フォト
2025年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  
無料ブログはココログ

« 「養老保険と退職年金のはざま」(『エルダー』2016年10月号)再掲 | トップページ | NHK連続テレビ小説「風、薫る」の学習指定文献(笑)として「派出看護婦とは何だったのか?」再掲 »

2025年1月23日 (木)

非雇用労働者への労働安全衛生政策@『労基旬報』2025年1月25日号

『労基旬報』2025年1月25日号に「非雇用労働者への労働安全衛生政策」を寄稿しました。

 労働安全衛生政策においては、建設業から始まって製造業においても、重層請負構造の中で直接雇用していない下請等の間接雇用労働者についても元請・元方事業者が安全衛生責任を負う体制が作られてきましたが、一人親方のような非雇用労働者についてはその対象には含まれていませんでした。安全衛生と表裏一体である労災補償においては、一人親方等の特別加入という仕組みが設けられていましたが、これは本人が保険料を負担するということからみても、災害予防責任はあくまでも本人にあることを前提にするものでした。ところが、これが近年の法令改正によって大きく転換しつつあるのです。
 大転換の原因は、2021年5月に下された建設アスベスト訴訟の最高裁判決で、一人親方に対する国の責任が認定されたことにあります。建設アスベスト訴訟では、過去に建設業に携わった労働者や一人親方の石綿への曝露を防止する措置が十分だったのかという点が争われましたが、一人親方の安全衛生対策について国が権限を行使しなかったことについて下級審では判断が分かれていました。これについて最高裁は、国の権限不行使は違法であると明確な判断を下したのです。
 この判決を受けて、厚生労働省は2021年10月から労働政策審議会安全衛生分科会(公労使各7名、分科会長:城内博)で、有害物等による健康障害の防止措置を事業者に義務付ける安衛法第 22 条に基づく省令改正の議論を開始し、2022年1月に省令案要綱が妥当と答申され、同年4月に労働安全衛生規則を始め、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、四アルキル鉛中毒予防規則、特定化学物質障害予防規則、高気圧作業安全衛生規則、電離放射線障害防止規則、酸素欠乏症等防止規則、粉じん障害防止規則、石綿障害予防規則、東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則が改正されました。これは、雇用労働者でなくても、請負人への発注者が労働安全衛生責任を負うことを規定した初めての立法です。
 安全衛生分科会では、労働安全衛生法第 22 条以外の規定について労働者以外の者に対する保護措置をどうするべきか、注文者による保護措置のあり方、個人事業者自身による事業者としての保護措置のあり方などについて、別途検討の場を設けて検討すべきとされました。そこで、厚生労働省は2022年5月、個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会(学識者16名、座長:土橋律)を開催し、個人事業者等に関する業務上の災害の実態把握、実態を踏まえ災害防止のために有効と考えられる安全衛生対策のあり方について検討することとし、翌2023年10月に報告書が取りまとめられました。
 そこでは、まず個人事業者等の業務上災害の把握の仕方について、脳心疾患・精神障害以外の伝統的業務上災害については、被災者である個人事業者等に加え、特定注文者(直近上位の者)や災害発生場所管理事業者にも、休業4日以上の死傷災害の報告義務を課し、脳心疾患・精神障害については個人事業者自身が報告する(職種別団体の代行も可)としています。また第22条以外の危険有害作業に係る様々な措置についても、個人事業者等をその対象に含めることとしている一方で、過重労働、メンタルヘルス、健康確保等については、個人事業者自身には「促す」、注文者等には「配慮を求める」等の間接的な措置となっています。
 これは、危険有害業務による災害リスクは労働者も個人事業者も現場で働く者として変りがないのに対し、契約上諾否の自由があり、時間的空間的拘束がないはずの個人事業者の心身の健康は自己責任ではないかという問題があるからでしょう。ただ一方で、2023年4月に成立した特定受託事業者取引適正化法(いわゆるフリーランス新法)では発注事業者にハラスメントに対する措置義務が設けられており、自己責任とはいいきれない面もあります。
 この検討会報告書を受けて、同年11月以降、労働政策審議会安全衛生分科会(公労使各7名、分科会長:髙田礼子)で審議が始まり、同年12月には「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」の基本的な考え方等(案)が事務局から提示され、翌2024年3月に了承され、同年5月に同ガイドラインが策定されました。
 このガイドラインは、まず個人事業者等が、健康管理に関する意識の向上、危険有害業務による健康障害リスクの理解、定期的な健康診断の受診による健康管理、長時間の就業による健康障害の防止、メンタルヘルス不調の予防、腰痛の防止、情報機器作業における労働衛生管理、適切な作業環境の確保、注文者等が実施する健康障害防止措置への協力といった事項を実施することを述べた上で、注文者等に対しても、長時間の就業による健康障害の防止(注文条件等の配慮、注文条件等により長時間就業となり疲労が蓄積した個人事業者から求めがあった場合における医師の面談機会の提供)、メンタルヘルス不調の予防、安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供等、健康診断の受診に要する費用の配慮、作業場所を特定する場合における適切な作業環境の確保といった事項の実施を求めています。なお、個人事業者等がこれら事項の実施を要請したことを理由として、個人事業者に対する不利益な取り扱いをしてはならないとしています。
