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2024年11月

2024年11月29日 (金)

過労死と過労自殺の推移  過労死216件で横ばい/過労自殺883件で急増中@『労務事情』2024年12月1日号

B20241201_20241129151301  『労務事情』2024年12月1日号の「数字から読む 日本の雇用」に「過労死と過労自殺の推移  過労死216件で横ばい/過労自殺883件で急増中」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20241201.html

 去る10月11日、厚生労働省は例年通り『令和6年版 過労死等防止対策白書』を公表しました。興味深いデータがいっぱい載っていますが、ここでは最も基本的なデータである過労死と過労自殺の労災認定件数の推移を見てみましょう。・・・・

 

2024年11月28日 (木)

『労働新聞』【見直すべきは何なのか…労働基準関係法への提言!】リレー連載に登場

Logo_20241128095801  『労働新聞』といえば、月1回の書評欄【書方箋 この本、効キマス】でのみ登場しているわたくしですが、今回それ以外の欄にも顔を出しました。先月から連載されている【見直すべきは何なのか…労働基準関係法への提言!】というコーナーです。

【見直すべきは何なのか…労働基準関係法への提言!】リレー連載 第7回 労働者性 ガイドライン策定を 監督復命書など参照して/濱口 桂一郎

 厚生労働省は2024年1月から労働基準関係法制研究会(学識者10人、座長=荒木尚志教授)を開催し、今日まで主として、労働者概念、事業概念、労働時間法制および労使コミュニケーションといった論点について議論を深めてきており、11月には事務局から「議論のためのたたき台」が提示されている。充てられている時間数から見ると、3回のうち2回は労働時間法制について議論されているので、それが中心的論点なのであろうが、そこでの論点は既に論じ尽くされている感もある。これに対し、今回は労働者性や労働者代表制をめぐる議論が、単なる理論的検討に留まらず具体的な立法につながっていく可能性もあり、筆者もそこに注目したい。

 まず古くて新しい「労働者性」の問題である。・・・・

このコーナー、今まで大内伸哉、諏訪康雄、鎌田耕一という大御所が2回ずつ登場していますが、わたくしからはひとり1回ずつになったようです。

 

 

 

 

 

2024年11月27日 (水)

日雇労働者のセーフティネット@WEB労政時報

WEB労政時報に「日雇労働者のセーフティネット」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers

 最近、スポットワークとかスキマバイトと呼ばれる超短期の職業紹介事業が活発になっています。業界団体であるスポットワーク協会が2024年3月に公表した「スポットワーク雇用仲介事業ガイドライン」では、スポットワーク雇用仲介事業を「短時間・単発の就労を内容とする雇用契約の仲介事業」と定義しています。言い換えれば、業務委託契約、請負契約、委任契約は除外され、また労働者派遣事業や労働者供給事業は除外されます。そして「日雇の雇用仲介事業は定義に含まれるが、基本的には、その中でもデジタル技術を用いて「短時間・単発の就労」として時間単位又は1日単位の雇用契約を仲介する事業を念頭に置いている」と述べ、従来の日雇労働者の紹介とは異なることを強調しています。また同協会によると、24年5月末時点でのスポットワーク登録者数は約2200万人で、23年3月末時点(約990万人)に比べて2.2倍となったそうです(JBPress 2024年6月20日記事)。
 こうした働き方は極めて新しいように見えますが、デジタル技術を使わず、リアル世界で日々雇用契約を結んで就労する日雇労働は、近世に遡る古い歴史があります。今日の労働法政策ではほとんど顧みられることもありませんが、ある時期までは日雇労働対策というのは労働政策の中でそれなりの存在感をもっていたのです。今回は、今ではいささか好事家向きのトピックとすら見なされがちな日雇労働対策の歴史を、とりわけ労働市場のセーフティネットをどう張るかという問題意識に即して振り返って見たいと思います。・・・

出張に行くときは行きは寝て、帰りは、仕事が終わったんだから早くビールを飲んで、電車の中でゆっくり休んで来るように

『ビジネス・レーバー・トレンド』12月号は、9月に開催された労働政策フォーラムの講演録とパネルディスカッションが載っていますが、

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2024/12/index.html 

労働政策フォーラム
ICTの発展と労働時間政策の課題 ─『つながらない権利』を手がかりに─
9月に開催した労働政策フォーラムでは、ICT(情報通信技術)の発展によりテレワークなど柔軟な働き方が普及するなかで、労働者の健康確保の取り組みと今後の労働時間政策がいかにあるべきか、研究者、法曹実務家が議論した。(各報告およびパネルディスカッションの概要は調査部で再構成したものを掲載している。)

【趣旨説明】『つながらない権利』とは何か?──類型整理と本フォーラムの目的 山本陽大 労働政策研究・研修機構 主任研究員

【研究報告①】働く人々の疲労回復におけるオフの量と質の確保の重要性 ──勤務間インターバルと『つながらない権利』 久保智英 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 上席研究員

【研究報告②】ICTの発展と労働時間法制の課題──働き方の多様化とつながらない権利の意義 細川良 青山学院大学 法学部長・法学研究科長/法学部 教授

【パネリストからの報告①】労働者側弁護士からのコメント 竹村和也 東京南部法律事務所 弁護士

【パネリストからの報告②】使用者側の立場から 木下潮音 第一芙蓉法律事務所 弁護士

【パネルディスカッション】パネルディスカッション「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」 コーディネーター:山本陽大 労働政策研究・研修機構 主任研究員 

このパネルディスカッションのはじめの方で、事業場外労働のみなし制について議論されているところがなかなか面白いですが、

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20240905/houkoku/06_discussion.html

経営法曹の木下潮音さんが語っているこれがなかなか面白です。

私はクライアントにはいつも、出張に行くときは行きは寝て、帰りは、仕事が終わったんだから早くビールを飲んで、電車の中でゆっくり休んで来るようにと言っているのですが、最近はICTの発展のおかげで、みんな新幹線の中でノートPCを広げて仕事をしています。あれはやっぱり問題だと思っています。クラシックな出張に戻って、事業場外みなし制の基本に戻っていただければ、つながらないということとの関係は明らかになってくると思います。

ほんとにね、近頃新幹線の中では背広族はみんなパソコン広げてガチャガチャやってる。あれちゃんと労働時間にカウントしている人は極めて少ないはずです。

 

 

 

 

 

2024年11月26日 (火)

EUの研修生(偽装研修対策)指令案が前進するか?

来る12月2日に予定されている雇用社会相理事会において、今年3月に欧州委員会が提案した研修生(偽装研修対策)指令案について共通の立場を採択する予定であると、理事会のHPに載っています。

Employment, Social Policy, Health and Consumer Affairs Council (Employment and Social Policy), 2 December 2024

Traineeships directive

The Council will seek to agree its position on the traineeships directive, which aims to improve working conditions for trainees and address employment relationships disguised as traineeships.

