フォト
2026年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 本日の日経新聞書評欄に登場 | トップページ | 労働法の立法学第71回「企業内教育訓練への支援政策」@『季刊労働法』286号 »

2024年9月14日 (土)

第1回産業競争力会議雇用・人材分科会有識者ヒアリング(平成25年11月5日)

自民党総裁選で解雇規制の話がますます迷走しているようですが、たぶんあんまりよくわかっていない人々に噛んで含めるように可能な限りわかりやすく説明した議事録がありますので、これももう11年前のものですが、再掲しておきます。

第2次安倍内閣が発足して1年足らずの平成25年(2013年)の11月に、官邸に設置された産業競争力会議の雇用・人材分科会に有識者として呼ばれてお話したものです。

第1回産業競争力会議雇用・人材分科会有識者ヒアリング議事要旨

 私からは若干広く今後の労働法制のあり方について、雇用システムという観点からお話をさせていただく。
 ここ半年近くの議論について感じていることを申し上げる。雇用というものが法律で規制されている、その法規制が岩盤であるといった言い方で批判をされているが、どうも根本的にその認識にずれがあるのではないかと感じている。
 むしろ私が思うのは、現代の日本では特にこの雇用・労働分野については法規制が乏しい、ある意味で欠如しているがゆえに、慣行というものが生の形で規制的な力をもたらしている。そのメカニズムを誤解して、法規制が諸悪の根源であるという形で議論をすると、かえって議論が混迷することになるのではないかと思っている。それゆえ、まずは問題の根源である日本型の雇用システムからお話をしたい。
 本当はこれだけでも1時間や2時間かかる議論だが、ごくざっくりとお話をすると、雇用のあり方を私はごく単純にジョブ型とメンバーシップ型とに分けている。日本以外は基本的にジョブ型。日本も、法律上ではジョブ型。
 ジョブ型とは、職務や労働時間、勤務地が原則限定されるもの。入るときも欠員補充という形で就「職」をする。日本は、就「職」はほとんどせず、会社に入る。「職」に就くのだから、「職」がなくなるというのは実は最も正当な解雇理由になる。欧米・アジア諸国は全てこれだし、日本の実定法上も本来はジョブ型。
 ところが、日本の現実の姿は、メンバーシップ型と呼んでいるが、職務も労働時間も勤務地も原則無限定。新卒一括採用で、「職」に就くのではなく、会社に入る。これは最高裁の判例法理で、契約上、絶対に他の「職」には回さないと言っていない限りは、配転を受け入れる義務があり、それを拒否すると懲戒解雇されても文句は言えないことになっている。
 それだけの強大な人事権を持っているので、逆に、配転が可能な限り、解雇は正当とされにくくなる。一方、残業を拒否したり配転を拒否したりすれば、それは解雇の正当な理由になる。日本の実定法は、そのようにしろと言っているわけではなく、むしろ逆である。にもかかわらず、いわば日本の企業が、もう少し正確に言うと人事部が、それを作り上げ、そして、企業別組合がそれに乗っかり、役所は雇用調整助成金のような形で、端からそれを応援してきたというだけのこと。しかしながら、法規制が欠如していることによって、これが全面に出てくる。
 実は1980年代までは、メンバーシップ型のシステムが日本の競争力の源泉だと称賛をされていた。ところが、1990年代以降は、いろいろな理由でメンバーシップ型の正社員が縮小し、そこからこぼれ落ちた方々は、パート、アルバイト型の非正規労働者になってきた。とりわけ新卒の若者が不本意な非正規になってきたことが社会問題化されてきた。一方、正社員はハッピーかというと、いわゆるメンバーシップ型を前提に働かせておきながら、長期的な保障もないといういわゆるブラック企業現象が問題になってきている。
 したがって、求められているのは規制改革ではない。規制があるからではなく、規制がないからいろいろな問題が出ている。雇用内容規制が極小化されるとともに、その代償として雇用保障が極大化されているメンバーシップ型の正社員のパッケージと、労働条件や雇用保障が極小化されている非正規のパッケージ、この二者択一をどうやっていくかというのがまさに今、求められていることだろう。一言で言うと、今、必要なのはシステム改革であって、それを規制改革だと誤解すると、いろいろな問題が生じてくる。

