テレワークとつながらない権利について労使への第1次協議
去る4月30日、欧州委員会は労使団体に対し、テレワークとつながらない権利に関して第1次協議を行ったようです。
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_1363
Today, the Commission launched the first-stage consultation of European social partners to gather their views on the possible direction of EU action on ensuring fair telework and the right to disconnect.
本日、欧州委員会は公正なテレワークとつながらない権利を確保するEU行動の可能な方向に関して欧州労使団体の見解を求めて第1次協議を開始した。
この問題についてはこれまで何回か紹介してきています。
(参考)
欧州議会による「つながらない権利」の指令案勧告
去る2021年1月21日、欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択しました。この文書は実質的には欧州議会による指令案の提案ですが、形式的には欧州委員会に対する指令案の提案の勧告という形をとっています。これは、EU運営条約においては、立法提案をする権限は行政府である欧州委員会にのみあり、立法府である欧州議会にはないからです。欧州議会は欧州委員会が提案した指令案や規則案を審議して採択するかしないかを決める権限があるだけです。ただ、立法提案自体の権限はなくとも、一般的に政策課題を審議し、決議をする権限は当然あるので、その決議の中で、欧州委員会に対してこういう立法提案をすべきだと求めるということは十分可能です。この決議も、条約上不可能な厳密な意味での立法提案ではなく、欧州委員会に対して指令案提出を勧告する決議の案といういささか間接的な性格のものです。とはいえ、そこにはそのまま指令案になるような形式の文書が付属されており、実質的には欧州議会の指令案というべきものになっています。決議に至る過程を見ると、コロナ禍直前の2019年12月19日に欧州議会雇用社会委員会にこの問題が付託され、コロナ禍の第一波が過ぎた2020年7月28日に委員会報告案が提出されました。9月15日には修正案が提出され、12月1日に委員会で採決された後に同月8日に本会議に送られました。そして翌2021年1月20日に審議が行われ、翌日の1月21日に正式に採択されています。本決議の本文には、ICTなどデジタル機器により労働者が時間、空間の制約なくいつでもつながることが可能になり、これが身体、精神の健康やワーク・ライフ・バランスに悪影響を及ぼし得るので、つながらない権利をEU指令として制定することが必要だという主張が28項にわたって縷々(るる)縷々(るる)書き連ねられていますが、実際上意味があるのは付録として添付された「つながらない権利に関する指令案」です。欧州委員会が提案すべき閣僚理事会と欧州議会の指令案そのものを欧州議会が欧州委員会に対して勧告するという複雑な構造になっています。以下、その「指令案」を訳しておきます。
第1条 主題と適用範囲
1.本指令はICTを含めデジタル機器を作業目的に使用する労働者がつながらない権利を行使し、使用者が労働者のつながらない権利を尊重するよう確保するための最低要件を規定する。これは官民の全産業及び、その地位と労働編成のいかんにかかわらず全労働者に適用される。
2.本指令は、第1項の目的のため、安全衛生指令、労働時間指令、透明で予見可能な労働条件指令及びワーク・ライフ・バランス指令の特則を定め、補完する。
第2条 定義
本指令において、以下の定義が適用される。
(1)「つながらない(disconnect)」とは、労働時間外において、直接間接を問わず、デジタル機器を用いて作業関連活動又は通信に関与しないことをいう。
(2)「労働時間」とは、労働時間指令第2条第1項に定める労働時間をいう。
第3条 つながらない権利
1.加盟国は、労働者がそのつながらない権利を行使するための手段を使用者が提供するのに必要な措置をとるよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働者のプライバシーと個人情報保護の権利に従って、使用者が客観的で信頼でき、アクセス可能な方法で各労働者の毎日の労働時間が測定されるよう確保するものとする。労働者はその労働時間記録を要求し、入手することができるものとする。
