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2025年2月

2025年2月28日 (金)

雇用される精神障害者15万人強@『労務事情』2025年3月1日号

B20250301 『労務事情』2025年3月1日号に「雇用される精神障害者15万人強」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20250301.html

本誌で精神障害者の雇用数を取り上げるのは3回目になります。2018年3月1日号には「雇用されている精神障害者5万人超」を、2022年6月1日号には「雇用される精神障害者10万人弱」を寄稿しました。5万、10万とくると、次は15万ということになります。・・・・

 

2025年2月27日 (木)

右翼はいかにして文化戦争で労働者階級をハイジャックしたか?

U421983467603d3dbe852549f0bec7a10076ab57 久しぶりにソーシャル・ヨーロッパの記事を紹介。

How the Right Hijacked the Working Class for Culture Wars

右翼はいかにして文化戦争で労働者階級をハイジャックしたか?

The alliance between reactionary forces and the working class is not built on shared economic interests but on a manufactured sense of cultural identity.

反動勢力と労働者階級の同盟は経済利益の共有ではなく製造された文化的アイデンティティの感覚に基づいている。

In an age defined by culture wars, political divisions increasingly revolve around identity rather than material concerns. The focus has shifted from economic struggles to issues of recognition and status. Unlike the post-war era’s material politics—marked by fair wages, strong social safety nets, and democratic expansion—the culturalisation of politics does not lead to tangible material change. While cultural politics have achieved significant progress in advancing the rights of women and ethnic minorities, they also risk devolving into performative status battles, often driven by a longing for the comfort of tribal belonging.

文化戦争で定義される時代、政治的分断は次第に物質的利益よりもアイデンティティをめぐるものになってきた。焦点は経済的闘争から承認と地位の問題にシフトしてきた。公正な賃金、強力なセーフティネット、民主的拡大によって特徴付けられる戦後期の物質政治の時代と異なり、政治の文化化(カルチュラリゼーション)は目に見える物質的変化をもたらさない。文化政治は女性や少数民族の権利の伸長に顕著な進歩を達成したが、それはまたしばしば部族的所属の慰安を求めることによって、パフォーマンス的な地位の闘いに転化するリスクがある。

This transformation recasts political issues as cultural ones, not only diverting attention from material concerns like wages and social security, but also reshaping fundamentally economic matters into cultural narratives. The latest casualty of this shift is the worker—once defined by economic conditions, now reimagined as a cultural identity. In this process, the category has regained prominence, drawing renewed attention and recognition. Yet, this resurgence fails to deliver what is truly needed: a politically potent class consciousness.

この転換は政治問題を文化問題に最鋳造し、賃金や社会保障のような物質的関心から注意をそらすだけではなく、本質的に経済的な物事を文化的なナラティブに再形成する。このシフトの直近の災禍は労働者だ。かつては経済的条件によって定義されていたが、今や文化的アイデンティティとして再認識されている。このプロセスにおいて、このカテゴリーは再び目立つものとなり、注意と認識を新たにした。しかし、この再興は真に必要なもの:政治的に強力な階級意識を提供できない。

・・・

Under neoliberalism, the concept of the working class was first ignored, then dismissed. Economic classes were rebranded as “social layers,” and eventually, as merely individuals seeking success in the lottery of social mobility. Neoliberalism denies the fundamental contradiction between capital and labour.

ネオリベラリズムの下では、労働者階級の概念は最初は無視され、次いで退けられた。経済的階級は「社会階層」と呼び換えられ、遂には社会的移動の籤における成功を求める諸個人にすぎなくなった。ネオリベラリズムは資本と労働の基本的矛盾を否定する。

The right, however, has reintroduced the term “worker”—but only in a politically toothless, tribal sense. Where the left traditionally saw politics as a contest of material interests, the new right reduces it to a culture war.

しかしながら右翼は、「労働者」と言う用語を再導入する。ただし、政治的に無力な部族的意味においてだ、左翼が伝統的に政治を物質的利益の競争として見てきたのに対し、新右翼はそれを文化戦争に収縮する。

In right-wing discourse, the worker is not a structural position but a cultural figure: the honest, conservative, religious, often male labourer. He wears overalls, drinks beer, and rejects gender-neutral language. This nostalgic, populist ideal of the “common man” is a deliberate political construct—one designed to make material politics impossible.

右翼の議論では、労働者は構造的な位置ではなく文化的な形態である。正直で、保守的で、信仰厚く、しばしば男性の肉体労働者だ。彼はオーバーオールを着て、ビールを飲み、ジェンダー中立的な言い方を拒否する。このノスタルジックでポピュリスト的な「コモン・マン」の理想は、練り上げられた政治的工作物であり、物質的政治を不可能にするために構築されたものだ。

・・・・

という調子で続くのですが、正直、その通りと思う部分と、いやいやそもそも文化政治を持ち込んで物質政治を希薄化させたのは、右翼よりも先に文化左翼の側だったんじゃねえのか?という疑問がつきまとう部分があって、同意しきれないところが多い文章です。

それこそ、「労働者」を右翼側にハイジャックされたのは、左翼がそれを軽視し、あまつさえ否定的なまなざしで見たからであって、この文章はその時系列をわざとごっちゃにしているように思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌田耕一・岡田直己・中野雅之・石川哲平『Q&A フリーランス法の解説』

9784385320373 鎌田耕一・岡田直己 編著 中野雅之・石川哲平 執筆『Q&A フリーランス法の解説』(三省堂)をいただきました。ありがとうございます。既に都心の書店には並んでいるようです。

https://www.sanseido-publ.co.jp/np/detail/32037/

公正取引委員会「特定受託事業者の取引の適正化に関する検討会」と厚生労働省「特定受託事業者の就業環境の整備に関する検討会」の委員であった研究者(経済法・労働法)が編著者となって、公正取引委員会と厚生労働省の実務に詳しい弁護士も執筆者となった「フリーランス法」(2024年11月施行)の解説書。Q&A方式により、フリーランス法の内容を法律・政省令・指針・ガイドライン等に基づいてわかりやすく解説(全51問)。独占禁止法、下請法、労働法と対比した記述も充実。実務家・フリーランス必読の書。

書店に行くと、フリーランス新法の解説書が所狭しと並んでいますが、本書は立法に関わった研究者と行政官から弁護士になった方々(労働法と経済法それぞれ)による解説書です。

鎌田先生が書かれているコラム1(フリーランスの労働者性を争った事例)では、最後に

・・・フリーランスの労働者性を争った裁判例は多いですが、フリーランスの職種・働き方は多種多様で、前述の労働者性の判断基準を当てはめても、結論を予測することは容易ではありません。

と語っています。実際、そうなんですね。

 

 

 

ヴィリ・レードンヴィルタ『デジタルの皇帝たち』@『労働新聞』書評

1863183_20250226225001 月1回の『労働新聞』書評。今回はヴィリ・レードンヴィルタ『デジタルの皇帝たち』です。

【書方箋 この本、効キマス】第101回 『デジタルの皇帝たち』 ヴィリ・レートンヴィルタ 著/濱口 桂一郎|書評|労働新聞社

 タイトルの「デジタルの皇帝たち」(原題は「クラウド・エンパイアズ」なので、正確には「クラウドの諸帝国」)とは、GAFAといわれるデジタル巨大企業だ。アマゾン、アップル、グーグル、ウーバーといったグローバルに展開するプラットフォーム企業によって、我われの生活は支配されている。本書はここ数十年のその展開の歴史を興味深いエピソードを交えながら語る。
 これら諸帝国の出発点は、しかしながら現実世界の権力を嫌い、サイバー空間に自由と互恵を求める草の根的な民主的電子マーケットにあった。第2章「互恵主義」のジョン・バーロウが思い描いたバーチャル理想社会は、デジタル巨人企業の急成長とともに、著者が「ソ連2.0」と呼ぶ中央計画自由市場へと変貌を遂げてゆく。かつてソ連型社会主義が失敗したのは、当時のコンピュータのデータ処理能力では到底間に合わなかったからだ。ところが今や、GAFAのアルゴリズムは独占企業による完全市場を創り出してしまった。「完全な市場を実現する夢を見ながら、アイン・ランド作品の愛読者であったシリコンバレーのリバタリアンが、結局はソ連2.0を生み出しているのだとしたら、皮肉以外の何物でもない」と著者は言う。
 だが、彼が「帝国」の語に込めた意味合いは、第Ⅱ部「政治的制度」で明確になる。現在、各国の裁判所で処理される訴訟の件数よりも、デジタルプラットフォーム企業内部で処理される紛争の件数の方が多いのだ。そして、共産主義革命によって創り出された共産主義帝国と同様、デジタル革命によって生み出されたデジタル帝国は、かつて救済すると言っていた人民(プラットフォーム利用者)を搾取収奪の対象としていく。ジェフ・ベゾスの父ミゲルはカストロのキューバから逃げ出し、アメリカという新天地で活躍できたが、今世界中の電子マーケットを支配するアマゾンから逃げ出しても、顧客を奪われて無一文で放り出されるだけだ。
 されば、万国のインターネット労働者よ、団結せよ!「集合行為」と題された第9章と第10章は、帝国に反抗するデジタルプロレタリア階級(アマゾン・メカニカル・タークの就労者)とデジタル中産階級(アップル・ストアの出品者)の姿を描き出す。だが前者は絶望的だ。クリスティ・ミランドの訴えに呼応したターカーはほんの僅かだった。一方後者には希望がありそうだ。アップルはアンドリュー・ガズデッキーらの訴えを受けて、テンプレートやアプリ生成サービスを使って制作したアプリを却下するという方針を変えた
 著者は、「プラットフォーム独裁政治からプラットフォーム民主政治へと至る道」はブルジョワ革命だという。労働者と貴族の間に位置するアプリ開発者、オンライン販売業者、フリーランス専門家等々が、中世の市民と似た非公式の制度を生み出し、もちろんそんな「歴史の法則はない」が、もしかしたら民主化を実現するかもしれない、と。

