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2024年3月

2024年3月29日 (金)

外国人労働者数約205万人@『労務事情』4月1日号

B20240401 『労務事情』4月1日号に、連載「数字から読む日本の雇用」の第23回として、「外国人労働者数約205万人」を寄稿しました。

https://www.e-sanro.net/magazine_jinji/romujijo/b20240401.html

 2007年の改正雇用対策法(現在の労働施策総合推進法)により、事業主には新たに外国人を雇い入れたりその雇用する外国人が離職した場合の届出義務が課されました。それ以来毎年1月に、厚生労働省は前年10月末現在における「外国人雇用状況」の届出状況を公表してきています。今年も1月28日に、2023年10月末現在の状況がとりまとめられていますが、それによると外国人労働者数は204.9万人で、前年よりも一気に22.6万人増加しています。・・・・

 

2024年3月28日 (木)

戸森麻衣子『仕事と江戸時代』@労働新聞書評

61bof5yoxl245x400 毎度おなじみ『労働新聞』の書評ですが、今回は戸森麻衣子『仕事と江戸時代』(ちくま新書)です。

https://www.rodo.co.jp/column/174960/

 この書評も2021年から始めたのでもう4年目になるが、その初めの頃に十川陽一『人事の古代史』(ちくま新書)を取り上げたことがある(関連記事=【GoTo書店!!わたしの一冊】第17回『人事の古代史―律令官人制からみた古代日本』十川 陽一 著/濱口 桂一郎)。古代から戦乱に明け暮れた中世を経て、平和な時代となった近世には、再び「働き方」が社会の重要な問題となった。本書は、戦士のはずだったのに官僚の道を歩まざるを得なくなった武士をはじめ、武家奉公人、商家の奉公人、職人、百姓に至るまでの、江戸時代の「働き方」万華鏡を垣間見せてくれる。

 まず武士だが、そもそも主君のために戦うことの対価であった知行が俸禄化するが、それは「家」に与えられるいわば武家ベーシックインカムであって、実際の役職とは関係がない。俸禄は役職に就いていない武士にも支給される。こういう社内失業者を「小普請組」といい、江戸の旗本の約4割は、そういう近世版「働かないおじさん」であったらしい。

 一方で、社会の複雑化に対応して武士のやるべき仕事も高度化・専門化していく。剣術や四書五経ばかり学んできた「長期蓄積能力活用型」の武士は実務能力に乏しい。そこで、「高度専門能力活用型」の非正規武士の登用と「役職手当」で調整する。下級武士に一代限りの俸禄上乗せ(「足高」)をして財務経営などの仕事をやらせるに留まらず、実務的な知識を身に着けた町人・百姓を召し抱えて専門的な仕事をやらせる。伊能忠敬とか二宮尊徳はこの類いだ。

 幕末には、近代軍事技術に対応するために、各藩の藩士を幕府に「在籍出向」(「出役」)させることもみられた。長州藩の村田蔵六もその一人だが、出向元の長州藩から帰藩を命じられれば戻らざるを得ない。彼はその後大村益次郎と名乗って、出向先だった幕府を倒す立役者となった。中津藩から出向して幕臣に移籍した福沢諭吉は、こういう身分制度を「親の仇」と呼んだのである。

 一方、武士の家でさまざまな労務に従事するのは、武士ではなく町人・百姓身分の武家奉公人だ。彼らは江戸のハローワークたる口入屋からの紹介で、通常1年契約で住み込みで働く「雇用柔軟型」非正規労働者である。また、殿様の駕籠を担ぐ「陸尺」、馬の世話をする「別当」など、細かな職務ごとに雇われる近世版ジョブ型雇用であった。驚いたことに、江戸城の大手門の門番役もこうした短期雇用の町人・百姓であったという。

 商家の奉公人も営業経理を担当する大企業正社員タイプと雑用に従事する非正規労働者タイプに分かれる。三井越後屋をはじめ、江戸の大店はほぼ上方に本店があり、子供(丁稚)は本店で(新卒ではないが)一括採用して、江戸の出店に配転される。彼らは手代、番頭、支配人と出世していく近世版メンバーシップ型雇用だが、落ちこぼれるものも多い。一方、下男下女は現地採用であり、口入屋経由の年季奉公であった。さらにその日その日で働いて賃銭を受け取る日雇労働者(「日傭取」)というのもいた。

 このように、見れば見るほど現代と通じるものが感じられる江戸時代の働き方だが、女性の働き方は大きく変わった。武家屋敷の奥女中奉公というのは、今日ではドラマのなかでしか想像できない。一方、吉原などの遊女屋奉公は、かなり形を変えながら生き残っているようでもある。

 

2024年3月27日 (水)

フリーランスと労働法の谷間に「橋」を掛ける試み@『ちくま』4月号

Bm2j7k0aikyzud2kfkni6g__ 筑摩書房のPR誌『ちくま』4月号に、橋本陽子さんの『労働法はフリーランスを守れるか』(ちくま新書)の書評記事を書きました。

61tr1l7pf5l_ac_uf10001000_ql80_  「フリーランス」というといかにもかっこよく聞こえるが、「一人親方」というとなんだか垢抜けない印象だ。でも両者は同じものを指している。他人(会社)に雇われるのではなく、自分一人で社長とヒラを兼務して働いている人、個人自営業主のことだ。昔から建設業の一人親方とか運輸業のトラック持ち運転手というのは多かったが、最近は情報通信技術が発達して、ネットを介して仕事をするクラウドワーカーとかギグワーカーというのが世界的に増えてきた。その働き方の実態は、自営業主だといいながら雇用労働者以上にひどいものも少なくない。「はじめに」にたくさん事例が並んでいる。彼らをどう守るか、というのが本書のテーマだ。
 昨年成立したフリーランス新法というのは、(若干労働法風味の保護規定も盛り込まれているけれど)基本的には公正取引委員会と中小企業庁が競争法を使って彼らを守ろうという法律だ。彼らは労働者ではなく個人事業主なんだから当然だろう、と思うかもしれない。けれど、著者はそれに疑問を呈する。今の世界の大勢は、彼らの「労働者性」を認めて、労働法を適用しようという方向に向かっているのだ。最近の欧米の裁判例はみな労働者性を認めてきているし、とりわけ五要件のうち二つを満たせば労働者だと推定するEUのプラットフォーム労働指令案が成立間近なのだ、と。
 その気持ちには同感するところが多いのだが、認識がやや前のめりになっていないか気になる。実は、(本文に書かれているように)昨年一二月一三日にEUの議会と理事会が暫定合意したというニュースが流れたが、翌週二二日には理事会でひっくり返ってしまったのだ。それを先導したのはフランスのマクロン大統領だという。フランス政府は彼らが労働者でないことを前提に労働法風の保護を付け加えるという国内政策を進めていて、労働者性の拡大路線には反対であり、少なからぬ加盟国がそちらに加担したというわけだ。先行きはまだまだ不透明である。
 とはいえ、日本のように競争法中心でいくやり方でいいのかというと、評者も疑問がある。競争法による保護は弱い個々の自営業者を守ることが目的なので、団結して強者になろうとすると、カルテルだといって潰しにかかる危険性があるからだ。百年前のアメリカでは反トラスト法が組合潰しに猛威を振るったこともある。EUではフリーランスに競争法は手を出さないというガイドラインを出している。そちらが世界標準だろう。
 労働者性については、行政の現場レベルにも問題がある。労働基準監督官が監督現場で労働法違反を摘発するときに、そもそも働いている人が労働者なのかどうかを判断する材料として渡されているのは、四十年前の労働基準法研究会報告という学者の論文なのだ。評者が過去二年半の監督復命書を分析したところ、監督官が様々な要件のどれを重視すべきかに頭を悩ませていることがわかった。裁量制やテレワークなど、雇用の範囲内で多様な働き方が増えてきたことを考えると、四十年前の労働者性判断基準を見直す必要もありそうだ。
 正直、労働法の難しい議論が延々と並んで読みづらいところもあるかもしれないが(評者ならもう少し目線を下げて、砕けた感じで書くのだが)、今日喫緊の重要な政策課題を深く突っ込んで考えるための材料がいっぱい詰まっている本である。

 

2024年3月26日 (火)

田所創『未上場株式市場と成長企業ファイナンス』

0315162651_65f3f83b49c7e 田所創『未上場株式市場と成長企業ファイナンス』(生産性労働情報センター)をお送りいただきました。

未上場株式市場(プライベート・エクイティ・マーケット)は、米国をはじめ諸外国では、企業の成長と国の経済成長を支える基本的な仕組みですが、日本では、いまだ未発達のままにあります。
本書では、日本と米国やその他の主要国の現状を分析し、日本の未上場株式市場が未発達である状況を、代替的証券取引所、店頭市場、マーケットプレイス、クラウドファンディングなどが多様に発展している米国などの未上場株式市場の状況と比べ明らかにします。
そして、日本の未上場株式を巡る規制を、米国を中心とした主要国の規制と比較して、日本で未上場株式市場が発達していない要因が、日本の厳格な未上場株式の取引の規制にあること、また、これが成長企業による自由な資本の調達を強く抑制していることを明らかにします。
市場でエクイティ・ファイナンスをすることができない状況が、いかに企業の成長の足を引っ張り、国の経済成長を停滞させるかを指摘するとともに、諸外国を追い駆けて日本の未上場株式市場をどのように発展させていくか、その方向を示す一冊です。

 

 

本道敦子/山谷真名/和田みゆき『〈共働き・共育て〉世代の本音』

9784334102494 本道敦子/山谷真名/和田みゆき『〈共働き・共育て〉世代の本音 新しいキャリア観が社会を変える』(光文社新書)をお送りいただきました。

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334102494

男性育休や働き方改革が企業の重要課題となった現代。しかし、すべてのケアワークを妻に担わせて会社の仕事だけに時間をつぎ込んできた男性が大方を占めるマネジメント層と、これからの時代を担うミレニアル世代とでは、そのキャリア感に大きな隔たりがある。本書は〈共働き・共育て〉を志向するミレニアル世代にインタビュー調査を行い、仕事と子育ての両立、そのための様々な障害にどう対処しているかの事例を多数紹介。企業の経営陣、人事担当者にとってはもちろん、両立に悩むデュアルキャリア・カップル当事者のヒントにもなる本。【解説・佐藤博樹東京大学名誉教授】

夫がプライベートを失うか、妻がキャリアを失うか、そうならないような、夫も妻もプライベートとキャリアを両立できるマネジメントを求める声、声、声が詰まっています。

多分、世代間の落差というのは大きくて、今の企業幹部の世代はまだまだ〈片働き・片育て〉であったわけでしょう。



 

2024年3月25日 (月)

禹宗杬・沼尻晃伸『〈一人前〉と戦後社会』

9784004320104_2_2 禹宗杬・沼尻晃伸『〈一人前〉と戦後社会』(岩波新書)をお送りいただきました。

https://www.iwanami.co.jp/book/b641567.html

〈一人前〉としてふるまう。すなわち、話し合いを通して他者と対等にわたりあい、自らの価値と地位を向上させた人びとが、戦後社会を築いてきた。向上にこだわる社会は、ありのままの人を認めないまま、生きづらい現在にいたる。働く場と暮らしの場の声を拾い上げながら、歴史の流れをつかみ、隘路を切りひらく方途を探る。

目次は下にある通りですが、「一人前」というキーワードを軸に近代日本社会の姿を描き出そうという本です。ざっくりいうと、権利の承認なき価値の承認を求めて、企業人としての自己実現に至った正社員モデルと、そこから排除された人々の姿というストーリーになりますが、新書本の中にいろいろなエピソードが詰め込まれて読み物として面白いです。

第3章の「陶酔と錯覚」が1970年代から1990年代を対象としていて、これがまさに労働政策でいう「企業主義の時代」に対応しているのですね。それを単純に錯覚として否定し去って済むのではないのは、それが終戦直後の労働者達が必死に企業メンバーたらんとしてあがいていた闘争の変形した姿だからなのでしょう。

序 章 「一人前」が容易ではなくなった社会で
 一 生きづらい社会
 二 「一人前」を問う

第一章 目覚めと挫折――戦前の営み
 一 人格承認要求と大正・昭和
 二 上層労働者だけが「一人前」
 三 権利なきなかでの要求
 四 「お国のため」の社会――小括

第二章 飛躍と上昇――敗戦〜一九七〇年代
 一 人並みに生きたい――戦後改革と「一人前」
 二 「同じ労働者」として
 三 「市民」として、「人間」として
 四 人並みを話し合いで勝ち取った社会――小括

