型で人材を採用し会社主導で動かしてきた結果、自律的に行動できない社員が増えてしまったという問題意識を持つようになったのは確かで、この問題に対処するために「ジョブ型」という言葉が注目されたのだと考えています。

またメンバーシップ型の賃金制度は、生計費がかさむ40~50代とそうでない時期との間で賃金配分にメリハリをつけ、職業人生を終えた時点でバランスがと取れていればいい、という考え方で構築されてきました。しかし次第に、若年層に応分な賃金がを分配されないというデメリットの方が強く意識されるようになり、また企業も、退職年齢が上がり続ける中で、高齢者の賃金水準をどうすべきかという課題に直面するようになりました。ジョブ型の導入には、生活保障を目的とした年功的な賃金制度を変える、という面も大きいと思います。

―ジョブ型の導入によって、シニア層の報酬制度の問題は解決に向かうのでしょうか。

中間管理職の残業は野放し 残業代と労働時間、切り離して議論を

―改正労働基準法で、長時間労働の上限規制が設けられましたが、経済団体などからは適用除外(デロゲーション)の導入を求める声も上がっています。労働時間規制には、どのような課題が残されているでしょうか。

―働き方が柔軟化するのに伴い、深夜労働の割増賃金規定を見直し、労働者が自己裁量で働けるようにすべきではないかという議論もあります。

ジョブ型が突き付ける「階級格差」の是非 社会のあり方にも関わる

―職務限定の採用や、本人同意を前提とした転勤の仕組みが導入され、企業の人事権がある程度制約されるようになりました。司法判断も含め、解雇に対する考え方も変わる可能性はあるでしょうか。

―働き方のあるべき姿について、どのようなイメージを持っていますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

財務総研で講演

Zaimu 去る2月4日、財務省のシンクタンクである財務総研で「賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛」というタイトルで講演しました。

https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm

資料はリンク先にアップされていますが、昨年の『賃金とは何か』を要約解説したものです。

講演では多くの方々から質疑やご意見をいただき、大変勉強になりました。

 

 

 

 

2025年2月 7日 (金)

吉川浩満さんが拙著評@『週刊文春』

2625327_p 今やフジテレビと並んで全日本注目の的の『週刊文春』ですが、2月13日号の「文春図書館」の吉川浩満さん担当の「私の読書日記」に、拙著『賃金とは何か』が取り上げられておりました。

https://clnmn.net/archives/5879

「私は会社勤めもしているので、賃金はもちろん重大関心事である」と始まり、「賃金は単なる労働の対価にとどまらず、その会社/社会の仕組みそのものを映し出す鏡でもある」と述べ、拙著に対しても「いつもながらきわめて明快な記述で非常に助かる」とお褒めいただいております。

 

 

2025年2月 4日 (火)

安齋篤人『ガリツィア全史』

Garizia これはたまたま本屋で見かけてあまりにも面白そうだったので思わず買ってしまった本です。

https://publibjp.com/books/isbn978-4-908468-80-3

さて問題、SMプレイのサドはフランス人ですが、マゾッホは何人でしょうか?

Wikipediaにはオーストリア人とありますが、確かにオーストリア帝国時代のその国の人なんですが、今の国でいうと、ウクライナの西の方、当時ガリツィアと呼ばれていた地域の、当時ドイツ語でレンベルクと呼ばれていた町で生まれました。この町は第一次大戦後ポーランド領ルヴフとなり、第二次大戦後はソビエト連邦のリボフと呼ばれ、今はウクライナのリヴィウと呼ばれています。ロシアとの戦争が始まった後、ミサイルが撃ち込まれていましたね。

という波乱万丈の地域ガリツィアの古代から現代までの歴史を一気通貫で一冊にまとめて見せたこの本は、これもう少し縮約したら、中公新書の「物語なんたらの歴史」の一冊に十分なるよね、という充実ぶりです。面白くて一気に読めてしまいました。

版元のパブリブというのはなんだかよくわからない出版社のようですが、でもこういういい本を世に出すというのは立派です。

目次

目次 2
年表 8

序章  東にとっての西、西にとっての東 11
東にとっての西 16
西にとっての東 20
さいごに 26

地名・人名表記について 26

凡例 27

第一章 中世のガリツィア 29
サモの国と大モラヴィア国 32
ルーシ 33
ハーリチ公国 35
ハーリチ・ヴォリーニ公国とルテニア王国 38
ピアスト朝ポーランド王国 43
ハーリチ・ヴォリーニ継承戦争とハリチナのポーランド併合 45
ポーランド「王冠国家」の成立 47
コラム:ガリツィアの都市① 49

第二章 近世のガリツィア 63
ルシ県の成立 66
コラム:ポーランドの士族と日本の武士 68
ルヴフ/リヴィウにおける宗派と「ナティオ」の形成 70
ルブリン合同とブレスト教会合同 75
近世ルシ県における農場領主制と農民一揆 81
フメリニツィキーの乱と「大洪水」の時代 83
近世のルテニア人の権利闘争 91
コラム:ガリツィアの「ロビン・フッド」
ドウブシュとフツル人 94
近世ガリツィアのユダヤ人 96
近世ガリツィアの文化と芸術 100
コラム:ウクライナ語の起源 ―ガリツィア・ポジッリャ方言、
ルテニア語 104

