永瀬伸子『日本の女性のキャリア形成と家族』
永瀬伸子さんより大著『日本の女性のキャリア形成と家族 雇用慣行・賃金格差・出産子育て』(勁草書房)をお送りいただきました。
https://www.keisoshobo.co.jp/book/b648947.html
これまでさまざまな政策が実行されながらも、女性をとりまく、雇用慣行、賃金格差、正社員/非正社員間の壁、そして出産・育児・保育にまつわる困難は変わっていない。現代日本社会の30年余に及ぶ推移を丹念に追い、その十分な課題解決を阻む構造的実態を理論的かつ実証的に明らかにする。問題の所在を見定め、課題克服のための、具体的な方策を提言。
労働社会政策のいろんな局面でずっと活躍してこられた永瀬さんなので、単著の一つや二つはあると思い込んでいましたが、今回のこの本が初めての単著ということになるようです。
内容は、30年前の博士論文以来の膨大な研究成果を下の目次に見られるように再構成して一冊にしたものですが、それだけではなく、文章のあちらこちらに、永瀬さんご自身のライフヒストリーが混ぜ合わされ、繰り返し使われるこの30年間の各時期のヒアリング結果とともに、まさにこの30年間の日本の女性の労働・家庭・社会史の傑作に仕上がっています。
永瀬さん自身が、上智大学英文科卒業後、均等法直前に銀行に入社し、結婚退職して東大経済学部に入り直し、子どもを育てながら大学院に進学し、博士論文を書き、東洋大学に就職した後、現在のお茶の水女子大学で女性労働の労働経済学者として活躍してきた方であって、一つずれていたらそういうコースはたどれなかった可能性が高いとご自分も考えています。(p161の注では、「私はある大学の採用面接で、「お母さんにできるような仕事ではない」という面接官もいる中で採用された」と明かしています)
500ページ近い本書を通読して、もちろん日本の女性労働者の置かれた状況が、1985年均等法や1991年育休法ではあまり(というかほとんど)変わらず、21世紀になってようやく女性総合職が本格化し、育児休業が本格化するのも短時間勤務の義務化以降だとか、彼女の事実発見の数々はもちろん重要ですが、それ以上に、日本型雇用システム自体の問題性を強く意識し、その転換を主張するようになっていることが、大変印象に残りました。
終章で永瀬さんはこう論じます(p452)。
・・・「無限定性」が正社員の標準であれば、日本の男女賃金格差はいつまでも縮小しないだろう。また仕事時間が限定することが罰せられるような雇用慣行は、子育てに差別的である。
私が女性にとって大きい問題だと思うのは、企業横断的な専門性がつかない雇用慣行である。専門性がつかないからこそ、いったん離職した者は、短時間低賃金の雇用者になる。さらに専門性が評価されないからこそ、2006-2012年にインタビューした非正規雇用のシングル男女は,どうやって低賃金から抜け出せるのか、その道筋が見えないでもがいていた。・・・
これは、永瀬さん自身のこういう経験に基づいているのでしょう(p320)。
・・・私の実感でいえば、働き方が柔軟であれば、キャリア形成をしつつ出産・子育てはできる。そして子育ては人生を面白くする。それができないだろうと日本女性の多くが思うのは、働き方を決める決定権の大きい部分が現在の日本では企業側にあり、また決定をする場に子育て経験を持つ女性が少ないからなのではないかと考えている。
内容目次は以下の通り。
はしがき
図表目次
第Ⅰ部 日本の女性の就業と少子化、家族の変化
第1章 現代日本のキャリアと出産の課題
1.1 現代日本の大卒女性の中位年収の低さ──米英と対比して
1.2 現代日本の課題
1.3 必要な変化の方向性
第2章 女性の労働供給の変化を時代を追ってたどる
2.1 はじめに
2.2 1900年代から1960、70、80年代までの女性労働の日米比較