この指令案については、今年の4月に『労基旬報』にやや詳しい解説を寄せたので、まずはこれを読んでください。

EUの研修生(偽装研修対策)指令案@『労基旬報』

 本紙の昨年8月25日号で、「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」について書きましたが、その後第2次協議を経て、去る3月20日に、欧州委員会は「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案しました。今回はこの指令案の内容を紹介したいと思います。なお、今回からトレーニーを研修生、トレーニーシップを研修と呼ぶことにします。日本でも研修生だから雇用に非ずという偽装問題が存在するので、問題の共通性を明確にするためにも、その方がわかりやすいと思うからです。
 研修生をめぐる問題状況については、上記昨年8月の記事でも解説しましたが、スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく研修生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という面では、雇用政策の重要な役割を担っていることも確かなのですが、一方で、研修生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきています。
 そこで、EUでは2014年に「研修の上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定され、研修の始期に研修生と研修提供者との間で締結された書面による研修協定が締結されること、同協定には、教育目的、労働条件、研修生に手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、研修期間が明示されること、そして命じられた作業を通じて研修生を指導し、その進捗を監視評価する監督者を研修提供者が指名すること、が求められています。
 また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日など研修生の権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、研修協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、また研修期間が原則として6カ月を超えないこと。さらに研修期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、研修提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり研修生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
 これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおける研修に関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、研修生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、同年7月11日に、欧州委員会は「研修の更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。その内容は昨年8月の本連載記事で紹介した通りですが、その後同年9月28日には第2次協議に進み、法的拘束力ある指令という手段を用いるべきではないかと提起しました。そして今回、指令案の提案に至ったわけです。
 第2条の定義規定で、「研修」とは「雇用可能性を改善し正規雇用関係への移行又は職業へのアクセスを容易にする観点で実際の職業経験を得るために行われる顕著な学習及び訓練の要素を含む一定期間の就労活動」をいい、「研修生」とは「欧州司法裁判所の判例法を考慮して全加盟国で効力を有する法、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する研修を行ういかなる者」をいいます。ここで注意すべきは「正規雇用関係」と訳した「regular employment relationship」です。この訳語は日本の「正社員」を想起させるのでまことにミスリーディングなのですが(なので、今後より良い訳語を見つけたら変更したいと思っていますが)、同条では「研修ではないいかなる雇用関係」と定義されており、パートタイム、有期、派遣等の非典型雇用関係その他もろもろの、研修でないあらゆる雇用関係がこれに該当します。ここは是非ともきちんと頭に入れておいて下さい。
 第3条は研修生の均等待遇、非差別原則を規定しています。すなわち、賃金を含む労働条件に関し、課業の違い、責任の軽さ、労働負荷、学習訓練要素の重み等の正当で客観的な理由がない限り、同じ事業所で比較可能な正規雇用の被用者よりも不利益な取扱いを受けないことを求めています。
 第4条は研修を偽装した正規雇用関係と戦う措置と題し、正規雇用関係が研修であると偽装されることによって、労働条件と賃金を含む保護の水準がEU法、国内法、労働協約又は慣行により付与されるよりもより低いものとなる効果をもたらすような慣行を探知し、これと戦う措置を権限ある機関が採るよう有効な監督を行うことを求めています。これが本指令の最重要規定です。
 続く第5条は、研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストです。これは、研修をめぐる労働者性の判断基準という意味で、大変興味深いものです。
(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如
(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間
(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性
(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること
(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること
(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
 これらの判断のために、使用者は必要な情報を権限ある機関に提供しなければなりません。また加盟国が、研修の長すぎる期間の上限ないし反復更新の上限を定めることや、研修生の募集広告に課業、賃金を含む労働条件、社会保護、学習訓練要素を明示するよう求めることも規定されています。
 以下、本指令案には施行や救済、支援の措置等の規定が並んでいますが、枢要な部分は以上の通りです。3月11日に合意されたプラットフォーム労働指令が、元の指令案にあった5要件のうち二つを満たせば労働者性ありと推定するという規定が削除され、国内法、労働協約、慣行で判断するという風になったことを考えると、この指令案がどうなるか予断を許しませんが、研修という特定分野における労働者性の判断基準を立法化しようという試みとして、日本にとっても大変興味深いものであることは間違いありません。

 

 

労働関係図書優秀賞

773_12 JILPTの『日本労働研究雑誌』12月号は、「労働移動」が特集テーマで、sansan(1ba2f4d4ae 松重豊部長が「それ、早く言ってよ~」というコマーシャルの奴)の名刺データを使った移動の分析なんていう「へぇ、そんなの使う手があったんだ」という論文もあったりしてなかなか面白いですが、ここでは毎年恒例の労働関係図書優秀賞のコーナーを紹介。

日本労働研究雑誌 2024年12月号(No.773)

令和 6 年度 第 47 回 労働関係図書優秀賞

受賞作は鈴木誠さんの『職務重視型能力主義 ―三菱電機における生成・展開・変容』と吉田誠さんの『戦後初期日産労使関係史 ―生産復興路線の挫折と人員体制の転換』で、既に本ブログで紹介していますが、それぞれについて、首藤若菜さんと梅崎修さんの「受賞理由について」と、鈴木さん、吉田さんの「受賞の言葉」が載っています。

鈴木さんは仁田道夫先生への感謝の言葉です。

09176_20241126140501 拙著は,仁田道夫先生が実質的な指導教官として面倒を見てくださらなかったら,完成させることができませんでした。元になっている論文の多くは仁田先生のご指導によって公にできています。草稿を郵送して研究室にうかがい,コメントをいただいて書き直しを繰り返した結果,一つひとつの論文を公にするのに時間がかかり,拙著のとりまとめも大幅に遅れましたが,それは仁田先生も私も妥協を許さなかったからです。私の周りでは,『日本労働研究雑誌』『大原社会問題研究所雑誌』『日本労務学会誌』(ないしは『社会政策』)に査読論文を載せることが一人前の労働研究者になるための鉄則だと言われています。現在,曲がりなりにも研究者として独り立ちすることができたのは,『日本労働研究雑誌』『大原社会問題研究所雑誌』『社会政策』に査読論文を載せられたことが大きいと考えています。もちろん,それらのジャーナルに査読論文を掲載できたのは全て仁田先生のおかげです。仁田先生の懇切丁寧なご指導には感謝の気持ちでいっぱいです。

一方吉田さんは日産争議当事者との邂逅を回想しています。

511wfnkfrjl  さて,戦後初期日産の労使関係研究に取り組むきっかけになったのは 2000 年に日産争議当事者の方々と知遇を得たことでした。このとき,念頭にあったのは職場闘争や組合規制に着目した先行研究の枠組みでした。既に日産争議を対象とした立派な研究書が存在していました。容易に新しいことなど出てくるわけがないと思い,最初の数年はただひたすら彼らの話を先行研究の枠組みで理解しようとするばかりでした。今から振り返ると,彼らの言葉の機微に触れられていなかったように思います。
 2003 年に手弁当で開催した日産争議 50 周年のシンポジウムを機に,元全自日産分会員の浜賀知彦氏(1926 ~ 2011)の知己を得,氏が同分会の貴重な資料を収集された「浜賀コレクション」を拝借することになりました(現在はご遺族により東京大学経済学部資料室に寄贈されています)。これを活用して本格的な研究へと踏み込んでいくことができました。2007 年に全自の賃金原則(1952 年)を主題とした前著を上梓した後,一次資料を読むなかで生じてきていた種々の疑問に答えるために,それ以前の歴史へと遡っていくことになりました。そのなかで見えてきたのは,1949 年のドッジ・ライン期の人員整理を境に日産の労働組合の方針や人員体制が大きく変転を遂げたのではないかということでした。
 資料を何往復もし,小さな発見を積み上げていくなかで,本書の骨格ができてきました。さっと資料を読んで図式を描けるほどのスマートさをもっていなかったため,15 年もの歳月をかけることになりました。そして,ようやく当事者たちから聞きとったことの意味が分かるようになり,彼らの言葉を置くべき場所を見つけたのです。

どちらも泥臭い歴史研究ですが、もっともらしいワードを振り回してきれいな議論を展開する研究とは対極にあるこういう業績が受賞したことを心から喜びたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2024年11月25日 (月)

集英社オンラインに『賃金とは何か』の一部が抜粋掲載

Asahishinsho_20241125091301 集英社オンラインに、拙著『賃金とは何か』(朝日新書)の一部が抜粋掲載されています。まだお読みになっていない方があれば、リンク先を一読いただき、面白そうだと思ったら、是非お買い求めいただければ幸いです。

〈最低賃金が国政の重要課題化〉リーマンショックや東日本大震災、コロナ後も大幅引き上げされたなかで令和の賃上げは…

なぜ日本の賃金は上がらず、諸外国の賃金は上がっているのか? 背景に、定期昇給ありの日本と、ジョブ型社会の諸外国の違い

 

2024年11月23日 (土)

そもそも被用者保険は被用者用なんだが

元々何年も前から段階的に進んできていた被用者保険の拡大の話が、国民民主党の103万円の壁の話となぜか同期連動して106万円の壁がどうとかいう話になり、例によっていつもの3法則氏が法螺貝を吹き鳴らすという事態になっているようですが、もちろん、物事の分かっている人にはちゃんとわかっているように、この問題は、そもそも被用者保険(健康保険と厚生年金)は被用者、すなわち雇われて働いている人のための制度であり、地域保険(国民健康保険と国民年金)は被用者以外、すなわち自営業者やその家族等のための制度であるという制度の根本原則が、様々な経緯や政治的思惑のために捩じ曲げられ、ずれにずれまくってきてしまったことに、その最大の根源があるわけです。

