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2024年10月

2024年10月31日 (木)

森戸英幸・長沼建一郎『ややわかりやすい社会保障(法?)』

63ba12c3c5434bfe8624cecace9e2096 森戸英幸・長沼建一郎『ややわかりやすい社会保障(法?)』(弘文堂)をお送りいただきました。

https://www.koubundou.co.jp/book/b10089843.html

まずもって、なんやこのややふざけてみたようなタイトルは?と思う人も多いでしょうが、いやいや中身を読み進めていくと、それこそ森戸節全開のややどころじゃないおふざけ名調子で、気がつくと最後まで読んでしまっているという、実にふざけた本です。

 本書は実に奥ゆかしい社会保障法の入門書(解説書)である。「誰でもわかる」「すぐわかる」などとは謳わず、「やや」わかりやすいと謙虚に書名で表明している。
 実際社会保障法は今や手に負えないほど複雑に入り組んでいて、それをひと言で「とてもわかりやすく」説明するには無理がある。そこを逆手にとって「やや」わかりやすいをコンセプトに著した、難解な社会保障法が「やや?」、いや結構楽しみながらわかってしまう新たな傑作!

そのおふざけ調の背後からちらちらとものごとの本質が覗き見えるあたりがさすがという感じではあります。

たとえば、下手にふざけるとかなりまずいことになりかねない生活保護のところで、いきなりこんな問答から始めます。

若い女性「どんなに探しても仕事が全然見つからなくて、もう食べていけません。生活保護受けたいんですけど・・・」

市役所担当者「水商売はどうなの?あなた若いしまあまあキレイだからいくらでも雇ってくれるところあるんじゃない?」

 これを読んで激怒した読者もいるかもしれない。・・・・・

でもここからコロナ禍での助成金における風俗関連営業への支給対象からの除外の話につなげていくんですね。

あと、「物好きなアナタにー文献ガイド」で、拙著『ジョブ型雇用社会とは何か』も取り上げていただいているんですが、その目の付け所が、

・・・小見出しからして「上級国民はハローワークを使わない」「リカレント教育が暇つぶし教室になるわけ」等々、なかなか挑発的。

ということでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尾脇秀和『女の氏名誕生』@『労働新聞』書評

61buevqbyl_sl1200_245x400 毎月1回の『労働新聞』書評、今回は尾脇秀和『女の氏名誕生』(ちくま新書)です。ちょうど今朝の新聞に、「国連女性差別撤廃委、日本に夫婦別姓の導入を勧告」という記事が出ていたこともあり、ものごとを考える素材としても最適かと。

https://www.rodo.co.jp/column/185998/

 過去数十年にわたって夫婦別姓を巡ってさまざまな議論や訴訟が繰り返されている。今年6月には経団連が、選択的夫婦別姓の導入を要望して注目された。政治問題になってしまったこの問題について、しかしながら熱っぽく論じている人々の多くは、そもそも日本において女性の名前というものがいかなるものであったのかについて、きちんとした知識を有しているのだろうか。

 本書は、今日とまったく異なる江戸時代の女性の名前(苗字のない「お○○」型)が、明治維新直後の激動期を経て、近代的な「夫の苗字+○○子」型に移行していく過程を、膨大な名前に関する資料を駆使して浮彫りにしている。名前というのは誰もが最も身近に経験する現象だが、自分の身の回り以外についてはほとんど土地勘がない世界でもある。江戸時代の全国各地の宗門人別帳から明治維新期の戸籍や行政関係資料まで、膨大な女性名が溢れる本書は、ページをめくるごとに「そうだったのか!」という驚きに満ちている。

 そもそも「長谷川・平蔵・藤原・朝臣・宣以」といった「苗字+通称+氏+姓+名乗」型の男性名とまったく異なっていた「お・りん」といった苗字のない女性名が、明治維新期に「苗字+名乗」型に転換された男性名と同じ形式にはめ込まれる際に、その女性名の上に「夫の苗字」を載せるべきか「実家の氏」を載せるべきかが大問題となったのだ。その際、伊藤博文などは近世的な「イエ」の名称である「夫の苗字」の下に夫婦家族がまとまる形を主張したが、保守派はこれに断固反対し、女性はたとえ結婚しても古代的な「ウジ」の名称である「実家の氏」を称するべきだと主張した。結果は保守派の勝利で、明治7年に「婦女、人ニ嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユヘキ事。但、夫ノ家ヲ相続シタル上ハ夫家ノ氏ヲ称スヘキ事」と、原則的夫婦別姓が内務省指令として発せられた。

 ところがこれは現場では多くの混乱をもたらし、地方からは女性も夫の苗字を称することができるようにしてほしいとの要望が殺到した。近代社会は近世「イエ」社会の延長線上であって、古代「ウジ」社会とは断絶している。観念的な保守派の「所生ノ氏」イデオロギーは、現実社会との間に無数の矛盾をもたらした。しかしこの内務省指令は、明治31年に「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」、「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」と規定する明治民法の施行まで生きていたのである。

 当時地方からは繰り返し、妻は夫の苗字を称するのが通例で、生家の苗字を称するのはごくわずかなのに、内務省指令によって公文書だけ嫌々生家の氏を書かざるを得なくて皆困っているという訴えがされていた。それから100年以上の時が流れ、女性の社会進出が進み、結婚前の氏名を利用し続けることができず、改名を余儀なくされることの不利益が大きくなってきた。そのなかで、かつては空疎なウジイデオロギーに対する現実社会の要請であった夫婦同姓主義が、経団連の要望にも示される現実社会の要請に対してイデオロギー的に妨害する観念となったように見えることは、何とも皮肉なことである。

 女の氏名の歴史は膨大な驚きに満ちている。思い込みで語っている人々にこそ一読を勧めたい。

 

 

 

2024年10月30日 (水)

中村二朗・小川誠『賃上げ成長論の落とし穴』

9784296120321b なかなかに刺激的なタイトルです。ここ数年来、政府を先頭にしてみな口々に賃上げ、賃上げと叫んでいる姿に、水をぶっかけてやろうと言わんばかりのタイトルですね。

https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/032900009/100100706/

【賃金の長期停滞は真実ではない】
 持続的な賃上げによる経済の好循環が声高に主張されているが、その根拠はどこにあるのだろうか。失われた30年間で日本の賃金は本当に停滞し続けてきたのか。画一的な数値をみていただけでは、賃金の動向を掴めないのではないか。

 政策、雇用の安定、雇用慣行、共働き世帯の増加……

 賃金は複雑な要因が絡み合い決定されているのにも関わらず、こうした要因を無視すれば事実認識を誤る。今後、経済構造が大きく変化するなかで、真因を認識せずに賃上げを実行すれば経済に負の効果を与えかねない。

