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« フランス政府がEUプラットフォーム労働指令案に更なる注文を | トップページ | 「賃金と賃銀」@『労基旬報』2022年6月25日号 »

2024年3月 9日 (土)

賃金と賃銀

53c6df442fe541b49827497a70ce8134 『賃金の日本史』を書かれた高島正憲さんが、歴史書の老舗吉川弘文館のPR誌『本郷』の2023年11月号に「「賃銀」から「賃金」へ」というエッセイを寄稿されていたことに気がつきました。noteに載ったからですが。そこに、私の書いた小論が引用されていました。

「賃銀」から「賃金」へ 高島正憲

 そもそも、我われがあたりまえのように日常のなかで使っている「賃金」という言葉はいつから日本で広まりだしたのであろうか。書籍や論文、雑誌記事、ウェブなどいろいろと調べていると、やはりというか、なぜ「賃銀」ではなくて「賃金」なのかと同じような疑問を考えている人は多いようである。

 濱口桂一郎「賃銀と賃金」(『労基旬報』二〇二二年六月二五日号)では、「賃金」という表記は戦前から存在しており、特に法令上はその表記の方が多かったとして、法制史上の事例の考察と、そこから導き出される「賃銀」から「賃金」への移行についての仮説が紹介されている。たとえば、 一九三九年に公布された労働賃金を抑制する賃金統制令や賃金臨時措置令は、法令名そのものがまさに「賃金」であるし、それら法令は一九三八年の国家総動員法にもとづいたものだが、その本文にも「賃金其ノ他ノ従業条件」(第六条)という表記が確認される。また、法令上で「賃金」をさかのぼることができるのは一九一六年の工場法施行令で、条文中に「賃金」という表記が二〇箇所以降も確認することができ、それより五年前の一九一一年に公布された肝心の工場法には「賃金」が見当たらないことも指摘されている。

 よく知られているように、労働者保護の法令を作成する機運は、工場法制定に先立つこと数十年前の明治期半ばよりあったが、企業・財界よりの反対や政府の調整不足などで法案が作成・提出されるも長い間制定にはいたらなかった。それらの草案では「賃銀」や「賃銭」の表記となっていたが、他方、民法ではすでに「賃金」という表記がされており、またその定義するところも家賃、債権、雇人の給料など複数の意味で書かれるなど、用語としてはやや混乱した状況であったようである。その後、工場法の制定・施行過程で(意味が異なるとはいえ)民法に明記された「賃金」の表記が使われるようになり、やがて戦時下の統制関係の法令によって「賃金」の使用が確立した、という仮説となっている。

私の小論は、せいぜい明治以降の労働関係法令用語や社会政策学者の本くらいまでしか論じていませんが、古代からの賃金史を書かれた高島さんらしく、ここから話はさらに拡大し、明治初期から江戸時代までいろんな用例を紹介されています。

と、中世にまで遡ったあとに、最後のオチとして、21世紀になっても岩波文庫のマルクスの本は『賃銀・価格および利潤』(長谷部文雄訳) であるという話で締めくくっています。

1708078048670ynakg5pmc2 なお、改めていうまでもありませんが、高島さんの『賃金の日本史』は傑作です。是非ご一読を。

 

 

 

 

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コメント

「賃銀」「賃銭」から「賃金」への書き方の変化は通貨の「金」本位制の確立と関りはないのでしょうか。

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