どうかすると、社会保障のかなりの専門家ですら、パートタイマーは昔から適用除外だったと思い込んでいる向きもありますが、それは1980年の3課長内翰という「おてがみ」で導入されたものに過ぎません。それ以前は、健康保険法上にも厚生年金保険法上にも、短時間労働者を適用除外するなどという規定は一切存在せず、実際にも1956年の通達(昭和31年7月10日保文発第5114号)により、日々契約の2カ月契約で勤務時間は4時間のパートタイム制の電話交換手についても適用するという扱いでした。ところが、1980年6月6日付の「おてがみ」により、所定労働時間4分の3以上という基準が示され、それ未満のパートタイマーは適用除外となってのですが、そもそもこの「おてがみ」は発番号もなく、まともな行政文書であるかどうかも怪しげなものです、大体、行政文書であれば、冒頭に「拝啓 時下益々御清祥のこととお慶び申し上げます」なんて書いたりしないでしょう。限りなく私的な「おてがみ」っぽいこのいわゆる3課長内翰によって適用対象から一方的に排除されたパートタイマーを、再び適用対象に入れ込むために、21世紀初頭から既に20年以上にわたって少しずつ対象拡大が行われ、先月から50人超に拡大し、来年の改正でようやく従業員規模要件をなくすところまでいこうというわけですから、この「おてがみ」の後代に及ぼした影響の大きさには嘆息が漏れます。

もちろん、この「おてがみ」が出された背景には日経連の要望があり、昭和のサラリーマンの扶養家族の奥さんがちょいとパートで働いたからといって社会保険なんぞに加入させられて保険料なんぞ払わされたんでは堪らないという、当時の常識に沿ってそそくさと形式も整えずに対処したわけですが、もちろん短時間で働く非正規労働者はみんながみんなサラリーマンの奥様のパートタイマーというわけではないわけで、扶養家族でない非正規労働者もみんな被用者保険から排除されたために、国民という名のつく地域保険に入って、使用者負担分もなく自分で保険料を全額払わなければならないのに、給付は見劣りするという事態になってしまったわけです。

というような話は、21世紀初頭からさんざんぱら議論されつくしたものだと思っていたのですが、残念ながらそういういきさつも何もかも一切無知蒙昧なまま、れっきとした被用者を本来あるべき被用者保険に戻そうということに対して無上の敵意を燃やして攻撃する人々が出てくるんですね。

 

 

 

 

2024年11月22日 (金)

労働側団体による解雇の金銭救済制度案@『労基旬報』2024年11月25日号

『労基旬報』2024年11月25日号に「労働側団体による解雇の金銭救済制度案」を寄稿しました。

61lvdan9yul_sy466__20241122121701 先日『中央公論』12月号に寄稿した「政治家もメディアも解雇規制を誤解している-問題は法ではなく雇用システム」の最後近くのところで、

皮肉な話であるが、ヨーロッパ諸国のように解雇を正面から規制する立法をしておけば、その例外としての金銭解決を法律上に規定することも簡単であったろう。実際、日本労働弁護団は2002年に、解雇の原則禁止規定に加えて金銭賠償規定も盛り込んだ「解雇等労働契約終了に関する立法提言」を公表していた。

と触れていたことについて、やや詳しく掘り下げて論じてみたものです。

 去る9月27日に自由民主党の総裁選挙で石破茂氏が総裁に選出され、10月1日の臨時国会で内閣総理大臣に指名され、直ちに石破茂内閣が発足し、その後衆議院の解散総選挙が行われました今回の自民党総裁選ではさまざまな論点が議論の俎上に上せられましたが、その中でも政治家やマスメディアの関心を惹いたものの一つに、解雇規制をめぐる問題がありました。とりわけ当初は最有力候補と目されていた小泉進次郎氏が、結果的に石破、高市両氏の後塵を拝して3位に終わった原因の一つとして、彼が立候補時に「労働市場改革の本丸である解雇規制の見直し」を掲げたことが指摘されています。また、結果的に9人中8位と惨敗した河野太郎氏も、解雇規制の緩和や解雇の金銭解決を主張していました。
 このうち河野氏が主張していた解雇の金銭解決制度は、過去20年以上にわたって官邸や内閣府の諸会議体と厚生労働省の検討会、審議会で議論が続けられている案件です。すなわちまず、2000年の総合規制改革会議の答申を受けて、2003年の労働基準法改正時に解雇権濫用法理が同法第18条の2に書き込まれた際に、労政審答申には金銭補償の仕組みも盛り込まれたのですが、法案の国会提出の間際に撤回されました。次に2005年の労働契約法制の在り方研究会報告に基いて、2006年に労政審労働条件分科会で議論されたときも、最終的には先送りとなりました。その後第2次安倍政権下で2013年から規制改革会議や産業競争力会議が議論を再燃させ、『日本再興戦略』の閣議決定を受けて、2015年から厚労省の透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方検討会で議論がされ、さらに解雇金銭救済制度の法技術的論点検討会で細かな議論が詰められ、2022年からは労政審労働条件分科会で何回か審議が行われています。この間、筆者も政府の求めに応じ、労働局あっせん、労働審判、裁判上の和解における金銭解決の実態調査を繰り返してきたので、人ごとではない感覚を持っています。
 ところで、この解雇の金銭救済制度については、労働組合サイドは絶対反対のスタンスであるというのが、多くの人々の常識でしょう。確かに、連合は繰り返し「不当解雇を正当化しかねない制度は断じて認められない」、「労働者保護のため制度導入阻止に向けて取り組む」と述べています。しかしながら、金銭解決制度が不調に終わった上記2000年代半ば頃までは、連合自体ではないにしても、連合と密接な関係を有する関係団体が、解雇に関する立法提言を行っており、その中では労働者側の請求による金銭救済制度の導入も求めていたのです。現時点ではほとんど忘れられた昔の文書ですが、労働側から見ても解雇の金銭救済制度というのは検討する値打ちのある制度であるということを問わず語りに示している文書ではないかと思われますので、20年ぶりの古証文を掘り返して見たいと思います。
 まず、労働側弁護士の集まりである日本労働弁護団が、その機関誌『季刊・労働者の権利』2002年夏号(245号)に掲載した「解雇等労働契約終了に関する立法提言及び解説」を見てみましょう。同提言は、まず解雇には正当事由が必要であるという規定を打ち出します。
第2(解雇の正当理由)
 使用者は、労働契約を維持しがたい正当な理由が存在しなければ、労働者を解雇することができない。
 このように、2003年改正で条文化された解雇権濫用法理ではなく、立法論としては正当事由説に立っていたのです。その理由は、「解雇権濫用法理は、あくまでも立法の不備を補うものであり、また、その内容が一般市民に十分浸透し理解されているとは言い難い。そこで、まず、正当な理由がなければ解雇できないという基本原則を法律上明記することとした」というものです。今では権利濫用説か正当事由説かという論争は忘れ去られてしまっていますが、そもそも論からいえば権利を行使するするのが当たり前で、(宇奈月温泉事件のような)特別な例外の場合だけ権利の濫用として無効とするという法的テクニックを、多くの解雇事案に恒常的に使い続けるという法律的には異常な事態に対する違和感が、少なくともこの時期にはまだ残っていたことがわかります。
 これを受けて、整理解雇と能力・行為を理由とする解雇についての細かな規定を設けています。
第3(経営上の理由による解雇)
 経営上の理由による解雇が正当となるためには、次の各号のいずれも充足されていなければならない。
一 解雇しなければならない客観的かつ合理的な経営上のやむをえない必要性が存在すること
二 解雇回避の努力が尽くされたこと
三 解雇対象者の人選基準が客観的合理性を有し、かつ、その適用が公平になされること
 但し、使用者は、被解雇者を選定する際、再就職の難易及び生活上の打撃など労働者の被る不利益をも考慮して、より社会生活上の不利益の少ない労働者を選定しなければならない。
四 使用者と労働者、労働者の所属する労働組合があるときは当該労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合があるときは当該労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との間で、説明協議が誠実に尽くされること
第4(労働者の労働能力又は行為を理由とする解雇)
 労働者の労働能力又は行為を理由とする解雇が正当となるためには、次の各号がいずれも充足されていなければならない。
一 労働者の労働能力又は行為に関して、解雇しなければならない客観的かつ合理的な理由が存在すること
二 警告、再教育、配置転換等の解雇回避の措置によって労働契約を維持できる可能性があるときは、使用者においてかかる解雇回避の努力を尽くしたこと
三 使用者が労働者に対し、解雇理由に関する説明を尽くし、弁明の機会を付与したこと
四 労働者が所属する労働組合、又は、労働者の過半数を組織する労働組合(これがないときは労働者の過半数を代表する者)から説明協議の求めがあったとき、使用者が誠実にこれを尽くしたこと
 第3は整理解雇4要件を若干膨らませて条文化したものですが、第4は過去の諸判例に現れた判断要素を類型化したものです。
 この後、第5(解雇理由の告知)、第6(解雇予告)、第7(退職)、第8(解約通知等の撤回)、第9(みなし解雇)、第10(有期雇用)といった条文案が並んでいますが、その最後にこういう条文案が提起されていたのです。
第11(違法解雇等の救済方法)
1 この法律若しくは他の法律に反して解雇が行われた場合、又は、解約通知等が撤回若しくは取り消された場合、労働者は使用者に対して、次の各号のいずれかを選択して請求することができる。
一 労働契約上の地位の確認、原職又は原職相当職での就労請求、賃金請求、及び、精神的損害等に対する賠償請求
二 得べかりし賃金相当額及び精神的損害等に関する賠償請求
2 原職又は原職相当職が存在しない等客観的かつ合理的な理由があるとき、使用者は、労働者の原職又は原職相当職への就労請求を拒むことができる。
 見ての通り、この第1項第1号はこれまでの裁判例に沿って、解雇無効に基づく地位確認とバックペイ請求等ですが、第2号は地位確認なしの金銭賠償のみの請求です。つまり、この時点での日本労働弁護団は、地位確認請求+バックペイ請求等と金銭救済のみの二本立ての救済方法を考えていたのです。
 その理由について、同提言の解説はこう述べています。「しかしながら、解雇を巡る紛争においては、『解雇は納得できないが、さりとて人間関係が破壊されているので職場復帰したくない。でも、企業に法的責任をとらせたい』という要求が多数存在する。このため、職場復帰を求めなくとも金銭賠償を請求することを可能とする方途を講じる必要があり、かつ、将来の賃金相当額の賠償も認めて、金銭賠償総額の水準を引き上げる必要がある。」そしてドイツの金銭解決制度を紹介しつつ、「日本においても、これらと同様に法律を整備する必要がある。但し、ドイツのように違法な解雇を行った使用者に金銭補償の申出権を認める必要はない」と述べていました。これはまさに、現在厚生労働省の労政審で審議の対象となっている労働者からのみ金銭救済の申立てを認める発想とほぼ同じです。現在の日本労働弁護団は、この考え方に猛反発していますが、20年前には自ら唱道していたのです。
 もう一つは、連合のシンクタンクである連合総研が、厚労省の労働契約法制の在り方研究会報告が出された直後の2005年10月に公表した『労働契約法試案』です。これは毛塚勝利氏を主査として、労働法学者8名が執筆したものですが、そのうち労働契約の終了に関する規定案は次のようなものでした。基本規定と救済に関する規定を見てみましょう。
解雇理由)
第53条 解雇は、就業規則その他の文書において規定した解雇理由に基づくものでなければならない。
2 解雇は、客観的に合理的な理由に基づき、社会通念上相当であると認められる場合でなければ、その効力を生じない。
(解雇無効の救済)
第60条 裁判所が解雇の無効を確認した場合には、使用者は解雇された労働者を原職又はそれと同等の職に戻さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、裁判所は労働者の請求に基づき、労働契約を終了させて、使用者に補償金を命じることができる。
3 前項にいう補償金は、平均賃金の180日分以上の額であるものとする。ただし、解雇が強行法規又は公序に反してなされたと判断するときは、前項にいう補償金は、平均賃金の360日分以上の額であるものとする。
4 第2項にいう補償金は、解雇が無効とされた理由、解雇手続の履行状況、労働者に支払われていた賃金の額、労働者の在職年数、年齢等の事情を考慮して、定めなければならない。
5 第2項に基づき、裁判所の命令により労働契約を終了させるときは、労働契約の終了の時点は、当該命令の発令時とする。
 こちらも、第60条第2項は「労働者の請求に基づき」と、労働者側請求のみを認め、使用者側請求による金銭補償を認めていません。逆に言えば、現在厚生労働省の労政審で審議の対象となっている労働者からのみ金銭救済の申立てを認める発想と同じであり、それをしも否定するような発想ではなかったのです。
 

