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2024年5月17日 (金)

アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性@東大労判

久しぶりに東大労判の順番が回ってきまして、アダルトビデオプロダクション労働者供給事件(東京高判令和4年10月12日)(判例タイムズ1516号142頁)というのを評釈してきました。

妙な判決を取り上げるものだとお思いになるかも知れませんが、いやこれがいろんな論点がごちゃごちゃ入り交じってなんとも面白いのです。

労働判例研究会  2024/5/17  濱口桂一郎

アダルトビデオ女優の労働者性とアダルトビデオプロダクションの労働者供給事業該当性
アダルトビデオプロダクション労働者供給事件(東京高判令和4年10月12日)
(判例タイムズ1516号142頁)

Ⅰ 事実
1 当事者
X:アダルトビデオプロダクション
被告人Y1:アダルトビデオプロダクションXの実質的支配者として、Xの運営資金の管理等を行う
被告人Y2:Xのマネージャーとして、アダルトビデオ女優のスケジュール管理等の業務に従事
Z:Xの代表として、マネージャーを統括管理しアダルトビデオ女優の供給先企業と交渉等を行う(別事案の被告人)
W:アダルトビデオ映画の制作者
V:Wから撮影の依頼を受けたアダルトビデオの監督
A,B,C:Xに所属するアダルトビデオ女優

2 事案の経過
・Y1とY2はZと共謀して、法定の除外理由がないのに、業として、Wがアダルトビデオ映画を制作するに際し、出演女優に男優を相手として性交等の性戯をさせることを知りながら、平成29年1月25日から同年3月29日までの間、Wとの労働者供給契約に基づき、Wに対して、Xに所属する労働者であるA,B,Cをアダルトビデオ女優として供給し、W及びVの指揮命令の下、A,B,Cに男優を相手として性交等の性戯をする労働に従事させ、もって公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者の供給をするとともに、労働者供給事業を行った。(検察側の主張)
・Y1、Y2は職業安定法63条2号(有害業務に就かせる目的での労働者供給等)、同法44条(労働者供給事業)、64条9号(現10号)の罪で起訴された。
・第1審判決(東京地判令和3年3月19日)は、YらとAらとの間には「強い経済的支配従属関係」があったこと、Aらは供給先の指揮命令に従う関係にあったことなどを指摘して、Y1,Y2を何れの罪についても有罪とした(Y1を懲役1年6月執行猶予3年、Y2を懲役1年執行猶予3年)。
・Y1,Y2が控訴した。その主張は、Aらは職安法上の「労働者」に当らず、Yらの行為は同法上の「供給」に当らないとするものであった。
・令和4年10月12日、本判決。

3 関係条文

職業安定法
(定義)
第4条・・・
⑧この法律において「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、【労働者派遣法】第2条第1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする。
(労働者供給事業の禁止)
第44条 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。
 第5章 罰則
第63条 次の各号のいずれかに該当するときは、その違反行為をした者は、これを1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金に処する。
二 公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供若しくは労働者の供給を行い、又はこれらに従事したとき。
第64条 次の各号のいずれかに該当するときは、その違反行為をした者は、これを1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
九(現第10号) 第44条の規定に違反したとき。

4 原審判決 有罪
(1) 「労働者」該当性
「XがAらとの間で交わした各専属タレント契約の内容は、Aらに対し、契約期間中X以外のプロダクションとの間でアダルトビデオ女優として活動することを禁止し、違約金条項や損害賠償条項の威嚇によって、Xが受注する業務を誠実に行う義務を課すものである。そして、仕事の対価についてみると、Aらは、自らのアダルトビデオへの出演の対価として制作会社から支払われる出演料について一切知らされておらず、その出演料からXに分配するマネジメント料の決定に関与することはもとより、その出演料から相当額がスカウトバックと称してAらをXに紹介した者に対して支払われることについての情報や意思決定も全てX側にのみ委ねられていたものと認められる。さらに、実際にXがAらに支払う報酬額についても、所得税としての控除はともかくとしても、既定のものとして厚生費名目で一定割合を控除した額を支払っていたものと認められる。以上によれば、Xの前記業務を行っていたYらとAらとの間には強い経済的支配従属関係があったと認められる」
(2) 労働者「供給」該当性(指揮命令関係の有無)
「Aらは、事前に撮影内容についておおむね承知しており、撮影現場においても自身の要望が己らに尊重される状況にはあったものの、作品の企画及び撮影実施について自主性が認められているわけではなく、撮影の進行自体もVの指示の下行われていたのであるから、Aらは、X及びVの指揮命令に従う関係にあったと認められる」