3.加盟国は、使用者が公平で合法的かつ透明な方法でつながらない権利を実施するよう確保するものとする。
第4条 つながらない権利を実施する措置
1.加盟国は、適切なレベルの労使団体と協議した上で、労働者がそのつながらない権利を行使し、使用者が公平かつ透明な方法でその権利を実施することができるよう、詳細な手続きが確立されるよう確保するものとする。このため、加盟国は少なくとも以下の労働条件を定めるものとする。
(a)作業関連のモニタリング機器を含め、作業目的のデジタル機器のスイッチを切る実際の仕組み
(b)労働時間を測定するシステム
(c)心理社会的リスク評価を含め、つながらない権利に関わる使用者の安全衛生評価
(d)労働者のつながらない権利を実施する義務から使用者を適用除外する基準
(e)第(d)号の適用除外の場合、労働時間外に遂行された労働への補償を安全衛生指令、労働時間指令、透明で予見可能な労働条件指令及びワーク・ライフ・バランス指令に従ってどのように算定するかを決定する基準
(f)作業内訓練を含め、本項にいう労働条件に関して使用者がとるべき意識啓発措置
第1文第(d)号のいかなる適用除外も、不可抗力その他の緊急事態のような例外的状況においてのみ、かつ使用者が関係する各労働者に書面で、適用除外が必要なすべての場合に適用除外の必要性を実質的に説明する理由を提示することを条件として、提供されるものとする。
2.加盟国は、国内法及び慣行に従い、第1項にいう労働条件を定め又は補完する全国レベル、地域レベル、産業レベル又は企業レベルの労働協約を締結することを労使団体に委任することができる。
3.加盟国は第2項の労働協約にカバーされない労働者が本指令に従い保護を受けるよう確保するものとする。
第5条 不利益取扱いからの保護
1.加盟国は、労働者がつながらない権利を行使したこと又は行使しようとしたことを理由とした使用者による差別、より不利益な取扱い、解雇及び他の不利益取扱いが禁止されるように確保するものとする。
2.加盟国は、本指令に定める権利について使用者に不服を申し立てたり、その遵守を求める手続きを行ったことから生じるいかなる不利益取扱い又は不利益な結果からも、労働者代表を含む労働者を保護するよう確保するものとする。
3.加盟国は、つながらない権利を行使し又は行使しようとしたことを理由として解雇され又は他の不利益な取扱いを受けたと考える労働者が、裁判所又は他の権限ある機関に、かかる理由によって解雇され又は他の不利益な取扱いを受けたと推定されるに足る事実を提出した場合には、当該解雇又は他の不利益な取扱いが他の理由に基づくものであることを立証すべきは使用者であることを確保するものとする。
4.第3項は加盟国がより労働者に有利な証拠法則を導入することを妨げない。
5.加盟国は事案の事実を調査するのが裁判所又は権限ある機関である手続に第3項を適用する必要はない。
6.第3項は、加盟国が別段の定めをしない限り、刑事手続には適用しない。
第6条 救済を受ける権利
1.加盟国は、そのつながらない権利が侵害された労働者が迅速、有効かつ公平な紛争解決及び本指令から生ずる権利の侵害の場合の救済を受ける権利にアクセスできるよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働組合組織又は他の労働者代表が、労働者のために又は支援するためにその同意の下に、本指令の遵守又はその実施を確保する目的で行政上の手続に関与する旨を規定することができる。
第7条 情報提供義務
加盟国は、適用される労働協約又は他の協定の条項を示す通知を含め、つながらない権利に関する明確かつ十分な情報を使用者が各労働者に書面で提供するよう確保するものとする。かかる情報には少なくとも以下のものが含まれるものとする。
(a)第4条第1項第(a)号にいう、作業関連のモニタリング機器を含め、作業目的のデジタル機器のスイッチを切る実際の仕組み
(b)第4条第1項第(b)号にいう、労働時間を測定するシステム
(c)第4条第1項第(c)号にいう、心理社会的リスク評価を含め、つながらない権利に関わる使用者の安全衛生評価
(d)第4条第1項第(d)号及び第(e)号にいう、つながらない権利を実施する義務から使用者を適用除外する基準並びに、労働時間外に遂行された労働の補償の決定方法の基準