 

 

 

2024年11月21日 (木)

労働判例研究 アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性-アダルトビデオプロダクション労働者供給事件@『ジュリスト』12月号

81uenaxu2l_sy466_ もうすぐ刊行される『ジュリスト』12月号は、「日本版DBS法」が第2特集で、神吉知郁子さんが「性犯罪歴の確認と労働契約の締結・変更・解消――労働法の視点から」という興味深い論考を寄せていますが、後ろの方の労働判例研究のコーナーでは、わたくしがある裁判例を取り上げています。多分、他の真っ当な労働法学者であれば取り上げることがないであろう一見キワモノ的な裁判例ですが、いやいやこれが面白いネタの宝庫なのです。先日、京都産業大学で行われた日本労働法学会の大シンポジウムの最後っ屁の質問で取り上げた、職業安定法上の「雇用」概念に関する最高裁判決(最一小判昭和29年3月11日刑集8巻3号240頁)も出てきます。

労働判例研究
アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性-アダルトビデオプロダクション労働者供給事件
東京高判令和4年10月12日
(令和3年(う)第931号 各職業安定法違反被告事件
判例タイムズ1516号142頁
〔参照条文〕職業安定法4条8項、44条、63条2号、64条9号(令和4年法律第12号改正前)

2024年11月20日 (水)

RENGO ONLINEで落合けいさんが『家政婦の歴史』に言及

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RENGO ONLINEに、落合けいさんが「今どきネタ、時々昔話」というコラム記事で、拙著『家政婦の歴史』にも言及されています。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2024/11/20/4909/

ケア労働が「家庭の役割」とされている以上両立問題は解決できない。そして「ケア労働も労働である」と考えなければ、有効な過労死防止対策はとれないと思う。

それと関連するように思うのが、東京高裁で逆転判決が出た「家政婦過労死事件」(2024年9月19日)である。事件を知ったのは、濱口桂一郎先生が書かれた『家政婦の歴史』(文春新書、2023年7月)を読んでのことだ。「家事使用人」には労働基準法が適用されないと知って、またそれを理由に1週間泊まり込みで家事・介護にあたった家政婦の過労死が労働基準監督署でも地裁でも認定されなかったと知って、本当に驚き、無知を恥じた。事件の経緯や本質的な問題については、ぜひ『家政婦の歴史』を読んでもらいたいが、濱口先生は「長年の虚構を捨て、家事・介護の労働者派遣事業であると正面から認めることが、彼女たちを救う唯一の道だ」と訴えている。

こういう形で拙著を読んでくださる方がいるのを見つけると、とてもうれしくなります。

2024年11月18日 (月)

『知れば安心 知れば納得(第2集) -メンタルヘルス特集+労基の話-』全基連

Shirebaanshin_dai2syuu 労働基準監督官のOB(OG)による労基解説本の第2弾ですが、今回はメンタルヘルスと労働契約法が中心です。

知れば安心 知れば納得(第2集) -メンタルヘルス特集+労基の話-

本書は、好評発売中の第1集の「読み易く、分かり易く、ちょっとだけ専門的で、経営者に寄り添う」の基本コンセプトを引継ぎ制作しました。
専門家や元労働基準監督官らがその豊かな経験を踏まえて執筆しており、一般の労基解説本にはない以下の特長を備えています。
➀ 第1集の「シーズンⅠ労基を知ろう」「シーズンⅡ労働時間を知ろう」に引き続き、「シーズンⅢメンタルヘルス対策を知ろう」「シーズンⅣ労働契約の締結・変更・解約ルールを知ろう」の二部構成。
② 今更なことも含めて107個の「社長さんの独り言」107をきっかけに、平易な言い回しで分かり易く解説します。なお、基礎的な知識は「ここから始まる≪基礎知識≫」でコンパクトに、また、少し専門的な情報は「もう少し詳しく」で追補するなどして理解を深めやすくしています。
③ 執筆陣はいずれも豊かな実務経験を踏まえて執筆しており、一般の解説本にはない視点や知識・ノウハウを盛り込みました。
④ 関連資料には、インターネット経由で容易にアクセスできます。
⑤ まさかの時のための賃金の立替払い制度も分かり易く解説。
⑥ 「付録」として、9名計14本のコラム(「元労働基準監督官達の想い」)をインターネット経由でお読みいただけます。