 

 

2025年2月26日 (水)

時間単位の年次有給休暇@WEB労政時報

WEB労政時報のHR Watcherに「時間単位の年次有給休暇」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/88625

去る1月8日に公表された労働基準関係法制研究会の報告書は、労働者性や労使コミュニケーションと並んで、労働時間法制について多くの紙数を割いて論じていますが、その中で、労使間の激しい対立から少しずれた地点に位置しているのが、年次有給休暇に関する問題です。そこでは次のように、わざわざ「時間単位の年次有給休暇の日数について、現在の5日間から直ちに変更すべき必要性があるとは思われない」と言っているのですが、これは何を意識しての記述なのでしょうか。・・・・・

 

2025年2月25日 (火)

ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか@『労働法律旬報』2025年2月下旬号

658748_20250225120701 『労働法律旬報』2025年2月下旬号は、「家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて」という特集を組んでいますが、その中にわたくしは「ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか」という論考を寄せております。

https://www.junposha.com/book/b658748.html

[巻頭]スキマバイトは人間労働に値するか=新谷眞人…………04
[特集]家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて
山本サービス(渋谷労基署長)事件東京高裁判決を受けて=指宿昭一…………06
ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか=濱口桂一郎…………12
家事労働者は楽な働き手か?~軽視された「感情労働」と「危険労働」の重さ=竹信三恵子…………18
[労働判例]国・渋谷労基署長(山本サービス)事件・東京高裁判決〈令6.9.19〉…………49
[研究]鎌田耕一氏の間接雇用論の批判的検討=萬井隆令…………26
[労働判例速報]京王プラザホテル札幌事件・札幌高判令6.9.13
「事業の正常な運営を妨げる」の解釈=淺野高宏…………38
[連載]『労旬』を読む179ストライキ物語(24)
―「産業民主主義の護民官、労働省」説(その7)=篠田 徹…………40
[解説]安倍労働規制改革―政策決定過程の記録(118)2019年5月~6月⑫(編集部)…………42
[資料]安倍政権規制改革資料一覧(5月~6月)⑫…………48

内容は、一昨年刊行した『家政婦の歴史』(文春新書)の要約になっていますが、労働法研究者や労働弁護士の方々がこれをどのように読まれるかが楽しみです。

はじめに
 2024年9月19日、東京高裁は家政婦過労死事件(国・渋谷労基署長(山本サービス)事件)について、原審の2022年9月29日東京地裁判決を覆し、原告の妻であった家政婦の過労死を認定した。原審はマスメディア等でも大きく取り上げられ、多くの識者から批判されていただけに、穏当な結論に落ち着いたというのが一般的な受け止めであろう。政府も上告を断念して高裁判決が確定した。
 しかし、この問題にはマスコミ報道が伝えない複雑に入り組んだ歴史的な因縁があり、筆者以外の誰ひとりとしてそれを指摘することがなかった。原審や本判決の判例評釈でも、筆者が指摘した点に触れるものはただの一つもない。たったひとりしか指摘しないというのはそれが常識外れだからだ、というのが世間の常識人の判断であろう。たしかに、筆者の指摘することは思い込みという意味での「世間の常識」には反している。しかしながら、その「常識」は法令の明文の規定に反するものだったのである。そしてその明文の規定は、1999年4月の改正労働基準法施行までは労働法令集の一番目に触れるところに堂々と掲載されていた。おそらく現在50歳代以上になる労働法関係者は、若い頃にはその明文の規定を目にしていたはずである。見たことがないとは言わせない。なぜならそれは、労働基準法施行規則1条という、省令の中の一丁目一番地に位置する規定だったからだ。誰の目にも映っていながら、誰ひとりとしてその意味を考えようとすることがなかったその明文の規定こそが、今回の家政婦過労死事件の法的真実を明らかにするための鍵である。
高裁判決が残した課題
派出婦会は労働者供給事業であった
矛盾だらけの仕組みの正し方
家政婦ではない家事使用人をどうするか
・・・・多くの読者の先入観には反するであろうが、家事労働に関する限り、一般家庭の直接雇用が諸悪の根源であり、労働者派遣による間接雇用こそが労働者保護のための鍵なのである。

(参考)

コメント欄で「つな」さんが菓子職について聞かれているので、参考までに労務供給事業規則の当該部分のコピーを張り付けておきます。

Kashishoku

 

 

 

2025年2月21日 (金)

海老原嗣生『静かな退職という働き方』

9784569858791 雇用のカリスマこと海老原嗣生さんから久しぶりの新著『静かな退職という働き方』(PHP新書)をお送りいただきました。

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-85879-1

「静かな退職」――アメリカのキャリアコーチが発信し始めた「Quiet Quitting」の和訳で、企業を辞めるつもりはないものの、出世を目指してがむしゃらに働きはせず、最低限やるべき業務をやるだけの状態である。「働いてはいるけれど、積極的に仕事の意義を見出していない」のだから、退職と同じという意味で「静かな退職」なのだ。

 ・言われた仕事はやるが、会社への過剰な奉仕はしたくない。

 ・社内の面倒くさい付き合いは可能な限り断る。

 ・上司や顧客の不合理な要望は受け入れない。

 ・残業は最小限にとどめ、有給休暇もしっかり取る。

 こんな社員に対して、旧来の働き方に慣れたミドルは納得がいかず、軋轢が増えていると言われる。会社へのエンゲージメントが下がれば、生産性が下がり、会社としての目標数値の達成もおぼつかなくなるから当然である。

 そこで著者は、「静かな退職」が生まれた社会の構造変化を解説するとともに、管理職、企業側はどのように対処すればよいのかを述べる。また「静かな退職」を選択したビジネスパーソンの行動指針、収入を含めたライフプランを提案する。

実は読みながら、言ってることは全てその通りなんだけど、それを「静かな退職」って言うんかい?という疑問がつきまとって、素直に読み進められませんでした。

というのも、本書の前半部で口が酸っぱくなるくらい繰り返し説かれているように、そういう働き方こそが、ごく一部のエリート層と異なるそんじょそこらのごく普通の労働者層にとっては普通の働き方なんであり、彼らは別段静かに退職しているつもりなんかなくって、いや俺たちあたしたちが働くってのはこういうことなんだぜ、と言ってるだけだからなんですね。

それこそが、わたくしがこれまた何回も口が酸っぱくなるほど繰り返しているように、人事コンサルタントがやたらに売り歩くキラキラ輝いている幻の「ジョブ型」なんかじゃなくって、地味でぱっとしないそんじょそこらに転がってるごくごく普通のリアル「ジョブ型」なのであってみれば、それを「静かな退職」っていうのはどうにも違和感があります。

あと、海老原さんの解説編はいつもどおりで文句の付け所はほとんどないのですが、真ん中あたりで突然「静かな退職をまっとうするための仕事術」という章に入ると、やたらにせこい手練手管があれこれ紹介されていて、いやいやそこまで気を配りまくってやらなきゃ、この日本でやっていくのは難しいのね、ということが改めて感じさせられます。

 

 