第三章 陶酔と錯覚――一九七〇年代〜一九九〇年代
 一 「日本的」なるものと新たな「価値」の噴出
 二 企業での「自己実現」
 三 「連帯」から「女縁」へ
 四 企業に傾倒した社会――小括

第四章 多様化と孤立――一九九〇年代〜現在
 一 迷走する政府――パッチワーク的な政策
 二 非正規労働者は「半人前」?
 三 「自分らしさ」とは?
 四 中間団体をなくし「自己責任」が独り歩きする社会――小括

終 章 新たな「一人前」を求めて

 あとがき

 

 

 

 

石井保雄さんのエッセイ@『労働法律旬報』

643718 『労働法律旬報』3月下旬号の巻頭言に、石井保雄さんがこんなエッセイを寄稿しています。

https://www.junposha.com/book/b643718.html

[巻頭]沼田稲次郎著『現代の権利闘争』(1966)を読む――濱口桂一郎〝hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)〟に促されて=石井保雄…………04

なんと、私のブログに促されて書かれたエッセイなんですね。

Nicchimo_20240325122901 沼田稲次郎の同書については、『労基旬報』2019年8月25日号 に寄稿した「戦後労働法学の歴史的意味」と、海老原さんがやっていた今はなき『HRmics』第37号に寄稿した「帰ってきた原典回帰」第2回でいろいろと論じましたが、それを受け止めていただきました。

是非皆様もご一読ください。

なお、その元になったわたくしの小論を、参考までにここに再掲しておきます。

まず、労基旬報の「戦後労働法学の歴史的意味 」です。

 昨年刊行した『日本の労働法政策』(労働政策研究・研修機構)では、近代日本の労働法政策の歴史をほぼ20年周期で区分し、自由主義の時代(1910年代半ば~1930年代半ば)、社会主義の時代(1930年代半ば~1950年代半ば)、近代主義の時代(1950年代半ば~1970年代半ば)、企業主義の時代(1970年代半ば~1990年代半ば)、市場主義の時代(1990年代半ば~)と名付けています。この時代区分自体にもいろいろと議論のあるところですが、今回はそれと労働法学の動向がどこまで対応していたのか、あるいはいなかったのかについて考えてみたいと思います。その際、終戦直後に誕生し、高度成長期に至るまで大きな影響力を振るったいわゆるプロ・レイバー労働法学をどう位置付けるべきかに焦点を当てて考えます。
 戦前の自由主義の時代には、そもそも労働法学という分野自体確立しておらず、末弘厳太郎ら一部の研究者が新分野を開拓する形で研究を進めていました。これは当時内務省社会局が政府部内で社会立法に向けて気を吐いていたのと対応しています。労働法研究が大きく拡大するのは、戦時体制下で続々と勤労統制立法が相次ぐようになってからです。当時の労働法学者は、時代の空気を読んで国家主義的なレトリックをまぶしながら、次々と作り出される労働立法の解説に勤しみました。
 日本が戦争に敗れた1945年は圧倒的に多くの歴史叙述において20世紀最大の画期とみなされていますが、労働法政策の観点からすれば同じ社会主義的労働政策の中で、ナチス流の国家社会主義的な方向からアメリカのニュー・ディール風の偏差を持った社会民主主義的な方向への転換がされた年という位置づけになります。では労働法学においてはどうだったのでしょうか。GHQ占領下で続々と制定された戦後労働立法を受けて、社会民主主義的な労働法学の潮流が確立していった・・・・というわけではありませんでした。むしろ、当時の急進的な労働運動に引きずられるように、あるいはそれを引きずるような形で、マルクス・レーニン主義や唯物史観を掲げる労働法学が一世を風靡し、多数派となっていったのです。世に言う「プロ・レイバー労働法学」です。これに対し、「労働力の集団的コントロール」を掲げ、欧米型のトレード・ユニオニズムを理念型とする吾妻光俊らは少数派にとどまりました。
 当時の労働法学はその関心のほとんど大部分を労使関係法に向けていたので、その対立もほとんど労働組合、団体交渉、労働争議といったことに関わるものでした。まずもって終戦直後の労働組合が実行した生産管理闘争に対して、欧米労働組合の「労働力の売り止め」という労働争議のあり方に反することから否定的な吾妻らに対し、プロ・レイバー派はその正当化に努めました。その後も、職場占拠、ピケット、ビラ貼り、リボン闘争など、トレード・ユニオニズムからは正当化しがたい日本独自の職場闘争スタイルをいかに正当化するかがプロ・レイバー派の課題であり続けました。
 これは、労働法政策が近代主義の時代に入った後もかなり長く続き、たとえば1966年に労働省の労使関係法研究会が浩瀚な報告を出したときも、会長の石井照久を始め、欧米型トレード・ユニオンの理念型から現実の日本の労働運動を批判する論調であったのに対して、プロ・レイバー派は非難を浴びせました。その最大の理由は、現実の日本の労働組合が圧倒的に企業別組合であるにもかかわらず、労使関係の近代化を主張することは結果的に労働運動の弱体化につながるではないかという点にありました。職務給の導入など欧米型の労働市場への近代化を唱える政府に対して、それが中高年男性の賃下げにつながると否定的であった当時の労働運動やマルクス経済学者とよく似た構図であったと言えましょう。
 この、近代主義の時代に近代化を拒むスタンスは、言葉の上ではマルクス主義や唯物史観の用語がちりばめられているため「左翼的」に見えますが、現実の社会構造上の機能という観点から見れば、企業別組合という変えがたい現実に限りなく妥協しようとする現実主義であったと評することもできるでしょう。そしてそれは、戦時中の産業報国会を受けつぐものであり、その意味で社会主義の時代の産物でした。このことを最も明確に語っているのは、プロ・レイバー労働法学の旗手と言われた沼田稲次郎です。彼は著書『現代の権利闘争』(労働旬報社、1966年)の中でこう述べています。やや長いですが、戦後労働運動の本質、そしてそれを擁護した戦後労働法学の本質がくっきりと描き出されています。
 ・・・戦後日本において労使関係というもの、あるいは経営というものがどう考えられているかということ、これは法的意識の性格を規定する重要なファクターである。敗戦直後の支配的な意識を考えてみると、これには多分に戦争中の事業一家、あるいは事業報国の意識が残っていたことは否定できないと思う。生産管理闘争というものを、あれくらい堂々とやれたのは極貧状態その他の経済的社会的条件の存在によるところには違いないが、またおそらくは戦時中の事業報国の意識の残存であろうと思われる。事業体は国に奉仕すべきだという考え方、これが敗戦後は生産再開のために事業体は奉仕すべきだという考え方になった。観念的には事業体の私的性格を否定して、産業報国とそれと不可分の“職域奉公”という戦時中の考え方が抽象的理念を変えただけで直接的意識として労働関係を捉えた。産報の下では、民草はそれぞれの職域において働く。だから経営者は経営者の職域において、労働者は労働者の職域において職域奉公をなすべく、産業報国・事業報国が規範的理念であったことは周知の如くである。かかるイデオロギーというものが敗戦を機に一朝にしてなくなったのではなく、戦後における労使関係観というものの中に浸透していったといってよいだろう。
 経営というものに対する見方についてもそういう考え方はやはり流れていたであろう。すると、その経営を今まで指導していた者が、生産サボタージュのような状態を起こしたとすれば、これは当然、覇者交替だったわけで、組合執行部が、これを握って生産を軌道に乗せるという発想になるのがナチュラルでなければならない。国民の懐いておった経営観というものがそういうものであった。経営というものは常に国家のために動いておらなければいけないものだ、しかるにかかわらず、経営者が生産サボをやって経営は動いておらない、これはけしからん。そこで組合は、我々は国民のために工場を動かしているんだということになるから、生産管理闘争というものは、世論の支持を受けたわけでもあり、組合員自身が正当性意識を持って安心してやれたということにもなる。
 そんなわけで戦後の労使関係像というものが背後にあって、ある種の労使慣行というものができた。例えば組合専従制というもの、しかも組合専従者の給与は会社がまるまる負担する。組合が専従者を何人決めようが、これは従業員団であるところの組合が自主的に決めればいいわけである。また、ストライキといっても、労働市場へ帰って取引する関係としてよりも、むしろ職場の土俵の中で使用者と理論闘争や権力の配分を争う紛争の状態と意識されやすい。経営体として我々にいかほどの賃金を支払うべきであるかという問題をめぐって経営者と議論をして使用者の言い分を非難する-従業員としての生存権思想の下に-ということになる。課長以下皆組合に入っており、経営者と談判しても元気よくやれた。・・・団体交渉の果てにストライキに入ると、座り込んで一時的であれ、職場を占拠して組合の指導下においてみせる。そして、経営者も下手をすれば職場へ帰れないぞという気勢で闘ったということであろう。だから職場占拠を伴う争議行為というものは、一つの争議慣行として戦争直後は、だれもそれが不当だとは考えておらなかった。生産管理が違法だということさえなかなか承服できなかった。職場、そこは今まで自分が職域奉公していた場所なのだから、生産に従事していた者の大部分が座り込んで何が悪いのか。出て行けなんていう経営者こそもってのほかだという発想になる。経営というものは「私」さるべきものではなくて、事業報国すべき筋合いのものであるならば、経営を構成する者の大部分を占める従業員団が支配したって何が悪いか、というのも当然であったろう。
 もちろん当時は共産党の指導していた産別会議時代だから、生産管理戦術には工場ソヴィエト的な考え方が流れていたかも知れない。あるいは、工場ソヴィエト的な考え方と、事業一家、職域奉公の意識が結びついて、一種独特な経営像が成り立ったといえるのかもしれない。いずれにせよ、そこから出てくる労使慣行というものは、労、使の立場が分離しない条件に規定せられていたといえよう。労働組合が、かえって労務管理的な機能を営んでいたともいえそうである。戦争中の労務管理体制というものは崩れてしまって、組合の執行部を通して労働力がようやく使用者によって握られていたという関係があったから、組合専従者が会社から月給を取るのも当たり前だとせられたのも不思議なことではなかった。そしてそのような労働慣行を承認しつつ労働法が妥当していたといえよう。・・・
 一言で言えば、戦時中の産業報国会に左翼的な工場ソヴィエトの風味を若干まぶしたようなものを、欧米型のトレード・ユニオンを前提に作られた労働組合法上の労働組合としていかに正当化するかが戦後労働法学の最大の使命であったわけです。とりわけ、アメリカ型労使関係法制の全面的導入を目論見ながらそれが中途半端に終わった1949年改正の後には、それでもなお残る労使慣行をいかに擁護するかに精力が注がれました。沼田は1949年改正の意味を「戦後に残っていた産業報国会的な経営観、労使関係観を破るところにあった」とし、「「労」と「使」の立場を峻別するということにほかならなかった」と評しています。そして、結局、在籍専従制度の定着、チェック・オフの慣行化、組合事務所の貸与、就業時間中のある程度の組合活動など、完全には労、使の立場を峻別しない特有の妥協点に至ったと述べています。吾妻光俊や石井照久らトレード・ユニオン派の労働法学者に対抗するプロ・レイバー労働法学者たちの任務は、これら産業報国会の残滓を断固擁護することであったわけです。
 この歴史叙述はほぼ正確なものだと思われますが、問題は終戦直後にはかなり強く匂っていた「工場ソヴィエトの風味」が、時代の推移とともに蒸発していき、一部の労働組合活動家や労働法学者以外にはほとんど何の意味もないものになっていったということです。工場ソヴィエトの風味をまぶした産業報国会からその風味が蒸発したら、残るのはただの産業報国会となります。「労」と「使」を峻別せず、事業一家的な経営観の下で、従業員団の代表としての経営者の指導の下に、労働組合が労務管理的な機能を果たし、従業員たちが「職域奉公」する世界です。そこにおいては、かつて(工場ソヴィエトの幻想に浸って)従業員団の代表として活躍した組合活動家たちは、企業秩序を破壊する生産阻害者とみなされ、少数派組合へと追いやられていきます。従業員の圧倒的多数は、自分たちにとってより素直になじめる労使協調型、あるいはむしろ労使一体型の企業別組合に流れ込んでいったのです。
 プロ・レイバー労働法学者たちはこの事態に悲憤慷慨しましたが、事態は深刻でした。工場ソヴィエト風味が消え失せた労使協調型組合は、プロ・レイバー労働法学が(トレード・ユニオン派に抗して)作り上げ、一定の判例法理に反映させてきた、企業別組合に適合したさまざまな小道具-ユニオンショップ協定やチェックオフや統制処分-を使える立場になったからです。大変皮肉なことですが、プロ・レイバー労働法学は、自分が作り上げてきた武器によって自分が擁護したい当の勢力が追い詰められるという立場に立たされたわけです。
 おそらくはこうした矛盾に耐えきれなくなったためでしょうが、1970年代にはプロ・レイバー労働法学が大きな方向転換を試みていきます。一言で言えば、企業、職場レベルの集団性に立脚し、従業員としての生存権を強調する考え方から、労働者個人の人権に立脚し、企業や組合からの自由を強調する考え方への大転換です。集団志向と個人志向、統制志向と自由志向というのは、およそ社会思想を大きく二分する最大の分類基準であることを考えると、これはもうほとんど180度の大転換ということができます。そんなことがあり得たのは、彼らが擁護しようとしていたかつての工場ソヴィエト風味の残党が、もはや少数派ですらなく、孤独な闘争を繰り広げる個人になりつつあったからかもしれません。最も強硬な集団主義者たちが個人レベルにまで少数化してしまったことの帰結としての逆説的な個人主義の称揚を、どこまで真の個人主義、自由主義と呼ぶことができるのかわかりませんが、いずれにしても、1970年代はプロ・レイバー労働法学の大転換の時期でした。
 そしてそれは、社会の主流派における逆向きの大転換とも軌を一にしていたのです。そう、1970年代というのは、それまで政府や経営側が(少なくとも建前としては掲げていた)近代主義の旗を降ろし、日本的な雇用慣行や労使関係の素晴らしさを正面から称揚し、「近代を超えて」などと言い出していた時代です。それまで「労使関係の近代化」を掲げ、欧米と異なる日本的なあれこれの特徴を否定的に見ていた発想も、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の大合唱の中でいつの間にか消え失せていきました。私が労働法政策において「近代主義の時代」から「企業主義の時代」へとして描いた転換は、この時期の日本社会の相当部分で同時に進行していた変化でもあったように思われます。その中で、欧米のトレード・ユニオニズムを理念型とする「労働市場の集団的コントロール」理論も現実社会に何の存立基盤もない理想論として、疾うに消え失せていたのです。
 こうして、集団主義者だったはずの者が個人主義者になり、個人主義者だったはずの者が集団主義者になるという二重のパラドックスをくぐり抜けて、集団主義的な日本型雇用システムに即した労働法学と、それに批判的で労働者個人の人権を強調する労働法学が対峙する構造がようやく達成された・・・と思ったのもつかの間、その図式は再び揺るがされます。1990年代には再び労働法政策の大転換が進み、「市場主義の時代」が押し寄せてきたからです。企業中心の発想から再び個人の自由重視の発想が支配的イデオロギーとなりました。転換したプロ・レイバー労働法学は再度、労働者個人はそれほど強い存在ではなく、個人の自由を掲げるだけでは市場の強大な力に流されてしまうだけだという、古典的な労働法の公理を噛みしめることになっていきます。