Ⅱ 判旨 控訴棄却

1 職安法の趣旨
「「労働者の供給」と「職業紹介」は、供給ないし紹介される者について支配従属関係が有るか否かにより振り分けられる関係にあることも踏まえると、職安法63条2号における「労働者の供給」については、そこで要するとされる支配従属関係は、供給元にある者の指示に従う立場にあるという程度の関係で足り、特に業務について諾否の自由がないなどの強い拘束があることまでは要しないものと解される。また、そこで要するとされる指揮命令関係は、供給先の下でその業務に就く立場にあるという程度の関係があれば足り、特に個々の求められた演技に対する拒否ができない、あるいは演技における裁量の余地が全く認められないなどの強い拘束があることまでは要しないものと解される。」
「職安法44条の「労働者供給」における供給元との間の支配従属関係及び供給先との間の指揮命令関係について、封建的な強度の関係を要するなどの強い限定をすべき理由はなく、本件における同条の適用について、同法63条2号の場合に加えて特に考慮すべき事情があるとはいえない。」

2 「労働者」該当性
「原判決は、前記のとおり、本件各アダルトビデオへの出演については、Xが受注し、AらはXの指示に従ってその業務に就いたものであることを前提とした上で、Aらは、いずれもXとの間で専属タレント契約を締結し、これによりXの専属モデルとして業務を行い、対価はXから支払われ、他のプロダクションとの間でアダルトビデオ女優の活動が禁止されていたこと、専属タレント契約書にある違約金条項や損害賠償条項の存在、制作会社から支払われる出演料の金額をAらに知らせておらず、スカウトバックに関する情報や意思決定も全てX側に委ねられていたこと、厚生費名目で一定の割合を控除した額の報酬を支払っていたことなどを指摘する。これらの事情によれば、Aらについて、職安法63条2号、44条において要すると解される程度の支配従属関係は優に肯定できるといえ、原判決の判断に誤りはない。」
「所論は前記(ア)ないし(オ)の事情を指摘するが、Aらに業務について諾否の自由があり、アダルトビデオ女優以外の仕事であれば自由に行えたとしても、AらがXの指示に従って本件の出演業務に就いたとの事実を左右するものではない。契約書における違約金条項等が強い拘束ではないとの所論を踏まえても、これらが一定程度の拘束の効果を有することは明らかである。Aらに出演料の金額を知らせていなかったとの事情も、Aらにとって重要なのは自己の報酬額であるとの所論を踏まえても、AらにおいてXに従属していたとの評価要素になることは明らかである。そうすると、所論が指摘する事情は、いずれも職安法63条2号、44条の「労働者」として必要な程度の支配従属関係があったとの判断を揺るがす事情とはいえない。」

3 労働者「供給」該当性
「原判決は、本件各撮影がVの指示の下おおむね香盤表どおりに行われているなどの事実関係を踏まえ、AらとVとの間に指揮命令関係があると認定したものであり、前記1で検討した職安法63条2号、44条の「労働者供給」における指揮命令関係の意義に照らして不合理な点はない。撮影現場でAらに求められた演技に対する拒否ができた、あるいは演技における裁量の余地があったことなどの所論が指摘する事情は、前記検討のとおり、職安法63条2号、44条の「供給」として必要な程度の指揮命令関係があったとの判断を左右するものとはいえない。」