EU最低賃金指令は条約違反で無効!?@『労基旬報』2025年2月25日号

『労基旬報』2025年2月25日号に「EU最低賃金指令は条約違反で無効!?」を寄稿しました。

 本紙では、2020年3月25日号で「EU最低賃金がやってくる?」を、同年11月25日で「EU最低賃金指令案」を寄稿しましたが、その後の展開については紹介しそびれていました。同指令案は2022年10月19日に正式に採択され、その国内法転換期日は2024年11月15日でした。つまり、既に加盟国内で動き始めているはずです。ところが、去る2025年1月14日、EU司法裁判所のエミリオウ法務官は、同指令は条約違反であるから全面的に無効とすべきであるという意見を公表し、大きな騒ぎになっているのです。今回は、なぜそんな事態になったのかを見ていきたいと思います。
 そもそも、EUは加盟国が批准した国際条約によって設立された国際機関であり、その権限はEU条約とEU運営条約によって限定されています。そして、EU運営条約第153条第5項には、「本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しない」と、明示的にこれら分野の適用除外が規定されています。これは、マーストリヒト条約の社会政策協定以来35年間維持されている規定であり、賃金や組合型集団的労使関係は加盟国の専権事項であることを謳った規定です。
 ところが2020年1月14日、就任したばかりのフォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、彼女の「私の欧州アジェンダ」に沿って、最低賃金に関する労使への第1次協議を行い、6月3日の第2次協議を経て、10月28日には最低賃金指令案を提案しました。旧稿はこの頃の状況を解説したものです。フォン・デア・ライエンは、賃金決定や労使関係の適用除外なんぞは保守的な経営側の要求で入ったものに違いないと考え、労働側は諸手を挙げて賛成すると思い込んでいたようですが、あにはからんや、同指令案に対する最も強く激しい批判は、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合から投げかけられたのです。
 旧稿では協議前日の1月13日付のEUObserverに、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が寄稿した「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を紹介しましたが、指令案提案直前の2020年9月16日付のSvenskt Naringlivに、スウェーデン企業総連合のマチアス・ダール副事務局長、スウェーデン労働組合総連合のスザンナ・ギデオンソン会長、交渉協力協会のマルチン・リンダー会長の3者連名で寄稿した「EUの最低賃金指令は受け入れ難い」は、こう明確に論じています。
・・・我々の労働市場モデルは、労使団体が賃金、労働時間その他の労働条件のような問題について労働協約を結ぶことに立脚している。スウェーデンでは、このモデルは数十年にわたって経済の成功と福祉の強化に貢献してきた。これは、国家は賃金決定に関与しないということを意味する。国家の関与は柔軟性に欠け分野ごとに調整されない賃金決定、使用者にとってのコストの増大をもたらし、労働者の交渉力を掘り崩す。
 我々の労働市場モデルは社会の他の部分と深く結びついている。社会保障制度や我々の福祉モデルはスウェーデンの労働協約モデルと絡み合っている。それゆえに、法定最低賃金の問題は一見したところよりも広範で重要なのだ。それは本質的に我々のナショナル・アイデンティティと主権に関わる。社会福祉モデルは労使システムの不可欠の一部なのだ。・・・
・・・指令案は、労使団体が労働協約を通じて賃金を規制する責任を持つという我々の賃金決定モデルの心臓を打ち抜く。欧州委員会が予告する内容でこの問題を規制しつつ、同時に労使団体が賃金決定責任を分け合う我々の自己規制モデルを守ることは不可能だ。
 加えて、フォン・デア・ライエンの提案は自己規制モデルを掘り崩す危険のある並行する労働市場規制を作り出す。いかに設計しようと、最低賃金指令は我々の自己規制的労働協約システムを深刻に混乱させるだろう。
 そして、EU運営条約の上記規定を持ち出して、指令案は条約違反であると主張します。このように、EU最低賃金指令に対する反発は、北欧諸国の労使が共有するまさにナショナル・アイデンティティに関わるものであったのです。
 指令案提案後の2021年7月13日にSocialEuropeに、スウェーデンの労使関係研究者二人(ゲルマン・ベンダー&アンデルス・キェルベリ)が寄稿した「最低賃金指令は北欧モデルを掘り崩す」は、もう少し詳しくこの懸念を論じています。スウェーデンといえども組織率は100%ではなく、未組織労働者も1割程度います。フォン・デア・ライエンのいうように「すべての者が労働協約か法定最低賃金を通じて最低賃金にアクセスできるべき」となると、そこからこぼれた者をどう扱うべきか、EU司法裁判所の判断に委ねられてしまいます。その結果、法定最低賃金を設定せざるを得なくなると、指令に従って協約賃金より遥かに低い中央値の60%に設定されてしまいます。スウェーデンでは現在、協約賃金が未組織労働者のベンチマークとして使われていますが、それが遥かに低い法定最低賃金に落ちてしまうというのです。その結果、最低賃金が二重化し、協約賃金に基づく企業と法定最低賃金に基づく企業との間に競争の歪みが発生するとともに、スウェーデン企業が協約から逃げ出す可能性もあります。これを避けるためには協約の国家による一般的拘束力制度を導入せざるを得ませんが、それ自体がスウェーデンモデルにとっては呪いの代物で、組織化を妨げ、高い組織率を引き下げる危険性があるというわけです。こうした懸念の背景にあるのは、いうまでもなくラヴァル事件を初めとするEU司法裁判所の一連の判決があります。北欧諸国は、EUが自国の労使関係システムを尊重してくれるとは信じてはいないのです。
 こうした北欧諸国の猛烈な反発にもかかわらず、EU最低賃金指令は2022年10月19日に正式に採択されました。これに対し、翌2023年1月18日、デンマーク政府が欧州議会と閣僚理事会を相手取って同指令の無効をEU司法裁判所に訴えました(C-19/23)。同年4月27日にはスウェーデン政府も原告に加わりました。同指令は上記EU運営条約第153条第5項に反しているから無効であるという訴えです。この訴訟はまだ判決が出ていませんが、EU司法裁判所では判決の前段階に法務官による意見が出されることになっており、多くの場合その線に沿った判決が出されます。それゆえに、今回のエミリオウ法務官の意見は注目されたのです。
 同意見は136パラグラフからなる膨大なものですが、その結論は極めてシンプルです。
Ⅶ. 結論
136.以上に照らして、私は次のように司法裁判所に提案する。
- EUにおける十分な最低賃金に関する2022年10月19日の欧州議会及び閣僚理事会の指令2022/2041を、EU運営条約第153条第5項に反しており、それゆえEU条約第5条第2項に規定する授与原則に反していることを根拠として、全面的に無効とし(annul in full)、
- 欧州議会と閣僚理事会にその費用を払わせる。
 法務官意見の詳細は省略しますが、重要な論点について述べておくと、EU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外は、男女同一賃金のような他の項目の一部として賃金も含まれるような場合は対象とならず、その限りで賃金に関するEU立法は認められますが、逆に欧州議会や閣僚理事会、他の加盟国が言うように、EUレベルで最低賃金を設定するようなケースにのみ限定されるべきではなく、賃金決定自体を規制するような場合も含まれ、同指令はまさにこれに該当すると言います。従って、同指令はEU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外に反するものであり、全面的に無効とされるべきだというわけです。
 この意見に対して、北欧労組も加盟している欧州労連(ETUC)は猛反発していますが、いつもの議論と違って、これは労使間で対立している問題ではなく、異なる労使関係システムの間での対立であるだけに、その扱いはなかなか難しいように思われます。まずは今年中にも予想される判決がどうなるか、注目して見ていきたいと思います。

 

2025年2月19日 (水)

大井赤亥さんの国会通信で拙論が引用されました

Img_907f714a109d3ef74b123f30c21a7db92055 政治学者で国会議員秘書の大井赤亥さんが、JBPressの「国会通信」最新号で、「「減税主義・税還元主義・手取り主義」が政界で流行る構造的理由」を書かれており、その中でわたくしの議論も引用されています。

【大井赤亥の国会通信】「減税主義・税還元主義・手取り主義」が政界で流行る構造的理由

今年1月から始まった第216回通常国会。本会議場に響く各党の演説を聞いていると、主として国民や維新など野党側から、いわゆる現役世代に視線をあわせた「減税主義・税還元主義・手取り主義」とでもいうべき趨勢が生じている。・・・・

それはなぜなのか?