執筆陣はいずれも数年前に監督官を退官した前期高齢者の方々で、わたしが旧労働省にいた頃からの顔見知りの方々ですが、とりわけ付録のコラムが、各執筆者の人柄をしのばせる文章になっています。冒頭の吉松さんの「死者の思い」とか、山本さんの「ご遺族の悲しみ」とか、長年の監督官人生からにじみ出るものなのでしょう。

 

2024年11月16日 (土)

中央公論編集部のXで拙論を紹介

Wqutacfx_400x400 中央公論編集部のX(旧twitter)で、12月号に寄稿した「政治家もメディアも解雇規制を誤解している」を紹介しています。

12月号特集「総選挙後の重大論点」に、濱口桂一郎さんが「政治家もメディアも解雇規制を誤解している」を寄稿。法規定上の「解雇規制」は強くないのになぜそう思われているのか。日本型雇用の「職務無限定」性などを指摘し、その理由を詳しく解説します。

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なぜ民主党は労働者を失い、選挙にも負けたのか?@ダロン・アセモグル

Ii 先日のアメリカの大統領選挙結果についてはすでに山のような論評が溢れていますが、やっぱり真打はこの人でしょう。ダロン・アセモグルの「Why the Democrats Lost Workers – And the Election」(なぜ民主党は労働者を失い、選挙にも負けたのか?)です。

https://www.socialeurope.eu/why-the-democrats-lost-workers-and-the-election

The Democrats’ failure to reconnect with American workers cost them the election, leaving the party adrift in a coalition dominated by elites and urban professionals.

民主党がアメリカの労働者と再結合できなかったことは選挙の敗北をもたらし、この政党をエリートと都市プロフェッショナルに支配された連合の中でさ迷わせている。

 The outcome of the US presidential election was more of a Democratic loss than a triumph for Donald Trump. The Democrats lost not because US President Joe Biden stayed in the race too long, and not because Kamala Harris is unqualified, but because they have been losing workers and failed to win them back.

アメリカ大統領選挙結果はドナルド・トランプの勝利であるよりも民主党の敗北であった。民主党はが敗れたのは、ジョー・バイデンがあまりに長く選挙戦に留まったからでもなければ、カマラ・ハリスに資格がなかったからでもなく、彼らが労働者を失い、取り戻せなかったからなのだ。

The party ceased to be a home for American workers long ago, owing to its support for digital disruption, globalization, large immigrant inflows, and “woke” ideas. Nowadays, those most likely to vote for Democrats are the highly educated, not manual workers. In the United States, as elsewhere, democracy will suffer if the centre-left does not become more pro-worker.

この政党はずいぶん前にアメリカの労働者の我が家でなくなっていた。それはデジタル分断、グローバル化、膨大な移民流入、そして「ウォーク」な考え方のせいだ。今では、一番民主党に投票しようとする人々は、高学歴者であって肉体労働者ではない。アメリカ合衆国では他の諸国と同様、中道左派が労働者寄りではなくなってしまえば、民主主義は失敗する。

次のセリフなんか、言っているアセモグル自身がトルコ系移民であることを考えるととてもつらいものがあります。

Here is my own test for understanding the relationship between the Democrats and American workers: If a member of the Democratic elite is stranded in an unfamiliar city, would he prefer to spend the next four hours talking to a Midwestern American worker with a high-school diploma, or to a professional with a postgraduate education from Mexico, China, or Indonesia? Whenever I pose this question to colleagues and friends, they all assume it’s the latter. 

ここに民主党員とアメリカの労働者の関係を理解するための私自身のテストがある。もし民主党エリートの一人が見知らぬ街で立ち往生したら、彼は次の4時間、高卒の中西部の労働者と話す方がいいか、それともメキシコ、中国あるいはインドネシア出身の大学院卒のプロフェッショナルと話す方がいいか?私が同僚や友人にこの問いを示すと、彼らはみんな後者を選ぶ。

最後のパラグラフはこうです。

If the economy can no longer foster innovation and productivity growth, wages will stagnate. Yet even in the face of such adverse outcomes, many workers will not return to the Democrats unless the party truly takes their interests on board. That means not only adopting policies that support workers’ incomes, but also speaking their language, however foreign it may be to the coastal elites who have run the party aground.

もし経済がもはや技術革新や生産性上昇をもたらさないのであれば、賃金は沈滞するであろう。しかしそんな逆境的帰結に直面しても、多くの労働者は民主党に帰ってこないだろう。民主党が彼らの利益を本気で取り上げない限り。これは単に労働者の所得を支持する政策を採用するというだけではなく、むしろ彼らの言葉で喋るということを意味する。それがいかにこの党を運営している沿岸のエリートたちにとって異国の言葉にように聞こえるとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年11月11日 (月)

プラットフォーム労働指令がようやくEU官報に掲載

本日付のEU官報に、ようやくプラットフォーム労働指令が掲載されました。

DIRECTIVE (EU) 2024/2831 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 October 2024 on improving working conditions in platform work

国内法への転換期限は、2026年12月6日です。

この抄訳はこちらにあります。

プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する欧州議会と理事会の指令(プラットフォーム労働指令)

 

 

2024年11月10日 (日)

大竹文雄@『文藝春秋』vs.濱口桂一郎@『中央公論』

昨日発売された『文藝春秋』と『中央公論』の12月号は、当然のことながら政局関連の記事を載せていますが、その中でいずれも自民党総裁選で話題になった解雇規制の問題を取り上げています。

4910077011242 『文藝春秋』12月号は、大竹文雄さんの「解雇規制が大量の非正規を生んだ」です。

 先日の自民党の総裁選で、河野太郎氏が「解雇の金銭補償の導入」に言及し、小泉進次郎氏も「解雇規制の見直し」を訴えたことで、「解雇規制の見直し」が一つの争点になりかけました。ところが「企業がクビにしやすくなる」「国際的に見れば日本の解雇規制は厳しくない」といった批判の声が上がると一気にトーンダウン。総裁選後はまったく議論されなくなってしまいました。
 厚生労働省の「解雇規制」をめぐる議論に労働経済学者の立場から関わった者としては、非常に残念です。これまでに積み上げられた議論を踏まえた上で提言していれば、これほど簡単に引っ込める必要はなかったはずでした。「なぜ解雇規制の見直しが必要なのか」という、そもそもの前提から理解してもらう説明がなく、人々に漠然とした不安を与えただけで終わってしまいました。
 厳しい言い方になりますが、政治家の仕事は、複雑なことでも上手に表現して人々を説得することであるはずです。中途半端な形で提言するなら、初めから出さない方がよかった。これまで少しずつ機運を高めるように慎重に議論してきたのに、それを台無しにしたと言っても過言ではありません。・・・・・

61lvdan9yul_sy466__20241110081201 一方、『中央公論』12月号は、すでに本ブログで告知したように、わたくしめが「政治家もメディアも解雇規制を誤解している――問題は法ではなく雇用システム」を寄稿しております。

 去る9月27日に自由民主党の総裁選挙で石破茂氏が総裁に選出され、10月1日の臨時国会で内閣総理大臣に指名されて石破茂内閣が発足した。石破首相は臨時国会会期末の9日に衆議院を解散し、27日投開票の衆議院議員選挙で自民党は連立政権を組む公明党と合わせても過半数を割る大敗を喫したが、比較第一党には留まり、連立の組み替えなどを模索している。
 今回の自民党総裁選ではさまざまな論点が議論の俎上に載せられたが、その中でも政治家やマスメディアの関心を惹いたものの一つに、解雇規制をめぐる問題があった。とりわけ総裁選が始まった当初は最有力候補と目されていた小泉進次郎氏が、結果的に石破、高市早苗両氏の後塵を拝して3位に終わった原因の一つとして、彼が立候補表明時に「労働市場改革の本丸である解雇規制の見直し」を掲げたことが指摘されている。
 小泉氏は「現在の解雇規制は、昭和の高度成長期に確立した裁判所の判例を労働法に明記したもので、大企業については解雇を容易に許さず、企業の中での配置転換を促進してきた」と述べ、「人員整理が認められにくい状況を変えていく」と訴えたことで、多くの批判を浴びた。また、結果的に候補者9人中8位と惨敗した河野太郎氏も、解雇規制の緩和や解雇の金銭解決を主張していた。
 この間、マスメディアではやや通り一遍の解説がいくつか掲載されはしたが、この問題の本質を雇用システム論を踏まえて論じたものは少なかったように思われる。本稿は、この問題を考えるうえで必要最小限の論点を提示し、世上にはびこる「解雇規制をめぐる誤解」を解きほぐそうとするものである。・・・・