次に、『HRmics』の記事ですが、これはサッチモのサイトでもまだ雑誌掲載時のまま読めます。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_37/HTML5/pc.html#/page/30

1 生産管理闘争とは何だったのか?
 
 前回、「新装開店」の第1回目に取り上げたのは、終戦直後の1947年に刊行された経済同友会企業民主化研究会編『企業民主化試案』でした。労働組合側が主たる争議戦術として、生産管理という過激な形態の経営参加を進めていた時期に、それを正面から受け止めて会社の在り方自体を根本的に見直そうとする試みとして、今なお読み直されるに値するエポックメイキングなマニフェストと言えます。
 では、肝心の労働側においてその生産管理闘争の哲学を高らかに謳い挙げたマニフェストのようなものがあるかというと、これがなかなかないのです。むしろ、明確な思想的設計図のないまま、現場の労働者たちの半ば無意識的な志向性の赴くままに進められたのが、この時期の生産管理闘争だと言っていいかもしれません。
 もっとも、同時代的言説においても、また後代の言説においても、労働側においてそれを描く際に最も多く用いられたイデオロギー的枠組は公式的マルクス・レーニン主義に基づくものでした。そこでは、終戦直後の生産管理闘争はロシア革命時の「工場ソビエト」やドイツ革命時の「工場レーテ」と同様、プロレタリア階級の労働者たちが共産主義社会への第一歩としてまずは自分たちの働く工場に「コミューン」を作り上げようとした先駆的な試みであったと礼賛の対象となります。
 となれば当然、そのイデオロギー的対立者の側からすれば、それは資本主義社会の根幹たる所有権秩序を破壊しようという許しがたい暴挙ということになります。実際、当時の日本政府は、内務、司法、商工、厚生4大臣による「暴行、脅迫又は所有権侵害などの違法不当なる行動に対しては断固処断せざるを得ない」との声明にみられるように、(資本主義社会における労働力売買を前提とした労働力の売り止めという)ストライキのような本来許される争議手段と異なり、本来許されない争議手段だという認識に立っていました。
 しかし、このいずれのイデオロギー的認定も、工場現場で生産管理闘争をやっている労働者たちの現場感覚とは著しく乖離したものでした。彼らがどういう意識で生産管理闘争をやっていたのかを、彼ら自身の意識に即して解説したものは、少なくとも同時代的にはほとんど見当たりません。生産管理闘争真っ盛りの1946年11月に、当時夕刊京都新聞社政経部論説委員兼組合長であった沼田稲次郎が書いた『生産管理論』(日本科学社)でも、「合理的で自由平等な立場で行われる商品の流通過程と、これに照応する自由平等なる法的人格者の自由なる法律行為(労働契約)を媒介として結ばれる法律関係とのヴェールに隠されたところの、法律行為外の価値増殖過程乃至は商品生産過程と、これに照応する身分的支配の現実が、生産管理によってそのヴェールをひきむしられる。生産管理によって、商品崇拝教の秘密が暴露せられ、資本の搾取という社会悪が計数的具象的に把握せられてしまう。そして、争議における資本家の狡猾な駆引きは封殺せられてしまうのである。且つ、賃金不払という企業主の切札は奪われ、原料、資材等の闇流しの利き腕も押さえられる。」などと、法学用語とマルクス用語がちゃんぽんになったアジビラ風の議論が展開されているばかりでした。
 沼田はその後東京都立大学の労働法教授となり、あらゆる論理を駆使して左翼労働組合運動を支援するいわゆるプロレーバー労働法学の旗手として活躍していきます。その著作も膨大な数に上りますが、その中の一冊、生産管理闘争から20年後の1966年3月に刊行された、『現代の権利闘争』(労働旬報社)の中に、かつての著作にはみられなかった生産管理闘争に関するかなり的確な描写があるのを見つけました。唯物史観に基づくマルクス主義労働法学を構築したとされる沼田の叙述の中に、それとはまったく相反する生産管理の実相が描き出されていること自体が、壮大な皮肉という気もしますが、まずは本書の言うところに耳を傾けてみましょう。
 
2 産業報国会の裏返しとしての企業別組合
 
 沼田稲次郎は終戦直後から左翼労働組合運動のイデオローグとして活躍した運動寄添い型労働法学者の典型です。本書は、1950年代半ばから当時の総評が進めていた職場闘争路線のいわばテキストブックとして書かれたものです。その序言に曰く、「私は、権利闘争というものが、そもそも労働者の権利感情ないし権利意識に支えられる闘争であるかぎり、階級的陣営のモラルの自覚的形成と、資本制社会における階級闘争の必然性を認識しその闘争の正当性の意識を広めかつ深めるという陣営内部の実践的努力とそれは不可分の闘争であり、相互規定的に発展するものだと考えている。」マルクス主義労働法学者としての沼田は、それゆえ、階級的労働運動を支えるべき現場の労働者たちの権利感情や権利意識に寄り添おうとします。欧米の労働法学理論を勉強した近代主義的労働法学者たちが、ウェッブ夫妻の『産業民主制論』を初めとする欧米労働運動のテキストブックの筋道に則ってあるべき労使関係を論じ、結果的に日本の現実の労働運動のやり方に対して極めて批判的なまなざしになるのに対して、沼田は現実の労働運動のメンタリティに徹底的に寄り添おうとします。しかし、その結果浮き彫りになってくるのは、マルクス主義者沼田が期待したのとは似ても似つかぬ異相の労働者感覚なのです。
 「敗戦後、盛り上がった大衆運動は、戦争とファシズムの被害者たる勤労大衆の破壊された生活からの要求をもったものであり、「戦前の日本」の否定の原理として民主主義の旗をかざした。暗黒の殿堂が占領軍の一陣の風によって崩壊し去ったあと、大衆運動は自由の光の中を進み得た。」(p63)と礼賛するそのすぐ後ろから、次のようにその実相が描き出されます(p64~66)。
「大衆運動の主体たる勤労大衆の組織は、敗戦後急速に結成せられたが、その支配的意識の社会主義的な性格にもかかわらず、組合員大衆の直接的な規範意識にはなお抜きがたい日本的国家主義と前期的家父長制的残滓とが絡みついていた。激しい生産管理戦術の中にも一面に社会主義的意識がみられると同時に、事業報国と事業一家の意識もみられたのである。労働組合の組織自体が、職域奉公せしめられた戦争被害者集団の組織としてまさにデモンストレーションの主体であったと同時に、職場集団の組織として日常的経済的機能を職場単位ないし企業単位において営むものであった。」
「組合の結成がいわば産業報国会の裏返しのような形-指導した者が軍部を背景とした経営者であったか、占領軍を背景とした組合幹部であったか、のちがいであり、むしろ産報化の過程と似て多くは「大勢順応」であった-で行われたのである。大衆は自ら団結したというより、団結への同調者といった意識によって、企業の中に組合という制度を作り、執行部に運営を依託したのだといっても過言ではないだろう。」
 
3 産業報国意識ゆえの生産管理闘争
 
 終戦直後日本における生産管理闘争という異相の争議手段は、ブルジョワ法の観点から見れば資本家の私的所有権に対するあからさまな侵害以外の何物でもないですし、プロレタリア革命の観点からしても資本主義転覆と共産主義実現への橋頭堡と評価される英雄的な行動のはずですが、肝心の生産管理闘争をやっていた現場の労働者たちにとっては、まったく違う文脈に位置付けられるものだったのです。それを、当の左翼労働運動応援団の右代表であった沼田稲次郎がこう明確に述べています(p214~)。
「戦後日本において労使関係というもの、あるいは経営というものがどう考えられているかということ、これは法的意識の性格を規定する重要なファクターである。敗戦直後の支配的な規範意識を考えてみると、これにはたぶんに戦争中の事業一家、あるいは事業報国の意識が残っていたことは否定できないと思う。生産管理闘争というものを、あれくらい堂々とやれたのは極貧状態その他の経済的社会的条件の存在によるところにちがいないが、またおそらくは戦時中の事業報国の意識の残存であろうと思われる。事業体は国に奉仕すべきだという考えかた、これが敗戦後は生産再開のために事業体は奉仕すべきだという考え方になった。観念的には事業体の私的性格を否定して、産業報国とそれと不可分の“職域奉公”という戦時中の考え方が抽象的理念を変えただけで直接的意識として労働関係をとらえた。」
「すると、その経営をいままで指導していた者が、生産サボタージュのような状態をおこしたとすれば、これは当然、覇者交替だったわけで、組合執行部が、これを握って生産を軌道にのせるという発想になるのがナチュラルでなければならない。国民の懐いておった経営観というものがそういうものであった、経営というものは常に国家のために動いておらねばいけないものだ。しかるにかかわらず、経営者が生産サボをやって経営は動いておらない。これはけしからん。そこで組合は、われわれは国民のために工場を動かしているんだということになるから、生産管理闘争というものは、与論の支持を受けたわけでもあり、組合員自身が正当性意識をもって安心してやれたということにもなる。」
 なんと、法学インテリやマルクス主義インテリの目にはとんでもないor素晴らしい行動と映った生産管理闘争とは、戦時中の産業報国意識が余りにも強烈に労働者の精神に染み込んでいたがゆえに、あまりにも当たり前の行動様式として自然に選択されたものであったというわけです。資本主義の根幹を揺るがす革命的行動であるどころか、戦時中の産業戦士の意識がそのまま露出したに過ぎなかったのです。
 もちろん沼田は、「当時は共産党の指導していた産別会議時代だから、生産管理戦術には工場ソヴイエト的な考え方が流れていたかもしれない。あるいは、工場ソヴイエト的な考え方と、事業一家、職域奉公の意識が結びついて、一種独特な経営像がなりたったといえるのかもしれない」(p217)と、マルクス主義インテリ的な視角も否定してはいません。しかし、それは所詮、現場労働者の即自的意識とは乖離したものに過ぎなかったようです。
 