 以下、規制改革であると誤解することによる問題を述べる。まず、一番大きなものが解雇規制の問題である。非常に多くの方々が、労働契約法第16条が解雇を規制していると誤解し、人によってはこれが諸悪の根源だと言う方もいるのだが、これは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇を権利濫用として無効とすると言っているだけである。つまり、これは規制をしておらず、それまでの判例法理を文章化しただけである。
 本来、権利濫用というのは、権利を行使するのが当たり前で、例外として権利濫用を無効とするというだけなのだが、その権利濫用という例外が、現実には極大化している。
 なぜかというと、裁判官が何も考えず勝手に増やしたわけではなく、そこに持ち込まれる事案がメンバーシップ型の正社員のケースが圧倒的に多いため。彼らは職務も労働時間も勤務地も原則無限定だから、会社側には社内に配転をする権利があるし、労働者側にはそれを受け入れる義務がある。そうであるならば、例えば会社から「濱口君、来週から北海道で営業してくれたまえ」と言われれば受けなければならない人を、たまたまその仕事がなくなったからといって整理解雇することが認められるかと言えば、それはできないだろう。つまり規制の問題ではなく、まさにシステムの問題。
 日本よりヨーロッパの方が整理解雇しやすいと言われている。それは事実としてはそのとおりだが、法体系、法規制そのものはヨーロッパの方が非常に事細かに規制をしている。それではなぜヨーロッパは、整理解雇が日本に比べてしやすいと見えるのかというと、それはそもそも仕事と場所が決まっており、会社側には配転を命ずる権利がないから。権利がないのに、いざというときにしてはいけないことをやれと命ずることができないのは当然。逆に日本は会社にその権利があるから、いざというときにはその権利を行使しろということになる。
 そうすると、この法律はどうできるのかという話になる。単純に労働契約法第16条を、例えば客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない権利濫用であっても有効であるとするのは、だめなものはだめと書いているのをだめなことはいいと書きかえろと言っているだけの話なので、それは法理上不可能。気に食わないからこれを削除してしまったらどうなるかと言えば、これは2003年以前の状態に戻るだけ。
 まさに八代先生が、その規定が全くない状態でどうするかということを議論されていたときに戻るだけなので、実はそんなものは何の意味もない。逆に皮肉だが、欧州並みに解雇規制を法律上設ければ、その例外、すなわち解雇できる場合というのも明確化される。これは別にこうしろという意味ではなくて、例えばこんなことが考えられるだろう。
 使用者は次の各号の場合を除き、労働者を解雇してはならない。
一 労働者が重大な非行を行った場合
二 労働者が労働契約に定める職務を遂行する能力に欠ける場合
三 企業経営上の理由により労働契約に定める職務が消滅または縮小する場合
 当然、職務が縮小する場合は対象者を公正に選定しなければならないし、また、組合や従業員代表と協議しなければならない。実はこれは今とあまり変わらない。何が違うかというと、労働契約に定める職務というものが定められていなくて何でもしなければならないのであれば、要するに回せる職務がある限りはこれに当たらないということが明確化するということ。すなわち、規制がない状態から規制を作るというのも、1つの規制改革であろうというのがここで申し上げたいこと。
 解雇についてはもう一点。いわゆる金銭解決という問題があるが、これもまた多くの方々がかなり誤解しているのは、日本の実定法上で解雇を金銭解決してはならないなどという、そんなばかげた法律はどこにもない。かつ、現実に金銭解決は山のようにある。
 金銭解決ができない、正確に言うと金銭解決の判決が出せないのは、裁判所で解雇無効の判決が出た場合のみ。判決に至るまでに和解すれば、それはほとんど金銭解決しているということだし、あるいは同じ裁判所でも労働審判という形をとれば、それはほとんど金銭解決をしていることになる。行政機関である労働局のあっせんであれば、金銭解決しているのが3割で、残りは金銭解決すらしていない。いわば泣き寝入りの方がむしろ多い。そこまで来ないものもあるので、現実に日本で行われている解雇のうち金銭解決ができないから問題であるというのは、実は氷山の一角というよりも、本当に上澄みの一部だけ。
 むしろ問題は、私は労働局のあっせん事案を千数百件ほど分析したが、3割しか解決していないというのも問題だが、解決している事案についても、例えば解決金の平均は約17万円であるということ。労働審判の方は大体100万円であることを考えると、金銭解決の基準が明確になっていないために、非常に低額の解決をもたらしているか、あるいは解決すらしていないことになる。大企業の正社員でお金のある人ほど裁判ができるが、そうではない中小零細企業になればなるほど、あるいは非正規になればなるほど裁判はできない。弁護士を頼むということもできず、低額の解決あるいは未解決になっていることに着目をして、まさに中小零細企業あるいは非正規の労働者の保護という観点から、解雇の金銭解決を法律に定めていくことに意味があるのではないか。
 ドイツの法律を前提として解雇無効の場合にも金銭解決ができるという書き方をしても、そんなものは解雇の判決の後だけの話なのだから、その前には役に立たないということを言う人がいるが、ドイツでは、労働裁判所に年間数十万件の案件が来ているが、圧倒的大部分は実は判決に至る前の和解で解決している。なぜ解決できるかというと、法律で金銭解決の基準が定まっているから。
 もう一つ言うと、日本の場合、金銭解決というと必ずドイツ式が議論される。ドイツは、社会的に不当な解雇は無効であるとした上で、無効であっても金銭解決はできるとなっている。しかし、実はイギリスやフランスなどヨーロッパの多くの国々は、もちろん不当な解雇がいいなどという法律はないが、不当な解雇だから必ず無効になるというわけでもなく、その場合、金銭解決をすることがむしろ原則となっており、また、悪質な場合には裁判官が復職、再雇用を命ずることができるという規定もある。不当な解雇の効果、法的な効果をどうするかということについて、既存の判例をそのまま法律にしなければいけないと思えば別だが、そうではなく、新しく作るということであれば、実はヨーロッパのいろいろな国々の法システムの中には参考になるものがあるのではないか。以上が解雇についての誤解を解くお話。・・・

