水野紀子「労働組合について民法学者が思うこと-歴史的視座の中で」@『月刊労委労協』10月号
『月刊労委労協』10月号に宮城県労委会長の水野紀子さんの講演録「労働組合について民法学者が思うこと-歴史的視座の中で」が載っています。そもそも「圧縮された近代化」の中で日本社会が抱え込むこととなったさまざまな課題を次々に論じていくのですが、その終わり近くになって、「Ⅲ 労働組合の性格~駆け込み訴え型ユニオンをめぐって」に入っていくと、わたくしのかつて書いた評釈が飛び出してきます。
それは、『中央労働時報』2021年6月号に載せた「労働組合の資格審査-グランティア事件」です。
http://hamachan.on.coocan.jp/roui2106.html
拙評釈の最後には、首都圏青年ユニオン連合会が登場する別の事件(佐田事件)に言及しているのですが、水野さんはこの佐田事件を担当した公益委員だったそうで、「労働者の駆け込み型ユニオンであるXを運営している社労士が、使用者側の顧問として既存の労働組合潰しに加担・主導したと評価せざるを得ない事件であった。ビジネスモデルとしては、労働者側から対価を得るよりも、使用者側からいわば「みかじめ料」を得た方が有効であるという当該社労士の判断があったのかもしれない」と回想しています。
しかしもちろん、問題の本質はこの社労士が運営するやや紛らわしい名前のユニオンがどうこうというよりも、水野さんがズバリ指摘するこの点にあります。
・・・駆け込み訴え型ユニオンは、労働者の「代表」というより、当該労働者の「代理」を業として行っているものともいえるだろう。端的に言えば、労働法に守られながら、非弁活動をしていることになる。企業別組合が大多数であった日本社会では、非常勤労働者たちがこの種の合同労組(コミュニティ・ユニオン)を必要としてきた歴史的経緯があり、現在もまだその必要性は否定できない。しかしこのような合同労組の一部には、労働組合が労働者の代理業になって、それを商売にする展開が生じている。濱口評論が取り上げた事件では、都労委は資格を否定する判断をしたが、従来の形骸化した資格審査によって、労働組合性を認定された労働組合が、退職代行業などを大々的にインターネットで広告して「顧客」を募る例が見られる。
私も本ブログでその点を指摘してきましたが、水野さんはその話を、この講演の初めの方で展開したマクロ歴史的な話とつなげてこう論じます。
・・・同様に、合同労組(コミュニティ・ユニオン)が抱える問題も、イエ制度の文化的伝統が根底に流れる企業別労組が大多数を占める日本社会で、労働組合の設立・加入にほとんど制限が設けられていない労働法制を作り上げてきた日本法の経緯がもたらした問題である。ともかく問題の所在を共通認識として共有し、機械的に前例に従うことなく、絶えず改善策を考え続けるしかないのだろう。
その語るところの大部分に共感するばかりですが、下手をすると多くの合同労組を敵に回しかねないためか、あまりここまで踏み込んで論じようとする方々は少ないように見えます。
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コメント
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> 当該労働者の「代理」を業として行っているもの
大リーグとかで良く出て来るエージェントですね。
もちろん、労働法を主要な武器とする労働弁護士もエージェントであることに変わりありません。
「労働組合法に守られながら」という方が語弊は少ないでしょう。
一方、資本にとって経営者は代理ですが、代表と代理の非対称性は何か問題はないのでしょうか?
投稿: かい | 2024年11月 2日 (土) 08時21分
どの記事にコメントすべきか迷いましたが、労働組合が出てきましたのでここにコメントします。
今年ノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン両教授の著書「技術革新と不平等の1000年史」を現在読んでいます。
まだ完読していませんが、著者によると技術革新による生産性の向上による利益が自動的に社会全体に分配されると言う事はなく、中世では(水車の利用などの)技術革新が生み出す生産性向上による利益は支配層に独占され、農民が利益にあずかる事は難しかった。
近代になって労働組合運動などの対抗運動が盛んになる事によって技術革新が労働の限界生産性の向上のために用いられるようになり、新たな技術の登場が新しい仕事を生み出したり、賃金の上昇につながるなどして、技術革新による生産性向上の利益が労働者を含む社会の中間層にもいきわたるようになった、と言うのがおおよその趣旨です。
現代のアメリカでは労働運動などの対抗運動が弱体化したため、デジタル化、AIによる生産性上昇による利益が経営陣や株主に独占され、デジタル化によるオートメーション化の推進に伴い労働者の人員削減に繋がっていると著者は見ています。
経済学者で労働運動をここまで好意的に見ている人はあまり見た事がありません。
スティグリッツ、クルーグマン教授が似た主張をしていたかと思いますが、彼らはどちらかと言えば半ば引退した研究者。
アセモグル教授は今最も論文引用数が多いと言われる経済学者です。
そのアセモグル教授がこのような議論をするとはデジタル化、AI推進による格差の広がりは相当危機的であり、同時に現状に即した形での労働運動の再生が求められていると言えるのではないでしょうか。
投稿: balthazar | 2024年11月 2日 (土) 12時26分
弁護士資格のない代理人と非弁の関係はあまり、はっきりしないのかもしれません。
ただ、「組合の団体交渉と言いつつ、組合の団体交渉に当たらないのでは?」という
疑問についてはもっともでないでしょうか。団体が法人ならば、法人としての交渉は
団体としての交渉ですが。
> 公正取引委員会は19日、日本野球機構(NPB)内の日本プロフェッショナル野球組織(プロ野球組織)に対し、警告を行った。選手契約交渉の選手代理人を弁護士に限り、1人の代理人が複数選手の代理人にはなれないとするルールが、独占禁止法違反(事業者団体による活動の制限)のおそれがあるため。
> 弁護士に限るなどの条件がついたため、日本プロ野球選手会は規制撤廃を求めてきた。
> プロ野球組織の井原敦コミッショナー事務局長は「(代理人交渉が弁護士法が禁じる)非弁行為に抵触しないか、判断は各球団で行っていく」と話した。
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202409190000657.html
> プロ野球の一軍選手は,労基法上の労働者ではなく, その適用を受けることはありません。
> プロ野球選手が労組法上の労働者として正当な権利を持ち, その組合を通じて, 球団と対当に団体交渉しうるとの基本ルールが確認されています。
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2005/04/pdf/020-022.pdf
投稿: RTK! | 2024年11月 6日 (水) 15時51分
団体の成員のことは団体自身のこと、という観念(妄念?)は、「個人的なことは政治的なこと」のようなスローガンで学生運動やフェミニズムにも見られるので、割と良くあるものなのかもしれないですね
投稿: 逆玉 | 2024年11月10日 (日) 11時28分
野球の監督さんは弁護士資格を有するみたいですね。
> 慶大・清原正吾内野手(4年=慶応)が野球をやめる決断をしたことが24日、分かった。
> 独立リーグなど9球団が慶大側にオファーをかけていたものの、この日朝、慶大の堀井哲也監督(62)が各球団に断りの連絡を入れた。
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202411240000266.html
投稿: はら | 2024年11月24日 (日) 14時38分