 この懸念に対し本書では、労働研究の第一人者と元政策担当者がタッグを組み、多面的な視点から賃金を分析し、賃金のこれまでとこれからを徹底解説する。

 本書は、90年代以降の30年間の賃金を巡る政策、企業の取り組み、働き方について学びたい人のための1冊。

本書はなかなかコメントしづらいのは、共著者の小川誠氏は職業安定局長などを歴任した元労働官僚ですが、実は私の同期であり、結構親しい仲でもあることもあります。

ただ、本書を最後まで通読すると、タイトルや帯の文句から想像されるほど攻撃的に賃上げ論を批判しまくっているわけでもありません。

冒頭の「はじめに」で、「本書で分かったこと」が次のように列挙されています。なるほどと思うか、いやいやと思うか、いずれにしても、この本をちゃんと読みこんでから論じる必要がありそうです。

① 言われているような20年から30年にもわたるような国際的にみて長期的な賃金の停滞はみられない。賃金の停滞があることを特に強調するならば、それはリーマンショック以降の10年程度の期間である。

② 一方で、日本の正規雇用者(特に男性)の平均的賃金の動向は、他の雇用者に比べて確かに停滞している。これは、企業内における正規雇用者の高齢化などが大きく影響していることが考えられる。しかし、年功的賃金の下では、50代以下の各雇用者は勤続年数の増加に伴い賃金も上昇している。

③ 日本的な雇用慣行の枠組みが徐々にではあるが変化してきており、年功的賃金の下でも同期社員間の賃金格差拡大、退職金の減少などが傾向として生じている。

④ 非正規雇用者などの雇用の多様化は、共働き世帯の増加などにより家計における収入源の多様化をもたらし、「家計のポートフォリオ」と呼べるような家計内でのリスク分散が進んでいる。結果として世帯単位での夫婦の賃金を足し合わせた勤労収入は、リーマンショック後も増加している。

 

 

 

 

2024年10月29日 (火)

職務経験の幅が狭い、いわゆるメンバーシップ型!?

Aej3ucd_400x400 瀧本哲史名言集というツイッター(X)に、こういうセリフが載っていたのですが、

最も学習効率がよい二十代に、職務経験の幅が狭い、いわゆるメンバーシップ型の会社に入る人たちは、本当に「勇気ある」(京都風)と思います。

この人がどういう文脈でこういうセリフを語ったのかは全然わかりませんが、「本当に「勇気ある」(京都風) 」という妙に揶揄的なものの言い方からしても、ここでメンバーシップ型の会社というのは、「職務経験の幅が狭い」から駄目なんだよという見下げるような文脈でいわれていることは間違いないようです。

少なくとも、この瀧本さんという方の脳内言語の用語法においては、メンバーシップ型というのは職務経験の幅が狭くていつまで経ってもおんなじ仕事ばっかりやっているからダメなやり方という侮蔑的な眼差しの対象であり、ここには出てきませんがおそらくその対義語であるジョブ型というのは、若いうちから、それこそ「最も学習効率がよい二十代」のうちから、次から次に様々な仕事を経験できる素晴らしいやり方という意味合いで使われているのではなかろうかと想像されます。

はっきり言いますが、全く間違いです。この「全く」というのは正真正銘の「全く」であって、正確に180度逆向きです。すなわち、この瀧本という人がメンバーシップ型と呼んでいるものこそ、あるジョブにはめ込まれたら、公募に応募してそこから脱却していかない限りずっと同じ仕事をやり続けるジョブ型そのものであり、この瀧本という人がおそらくその対義語であるジョブ型と呼んでいるであろうと想像されるところのものこそ、ジョブなんか関係なくある会社のメンバーとして雇われたら、会社の業務命令で何でもかんでもいろんな仕事をやらされる可能性のある典型的に日本的なメンバーシップ型なんですけどね。

こういうのを垣間見てしまうと、世の中で熱心にジョブ型を説きまくっている伝道師の方々が、一体どちらの「ジョブ型」を説いているのやら、心配で心配で夜も眠れなくなりそうです。

 

 

“お祝い金” 禁止規定は募集情報等提供事業者にも@WEB労政時報

WEB労政時報に「 “お祝い金” 禁止規定は募集情報等提供事業者にも」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/88004

 かつては労働者派遣制度の是非を巡って激しい論戦が闘わされた労働力需給調整システムですが、最近は労働者派遣については労使協定方式の賃金額が話題になるくらいです。一方、2022年職安法改正で特定募集情報等提供事業者にも届出義務が課せられ、最新の数字では2024年8月1日現在で1179件に達しています。
 最近の労政審労働力需給制度部会の資料や議事録を見ていると、医療・介護・保育分野におけるいわゆる“お祝い金”問題が深刻な論点になってきており、去る9月の同部会では、有料職業紹介事業者だけではなく募集情報等提供事業者に対しても“お祝い金”禁止規定を拡大することが決定されています。
 これはもともと・・・・

2024年10月24日 (木)

読売新聞オンラインで猪熊さんが拙著を紹介

先日、読売新聞で定年に関する長大な記事を書かれた猪熊律子さんが、

働く高齢者増 問われる「定年」@読売新聞

81tj1p4qhol_sy466__20241024163301 今日の読売新聞オンラインのコラム「安心コンパス」で、拙著『賃金とは何か』を取り上げていただいております。

ベアや定期昇給の意味は…賃金を過去から読み解き、これからを考えさせる本

衆院選たけなわ。「物価上昇を上回る賃上げ」「最低賃金の引き上げ」など、賃金に関する公約が目立つが、そもそも、日本の賃金制度はどういう経緯で今のような形になってきたのか? ふだん何げなく使っているベア(ベースアップ)や定期昇給の意味とは何なのか? こうした疑問に答えてくれるのが、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・労働政策研究所長が7月に出した「賃金とは何か」(朝日新書)だ。今回はこの本を取り上げたい。・・・

賃金について何か考えるときに、手に取っていただければ何か得るものがあるはずです。

 

 

 

 

