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2025年1月30日 (木)

楊海英『墓標なき草原』@『労働新聞』書評

81sk8qgzhkl_ac_uf10001000_ql80_ 5938613  『労働新聞』の月イチ書評コラム、今回は楊海英『墓標なき草原』(上・下)(岩波現代文庫)です。

【書方箋 この本、効キマス】第97回 『墓標なき草原(上・下)』 楊 海英 著/濱口 桂一郎

 日本の相撲界にはモンゴル人がたくさんいるが、そのなかには中国国籍の内モンゴル人もいる。蒼国来(現・荒汐親方)や大青山がそうだ。彼ら内モンゴル人が、中国の文化大革命時に死者5万とも10万とも言われる大虐殺(ジェノサイド)を被ったことをご存じだろうか。口を開けば人権を叫ぶ戦後進歩主義者たちがだんまりを決め込んできた、戦後世界で最大規模の大虐殺の詳細な姿が本書で描き出される。

 著者楊海英の両親をはじめとする親族の体験談から始まり、そのさまざまな縁者の経験が彼らへのインタビューを中心に展開されていく。これでもかこれでもかと繰り返される虐待、虐殺の描写はあまりにも凄惨なので、時々それ以上読み進められなくなる。たとえば下巻の第7章に登場する奇琳花は、モンゴル貴族の家系に生まれ、延安民族学院で学んだ筋金入りの中国共産党員であった雲北峰と結婚し、内モンゴル自治区政府直属機関の幹部となっていたのだが、自治区主席のウラーンフーの一味として激しい暴力にさらされた。

 「駅で降りた瞬間、無数の漢人農民たちが洪水のように襲ってきました。私は下半身が完全に破壊されて、血だらけになって歩けなくなりました。漢人農民たちは磨いたことのない黄色の歯を見せて笑っていました」。「拷問が毎日のように続いたため、一九六六年になると奇琳花の子宮が脱落してしまった」。「モンゴル人というだけで、女性たちは言葉ではいいつくせない虐待を日常的に漢人たちから受けていました。世界でほかにこんな残忍非道な例がありますか」。

 だが奇琳花はかろうじて生き残った。ほとんど全滅に近い虐殺が行われたのは下巻第10章以下で描かれるトゥク人民公社だ。何しろ生き残ったのは当時7歳の幼児だけなのだ。本書の章題にも「モンゴル人がいくら死んでも、埋める場所はある」とか「中国ではモンゴル人の命ほど軽いものはない」とか「モンゴル人が死ねば食糧の節約になる」といった漢人たちの捨て台詞が用いられている。

 なぜこんな虐殺が行われたのか。当時の中国はソ連と激しく対立し、その侵攻を恐れていた。同族の国モンゴルはソ連の先兵として攻めてくるかもしれない。そのとき、独立を希求しながら中国に無理やり併合された内モンゴル人たちは中国を裏切って敵と結託するかもしれない。だから、先手を打って内モンゴル人、とりわけその指導者となり得るエリート層を叩き潰しておかねばならない。物理的に。かくして、偉大な領袖毛沢東の命令によって、20世紀後半最大の虐殺劇が繰り広げられたというわけだ。今日新疆ウイグルやチベットで行われていることの源流は、半世紀前に内モンゴルで予行演習済みだったわけである。

 いまや、内モンゴル自治区人口2500万人のうち、モンゴル族は500万人と圧倒的少数派だ。本書から離れるが、最近の習近平政権下では、モンゴル語の授業を削減し、漢語教育を義務化する教育改革が行われ、抗議活動は徹底的に弾圧されたという。

 

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コメント

  こちらも人権状況が話題になることが多くなっている、新疆ウイグル自治区の歴史と現状に関しては、熊倉潤(法大)著「新疆ウイグル自治区」(中公新書 2700)が簡便で読みやすいです。内モンゴルと比較してみるとよいと思います。

 それにしても、かつてはウラーンフー(モンゴル族)やセイプディン(ウイグル族)のような、中央の指導者も一目置かざるを得ないような少数民族指導者がいたわけですが、今日ではこれらの自治区は漢人共産党第一書記の支配する植民地同然の状況になってしまいました。ウラーンフーやセイプディンがトップになっていた期間が長かった、党の少数民族政策を担当する、国家民族事務委員会もここ2代のトップは漢人であり、こちらの人事からも、少数民族を上から強圧的に支配する体制が強化されている、ということが明白になっています。
 ちなみに。2022年からの、現国家民族事務委員会主任が、hamachan先生のブログで2020年8月18日(火)、2022年9月8日(木)と2回にわたって取り上げていただいた、中国共産党のイデオローグ、潘岳になります。

 ウイグル問題であれば既知かもしれませんがジェフリー・ケイン著「AI監獄ウイグル」もお勧めします。中国政府のウイグル民族弾圧に米中テック企業が協力している状況が書かれています。
 ウイグル民族弾圧は本当に酷く、私も以前アムネスティ・インターナショナルが行った集会で体験者の証言を聞いたことがありますが、聞いていて気分がとても悪くなりました。

 と同時にこの証言に同席されていたウイグル問題の専門家の水谷尚子さんによる「ウイグル人を弾圧しているからと言って中国人を憎まないで欲しい。中国人にもウイグル人に同情している人は沢山いる。」との発言にも共感します。

 本来であればウイグル民族問題あるいは内蒙古、そして中国の人権問題は左派が積極的に取り組むべきものですが、まだ日本の左派の動きは鈍いのかな、と言う気がします。

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