そこで大井さんが引用するのがわたくしがかつて論じた「神聖なる憎税同盟」なのです。

「手取りを増やす」で真っ先に想起されるのは、かつて労働研究者の濱口桂一郎が指摘した「神聖なる憎税同盟」、すなわち、税金を憎む人々の群れがもたらす日本政治独自の磁場である。・・・・

これについては、拙ブログをいつもお読みの皆さんは「ああ、あれね」とうなずくことでしょう。そう、

・・・このような雇用環境のなかで、中産階級化した正社員労働者は、企業内福祉に守られて国家からの再分配の恩恵から外れ、公的福祉を例外的貧困者のための支援と見なしつつ、それらを支える税や保険料だけ担わされることに不満を抱き、漠然とした負担感や痛税感を蓄積させてきたのである。濱口にしたがえば、これこそ「左派が憎税派になる物質的基盤」といえる。

 その結果、日本においては、真正の「新自由主義イデオロギー」と安定した正社員労働者の生活意識とが「反増税」で共振し、そこにインテリ・リベラルの反権力的な政府否定意識が重なって、強力無比な「『神聖なる憎税同盟』というトリアーデ」(濱口)が築かれてきたというのである。このような磁場は、現下の「手取り主義」という趨勢を考える上でも示唆的であろう。・・・

大井さんの「国会通信」は、これ以前の記事も結構面白いものが多く、是非リンク先に行って読んでみられることをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

2025年2月18日 (火)

「雇用と法」2012年度試験問題

こんなのも出てきました。

法政大学社会学部で「雇用と法」という講義を担当していた頃のものです。

問1 次の各文のかっこ内に当てはまるものを下のa~dの中から選び、答案用紙の所定の位置に記入すること。

(1)日本の民法は、雇用契約を(①)と定義しているが、現実の労働社会では(②)として認識されている。

a 労働に従事することと報酬の支払いを対価とする契約

b 特定の仕事を完成することとその報酬の支払いを対価とする契約

c 会社の一員としての地位を設定する契約

d 生涯にわたって一定の金銭を給付する契約

(2)日本の法律上で「社員」とは(③)のことであるが、現実の社会では(④)を意味する言葉として用いられている。

a 正規労働者

b 学生

c 出資者

d 主婦

(3)日本の判例法理では、企業が経営上の理由で整理解雇する場合、人員削減の必要性、(⑤)、(⑥)、労働組合や労働者への説明・協議の4つの要件を満たす措置を講ずる必要がある。

a 労働基準監督署長の許可

b 解雇を回避する努力(残業の抑制、新規採用の停止、配転・出向・転籍、非正規労働者の雇止め、希望退職募集など)

c 再就職のための教育訓練

d 対象者選定の妥当性

(4)戦後日本では、技能者養成については(⑦)を中心とする思想で法制が作られたが、現実には(⑧)が中心となった。

a 徒弟制

b 企業内のオンザジョブトレーニング

c 公的職業教育訓練施設

d 労働組合

(5)日本の労働基準法は現在、(⑨)については絶対的な労働時間の上限を設けているが、(⑩)については一定以上の時間外労働の免除を請求できるだけである。

a 女性

b 18歳未満の年少者

c 育児・介護をする労働者

d 65歳以上の高齢者

(6)男女雇用機会均等法が施行されたため、企業は(⑪)を導入したが、現在でも男性に(⑫)を認める企業はほとんどない。

a コース別雇用管理

b 男女別雇用管理

c 総合職

d 一般職

問2 次の各文のうち各設問の趣旨に沿って正しいものを一つ選び、答案用紙の所定の位置に記入すること。

(1)現在の日本の判例法理に照らして正しいものはどれか。

a 求人票に明示した初任給はいかなることがあっても守らなければならない。

b 企業は客観的に合理的な理由がなくても内定を取り消すことができる。

c 企業は学生運動に従事していたことを理由として試用期間中の労働者を本採用拒否することはできない。

d 採用内定を受けた者は在学中でも内定企業に雇用される労働者である。

(2)現在の日本の判例法理に照らして正しいものはどれか。

a 共働きで子どもが重病であれば、労働者は転勤命令に従う必要はない。

b 他の職には一切就かせないという合意がない限り、企業には職種変更を命ずる権利がある。

c 病気のため建設現場で作業できなくなった現場監督は解雇することができる。

d 看護師は公的資格を要する職業であるので、医療事務職への配置転換を拒否することができる。

(3)日本の労働運動について述べた次の文で、正しいものはどれか。

a 日本の労働組合の大部分は頻繁にストライキを行う。

b 日本の労働組合の大部分はホワイトカラーとブルーカラーが別々の組合を組織している。

c 日本の労働組合の大部分は地域社会に本拠を置くコミュニティ・ユニオンである。

d 日本の労働組合の大部分は非正規労働者を組織していない。

(4)現在の日本の判例法理に照らして正しいものはどれか。

a 正社員の整理解雇は、臨時的社員を削減した上で行われるべきである。

b 企業は非正規労働者に対してはいつでも契約更新を拒否することができる。

c 正社員と非正規労働者の間に賃金格差が存在することは許されない。

d 非正規労働者には労働組合を組織する権利はない。

(5)日本の賃金制度について述べた次の文で、正しいものはどれか。

a 職能資格制度における「職務遂行能力」とは、潜在能力ではなく実際に出した成果によって測られるものである。

b 終戦直後に確立した電産型賃金体系は年齢と扶養家族数に基づく生活給であった。

c 成果主義が普及してくるにつれ、不当労働行為事件では大量観察方式がよく使われるようになってきた。

d 1950年代には、労働組合側が職務給の導入を主張したが、経営者側が年功制の維持を強く主張した。

問3 「雇用と法」の講義に対する感想、疑問、反論など、自由に記述せよ。

 

2009年の神戸大学での試験問題

パソコンの中を探ってたら、2009年に神戸大学で講義したときの試験問題が出てきました。たいしたものでもないですが、おなぐさみに:

神戸大学試験問題(労使関係) 

1 日本の労使関係に関する記述(正しいものを選べ)
(1)日本の企業別組合の特徴は、ホワイトカラーとブルーカラーが別々の組合に加入していることである。
(2)春闘とは、ナショナルセンターの指導下に、産業別労働組合が産業別使用者団体と団体交渉を行うことである。
(3)日本では、団体交渉と労使協議を明確に区別するのは難しい。
(4)派遣労働者が労働組合に加入することは法律で禁止されている。
(5)労働組合の運営経費は原則として使用者側が負担する。

2 労使協議制に関する記述(間違いを選べ)
(1)第一次大戦後、大企業は従業員と話し合うため工場委員会を設立した。
(2)戦時体制下、政府は労使一体による生産性向上のため全国の企業に産業報国会を設立した。
(3)終戦直後、急進的な労働運動は企業との一切の協議を拒否し、もっぱら政治闘争を行った。
(4)1950年代以後、日本生産性本部のイニシアティブにより、労使協議制が多くの企業に普及した。
(5)ヨーロッパでは、企業が労働者代表との間で労使協議を行うことが法律で定められている。

3過半数代表制(過半数組合・過半数代表者)に関する記述(正しいものを選べ)
(1)使用者が就業規則を作成・変更する際には、過半数代表の同意を得なければならない。
(2)使用者が労働者に残業・休日出勤をさせる際には、過半数代表の同意を得なければならない。
(3)使用者が労働者を解雇する際には、過半数代表者の同意を得なければならない。
(4)過半数代表とは、正社員の過半数を代表していればよい。
(5)過半数代表の選出は、労働委員会の監視下で行われる。

 

日本の賃金はなぜ上がらないのか@『Work & Life 世界の労働』2025年第1号

Gkdiznmaad4vebl 日本ILO協議会の機関誌『Work & Life 世界の労働』2025年第1号に「日本の賃金はなぜ上がらないのか」を寄稿しました。

https://iloj.org/book.html

官製春闘とも言われる政府の掛け声の中で、2023,24年と、ようやく過去2年間にかなりの賃上げが実現したが、それまでの約30年間にわたって、日本の賃金はほとんど上がらなかった。日本の賃金が上がらないということは、労働研究者の関心を惹き、2017年には玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会)などという本まで出たくらいだ。・・・・

なお、同号の中身は次のとおりですが、

■日本の賃金はなぜ上がらないのか  濱口 桂一郎

■ 2024 年度ディーセント・ワーク・セミナー カスタマーハラスメントの現状と課題 ―現場で労使に何が求められているか―

■インドネシア新政権の活動方針と労働政策の動き  山田 航

■ 第 352 回 ILO 理事会●報告 厚生労働省大臣官房国際課

●労働者側から見た 郷野 晶子

●使用者側から見た ILO の存在意義と三者構成原則を強化するために 長澤 恵美子

■仕事の世界における ジェンダー平等の実現に向けて JPO が見たもの  天野 晟

■オンライン・フォーラム 国際労働運動の現状と課題 松﨑 寛

■ILOの動き●社会的保護についての報告書を発表 迫る気候危機 意義増す「社会的保護」   ILO 駐日事務所

■コラム  矢野弘典

■編集後記 亀岡秀人

オンラインフォーラムでインダストリオール・グローバルユニオンの松﨑さんが人権デューディリジェンスについて論じ、コラムで矢野さんがサプライチェーンと人権について述べているのですが、最後の亀岡さんの編集後記で、「トランプ2.0が始動した・・・・・これまで進められてきたビジネスと人権の取組みは何だったのか?」と問いかけています。

 

 

 

 

 

 

 

2025年2月16日 (日)

河野龍太郎『日本経済の死角』

61wt5ydcl_sy522_ 河野龍太郎さんの新著『日本経済の死角――収奪的システムを解き明かす』(ちくま新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076717/

経済エリートたちの誤解をとき、 論壇に一石を投ずる問題作!

経済構造のあらゆる謎が氷解する快著! 生産性と実質賃金への誤解をはじめ労働法制、企業統治など7つの「死角」から停滞を分析、「収奪」回避の道筋を示す。

エリートたちの「誤解」とは何か?

