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2024年3月19日 (火)

海老原嗣生『少子化 女”性”たちの言葉なき主張』

9784833425308_600 海老原嗣生『少子化 女”性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)をお送りいただきました。

2022年に出生数が70万人台となり、さらにペースが加速している日本の少子化。
なぜ日本は“底なしの少子化”に陥ったのか? 
「日本における最大の雇用問題は女性」と指摘する著者が、少子化問題を日本社会における女性のあり方の変遷から解説。これまで妊娠、出産、育児の負担を押し付けられ、時代の常識に翻弄されてきた女性たちの心の視点から“少子化の原因”をひも解く。
平塚らいてうvs与謝野晶子の「女権×母権」論争から、「働け、産め、育てろ」という三重苦を負わせた女性支援、婚活・妊活ブームの圧力、不妊治療の最前線まで、女性を結婚や出産から遠ざけてきた“正体”に迫る1冊。

いつもの海老原節が全開の女性論ですが、内容は11年前の『女子のキャリア』の延長線上です。ですので、大きな枠組みについては全く同感するところが多い一方で、ますます強烈になっている高齢出産どこが悪い論については、正直なかなか頷けないままです。

海老原さんの『女子のキャリア』での論に対して、9年前の『働く女子の運命』の最後のところで疑問を呈したのですが、たぶんこの点についてはなかなか一致するのは難しいのでしょうね。

◆はじめに~底なしの少子化が問いかけること~ 

◆第一章 社会は女“性”をいかに弄んだか。
1.らいてうと晶子のバトルが現代人に教えてくれること~明治・大正前期~ 
2.産め・産むな。転変する「上からの指令」~大正後期から高度経済成長期~ 
3.“女性のあるべき像”が、いつの時代も女性を苦しめる~バブル~平成中期~ 

◆第二章 「女は働くな」と「女も働け」の軋み
1.昭和型「およめさん」輩出構造
2.働き方は変わったが、意識と仕組みが取り残されたまま
3.社会が変わる節目
4.女性の社会進出は、「量」から「質」に
5.ようやく家庭にも令和の風が吹く

◆第三章 「強い男とかわいい女」が褪せない人たち
1.結婚したら昔と変わらず産んでいる
2.職場結婚の減少した本当の理由
3.そして職場から「いい男」は消えた

◆第四章 30歳「不安」、35歳「焦燥」、40歳「諦め」  
1.婚活・妊活に追い立てられ、責められる女性
2. 日本では長らく40代出産が当たり前だった
3.名医たちの温かな手
4.上を向いて歩ける未来

◆第五章 もう一度、女性が子どもを産みたくなるために
1.「30歳の焦燥」から、「女性は二度おいしい」へ
2.「子育ては社会で」を徹底的に実現する
3.「年輩の男は偉い」という幻想を解消する
4.未だ蔓延るジェンダーバイアスを徹底的につぶす
5.タブ―への挑戦

◆おわりに 「女性活躍」という言葉がなくなる日

 

 

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コメント

> ますます強烈になっている高齢出産どこが悪い論

倫理的には別に悪くないけれども
コスパ的に悪いでしょう、としか

日本男性的キャリアパスを女性に
拡大をするなら、ミクロで見ると
高齢出産しかないんだけど、でも
そうすると、マクロでは若年時に
他人の子の育児を負担し、高齢に
なり、自分の子の育児を若い人に
負担をしてもらう社会構造になる

ますます少子化が進むんではない

ご高評ありがとうございます。
こちらの話題、NPO派遣請負問題勉強会にて、対論させて頂いた時のことを昨日のように思い出します。
御著でも日本型の問題点として、小池さんの年功熟練論を喝破されておりましたが、もちろんこのご示唆は下敷きの一つにさせていただきました。
機会あらば、相違点について、また、歓談させてください。

相違点は相違点として、今回の本を読みながら、アグネス論争のはなしが出てきて、思ったことがあります。
それは、アグネスよりも40年近くも前の終戦直後に、笠置シズ子が同じことをやってたというはなしです。そのときには林真理子役は居なかったようですが。

そろそろフィナーレが近い朝の「ブギウギ」ですが、松竹少女歌劇団の高野山ストライキの話もそうですが、結構労働問題ネタがあったなあと振り返っています。

海老原さんとは、そのうち全般にわたって激論してみたいものです。

昔は高齢出産が比較的多かったという点について指摘しておくと、昔の庶民は晩婚が多かったからである。


奉公に出ていたり、あるいは家業を手伝って親が引退するまで経済的に自立できないとなると、なかなか結婚できなかったのである。

独立したり、親が引退して家業を引き継ぐ段になってようやく嫁や婿をとるとなると40近くになった。


このような状況が変化したのは、産業化によって近代的な労働組織が発展し、家業以外の賃労働の機会が増大して若くして経済的に自立できるようになってからである。

イギリスでは早くも18世紀後半にはこのような事態が出来して結婚年齢が早まり人口増加にもプラスとなった。

結局、経済の近代化が高齢出産を減らしたのだから、いまさら高齢出産を推奨しようというのは時代錯誤であろう。

海老原氏が今も40代出産が多いとする地域がアフリカ南部や南洋の国なのは、これらの国の経済が近代化していないということの反映に他ならない。
https://president.jp/articles/-/73048?page=2

