解雇規制緩和論の誤解@『労基旬報』2013年5月25日号(再掲)
自民党の総裁選で河野太郎氏が解雇規制の見直しを口走ったとかで、またぞろネット上で解雇規制問題を語る人が増えているようです。20年前、10年前のどいつもこいつも全然わかっちゃいなかった時代に比べると、ジョブ型、メンバーシップ型という用語が政府中枢を含め広く一般化したこともあり、雇用システム論をきちんと踏まえて論じる人が格段に増えたように見えることは、この間正しい解雇に関する議論の在り方を説いてきたわたくしとしては、大変喜ばしいことではありますが、それでもなお脳内が20年前、10年前から一向に進化しておらず、むやみやたらに人をクビにしまくることが唯一の正義だと思い込み続けている人がなおもっともらしく論じて見せたりしているようでもあり、もはや10年以上も昔の古証文ではありますが、脳みその進化していない人にはこれくらいがちょうどよいのではないかと思われることもあり、すぐ読める短文でもあるので、『労基旬報』2013年5月25日号に載せた「解雇規制緩和論の誤解」を再掲しておきます。
昨年末安倍政権が成立してから、再び解雇規制論議がかまびすしくなっているが、筋道をきちんと理解しないままに思い込みで議論する傾向が一部に見られ、混乱を増幅させている。まっとうな議論を展開しているのは、政府の経済財政諮問会議と規制改革会議である。いずれも、職務や勤務地が無限定の「メンバーシップ型正社員」ではなく、職務限定、勤務地限定の「ジョブ型正社員」を創出することを前提に、当該ジョブがなくなったり縮小したりしたときに、契約を超えた配転ができないがゆえに整理解雇が正当とされるという筋道で議論を展開しようとしている。ところが同じ政府の産業競争力会議では、そういう前提抜きに現在の日本の解雇規制が厳しすぎるとして、その緩和、あるいはむしろ自由化を求める声が出ているようである。労働契約法第16条は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇を無効としているに過ぎない。どのような解雇が客観的に合理的であり、社会通念上相当であるかは、その雇用契約が何を定めているかによって変わってくる。欧米で一般的なジョブ型雇用契約では、同一事業場の同一職種に配転可能でなければ、労使協議など一定の手続を取ることを前提として、整理解雇は正当なものである。それが日本型正社員について正当とされにくいのは、雇用契約でどんな仕事でもどんな場所でも配転させると約束しているからだ。実際日本企業はそのおかげで欧米企業には考えられないような内部的柔軟性を存分に享受してきた。共稼ぎで親の介護と乳幼児の保育を理由に遠隔地配転を拒否した正社員の懲戒解雇を、日本の最高裁は正当と認めている。日本は解雇規制が厳しすぎるのではない。解雇規制が適用される雇用契約の性格が「なんでもやらせるからその仕事がなくてもクビにはしない」「何でもやるからその仕事がなくてもクビにはされない」という特殊な約束になっているだけなのだ。「なんでもやる」という前提に逆らった者に対しては、欧米では信じられないような冷たい対応も正当となるのである。権利と義務とは表裏一体である。正社員の内部的柔軟性を享受したいのなら、外部的柔軟性は制約されるのは当然であろう。世の中、いいとこ取りはできない。と、ここまで述べてきたことは、実は出るところ(裁判所)へ出たときのルールに過ぎない。年間数十万件の解雇紛争を労働裁判所で処理している西欧諸国に比べ、日本で解雇が裁判沙汰になるのは年間1600件程度に過ぎない。圧倒的に多くの解雇事件は法廷にまで来ないのだ。全国の労働局に寄せられた雇用終了関係の相談件数は年間10万件に上るが、そのうちあっせんを申請したのは約4000件弱である。2008年度のその実態を調査したところ(『日本の雇用終了』)、そこには態度が悪いからとか上司のいうことを聞かないからといった理由による解雇が山のように並んでいる。しかも金銭解決の水準は平均17万円と極めて低い。日本の大部分を占める中小企業レベルでは、解雇は限りなく自由に近いのが現状なのだ。
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コメント
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解雇されたことがある人だけ、解雇について語りなさい
って言ってみてえ。
投稿: ちょ | 2024年9月 6日 (金) 20時43分
小泉進次郎さんも解雇規制緩和だそうです。
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240906-OYT1T50136/
河野太郎さんと言い、自民党の三代目は「下々の皆さん」(by麻生太郎)であるところの私たち労働者の苦労は分からないのですね。
まあ、所詮は父と祖父の十四光りと言うやつで(^^;期待するだけ無駄ではありますが。
投稿: balthazar | 2024年9月 6日 (金) 21時38分