 

 

 

« 本日の日経新聞書評欄に登場 | トップページ | 労働法の立法学第71回「企業内教育訓練への支援政策」@『季刊労働法』286号 »

コメント

>非常に多くの方々が、労働契約法第16条が解雇を規制していると誤解し、人によってはこれが諸悪の根源だと言う方もいるのだが、これは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇を権利濫用として無効とすると言っているだけである。つまり、これは規制をしておらず、それまでの判例法理を文章化しただけである。

 「規制をしておらず、それまでの判例法規を文章化しただけ」
 法律が異なるのですが、社会保険庁分限免職問題の事を思い出しました。
 社会保険庁廃止時に一部の職員が国家公務員法78条4号の「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」に該当するとされ、分限処分により機構に引き継がれませんでした。
 もっとも引き継がれなかった職員には割増で退職金が支払われており、この部分が金銭解決に当たるのかな、という気がします。
 日本の雇用の実態はメンバーシップ雇用だから78条4号のジョブ型雇用による解雇はされないはずではないか、という理屈は成り立ちますし、現に食糧庁廃止は78条4号を適用せず、他省庁に移籍してもらうというメンバーシップ型で雇用を確保しました。
 
 しかしながら実定法上はジョブ型雇用であるし、メンバーシップ雇用は実定法上定められてないから、という事でジョブ型雇用の金銭解決を適用して分限免職にするしかなかった、という事なのでしょうね。

 もちろんこの時も公務員の数を減らせ、という社会的圧力が働いていた、というのもあると思います。

> メンバーシップ型の正社員のケースが圧倒的に多いため。彼らは職務も労働時間も勤務地も原則無限定だから、会社側には社内に配転をする権利があるし、労働者側にはそれを受け入れる義務がある。そうであるならば、例えば会社から「濱口君、来週から北海道で営業してくれたまえ」と言われれば受けなければならない人を、たまたまその仕事がなくなったからといって整理解雇することが認められるかと言えば、それはできないだろう。

実態は所属給が支払われるなどする所属契約であり、その所属契約の解除を濫用法理で例えば無効にする、という形で判例法理が進まなかったことが、ボタンの掛け違いなのではないでしょうかね?それとも、そう整理をしなかった法学の問題か?

> 職務が縮小する場合は対象者を公正に選定しなければならない

仕事ができない人(ジョブ型)や会社の評判を落とした者(メンバーシップ型)を解雇するのは経営上の理由ですが、もっと仕事ができない人やもっと評判を落とした人が居座っていれば不公正なのでは?
一方、メンバーシップ型であろうとも、全員解雇で会社を清算という究極の整理解雇に特段の違法性はないでしょう
結局、「狙い撃ち解雇は違法」と定めれば、良いのでは?

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 本日の日経新聞書評欄に登場 | トップページ | 労働法の立法学第71回「企業内教育訓練への支援政策」@『季刊労働法』286号 »