4 量刑不当(省略)

Ⅲ 評釈 

1 職業安定法における「労働者」概念

 原審及び本判決は何れも「労働者該当性」と「労働者供給該当性」を分けた上で、前者を供給元(本件におけるX、Yら)と労働者(Aら)の間の(経済的)支配従属関係により、後者を供給先(本件におけるW、V)と労働者との間の指揮命令関係により判断している。これは、労働法学で通常論じられる労働基準法(≑労働契約法)上の労働者性や労働組合法上の労働者性とは相当に異なる職業安定法上の労働者概念を前提にしているように見えるが、それは正当であろうか。
 職安法は「労働者」の定義規定を置いておらず、立法担当者の著作(亀井光『職業安定法の詳解』)等にも解説はない。職安法上には「求職者」や「労働者となろうとする者」という概念があり、これらは雇用関係成立前なので労働基準法(労働契約法)上の労働者ではないことは明らかだが、雇用契約が締結されれば労働基準法(労働契約法)上の労働者となるであろう者と理解するのが通常であろう。しかしながら、最高裁の判例はそれとは異なる解釈を採っている。
 職業安定法違反被告事件(最一小判昭和29年3月11日刑集8巻3号240頁)は、旧遊郭地帯の待合業者に接待婦(売春婦)を紹介した事案について、「同法5条にいわゆる雇用関係とは、必ずしも厳格に民法623条の意義に解すべきものではなく、広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係にあれば足りるものと解するを相当とする」と判示している。これは上告趣意書で次のように論じられていたことを受けて、雇用契約の存否にかかわらず適用されるのだと主張するためであろう。
第二、業者と接待婦間に雇傭契約は存しない。(1)栄森一夫第一審証言。女給はどう云う風に契約するのかとの問に対し「まず喫茶店の女給として働かせてくれと云う頼みに応じて働かせますがその間の給料は支払はない」(第五回公判調書)(2)竹川松吉第一審証言「別に、契約と云つてはしておりません、女が働かしてくれと云つて来れば働いて貰ふ丈です」問「証人と接待婦との関係は雇主と被雇者と云うことになるか」答「違います」
(第五回公判調書)(3)高岡寛第一審証言「証人と女中(接待婦)との関係は雇う雇はれるというのではなく本人が自由に働くのです、私の方は女が働かしてくれと云へば働かす丈です」(第五回公判調書)(4)井上佐一第一審証言「給料等の約束はなく、客を取れば席料を貰ふという以外何も約束はしません」(第五回公判調書)、と証言して業者と接待婦の間に雇傭契約の成立なく、唯接待婦が業者の店舗にて就業を申込み承諾する事実上の関係のみにて両者に少しも権利義務の関係を生ぜしめる契約は存しないのである。
 これら証言に対する扱い方としては、契約形式上は雇用ではないとしてもその就労の実態は雇用に当るという労働法でおなじみのやり方もあり得るが、おそらくその後で論じられている売春行為における指揮命令の存否の議論が容易ではないこともあって、こういういわば職安法独自の労働者概念の拡張のような論理展開となったものと思われる。
第三、接待婦と客との交渉関係につき、(1)鬼頭庄三郎第一審証言「接待婦はお客と話が出来れば一緒に二階へ上つて行きます、金銭的交渉は女の自由でこの金については業者は関係はありません」(名古屋出張調書)(2)高岡寛第一審証言「客との交渉は女中が店に居つて客が来れば勝手に交渉して二階へ上つて遊ぶのです」(第五回公判調書)(3)井上佐一第一審証言「女中は客が来れば二人で勝手にサービス料の取極めをして、話ができれば二階へ上つて遊ぶのです」(同上)、と証言し、客との交渉は凡べて接待婦自ら直接之れに当り全く自己の行為として之れを為して居り決して業者がその交渉に立入る関係は存せず、従つて原審判決の如く接待婦が業者の営業行為を為すものと考へることはできないのである。
 その意味では、この拡張労働者概念は本来職安法全般にわたるものとして想定されたのではなく、公衆道徳上有害業務への職業紹介という局面について刑事法上の適切な結論を導き出すためにやや強引に作り出されたものという印象を免れないが、とはいえ最高裁判決自らが「同法5条にいわゆる雇用関係とは」と大きく論じている以上、これは職安法の適用全般にわたってそのように解釈されるべきものと理解するしかないであろう。おそらくほとんど理解が共有されていないと思われるが、日本国最高裁は職安法上の労働者性について「広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係にあれば足りる」と、極めて緩やかな経済的従属性によって判断するという枠組みを70年前の段階で確立していたのである。
 これは、公衆道徳上有害業務ゆえの緩やかな判断と考えるべきではない点がある。すなわち、職業紹介における労働者性が問題となる場合においては、当該職業紹介が行われた時点においては未だ雇用関係が成立に至っておらず、労働者性の判断基準となるべき就労の実態がそもそも存在しない。従って、労基法上の労働者性と同じように当該紹介に係る者の就労の実態でもって判断するということが不可能であり、上記のような幅広の判断をせざるを得ない面があると思われるのである。

