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2024年6月

2024年6月11日 (火)

ベースアップの本格的復活?@WEB労政時報

WEB労政時報に「ベースアップの本格的復活?」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/87281

 去る6月5日に連合が発表した「第6回回答集計」によると、平均賃金方式による賃上げ率は5.08%となったようです。もっともこれは定期昇給込みの数字なので、定期昇給といわゆるベースアップ(ベア)を明確に区分できる組合の場合、定期昇給込みの5.18%のうち、定期昇給分が1.64%、ベースアップ分が3.54%となります。純粋の賃上げ部分に当たるベースアップが定期昇給の2倍以上になったのは、1991年以来33年ぶりのことです。実は、昨年2023年の連合の最終集計では定期昇給分が1.57%、ベースアップ分が2.12%で、1992年以来31年ぶりにベースアップが定期昇給を上回ったのです。
 
 ということは、・・・・

2024年6月10日 (月)

中教審の議論の一番弱いところ

去る5月13日に、文部科学省の中央教育審議会が「審議のまとめ」というのを公表し、教師の職務は特殊だから給特法は合理性がある云々と述べて色々と批判を浴びています。

https://www.mext.go.jp/content/20240524-mxt_zaimu-000035904_1.pdf

https://www.mext.go.jp/content/20240524-mxt_zaimu-000035904_2.pdf

その批判で「定額働かせ放題」というのがけしかるとかけしからんとかいう話があり、文部科学省の国会答弁によると、立派な給特法を、こともあろうに極悪非道の高度プロフェッショナル制度を形容する「定額働かせ放題」と呼ぶのがけしからんとのことで、あれだけ高給の労働者を手厚い健康管理で守りながら、未だに適用労働者が600人あまりしかいないという情けない制度と一緒にされるのは、確かに不本意の極みでありましょうな。

いや、中教審のいっていることはあながち間違いだらけというわけではない。ある意味ではもっともな面もある。先入観なしに、部活だの生活指導だのといったことに煩わされないジョブ型社会のプロフェッショナル教師を想定すれば、以下の議論もそれなりにもっともな面があるのは確かです。

○ 教師の処遇の在り方を検討するに当たっては、まず、教師の職務の在り方等について検討する必要がある。
第2章1.で述べたとおり、教師は子供たちの人格の完成と我が国の未来を切り拓く人材を育成するという極めて複雑、困難な職務を担っており、専門的な知識や技能等が求められる高度専門職である。

○教職の性質は全人格的なものであり、教師は、一人一人がそれぞれ異なるとともに、成長過程にあり、日々変化する目の前の子供たちに臨機応変に対応しなければならない。このため、業務遂行の在り方として、どのような業務をどのようにどの程度まで行うかについて、一般行政職等のように逐一、管理職の職務命令によるのではなく、一人一人の子供たちへの教育的見地から、教師自身の自発性・創造性に委ねるべき部分が大きい。

○ また、教師の業務については、教師の自主的で自律的な判断に基づく業務と、校長等の管理職の指揮命令に基づく業務とが日常的に渾然一体となって行われており、これを正確に峻別することは極めて困難である。

○ さらに、必要となる知識や技能等も変化し続ける教師には、学び続けることが求められるが、例えば、授業準備や教材研究等の教師の業務が、どこまでが職務で、どこからが職務ではないのかを精緻に切り分けて考えることは困難である。

○ こうした一般の労働者や行政職とは異なる教師の職務の特殊性は、現在においても変わるものではないため、勤務時間外についてのみ、一般行政職等と同様の時間外勤務命令を前提とした勤務時間管理を行うことは適当ではないと考えられる。

○ また、教師の勤務時間には、学習指導や生徒指導等を行う子供たちが在校している時間と、長期休業期間等の子供たちが在校していない時間があるが、後者の時間は、どのような業務をどのようにどの程度まで行うかについて、個々の教師の裁量によって判断する余地がより大きいなど、その勤務態様が一般行政職等とは異なる特殊性がある点についても、現在においても変わるものではないと考えられる。