もちろん下の目次にあるように、本書は経済の実に広範な分野にわたって論じてるのですが、その中でも一番力を込めて論じているのは、実はわたくしが昨年刊行した『賃金とは何か』で論じたところと大きく重なっているのです。

この話は第1章の「生産性が上がっても実質賃金が上がらない理由」や第2章の「定期昇給の下での実質ゼロベアの罠」で論じられた後も、本書の中で繰り返し出てくるのですが、ここではそれをかなりまとめた記述が第6章の「コーポレートガバナンス改革の陥穽と長期雇用制の行方」の冒頭に出てくるので、それを引用しておきます。

そう、まさにそうなんですよ!!!といいたくなる見事な謎解きです。

ここまでの議論を簡単にまとめておきましょう。まず、過去四半世紀の間、日本では、時間当たり生産性が3割上昇しましたが、時間当たり実質賃金では全く増えていません。むしろ実質賃金は、近年の円安インフレもあって、減少しています。

ただ、実質賃金は増えなくても、長期雇用制の枠内にいる人は、毎年2%弱の定期昇給(定昇)があるため、賃金カーブに沿って賃金は上昇しています。属人べースでみると、四半世紀で、賃金は1.7倍となります。このため、日本の大企業エリートは、1世代前に比べて、自分たちの実質賃金が全く増えていないことを十分に認識していません。多くの場合、1990年代末の課長や部長に比べると、現在の課長、部長の賃金は、名目でも、実質でも減っています。・・・・

にもかかわらず、大企業では、新入社員だった頃に比べて所得が大きく増えていることから、「実質賃金が上がっていないのは、生産性の低い中小企業などの話」と受け止めがちで、「そうした中小企業が、自分たちのような収益性が高くて、生産の高い企業に生まれ変わるには、一国全体で成長戦略を進めるしかない」という考えに取り憑かれた大企業経営者も少なくありません。

ベンチマークとなる大企業の実質賃金が全く上がっていないため、長期雇用制の枠外にいて、フラットな賃金カーブに直面する人々は、より深刻な影響を受けています。労働需給の逼迫の影響で、近年多少は実質賃金が切り上がったとはいっても、もともとの賃金水準が極めて低いこともあって、経済成長の果実をほとんど手にすることができていないのです。・・・・・

河野さんの本は以下の通り7章立てですが、そのうち第1章、第2章、第4章、第5章、第6章と大部分の章は、直接的ないし間接的に労働問題を取り扱っています。日本経済の死角のかなりの部分は労働市場に関わる死角なのです。

第1章 生産性が上がっても実質賃金が上がらない理由

1 なぜ収奪的な経済システムに転落したのか
アベノミクスの大実験の結果/成長戦略の落とし穴/未完に終わった「新しい資本主義」/生産性が上がっても実質賃金は横ばい/米国の実質賃金は25%上昇/欧州は日本より生産性は低いが実質賃金は上昇/日本は収奪的な社会に移行したのか/儲かっても溜め込む大企業/不良債権問題と企業の貯蓄/筋肉質となった企業がとった行動/守りの経営が定着/定着したのは実質ゼロベア?/家計を犠牲にする政策/異次元緩和はいつ行われるべきだったか
2 コーポレートガバナンス改革の罠
青木昌彦の予言/メインバンクの代わりに溜め込んだ/メインバンク制崩壊とコーポレートガバナンス改革/コーポレートガバナンス改革の桎梏/非正規雇用制という収奪的なシステム/良好な雇用環境の必要性/収奪的な雇用制度に政府も関与
3 再考 バラッサ・サミュエルソン効果
生産性が低いから実質円レートが低下するのか/日本産業の危機

第2章 定期昇給の下での実質ゼロベアの罠

1 大企業経営者はゼロベアの弊害になぜ気づかないのか
ポピュリズムの政党が台頭する先進各国/実質賃金が抑え込まれてきた理由/問題が適切に把握されていない/属人ベースでは実質賃金は上昇している/実質ゼロベアが続くのか
2 実質ゼロベアの様々な弊害
インバウンドブームを喜ぶべきではない/賃金カーブの下方シフト/賃金カーブのフラット化も発生/実質賃金の引き上げに必要なこと

第3章 対外直接投資の落とし穴

1 海外投資の国内経済への恩恵はあるのか
一世代前と比べて豊かになっていない異常事態/海外投資は積極的/国際収支構造の変化/海外投資の拡大を推奨してきた日本政府への疑問/好循環を意味しない株高
2 対外投資は本当に儲かっているのか
勝者の呪い/高い営業外収益と無視し得ない特別損失/キャリートレード?/過去四半世紀の円高のもう一つの原因/円高危機は終わったのか/資源高危機/超円安に苦しめられる社会に移行/なぜ利上げできないのか/日銀は「奴雁」になれるか

第4章 労働市場の構造変化と日銀の二つの誤算

1 安価な労働力の大量出現という第一の誤算
ラディカルレフトやラディカルライトの台頭/高齢者の労働参加率の高まりのもう一つの背景/女性の労働力率の上昇は技術革新も影響/異次元緩和の成功?/第二のルイスの転換点?/労働供給の頭打ち傾向と賃金上昇/ユニットレーバーコストの上昇
2 もう一つの誤算は残業規制のインパクト
コストプッシュインフレがなぜ長引くのか/働き方改革の影響が現れたのは2023年春/需給ギャップタイト化の過小評価は2010年代半ばから/古典的な「完全雇用状態」ではない
3 消費者余剰の消滅とアンチ・エスタブリッシュメント政党の台頭
ユニットプロフィットの改善/グリードフレーションか?/大きな日本の消費者余剰の行方/小さくなる消費者余剰/消費者余剰の消滅とアンチ・エスタブリッシュメントの台頭

第5章 労働法制変更のマクロ経済への衝撃

1 1990年代の成長の下方屈折の真の理由
長期停滞の入り口も「働き方改革」が影響/構造改革派の聖典となった林・プレスコット論文/構造改革路線の帰結/潜在成長率の推移/週48時間労働制から週40時間労働制への移行/労働時間短縮のインパクト/バブル崩壊後のツケ払い
2 再考なぜ過剰問題が広範囲に広がったか
誰がバブルに浮かれたのか/実質円安への影響/今回の働き方改革も潜在成長率を低下させる/かつての欧州とは問題が異なる

第6章 コーポレートガバナンス改革の陥穽と長期雇用制の行方

1 もう一つの成長阻害要因
これまでのまとめ/メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用/雇用制度を変えようとすると他の制度との摩擦が生じる/メインバンク制の崩壊と日本版コーポレートガバナンス改革の開始/メインバンク制のもう一つの役割/理想の経営からの乖離/冴えないマクロ経済の原因とは
2 略奪される企業価値
株式市場の実態/収奪される企業価値/本末転倒の受託者責任/米国の古き良き時代とその終焉
3 漸進的な雇用制度改革の構想
ジョブ型を導入すると一発屋とゴマすりが跋扈/長期雇用制の維持と早期選抜制の導入

第7章 イノベーションを社会はどう飼いならすか

1 イノベーションは本来、収奪的
果実の見えないテクノロジー革命/ハラリが警鐘を鳴らしたディストピア/イノベーションの二つのタイプ/生産性バンドワゴン効果は働くか/平均生産性と限界生産性の違い/第一次産業革命も当初は実質賃金を下押し/実質賃金の上昇をもたらした蒸気機関車網の整備/汎用技術が重要という話だけではない/資本家や起業家への対抗力を高める/戦後の包摂的なイノベーション/自動車産業の勃興のインパクト
2 野生的なイノベーションをどう飼いならすか
1970年代以降の成長の足踏み/イノベーションで失われた中間的な賃金の仕事/イノベーションのビジョンとフリードマン・ドクトリン/具体案を提示したのはマイケル・ジェンセン/成長の下方屈折とその処方箋/ノーベル経済学賞の反省?/経済政策の反省/野生化するイノベーション/収奪的だった農耕牧畜革命/AI新時代の社会の行方/既存システムの限界/付加価値の配分の見直し/反・生産性バンドワゴンを止めよ

 

 

 

 

2025年2月12日 (水)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(後)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401_20250212170701 昨日の続きです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(後)

メンバーシップ型の毀誉褒貶

 1970年代半ばから90年代半ばまでの20年間は、硬直的な欧米のジョブ型に対して日本型雇用システムの柔軟性が注目され、競争力の根源として礼賛された時代であった。エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がその代表だ。

 そのころの典型的な言説が、1985年に開催されたME(マイクロエレクトロニクス)と労働に関する国際シンポジウムで、当時の氏原正治郎職研所長が行った基調講演に見られる。