教育訓練給付制度の有為転変@『労基旬報』10月25日号

『労基旬報』10月25日号に「教育訓練給付制度の有為転変」を寄稿しました。

 今年5月10日に成立した改正雇用保険法は、被保険者要件を週所定労働時間20時間以上から10時間以上に拡大するという大きな目玉のほかにも、教育訓練給付や育児休業給付に関するいくつもの重要な改正が含まれています。今回は、1998年に生み出されてからほぼ四半世紀になるこの教育訓練給付制度の経緯を概観していきたいと思います。
 教育訓練給付制度は1998年3月の雇用保険法改正で創設された制度ですが、それに先立つ1990年代は、職業教育訓練政策の方向性が、企業内教育訓練中心から労働者の自発的教育訓練重視へと徐々にシフトしていった時期でした。当時の職業能力開発計画や研究会報告書には、「個人主導の職業能力開発」とか「キャリアは財産」というキャッチフレーズがちりばめられていました。その方向性の延長線上に、事業主を通した間接支援ではなく、純粋に労働者個人に対する給付として、教育訓練給付制度が設けられたのです。ちなみに、これは時代の空気に棹さすものでもありました。小渕恵三内閣の下で官邸に設置された経済戦略会議(竹中平蔵が委員として参加)が1999年2月に答申した「日本経済再生への戦略」の中で、「能力開発バウチャー」が提起されていたのです。
 こうして創設された教育訓練給付は、事業主負担による雇用保険3事業とは異なり、労使折半で負担して、直接労働者に支給される給付金です。支給対象者は被保険者期間5年以上の在職労働者で、特筆すべきはその支給額で、労働者が負担した教育訓練の入学及び受講に係る費用の80%で上限は20万円とされました。授業料25万円のうち自己負担は5万円だけでいいというのですから、太っ腹な大盤振る舞いです。しかも、実際に施行されると、対象講座があまりにも広範に指定され、初歩的な英会話教室やパソコン教室のような、就職時に求められる職業能力という観点から見てどうかと思われるようなものまで含まれたため、運用に批判を受け、対象が絞られるといったこともありました。制度創設からの数年間に受給者数は年間20万人、30万人、40万人を突破し、支給金額は400億円を超え、900億円に迫る勢いでした。
 しかし、教育訓練給付を揺るがす最大の問題は雇用保険財政にありました。バブル崩壊の影響で1990年代半ばから既に雇用保険財政は悪化し始めており、2000年改正で自己都合離職者の給付日数は大幅に切り込まれ、次の2003年改正で遂に教育訓練給付にメスが入りました。これにより給付率が80%から40%に引き下げられましたが、被保険者期間3-5年未満の者も給付率20%(上限10万円)で対象に含めました。かなり小振りな制度になったと言えます。この改正により、教育訓練給付の受給者数やとりわけ支給金額は2004年度から急減しました。その後2007年改正では、給付率は一律に20%とされ、上限も一律に10万円に引き下げられました。こうして教育訓練給付は極小化されました。その後受給者数は12万人台を推移し、支給額は40億円台にとどまりました。
 しばらく逼塞していた教育訓練給付が再び拡大を始めたのは、2012年末に政権に復帰した自公連立の第二次安倍晋三内閣の下ででした。同内閣は、2013年初めから経済財政諮問会議、規制改革会議、産業競争力会議などを復活、設置して新たな政策方向を打ち出し始めましたが、その中で「学び直し」という政策が打ち出され、同年6月に閣議決定された「日本再興戦略」では、「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換(失業なき労働移動の実現)」という項目の中で、次のように書き込まれたのです。
○若者等の学び直しの支援のための雇用保険制度の見直し
・非正規雇用労働者である若者等がキャリアアップ・キャリアチェンジできるよう、資格取得等につながる自発的な教育訓練の受講を始め、社会人の学び直しを促進するために雇用保険制度を見直す。労働政策審議会で検討を行い、次期通常国会への改正法案の提出を目指す。あわせて、従業員の学び直しプログラムの受講を支援する事業主への経費助成による支援策を講ずる。
 このように、厚生労働省の労働政策審議会で議論が開始される前に、「学び直し」支援に雇用保険財政を使うという政策方向は政府中枢部で決まっていたわけです。労働政策審議会雇用保険部会では、とりわけ労働側委員から「現行の教育訓練給付については・・・趣味とか教養に役立つというのが少なくない比率でアンケート結果に出てきているわけです。・・・雇用保険は労使のお金を使って運営しているわけでありますから、施策がやはり労働者の雇用の安定や職業能力の向上につながる施策でないと駄目だと思っているのです」と厳しい言葉が発せられています。
 しかし結局2014年改正により、これまでの一般教育訓練給付とは別に「専門実践教育訓練給付」が新たに創設され、給付率は20%から原則40%に、さらに資格取得の上就職すれば60%まで引き上げることとされました。給付期間は対象とする教育訓練の性質を踏まえて原則2年間(資格につながる等の教育訓練に限り3年間)と長期給付型となり、給付額の上限は年間80万円(よって2年で160万円、3年なら240万円)と、創設当時の教育訓練給付と比べても非常に高額となっています。また、労働側の意見を入れて、45歳未満の若年離職者に対する生活支援として、基本手当の50%の教育訓練支援給付金が暫定措置として設けられました。
 なお2017年改正により、専門実践教育訓練給付の給付率が40%から50%に、上限額も32万円から40万円に引上げられています。また教育訓練支援給付金の給付率が基本手当の50%から80%に引き上げられました。
 制度的に重要なのは一般教育訓練給付と専門実践教育訓練給付の中間に「特定一般教育訓練給付」が設けられたことですが,これは法改正によるものではなく、2019年の省令改正で創設されたものです。実は、雇用保険法上は教育訓練給付の大枠と給付率の上限が規定されているだけで、○○教育訓練給付というのは省令レベルで規定されているのです。この新制度の言い出しっぺも、官邸に設置された人生100年時代構想会議の「人づくり革命 基本構想」で、リカレント教育の推進のために、特定の一般教育訓練給付についても給付率を20%から40%に引き上げることを求めました。これに基づき、給付率が40%の特定一般教育訓練給付が設けられたのです。
 さて、これら教育訓練給付の要件はどこで決まっているかというと、「雇用保険法第六十条の二第一項に規定する教育訓練の指定基準」という大臣告示です。これにより、2014年に専門実践教育訓練給付が設けられたときに、①業務独占資格・名称独占資格の取得を訓練目標とする課程、②専修学校の職業実践専門課程、③専門職大学院の3つが示されました。翌2015年には④大学等における職業実践力育成プログラムが追加されました。
 さらに、2016年には、「日本再興戦略改訂2015」を受けて⑤一定レベル以上の情報通信技術の資格取得を目標とする課程が追加されました。2017年には、「未来投資戦略2017」を受けて経済産業省が認定する⑥第4次産業革命スキル習得講座が対象に追加されました。そして2019年には、新たに設けられた⑦専門職大学と専門職短期大学も対象となりました。
 一方2019年に創設された特定一般教育訓練給付は、①公的職業資格の養成課程(短期)、②IT資格取得目標講座(ITSSL2以上)、③ITLSに基づく新たなITパスポート試験合格目標講座、④文部科学大臣が認定する大学等の短時間プログラムが対象です。
 こうして今回の2024年改正に至ります。これも官邸主導であり、「こども未来戦略方針」や「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」が補助率や上限を拡充すると明記したことを受け、法改正が行われました。これにより、雇用保険法上の給付率の上限が80%とされるとともに、教育訓練支援給付金が80%から60%に引下げられ、教育訓練休暇給付金が新設されました。この改正は事項によって施行日がバラバラで、最も影響の大きい週10時間以上労働者への適用拡大は2028年10月1日ですが、教育訓練給付金の給付率については既に2024年10月1日に施行され、教育訓練支援給付金の延長と給付率引下げは2025年4月1日、教育訓練休暇給付金の創設については2025年10月1日とされています。
 こうして、現時点の教育訓練給付の状況は次のようになっています。有為転変の末、遂に給付率の上限が制度創設時の80%に到達しました。
①一般教育訓練:20%、上限10万円
②特定一般教育訓練:40%、上限20万円
③特定一般教育訓練+資格取得:50%、上限25万円
④専門実践教育訓練:50%、上限120万円
⑤専門実践教育訓練+資格取得:70%、上限168万円
⑥専門実践教育訓練+資格取得+賃金5%以上上昇:80%、上限192万円