大竹さんもわたくしも、解雇に関する実際の立法政策に研究者として関わってきた者ですので、読み比べてみるのも一興かもしれません。

 

2024年11月 8日 (金)

日経BOOKPLUSで前田裕之さんが拙著を書評

日経BPの日経BOOKPLUSの「経済学の書棚」で、前田裕之さんが拙著『賃金とは何か』を丁寧に書評していただいております。

「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」が分かる本

「「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」が分かる本」というタイトルの下、この5冊の本を取り上げているのですが、

01_20241108144301

その冒頭で、拙著についてこのように述べ、大変丁寧にその理路を辿っていただいています。

 労働法と社会政策が専門の濱口桂一郎氏は『 賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛 』(朝日新書/2024年7月刊)で、ベースアップ、定期昇給など賃金に関する基本概念の起源を明らかにし、日本の賃金制度の変遷をたどっている。ここ数年の日本政府の取り組みの効果を判定するうえでも、日本の賃金制度の基本を整理した本書は大いに参考になる。 ・・・

ちなみに、前田さんは私がかつて『労働新聞』で取り上げた岩井克人『経済学の宇宙』の聞き手として同書をまとめた方です。

岩井克人『経済学の宇宙』@労働新聞書評

 

 

 

武石恵美子『「キャリアデザイン」って、どういうこと?』

653990 武石恵美子さんの『「キャリアデザイン」って、どういうこと?』(岩波ブックレット)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b653990.html

昨今「キャリア教育」は小学生から始まる。しかし、キャリアが何かは難しい問題で、就活生や一旦就職した社会人の迷いは混迷を極めている。「キャリア」構想に安易な方法論はない。人生デザインの鍵は自分の中だけにあるからだ。就活生や迷いを抱く社会人に贈る!「個性を人生にする」知恵とアイディアの詰まった一冊!

若い人向けにわかりやすく書かれたキャリアデザインの本です。

第4章では、「ユニークな日本の「就活」 」という話題から「新卒採用は「メンバーシップ型雇用」の入り口 」と解説します。

この「流されても創られたキャリア 」のことを、キャリアデザインならぬ「キャリアドリフト」というんですね。

 

 

政治家もメディアも解雇規制を誤解している-問題は法ではなく雇用システム@『中央公論』2024年12月号

61lvdan9yul_sy466_ 明日発売予定の『中央公論』2024年12月号が手元に届いたので、ややフライングですがこちらで紹介しておきます。

特集の一つ目は書影にでかでかと出ている「「孤老」時代をどう生きるか 」ですが、第2の特集が「総選挙後の重大論点」で、ここに載っている4点の論文の一つが拙論です。

== 特集 ==総選挙後の重大論点

◆鍵は閉塞感の打破と第三者機関立ち上げ 大敗自民党は安倍晋三を乗り越えられるか▼牧原 出

◆中道政治は復活するか ――試される政党の「濾過」と「吸い上げ」機能▼河野有理

◆アジア版NATOは成り立たない ――「安保通」政治家が基本的理解を欠く深刻性▼神保 謙

◆政治家もメディアも解雇規制を誤解している ――問題は法ではなく雇用システム▼濱口桂一郎

 どういうことを論じているかというと、
 去る9月27日に自由民主党の総裁選挙で石破茂氏が総裁に選出され、10月1日の臨時国会で内閣総理大臣に指名されて石破茂内閣が発足した。石破首相は臨時国会会期末の9日に衆議院を解散し、27日投開票の衆議院議員選挙で自民党は連立政権を組む公明党と合わせても過半数を割る大敗を喫したが、比較第一党には留まり、連立の組み替えなどを模索している。
 今回の自民党総裁選ではさまざまな論点が議論の俎上に載せられたが、その中でも政治家やマスメディアの関心を惹いたものの一つに、解雇規制をめぐる問題があった。とりわけ総裁選が始まった当初は最有力候補と目されていた小泉進次郎氏が、結果的に石破、高市早苗両氏の後塵を拝して3位に終わった原因の一つとして、彼が立候補表明時に「労働市場改革の本丸である解雇規制の見直し」を掲げたことが指摘されている。・・・

法規定上の「解雇規制」は強くない

日本型雇用特有の「職務無限定」性

強大な人事権に伴う解雇回避の義務

法改正では「解雇規制緩和」は困難

現実が先行する「解雇の金銭解決」

的外れではなかった河野氏の主張

 

 

 

 

2024年11月 7日 (木)

低学歴者の逆襲(又はピケティ再訪)

今回のアメリカ大統領選結果を見て、改めてピケティが語っていた「どの国も右派は低学歴、左派は高学歴に移行してしまいました」という呪いの言葉の意味深さを噛み締めている人も多いのではないでしょうか。なおこの論文の趣旨はその後大著『資本とイデオロギー』に盛り込まれています。

以下、3年前のエントリの再掲です。

バラモン左翼と商売右翼への70年

Images_20210530130701 トマ・ピケティの「バラモン左翼」は、私が紹介したころはあまり人口に膾炙していませんでしたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-83eb.html(バラモン左翼@トマ・ピケティ)

21世紀の資本で日本でも売れっ子になったトマ・ピケティのひと月ほど前の論文のタイトルが「Brahmin Left vs Merchant Right」。「バラモン左翼対商人右翼」ということですが、この「バラモン左翼」というセリフがとても気に入りました。・・・ 

その後日本でもやたらにバズるようになり、その手の本も結構並んでいます。この言葉、対句になる「商売右翼」とセットなんですが、こちらはあんまりバズってないようです。

そのピケティが、今月3人の共著という形で、「Brahmin Left versus Merchant Right:Changing Political Cleavages in 21 Western Democracies, 1948-2020」という論文を公表しています。

https://wid.world/document/brahmin-left-versus-merchant-right-changing-political-cleavages-in-21-western-democracies-1948-2020-world-inequality-lab-wp-2021-15/

これ戦後70年間にわたるバラモン左翼の形成史を追ったものですが、事態を何よりも雄弁に物語ってくれるのが、表A10から表A16までの7枚のグラフです。

縦軸に所得をとり(上の方が高所得)、横軸に学歴をとると(右のほうが高学歴)、1950年代には右派政党は高学歴で高所得、左派政党は低学歴で低所得のところに集まっていました。

A10

ところがそれから10年間ごとにみていくと、あれ不思議、右派政党はだんだん左側の低学歴のほうに、左派政党はだんだん右側の高学歴のほうにシフトしていき、

A11

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A13

A14

A15A15
かくして、直近の2010年代には若干の例外を除き、どの国も右派は低学歴、左派は高学歴に移行してしまいました。

A16

かくして、ピケティ言うところのバラモン左翼対商売右翼という70年前とはがらりと変わった政治イデオロギーの舞台装置が出来上がったわけです。

 

家政婦過労死事件 高裁判決が語ること、語らないこと@『世界』2024年12月号

655032 明日発売される予定の岩波書店の雑誌『世界』2024年12月号が手元に届きましたので、若干フライングですが、同号掲載の拙稿「家政婦過労死事件 高裁判決が語ること、語らないこと」を紹介しておきます。

https://www.iwanami.co.jp/book/b655032.html

家政婦過労死事件 高裁判決が語ること、語らないこと

去る9月19日、東京高裁は家政婦過労死事件(国・渋谷労基署長(山本サービス)事件)について、原審の2022年9月29日東京地裁判決を覆し、原告の妻であった家政婦の過労死を認定した。原審はマスメディア等でも大きく取り上げられ、多くの識者から批判されていただけに、穏当な結論に落ち着いたというのが一般的な受け止めであろう。政府も上告を断念して高裁判決が確定した。
 しかし、この問題にはマスコミ報道が伝えない複雑に入り組んだ歴史的な因縁があり、それを解説するには一冊の本の紙幅が必要となる。筆者は昨年『家政婦の歴史』(文春新書)を上梓したが、必ずしもきちんと理解されていないように感じられる。本稿では、一昨年の地裁判決と今回の高裁判決の内容を略述した上で、高裁判決が語っていることと語っていないことを論じたい。・・・
なお、本号の特集は「視えない中国」で、日本人学校男児殺害事件をめぐる吉岡桂子さんの文章をはじめ、梶谷壊さん、斉藤淳子さん、毛利亜樹さんなどいずれも読み応えのあるものばかりです。読売新聞で拙著を書評頂いた中北浩爾さんも、後藤謙次さんとの対談「裏金大敗、石破自民の命運」でいろいろと語っています。