教師という職種が高度な専門職であり、自律性、裁量性が高いということは、中教審に言われなくてもみんなわかっていると思います。

ただ、だから、

○ 一方、時間外勤務手当を支給すべきとの指摘については、教師の職務等の特殊性を踏まえると、通常の時間外勤務命令に基づく勤務や労働管理、とりわけ時間外勤務手当制度には馴染まないものであり、教師の勤務は、正規の勤務時間の内外を問わず包括的に評価すべきであって、一般行政職等と同様な時間外勤務命令を前提とした勤務時間管理を行うことは適当ではない。

と断言してしまうと、教師という『職種』がそこまで特殊で時間外手当なんかになじまないというのであれば、職種とした全く変わるところのない国立学校の教師と私立学校の教師は労働基準法がフル適用であることとの整合性の説明がつかなくなってしまうでしょう。

いや、この「審議のまとめ」には、いちおうそこんとこの説明がこのように書かれているんですが、

○ 国立学校や私立学校では時間外勤務手当の支払いがなされており、公立学校も対象とすべきであるとの指摘もある。

この点については、職務の特殊性は、国立学校や私立学校の教師にも共通的な性質があるが、

・公立学校の教師は、地方公務員として給与等の勤務条件は条例によって定められているのに対し、国立・私立学校の教師は非公務員であり、給与等の勤務条件は私的契約によって決まるという勤務条件等の設定方法の違いは大きいこと

・公立の小・中学校等は、域内の子供たちを受け入れて教育の機会を保障しており 83、在籍する児童生徒等の抱える課題が多様であることなど、国立・私立学校に比して、公立の小中学校等においては相対的に多様性の高い児童生徒集団 84となり、より臨機応変に対応する必要性が高いこと

・公立学校の教師は、定期的に学校を跨いだ人事異動が存在することにより、特に社会的・経済的背景が異なる地域・学校への異動があった場合等においては、児童生徒への理解を深め、その地域・学校の状況に応じて、より良い指導を行うための準備を行う必要があるが、それをどのように、どの程度まで行うかについて個々の教師の裁量によるところが大きいことなど、職務の特殊性が実際の具体的な業務への対応として発現する際の有り様は、公立学校の教師と国立・私立学校の教師とで差異が存在する。

こんな説明にもなっていない説明で、等しく教師という崇高な専門職に就いていながら、公立学校の教師のような自律性、裁量性は乏しいので、労働基準監督官に臨検監督されても文句は言えないのだ、などと貶められてしまうのですから、国立学校や私立学校の教師は浮かばれませんね。

筋の通った議論を展開しようというのであれば、国立学校や私立学校の教師といえども、地方公務員という身分がないだけで教師という高度な職種であることに何の変わりもないのだから、給特法の適用対象に含めて、労働基準法の適用を除外すべきだと主張すべきでしょう。そうでないと、中教審は2割弱を占める私立学校・国立学校の教師たちから、「わたしたちを単純労働者扱いするんじゃない」という怒りの声がぶつけられるのではないでしょうか。わたしたちは「供たちの人格の完成と我が国の未来を切り拓く人材を育成するという極めて複雑、困難な職務を担って」いないのか、「専門的な知識や技能等が求められる高度専門職」じゃないのか、「どのような業務をどのようにどの程度まで行うかについて、一般(労働者)等のように逐一、管理職の職務命令によるのではなく、一人一人の子供たちへの教育的見地から、教師自身の自発性・創造性に委ねるべき部分が大きい」のではないのか、「教師の自主的で自律的な判断に基づく業務と、校長等の管理職の指揮命令に基づく業務とが日常的に渾然一体となって行われており、これを正確に峻別することは極めて困難」じゃないのか、等々と。