 

2024年10月22日 (火)

令和6年度労働関係図書優秀賞に、鈴木誠『職務重視型能力主義』と吉田誠『戦後初期日産労使関係史』

本日、令和6年度労働関係図書優秀賞が発表されました。鈴木誠さんと吉田誠さんの誠さんコンビのいずれも重厚な歴史研究書です。

https://www.jil.go.jp/award/bn/2024/index.html

511wfnkfrjl_ac_uf8941000_ql80_  このうち吉田誠さんの本については、私自身が日本労働研究雑誌の8月号で書評を書いております。

Tosho12024 また鈴木誠さんの本については、同誌の9月号で丸子敬仁さんが書評を書かれています。

わたくしの吉田著への書評はここに収納してありますので、読んでみようかな、と思った方は覗いてみてください。

http://hamachan.on.coocan.jp/yoshidamakoto.html

また、本ブログで鈴木誠さんの本にコメントしたときのエントリはこちらです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2024/01/post-a0dc54.html

 

 

 

 

 

 

2024年10月21日 (月)

働く高齢者増 問われる「定年」@読売新聞

Zyml9yj5 昨日(10月20日)付けの読売新聞で、編集委員の猪熊律子さんが「働く高齢者増 問われる「定年」というほとんど一面全部使った長大な記事を書いていますが、そこにわたくしも登場しています。

https://www.yomiuri.co.jp/life/20241019-OYT1T50123/

 この疑問にずばり答えたのが労働政策研究・研修所長の濱口桂一郎氏の著「ジョブ型雇用社会とは何か」(岩波書店)だ。濱口氏によると、本来、定年は一定の年齢に達した時に労働契約を終了する「強制退職年齢」の意味を持つ。それが今では、正社員としての雇用契約を終了し、高い賃金を一気に引き下げる「処遇精算年齢」の意味へと変わった。背景には年功賃金制の存在がある。

 もともと年功賃金制は、終戦直後、年齢とともに上がる生活費を賄うための生活給として作られた。しかし、高度成長期に企業が「能力」の上昇によるものとしたため、高くなった賃金を引き下げることが難しくなった。60歳を超えた途端、能力が突然落ちるわけではないからだ。だが、高い賃金をいつまでも払い続けるわけにはいかない。そこで多くの企業が選んだのが、60歳でいったん処遇を精算した上で新たな契約を結び直し、嘱託などで 定年前より低い賃金で65歳まで再雇用するやり方だ。・・・・

 

 

2024年10月16日 (水)

What Is “Job-based Employment” (Job-gata koyō)?@『Japan Labor Issues』 Autumn 2024

Jli_20241016215501 JILPTの英文誌である『Japan Labor Issues』の2024年秋号(49号)に「What Is “Job-based Employment” (Job-gata koyō)?」を書きました。これは、近年流行語になっている「ジョブ型雇用」について、当のジョブ型雇用の世界に生きていて、それ以外の雇用の在り方を想像できない外国人向けに、ジョブ型雇用とは何かと裏表のメンバーシップ型雇用とは何かを解説する文章とでもいえましょうか。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2024/049-00.pdf

Trends News
Freelance Act Comes into Effect in November 2024

● Research Articles
What Is “Job-based Employment” (Job-gata koyō)? HAMAGUCHI Keiichiro

Changes and Continuity in Non-regular Employment in Japan: Improved General Situation, Yet Persistent Gender Structure TAKAHASHI Koji

● Judgments and Orders Commentary
Differences in the Base Salary and Bonus between Re-employed Entrusted Workers (Shokutaku) and Regular Workers, and Violation of the Former Article 20 of the Labor Contracts Act The Nagoya Driving School Case YAMAMOTO Yota

● Series: Japan’s Employment System and Public Policy
Allocation and Transfer Management by Japanese Companies MAEURA Hodaka

● Statistical Indicators

トレンド欄はフリーランス新法の紹介ですが、「特定受託事業者」が“specified entrusted business operator”とか、英語にしてもますますわかりにくいですねえ。

論文は高橋康二さんの非正規労働論、判例評釈は山本陽大さんの名古屋自動車学校事件、シリーズは前浦穂高さんの配置転換論です。

私の文章は、

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2024/049-02.pdf

“Japan is updating the current seniority and ability-based pay on the membership-based employment system into a new job-based employment system.” In September 2022, Prime Minister Fumio Kishida announced at the New York Stock Exchange. Also, in his policy speech to the 210th session of the Diet in October of the same year, he stated that the government would compile guidelines for “transitioning from ability-based pay within a seniority system to job-based pay that is appropriate for Japan.”

と、岸田前首相のNYSE発言から始まります。

 

2024年10月15日 (火)

EUプラットフォーム労働指令正式に採択

去る3月と4月に閣僚理事会と欧州議会がそれぞれに同意していたEUのプラットフォーム労働指令ですが、その後どうなったのかニュースがなくなり、ようやく昨日の閣僚理事会のサイトに正式に採択されたというお知らせが載っていました。

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/10/14/platform-workers-council-adopts-new-rules-to-improve-their-working-conditions/

 The Council has adopted new rules that aim to improve working conditions for the more than 28 million people working in digital labour platforms across the EU.

The platform work directive will make the use of algorithms in human resources management more transparent, ensuring that automated systems are monitored by qualified staff and that workers have the right to contest automated decisions.

It will also help correctly determine the employment status of persons working for platforms, enabling them to benefit from any labour rights they are entitled to. Member states will establish a legal presumption of employment in their legal systems that will be triggered when certain facts indicating control and direction are found.

Next steps
The directive will now be signed by both the Council and the European Parliament and will enter into force following publication in the EU’s Official Journal. Member states will then have two years to incorporate the provisions of the directive into their national legislation.