4 日本的労使慣行を支える産業報国意識
 
 この戦時中から脈々とつながる産業報国意識が、特殊戦後日本的なさまざまな労使慣行を生み出し、正当化していくことになります。本連載の最初でウェッブ夫妻の『産業民主制論』を引いて、そもそも日本人の考える「団体交渉」というものが、いかに本来のコレクティブ・バーゲニング(集合取引)と隔絶したものであるかを説明しましたが、その根源は実にここにあったわけです。
「たとえば組合専従制というもの、しかも組合専従者の給与は会社がまるまる負担する。組合が専従者を何人きめようが、これは従業員団であるところの組合が自主的にきめればいいわけである。また、ストライキといっても、労働市場へ帰って取り引きする関係としてよりも、むしろ職場の土俵のなかで使用者と理論闘争や権力の配分を争う紛争の状態と意識されやすい。経営体としてわれわれにいかほどの賃金を支払うべきであるかという問題をめぐって経営者と議論をして使用者の言い分を非難する-従業員としての生存権思想の下に-ということになる。課長以下皆組合に入っており、経営者と談判しても元気よくやれた。ときには、「お前らは戦争中うまいことやっていたじゃないか」というようなこともいったりして、経済的というよりもむしろ道義的な議論で押しまくった。団体交渉の果てにストライキに入ると、座り込んで一時的であれ、職場を占拠して組合の指導下においてみせる。そして、経営者も下手をすれば職場へ帰れないぞという気勢で戦ったということであろう。だから職場占拠を伴う争議行為というものは、一つの争議慣行として戦争直後は、だれもそれが不当だとは考えておらなかった。生産管理が違法だということさえなかなか承服できなかった。職場、そこはいままで自分が職域奉公していた場所なのだから、生産に従事していた者の大部分がすわり込んで何が悪いのか。出ていけなんていう経営者こそもってのほかだという発想になる。」(p216-217)
 GHQと日本政府は1948年から49年にかけて、経済9原則やドッジプラン、労働組合法全面改正、さらにはレッドパージといった政策手段を駆使して、こうした過激な労働運動を叩きつぶしにかかります。こうして生産管理闘争自体は終戦直後の一時期のエピソードとして歴史の中に埋もれていきましたが、その根幹を支えていた産業報国意識はその後もさまざまな労使慣行の中に生き残り続けます。それは一つには経営側がそれを完全に破壊し、欧米型のコレクティブ・バーゲニングに移行することを忌避したからです。沼田はこう語ります(p219~)。
「しかしここで徹底的に従来の慣行を打ち破るとなると労働組合を本当に対立者に追いやることになる。それは資本にとっても困った形でもあった。そこに特有な妥協点が出た。たとえば、在籍専従制度の定着、チェック・オフの慣行化、組合事務所の貸与、就業時間中のある程度の組合活動などである。つまり完全には労、使の立場を峻別し得ない。そこまでやってしまえば、今度は組合が横断組織になって団体交渉に乗り込んでくるかもしれない。少なくとも経営者の一番嫌いな職業的幹部が乗り込んでくることになる。これをなんとかして抑えておきたい。うちの組合との話合いというこの戦後的なムードのなかでつくり上げられてきた、そういう慣行だけは有利に使いたかったということにほかならない。」
 
5 日本的労使慣行の岩盤
 
 こうして生み出された修正型日本的労使慣行は、1949年改正労組法が掲げる欧米型労使関係モデルと、産業報国会の延長線上に終戦直後確立した生産管理型労使関係モデルとの奇妙なアマルガムとなりました。ある一つの原理できちんと説明しようとしても説明しきれない日本的労使慣行の岩盤は、この時期の労使双方の暗黙の密約によって生み出されたというべきなのかもしれません。沼田は淡々とこう述べていきます(p239)。
「かなり権力的に行われた法の改正によって予想したとおりの労使関係に現実は必ずしもついてこないで、労働慣行によってうめられるべきギャップの存するのは避けがたかった。労組法は一応労使の立場ははっきり別のものだというけれども、組合が企業の枠を超えた組織になっておらない。従業員団の範囲を超えた労働者仲間の立場が現実の意識にのぼってこない。その上ドッジ・ラインで、企業の格差が出てきた。そして嵐のごとく企業整備がなされた。かかる現象のなかで、労働者が企業にしがみついたのは当然であろう。超企業的組織によって生活の基盤が支えられていないとすれば、労働者は企業第一主義、企業エゴイズムに傾くのもさけがたいことであり、使用者もそのような意識を利用した。」
 その結果残ったのは例えば在籍専従制度です。もちろん、労働組合法が明確に「団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの」は労働組合ではないと定義している以上、組合専従者の給与を会社が負担するという慣行は(少なくとも表面からは)なくなりましたが、実態としては「やみ専従」がけっこう存在していました。また、組合費を会社が組合に代わって徴収してあげるチェック・オフ制度も、本来「むしろ奇異な慣行」なのに、「なんの不自然も意識されないで、むしろ当然のこととして」定着したのも、それが従業員団以外の何物でもなかったからでしょう。
 しかしさらに考えれば、もしそれが(自発的な団結体である労働組合ではなく)職場の共有を根拠とする従業員団であるならば、その専従者の人件費が会社の負担であり、その運営費が会社の負担であることになんのおかしさもないはずです。実際、ドイツやフランスなど大陸欧州諸国の従業員代表制度はそうなっています。ただ、それら従業員代表制度は労働組合ではなく、それゆえ団体交渉や労働争議をやる権限がないだけです。それらは産業レベルで結成されている労働組合の専権事項だからです。
 と考えると、企業別組合が(本来のあるべき労働組合像から乖離しているとしてやましさを抱えながら)堅持してきたこれら日本的労使慣行は、その主体が労働組合だということになっているがゆえに異常に見えるだけで、企業別組合とは産業報国会を受け継ぐ従業員団であって、コレクティブ・バーゲニングを行うトレード・ユニオンなんかではないと割り切れば、まったく正常な事態であったとも言えます。もちろん、組合自身が「企業別組合は労働組合に非ず」なんて言えるわけはないのですが。
 皮肉なのは、認識論的にはここまで企業別組合の実相を残酷なまでに抉り出している沼田が、実践論的にはその従業員団たる組合の権利闘争を懸命に唱道していることです。本書のタイトル自体がそのスタンスを示していますが、500ページを超える本書は(今回取り上げたごく僅かな歴史認識にかかる部分を除けば)、ほぼ全ての紙数を費やして、点検闘争、遵法闘争、保安闘争、抗議スト、協約・メモ化闘争等々、既に終戦直後の勢いを失って久しい企業別組合に対して、いちいち使用者側に因縁を付け、喧嘩をふっかけるようなたぐいの「闘争」を訴えています。
 確かに、トレード・ユニオンではない従業員団がその唯一の居場所たる職場で「闘争」をしようとすれば、(企業倒産の瀬戸際といった特殊な状況下でもない限り)こうした家庭争議的なチンケな闘争手段に走るしかないのでしょう。しかし、そんなことを繰り返せば繰り返すほど、そのいうところの「階級的」労働運動の勢力の縮小消滅に大きく貢献したことは間違いないと思われます。沼田らのプロレーバー労働法学とは、企業別組合がトレード・ユニオンらしい行動が取れず、従業員団でしかないことを(近代主義派労働法学と異なり)懸命に弁証しつつ、その従業員団に(西欧諸国の従業員代表制とは正反対に)職場闘争をけしかけるという矛盾に満ちた存在でした。
 しかしその結果生み出されたのは、企業を超えたコレクティブ・バーゲニングを遂行するトレード・ユニオンも存在しなければ、チンケな職場闘争を繰り返す「反逆型」従業員団もほとんど消滅し、争議などとは無縁のもっぱら労使協議に勤しむ(そこだけ見れば西欧の従業員代表と同様の)「忠誠型」従業員団だけによって構成される「片翼だけの労使関係」だったのです。
 もっともそれは、生産管理闘争華やかなりしころに既に見えていた姿だったのかもしれません。先に、「法学用語とマルクス用語がちゃんぽんになったアジビラ風の議論」と評した若き沼田稲次郎の『生産管理論』の一節のすぐ後は、こう続いていました。「このように生産管理は労働階級には武器を与え、資本家からはそれを奪うことになるが、さらに、これによって労働者は当面の争議における武器以上のものを体験する。それは職場における実践の統一性に基づいて、労働者に階級的共感を昂め、団結を強化する。しかも、技術者や事務職員と労働者との結集をも深めるのみならず、自らも亦工場の経営や各方面の技術を修得する動機を与える。」そう、終戦直後の生産管理闘争とは、ブルーカラーとホワイトカラーがともに「社員」としての自覚を持ち、企業経営や技術革新に必死で取り組んでいこうとする戦後日本的雇用システムの原点だったのです。

 

 

 

 

 

Fact-finding Research on Financial Compensation for Unfair Dismissal Cases in Court @ 『Japan Labor Issues』

Jli_20240325120201 JILPTの英文誌『Japan Labor Issues』に、「Fact-finding Research on Financial Compensation for Unfair Dismissal Cases in Court」が掲載されました。例の労働審判と裁判上の和解における解雇の金銭解決状況の報告書の英文要約です。

https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2024/047-00.pdf

その他の論文も含めて、次のようなラインナップです。

● Special Feature on Research Papers (III)
Changes in Industrial Structure and Work Styles in Japan YAMASHITA Mitsuru OGAWA Shinichi
Post-Industrialization and Employment Fluidity: A Focus on Workers’ Careers TAGAMI Kota

● Research
Article
Fact-finding Research on Financial Compensation for Unfair Dismissal Cases in Court HAMAGUCHI Keiichiro

● Judgments and Orders
Commentary
Legality of Restriction on the Use of Restrooms in the Worksite by Gender Identity Disorder Employee The State and National Personnel Authority (METI Employee) Case IKEZOE Hirokuni

● Series: Japan’s Employment System and Public Policy 
Will the Japanese Long-Term Employment System Continue to be Maintained? FUJIMOTO Makoto

私のものは、以下のような内容です。

 The Japan Institute for Labour Policy and Training (JILPT) published a research report Comparative analysis of cases of employment termination resolved by labor tribunals or court settlements (JILPT 2023, hereinafter the “Report”) in April 2023. The Report summarized the results of two surveys conducted in 2014 and 2022 by JILPT as requested by the Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW), of which outline was previously reported to the MHLW’S Labor Policy Council’s Working Conditions Committee in October and December 2022. This article reviews previous studies in this field and visualizes the data of the 2022 Survey mainly in comparison with the 2014 Survey. The 2014 Survey covered 452 labor tribunal cases that ended in either labor tribunal mediation or a labor tribunal decision in four district courts in 2013, and 193 labor-related civil litigation cases that ended in a settlement in the same four district courts in the same year. The 2022 Survey covered 785 labor tribunal cases that ended in either labor tribunal mediation or a labor tribunal decision in one district court in 2020 and 2021, and 282 cases of labor-related civil litigation cases that ended in a settlement in the same district court in the same years.