2 労働者供給事業における「労働者」概念

 しかしながら、本判決が「労働者該当性」と称して論じているのは、この最高裁判例の論点とは異なり、労働者供給事業において供給前の状況における供給業者と供給労働者との関係が「支配従属関係」に当るという問題であり、議論が大幅に錯綜し捻れてしまっている。
 まず整理しなければならないのは、職安法上の労働者概念が拡張されるということと職業紹介前の求職者が労働者に当るということは全く別のことであり、職安法上の「求職者」や「労働者となろうとする者」は、概念の拡張の如何にかかわらず労働者自体ではない。労働者ではないものとして職安法の適用対象となるのである。
 では、労働者供給事業においてはどうであろうか。ここが実定法規定自体がいささか混乱している点である。職安法第5条の3(労働条件等の明示)においては、職業紹介事業者、募集を行う者、労働者供給業者は、それぞれ、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者、供給される労働者に対して、労働条件を明示せよと規定している。紹介の場合は労働者ではなく求職者であり、募集の場合も労働者ではなく「労働者になろうとする者」なのに、供給の場合だけは実際に供給される前の段階で「労働者」とされている。しかしながら、これは上記最高裁による拡張とは全く異なる労働者概念の拡張であると言わなければならない、なぜなら、厚生労働省の「労働者供給事業業務取扱要領」においては、労働者供給事業の定義として「①供給元と供給される労働者との間に支配従属関係(雇用関係を除く。)があり、②供給元と供給先との間において締結された供給契約に基づき供給元が供給先に労働者を供給し、③供給先は供給契約に基づき労働者を自らの指揮命令(雇用関係を含む。)の下に労働に従事させる」と規定されているからである(出向のような供給元、供給先双方と雇用関係の存するタイプは別)。
 ここに明確に「雇用関係を除く」とされている支配従属関係の下にある者を「労働者」と呼ぶというのは、上記最高裁判決が想定しているような自営業との契約形式の下で経済的に従属している者とは全く異なる。労働者供給事業の戦前来の歴史を考えれば、むしろ暴力団の組長と組員の関係の如く民法の不法行為における使用者責任を生ぜしめるような関係と考えるのが自然である。しかしながら、この規定は1999年改正時に新設されたものであり、そのような認識はなかったものと思われる。おそらく、職安法上唯一認められている労働組合による労働者供給事業を想定して、雇用関係は存在しないが労働組合員である者を「労働者」と呼ぶことに問題はないという判断に基づくものであろう。しかしながら、これは職安法上においてすら例外的な用語法であり、紹介や募集の場合であれば労働者ではない者を、供給の場合においてのみ労働者と呼んでいるという極めて異例の事態なのである。
 ちなみに、労働者供給概念から分離独立した労働者派遣概念における状況を見ると、労働者派遣法第34条(就業条件等の明示)においては、「派遣元事業主は、労働者派遣をしようとするときは、あらかじめ、当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し・・・明示しなければならない」とされている。常用型派遣であれば派遣前の段階でも雇用関係があるが、登録型派遣の場合は派遣前の段階では雇用関係ではなく登録関係(一種の雇用の予約か?)があるだけなので、やはり厳密な意味では「労働者」と呼んでいいのかが問題となり得る。
 いずれにしても、この労働者供給事業のみの特殊な「労働者」概念は、最高裁判例の言う経済的従属性に着目した職安法上の労働者概念とも全く関係がないし、いわんや労基法や労契法上の労働者概念とも無関係である。
 むしろ、ここで本判決が問題にしている支配従属関係の徴表としての拘束性や従属性は、労働者該当性ではなく、労働者供給該当性として論じられるべき要素であろう。とはいえ、そのこと自体の含意も極めて大きい。なぜなら、本判決が言うように「他のプロダクションとの間でアダルトビデオ女優の活動が禁止されていたこと」、「違約金条項や損害賠償条項の存在」、「出演料の金額を知らせていなかったこと」等によって、アダルトビデオ女優の労働者該当性が容易に認定できるのであれば、アダルドビデオではない一般の女優や男優も含めて、およそ現在の芸能界における芸能プロダクションと所属芸能人の関係はことごとく労働者供給事業であると認定できそうであり、その供給契約に基づいてテレビや映画に出演したらすべて労働者性が認定できそうである。本判決のロジックは公衆道徳上有害業務に限った話ではなく、職安法44条違反という一般条項にもかかわるのであるから、公衆道徳上有害でないから普通の芸能プロダクションは大丈夫というわけにはいかないはずである。