現時点ではまだEU官報に掲載されていないようですが、早晩載るでしょう。

4月合意時点のテキストと比較してみますと、もちろん内容に関わる変更はありませんが、表現上の修正がかなりあちこちにあるようです。

ですので、『労働六法』2024年版所載の訳文は、若干変更する必要があります。

 

 

 

 

 

坂本貴志『ほんとうの日本経済』

9784065371978_obi_w 坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること』(講談社現代新書)をお送りいただきました。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000398892

人手が足りない!
個人と企業はどう生きるか?
人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、年間労働時間200時間減のワケ、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……
10万部突破ベストセラー『ほんとうの定年後』著者がデータと取材で明らかにする、先が見えない今こそ知りたい「10の大変化」と「8つの未来予測」――。

【目次】
プロローグ――人手不足の先端を走る地方中小企業の実情

第1部 人口減少経済「10の変化」
変化1 人口減少局面に入った日本経済
変化2 生産性は堅調も、経済成長率は低迷
変化3 需要不足から供給制約へ
変化4 正規化が進む若年労働市場
変化5 賃金は上がり始めている
変化6 急速に減少する労働時間
変化7 労働参加率は主要国で最高水準に
変化8 膨張する医療・介護産業
変化9 能力増強のための投資から省人化投資へ
変化10 人件費高騰が引き起こすインフレーション

第2部 機械化と自動化――少ない人手で効率よく生産するために
建設 現場作業の半分はロボットと
運輸 自動運転は幹線輸送から
販売 レジ業務は消失、商品陳列ロボットが普及
接客・調理 デジタル化に伴いセルフサービスが広がる
医療 非臨床業務の代替と専門業務への特化
介護 記録作業から解放し、直接介助に注力する体制を

第3部 人口減少経済「8つの未来予測」
1.人口減少経済でこれから何が起こるのか
2.人口減少局面における社会選択

労働市場の視点から見た日本経済論ですが、第1部が現状の概観であるのに対して、第2部は現場で起こっている機械化、自動化の動きを生々しく伝えていて、大変面白く読めます。

 

2024年10月 7日 (月)

朝日新聞社説が拙著『家政婦の歴史』に言及

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20241007064001 本日の朝日新聞の社説「家政婦の労災 労働者として保護せよ」は、タイトル通りの内容ですが、その中で拙著『家政婦の歴史』にわざわざ言及して、この問題の歴史的経緯について正しい認識を持つことを求めています。

(社説)家政婦の労災 労働者として保護せよ

Asahi_20241007064001   住み込みの女中は家族も同然。だから、自由に働かせてもいい――。そんな時代錯誤を許す条項が、労働基準法にある。速やかに改め、家政婦(夫)が労働者として保護されるようにすべきだ。

 2015年に、家政婦と訪問介護ヘルパーを兼ねていた60代の女性が急死した。休暇の同僚に代わり、7日間通しで個人宅に泊まり込んで働いた後のことだった。

 労働時間は計105時間、1日平均15時間に及んだが、労働災害の検討対象になったのは、介護をした31時間半だけ。残りは労基法が適用されない「家事使用人」としての仕事なので「過重業務」とはいえず、長時間労働による過労死にはあたらない――。労働基準監督署と東京地裁はそう判断した。

 だが、先月あった東京高裁の判決はこれを覆し、介護も家事も同一の会社との雇用契約に基づく一体の業務であると判断した。国は上告を見送り、判決が確定した。

 問題の根にあるのは、「家事使用人」には労基法を適用しないとする同法116条2項の規定だ。原告側は、社会的身分を理由とした差別などの憲法違反を主張したが、高裁判決はこの規定の解釈には踏み込まなかった。

 労基法制定時、この条項が主に想定していたのは、今では少なくなった「住み込みの女中」だった。ただ同時に、会社の紹介で個人と契約する家政婦も、同じ枠で扱われるようになった。

 『家政婦の歴史』を著した濱口桂一郎氏によると、大正時代に会社が家政婦を雇って家庭に派遣する事業が始まったが、敗戦後に労働者供給事業が禁止されたため、有料職業紹介の枠組みで生き残りを図った。「雇用主は紹介先の個人家庭」というかたちにして、「家事使用人」の枠に組み入れられたのだという。

 状況の変化や今回の訴訟を受けて、厚生労働省は、家事使用人にも労基法を適用する方向で具体的施策を検討すべきではないか、と提案している。規定の削除を考えるべきときだろう。

 ただ、労基法の適用対象になっても、雇い主が個人家庭の場合に、労災保険料の支払いや労働条件の順守を徹底できるのか、疑問も残る。

 今は介護も家事も労働者派遣が認められている。派遣先の家庭で仕事の指揮命令を受けている実態に照らしても、事業者に雇用される派遣労働者として労基法や労災保険の適用を受けるほうが、働き手の保護につながるはずだ。実態を踏まえ、時代にあった姿にしていきたい。

2024年10月 5日 (土)

家政婦過労死事件の高裁判決確定

Asahi_20241005182301 先日の東京高裁の国・渋谷労基署長(山本サービス)事件判決が、国が上告しなかったことにより確定したようです。

家政婦の急死、「労災」と認めた高裁判決が確定 国が上告せず

 家政婦と介護ヘルパーを兼ねて住み込みで働いていた60代女性の急死をめぐり、遺族が労災認定を求めた訴訟で、遺族補償などの不支給処分を取り消した東京高裁判決が確定した。敗訴した国側が、上告期限の3日までに上告しなかった。
 厚生労働省は「判決内容を真摯(しんし)に受け止め、所要の手続きを進めて参ります」とコメントした。 

51sgqlf3yol_sx310_bo1204203200__20241005182801 この事件は、拙著『家政婦の歴史』を執筆するもとになった記念すべき事件であり、本判決は、理屈建ては拙著とは異なるものですが、結論は本来あるべき姿によせたものになっていただけに、ひとまずは良かったということになるのでしょう。

できれば、今回の判決確定を機に、この問題に関心を寄せる多くの方々が、拙著を読んで、家事使用人と家政婦(派出婦)をめぐる歴史の真実に触れていただきたいものだと念じております。

 

2024年10月 3日 (木)

森直人・澤田稔・金子良事編著『「多様な教育機会」から問う』

652787 昨日に続き、金子良事さんからお送りいただいた二冊セットの第2巻目です。

https://www.akashi.co.jp/book/b652787.html

このうち、第2章の森直人「〈教育的〉の公的認定と機会均等のパラドックス――佐々木輝雄の「教育の機会均等」論から「多様な教育機会」を考え」という論文は、もともと不登校支援をめぐる対応から始まった多様な教育機会の議論の参照枠として、佐々木輝雄の「二つの教育の機会均等論」を取り上げています。

佐々木輝雄という名前を聞いて分かる人は、労働分野でもほとんどいないでしょう。ましてや教育分野では完全に知られざる人物でしょう。彼は教育界からも労働界からも辺境である職業訓練の世界で、教育とは何かを考え続けた人です。