(e)第4条第1項第(f)号にいう、作業内訓練を含む意識啓発措置
(f)第5条に従い、不利益取扱いから労働者を保護する措置
(g)第6条に従い、労働者の救済を受ける権利を実施する措置
第8条 罰則
加盟国は、本指令に基づき採択された国内規定又は本指令の適用範囲にある権利に関し既に施行されている関連規定の違反に適用される刑罰に関する規則を規定し、それが実施されるよう必要なあらゆる措置をとるものとする。規定される罰則は、有効で比例的かつ抑止的なものとする。加盟国は(本指令の発効の2年後までに)当該罰則と措置を欧州委員会に通知し、遅滞なくその実質的な改正を通知するものとする。
(以下略)今後の動向ですが、この勧告の名宛て人である欧州委員会のニコラス・シュミット労働社会政策担当委員(厚生労働大臣に相当)が2021年1月20日の欧州議会本会議の審議に出席し、2002年のテレワーク協約と2020年のデジタル化協約を引き合いに出して、コロナ禍でテレワーク人口比率が30%に達した今こそ、労使団体が指導的役割を果たすべきだと述べています。欧州委員会としてはEU運営条約に従い、労使団体と協議を行うということですが、本音としては2002年のテレワーク協約をアップデートするような新協約を、やはり同様に、指令にしない自律的協約として締結する方向でやってほしいということでしょう。ちなみに、現時点でつながらない権利について国内法で何らかの規定を有しているのは4カ国です。フランスでは、2013年の全国レベル労働協約に基づいて2016年に制定された、いわゆるエル・コムリ法により、従来から50人以上企業で義務的年次交渉事項とされてきた「男女間の職業的平等と労働生活の質」について、「労働者が、休息時間及び休暇、個人的生活及び家庭生活の尊重を確保するために、労働者のつながらない権利を完全に行使する方法、並びにデジタル機器の利用規制を企業が実施する方法」が交渉テーマに追加されました。「つながらない権利」は、仕事と家庭生活の両立を図るとともに、休息時間や休日を確保するために、デジタル機器の利用を規制する仕組みを設けなければなりません。「つながらない権利」の実施手続きは企業協定または使用者の策定する憲章で定められ、そこにはデジタル機器の合理的な利用について労働者や管理職に対する訓練、啓発も含まれます。つながらない権利を定める企業協約は2020年に1231件に達しました。最もよく用いられているのは、所定時間外にアプリが起動されると使用者と労働者にそれを通知するソフトウエアであり、燃え尽き症候群を防止するためのワーク・ライフ・バランスの必要性を警告し訓練するものですが、もっと強烈なものとしては、所定時間外には回線を切断してしまうものもあるようです。イタリアでは、2017年の法律第81号により、使用者と個別労働者との合意によりスマートワーク(lavoro agile)を導入することが規定されました。これは仕事と家庭生活の両立に資するため、法と労働協約で定める労働時間上限の範囲内で、勤務場所と労働時間の制限なく事業所の内外で作業を遂行できるというものです。使用者は幼児の母または障害児の親の申し出を優先しなければなりません。この個別合意では、作業遂行方法、休息時間を定めるとともに、労働者が作業機器につながらないことを確保する技術的措置を定めます。スマートワーカーは2019年には48万人でした。ベルギーでは、2018年の経済成長社会結束強化法により、安全衛生委員会の設置義務のある50人以上企業において、同委員会でデジタルコミュニケーション機器の利用とつながらない選択肢について交渉する権利を与えています。もっとも、厳密な意味でのつながらない「権利」を規定しているわけではありません。スペインでは、EU一般データ保護規則を国内法化するための2018年の個人データ保護とデジタル権利保障に関する組織法により、リモートワークや在宅勤務をする者に、つながらない権利、休息、休暇、休日、個人と家族のプライバシーの権利が規定されました。この権利の実施は労働協約または企業と労働者代表との協定に委ねられ、使用者は労働者代表の意見を聞いて社内規程を策定しなければなりません。この規程は「つながらない権利」の実施方法、IT疲労を防止するための訓練と啓発を定めることになっています。
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