 曰く:「一般に技術と人間労働の組み合わせについては大別して2つの考え方があり、1つは職務をリジッド(厳格)に細分化し、それぞれの専門の労働者を割り当てる考え方であり、今1つは幅広い教育訓練、配置転換、応援などのOJTによって、できる限り多くの職務を遂行しうる労働者を養成し、実際の職務範囲を拡大していく考え方である。ME化の下では、後者の選択のほうが必要であると同時に望ましい」

 当時は、欧米に対しジョブにこだわるから生産性が低いとか、日本型にすればすべてうまくいくといわんばかりの論調すらあった。近年は、日本はメンバーシップ型ゆえに生産性が低いとか、ジョブ型にすればすべてうまくいくといわんばかりの議論が流行している。ジョブ型/メンバーシップ型が本質的に優れている/劣っているというたぐいの議論はすべて時代の空気に乗っているだけの空疎な議論にすぎない。

 むしろ、メンバーシップ型の真の問題点は、陰画としての非正規労働や女性や高齢者の働き方との矛盾にある。いつでもどこでも何でも命じられたまま働ける若い男性正社員を大前提にしたシステムが、これら多様な働き手におよぼす悪影響については『若者と労働』『日本の雇用と中高年』『働く女子の運命』といった諸著作で詳述している。

 一言でいえば、メンバーシップ型雇用は(局所的には生産性が高いかもしれないが)社会学的に持続可能性が乏しいのだ。だからこそ、安倍政権下で働き方改革が行われたのである。正規と非正規の間の同一労働同一賃金にしろ、時間外労働の絶対的上限規制の導入にしろ、かつて持て囃された日本的柔軟性を否定して欧米型硬直性を求める復古的改革である。この点を的確に理解している人は数少ないように見える。決してジョブ型が前途洋々というわけではないのだ。

中小企業はジョブ型か?

労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎 氏
労働政策研究・研修機構労働政策研究所長
濱口桂一郎 氏

    日本の労働社会の大部分は中小零細企業であり、従業員規模によって程度の差はあれ大企業に典型的なメンバーシップ型の特徴はそれほど濃厚ではない。拙著で述べたように、企業規模が小さくなればなるほど、勤続年数は短くなり、賃金カーブは平べったくなり、労働組合は存在しなくなる。実際、企業規模が小さいほど異動できる職務は限られるので、無限定正社員といったところで、事実上かなり限定されているのと変わらない。企業体力が弱い分、整理解雇で失業することもそれほど珍しくない。

 とはいえ、だから日本の中小企業はジョブ型に近い、と言ってしまうと完全な間違いになる。むしろ大企業型とはひと味違うある種のメンバーシップ性が濃厚にあるというべきだろう。1つには、戦後高度成長期に上から構築されたモダンなメンバーシップ型とは対照的な、伝統的人間関係そのものの延長線上に存在するある種の家族主義の感覚が残っている。

 「ジョブ型以前」的な原初的メンバーシップ感覚だ。他方では、大企業で確立したメンバーシップ型のさまざまな規範が、その現実的基盤の希薄な中小零細企業にも「あるべき姿」として染み込んできている。こちらはいわば「ジョブ型以後」的なメンバーシップ思想である。この両者は厳密には齟齬があるはずだが、両者入り交じって「明日は大企業みたいな雇用システムになろう」という「あすなろ」中小企業が大部分になっているように思われる。

 たとえば、新卒採用が困難なので中途採用で人手を確保せざるを得ず、さまざまな年齢層の社員が社内のごく限られた職務に就いているような中小企業では、ジョブローテーションによる仕事の幅の拡大を根拠とする年功制の合理性は薄いはずだが、もっともらしく大企業モデルの職能資格制度を導入して、かえって中高年の過度な高賃金という不要な自縄自縛をもたらしているのではないか。とはいえ、「あるべき姿」をひっくり返すのは難しい。

 「うちの社員は皆家族みたいなものだ」という原初的メンバーシップ感覚がそれを支えてもいるからだ、しかも、世にはびこる「ジョブ型」論が描き出す描像は、いまの大企業よりも中小企業の実像に近いものとしてではなく、(いまの大企業にもっともっと柔軟化せよといわんばかりの)この世のどこにも存在しないくらい異常に高度な代物として描こうとするものだから、ますます頭が混乱するのだろう。

ジョブ型に惑わずメンバーシップ型を脱ぎ捨てる

 大企業分野に焦点を当てた(まっとうな)ジョブ型論が足をくじくのは入口のところである。いかに「初めにジョブありき、そこにそのジョブを遂行しうるスキルをもった人をはめ込むのだ」と言ったところで、大企業に就職しようと思うような人材のほとんどが、特定のジョブのスキルを身につけるのではなく、何でもできる可能性のあるiPS細胞の養成所とでもいうべきところへ集中している以上、人と違う行動をとればペナルティを科せられる。異なる仕組みが成立するとすれば、入口からなかの仕組みまで全部別扱いする一国二制式しかないであろう。いま大企業がそういう方式を現実に検討しているのは、世界的に争奪戦になっているIT技術者などくらいであろう。

 ところが中小零細企業は、ただでさえ新卒採用が難しいがゆえにこの難題からも相対的に解放されている。かつて就職氷河期に就職できないままフリーターとならざるを得なかった氷河期世代の元若者たちを、この20年あまりの間にじわじわと少しずつ採用して、労働社会のそれなりの主流にはめ込んできたのは、ぴちぴちのiPS細胞ばかりにこだわる大企業ではなく、それができないことに劣等感を持つ中小企業であったことに、逆説的だが誇りをもってもいいのではなかろうか。

 話を一段マクロなレベルにもっていくと、典型的なメンバーシップ型の日本型雇用システムが戦後高度成長期に主として大企業で形成されたのと同様に、典型的なジョブ型の欧米型雇用システムは20世紀中葉にやはりアメリカの大企業で形成されたものだ。やたらに細かいジョブ・ディスクリプションなども、大企業に多種多様な職務がひしめき合い、その間の区分(デマーケーション)を明確にすることが求められたからやむを得ずつくらざるを得なかったのだ。ジョブ型社会といえども、中小零細企業になればそんな硬直的な仕組みをわざわざつくる必要はない。そういう意味では、洋の東西を問わず、中小零細企業は雇用システムなどにあまりこだわる必要はないのかもしれない。

 いま中小企業が考える必要があるとすれば、それはジョブ型伝道師が売り歩くこの世ならぬ「ジョブ型」を導入しようかと思い惑うことなどではなく、自社の寸法に合わない過度なメンバーシップ型の「あるべき姿」を、ちょうどいい具合になるまで脱ぎ捨てることではないかと思われる。それを何と呼ぶかは自由である。

(了)

2025年2月11日 (火)

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用(前)@『I.B企業特報』新春特別号

Ib2025_20250211171401 先日紹介した、『I.B企業特報』新春特別号に掲載した「日本の中小企業とジョブ型雇用」という小文が、刊行元の福岡の経済メディアのデータマックスのサイトにアップされました。とりあえず今日は前編だけのようです。

【特別寄稿】日本の中小企業とジョブ型雇用~ジョブ型に惑わず、メンバーシップ型を脱ぎ捨てられるか~(前)

はじめに

 もう4年前になるが、2021年に『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)という本を出した。20年ごろからメディアでジョブ型という言葉が頻出するようになったが、その意味がきちんと理解されていないと感じたからだ。その結果、ジョブ型=成果主義といった誤解はかなり影を潜めたが、ジョブ型=職務給といったやや狭い理解が広がった。

 とりわけ、岸田政権下で進められる新しい資本主義のなかでは、「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、…ジョブ型の職務給中心の日本にあったシステムに見直す」と、職務給を唱道し、去る24年8月には『ジョブ型人事指針』を取りまとめた。

90年代の失敗 否定型の成果主義

 実は日本近代史において、職務給は繰り返し流行してきた。とくに戦後は、1950年代から60年代にかけて、政府や経営団体は同一労働同一賃金に基づく職務給を唱道していた。ちょうど60年前の63年、当時の池田勇人首相は国会の施政方針演説で「従来の年功序列賃金にとらわれることなく、勤労者の職務、能力に応ずる賃金制度の活用をはかるとともに、技能訓練施設を整備し、労働の流動性を高めることが雇用問題の最大の課題であります」と謳っていた。

 ところが日経連は69年の報告書『能力主義管理』で職務給を放棄し、見えない「能力」の査定に基づく職能給に移行した。だが「能力」は下がらないので、中高年層では人件費と貢献が乖離していく。そこで基本給の上昇を抑制するために90年代に小手先の手段として導入されたのが成果主義だった。

 欧米のジョブ型社会では職務に値札がついているので、そのままでは賃金が上がらない。そこで、「お前は成果を挙げているから」と個別に賃金を上げるために使われるのが成果主義である。成果を挙げた者の賃金を上げるのが欧米の成果主義だ。