第三章 近代のガリツィア① 107
ポーランド分割とハプスブルク支配の始まり 110
皇帝マリア・テレジアとヨーゼフ二世の改革 112
レンベルク/ルヴフ/リヴィウの都市改造と
オッソリネウム図書館 119
クラクフ都市共和国 123
ガリツィアの都市② 125
1830年代のポーランド人独立運動(「ガリツィアの陰謀」) 128
1846年のクラクフ蜂起と「ガリツィアの虐殺」 131
フレドロ、「ウクライナ派」、
ポーランド人によるウクライナ文学 133
ウクライナ国民文学の萌芽 135
コラム:ザッハー=マゾッホとガリツィア 138

第四章 近代のガリツィア② 141
1848年革命とナショナリズム運動の高揚 142
19世紀中盤のポーランド人とウクライナ人の政治文化 147
1867年の「小妥協」とポーランド人自治の始まり 149
ルテニア人の政治運動の分裂と
ウクライナ・ナショナリズムの展開 153
近代ガリツィアのユダヤ知識人とシオニズム 155
文化と学問の開花 157
出版文化と文学サロン、カフェ 157
音楽 159
レンベルク市立劇場 161
チャルトリスキ美術館とクラクフ美術大学 162
レンベルク(ルヴフ)・ワルシャワ学派 163
1894年の地方総合博覧会 164
ガリツィア事典の編纂 165
産業化と人の移動 170
シュチェパノフスキと東ガリツィアの石油開発 174
ガリツィアの社会主義運動と民族問題 176
イヴァン・フランコ 179
ロートとヴィットリンのガリツィア 182
ガリツィアのフェミニスト 185
ガリツィアからの移民 187
大衆運動の高まり―政党運動、農民運動、反ユダヤ運動 190
シェプティツィキーと幻の1914年の妥協 195
コラム「ガリツィアの日本人」?
―フェリクス・マンガ・ヤシェンスキ 198

第五章 第一次世界大戦とガリツィア 201
第一次世界大戦の勃発とガリツィア戦線 204開戦直後のガリツィア 206ロシア軍のガリツィア占領政策 210ガリツィアにおける戦災支援活動 210ポーランド軍団とシーチ射撃団 216戦後のガリツィアの帰属をめぐる議論 219ロシア革命とブレスト・リトフスク講和 221
第一次世界大戦の終結と
西ウクライナとポーランドの二重の建国 225

第六章 ガリツィア戦争 233
1918年のリヴィウ/ルヴフ市街戦 236
戦中のプシェミシル/ペレミシュリ自治とレムコ共和国 245
ウクライナ・ガリツィア軍の十二月攻勢と停戦協議 248
1918年11月のルヴフ/リヴィウのポグロム 256
西ウクライナ国民共和国の内政と外交 258
ポーランド・ソヴィエト戦争とルヴフ/リヴィウの戦い 260
リガ条約の締結とウクライナ国家の消滅 265

第七章 戦間期のガリツィア 269
ポーランドの東ガリツィア統治 272
東ガリツィアにおける文化的差異の政治 278
議会政党と議会外政治組織 282
OUNの創設 285
1935年の関係「正常化」と東ガリツィア社会の動揺 288
ガリツィア経済の変容とエスニック・エコノミー 291
戦間期の都市文化と文化交流 295
「シュコツカ・カフェ」とルヴフ数学学派 301
ルヴフ/リヴィウのスペクタクルーレム少年の見た
「東方見本市」と映画、ラジオ 303

第八章 第二次世界大戦とガリツィア 307
独ソ占領支配下のガリツィア 310
NKVDに逮捕、投獄されたウクライナ国民民主同盟(UNDO)の幹部 315
東ガリツィアのナチ・ドイツ占領支配 320
ナチ・ドイツ占領下におけるテロルとホロコースト 324
東ガリツィアにおけるゲットーの設置とユダヤ人殺戮 328
ゲットーの解体とユダヤ人救助 330
ナチ・ドイツ占領支配の終焉とポーランド・ウクライナ紛争 335

第九章 第二次世界大戦後のガリツィア 343
ポーランド・ウクライナ間の住民交換 344
ヴィスワ作戦 347
東ガリツィアからポーランドへの「移住者」 350
西ウクライナの「ソヴィエト化」と「リヴィウ人」の登場 352
コラム:社会主義期のポーランドと
西ウクライナの新都市・団地 356
ウクライナ・ディアスポラ 358
ディアスポラ世界におけるポーランド人とウクライナ人の邂逅 360
冷戦崩壊とウクライナ独立 363
「中欧」論とガリツィアの「地詩学」 367
ガリツィアの歴史をめぐる国際的な対話と研究の発展 372
ガリツィアの歴史認識問題と過去をめぐる想起 375

参考文献 380
あとがき 402
索引 405

 

 

そのお嬢さんは心の眼で読んでるんです、きっと

Fzmhfluacaaelep_20250204194501 こんなつぶやきが流れてきました

まだ字も読めない娘がソファで濱口先生の「ジョブ型雇用社会とは何か」を読んでいるフリをしている😂

かわいすぎます😂

しかも本が上と下逆で読んでるフリしてます😂

想像しただけでかわいすぎてにやにやひちゃいます😂😂😂

そのお嬢さんは、心の眼で読んでるんです、きっと。

大人にはわからない分かり方で、ちゃんとわかってるんです。

 

 

« 2025年1月 | トップページ