ごく最近、稲葉振一郎氏が『市民社会論の再生』(春秋社)で、これまた異端中の異端の東城由紀彦と並んで取り上げたりしたので、ちょっと名が知られるようになったかも知れません。でも、JILPT図書館の佐々木輝雄職業教育論集全3巻は、あまり読まれている気配がないですね。

森さんの議論は、不登校支援から始まった普通教育機会確保法をめぐる教育の機会均等とは何かという議論と、かつて終戦直後の教育刷新会議で交わされた労働者教育(戦前の実業補習学校、青年訓練所、青年学校の流れをくむ企業内の事実上の教育)を認めるのか認めないのかをめぐる「教育機会均等」の議論を重ね焼きしながら、そのパラドックスを浮き彫りにしていくものです。

私は不登校支援をめぐる経緯にはまったく疎いので、その成否はよく分かりませんが、佐々木輝雄をちゃんと読み込んで、今現在の課題に応用してくれている人がいるということ自体に、しばし感動しました。いや、そう感動する資格は、佐々木輝雄の後継者である田中萬年さんにこそあるのでしょうが。

20170603225520_2 ところがその先を読んでいくと、なんと変な奴の変なエッセイが出てきます。濱口桂一郎という奴が、今は廃刊された『労働情報』という雑誌に寄稿した「交換の正義と分配の正義」をほじくり返してきて、パラドックスの構造はこれと一緒だというのです。うーん、そうですかねえ。書いた本人が、必ずしもそうは思えないんですが。

森さんが拙論を持ち出してきているのが正しいのかどうか、せっかくなので、その小論をここに再アップしておきますね。

年功給か職務給か?@『労働情報』にコメント

 本誌で前々号、前号に掲載された二つの対談(金子良事×龍井葉二、禿あや美×大槻奈己)を読んで論評せよとの依頼である。昨年来の官邸主導の「同一労働同一賃金」政策に対して、労働運動の側が明確なスタンスを示し得ていない現状の中で、これまで避けられてきた「論争」をあえて喚起しようという壮図に呼応して、本稿では日本の賃金制度の歴史を賃金思想に係るイデオロギー批判的観点から再考察し、両対談が提起した問題を掘り下げて論じてみたい。

 このシリーズは「年功給か職務給か」と銘打っているが、そもそも両者は厳密な意味で対立しているのだろうか。龍井が言うように前提となる雇用システムが「仕事に人がつく」のか「人に仕事がつく」のかという意味では両者は対立概念である。しかし、賃金がいかなる社会的価値に対して支払われる(べきな)のか、言い換えれば賃金制度が従うべき正義は何か、という観点からは、対立軸は曖昧になる。「年功」が表示するものは何なのか、年齢に伴う生計費なのか、勤続に伴う職業能力なのか。

 龍井が持ち出している勤続十年のシングルマザーの相談は示唆的である。彼女は「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と問う。大槻は「10年経験が違ったら・・・同じ賃金には絶対にならない」といささか的外れな反応をするが、彼女が聞きたいのは「養ってもらっている高校生と、子どもを育てているお母さんと時給が同じ」でいいのかということだ。

 そもそも賃金は労務の対価として市場における交換の正義に従うとともに、それによって生計を立てるべき原資として分配の正義に服するべきものである。しかしながら両者は多くの場合矛盾する。このダブルバインドをいかに整合性ある思想の下に統一するかは、いかなる賃金制度であっても解決しなければならない課題であった。そして極めてざっくりいえば、それを労働市場の集団的プレイヤーたる労働組合が主導する形で、あくまでも交換の正義に従う「職務」に基づく賃金を分配の正義を充たす「生活」しうる水準に設定することによって達成しようとしてきたのが欧米の職務型社会であった。原則としてそれで生活できる水準の賃金を、団体交渉を通じて「職務」単位で決定する。それで賄いきれない部分は福祉国家を通じて、すなわち純粋に分配の正義に基づいて補われる。

 それに対し金子が引く伍堂卓雄は、賃金決定において年齢と扶養家族という分配の正義を全面に出し、交換の正義の追求を否定した。市場の集団的プレイヤーとしての労働組合が欠落した生活給思想は、戦時体制下に皇国勤労観によって増幅強化され、終戦直後の電産型賃金体系に完成を見る。当時、世界労連はかかる賃金制度を痛烈に批判していたのだが、日本の労働組合は断乎として交換の正義を拒否したのである。

 当初職務給への移行の論陣を張っていた経営側は、1969年の『能力主義管理』において、仕事に着目する職務給からヒトに着目する職能給に転換した。正確にいうと、「職務を遂行する能力」という一見職務主義的な装いの下に、その実は極めて主観的な「能力」評価に基づく賃金制度を定式化したのである。「能力主義」とは、実際には「能力」査定によって差が付く年功制を意味した。そしてその差が不可視の「能力」によって正当化される仕組みの確立でもあった。本来交換の正義を否定して企業における分配の正義として構築された年功給が、「能力」の対価として企業という名の内部労働市場の交換の正義によって正当化されるという入り組んだ構図である。

 意外に思われるかも知れないが、「能力主義」においては、既に非正規労働者の均等処遇問題は論理的には解決済みである。なぜなら、正社員の賃金が高く、非正規労働者の賃金が低いのは、その「能力」にそれだけの格差があるからだ。そして、非正規労働者の主力が家計補助型のパート主婦と学生アルバイトで占められている時代には、それは分配の正義に概ね合致していた(そのずれを一身に体現するのがシングルマザーであったわけだが)。

 1990年代以降、性別と年齢を問わない形での非正規化が進行し、とりわけ家計維持型の若年・中年男性非正規労働者が目立つようになると、その生活費と低賃金のずれに社会的関心が集まってくる。しかしそれを的確に論じうるような道具立ては、先行する時代に既に消滅していた。主婦パートや学生アルバイトが低賃金なのは彼らの「能力」が低いからであり、正社員の高賃金はその「能力」が高いゆえであるという経済学的説明が正しいならば、若年・中年男性非正規労働者がいかに生活に苦しんでいたとしても、それは彼らの「能力」不足の帰結に過ぎない。生活給を能力で説明することで賃金のダブルバインドを解消してしまったかつての超先進国ニッポンは、交換の正義で掬えない分配の正義を正面から論じる道具をも見失ってしまった。

