「パワハラ」という用語への違和感は13年前から
例によって焦げすーもさんが、
未だに「職位が下の者から上の者に対する『パワハラ』もあり得る」とした理論構成が分からない。 職場の『いじめ・いやがらせ』という広範な概念で捉えればよかっただけなのでは?
とつぶやいていますが、いやそれ、まさに入口では「いじめ・嫌がらせ」といっていたものが、なぜか出口では「パワハラ」になってしまったかつての円卓会議での議論の推移を見ていて、まさにそのときにそう思っていた件なんですが。
職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告(案)
こちらは先週末ですが、職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループの報告(案)がアップされています。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001yzy9-att/2r9852000001yzzq.pdf
個人的には、職場のいじめ・嫌がらせを「パワーハラスメント」という言葉で集約することに、いささか違和感を感じています。
>パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為6をいう。
「パワー」というと、企業組織における指揮命令関係を背景とした公式的な権力行使を主としてイメージさせますが、現実のいじめ・嫌がらせ事案には同僚や部下、顧客などさまざまないじめ主体がいるのです。
もちろん、この報告案には、
>「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に」としているのは、パワーハラスメントには、上司から部下に対して行われるものに限らず、人間関係や専門知識など職場内の何らかの優位性を基にして同僚間や部下から上司に行われるものも含める趣旨である。また、顧客や取引先から従業員に対する行為は含まれないが、従業員の人格や尊厳が侵害されるおそれがあるものについては適正に対応すべきであることは言うまでもない
とありますが、もちろん、社会学的な「パワー」はフォーマルな組織上の権限行使に限らないのはよく分かるのですが、違和感が払拭されません。
一つには、以前本ブログでも取り上げた丸尾拓養弁護士の議論とも関わるのですが、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-1c0d.html(パワハラは原則合法?)
>しかし、パワハラの“パワー”というのは、そもそも上司の権限です。上司として、その権限を行使していくのは責務です。それは、組織を維持していく上で、経営としては当然に必要なものであり、会社としては、現場の上司にむしろ行使してもらいたいものです。そして、上司というのは嫌なものであり、ハラスメントというのが「嫌がられる」という意味であるならば、パワハラは必然的であると思います。
パワハラが原則合法というのは言い過ぎですが、少なくともパワーの行使は本来職場にあるべきもので、それと、いじめ・嫌がらせ問題は絡み合いつつも、別のフェーズもあるわけで、その意味でも、「パワ」のみを看板に掲げるのはいかがなものか、という気がするのです。
この辺、もう少し丁寧な議論をした方がいいように思うのですが・・・。
とはいえ、その後厚生労働省はもっぱらパワハラという用語を使うようになっていってしまい、今日に至るわけです。
実は先日、某大学ビジネススクールの講義で、このテーマになったとき、受講生の方から、「職場では上司だけではなく、同僚や部下からもいじめがありうると思うんですが、なぜパワハラだけを取り上げて法規制するんですか?」という質問が出て、「いやいや、パワハラといっても、上司から部下へだけではなくって・・・」と説明せざるを得なくなり、やっぱりこの用語法は間違っているよな、と思いを新たにしたばかりです。
ちなみに、なぜ「いじめ・嫌がらせ」という言葉をあえて「パワハラ」に変えたのかについては、このワーキンググループの第5回議事概要(2011年12月22日)に載っています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000026wbe.html
・ なくすべき行為の名称として、「パワーハラスメント」で本当によいのか。これは新語で、裁判でも使われているとしても、新しい言葉をここで使うと、それが新たな概念定義になり、変な誤解をされるおそれがあるので、今回は使わないほうがいいのではないか。また、安易に外来語を使用するべきではなく、誰にとっても分かりやすい言葉を使用するべき。
・ 職場からなくすべき行為を表現した新しい概念を世の中に問う場合に、昔から日本語としてある「いじめ・嫌がらせ」という言葉を用いるか、比較的新しい「パワーハラスメント」という言葉を用いるか、どちらが世の中に浸透しやすいかを考えると後者ではないかと考え、案はパワーハラスメントとした。
・ また、いじめ・嫌がらせという言葉は、学校のいじめなどの印象から、悪意を前提に読み込む方が多いと思われる。辞書でも嫌がらせは悪意を前提とする説明がされていることが多い。
しかし、今回なくすべき行為として取り上げている行為は、悪意が前提とは限らない。その点でも、いじめ・嫌がらせよりパワーハラスメントの方が適当ではないかと考えた。
・ 「パワーハラスメント」という言葉のイメージとして、権力のある上司が部下に強要するようなことを思い浮かべるが、注6に記載しているとおり、同僚間のいじめ・嫌がらせもかなりあると思うので、それも含めた職場の問題を解決するという意味では、注6は大変重要。
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コメント
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教育の場、特に義務教育では「いじめ」を隠したがってるのだろうか、と思う事がありますが、「パワーハラスメント」とは巧妙な職場での「いじめ」隠しとして機能している、と言う事でしょうか。
投稿: balthazar | 2024年5月31日 (金) 17時04分
ご無沙汰です。記事をみて、かつての議論を思い出しました。
言葉は大事ですが、ほかにいい案があったかですね。
それと「パワーハラスメント」は、(株)クオレ・シー・キューブの岡田康子さんの造語でした。ご存じのように英語でも使われません。
また、パワーに関しては、ご指摘のようように社会学の研究分野では、上司ー部下関係に限定されないため、違和感がなかったわけです。
投稿: 佐藤博樹 | 2024年6月 1日 (土) 10時55分
個人的には、岡田さんの会社の作ったビジネス用語が公用語になってしまったようで、それも違和感の原因の一つではあります。
「ほかにいい案があったか」というのがたぶん難問で、いじめを訳したモビング、ブリイング、フランス流のモラルハラスメント等々、あんまりぴたりとはまらず、わたしはシンプルに「職場ハラスメントでよかったのではないかと思いますが、やはりマスコミで既にパワハラ、パワハラと流行っていたのには抗し得なかったのでしょうか。
投稿: hamachan | 2024年6月 1日 (土) 16時10分
最近では、経産省が流行らしている「ビジネス・ケアラー」が問題です。英語では、「ワーキング・ケアラー」ですし、ケアラーは介護者です。本来は、就業者が介護しなくていいように支援すべきですが、介護できるように支援すると誤解されます。
厚労省の老健局の「家族介護者」も困ります。要介護者の家族でいいはずです。
投稿: 佐藤博樹 | 2024年6月 2日 (日) 11時58分
ビジネスケアラーに至っては、英語力ゼロの人間がでっち上げたとしか思えないひどい言葉ですね。どうひっくり返しても、ビジネスとして介護看護している人という意味にしかなりようがないと思うのですが。
投稿: hamachan | 2024年6月 2日 (日) 13時34分