かつて、『季刊労働法』に書いたように、わたしは専門職としての教師にふさわしい労働法制の可能性というのはあり得ると考えています。

 さて、しかし、上でちらりと示唆したように、給特法制定時の人事院の意見の背景には、欧米ジョブ型社会のプロフェッショナルな教師たちと同様、授業だけがその遂行すべき職務であるような、それゆえ授業時間だけが勤務時間であるような、そのようなあるべき社会の姿が夢見られていました。ややもすると政治イデオロギー的な教師聖職論と紛らわしい目で見られることもあったとはいえ、この思想それ自体は真剣な検討に値します。
 そして、給特法制定当時は専門職としての大学教授にふさわしい労働時間制度など存在せず、事実上の裁量労働が放任されていたに過ぎなかったのに対し、その後労働基準法上に専門業務型裁量労働制が規定され、講義等の授業の時間が1週間の所定労働時間の半分以下の大学教授は専門業務型裁量労働制が適用されるようになっています。学科担任制や科目担任制の中学校や高校では、この制度を適用する余地のある教師は存在しうるのではないでしょうか。もちろん、現実に膨大な学校事務や生徒指導、部活動等々を強いられている教師たちにそのまま適用することはあり得ませんが、将来のあるべき学校の姿、教師の姿として、そうした専門職としての教師にふさわしい労働法制の可能性を探っていくことも、考えられていいのではないかと思われます。
 いうまでもなく、その際には、公務員であるかないかなどという職種の性質にはなんの関係もない雑事に煩わされることなく、言葉の正確な意味において「まじめ」に検討されなければなりません。

残念ながら、中教審は筋の通った「まじめ」な議論になり得る途を放棄し、見るからにインチキな屁理屈で乗り切ろうとしたようです。でも、この問題は「定額働かせ放題」などという表層的な罵詈雑言の是非だけで済ませていい問題ではないはずです。

 

 

 

 

 

 

 

2024年6月 6日 (木)

『季刊労働法』285号

 例によって、労働開発研究会のサイトに、『季刊労働法』2024年夏号(285号)の案内が出ています。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/12116/

今号では「労働市場法」を特集します。巻頭座談会では、多様化、複雑化する、労働市場の現状と今後の動向を確認しつつ、令和4年職安法改正の意義と課題を論じあいます。その他、雇用保険の近未来、職業紹介と雇用仲介事業の区分に迫る論稿を掲載しています。
 ●第2特集では、「2024年問題」を検討します。労働時間規制が猶予されていた建設業、運輸業、医業の「働き方改革」を概観し、産業それぞれにある課題を探ります。

285_h1

わたくしの「労働法の立法学」は、「EUのプラットフォーム労働指令」です。

2024年6月 5日 (水)

35-44歳層は何と呼ぶのか?

先日の「高齢者の定義は・・・55歳だった!?」という記事に対して、

高齢者の定義は・・・55歳だった!?

なんと日本国の実定法上、「高年齢者」というのは55歳以上の人のことをいうんですね。

これは、55歳定年が一般的であった1970年代に作られた規定が、そのまま半世紀にわたってそのまま維持され続けているために、こうなっているんですが、おそらく現代的な感覚からすれば違和感ありまくりでしょう。

ちなみに、同省令には続いて、

(中高年齢者の年齢)
第二条 法第二条第二項第一号の厚生労働省令で定める年齢は、四十五歳とする。

45歳になったら中高年という規定もあって、こちらはそうかなという気もしますが(若者だと思っている人もいるようですが)、でも45歳からたった10年で55歳になったら高齢者というのは可哀想すぎますね。

こういうブコメがつきましたが

44歳まではなんというのだろう。中高年でないなら青年?

実は、高年齢者雇用安定法と対になる法律として青少年雇用促進法というのがあるんですが、

青少年の雇用の促進等に関する法律

 (基本的理念)
第二条 全て青少年は、将来の経済及び社会を担う者であることに鑑み、青少年が、その意欲及び能力に応じて、充実した職業生活を営むとともに、有為な職業人として健やかに成育するように配慮されるものとする。
第三条 青少年である労働者は、将来の経済及び社会を担う者としての自覚を持ち、自ら進んで有為な職業人として成育するように努めなければならない。

残念ながら高齢法と違って、こちらには青少年の定義というのがありません。

省令レベルでは、

青少年の雇用の促進等に関する法律施行規則

第7条第1号ロにこんな規定がありますが、

 十五歳以上三十五歳未満の青少年(以下この条において「青少年」という。)であることを条件とした公共職業安定所、特定地方公共団体若しくは職業紹介事業者への求人の申込み又は青少年であることを条件とした労働者の募集を行っていること(通常の労働者として雇い入れることを目的とする場合であって、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律施行規則(昭和四十一年労働省令第二十三号)第一条の三第一項第三号イからニまでのいずれかに該当するときに限る。)。