 さらに2024年2月には、個人事業者等に対する安全衛生対策関係の省令案の概要が示され、同年4月に安全衛生規則等が改正され、危険箇所等への立入禁止、特定場所における喫煙等の火気使用禁止、事故発生時等の退避等の規定における「労働者」が「作業に従事する者」に書き換えられました。
 安全衛生分科会では引き続き、残された課題である危険有害作業に係る個人事業者等の災害を防止するための個人事業者自身、注文者等による対策についての審議が進められてきています。そのためまず総論として、労働安全衛生法上の「個人事業者等」の範囲と、安衛法で「個人事業者等」を保護し、又は規制するに当たっての考え方についての議論から入り、次に各論として、個人事業者等自身でコントロール可能な災害リスクへの対策、個人事業者等自身でコントロール不可能な災害リスクへの対策、その他これらの実効性を高めるための取組等について審議を重ねてきました。そして2024年11月には事務局から「今後の労働安全衛生対策について(報告)(案)」が提示される段階にまで来ました。以下ではそのうち、「個人事業者等に対する安全衛生対策の推進」という項に書かれていることを見ていきましょう。
 まず、安衛法における保護対象や義務の主体となる個人事業者として、「事業を行う者で、労働者を使用しないもの」を同法に位置付けるべきとしています。また、中小企業の事業主や役員についても、個人事業者や労働者と類似の作業を行う実態にあることを踏まえ、個人事業者と同様に、安衛法における保護対象や義務の主体として位置付けるべきとしています。なお、混在作業による労働災害防止を図る際には、混在作業に従事する作業者の属性にかかわらず措置の対象とする必要があるので、以上の者に限らず、当該作業に従事する全ての作業者を保護対象や義務の主体として位置付けるべきとしています。
 次に個人事業者等自身による措置ですが、安衛法第4条の労働者の責務を参考にして、個人事業者についても自身の災害や労働災害を防止するために必要な責務を規定すべきとしています。また上記省令改正で危険箇所への立入禁止等の事業主の措置義務の対象に個人事業者等も含まれることとなったことに対応し、個人事業主にも必要な事項を遵守することを罰則付きで義務付けるべきとしています。機械等の安全確保についても、事業者に課されている構造規格や安全装置を具備しない機械等の使用禁止規定を、個人事業者等にも使用禁止や定期自主検査の実施を義務付けるべきとしています。また安全衛生教育についても、個人事業者等にも危険有害業務につく前に特別教育の修了を義務付けるべきとしています。
 注文者等による措置としては、安衛法第3条第3項の注文者の配慮責務が建設工事以外の注文者にも広く適用されることを明確化するとともに、混在作業による労災防止(第30条、第30条の2)について業種の限定をなくし、元方事業者による連絡調整等の対象に個人事業者を加えること、建設物や化学物質製造設備に由来する労災防止(第31条、第31条の2)や建設機械等を用いる仕事における労災防止(第31条の3)、違法な指示の禁止(第31条の4)についても個人事業者等に拡大することとしています。また、機械等貸与者の措置義務(第33条)や建築物貸与者の措置義務(第34条)を個人事業者に貸与する場合に拡大するとともに、対象をフォークリフトや倉庫等に拡大すべきとしています。
 さらに個人事業者による労働基準監督署等への申告制度を整備し、不利益取扱を禁止するとともに、個人事業者等の業務上災害の報告制度を創設すべきとしています。具体的には、個人事業者が業務に伴って休業4日以上の災害に被災した場合、個人事業者等から見て直近上位の注文者等(ない場合は災害発生場所を管理する事業者)が労働基準監督署に業務上災害について遅滞なく報告することを義務付け、個人事業者等が災害発生の事実を伝達・報告することが可能な場合には注文者等に遅滞なく報告することを義務付けた上でそれを踏まえて必要事項を補足して注文者等が監督署に報告するという仕組みです。また休業4日未満の災害でも監督署に情報提供できる仕組みとすべきとしています。なお脳心疾患や精神障害事案の場合はこれと別に個人事業者自身等が監督署に報告できる仕組みとすべきとしています。
 2024年内にはまとまらなかったようですが、年明けにもストレスチェック制度の対象拡大などと併せて建議がなされ、それを受けて安衛法の改正案が国会に提出されることが予想されます。労働安全衛生対策が広くフリーランスに拡大する大改正になりますので、その行方を注視していく必要があるでしょう。

原稿を書いて送ったのがまだ昨年末だったため、そのときまでの情報に基づき、11月時点の報告(案)で書いていますが、その後今年の1月17日に建議がされていますので、その点だけちょびっと時代遅れになっています。

« 「養老保険と退職年金のはざま」(『エルダー』2016年10月号)再掲 | トップページ | NHK連続テレビ小説「風、薫る」の学習指定文献(笑)として「派出看護婦とは何だったのか?」再掲 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「養老保険と退職年金のはざま」(『エルダー』2016年10月号)再掲 | トップページ | NHK連続テレビ小説「風、薫る」の学習指定文献(笑)として「派出看護婦とは何だったのか?」再掲 »