 

 

 

 

読売新聞11月2日夕刊の「解題新書」で拙著書評

Asahishinsho_20241107092601 先週土曜日の夕刊だったので見逃していましたが、11月2日夕刊の読売新聞の「解題新書」という書評コラムで、拙著が取り上げられていました。

書評者は中北浩爾さんで、取り上げられているのは拙著『賃金とは何か』のほかに、近藤絢子さんの『就職氷河期世代』と満薗勇さんの『消費者と日本経済の歴史』です。どちらも大変すぐれた本なので、これらと並べて取り上げていただいたことは嬉しい限りです。

中北さんは冒頭、「日本社会は閉塞感に覆われている。歯止めがかからぬ少子高齢化、物価高に追いつけない賃金、拡大する経済格差など、一筋縄ではいかない問題ばかりだ。このようなときこそ、歴史をさかのぼりつつ、日本社会を深く理解することが必要ではないか。」と述べて、この3冊の本を紹介していきます。

 拙著については、「上がらない賃金については、濱口桂一郎『賃金とは何か』(朝日新書)が包括的な分析を加える。濱口によると、ポイントの一つは、欧米のジョブ型社会とは違い、日本は雇用契約に職務が明記されず、所属する会社の命令で職務が定められるメンバーシップ型社会であることだ。・・・」と、丁寧に紹介していただいています。

また、満薗さんの本の最後のところで、「こうした主張は、消費者という観点が賃上げを抑制した一因とみる濱口とも共通する」と、さりげなく触れていただいています。

 

 

足立啓二『専制国家史論』

4480098436 毎月1回のはずの『労働新聞』の書評ですが、時たま他の執筆者の都合等で前後することもあり、本来12月用だったものが先週に続いて今週掲載されました。足立啓二『専制国家史論』 (ちくま学芸文庫)です。

https://www.rodo.co.jp/column/186382/

 習近平政権の専制的傾向がますます強まり、中国の民主化の希望が遠のくにつれ、この専制的性質が中国という国家にとって本質的なものなのではないかという問題意識が世界的に高まってきている。中国史の専門家がこの課題に挑戦し、壮大な世界史像を練り上げたのが本書だ。ただし原著は鄧小平の死後間もない1998年刊行であり、その頃はまだ改革開放政策の真っ最中であった。文庫本化されたのが2018年であり、習近平が国家主席の任期制限を撤廃して終身独裁への道を開いた年である。それから7年経ち、今や明清朝の皇帝独裁にも比すべきワンマン体制は完成しつつあるように見える。そういう時期であるからこそ、本書は改めて読み返されるべきであろう。

 人類の歴史は狩猟採集のバンド社会から始まり、農耕化とともにやがて首長制に発展するが、しかしその後大きく分岐する。マルクス主義を始めとする単系発展理論では古代→中世封建社会→近代資本主義社会を人類普遍の法則視するが、それに真正面から反する実例が、建前上政府がマルクス主義を奉じていることになっている中国の歴史なのだ。なぜなら、日本やヨーロッパで近代社会の諸要素を育み生み出した中世の分権的封建社会という段階が存在しないからだ。殷周春秋期の首長制から古代専制国家を作り出した中国は、一度も封建制を経験することなく今日に至っている。そして、封建制を経験した日欧のような分権的資本主義ではなく、専制体制下の高度資本主義を実現しつつあるのだ。

 著者の中国認識のベースになっているのは、戦前に中国社会の実態を詳しく観察した諸研究である。それによると、イエやムラといった共同体が実体的な社会的存在である日本と異なり、中国社会には共同体が存在しないという。まずその境界がはっきりしない。共同事務もほとんどなく、紛争処理も自律的でない。公共的な事業は、有力者の慈善行為として行われる。自律的なムラを支配する自律的な封建領主ではなく、バラバラの個人を中央から派遣された科挙官僚が支配する体制だ。そういう社会だからこそ、西欧流の代表制的な政治体制は全く根付かず、国民党も共産党も党=国家体制を構築するしかなかったのだ、と著者は説く。

 こうした議論は、中国が経済成長を始める前であれば、オリエンタリズム的なアジア的停滞論だの宿命論だのと批判されたであろう。実際、ウィットフォーゲルの有名な『東洋専制主義』もそういう文脈で読まれたと思われる。しかしながら、今や日本の4.5倍のGDPを誇り、アメリカに迫りつつある中国の経済力を前にしては、むしろ逆の文脈すら有力である。与那覇潤の『中国化する日本』に見られるように、専制中国こそ世界の進化の主流であり、歴史の必然であって、「江戸」化した日本はむしろ進化の袋小路だという考え方が強まっている。

 しかし著者はそれに抗おうとする。彼は「社会を越えて自己運動を始めた資本を、再度社会の管理の中に埋め込むことが必要である。もしもそれが可能であるとするならば、現在までのところ、それをなしうるもっとも強い力は発達した共同体的規範能力を除いてはない」と述べて、本書を閉じるのである。

 

 

 

 

 

2024年11月 3日 (日)

旭日大綬章に古賀伸明元連合会長

E72ad6eef9d0f9851a5394f36b4ec8f5 文化の日の今日、秋の叙勲が行われ、最高位の旭日大綬章に古賀伸明元連合会長が選ばれたとのことです。

旭日大綬章に古賀伸明氏 バレリーナ森下洋子さんに重光章―秋の叙勲

 政府は3日付で、秋の叙勲受章者3987人を発表した。元連合会長の古賀伸明氏(72)、元環境相の小沢鋭仁氏(70)が旭日大綬章に決定。旭日重光章にバレリーナの森下洋子さん(75)が選ばれた。発令は同日付。

 古賀氏は2009~15年に連合会長を務めた。在任期間は民主党政権と重なり、同党最大の支援組織のトップとして日本の労働組合運動を主導した。

まずはおめでとうございます。

ただ、現下の政治状況を考えると、なかなか意味深長でもあります。

古賀さんは今回の叙勲について次のように語っています。

立・国は「一つの固まりに」 旭日大綬章の古賀元連合会長―秋の叙勲

 旭日大綬章を受章した元連合会長の古賀伸明氏(72)は、旧民主党政権を黒子役として支えてきた。現在、その連合が支援する立憲民主、国民民主両党に関し、「分かれていること自体ナンセンスだ。一つの固まりになるべきだ」と主張。立民の野田佳彦代表には、国民の玉木雄一郎代表への歩み寄りを求めた。・・・

 その上で、両党の合流を唱える。「玉木氏は原発、安全保障、憲法といった基本政策にこだわっている。立民が歩み寄るべきだ。一緒にやるには大きな方が譲るのが組織の鉄則だ」。

 合流の成否にかかわらず、「少なくとも来夏の参院選の1人区では統一候補を出すべきだ」と強調。野田氏にその旗振り役を期待した。

実をいうと、旧民主党が立憲と国民に分裂したことの被害を一番被っているのが古賀さんの出身である電機連合なんですね。

本ブログで過去2回の参議院選挙の労働組合星取り表を見ると、

労働組合は8勝2敗

昨日の参議院選挙で、立憲民主党と国民民主党に分かれた比例区の連合推薦候補者は10名中8名が当選し、2名が落選したようです。立憲民主党は5名中5名全員当選に対し、国民民主党は5名中3名当選2名落選と明暗を分けました。

石上俊雄(国 電機連合) 192,124票 落選

労働組合は8勝1敗

昨日の参議院選挙結果については、マクロな話は政治学者と政治評論家と政治部記者にお任せするとして、ここでは連合が股裂きになりながら推薦していた比例区の労働組合組織内候補の勝敗だけ見ておきます。

参院比例区は組織内候補者の名前を書かせる各労働組合の力量が試される選挙であるとともに、政党自体への風の吹き工合にも大きく左右されるので、必ずしも各産別の力量それ自体ではない面もありますが、その順位はやはり意味を持つでしょう。

