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2025年1月27日 (月)

労使折半の謎(再掲)

最近、社会保険の労使折半が妙に騒ぎになっているようですが、そもそも社会保険の労使折半というのはどういう経緯で設けられたのかをちゃんと分かって議論している人は絶無のように見えるので、もう9年近く前のエッセイですが、WEB労政時報に2016年9月5日付で寄稿したものを再掲しておきます。

 社会保険は労使折半になっていますが、よく考えると、何故そうなっているのかよくわからないところがあります。今回はあまりにも当たり前になっているこの労使折半の謎について考えてみます。
 まず、社会保険と言っても全部労使折半というわけではありません。労使折半になっているのは健康保険や厚生年金のような被用者保険であって、自営業者を対象に設けられた国民健康保険や国民年金のような非被用者保険は労使折半ではありません。非被用者保険は折半しようにも「使」がいないのだから(あるいは本人が「使」なのだから)、本人だけが拠出するしかない・・・という建前ですが、実際には非正規労働者の多くが健康保険や厚生年金から排除され、被用者なのに被用者保険に入れて貰えず、つまり使用者拠出をして貰えず、本人拠出だけにされてしまっていることは周知の通りです。今では国民健康保険被保険者の4割近くが雇われて働いている人であり、自営業者は2割未満という状況なので、本来の趣旨とはまるで逆転してしまっているわけです。
 だから健康保険や厚生年金の適用拡大を図るべき云々という話になると、これはまさに政策論になるわけですが、ここではそちらの方面ではなく、その非正規労働者たちが被用者であるにもかかわらず剥奪されている使用者拠出って一体何なの?ということについて突っ込んでみます。使用者拠出がない非正規労働者に着目するよりも、それがある正社員の方に着目して見るわけです。
 その前に準備として労働保険にも目を配っておきましょう。雇用保険も労使折半(正確には雇用保険事業分だけ使用者拠出が多い)ですが、これは、失業という保険事故が労使いずれの責任でもあるという考え方からです。つまり、失業には倒産、解雇その他使用者の責任によるものもあれば、自己都合退職のように本人の意思で退職した結果のものもありますが、そのいずれに対しても失業給付が支払われるので、労使折半になっているわけです。これに対して、アメリカの失業保険は自己都合退職の場合には払われず、使用者都合の失業の場合だけなので、保険料を拠出する責任は使用者のみに課せられています。一種の解雇保険みたいなものです。
 そのアメリカの失業保険と同様、使用者拠出のみなのが労災保険ですが、これは理由ははっきりしています。そもそも労働基準法で労働災害には使用者の補償責任があり、それを担保するために労災保険があるのですから、全額使用者が負担すべきなのは当たり前です。
 この一番わかりやすい労災保険と健康保険が、戦前は一緒だったというとびっくりする人がいるかも知れません。1922年に成立し、1926年に施行された健康保険法は、現在は労災保険法が担当している業務上の傷病も対象にしていました。ところが、実はその前に1911年に工場法が成立し、1916年に施行されていたのですが、そこにはちゃんと使用者による職工の労災への扶助責任が規定されていました。おかしいじゃないか、と当時の労働組合は抗議したそうです。
 これに対して当時の政府はこういう説明をしていました。「業務上の疾病負傷に付ては事業主に全部の負担を負はしめ業務外の疾病負傷に付ては労働者に3 分の2、事業主に3 分の1 を負担せしめ而して業務上の疾病負傷と業務外の疾病負傷との比は1 と4 との割合なるを以て此の両者を平均するときは事業主労働者各2 分の1 宛負担すべきこことなるなり」(内務省社会局保険部『健康保険法施行経過記録』1935年)。ややこしいですが、つまり工場法等により使用者に全責任がある労災部分については全額使用者負担なんだ、それは全体の4分の1だ、残りの4分の3は私傷病だが、その負担割合は(なぜか)労働者2に対して使用者1の割合なのだ、だから式にすると、
使用者側:1/4+3/4×1/3=1/2
労働者側:3/4×2/3=1/2
はい、めでたく労使折半になりました。
 ちょっと待ってください。ということは、業務外の私傷病については、本来労使折半ではなくて、2対1の負担割合だったと言うことですか?ということは、戦後労働基準法とともに労災保険法が制定され、それまで健康保険に間借りしていた業務上傷病を担当する労災部分の保険がめでたく独立した暁には、残された業務外のみを担当する健康保険は当然2対1の負担割合になったんでしょうね。いやいやそうじゃないんですね。業務外だけの健康保険になってもやはり労使折半のままでした。なんだかよくわかりませんね。
 そもそも、上の説明の業務外傷病は2対1の負担割合というのも実は根拠が不明です。なぜ業務外なのに使用者が拠出しなければならないのでしょうか。健康保険法施行当時の解説書(熊谷憲一『健康保険法詳解』厳松堂書店、1926年、森荘三郎『健康保険法解説』有斐閣、1924年)を見ると、いくつかの理由が並んでいますがその冒頭に「業務上の事由によらない傷病についても、労働状況、工場設備その他の事由により健康を損し疾病に罹りやすい素質を作る原因となること」とあります。
 ちょっと待ってください。「労働状況、工場設備その他の事由により健康を損し疾病に罹りやすい素質を作る」って、それって当時はそういう概念はなかったかも知れませんが、いわゆる作業関連疾患のことですよね。そして、確かに当時の工場法や戦後の労働基準法が出来た頃は、そういうのは私傷病とみなされて労災の対象には含まれていませんでしたが、いろんな経緯の結果、過労死とか過労自殺だとか言われるようなものも労災認定されるようになってきたわけじゃないですか。もしこれらが(当時は3分の1と説明された)使用者拠出の理由だとしたら、今では使えない理屈というしかありません。
 それ以外の理由としては、「被保険者の健康保持、速やかな傷病の回復のため労働能率を増進し産業上好影響を来たすこと」とか、「被保険者は安んじて労働に従事し、その結果労使間の円滑な協調を保ち得ること」とか、さらには「従来においても事業主は共済組合を組織して2 分の1 程度の補助を行い労働者の救済を行っていたこと」が挙げられています。しかし、これらはいずれも使用者が任意で拠出する分には大いに結構なことですが、法律で拠出を強制する理屈としてはいささか物足りないという感じです。
 そういうよくわからない根拠で正社員の健康保険は労使折半で使用者拠出が行われ、なぜかそこから排除された非正規労働者は使用者拠出がないまま本人拠出だけで賄わなければならないというのは、よく考えるとおかしな状況です。 

