フォト
2026年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 第134回労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」 | トップページ | 調査シリーズNo.244『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』 »

2024年7月12日 (金)

近代的市民社会のあるべき姿とその正反対

5sy4ret_400x400_20240712092301 この間色々な政治的イベントがあり、あれこれ論ずる人も多いのですが、(かつて拙著をいくつも論評していただいた)堀新さんがこういうことをつぶやいていたのが目に入り、ちょっと考え込んでしまいました。

自民支持層は自分の推す候補が負けても「有権者は馬鹿だ」とは言わないが、野党支持層は負けると「有権者は馬鹿だ」どころか「有権者は反省すべき」と言うことがある というのは野党支持層は選挙=善悪の戦いと考えているので、悪に投票した有権者は当然、反省しなければならないことになるから。

ただ有権者から見ると、赤の他人から「反省しろ」と言われるのはなかなか理解しがたい 反省も何も、人様の内心や価値観に口出しするのは現代では異様に思われる 一方、自民支持層は選挙=政策や利害の調整としか思ってないので、利害で失ったものは利害で取り返すことしか眼中にないから発想が違う

「野党支持者の方が他人(有権者)の内心に踏み込んだ発言をして『反省しろ』とか『お前らはばかだ』と言ってしまうが、自民支持者は他人の内心には何の関心も示さないし踏み込まないという現象」 については研究してみる価値があるかもしれない

この対比は、それこそいまから80年近く前の終戦直後の日本で、12歳の少年少女に懇々と説き聞かせるが如くに、近代市民社会というのは内心の自由を最も重要と考え、前近代の如きお互いに正義をぶつけ合う「神々の争い」ではなく、対等な市民同士の利害調整や討議によって民主主義を勧めていくんだぞい、と(ひいじいさんやひいばあさんらが)教わったことを考えると、ここでいう「自民支持層」がまさにそういう近代市民社会の理念に合致しており、ここでいう「野党支持者」はまるでそこで批判されていた戦時中に猛威を振るっていた前近代的な考え方そのものであるかのように見えてしまいます。

これはおそらく堀さんの「自民支持者」と「野党支持者」ということばの使い方がアンバランスだからであって、前者は『Hanada』や『WILL』あたりを愛読して、野党どころか自民党の多くの政治家にすら罵詈雑言を浴びせるたぐいの人々を捨象しているからでしょうし、後者はその正反対の位置で全く同様の行動様式をとるたぐいのやたらに目立つ(今次選挙で目立った)人々だけを取り出しているからでしょう。

なので、「野党支持者」がみんな他人の内心の自由を踏みにじっても当たり前だと考え、正義の高みに立って人に反省を押しつけるたぐいの人間だと言われると、憤然とする人も多いのではないかと思いますが、でもまあそういう印象を与えてしまうような行動が目立ったのも確かでしょうね。

近代市民社会のあるべき姿とその正反対の姿とは具体的にはどういうものをいうのか、抽象的な教科書の言葉であればいくらでもお経の言葉がずらずらと出てくるのでしょうが、実践の場に置かれれば、その真贋が露わになるということなのかも知れません。

 

 

 

« 第134回労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」 | トップページ | 調査シリーズNo.244『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 第134回労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」 | トップページ | 調査シリーズNo.244『解雇等無効判決後における復職状況等に関する調査』 »