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2024年9月 2日 (月)

労働組合は給与交渉代行サービスか?

6znhda3e_400x400 アウグストさんがコメント欄で言及しているようなやりとりがX(旧twitter)上であったようですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2024/08/post-a4894b.html#comment-121553497

自分で辞めたいって言えない人向けの退職代行サービスが結構ニーズあるって話を聞くけど、給与交渉代行サービスってあるのかな?やったら流行りそうな。

世界はそれを「労組」と呼ぶんだぜ。

いくつか解きほぐすべきことどもがあります。

まず、前澤友作さんが想定しているであろう「給与交渉」というのは、おそらく上級ホワイトカラー層(いわゆるエグゼンプト)の、個人別に給与が決定されるような人々の成果給的な給与交渉のことであって、ホワイトカラーでもごく普通のクラーク層や、グレーカラー、ブルーカラーといった、典型的なジョブ型雇用で生きている人々の「賃金交渉」ではないように思われます。

前者はそもそも個人別に交渉決定されるので、その交渉の代行も当該個人の交渉の代行というまさにエージェント的なものになりますし、そういう層の給与というのはそこらのランクアンドファイルの賃金とは違って極めて高額なので、個人交渉の代行をすることでせしめることのできるフィーもかなり高額のものとすることができます。プロ野球選手の年俸交渉というのは、その最も典型的なものでしょうが、いうまでもなくそういう「給与交渉」が社会的に存立可能な領域は極めて限られています。

では「世界はそれを「労組」と呼ぶんだぜ」という言葉はどの程度正しくどの程度間違っているのか。

まずもって、今例に出したプロ野球選手は労働組合を結成して団体交渉しているのも確かなので、両者がまったく別世界というわけではありません。ただ、プロ野球であれ何であれ、労働組合の仕事は上で前澤さんが想定しているような、一人一人の年俸をいくらにするというような個別交渉の代行業ではないことは確かです。労働組合とはあくまでも集団的な交渉を行うものですから。

ではその集団的な交渉とは何か。これが、現在の日本ではなかなかわかりにくいのですが、おそらく一番わかりやすいたとえは、医師会が診療報酬の引上げのために頑張ること、農協が米価の引上げのために頑張ること、そういう一人一人の個別的な報酬額ではなく、当該組織に加盟しているメンバー全員に共通するところの、「共通の売り物の単価の引上げ」という共通利害のために、当該組織のリーダーが当該組織のメンバーをいわば代行して交渉することであるといえば、一番近くてわかりやすいたとえになるでしょう。

これが、ジョブ型雇用社会における労働組合の役割です。個別交渉の代行ではなく、共通の売り物-「ジョブ」-の値段を引き上げるための集団的な交渉を行うのが労働組合であり、法理的には一個の組織のリーダーとメンバーなので代理や代行ではありませんが、社会経済的実態からすればリーダー層がメンバー層の代行をしているという言い方も可能です。むしろ、その側面に着目したのが、アメリカの労働組合を描写するときによく使われる「ビジネス・ユニオニズム」です。「ビジネス」といっても、これはそんじょそこらの普通の労働者の集団的な利益のための代行であって、前澤さんの想定するようなエグゼンプトな人々の個別交渉とは隔絶した世界であることは認識しておく必要があります。

はい、ここまでで相当の字数を使いましたが。まだ世界標準のジョブ型雇用社会の話であって、この先に、ところが日本の労働組合というのはそういうのとは違って・・・という話が延々と続きます。

Asahishinsho_20240902100301 めんどくさくなったので、そしてそれはまさに7月に刊行したばかりの『賃金とは何か』の主たるテーマでもあるので、ここから先は同書を読んでください。