ちなみに、制度上は労使折半と言ってるけれども、使用者負担部分も実は労働者が負担しているんであり、実質的には賃金なんだという、近頃都に流行る議論は、ある種の経済学者がよくやりたがる種類の議論であり、ある種の評論家類がそれを鬼の首を取ったように持て囃したがる類いの議論ではあるんですが、そういう議論が流行るのを一番苦虫を噛み潰したように聞いているのは、「使用者負担部分は我々使用者側が負担しているんだ、だからその使い道については我々の言うことをちゃんと聞け」といつも言っている使用者側の団体幹部でしょうね。だって、もし使用者負担部分といえども実際は全て労働者が負担しているんだということになってしまえば、全てを負担している労働者側のみがその使い道に意見を言うことができ、何にも負担していない(と評論家諸氏が公言する)使用者側があれこれ指図する根拠はなくなってしまうのですから。経団連は内心「この莫迦どもが、余計なことばっかり言うんじゃない」と思っているはずです。

 

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コメント

個別企業が民間の保険会社と任意に契約して労働者に適用するもの(例えば、企業年金)だったら
経済学者の言う通り(任意の福利厚生)ですが、実際は税金(任意でなく、強制徴収)ですからね

税金が存在することを無視したいのか、それとも、税金を無くしたいのか、どっちなんでしょうね

 元々社会保険制度は労働組合が組合員のために行っていた健康保険、退職年金保険、あるいは企業が従業員の福祉のために運営していた健康保険、退職年金保険を社会化したものですね。
 だから労働者と企業が費用を折半しているという事だと思います。

 ただ、日本は「欧米に追いつき追い越せ」の旗印のもとに理念について十分に理解しないまま、まず形から入れば良いとばかり社会保険制度の導入を急いでしまったというのはあると思います。
 だから、社会保険の費用は労使折半であるべきという理念も根付かないまま今日に至ったのでしょうか。

> 「従来においても事業主は共済組合を組織して2 分の1 程度の補助を行い労働者の救済を行っていたこと」が挙げられています。しかし、これらはいずれも使用者が任意で拠出する分には大いに結構なことです

是非はともかく、このような(事業主の任意による)共済組合は、保険契約を雇用契約と抱き合わせしている感じですね。賄い飯の給付と別にそんなに変わりないことですが。

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