 ところが四半世紀前に日本で導入された成果主義は、そのままでは(「能力」に基づく)年功で上がってしまう正社員の賃金を、「お前は成果を挙げていないじゃないか」と難癖をつけて無理やり引き下げるための道具として使われた。こんな制度がうまくいくはずがない。日本型成果主義は失敗に終わったが、問題は残ったままだ。そこで、人件費と貢献の不均衡の是正に再チャレンジしようとしているのが、現在のジョブ型ブームなのであろう。

ジョブ型は実は古臭い

 こうした日本独自の文脈で理解されているジョブ型の真の姿を歴史的に描き出したのが、2020年に出した『働き方改革の世界史』(ちくま新書)だ。出発点は19世紀イギリスのトレード・ユニオン(職業組合)が行う集合取引(コレクティブ・バーゲニング)だった。トレード(職業)こそ、20世紀アメリカでジョブ(職務)が確立するまでの労働世界の基軸であり、欧州では戦後も残存した。その後20世紀半ばに、アメリカ労働運動はジョブ・コントロール・ユニオニズムを確立した。

 ジョブ・コントロール(職務統制)とは、テイラーの科学的管理法とフォードの大量生産システムによって旧来のトレードが解体し、企業の管理単位としてジョブ(職務)が成立するなかで、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により明確に区分されたジョブごとに時間賃率を設定し、セニョリティ(勤続)によりレイオフ(一時解雇)を規制するルールを、ユニオン主導で確立することである。

 ところがジョブ・コントロールはその硬直性が批判され、やがて労働組合も衰退していった。一方、ジョブ型システムはホワイトカラーにも拡大し、こちらはヘイ等のコンサル会社の商品として企業が活用している。

ジョブ型に対する批判 タスク型をすすめる動き

 近年の情報通信技術の進展により、タスクをジョブにまとめて継続的な雇用契約を結ぶ必要性が薄れ、(ミクロまたはマクロな)タスクをその都度委託する契約(自営業化)が広がる可能性がある。たとえば、現在日本で「ジョブ型」を新商品として大々的に売り込んでいるのはマーサー・ジャパンだが、本家の米マーサー社では、硬直的なジョブ型から柔軟なタスク型への移行を唱道している。

 同社幹部の近著『Work without Jobs』では、職務記述書に箇条書きでまとめられた固定的なジョブをジョブホルダー(従業員)が遂行するという古臭いオペレーティングシステム(OS)を脱構築(デコンストラクション)し、ジョブを構成する個々のタスクをインディペンデント・コントラクター(高度な専門性を持ち複数企業と契約して活動する個人事業者)、フリーランサー、ボランティア、ギグワーカー、社内人材など多様な就労形態で遂行する仕組みへ移行すべきだと説いている。

 同書はジョブ型の欠陥を、労働者の能力を職務と結びつけて判断し、職務経験や学位と無関係な能力を把握できず、そのジョブに必要な資格を有しているか否かでしか判断できず、個々のタスクを遂行するに相応しい人材を発見できない点にあるというのだ。

 裏返していえば、ジョブ型雇用社会とはジョブという社会的構築物(フィクション)を実在化し、皆がそれに振り回されている社会ということである。逆に日本は、ジョブというフィクションは希薄だが、その代わり社員身分というフィクションが濃厚である。人間社会はフィクションなしではやっていけないのだろう。

(つづく)

2025年2月10日 (月)

新書大賞2025

03789f898f2c9dd5f764d3d29c2a3f97892adfe2本日発売の『中央公論』3月号に、例年恒例の新書大賞2025が発表されています。今回栄えある対象は三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でした。

https://chuokoron.jp/chuokoron/latestissue/

新書大賞2025

新書通100人が厳選した
年間ベスト20

大賞
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

大賞受賞者に聞く
――これからも「名付ける責任」を担いたい
▼三宅香帆

2位『日ソ戦争』麻田雅文

3位『歴史学はこう考える』松沢裕作

ベスト20レビュー

小熊英二、坂井豊貴、増田寛也、三牧聖子......
目利き45人が選ぶ2024年私のオススメ新書

三宅さんの本だけでなく、今年は勅使川原真衣さんの『働くということ』や近藤絢子さんの『就職氷河期』など、労働関係の良書が多く出ました。

ちなみに、拙著『賃金とは何か』は、日本郵政社長の増田寛也さんが取り上げていますが、その理由が:

 経営者として春闘に臨むに当たって、賃金やベースアップの意味をもう一度理解するには絶好の書といえる

だそうです。ううむ。

 

『労働法律旬報』2月下旬号のお知らせ

658748 今月25日発行予定の『労働法律旬報』2月下旬号は「家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて」という特集を組んでおり、そこに、この裁判の原告側弁護士であった指宿昭一さんらと並んで、わたくしも小文を寄稿しております。

https://www.junposha.com/book/b658748.html

[巻頭]スキマバイトは人間労働に値するか=新谷眞人…………04
[特集]家政婦過労死事件東京高裁判決を受けて
山本サービス(渋谷労基署長)事件東京高裁判決を受けて=指宿昭一…………06
ねじれにねじれた家政婦と家事使用人をめぐる法政策をどうただすか=濱口桂一郎…………12
家事労働者は楽な働き手か?~軽視された「感情労働」と「危険労働」の重さ=竹信三恵子…………18
[労働判例]国・渋谷労基署長(山本サービス)事件・東京高裁判決〈令6.9.19〉…………49
[研究]鎌田耕一氏の間接雇用論の批判的検討=萬井隆令…………26
[労働判例速報]京王プラザホテル札幌事件・札幌高判令6.9.13
「事業の正常な運営を妨げる」の解釈=淺野高宏…………38
[連載]『労旬』を読む179ストライキ物語(24)
―「産業民主主義の護民官、労働省」説(その7)=篠田 徹…………40
[解説]安倍労働規制改革―政策決定過程の記録(118)2019年5月~6月⑫(編集部)…………42
[資料]安倍政権規制改革資料一覧(5月~6月)⑫…………48

 

 

 

リクルートワークス研のインタビュー

Header_21 本日リクルートワークス研究所のHPに、わたくしのインタビュー記事「メンバーシップからジョブ型へ システムの修正は日本社会のあり方も変える」が載っています。聞き手は坂本貴志さん、執筆は有馬知子さんです。

専門家に聞く 労働に関する法制度のこれまでとこれから

タイトルから想像されるのとはちょっと違った内容になっていますので、是非リンク先にいって最後まで読んでみてください。

大手企業に、職務に基づいて従業員を管理する「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がり、政府も2024年8月、ジョブ型人事指針を発表した。勤務地や職務を限定しない「メンバーシップ型」からジョブ型への移行は今後、加速していくのだろうか。労働政策研究・研修機構(JILPT)所長の濱口桂一郎氏に聞いた。

社員の自律性を取り戻す 試行錯誤の中でジョブ型に注目

―日本企業に「ジョブ型」的な人事制度を導入する動きが広がっていることについて、どのようにお考えですか。

欧米では「デフォルト」であり硬直的な働き方ですらあるジョブ型が、日本で「新時代の働き方」として持ち上げられることには不思議さを感じます。また日本のジョブ型の多くは、入社後の扱いを職務給的にする内容で、採用段階から職務を限定する本来のジョブ型とは同列には語れない面もあります。

ただ日本の大企業が、メンバーシップ型で人材を採用し会社主導で動かしてきた結果、自律的に行動できない社員が増えてしまったという問題意識を持つようになったのは確かで、この問題に対処するために「ジョブ型」という言葉が注目されたのだと考えています。

またメンバーシップ型の賃金制度は、生計費がかさむ40~50代とそうでない時期との間で賃金配分にメリハリをつけ、職業人生を終えた時点でバランスがと取れていればいい、という考え方で構築されてきました。しかし次第に、若年層に応分な賃金がを分配されないというデメリットの方が強く意識されるようになり、また企業も、退職年齢が上がり続ける中で、高齢者の賃金水準をどうすべきかという課題に直面するようになりました。ジョブ型の導入には、生活保障を目的とした年功的な賃金制度を変える、という面も大きいと思います。

―ジョブ型の導入によって、シニア層の報酬制度の問題は解決に向かうのでしょうか。

中間管理職の残業は野放し 残業代と労働時間、切り離して議論を

―改正労働基準法で、長時間労働の上限規制が設けられましたが、経済団体などからは適用除外(デロゲーション)の導入を求める声も上がっています。労働時間規制には、どのような課題が残されているでしょうか。

―働き方が柔軟化するのに伴い、深夜労働の割増賃金規定を見直し、労働者が自己裁量で働けるようにすべきではないかという議論もあります。

ジョブ型が突き付ける「階級格差」の是非 社会のあり方にも関わる

―職務限定の採用や、本人同意を前提とした転勤の仕組みが導入され、企業の人事権がある程度制約されるようになりました。司法判断も含め、解雇に対する考え方も変わる可能性はあるでしょうか。

―働き方のあるべき姿について、どのようなイメージを持っていますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

財務総研で講演

Zaimu 去る2月4日、財務省のシンクタンクである財務総研で「賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛」というタイトルで講演しました。

https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm

資料はリンク先にアップされていますが、昨年の『賃金とは何か』を要約解説したものです。

講演では多くの方々から質疑やご意見をいただき、大変勉強になりました。

 

 

 

 

2025年2月 7日 (金)

吉川浩満さんが拙著評@『週刊文春』

2625327_p 今やフジテレビと並んで全日本注目の的の『週刊文春』ですが、2月13日号の「文春図書館」の吉川浩満さん担当の「私の読書日記」に、拙著『賃金とは何か』が取り上げられておりました。

https://clnmn.net/archives/5879

「私は会社勤めもしているので、賃金はもちろん重大関心事である」と始まり、「賃金は単なる労働の対価にとどまらず、その会社/社会の仕組みそのものを映し出す鏡でもある」と述べ、拙著に対しても「いつもながらきわめて明快な記述で非常に助かる」とお褒めいただいております。

 

 

2025年2月 4日 (火)

安齋篤人『ガリツィア全史』

Garizia これはたまたま本屋で見かけてあまりにも面白そうだったので思わず買ってしまった本です。

https://publibjp.com/books/isbn978-4-908468-80-3

さて問題、SMプレイのサドはフランス人ですが、マゾッホは何人でしょうか?