2.3 国際比較から見る日本女性の労働参加、ジェンダー賃金ギャップと出産
2.4 欧米での1980年代の育児期短時間労働の拡大と日本の大幅な遅れ
2.5 女性の教育達成が就業選択に及ぼす日米で異なる効果
2.6 まとめ
第3章 日本における「正社員」と「正社員以外の働き方」間の高い壁──日本の女性労働供給モデル
3.1 はじめに
3.2 日本の「パート」の特殊性──「パート」の呼称と「短時間性」
3.3 補償賃金差モデル
3.4 非自発的な選択(選別モデル)
3.5 税制・社会保険・配偶者手当等、被扶養配偶者が持つ雇用者優遇政策の影響モデル
3.6 まとめ
第4章 女性の労働供給の変化と経済理論
4.1 はじめに
4.2 社会規範や雇用慣行
4.3 所得効果と代替効果
4.4 米国における女性労働の研究
4.5 日本における女性労働の研究
4.6 その後のパート労働者の賃金に対する均等待遇法の影響
4.7 就業調整の問題と週20時間パートの被用者保険加入への改正
4.8 まとめ
第5章 聞き取り調査から見る若年女性の仕事と家族形成
5.1 はじめに
5.2 それぞれの聞き取り調査の時代的背景
5.3 1997年の聞き取り:「いつか専業主婦になって大事に子育てをしたい」
5.4 2006~2011年:団塊ジュニア世代が子どもを持ちにくく働き続けにくい理由
5.5 増加する未婚派遣社員、契約社員、アルバイト社員
5.6 2014年以降の育児休業復帰者に見られる職場環境の改善
5.7 若い世代の意識と声
5.8 まとめ
第6章 聞き取りと統計調査から見る米国の高学歴女性の就業と出産
6.1 はじめに
6.2 米国の働く母親の聞き取り
6.3 訪問した4米国企業における現地の働く母親の事例
6.4 米国のジョブ型雇用と日本の長期雇用は女性活躍にどう影響するか:日米の統計調査から
6.5 人事制度と労働市場:日本と米国との差異
6.6 米国の働き方が許す柔軟性と困難
6.7 日米の比較から
第7章 女性の就業と出産・育児・保育──なぜ就業継続がすすまず未婚化が進展したのか
7.1 はじめに
7.2 1992年の育児休業法施行は継続の「期待」だけ高め出産遅延が起きた(1997年データの分析)
7.3 未婚女性への非正規雇用就業の拡大と結婚・出産の停滞
7.4 大都市の保育園供給の硬直性の問題
7.5 保育園の拡充と2010年以降の第1子出産後の就業継続の拡大
7.6 なぜ日本では法制化されても育児休業がとりにくかったのか
7.7 男性の育児休業
7.8 2010年を境に正社員の就業継続に大きい変化
7.9 まとめ
第8章 なぜ日本では少子化が起きているのか──経済学、人口学から
8.1 はじめに
8.2 少子化は問題か
8.3 先進国における少子化の進展の現状
8.4 子どもに関する経済理論
8.5 人口学からの出産と女性の就業に関する知見
8.6 日本の子ども数の減少はどう読み取れるか
8.7 まとめ
第9章 シングル女性のキャリア──シングル女性は幸せか
9.1 はじめに
9.2 2000年以降の若年層をめぐる構造変化と雇用の不安定化及び奨学金負担の増大
9.3 未婚者の年収分布とキャリアの問題
9.4 シングル男女の雇用と収入
9.5 シングルでいることは幸せな選択か
9.6 シングルのキャリア支援をどうしていくのか
第10章 日本的雇用慣行と女性の昇進
10.1 はじめに
10.2 男女雇用機会均等法と男女の賃金格差の変化:先行研究から
10.3 日本の男女賃金格差はジェンダー・ギャップかファミリー・ギャップか
10.4 男女の管理職比率の時系列的な変化
10.5 出生コーホートによって女性の管理職昇進はどう変わったのか
10.6 優良日本企業への聞き取り調査から読み取る採用・評価・働き方の問題
10.7 女性活躍推進法は女性管理職を増やしたか