 本来分配の平等を何ら含意しない(し、むしろ思想的には逆向きである)職務給が、しかも成果主義的偏奇すら伴って、あたかも格差是正の妙薬であるかのように論じられるという現代日本のねじれにそれが露呈している。大槻はいささか無防備に「「働いた貢献」と「その時得られる報酬」っていうのは、そのときどきでバランスする必要がある」と口走る。だが今日の「能力主義」+「成果主義」的年功制は、(少なくとも建前上は)そんなものは既にクリアしているのだ。言うまでもなく、同一労働(なら)同一賃金とは対偶をとれば異なる賃金(なら)異なる労働であり、シングルマザーのレジ係を(昨日入った女子高生ではなく)そのスーパーの正社員の賃金水準に引き上げるものではない。この混迷をさらに増幅しているのが、(本来人権論的問題意識から男女差別についてのみ同一労働でなくても超越的に適用されるべきものとして発展してきた)同一「価値」労働同一賃金論を、職務分析という手法論を経由して、非正規労働問題に不用意に持ち込んできたことである。

 職務給も同一労働同一賃金も、それ自体は交換の正義しか含意しない。それを分配の正義であるかのごとく思い込むならば、手ひどいしっぺ返しを喰らうだろう。我々の課題は複合的である。一方で「能力」という万能空疎の原理ではなく、より客観的な指標に基づいて交換の正義たる賃金制度を再確立すること。他方でそれができる限り分配の正義をも充たすように企業と雇用形態を超えた「生活できる賃金水準」を(産業レベルで)確立し、併せて福祉国家という分配の正義を強化すること。そのいずれが欠けても、事態は少なくとも短期的には悪化するだろう。我々は依然として「生活」と「能力」のアポリアの中にある。

 

 

 

 

 

 

 

渡辺将人『台湾のデモクラシー』

71zav6bwdl252x400 例によって、月1回の『労働新聞』書評です。

【書方箋 この本、効キマス】第83回 『台湾のデモクラシー』 渡辺 将人 著

 世界の200近い国には、自由で民主的な国もあれば、専制独裁的な国もある。イギリスのエコノミスト誌が毎年発表している民主主義指数では、第1位のノルウェーから始まって各国の格付けを行っているが、当然のことながら上位には欧米系諸国、下位にはアジア、アフリカ諸国が並ぶ。日本の周辺には、第165位の北朝鮮、第148位の中華人民共和国など、独裁国家が目白押しだ。しかしかなり上位に位置する国もある。韓国は第22位、日本は第16位で、イギリス(第18位)などと肩を並べる。そうか、アジアで一番民主的な日本でも第16位か、と勝手に思ってはいけない。実は、アジアで最も民主的な国は第10位の台湾なのである。

 これは、年配者にとっては意外な光景だろう。なぜなら、台湾を支配する中華民国は1987年まで戒厳令の下にあった典型的な専制国家だったのだ。それから40年足らずで世界に冠たるデモクラシーの模範国家となった台湾という国(正確には、世界のほとんどすべての国から国家承認を受けていないので、「国」ということすら憚られる状態なのだが、本稿では「国」で通す)の軌跡/奇跡は、どんな理論書にも増して民主主義を理解するうえで有用であろう。

 本書の著者はアメリカ政治の専門家で、新書本も含め10冊以上も関連書籍を出している。彼が台湾とかかわったのは、若い頃アメリカ民主党の大統領選挙陣営でアジア太平洋系の集票戦略を担当し、在米チャイニーズの複雑な分裂状況に直面したときだったという。そこから台湾政治とアメリカ政治の密接な関係を認識して、頻繁に訪台するようになり、民進党系、国民党系などさまざまな政治運動やマスメディアの研究に没頭していく。

 彼が注目するのは、アメリカ式の大規模な選挙キャンペーンだ。日本の報道でもよく流れたのでご存じの方も多いだろうが、「台湾の選挙に慣れすぎるとアメリカの選挙演説が静かで退屈にすら感じる」くらいなのだ。とりわけ他国に例を見ないのは屋外広告とラッピングバスだ。選挙時には交通機関の半分以上が候補者の顔で埋め尽くされる。実は筆者も2010年に国際会議に参加するため台北を訪れた際、目の前を走るバスがすべて候補者の顔になっているのを見て度肝を抜かれた思い出がある。アメリカ風からさらに定向進化した台湾風というべきか。

 台湾はデモクラシーだけでなく、リベラルでもアジアの最先進国だ。フェミニズムを国家権力が全力で弾圧する中国は言わずもがな、自由社会のはずの日本も保守派の抵抗でなかなか進まないリベラルな社会変革が、ほんの一世代前まで戒厳令下にあった国で進められていく。19年にアジアで初めて同性婚を認めた台湾は、トランスジェンダーのオードリー・タン(唐鳳)が閣僚になった初めての国でもあり、多様性と人権と市民的自由が花開いた東アジアのリベラルの橋頭堡である。本来ならば、日本のネトウヨ諸氏は専制中国でこそ居心地が良く、リベラル諸氏は台湾こそわが同志と思ってしかるべきではないかと思われるが、その代表格と目される鳩山由紀夫氏や福島瑞穂氏は中国の「火の海にする」という軍事的恫喝に諸手を挙げて賛同しているのだから、まことに拗れきった関係だ。

 

2024年10月 2日 (水)

森直人・澤田稔・金子良事編著『「多様な教育機会」をつむぐ』

652786 金子良事さんから、金子さんが編著者の一人となっている二冊セットの本をお送りいただきました。「公教育の再編と子供の福祉」という2冊シリーズの第1巻『「多様な教育機会」をつむぐ ジレンマとともにある可能性』と、第2巻の『「多様な教育機会」から問う   ジレンマを解きほぐすために』です。

https://www.akashi.co.jp/book/b652786.html

本書に収録されている金子さんの「第2章 「無為の論理」再考 」の最初のところを読んで、金子さんが大阪の方に行かれてから、拙著へのコメントもされなくなり、なんだか没交渉になってしまった感が強かったのですが、その理由が分かりました。

金子さんとは、彼が大原社会問題研究所にいた頃、私が2年間ほど法政大学社会学部で講義をしに行ったときにお目にかかり、その後、『日本の雇用と労働法』『若者と労働』『日本の雇用と中高年』『働く女子の運命』といった本を献呈するたびに、

濱口さんの『日本の雇用と労働法』日経文庫を何度かざっと読みながら、何ともいいようのない違和感があったので

しかし、最近の濱口先生の本は、というか、前からそうでしたけど、読み切りにくいですねえ。

老婆心ながら、この本で女性労働の歴史を学びたいという方には、おやめなさいと申し添えておきます。

といった厳しいご指摘をいただいてきていたので、その後の本には何の反応もなくなってしまったのは寂しい思いがしていました。

今年の『賃金とは何か』には久しぶりに充実したコメントをいただいたので、とても嬉しかったのですが、ではその間金子さんは何に関心を持ち、何をしていたのか?