3 労使関係のジョブ型、メンバーシップ型

 ジョブ型社会における労働組合とは、基本的に同一職業、あるいは同一産業の労働者の利益代表組織です。従って、同一職業の労働者の利益を代表するものとして、この仕事はいくらということを決めます。それもできるだけ高く決めようとします。それが労働組合の任務です。これに対して、メンバーシップ型社会においては、労働組合は同一企業に属するメンバー(社員)の利益代表組織です。社員の社員による社員のための組織です。ですから、やることが全く違います。
 ジョブ型社会、とりわけヨーロッパ諸国においては、労働組合は産業レベルで団体交渉を行い、労働協約を締結します。産業レベル、たとえばドイツでいうと金属労組と金属産業の使用者団体との間で、鉄鋼であれ、電機であれ、自動車であれ、金属労働者を一貫して、この仕事はいくら、この技能レベルの仕事はいくらという値付けをするのが労働組合の任務です。つまり、ジョブ型社会における団体交渉、労働協約とは、企業を超えた職種や技能水準ごとの労働力価格の設定です。これを何年かに一回、大々的に行うのです。ジョブについた値札を一斉に書き換える運動が、ジョブ型社会の団体交渉だと考えればいいでしょう。
 それに対してメンバーシップ型社会においては、企業別に組織された労働組合という名の組織が、団体交渉を行い、労働協約を締結しますが、それはいかなる意味でも職種や技能水準の値付けではありません。単純に、欧米は産業別組合だが日本は企業別組合であり、そこだけが違うのだと考えていると間違います。欧州では産業別組合が産業別交渉で職種や技能の値付けをしていますが、日本では企業別組合が企業内交渉で職種や技能の値付けをしている、というわけではありません。では、ヒトの値付けをしているのか、というと、そうでもないのです。少なくとも、社員一人ひとりの賃金額がいくらになるかというようなことを、日本の団体交渉で決めているわけではありません。
 先に述べたように、メンバーシップ型社会ではそもそも賃金が職務では決まりません。そういう社会において、団体交渉や労働協約は一体何を決めているのかというと、これは読者の皆さんがよくご存じの通り、企業別に総額人件費の増分(社員の分け前)を交渉しているのです。ベースアップ(略して「ベア」)という、英語とは似ても似つかぬ、訳のわからないカタカナ言葉がありますが、これは一体何かというと、企業別に総額人件費をどれだけ増やすかを決めているわけです。なぜかというと、メンバーシップ型社会の労働者にとっての最大の利益がそこにあるからです。どちらも、組合員にとっての最大の利益になることを一生懸命やるのが労働組合ですが、その最大の利益の存在する場所が全然違うということです。この意味で、メンバーシップ型社会の賃金は属人給であるとともに、企業に所属していることに基づく所属給と呼ぶこともできるでしょう。
 以上は基礎の基礎ですが、世間で賃上げというときに、ベースアップと定期昇給を一緒にして何%ということがあります。いやむしろ、労働組合も経営団体も政府も、賃上げ率をいうときには定昇込み何%というのが普通です。しかし、ベースアップは、理屈や仕組みは全然異なるけれども、欧米におけるジョブの価格設定と同じように、労使間で交渉して決めるものです。交渉がうまくいかなければストライキに訴えることもあり得ます(少なくともかつてはありました)。これに対して定期昇給というのは、そもそもメンバーシップ型社会における賃金設定の根幹をなす制度です。団体交渉をしなくても毎年定期昇給で少しずつ賃金は上がっていくのですが、それを超えて賃金を引上げるのがベースアップです。しかし、一人ひとりの賃上げ額まで決めるわけではなく、企業全体で総額人件費をいくら上げるというマクロの数字を、労働者の頭数で割った一人当たりいくらというのはあくまで抽象的な数字に過ぎません。
 このベースアップと定期昇給の複雑な関係については、本書第Ⅱ部で歴史的経緯を詳しく見ていきますが、とりあえずここでは以上のことだけを頭に入れておいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

コミュニティユニオンはまさに個人の賃金交渉を代行しているように思えますが、あれもまた日本特殊的な形態なのでしょうか。他国ではまずありえないようにも思えます。

>ではその集団的な交渉とは何か。これが、現在の日本ではなかなかわかりにくいのですが、おそらく一番わかりやすいたとえは、医師会が診療報酬の引上げのために頑張ること、農協が米価の引上げのために頑張ること、

 これは目から鱗でした。
 確かに医師会、農協はジョブ型雇用社会の労組に近いですね。
 と言うか、労働組合も圧力団体なんだから本来であれば医師会や農協と同じような交渉スタイルになりますね。
 医師会は医療保険の報酬の点数につきいくら、そして農協は例えばお米はキロ当たりいくら、という価格をつけるために交渉しているわけで、本来は労組もそうでなければおかしい。
 お医者さんは基礎的な技能は大学医学部で、そして農家は農業高校、そして農学部で身に付けるのでまさにジョブ型。
 しかし日本の労働者は工業高校、商業高校以外の普通科高校、大学人文・社会系学部出身者は仕事に基礎的な技能は身に付かないまま、勤め先で身に付けるもの。
 であれば、企業も雇われ人も「やる気があるか否か」で給料に差をつけるしかありませんねえ。

 まあ、そもそも医師会所属のお医者さんも、農協に入っている農家も「事業所得」を稼ぐ「自営業」で労働者と別世界の住人だから誰も医師会と農協の交渉スタイルが労組に似ているなんて気が付かないわけです(^^;

だからこのポストが話題になったわけか(^^;

自分のコメントをとりあげていただき、ありがとうございます。
エグゼンプトの給与交渉という視点はありませんでした。
くだんのツイートの「代行」という表現から「それじゃ消費者(フリーライダー)じゃないか?」という発想に結びつける自分の感覚が
メンバーシップ型社会に漬かった頭によるものなのかなと思いました。
先生の御著書をもういちど読み返して勉強します。
かさねがさねありがとうございました。

企業別組合だと、社員に大盤振る舞いをし過ぎて、俺の定年退職後に会社が破綻、でも別に構わないんですよね。
ジョブ型でも、個別企業が破産しようが、どうでもいいんですが、交渉相手である産業(当該ジョブの消費者)が
消失して、ジョブが破綻をするのは困る。労働組合内の若手とシニアの利害対立のありようが、違ってきますね。
ジョブ型だと、シニアは当該業務の経験を評価すべきと言うでしょう。

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