1. Overview of previous studies

2. State of financial resolution of dismissal cases in the 2022 Survey

(1) Worker’ attributes

(A) Gender

(B) Age

(C) Job type

(D) Length of Service

(E) Managerial Position

(F) Employment status

(G) Wage system

(H) Monthly wage earnings

(2) Employer firms’ attributes

(A) Industry sector

(B) Firm size (number of employees)

(3) Time cost

(A) Duration of proceedings

(B) Time required for resolution

(4) Form of employment termination

(5) Statement of claim and amount claimed

(A) Statement of claim

(B) Amount claimed

(6) Resolution content and resolution amount

(A) Resolution content

(B) Resolution amount (net amount)

(C) Resolution amount divided by monthly wage earnings

(D) Resolution amount divided by monthly wage earnings and length of service

 

 

 

2024年3月24日 (日)

吉田誠『戦後初期日産労使関係史』

9784623097128_600 吉田誠『戦後初期日産労使関係史 生産復興路線の挫折と人員体制の転換』(ミネルヴァ書房)をお送りいただきました。

https://www.minervashobo.co.jp/book/b640758.html

本書は全自日産分会の活動を取り上げ、戦後最初期の日産における労使関係や人員体制の展開過程を検証し、現代的雇用関係の淵源を示す。従来研究で自明視されてきた男性本工主義という認識枠組みを脱し、戦後直後に大量に存在していた女性労働者が生産現場からいかに排除されていったかを丁寧に検証することで、この時期がその後形成される日本的雇用の起点となっていることを明らかにする。

吉田誠さんは、全自日産分会の1952年の闘争を分析した『査定規制と労使関係の変容:全自の賃金原則と日産分会の闘い』で有名ですが、今回の本はその前史に当たる終戦直後から1949年までの動きと、女性やとりわけ非正規労働者の扱いについて詳細に跡づけようとした労作です。

いろいろと興味深い点があるのですが、特に最初の第1章で従業員組合が設立されるいきさつについてのところや、後半で女性が排除されていく過程、ドッジプランで先任権制度が一瞬入ってきて直ぐに消えた話、とりわけ季節工、日雇いその他臨時に雇用された者というこの例外条項で以て臨時工が導入され増えていく話、など、まあいずれも労働研究者の中では関心を引くトピックでしょう。

序 章 戦後初期労使関係に対する分析視座
 1 企業別組合と日本的雇用慣行
 2 日産の労使関係に関する先行研究
 3 男性本工主義を超えて
 4 本書の構成
 5 本書で用いた資料について


 第Ⅰ部 戦後初期における労使関係の展開

第1章 日産重工業従業員組合の結成
 1 工員による組織化
 2 社工員一本化に向けた動き
 3 社工員一本化とその効果
 4 スライディング・プール制の導入と基本給改定の挫折
 5 産業報国会の経験と組合結成
 6 小 括

第2章 経営協議会の設置と初期労使関係の変転
 1 組合結成から労働協約締結まで
 2 労働協約と経営協議会との関係
 3 経営協議会と日産再建特別委員会の設置
 4 十一月闘争の経緯
 5 十一月闘争以降の経営再建の方向性
 6 職能委員会と危機突破本部の設置
 7 重役不信任問題と社長交代
 8 小 括

第3章 全自動車準備会の結成と運動方針の展開――産業復興への取り組みから「生産復興闘争」へ
 1 全自準結成前史
 2 全自準の結成と生産復興運動への取り組み
 3 業種別平均賃金の軋轢と全自準の方針転換
 4 産別会議における生産復興闘争のダブル・ミーニング
 5 全自準拡大中央委員会での議論
 6 小 括

第4章 生産復興運動と労使関係の動揺――1947年後半期を中心に
 1 日産の経営危機と生産復興運動の取り組み
 2 賃上げをめぐる攻防
 3 生産復興路線下での配置転換
 4 小 括

第5章 1948年の労働協約改定
 1 46年協約の特徴
 2 会社による新労働協約案
 3 関経協「労働協約に関する意見」(1946年11月)と会社案
 4 会社案批判と中闘委案
 5 1948年の労働協約
 6 小 括

第6章 生産復興闘争から防衛闘争へ
 1 職場生産復興闘争と残業問題
 2 暫定賃金制度
 3 経済九原則下での賃金問題
 4 残業問題をめぐる動き
 5 小 括


 第Ⅱ部 人員体制の転換と労使関係

第7章 戦後初期における人員体制の構築
 1 戦時総動員体制における女性労働力の活用
 2 敗戦後の採用動向と新聞の募集広告の概要
 3 新聞の募集広告における女性労働者
 4 現業部門における女性労働者
 5 性別の人員構成
 6 小 括

第8章 ドッジ・ライン下の人員整理における女性の解雇
 1 1949年の人員整理の概要
 2 人員整理基準から見た解雇対象者
 3 女性の排除としての人員整理
 4 なぜ女性が対象となったのか(客観的観点)
 5 なぜ女性が対象となったのか(主観的観点)
 6 小 括

補 章 ドッジ・ライン下における先任権の日本への移植
 1 1950年前後における先任権への関心
 2 GHQによる先任権制度の導入奨励と日経連の対応
 3 ドッジ・ライン期前後をめぐる人員整理基準の変遷
 4 ドッジ・ライン期の人員整理基準の特徴とその帰結
 5 小 括

第9章 臨時工の登場と組合規制――1949年の人員整理以前を中心に
 1 48年協約における臨時工的労働者の扱い
 2 除外規定された労働者の類型
 3 自動車再生作業について
 4 臨時工の採用と組合規制
 5 1949年の臨時工解雇問題
 6 小 括

第10章 人員整理後の臨時工活用の本格化とその処遇
 1 無協約時代の労使関係
 2 組合における「臨時工」の認知とその対応
 3 臨時工大量採用に対する組合の当初の対応
 4 本工と臨時工の賃金制度
 5 本工と臨時工の賃金格差
 6 本工と臨時工の賃金の相違
 7 小 括
 付 論 賃金額の推計方法

第11章 全自日産分会の本工化闘争
 1 臨時工との交流と問題意識の醸成
 2 臨時工をめぐる組合政策の登場
 3 一部本工化の実現
 4 1952年秋季闘争における全臨時工の本工化要求
 5 1953年争議における臨時工問題
 6 本工化闘争の背景
 7 小 括

第12章 転換嘱託の身分復元闘争
 1 転換嘱託とは
 2 整理解雇後の転換嘱託の労働条件の決定
 3 転換嘱託の労働条件の改善
 4 身分復元闘争
 5 小 括


終 章 戦後初期労使関係とその後
 1 会社共同体を目指した組合とその後
 2 女性の活用と排除
 3 臨時工の活用と格差の正当化装置

 

 

2024年3月21日 (木)

EUでトレーニーシップ指令案が提案

Blobservlet_20240321221601 本ブログで何回か書いてきたように、ジョブ型社会のヨーロッパでは、ジョブに就くだけのスキルがあるとみなされない無資格の若者は、トレーニーシップとかインターンシップという美名の下に、労働者ではないという建前でいつまでも働かされるという自体が結構蔓延しています。日本でいえば、かつての労働者じゃないという建前の外国人研修生みたいな枠組みを、無資格の若者に適用しているわけです。

それを何とかしろいう声が繰り返しなされてきて、現在勧告という形のものがあるのですが、昨日(3月20日)欧州委員会が「トレーニーの労働条件を改善するとともにトレーニーシップを偽装する常用雇用関係と戦う指令案」(トレーニーシップ指令案)を提案しました。

Commission takes action to improve the quality of traineeships in the EU

The proposed Directive will help Member States improve and enforce good quality working conditions for trainees, as well as combat regular employment relationships disguised as traineeships.

指令案は加盟国がトレーニーの良質の労働条件を改善強化するとともに、トレーニーシップを偽装する常用雇用関係と戦うことを支援する。

 

 

EUプラットフォーム労働指令案は成立に向けて大きく前進@『労基旬報』2024年3月25日

『労基旬報』2024年3月25日に「EUプラットフォーム労働指令案は成立に向けて大きく前進」を寄稿しました。

 去る3月10日、学習院大学法学部の橋本陽子さんが『労働法はフリーランスを守れるか-これからの雇用社会を考える』(ちくま新書)を刊行されました。今年秋施行予定のフリーランス新法(特定受託者取引適正化法)の制定を機に、個人事業主と労働法の関係を包括的に検討した名著で、欧米の動向についても詳しく解説しています。その中で、2021年12月に提案されたEUのプラットフォーム労働指令案についてもごく最近の動きまでフォローされ、「同指令案は、2023年3月のEU議会、同年6月の理事会の審議を経て、採択されることとなった。2023年12月13日には、EU議会、理事会および委員会との三者協議で暫定的な合意が成立し、いよいよ指令の成立が間近に迫ってきた」(171ページ)と書かれています。ところが、橋本さんがこう書いて筆を措いたその次の瞬間に事態は大きく反転し、同指令案は当分成立の見込みが立たない状態になってしまいました。そして約3か月の紆余曲折を経て、つい先日の2024年3月11日に理事会は合意に達し、同指令案は成立に向けて大きく前進することになりました。
 本指令案については、「EUのプラットフォーム労働における労働条件に関する労使への第1次協議」(2021年3月25日号)、「EUのプラットフォーム労働指令案」(2022年1月5日号)、「EUのプラットフォーム労働指令案に理事会合意」(2023年7月25日号)と、本紙で繰り返し取り上げてきましたが、2021年12月9日に、「プラットフォーム労働における労働条件の改善に関する指令案」が行政府たる欧州委員会から提案され、立法府である閣僚理事会と欧州議会で審議が進められてきました。そして、昨年2023年12月13日に、両者は合意に達したと、それぞれが発表するに至りました。これで、ほぼ2年越しの懸案は遂に決着したと、ほとんどすべての人が思ったでしょう。わたしもそう思ったので、翌日早速拙ブログにその旨を書きました。ところが、そう簡単に問屋は荷物を卸してくれなかったのです。
 欧州委員会の指令案については既に何回か詳しく解説してきましたが、大きく二つの部分からなります。一つ目のより注目を集めたのは、プラットフォーム労働者の労働者性の推定規定です。即ち、プラットフォームを通じて就労する者が次の5要件のうち2つを満たす場合、雇用関係であるとの法的推定を受けます。
①報酬の水準を有効に決定し、又はその上限を設定していること、
②プラットフォーム労働遂行者に対し、出席、サービス受領者に対する行為又は労働の遂行に関して、特定の拘束力ある規則を尊重するよう要求すること、
③電子的手段を用いることも含め、労働の遂行を監督し、又は労働の結果の質を確認すること、
④制裁を通じても含め、労働を編成する自由、とりわけ労働時間や休業期間を決定したり、課業を受諾するか拒否するか、再受託者や代替者を使うかといった裁量の余地を有効に制限していること、
⑤顧客基盤を構築したり、第三者のために労働を遂行したりする可能性を、有効に制限していること。
 プラットフォームの側が労働者ではないという反証を挙げることは可能ですが、立証責任は労働者側ではなくプラットフォーム側にあります。通常労働者性をめぐる紛争では立証責任は労働者側にありますが、それを転換しているわけです。これは、プラットフォーム就労者が雇用労働者ではないことを前提に組み立てられてきたビジネスモデルを根本からひっくり返すものなので、ウーバー始めとするプラットフォーム企業は猛烈なロビイング攻勢をかけていると報じられてきました。もう一つの論点は、プラットフォームが使っているアルゴリズム管理について、透明性や公正性を要求する規定で、これは別に進められているAI規制の一部がここに顔を出しているという面があります。
 さて、昨年12月13日のプレスリリースでは、欧州委員会提案を若干だけ修正した次の5要件のうち2つを満たせば法的に労働者だと推定するとしていました。なお、条文の形では情報が示されていないので、厳密なものではありません。
①労働者が受け取る金額の上限
②電子的手段を含め、その遂行の監督
③課業の分配又は配分へのコントロール
④労働条件のコントロール及び労働時間選択への制限
⑤作業編成の自由及び出席又は行為の規則への制限
 ところが、その9日後の12月22日、その合意がひっくり返ったらしいという報道がかけめぐりました。ここからは、正規の発表による情報ではなく、EUに関する諸情報を伝える業界紙のEuractivのWEB記事によるものになります。12月23日付のEuractivの記事によると、理事会の議長国を務めていたスペインがちゃんと全加盟国の同意を取り付けないまま、欧州議会側と合意に達してしまっていたようです。閣僚理事会は半年ごとに議長国が輪番制で回ってくる仕組みになっていて、欧州議会との交渉は、議長国が閣僚理事会を代表してやるのですが、合意してからコレペールという各国大使からなる実務者会議に報告して、では正式に閣僚理事会で承認していただきましょうと言ったところ、「我が国はこんなの認めちゃいないぞ」という苦情が多くの諸国の大使から吹き出して、まとまらなかったということのようです。バルト諸国、ブルガリア、チェコ、フィンランド、フランス、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、スウェーデンの計12カ国がノーと言ってるらしく、これでは採決要件の特定多数決(ほぼ3分の2)で押し切るわけにはいきません。どうしてこういうことになったのか。同じEuractivの別の記事によると、反対論の黒幕はフランスのマクロン大統領らしく、欧州議会の担当議員は、マクロンを社会的ヨーロッパの殺人者だと糾弾しているようです。いずれにしても、2023年は指令成立の期待が潰れたまま終わりました。翌2024年には、閣僚理事会の議長国がスペインからベルギーに受け渡されました。
 翌2024年1月12日のEuractiv記事は、消息筋から入手したフランス政府の見解を報じていますが、それによると、「労働者の推定をもたらす5要件のうちの2要件充足という基準は、フランス当局には純粋の自営業者を自営業者のままに維持することを可能にする保障の要素を構成するようには見えない」し、暫定合意に示された各基準の文言自体が、あまりにも広範で「体系的に合致しがち」であるため、積極的に自営業者であり続けることを望み選択しているプラットフォーム労働者にとって有害だと批判しているようです。
 さらに1月26日のEuractiv記事は、依然としてフランスのマクロン大統領が立ち塞がっていると述べた上で、交渉に関与した複数の関係者から、議会がEU選挙前にアルゴリズム管理に関しては妥結できるよう、指令を2つに分割することを検討しているとの情報を報じています。つまり、労働者性の推定規定を外して、アルゴリズム管理の規制の部分だけで指令として成立させてしまおうという案がでてきているということになります。
 2月5日のEuractivでは、ベルギー議長国が加盟国に回覧した新たな条文案を紹介していますが、それは雇用の法的推定という旗頭的な章をほとんど洗い流してしまうようなものになっていると報じています。そして、2月8日になって、これまで水面下の動きに沈黙を守ってきた欧州議会のサイトに、「初めてのEUワイドのプラットフォーム労働者のルールに暫定合意」という公式の記事が掲載されました。これも具体的な条文案を示したものではありませんが、簡単ながらその内容がかなり窺われるものになっています。以下にその部分の訳文を示しておきましょう。
 新たな法は、国内法及び発効中の労働協約に従い欧州司法裁判所の判例法を考慮して、支配と指示を指し示す事実が存在する場合に発動される(自営業と対比される)雇用関係の推定を導入する。
 本指令はEU諸国に、プラットフォームとプラットフォーム労働遂行者の間の力の不均衡を是正するために、国レベルで雇用の反証可能な法的推定を設けるよう義務づける。
 立証責任はプラットフォームに存し、つまりプラットフォームが推定に反論したい場合には、契約関係が雇用関係ではないことを証明すべき責任はプラットフォームの側にある。
 これはあくまでも欧州議会側の発表であり、閣僚理事会側はなお沈黙を守っているため、本当にこれで暫定合意がなされたのかどうかも不明です。ただ、指令案が注目を集めた5要件のうち2つを満たせばいいという規定ぶりは姿を消し、代わりに国内法や欧州司法裁判所の判例法といった既存の基準が並べられているところからすると、労働者性の判断基準自体をEUレベルで拘束的に決めてしまうようなことは避けるという判断がなされたようです。
 2月9日のEuractivでは、事態の混乱が紙面にも現れていて、前日(2月8日)にいったん再び閣僚理事会(を代表するベルギー議長国)と欧州議会(の雇用社会問題委員会の代表)の間で合意がまとまったらしいのですが、例によってまたも横やりが入ったらしく、理事会における正式の投票は最終金曜日(2月16日)に延期されたと、この記事の冒頭に追記されています。
 その2月16日にも合意はなりませんでした。別のEU業界紙であるEUobserverは同日付の記事で、閣僚理事会議長国のベルギーが欧州議会との間で暫定的に合意した「骨抜き」指令案ですら、フランスを始めとする4カ国の反対で特定多数決が困難で、当分の間、欧州議会選挙のある6月までは、成立の見込みはなさそうだと報じています。同記事によると骨抜き案にすら反対しているのはドイツ、フランス、ギリシャ、エストニアの4カ国ですが、独仏両国の人口が大きいのでこの4カ国で特定多数決を妨げる拒否権少数派になるのですね。
 ところが、その背後でエストニアとギリシャという二か国に対する説得工作が猛烈に行われていたようです。去る3月11日の労働社会相理事会でこの二か国が指令案賛成に転向し、フランスとドイツを除く諸国で特定多数決に達することになったことで、混迷を続けてきたEUプラットフォーム労働指令案は遂に成立に向けて大きく前進することになりました。このことのインパクトは極めて大きいものがあります。 