今回お送りいただいた本の中で、金子さんはこう語っています。

2018年に大阪にやってきてから、縁があって、私は外国ルーツの子どもたちの学習支援(居場所活動的な意味も含まれています)や小学校の居場所活動、若者支援に携わってきました。また、そうした現場で培ってきたことをフィードバックして、今度は本務校での学生支援に力を入れてきました。研究者としてのキャリアをスタートさせてから、そのアイデンティティは歴史研究者だったのですが、大阪に来てからは歴史研究者ではなく、実践者としてやってきました。・・・・

ああ、そうだったのですね。大阪の子どもたち、若者たちにとって金子さんがかけがえのない存在になっていたのであれば、拙著にコメントをするなんて言う余計なことをしている暇はなかったのでしょうね。

 

 

 

 

『改革者』で萩原里紗さんが拙著書評

24hyoushi10gatsu 政策研究フォーラムの機関誌『改革者』の10月号で、萩原里紗さんが拙著『賃金とは何か』の書評をしていただいております。

月刊誌「改革者」2024年10月号

書評   濱口桂一郎著『賃金とは何か』 評者 萩原里紗 P65

 なぜ日本の賃金は上がらないのか?本書は、その理由を「上げなくても上がるから上げないので上がらない」と答えている。
 一見すると何を言っているのか分からないが、主語を加えるとわかりやすくなる。言い換えると、「ベースアップが行われなくても、定期昇給が行われ、一人一人の賃金は上がっているのだからそれでよしとしているため、日本の賃金は全体として上がらない」ということを意味している。

・・・・・そのような労働組合を今すぐ組織することは難しいものの、本書は賃金制度の歴史を辿ることで、今後の労働組合のあるべき姿を考える上での青写真を提供している。本書が労働組合に属する人たちにとっての必読書になることを期待する。

拙著で書いてあることのその先まで見通して書評していただきました。

 

 

 

大久保幸夫『マネジメントのリスキリング』

A846ae4416c10a9f9a7a614acf731b07acbc6f6a 大久保幸夫『マネジメントのリスキリング ジョブ・アサインメント技法を習得し、他者を通じて業績を上げる』(経団連出版)をお送りいただきました。

働く人々や働き方の多様化、「人的資本経営」への関心の高まりなどを受けて、日本企業は今、従来のマネジメントのあり方を大きく変革する必要に迫られています。また、そのために、マネジャーのマネジメントスキルの再開発・再教育が喫緊の課題となっています。
マネジメントの役割は、「他者を通じて業績を上げる」ことです。本書は、マネジメントの基本技術である32の「ジョブ・アサインメント」(日常のマネジメント行動)の解説を中核に、マネジメントのポイントをテーマ別に整理し、ジョブ・アサインメントの各項目とつないで詳しく説明しています。
マネジメント研修のサブテキストとして、また多面観察評価後の内省機会における思考の整理におすすめの一冊です。

【おもな内容】
第1章 キャリアとしての「管理職(マネジャー)」を考える
第2章 マネジメントには黄金法則がある ―ジョブ・アサインメント32の行動
第3章 業績を高める ―目標達成支援のマネジメント
第4章 人を育てる ―キャリア支援のマネジメント
第5章 やる気を引き出す ―エンパワーのマネジメント
第6章 効率を高める ―仕事と時間をデザインするマネジメント
第7章 価値を生み出す ―人的資本経営のマネジメント
第8章 テレワーク普及で求められるリモート・マネジメント
第9章 ダイバーシティの深化で求められる配慮のマネジメント
第10章 マネジメントの経験学習 ―多面観察評価を活かす

一番最後に,3人の名言が載っています。

人を用いるには、すべからくその長ずるところをとるべし。人それぞれに長ずるところあり、何事も一人に備わらんことを求めるなかれ。(徳川家康)

ダメな部下はいない。ダメなリーダーがいるだけだ。(ジャック・マー)

他人に花を持たせよう。自分に花の香りが残る。(斉藤茂太)

 

 

 

 

2024年10月 1日 (火)

『労務事情 』2024年10月1日号に2本ほど

B20241001 本日刊行の『労務事情 』2024年10月1日号に、毎月連載の「数字から読む 日本の雇用」に加えて、特集「〈1500号記念企画〉人的資本投資時代の人事・労務管理~現状と展望」の記事も書いております。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20241001.html

この特集はこういうラインナップですが、

◎「人材マネジメント」の視点から 学習院大学 名誉教授 今野浩一郎
◎「教育研修・人材育成」の視点から 事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授 浅野浩美
◎「働き方」「働かせ方」の視点から 神戸大学大学院 法学研究科 教授 大内伸哉
◎「健康経営」の視点から 東京大学大学院 医学系研究科 特任教授/一般財団法人淳風会 代表理事 川上憲人
◎「福利厚生」の視点から 山梨大学 名誉教授/福利厚生戦略研究所 代表 西久保浩二
◎「従業員エンゲージメント」の視点から 同志社大学 政策学部 教授 太田 肇
◎「情報開示」の視点から 労働政策研究・研修機構 研究所長 濱口桂一郎

わたくしのは、労働法制における情報開示の変遷をざっと概観するとともに、情報開示に対して企業に求められる姿勢について述べています。

もう一つの、毎月連載の方は、

◎数字から読む 日本の雇用 濱口桂一郎 第28回 女性の管理職割合 12.7%

今年7月に公表された令和5年度雇用均等基本調査における女性管理職割合を取り上げています。

 

 



解雇規制論の誤解再び@WEB労政時報

WEB労政時報「HR Watcher」に「解雇規制論の誤解再び」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/87863

 今は毎月1回こうして寄稿しているWEB労政時報「HR Watcher」の連載ですが、その記念すべき第1回目は、2013年4月19日の「解雇規制論の誤解」でした。その前年2012年末の総選挙で自民党が大勝し、第2次安倍内閣が発足して、経済財政諮問会議、規制改革会議、産業競争力会議など官邸の会議体が次々に新たな政策を打ち出し、その中で解雇規制緩和が声高に唱道され始めた時期でした。私はさまざまなメディアに登場して、「日本は解雇規制が厳し過ぎるから緩和すべき」という議論が間違っており、問題の本質はジョブ型ではなくメンバーシップ型である日本の雇用システムにあるのだと論じてきました。そのおかげで、世の論者のかなりの部分は、あまりにもおかしな議論を展開することは少なくなってきたのではないかと思っていました。
 
 ところがそれから11年以上が経過し、どうも政治家の頭の中では何らそういう進歩は見られなかったことが明らかになってきたようです。というのも、ご承知のとおり、去る8月14日に岸田文雄首相が辞意を表明し、その後継者を目指して9人の候補者が自民党の総裁選挙に出馬しています。本稿が公開される10月1日には新総裁が選出され、新たな内閣が発足しているでしょうが、本稿執筆時点では、まだ誰が次期総裁になるか皆目分かりません。しかしながら、立候補した9人のうち、河野太郎氏と小泉進次郎氏は、解雇規制の緩和を政策に掲げ、突如として解雇規制緩和論が政界の話題の先端に上り詰めたのです。・・・・

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