医学的にも子育ての負担という面からも難がある高齢出産を推奨するのは現在の社会経済状況を前提とすると合理的とは言えない。


まあ非正規労働者は昔の奉公人のようなもので経済的に自立が難しいのだから高齢出産しろというのは成り立たない議論とは言わないが、非正規労働者の待遇を改善したり、教育費や住居費への支援を拡充させるのが本筋であろう。

一方少子化対策で正規雇用のすでに結婚している男女を育児休暇などで支援するというのは何の効果ももたらさないばかりか、かえってマイナスにもなりうるので、逆進性という問題もあるから即刻止めるべきだろう。

日本的な正社員の若年期は、丁稚奉公なので。
かつては主に男性だったのが、近年になって
女性も参入するようになりした、というのが
日本に特有の少子化の要因ですが、ところが、
欧米も、日本ほどでないのですが、少子化が
進行しているので、それ以外の要因も考慮に
入れる必要が発生しているのかもしれません。

> 未経験者の一括採用・育成という入社からその後の平等主義的な選抜機会に至るまで、国際的にはあまり見られない登用・選抜の習慣が大手企業を中心に強く根付いており、その構造が女性活躍をいくつかの点で阻害している。
> 長い選抜構造によって、管理職への選抜時期よりも、結婚・出産・育児というライフイベントが先に来てしまう。
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/202303020001.html

> 諸外国では普遍的な初めから上下別れている世界と違って、低い処遇で裁量性の低い仕事で長時間労働をするという不条理に耐えなければ管理職に到達しないのです。
> 不条理に耐える期間が、女性にとってはまさに生物学的再生産にとって重要な時期であるということが、問題を複雑にします。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2021/01/post-e3bef9.html

> ノンエリート男なんかよりもエリート女をもっと出世させろと主張しているのか、エリートだと思って威張るなバカ、と言っているのか、頭の整理が出来ない人になればなるほど混乱した反応を導き出してしまうということなんでしょうね。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-5924c7.html

非正規労働者がかつての家産共同体の奉公人や二、三男などの経済的に自立できない人々と類似の存在になって結婚が難しくなっている。

一方非正規の犠牲によって待遇を維持している正規雇用労働者がみんなエリートという幻想によって期待生活水準が高止まりしてしまい結婚や出産に消極的になっている。また正規労働者がみんなエリートとして長時間労働に従事するため女性が結婚・出産・育児というライフイベントをこなしつつ働くのが難しい仕組みになっている。エリートが長時間労働なのは世界共通であって結局みんなエリートという平等主義が諸悪の根源ということになる。

現在の日本の非婚化・少子化をもたらしている基本的構図は以上のようなものであろう。

期待生活水準が高止まりしている正規雇用労働者に育児休業給付金などでいくら支援しても穴の開いたバケツに水を注ぐようなものであって効果はない。結局、エリートとノンエリートを峻別して一部の中核社員以外は明確にノンエリートと位置付けて期待生活水準を引き下げ、ジョブ型雇用の枠組みで非正規労働者と統合するという平準化が必要になる。この過程で男女の平準化も促進されるだろう。


企業はみんなエリートという幻想の下で正社員を酷使することは不可能になるし、ノンエリート労働者に教育費や住居費の支援が必要になるため財政規模の拡大も必要となる。

短期的には経済に対して負担となるだろうが、正社員が酷使できるために人海戦術が可能となり効率化が進まなかった分野の機械化・IT化が促進されて長期的には経済にプラスとなり得るだろう。

最大のネックとなるのは教育であろう。みんなエリートという幻想を蔓延させた一因は単線型の教育システムで培われた平等主義だからである。ヨーロッパのような複線化と職業教育の充実が必要だが、学校現場の抵抗は根強いであろうし、文科省も単線型の教育システムのもとで生まれる行き場のない人間を大学、大学院の拡大で吸収してごまかしつづけてきた。しかしそれが高等教育システムを機能不全に陥らせている。もう限界であろう。

文科省は無理やり女性の大学教員や理系学部の女子比率を増やせと言ったきちがいじみた平等主義イデオロギーにしがみつくようになっている。そもそも女子の大学進学率の方が男子よりも高いのだから理系学部に女子が少ないのは彼女らの自由な選好の結果であろうし、女性の大学教員が少なく高学歴女性でも専業主婦が多いのはやはり自由な選択の結果であろう。それを歪めようとするファッショ的発想は捨てるべきであろう。


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