3 一般の「労働者」概念

 本判決は支配従属関係の存否による労働者供給事業上の特殊な「労働者」概念を一般の(少なくとも職安法上の)労働者概念と取り違えている一方で、指揮命令関係の存否による一般の(労基法/労契法上の)「労働者」概念を「労働者供給該当性」と呼ぶという二重のねじれを露呈している。これはおそらく、「労働者供給事業業務取扱要領」における労働者供給事業の定義として、③供給先の指揮命令の下で労働すると書かれていることをもってきたのであろうが、紹介先でも、派遣先でも、供給先でも、そこの指揮命令下で労働することに何ら変わりはないのであって、これは一般的な労働者性の問題であって、これを労働者供給該当性と取り違えるというのは、よほど職安法の構造を理解し損ねているとしか言いようがあるまい。もしかして、本判決の裁判官は、指揮命令という概念は労働者供給事業に特有のものだとでも考えているのであろうか。せめて労働法の教科書の初めの方くらいは読んだ上で判決を書いてほしいものである。
 そして、皮肉なことに、ここであっさりと「指揮命令」という言葉で済ませてしまっている点こそが、上記70年前の最高裁判例が(公衆道徳上有害業務を念頭に置きつつ)あえて大幅に労働者性を拡張した点なのである。本判決は、「求められた演技に対する拒否ができた、あるいは演技における裁量の余地があった」としても指揮命令関係があったとしているが、もしそうなら現在の芸能プロダクションに所属する芸能人の演技行為はことごとく指揮命令関係ありと言えてしまうであろう。そうではなく、厳密な指揮命令関係の存在は立証できないような(売春婦やアダルトビデオ女優のような)対価を得ての性行為についても職安法違反だというために、最高裁は「広く社会通念上被用者が有形無形の経済的利益を得て一定の条件の下に使用者に対し肉体的、精神的労務を供給する関係にあれば足りる」と判示したのであろう。とはいえ、判決文上はそういう限定なしに職安法上の労働者概念を拡張してしまっている以上、理論的には厳密な指揮命令関係が認められなくても、緩やかな経済的従属性が認められれば、やはり現在の芸能プロダクションに所属する芸能人の演技行為はことごとく労働者性ありと判断されるべきという理路になってしまいそうである。

 

 

 

 

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