矢田稚子(国民、電機連合)159,929 落選

というわけで、ただ一人落選の憂き目を見た矢田さんは、自分の名前はそれなりに書かせられたけれども、政党効果で落ちてしまったことになります。電機は3年前に引き続き落選で、組織内議員がいなくなってしまいました。

逆に、前回国民から出して落選したJAMは、今回は立憲から出た基幹労連に乗って雪辱を果たしたことになります。

そして、この矢田稚子さんが、岸田前首相に一本釣りされて首相補佐官になるというおまけまでついてしまいました。

電機連合出身の首相補佐官

といういきさつがあるわけなんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年11月 2日 (土)

予告:政治家もメディアも解雇規制を誤解している-問題は法ではなく雇用システム@『中央公論』

61lvdan9yul_sy522_ 今月9日刊行予定の雑誌『中央公論』12月号に、

「政治家もメディアも解雇規制を誤解している-問題は法ではなく雇用システム」という小論を寄せております。

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予告:家政婦過労死事件 高裁判決が語ること、語らないこと@『世界』12月号

81vqhxrzxhl_sy522_ 今月8日刊行予定の雑誌『世界』12月号に、

 「家政婦過労死事件 高裁判決が語ること、語らないこと」という小論を寄せております。

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2024年11月 1日 (金)

スタートアップ企業で働く者や新技術・新商品の研究開発に従事する労働者への労働基準法の適用に関する解釈について(基発0930第3号)

本日届いた『労働新聞』には、私の書評(『女の氏名誕生』)のほかにも興味深い記事が載っていました。

実態勘案し総合判断 新興企業役員の労働者性 厚労省通達

厚生労働省は、新しい技術やビジネスモデルで急成長をめざす企業である「スタートアップ企業」について、そこで働く者への労働基準法の適用を巡る解釈に関する通達を都道府県労働局長に発出した。スタートアップの役員であっても労基法上の労働者に該当するかどうかは、勤務場所・時間の拘束性の有無や報酬の労務対償性などを判断要素として個々の実態を勘案し、総合的に判断するとしている。

この通達はこれですが、

スタートアップ企業で働く者や新技術・新商品の研究開発に従事する 労働者への労働基準法の適用に関する解釈について

 新たに事業を開始し、かつ、新しい技術やビジネスモデルを有し、急成長を目指す企業は、一般に「スタートアップ企業」と呼ばれ、こうした企業においては、特にその創業当初において、経営者と従業員の線引きが明確でない場合が見られるところである。
労基法の適用については、企業の創業年数に応じて異なるものではなく、企業の創業年数にかかわらず労基法を遵守すべきことは言うまでもないが、スタートアップ企業における働き方の特徴を踏まえ、その解釈及び運用の観点から、当該企業で働く者への労基法の適用について、以下のとおり判断の基本的考え方を示すこととする。

本ブログでもときに取り上げてきましたが、スタートアップだから労働法の適用はなしにしようというようなやや乱暴な議論が時々出てきますが、もちろん原則は「労基法の適用については、企業の創業年数に応じて異なるものではなく、企業の創業年数にかかわらず労基法を遵守すべきことは言うまでもない」わけです。

 

 

水野紀子「労働組合について民法学者が思うこと-歴史的視座の中で」@『月刊労委労協』10月号

『月刊労委労協』10月号に宮城県労委会長の水野紀子さんの講演録「労働組合について民法学者が思うこと-歴史的視座の中で」が載っています。そもそも「圧縮された近代化」の中で日本社会が抱え込むこととなったさまざまな課題を次々に論じていくのですが、その終わり近くになって、「Ⅲ 労働組合の性格~駆け込み訴え型ユニオンをめぐって」に入っていくと、わたくしのかつて書いた評釈が飛び出してきます。

それは、『中央労働時報』2021年6月号に載せた「労働組合の資格審査-グランティア事件」です。

http://hamachan.on.coocan.jp/roui2106.html

拙評釈の最後には、首都圏青年ユニオン連合会が登場する別の事件(佐田事件)に言及しているのですが、水野さんはこの佐田事件を担当した公益委員だったそうで、「労働者の駆け込み型ユニオンであるXを運営している社労士が、使用者側の顧問として既存の労働組合潰しに加担・主導したと評価せざるを得ない事件であった。ビジネスモデルとしては、労働者側から対価を得るよりも、使用者側からいわば「みかじめ料」を得た方が有効であるという当該社労士の判断があったのかもしれない」と回想しています。

しかしもちろん、問題の本質はこの社労士が運営するやや紛らわしい名前のユニオンがどうこうというよりも、水野さんがズバリ指摘するこの点にあります。

・・・駆け込み訴え型ユニオンは、労働者の「代表」というより、当該労働者の「代理」を業として行っているものともいえるだろう。端的に言えば、労働法に守られながら、非弁活動をしていることになる。企業別組合が大多数であった日本社会では、非常勤労働者たちがこの種の合同労組(コミュニティ・ユニオン)を必要としてきた歴史的経緯があり、現在もまだその必要性は否定できない。しかしこのような合同労組の一部には、労働組合が労働者の代理業になって、それを商売にする展開が生じている。濱口評論が取り上げた事件では、都労委は資格を否定する判断をしたが、従来の形骸化した資格審査によって、労働組合性を認定された労働組合が、退職代行業などを大々的にインターネットで広告して「顧客」を募る例が見られる。

私も本ブログでその点を指摘してきましたが、水野さんはその話を、この講演の初めの方で展開したマクロ歴史的な話とつなげてこう論じます。

・・・同様に、合同労組(コミュニティ・ユニオン)が抱える問題も、イエ制度の文化的伝統が根底に流れる企業別労組が大多数を占める日本社会で、労働組合の設立・加入にほとんど制限が設けられていない労働法制を作り上げてきた日本法の経緯がもたらした問題である。ともかく問題の所在を共通認識として共有し、機械的に前例に従うことなく、絶えず改善策を考え続けるしかないのだろう。

その語るところの大部分に共感するばかりですが、下手をすると多くの合同労組を敵に回しかねないためか、あまりここまで踏み込んで論じようとする方々は少ないように見えます。

 

 

 

 

 

 

 

連合はつらいよ

連合は、本来なら嬉しがっていないといけないところのはずなのに、とても悩ましい状況になってしまっているようです。

本来なら、自分たち労働組合が組織的に応援して票を集めてきた立憲民主党と国民民主党という二つの党が、いずれも議席数を大幅に伸ばし、与党を過半数割れに追い込んだのだから、喜び勇んでいなければいけないはず。

第50回衆議院選挙結果についての談話

2.立憲民主党・国民民主党が幅広い有権者の選択肢になったことを評価

この間の国政選挙では、有権者の不満を既存政党が受け止め切れず新興勢力の伸長を許してきたが、今回、働く者・生活者の立場に立つ立憲民主党と国民民主党がその受け皿となったことには大きな意義がある。

ところが、その後の事態はむしろ、連合が支持基盤であるこの両党が下手をすると与党(ないし準与党)と野党に分かれてしまい、連合の股がびりびりと引き裂かれてしまいかねない状況が進行しているようで、

4.立憲・国民には政権を担い得る政治勢力の結集の核となることを強く期待する

今回の結果を起点に、これまで連合が連携・支援してきた立憲民主党と国民民主党には、自公に代わって政権を担い得る、もう一つの政治勢力の結集の核となることを強く期待する。次なる闘いの場は来年の参議院選挙である。両党が核となり、自民党とは違う新しい政治をつくるという志の下、有権者が安心して政権を委ねられる枠組みを早期に示すことが肝要である。・・・

本来なら、今すぐここで両党が結束して連合の旗の下に連立政権を作れというところなんでしょうが、それが非現実的ということで、来年の参議院選挙云々という、なんだか鬼が笑う話にしなければいけない辺りに、連合の苦衷が垣間見える気がします。

 

 

 

 

 

 

総合労働相談 自己都合退職の割合13.5%

B20241101 『労務事情』11月1日号に「数字から読む日本の雇用」第29回として「総合労働相談 自己都合退職の割合13.5%」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20241101.html

去る7月12日に例年通り令和5年度個別労働紛争解決制度の施行状況が公表されました。それによると、総合労働相談件数は121万412件で、そのうち民事上の個別労働関係紛争相談が26万6,162件です。また、労働局長への助言・指導申出は8,372件で、紛争調整委員会へのあっせん申請は3,687件であり、昨年度より若干増えています。・・・・・

 

 

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