でもこれは、青少年のうち15歳以上35歳未満の者を、この条において「青少年」と呼ぶといっているだけなので、そもそもの青少年の定義はこれより広いようにも見えます。

実は、大臣告示レベルまで来ると、定義じゃないけれども定義みたいな記述が出てきます。

青少年雇用対策基本方針

本方針において「青少年」とは、35 歳未満の者をいう。ただし、個々の施策・事業の運用状況等に応じて、おおむね「45 歳未満」の者についても、その対象とすることは妨げないものとする。

ここでは、青少年を35歳未満の者と定義していますが、45歳未満の者も妨げないと言っていて、ということは、35-44歳層も青少年なんでしょうか。厳密に言えば、青少年じゃないけれども青少年に準じる者みたいな地位でしょうかね。

これ、実は、例の就職氷河期問題がいつまでも尾を引いて、90年代末に正社員就職できなかった世代が21世紀になってからも、20代、30代、40代と年を経るに従って、最初に若者対策として始めた対策がだんだんと年長者にも及んでいくことになったために、こういう状況になってきたのですが、でも昔なら典型的なプライムエイジであった35-44歳層を青少年というのはおかしいし、とはいえこの高齢化社会で彼らを中高年と呼ぶのも変だというわけで、彼らは中高年と青少年の狭間の名無しの世代になってしまっているようです。

 

 

 

 

2024年6月 4日 (火)

社労士法改正の動き

A947d000d4fd3ebb92575f9c4c411811 連合のホームページに、「全国社会保険労務士会連合会との意見交換会を実施」が載っていて、読んでいくと、社会保険労務士法の第9次改正の動きが進んでいるようです。

https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/news_detail.php?id=2123

意見交換では、社労士会から社会保険労務士法改正の動きについて説明があった後、連合としての考えを述べました。具体的には、(1)社労士の業務として「労務監査」を法文上明記することについては、労働法等に理解のない一部の不適切な社労士の行動にお墨付きを与えることのないように対応をはかるべきこと、(2)社労士の労働審判への補佐人出廷のための規定整備については、審判委員会が当事者から生の声を聞いて心証形成をはかる労働審判の原則が阻害されないよう対応すべきことなどを指摘しました。これに対し社労士会からは、連合の指摘を受け止め検討する旨の回答がありました。

この動きについては、全国社労士会連合会のホームページには出てこないのですが、検索すると岡山県社会保険労務士政治連盟のサイトに「「第 9 次社会保険労務士法改正」に関する要望事項」というのが見つかり、かなり広範な改正を要望しているようです。

https://www.okayama-sr.jp/save_lnk/lnk_mtLxRu.pdf

「第 9 次社会保険労務士法改正」に関する要望事項

Ⅰ.司法制度改革に関する事項

1.個別労働紛争に係る簡易裁判所における代理業務の追加(法第2 条)

2.労働審判における代理業務の追加(法第2 条)
上記1.(簡裁訴訟代理権)及び2.(労働審判代理権)については、平成21 年3 月31 日付け閣議決定規制改革推進のための3 か年計画(再改定)」において、その実現について明記されている。このことは紛争解決手続きのための代理業務であることから、特定社会保険労務士に限り行うことができることとするよう所要の改正を行う。

3.労働紛争解決センターにおける紛争目的価額上限の撤廃(法第2 条)
法第2条第1号の6中「個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が120万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)」のカッコ書きを削除する。
都道府県労働局紛争調整委員会及び都道府県労働委員会においては、単独で代理ができる紛争目的価額の制限はないが、社労士会労働紛争解決センターにおいては上限規制があるため、申立で最も多数を占める退職・解雇を巡る事件では、紛争目的価額が160 万円とみなされ、単独では代理ができない。行政型ADRとの取扱いを区分けする論理的な根拠があるとは考えにくい。

4.裁判所における補佐人規定の整備(法第2 条の2)
法第2 条の2中「訴訟代理人」を「代理人」に改める。
現行規定では、非訟事件である労働審判には訴訟代理人は存在せず、補佐人として労働審判への参画は認められないとする裁判所があるため。

Ⅱ.使命規定の新設と所要の整備に関する事項

1.使命規定の新設(法第1条)
法第1条の目的規定を使命規定に改める。
社会保険労務士の使命、責務を明確に規定し、もって社会全般に求められる期待にこたえられるようにするため。

2.労務監査規定の新設(法第2条)
社会保険労務士の業務に、いわゆる「労務監査」を追加する。
今後、事業主は、持続的な事業の発展のためにSDGsや労働CSRに対応すること、また労働力確保及び定着のために職場環境の整備等を行うことが急務とされており、それを社会保険労務士として全面的に支援することができるようにするため。