今回合意された条文案は、今後EU法制局での精査を経て最終的に採択されることになりますが、それを待っていたのでは間に合わないので、旬報社の『労働六法』2024年版では、今回の合意された条文を掲載することにしています。

 

2024年3月19日 (火)

海老原嗣生『少子化 女”性”たちの言葉なき主張』

9784833425308_600 海老原嗣生『少子化 女”性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)をお送りいただきました。

2022年に出生数が70万人台となり、さらにペースが加速している日本の少子化。
なぜ日本は“底なしの少子化”に陥ったのか? 
「日本における最大の雇用問題は女性」と指摘する著者が、少子化問題を日本社会における女性のあり方の変遷から解説。これまで妊娠、出産、育児の負担を押し付けられ、時代の常識に翻弄されてきた女性たちの心の視点から“少子化の原因”をひも解く。
平塚らいてうvs与謝野晶子の「女権×母権」論争から、「働け、産め、育てろ」という三重苦を負わせた女性支援、婚活・妊活ブームの圧力、不妊治療の最前線まで、女性を結婚や出産から遠ざけてきた“正体”に迫る1冊。

いつもの海老原節が全開の女性論ですが、内容は11年前の『女子のキャリア』の延長線上です。ですので、大きな枠組みについては全く同感するところが多い一方で、ますます強烈になっている高齢出産どこが悪い論については、正直なかなか頷けないままです。

海老原さんの『女子のキャリア』での論に対して、9年前の『働く女子の運命』の最後のところで疑問を呈したのですが、たぶんこの点についてはなかなか一致するのは難しいのでしょうね。

◆はじめに~底なしの少子化が問いかけること~ 

◆第一章 社会は女“性”をいかに弄んだか。
1.らいてうと晶子のバトルが現代人に教えてくれること~明治・大正前期~ 
2.産め・産むな。転変する「上からの指令」~大正後期から高度経済成長期~ 
3.“女性のあるべき像”が、いつの時代も女性を苦しめる~バブル~平成中期~ 

◆第二章 「女は働くな」と「女も働け」の軋み
1.昭和型「およめさん」輩出構造
2.働き方は変わったが、意識と仕組みが取り残されたまま
3.社会が変わる節目
4.女性の社会進出は、「量」から「質」に
5.ようやく家庭にも令和の風が吹く

◆第三章 「強い男とかわいい女」が褪せない人たち
1.結婚したら昔と変わらず産んでいる
2.職場結婚の減少した本当の理由
3.そして職場から「いい男」は消えた

◆第四章 30歳「不安」、35歳「焦燥」、40歳「諦め」  
1.婚活・妊活に追い立てられ、責められる女性
2. 日本では長らく40代出産が当たり前だった
3.名医たちの温かな手
4.上を向いて歩ける未来

◆第五章 もう一度、女性が子どもを産みたくなるために
1.「30歳の焦燥」から、「女性は二度おいしい」へ
2.「子育ては社会で」を徹底的に実現する
3.「年輩の男は偉い」という幻想を解消する
4.未だ蔓延るジェンダーバイアスを徹底的につぶす
5.タブ―への挑戦

◆おわりに 「女性活躍」という言葉がなくなる日

 

 

EUプラットフォーム労働指令案の現状@WEB労政時報

WEB労政時報に「EUプラットフォーム労働指令案の現状」を寄稿しました。

https://www.rosei.jp/readers/article/86832

 今回は、前回(2月20日掲載)の「EUプラットフォーム労働指令案の迷走」でお伝えしたことの続きです。・・・・・

 

2024年3月18日 (月)

水町勇一郎『労働法[第10版]』

L24377 水町勇一郎『労働法[第10版]』(有斐閣)をお送りいただきました。

https://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641243774

東大出版会の超絶分厚いのは昨年第3版ですが、こちらの中くらいの方は着実に2年おきで遂に第10版に達しました。

近年の労働法の大きな変化を取り込みつつ,幅広い読者のニーズに応えて全面的にリニューアル。好評の事例を多数増設,重要判例とのリンクをはかるとともに,構成や項目も時代に合ったものとした。学修に,実務に,研究に。待望の最新第10版。

リニューアルということでいくつか新たな項目が生まれています。一件地味ですが、p179の「教育訓練」が雇用関係法の一部として入ったのは、今のリ・スキリングの流行に合わせたのかも知れません。

 

 

 

入管法と技能実習法の改正案

先週末、入管法と技能実習法の改正案が国会に提出されました。

https://www.moj.go.jp/isa/05_00042.html

法案要綱

新旧対照表

ざっと見た限りでは、2月の政府方針をそのまま法律の条文に落とし込んだものになっていますが、いくつか目新しいところがあります。

一つ目は、季節的業務について労働者派遣による就労を通じて技能を習得させる「労働者派遣等育成就労産業分野」というのが設けられている点です。これは、この1か月間の間にどこかからねじ込まれたんでしょうが、具体的にどういう業務を想定しているのか気になります。

もう一つはちょっとわかりにくいのですが、入管法の別表の「企業内転勤」の欄に追加されたものです。この企業内転勤というのは、その活動内容としては大卒ホワイトカラー向けのいわゆる技人国(技術・人文知識・国際業務)に限られているんですが、これを技能等の修得にまで拡大するという改正がさらりと追加されています。これは、これまで企業単独型技能実習であったものを、新たな単独型育成就労にするのではなく、技能修得型の企業内転勤にすることで、転籍可能にしないですむという狙いがあるのではないかと、うがった見方もできそうです。

 

2024年3月15日 (金)

小嶌典明『新・現場からみた労働法』

Cover_20240315155101 小嶌典明『新・現場からみた労働法-法律の前に常識がある-』(ジアース教育新社)をお送りいただきました。

https://www.kyoikushinsha.co.jp/book/0679/index.html

現場の担当者を悩ませる、労働契約法制(無期転換ルール/労働条件の明示)や労働時間法制(裁量労働制)の見直し、私学法の改正にかかわる具体的な対応策を示した論稿のほか、労働時間の減少や人口減少社会における労働問題をテーマにしたコラム等を収録。現場の実態に寄り添いながら、常識に照らして考える「現場からみた労働法」の新シリーズ。

小嶌さんの論考はかつてから、労働市場法についても労使関係法についても、刺激的で取扱注意ながら物事を本質的に考えていく上でとても重要な論点を今まで与えてきていただいています。ただ最近はほとんど大学職員労働法とでもいうべき特定分野に熱心なようで、本書も、一部を除いてだいたい大学の先生方に関わる労働法問題です。

もちろん、小嶌さんは現在関西外国語大学の理事であり、大学の労務担当として活躍しているのですから、それはある意味当然なんでしょうが、一般読者にどこまで関心を呼ぶかは若干疑問もあります。まあ私立大学の人事部局の方々は机上に置いておいた方がいいかもしれません。