Wikipediaにはオーストリア人とありますが、確かにオーストリア帝国時代のその国の人なんですが、今の国でいうと、ウクライナの西の方、当時ガリツィアと呼ばれていた地域の、当時ドイツ語でレンベルクと呼ばれていた町で生まれました。この町は第一次大戦後ポーランド領ルヴフとなり、第二次大戦後はソビエト連邦のリボフと呼ばれ、今はウクライナのリヴィウと呼ばれています。ロシアとの戦争が始まった後、ミサイルが撃ち込まれていましたね。

という波乱万丈の地域ガリツィアの古代から現代までの歴史を一気通貫で一冊にまとめて見せたこの本は、これもう少し縮約したら、中公新書の「物語なんたらの歴史」の一冊に十分なるよね、という充実ぶりです。面白くて一気に読めてしまいました。

版元のパブリブというのはなんだかよくわからない出版社のようですが、でもこういういい本を世に出すというのは立派です。

目次

目次 2
年表 8

序章  東にとっての西、西にとっての東 11
東にとっての西 16
西にとっての東 20
さいごに 26

地名・人名表記について 26

凡例 27

第一章 中世のガリツィア 29
サモの国と大モラヴィア国 32
ルーシ 33
ハーリチ公国 35
ハーリチ・ヴォリーニ公国とルテニア王国 38
ピアスト朝ポーランド王国 43
ハーリチ・ヴォリーニ継承戦争とハリチナのポーランド併合 45
ポーランド「王冠国家」の成立 47
コラム:ガリツィアの都市① 49

第二章 近世のガリツィア 63
ルシ県の成立 66
コラム:ポーランドの士族と日本の武士 68
ルヴフ/リヴィウにおける宗派と「ナティオ」の形成 70
ルブリン合同とブレスト教会合同 75
近世ルシ県における農場領主制と農民一揆 81
フメリニツィキーの乱と「大洪水」の時代 83
近世のルテニア人の権利闘争 91
コラム:ガリツィアの「ロビン・フッド」
ドウブシュとフツル人 94
近世ガリツィアのユダヤ人 96
近世ガリツィアの文化と芸術 100
コラム:ウクライナ語の起源 ―ガリツィア・ポジッリャ方言、
ルテニア語 104

第三章 近代のガリツィア① 107
ポーランド分割とハプスブルク支配の始まり 110
皇帝マリア・テレジアとヨーゼフ二世の改革 112
レンベルク/ルヴフ/リヴィウの都市改造と
オッソリネウム図書館 119
クラクフ都市共和国 123
ガリツィアの都市② 125
1830年代のポーランド人独立運動(「ガリツィアの陰謀」) 128
1846年のクラクフ蜂起と「ガリツィアの虐殺」 131
フレドロ、「ウクライナ派」、
ポーランド人によるウクライナ文学 133
ウクライナ国民文学の萌芽 135
コラム:ザッハー=マゾッホとガリツィア 138

第四章 近代のガリツィア② 141
1848年革命とナショナリズム運動の高揚 142
19世紀中盤のポーランド人とウクライナ人の政治文化 147
1867年の「小妥協」とポーランド人自治の始まり 149
ルテニア人の政治運動の分裂と
ウクライナ・ナショナリズムの展開 153
近代ガリツィアのユダヤ知識人とシオニズム 155
文化と学問の開花 157
出版文化と文学サロン、カフェ 157
音楽 159
レンベルク市立劇場 161
チャルトリスキ美術館とクラクフ美術大学 162
レンベルク(ルヴフ)・ワルシャワ学派 163
1894年の地方総合博覧会 164
ガリツィア事典の編纂 165
産業化と人の移動 170
シュチェパノフスキと東ガリツィアの石油開発 174
ガリツィアの社会主義運動と民族問題 176
イヴァン・フランコ 179
ロートとヴィットリンのガリツィア 182
ガリツィアのフェミニスト 185
ガリツィアからの移民 187
大衆運動の高まり―政党運動、農民運動、反ユダヤ運動 190
シェプティツィキーと幻の1914年の妥協 195
コラム「ガリツィアの日本人」?
―フェリクス・マンガ・ヤシェンスキ 198

第五章 第一次世界大戦とガリツィア 201
第一次世界大戦の勃発とガリツィア戦線 204開戦直後のガリツィア 206ロシア軍のガリツィア占領政策 210ガリツィアにおける戦災支援活動 210ポーランド軍団とシーチ射撃団 216戦後のガリツィアの帰属をめぐる議論 219ロシア革命とブレスト・リトフスク講和 221
第一次世界大戦の終結と
西ウクライナとポーランドの二重の建国 225

第六章 ガリツィア戦争 233
1918年のリヴィウ/ルヴフ市街戦 236
戦中のプシェミシル/ペレミシュリ自治とレムコ共和国 245
ウクライナ・ガリツィア軍の十二月攻勢と停戦協議 248
1918年11月のルヴフ/リヴィウのポグロム 256
西ウクライナ国民共和国の内政と外交 258
ポーランド・ソヴィエト戦争とルヴフ/リヴィウの戦い 260
リガ条約の締結とウクライナ国家の消滅 265

第七章 戦間期のガリツィア 269
ポーランドの東ガリツィア統治 272
東ガリツィアにおける文化的差異の政治 278
議会政党と議会外政治組織 282
OUNの創設 285
1935年の関係「正常化」と東ガリツィア社会の動揺 288
ガリツィア経済の変容とエスニック・エコノミー 291
戦間期の都市文化と文化交流 295
「シュコツカ・カフェ」とルヴフ数学学派 301
ルヴフ/リヴィウのスペクタクルーレム少年の見た
「東方見本市」と映画、ラジオ 303

第八章 第二次世界大戦とガリツィア 307
独ソ占領支配下のガリツィア 310
NKVDに逮捕、投獄されたウクライナ国民民主同盟(UNDO)の幹部 315
東ガリツィアのナチ・ドイツ占領支配 320
ナチ・ドイツ占領下におけるテロルとホロコースト 324
東ガリツィアにおけるゲットーの設置とユダヤ人殺戮 328
ゲットーの解体とユダヤ人救助 330
ナチ・ドイツ占領支配の終焉とポーランド・ウクライナ紛争 335

第九章 第二次世界大戦後のガリツィア 343
ポーランド・ウクライナ間の住民交換 344
ヴィスワ作戦 347
東ガリツィアからポーランドへの「移住者」 350
西ウクライナの「ソヴィエト化」と「リヴィウ人」の登場 352
コラム:社会主義期のポーランドと
西ウクライナの新都市・団地 356
ウクライナ・ディアスポラ 358
ディアスポラ世界におけるポーランド人とウクライナ人の邂逅 360
冷戦崩壊とウクライナ独立 363
「中欧」論とガリツィアの「地詩学」 367
ガリツィアの歴史をめぐる国際的な対話と研究の発展 372
ガリツィアの歴史認識問題と過去をめぐる想起 375

参考文献 380
あとがき 402
索引 405

 

 

そのお嬢さんは心の眼で読んでるんです、きっと

Fzmhfluacaaelep_20250204194501 こんなつぶやきが流れてきました

まだ字も読めない娘がソファで濱口先生の「ジョブ型雇用社会とは何か」を読んでいるフリをしている😂

かわいすぎます😂

しかも本が上と下逆で読んでるフリしてます😂

想像しただけでかわいすぎてにやにやひちゃいます😂😂😂

そのお嬢さんは、心の眼で読んでるんです、きっと。

大人にはわからない分かり方で、ちゃんとわかってるんです。

 

 

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