3.「社労士」を略称として使用することができる規定の整備(法第26条)
法律名「社会保険労務士法」及び国家資格名「社会保険労務士」との名称は変えずに、略称として「社労士」を使用することについて法律上の根拠規定を設けることとする。
したがって、登録、登記等の手続等法律関係上は、「社会保険労務士法」を従前どおり使用することとする。また、「社労士」の名称について、使用制限の規定を新設する。

4.登録申請の電子化による事務処理の合理化

5.都道府県社会保険労務士会の監督権の実行確保措置の強化

労働審判における代理の問題は従前からの懸案でしたが、労務監査の法定化という動きもあったのですね。これは役所の審議会ではなく、議員立法というルートでの法改正の動きなので、なかなか見えにくいのですが、かなり大きな影響を与えるものでもあるので、注視していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

2024年6月 2日 (日)

日本の労働者は「守られすぎ」か@『VOICE』7月号

6199zeoxlpl_sl1000_  PHPの総合誌『VOICE』の7月号が、「日本企業の夜明け」という特集を組んでいまして、その中にわたくしも「日本の労働者は「守られすぎか」という小論を寄稿しています。

https://www.php.co.jp/magazine/detail.php?code=12559

特集1:日本企業の夜明け
「失われた三十年」という偽りの神話 ウリケ・シェーデ 34p
「日本的経営」という幻の先に 楠木 建 44p
歴史的円安のリスク軽減に向けて 木内登英 54p
日本製鉄から見るJTCの覚醒 上阪欣史 62p
経営には「言葉」が必要だ――経営現場の詩人たち 岩尾俊兵 70p
日本の労働者は「守られすぎ」か 濱口桂一郎 78p
「Z世代化する社会」と職場の戦略 舟津昌平 88p
特集2:なぜ中東は混乱するのか
イラン・イスラエル間の「影の戦争」の行方 坂梨 祥 128p
中東に横行する権威主義――民主化は進むのか 末近浩太 136p
一〇・七事件で問われる欧米の行き場 江﨑智絵 144p
イスラーム理解と宗教嫌悪 松山洋平 152p
巻頭インタビュー
MMTは「過激な思想」なのか ステファニー・ケルトン 16p
独占第二弾
頼清徳・新総統への信頼と直言 陳 水扁 162p
特別インタビュー
「共創」する文化外交 上川陽子 182p
連載ほか
「消滅可能性自治体」議論を消滅せよ 金井利之 96p
TSMC熊本工場は成功するか 湯之上 隆&林 宏文 106p
「生涯現役社会」実現への条件 今野浩一郎 118p
「中国嫌い」のための中国史〈10〉
孔子
安田峰俊 188p
日本史は「敗者」に学べ〈6〉
石田三成〈前編〉
呉座勇一 198p
離婚と子ども――民法改正を契機に 原田綾子 208p
再「小新聞」化するジャーナリズム 大澤 聡 218p
合理性のない規制の改良 大屋雄裕 226p
著者に聞く
仕事と趣味の両立に悩むすべての人へ
三宅香帆 234p
ニッポン新潮流〈現代社会〉
総選挙の試金石
西田亮介 26p
ニッポン新潮流〈都市文化〉
公園と身体性
藤村龍至 28p
地域から日本を動かす〈27〉
名勝地の逆転の発想・昔に戻せ
結城豊弘 30p
歴史家の書棚〈48〉
中原雅人『自衛隊と財界人の戦後史』松田小牧『定年自衛官再就職物語』
奈良岡聰智 238p
巻頭言〈5〉
スピーチの極意
冨田浩司 13p
文明之虚説〈79〉
アランの幸福論
渡辺利夫 244p
邂逅する中世と現代〈9〉
情報を照らす光
作・文/野口哲哉 1p
里山―未来へつなげたい日本の風景〈7〉
棚田の個性
写真・文/今森光彦 6p
令和の撫子〈62〉
カニササレアヤコ 
撮影/吉田和本 9p
Voiceブックス
編集者の読書日記
  240p
Voiceシネマ
編集者の映画三昧
  241p
Voiceレター
読者の感想&意見
  242p

 

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