まえがき
第一部 講話編――40 Stories
 第一話 カレント・トピックス(1)
私立学校法の改正――前哨戦/データでみる私立大学
 第二話 カレント・トピックス(2)
国立大学法人のガバナンス改革/人事給与マネジメント改革(一)
 第三話 カレント・トピックス(3)
人事給与マネジメント改革(二)/補 人文科学と社会科学
 第四話 カレント・トピックス(4)
人事給与マネジメント改革(三)/補 科技イノベ法の改正
 第五話 カレント・トピックス(5)
大学の統合――公立大学編/私立大学の公立化とその現状
 第六話 カレント・ケース――大学編(1)
科技イノベ法と無期転換/適用除外という選択肢
 第七話 カレント・ケース――大学編(2)
大学教員任期法と無期転換(一)/補 一一八万人の無期転換?
 第八話 カレント・ケース――大学編(3)
大学教員任期法と無期転換(二)
 第九話 カレント・ケース――大学編(4)
非常勤講師と労働契約法上の「労働者」
 第一〇話 カレント・ケース――大学編(5)
大学教員と契約期間の上限
 第一一話 カレント・ケース――大学編(6)
大学教員と労働時間の算定
 第一二話 カレント・ケース――大学編(7)
大学教員の雇用と流動性 
 第一三話 カレント・ケース――大学編(8)
更新への合理的期待と更新限度条項
 第一四話 カレント・ケース――大学編(9)
労働契約法改正と無期転換の回避
 第一五話 カレント・ケース――大学編(10)
誠実交渉義務とは何か(一) 自己の主張=回答の根拠を示す使用者の義務
 第一六話 カレント・ケース――大学編(11)
誠実交渉義務とは何か(二) 資金がないと回答した場合の帳簿等提示義務
 第一七話 カレント・ケース――大学編(12)
誠実交渉義務とアメリカ法/補 教員の採用選考と情報開示
 第一八話 カレント・ケース――大学編(13)
区分可能な出勤停止と停職/補 出勤停止と停職の英訳
 第一九話 カレント・ケース――大学編(14)
降格・降任と二重処分問題
 第二〇話 カレント・ケース――大学編(15)
アナリシスよりアナロジー 
 第二一話 フューチャー・ロー(1)
労働契約法制の見直し(一) 無期転換ルール
 第二二話 フューチャー・ロー(2)
労働契約法制の見直し(二) 労働条件の明示
 第二三話 フューチャー・ロー(3)
労働時間法制(裁量労働制)の見直し(一)
 第二四話 フューチャー・ロー(4)
労働時間法制(裁量労働制)の見直し(二)
 第二五話 フューチャー・ロー(5)
労働基準法施行規則の改正(一) 無期転換ルール等
 第二六話 フューチャー・ロー(6)
労働基準法施行規則の改正(二) 裁量労働制と本人同意
 第二七話 フューチャー・ロー(7)
本人同意のみなしと就業規則:ある法律改正から得たヒント
 第二八話 フューチャー・ロー(8)
本人同意のみなしと労使協定/ある省令改正:促音の小書き 
 第二九話 フューチャー・ロー(9)
私立学校法の改正? 理事選任機関の新設
 第三〇話 フューチャー・ロー(10)
私立学校法の改正? 評議員の資格および構成
 第三一話 フューチャー・ロー(11)
私立学校法の改正? 委員会審議からわかること
 第三二話 フューチャー・ロー(12)
私立学校法の改正? 附帯決議からわかること
 第三三話 フューチャー・ロー(13)
私立学校法の改正? 改めるべき日本語の表現
 第三四話 フューチャー・ロー(14)
男女賃金格差の公表――ヨーロッパの模倣?
 第三五話 フューチャー・ロー(15)
LGBT理解増進法の制定とその経緯
 第三六話 フューチャー・ロー(16)
LGBT理解増進法と男女別施設(浴場・トイレ等)
 第三七話 フューチャー・ロー(17)
トランスジェンダー最高裁判決(一) 行政措置要求と人事院の判定
 第三八話 フューチャー・ロー(18)
トランスジェンダー最高裁判決(二) 最高裁が言及しなかった事実
 第三九話 フューチャー・ロー(19)
トランスジェンダー最高裁判決(三) 経団連の調査が明らかにする事実
 第四〇話 フューチャー・ロー(20)
余録 トランスジェンダー最高裁判決と外国法――アメリカ法の現状
第二部 随想編―― Essay and Talk
 Ⅰ 労働時間の減少に歯止めを
 Ⅱ 人口減少社会における労働問題を考える 

 

2024年3月13日 (水)

第28回厚生政策セミナー「時間と少子化」の動画がyoutubeに

昨年12月4日に開催された第28回厚生政策セミナー「時間と少子化」の動画がyoutubeにアップされたようです。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLMG33RKISnWi7WeNBQcXNHpMaMl-KegdR

 

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2024年3月12日 (火)

『季刊労働法』2024年春号(284号)

284_h1 『季刊労働法』2024年春号(284号)の案内が労働開発研究会のサイトに出ているので(なぜか1号前の283号とかかれていますが)、こちらでも紹介しておきます。

https://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/

特集 2023年重要裁判例の検討

有期(定年後再雇用)・無期契約労働者間の基本給および賞与の格差の不合理性 名古屋自動車学校事件(最一小判令和5・7・20労判1292号5頁)中央大学准教授 井川 志郎

性自認に基づく職場トイレ使用制限の適法性 国・人事院(経産省職員)事件(最三小判令和5・7・11労判1297号68頁) 専修大学教授 長谷川 聡

公務員に対する退職手当支給制限処分と司法審査 宮城県・県教委(県立高校教諭)事件(最三小判令和5・6・27民集77巻5号1049頁) 金沢大学准教授 早津 裕貴

パート有期法への対応を目的とする手当の廃止・組み替えによる賃金引下げの効力 社会福祉法人恩賜財団済生会事件(山口地判令和5・5・24労判1293号5頁) 愛知大学准教授 金井 幸子

【第2特集】改正・精神障害の労災認定基準

精神障害の労災認定基準の改正について 厚生労働省労働基準局補償課職業病認定対策室 中央職業病認定調査官 西川 聡子

精神障害の労災認定基準―2023年改正と法的課題 東北学院大学教授 阿部 未央

精神障害の労災認定基準改正について―精神科医の立場から― 北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学 田中 克俊

【特別企画】ポスト・コロナ時代の労働法-日・韓・独の比較から

〈解題〉ポスト・コロナ時代の労働法―日・独・韓の比較からみえてくるもの 南山大学教授 緒方 桂子

ポスト・コロナ時代の労働時間法制―スタンダードを問い直す 東京大学大学院教授 神吉 知郁子

ポスト・コロナ時代―転換期における労働と労働法 ソウル市立大学校教授 盧 尚憲

ポスト・コロナ時代のドイツ労働法 ボン大学教授 ライムント・ヴァルターマン 南山大学教授(翻訳) 緒方 桂子

【集中連載】AI・アルゴリズムの導入・展開と労働法

アメリカ労働法とAI・アルゴリズム規制に関する暫定的レビュー 法政大学准教授 藤木 貴史

■論説■

イギリスにおける労働者(worker)概念と経済的従属性・コントロール・事業統合性 ―Uber 事件、Deliveroo 事件両最高裁判決を受けて 九州大学准教授 新屋敷 恵美子

■書評■

豊川 義明 著『現代労働法論―開かれた法との対話』 評者: 早稲田大学名誉教授 石田 眞

林 弘子 著 編・解題 浅倉むつ子『未来を展望する女性労働の法理―林弘子著作集―』 評者: 平成国際大学名誉教授 山﨑 文夫

■要件事実で読む労働判例―主張立証のポイント 第7回■

退職金請求と退職後の競業避止義務違反による退職金不支給に関する要件事実―アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件・東京高判平成24・6・13労働判例ジャーナル8号9頁を素材に 弁護士 田島 潤一郎

■イギリス労働法研究会 第43回■

アルゴリズム管理をめぐる基礎理論の検討―イギリスにおけるアルゴリズム管理規制の議論を中心に― 小樽商科大学教授 國武 英生

■労働法の立法学 第69回■

企画業務型裁量労働制とホワイトカラーエグゼンプションの根拠と問題点 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口 桂一郎

■判例研究■

労働密度の薄い夜勤時間帯の労基法上の労働時間性及び割増賃金の算定基礎 社会福祉法人A事件(千葉地判令和5・6・9労経速2527号3頁) 岡山大学准教授 土岐 将仁

MRに対する事業場外労働みなし制の適用の有無とスマートフォンでの打刻時間に基づく労働時間の認定 セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件(東京高判令和4・11・16労判1288号81頁) 北海道大学大学院博士後期課程 荒澤 喜寛

■重要労働判例解説■

賃金額の合意がなく労働契約の成立が否定された例 プロバンク(抗告)事件(東京高決令和4・7・14労経速2493号31頁) 日本大学法科大学院非常勤講師 小宮 文人

精神障害の悪化に対する労災認定判断 北九州東労基署長事件(福岡地判令和4・3・18労経速2499号9頁) 東洋大学准教授 北岡 大介

 

というわけで、わたくしの労働法の立法学は、企画業務型裁量労働制とホワイトカラーエグゼンプションについて、雇用システム論的観点からその立法過程を詳しく追いかけています。

EUプラットフォーム労働指令案が急転直下理事会で合意

当面成立の見込みがなくなったかと思われていたEUプラットフォーム労働指令案が、急転直下昨日理事会で合意されたようです。

Platform workers: Council confirms agreement on new rules to improve their working conditions

Today, EU employment and social affairs ministers confirmed the provisional agreement reached on 8 February 2024 between the Council’s presidency and the European Parliament’s negotiators on the platform work directive. This EU legal act aims to improve working conditions and regulate the use of algorithms by digital labour platforms.

本日、EUの雇用社会相理事会はプラットフォーム労働指令に関して理事会議長国と欧州議会の間で2024年2月8日に成立した暫定合意を確認した。このEUの立法は労働条件を改善するとともにデジタル労働プラットフォームによるアルゴリズムの使用を規制することを目指す。

当初の欧州委員会案が5要件のうち二つを満たせば雇用関係を推定するとしていたのに対し、この妥協案はそれなしに各加盟国の国内法や欧州司法裁判所の判例に沿って判断するとされています。細かな分析はまた改めてしますが、とりあえず速報として。

 

 

 

 

2024年3月11日 (月)

武井寛・嶋田佳広編著『ケアという地平』

09215 武井寛・嶋田佳広編著『ケアという地平 介護と社会保障法・労働法』(日本評論社)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

ケアという地平

「高齢者と障害者のケア」をめぐる世界的議論と動向を意識しつつ、コロナ禍があらわにした理論的諸課題を社会法の視点から考察。

内容は以下の通りで、広汎にこの問題を論じています。

第1部 社会法とケア

第1章 ケアの議論に学ぶ-社会法においてケアをどう考えるか
      ……武井 寛

第2章 「ケアと労働法」に関するもう1つの覚書
      ——理論動向の整理のために……矢野昌浩

第3章 ケアの希望表明権・選択権 上田真理

第4章 ケアと所得保障(ベーシックインカム)……嶋田佳広

第5章 高齢者ケア労働者の権利保障をめぐる課題
    ——ILO、OECD、EUの動向を手がかりに……脇田 滋

第6章 「ケアの視点」からみた介護保障・介護保険
    ——ドイツ介護保障システムとの対比から……木下秀雄

第7章 イギリスの退院支援制度におけるケアラーの権利
    ——キュアとケアの境目から、「ケアを中心とする社会」を展望する
      ……三田尾隆志

第2部 日本における介護保障とケア責任

第8章 高齢者ケアの「財源」問題
    ——介護保障と介護保険財源を中心に……日下部雅喜

第9章 地域における介護保障の展開と課題……濵畑芳和

第10章 介護保障における老人福祉法の役割と市町村の責任……高田清恵

第11章 介護保障と障害者支援
    ——「65歳の壁」問題から制度改革へ……瀧澤仁唱

第12章 障害者家族に課せられるケア責任
    ——子殺し事件裁判資料の分析を通じて……田中智子

 

 

 

 

2024年3月 9日 (土)

「賃金と賃銀」@『労基旬報』2022年6月25日号

というわけで、せっかくなので、もう2年近く前の小文ですが、『労基旬報』2022年6月25日号に載せた「賃金と賃銀」を再掲します。

 今日、雇用契約に基づき労働者が労働の対価として受領する金銭のことは「賃金」と書き、「ちんぎん」と読みます。今ではほぼ誰も疑わないこの余りにもごく普通の用語について、いささかトリビアルにも見える突っ込みを入れてみたいと思います。
 まず、「賃金」を「ちんぎん」と読むことについてです。実は、漢字熟語で「○金」という形のものはほとんど全て「○きん」と読みます。「○ぎん」と読むのは連濁ではないかとお考えの方もいるかも知れませんが、その例はありません。訓読みなら「○金」を「○がね」と読んでも、音読みでは「○きん」となります。例えば、「掛金」は「かけがね」ないし「かけきん」であって「かけぎん」にはなりません。
 一方、ciniiで学術論文をサーチすると、過去に遡るにつれて「賃金」ではなく「賃銀」と表記したものが多くなっていきます。どうも昔は「ちんぎん」を「賃銀」と書くのが普通だったようです。書籍名で検索すると、戦後の本で珍しく『賃銀』と題するものが見つかります。1970年に刊行された大河内一男『賃銀』(有斐閣)です。そのまえがきに、「ちんぎん」の表記法についてかなり長く論じているところがあります。

・・・最後に本書の表題について一言しておかなければなるまい。本書は『賃金』とせず『賃銀』とした。私は昔から「賃金」と書かずに「賃銀」と書いてきたから、いまでもそれを「賃金」に改める必要はないと思っているだけのことである。近頃は法律その他の公式文書、教科書、新聞、雑誌など、いずれも「賃金」としているので、私が原稿に「賃銀」と書いても、編集者か校正係か、ないし印刷所あたりで「賃金」に訂正して、ゲラが私のところへ廻ってくる。私はそれを「賃銀」に直してもう一度差し戻しても結果は同じで、何度でも「金」と「銀」とのやりとりが繰り返されるだけで、新しい用字法の暴力には到底かなわないので、仕舞いには私の方が根負けしてどっちでもいい、という気になってしまう。明治時代には、政府などの調査書や報告書にはよく「賃金」と書かれているものがあるが、これはおそらく「ちんキン」と読ませたのではないか。役人言葉としては考えられることである。ただ日常用語としては「ちんぎん」で、それを文字に移せば「賃銀」であった。こうした穿鑿はどうでもいいことであるが、昨今、「賃金」と書いて「ちんぎん」と読ませているのは納得いかない。昔のようにあえて日常語から離れて「ちんキン」と読むなら「賃金」でもいいが、これを「ちんぎん」と読ませるのは無理であり不自然である。・・・・