10.8 日本的雇用慣行という長期評価の慣行を変えないで女性管理職は増やせるのか
第Ⅱ部 政策効果の検証
第11章 育児短時間の義務化と結婚・出産・就業継続への影響
11.1 はじめに
11.2 育児後の就業継続の支援制度と母親の就業継続・出産への影響に関するモデル
11.3 育児休業制度および関連する制度の効果と日本の課題
11.4 育児短時間オプションと分析モデル
11.5 分析結果
11.6 おわりに
第12章 性別役割分業と第2子の出産──日本的雇用慣行が出生に与える影響
12.1 はじめに
12.2 性別役割分業と出生行動
12.3 日本の結婚における性別役割分業に関する研究
12.4 労働市場の構造、職場規範、判例法が家庭内の性別役割分業に与える影響
12.5 仮説
12.6 データと方法
12.7 分析結果
12.8 結論および考察
第13章 非正規雇用と正規雇用の賃金格差と就業調整問題──女性・若年の人的資本拡充のための施策
13.1 はじめに
13.2 非正規雇用の時系列的な変化
13.3 パート労働はなぜ低賃金なのか
13.4 無限定正社員の対としての低収入の主婦の保護
13.5 なぜ就業調整が起きるのか
13.6 パネル調査の固定効果モデルを用いた就業形態間の賃金差の推計結果
13.7 2015年以後の政策とパート賃金の変化
13.8 賃金格差縮小への提言と政府のガイドラインおよびキャリア権に関する考察
終章 これからの日本の労働政策・家族政策・社会保障政策
14.1 はじめに
14.2 令和5年度の人口推計と今後の労働力
14.3 ケア視点からの福祉国家の類型論
14.4 賃金制度の大転換:無限定性に代わる新しい賃金の考え方
14.5 これからの労働政策、家族政策、社会保障政策
14.6 この35年に何が変わり何が変わらなかったのか
参考文献
あとがき
索引
« 和田肇『労働政策立法学の構想』 | トップページ | 城塚健之『労働条件変更の法律実務』 »
> 「無限定性」が正社員の標準であれば、日本の男女賃金格差はいつまでも縮小しないだろう。また仕事時間が限定することが罰せられるような雇用慣行は、子育てに差別的である。私が女性にとって大きい問題だと思うのは、企業横断的な専門性がつかない雇用慣行である。専門性がつかないからこそ、いったん離職した者は、短時間低賃金の雇用者になる。
「無限定性」が無期雇用の標準であれば、なら、分かりますし。
無限定性プレミアムが深刻な問題である、なら、分かりますが。
「限定正社員」と言うのが何を言っているのか、よく分からないのですよね。
ジョブ型だったら、企業メンバーシップに基づかないのだから、正社員ではないのでしょうし。
過去に隆盛を極めた一般職というのは一見、限定正社員のように見えるのかもしれませんけど、「お嫁さん候補」であった訳ですし。
投稿: rara | 2024年8月26日 (月) 13時28分
「メンバーシップ型の度合い」と「企業内の労使協定の効力が及ぶ範囲」というのは強い相関があるような気がします。もしも仮に残業を命じることができるとする労使協定を結ぶことで、「個別の雇用契約に依らず、残業を命じることができる」のであれば、個別の契約によって残業を制限することはできないということになります。まさか、そのような判決を書いてくる裁判体はない、と信じたいです。そうであれば、(正社員というのが何か?、というのはよく分かりませんが、)限定と無限定を区別することはできます。
時間外労働(残業)をさせるためには、36協定が必要です!
https://www.mhlw.go.jp/content/000350731.pdf
投稿: aiko | 2024年8月27日 (火) 09時55分
経験がベースにあると、経験していないことは疎かになるのですね。
家内労働法は?
投稿: ちょ | 2024年8月28日 (水) 04時34分