 もう一つ、1960年に出た山本二三丸『労働賃銀』(青木書店)のまえがきはもっと激烈です。

・・・われわれは、賃銀のことを「チンギン」と発音して、「チンキン」とは発音しない。賃銀という言葉は、ずっと古くからあって、終戦後も賃銀と書かれていた。ところが、今から約十年ほど前に、さる著名な学者が、いつもの素人を感心させる手で、にわかに賃銀を『賃金』と書き改めることを提唱したが、その理由は「賃銀は貨幣である。貨幣は金であって銀ではない。だから賃銀では間違いであって、賃金でなければならぬ」という、全くの屁理屈であった。ところが、この屁理屈が、当時教条主義のはびこっていた左翼陣営においてたちまち受け入れられ、賃銀闘争は『賃金闘争』に切り替えられ、これよりして、賃銀に代わって『賃金』がとうとうとして世を風靡し、ごく少数の心ある学者を除いては、賃銀論の「専門家」まで、無意識にこの字を採用することになり、しかも滑稽なことに、その保守性をもって鳴る自民党政府までが、この左翼的屁理屈に感化されてしまったのである。・・・

この「著名な学者」氏の言い分が屁理屈であることには全く賛成ですが、自民党政府は別段その左翼的屁理屈に感化されたわけではないと思われます。というのは、読者がみんな知っているように、終戦直後に制定された労働基準法が「賃金」と表記しているから、政府はそれに従っているだけだからです。そして、これは日本の労働法制史に詳しい人であれば知っているように、この「賃金」という表記法は戦時中、さらには戦前に遡ります。大河内は「調査書や報告書」と言いますが、そもそも法令上はずっと「賃金」と書かれていたのです。たとえば、初めての包括的賃金法制である賃金統制令(1939年、1940年)や賃金臨時措置令(1939年)がそうですし、これらの根拠法である国家総動員法(1938年)も「賃金其ノ他ノ従業条件」(第6条)と表記していました。これらは戦時体制下の法令名であって、左翼的屁理屈どころの騒ぎではありません。
 では法令上はどこまで遡るかといえば、私の考えでは1916年の工場法施行令(勅令第193号)ではないかと思われます。そこには「賃金」という字面が20個以上出てきます。

第6条 職工療養ノ為労務ニ服スルコト能ハサルニ因リ賃金ヲ受ケサルトキハ工業主ハ職工ノ療養中一日ニ付賃金二分ノ一以上ノ扶助料ヲ支給スヘシ但シ其ノ支給引続キ三月以上ニ渉リタルトキハ其ノ後ノ支給額ヲ賃金三分ノ一迄ニ減スルコトヲ得
第22条 職工ニ給与スル賃金ハ通貨ヲ以テ毎月一回以上之ヲ支給スヘシ

 ただし、1911年に制定された工場法それ自体にはこの言葉は出てきません。そして、ここが興味深いところですが、法律はできたけれどもまだ施行されず、勅令や省令もできていない段階の1913年に刊行された岡實『工場法論』(有斐閣書房)では「賃銀」という表記法であったにもかかわらず、法施行後の1917年に刊行された岡實『改訂増補工場法論』では、勅令や省令の表記法に従って「賃金」になっているのです。どうも、ここで表記法が変わったようです。
 工場法は、担当局長の岡實によれば「之レカ制定ニ至ル迄ニハ実ニ約三十箇年ノ星霜ヲ積ミ、此ノ間主務大臣ノ交迭ヲ重ヌルコト二十三回、工務局長又ハ商工局長トシテ主任者ヲ換フルコト十五人、稿ヲ更ムルコト亦実ニ百数十回ニ及ヒタル」法律ですが、その検討案段階の条文を見ていくと、「職工ノ賃銀ハ帝国ノ通貨ヲ以テ払渡スコト」(1987年職工条例案)とか、「職工規則ハ左ノ事項ヲ規定スヘシ 一 賃銭ニ関スル規程」(1998年農商工高等会議諮詢法案)と書かれていました。
 では、工場法施行令で「賃金」という表記法が登場したのはなぜなのか、岡實の本をいくら読んでも出てきませんが、おそらく他の法令との表記を統一すべきと内閣法制局あたりから指摘があったからではないかと思われます。というのは、工場法に先立ち1896年に制定されていた民法典に、「賃金」という表記がいくつか登場していたからです。とはいえ、それは概ね現在「賃金」と呼ばれているものではなかったようです。
 文語民法を検索すると全部で三つの「賃金」という表記が出てきます。まずは賃貸借契約における対価で、一般には家賃とか借賃といわれているものです。

第601条 賃貸借ハ当事者ノ一方カ相手方ニ或物ノ使用及ヒ収益ヲ為サシムルコトヲ約シ相手方カ之ニ其賃金ヲ払フコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス

 この規定は、2004年の民法口語化によって現在は「賃料」になっています。ただそれまでも、全ての民法の教科書では条文上の「賃金」を「賃料」に直して説明していました。この「賃金」は、まさに「ちんきん」と読む言葉であって、そのことは国語辞典でも明記されています。
 次に1年の短期消滅時効に係る債権です。

第174条 左ニ掲ケタル債権ハ一年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス
一 月又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル雇人ノ給料
二 労力者及ヒ芸人ノ賃金並ニ其供給シタル物ノ代価

 ここには労働者らしき者が二つ登場します。「雇人」と「労力者」です。前者に支払われるのは「給料」であり、後者に支払われるのが「賃金」で、この労力者は「芸人」と同類のようです。民法学者によると、前者は雇傭契約に基づく労務者であるのに対して、後者は雇傭契約に基づかない大工、左官、植木職人を指すとのことで、そうするとこの「賃金」も「賃銀」ではなかったようです。いずれにしても、この短期消滅時効は2017年の民法改正で廃止され、それが2020年の労働基準法改正につながったことは周知のところでしょう。
 最後の「賃金」は農工業労役の先取特権です。こちらはやや複雑で、一般の先取特権に「雇人ノ給料」があり、動産の先取特権に「農工業ノ労役」があります。

第306条 左ニ掲ケタル原因ヨリ生シタル債権ヲ有スル者ハ債務者ノ総財産ノ上ニ先取特権ヲ有ス
二 雇人ノ給料
第308条 雇人給料ノ先取特権ハ債務者ノ雇人カ受クヘキ最後ノ六个月間ノ給料ニ付キ存在ス
第310条 左ニ掲ケタル原因ヨリ生シタル債権ヲ有スル者ハ債務者ノ特定動産ノ上ニ先取特権ヲ有ス
八 農工業ノ労役
第324条 農工業労役ノ先取特権ハ農業ノ労役者ニ付テハ最後ノ一年間工業ノ労役者ニ付テハ最後ノ三个月間ノ賃金ニ付キ其労役ニ因リテ生シタル果実又ハ製作物ノ上ニ存在ス

 第174条の解釈からすれば、前者が雇傭契約に基づく労務者で、後者が雇傭契約に基づかない職人ということで良いようにも見えますが、そうではなく、後者は雇傭契約に基づく労務者も含むと解釈されてきました。ということは、その部分に関する限り、「賃金」は雇人の給料と重なるということになります。ただ、この解釈が立法者の意思に合致しているのかどうかは分かりません。
 何にせよ、1916年に工場法施行令が制定される際に、それまで工場法草案等で「賃銀」「賃銭」等と表記されていたものが、民法の(ほぼ対象領域が異なる)「賃金」という表記に引っ張られる形で、「賃金」と書かれるようになった、というのが、以上の状況証拠から推定される事態の推移であったようです。そして、それがその後の政府の表記法を決定し、戦時下の統制法令を経て、戦後労働基準法その他の法令に確立し、労働運動や学者の表記法もそれに統一されるようになったのでしょう。
 以上、今日の労働問題にはほとんど関わりのないまことに趣味的な穿鑿ではありますが、労働研究では最もよく出てくる用語の表記法に意外な裏話があったというのは、何かの話のネタにちょうどいいかも知れません。

 

 

 

賃金と賃銀

53c6df442fe541b49827497a70ce8134 『賃金の日本史』を書かれた高島正憲さんが、歴史書の老舗吉川弘文館のPR誌『本郷』の2023年11月号に「「賃銀」から「賃金」へ」というエッセイを寄稿されていたことに気がつきました。noteに載ったからですが。そこに、私の書いた小論が引用されていました。

「賃銀」から「賃金」へ 高島正憲

 そもそも、我われがあたりまえのように日常のなかで使っている「賃金」という言葉はいつから日本で広まりだしたのであろうか。書籍や論文、雑誌記事、ウェブなどいろいろと調べていると、やはりというか、なぜ「賃銀」ではなくて「賃金」なのかと同じような疑問を考えている人は多いようである。

 濱口桂一郎「賃銀と賃金」(『労基旬報』二〇二二年六月二五日号)では、「賃金」という表記は戦前から存在しており、特に法令上はその表記の方が多かったとして、法制史上の事例の考察と、そこから導き出される「賃銀」から「賃金」への移行についての仮説が紹介されている。たとえば、 一九三九年に公布された労働賃金を抑制する賃金統制令や賃金臨時措置令は、法令名そのものがまさに「賃金」であるし、それら法令は一九三八年の国家総動員法にもとづいたものだが、その本文にも「賃金其ノ他ノ従業条件」(第六条)という表記が確認される。また、法令上で「賃金」をさかのぼることができるのは一九一六年の工場法施行令で、条文中に「賃金」という表記が二〇箇所以降も確認することができ、それより五年前の一九一一年に公布された肝心の工場法には「賃金」が見当たらないことも指摘されている。

 よく知られているように、労働者保護の法令を作成する機運は、工場法制定に先立つこと数十年前の明治期半ばよりあったが、企業・財界よりの反対や政府の調整不足などで法案が作成・提出されるも長い間制定にはいたらなかった。それらの草案では「賃銀」や「賃銭」の表記となっていたが、他方、民法ではすでに「賃金」という表記がされており、またその定義するところも家賃、債権、雇人の給料など複数の意味で書かれるなど、用語としてはやや混乱した状況であったようである。その後、工場法の制定・施行過程で(意味が異なるとはいえ)民法に明記された「賃金」の表記が使われるようになり、やがて戦時下の統制関係の法令によって「賃金」の使用が確立した、という仮説となっている。

私の小論は、せいぜい明治以降の労働関係法令用語や社会政策学者の本くらいまでしか論じていませんが、古代からの賃金史を書かれた高島さんらしく、ここから話はさらに拡大し、明治初期から江戸時代までいろんな用例を紹介されています。

と、中世にまで遡ったあとに、最後のオチとして、21世紀になっても岩波文庫のマルクスの本は『賃銀・価格および利潤』(長谷部文雄訳) であるという話で締めくくっています。

1708078048670ynakg5pmc2 なお、改めていうまでもありませんが、高島さんの『賃金の日本史』は傑作です。是非ご一読を。

 

 

 

 

2024年3月 8日 (金)

フランス政府がEUプラットフォーム労働指令案に更なる注文を

Shutterstock_1140551222800x450 ごたごたが続いているEUプラットフォーム労働指令案ですが、例によってEU業界紙のEuractivが、また内幕情報を報じています。

In last-minute upset, France pitches new changes to gig work file

France’s one-pager, dated 8 March and seen by Euractiv, contains wording changes that will undoubtedly create a stir among EU27 ambassadors and further complicate the chances of an agreement.・・・

The French note creates a new recital clause, which in effect annuls the application of the presumption in instances where national law establishes that some groups of persons, such as platform workers, are by essence “genuinely” self-employed.

フランス政府が回覧した1枚紙の文書は、国内法でたとえばプラットフォーム労働者は純粋の自営業者だと決めたら、どうしてみても雇用関係の推定は適用できないようにしようというもののようです。マクロン大統領はよっぽど労働者性の認定がお気に召さないようです。

 

 

2024年3月 7日 (木)

滝原啓允編著 『欧米のハラスメント法制度』(労働政策研究・研修機構)

Harassment 滝原啓允編著 『欧米のハラスメント法制度』(労働政策研究・研修機構)が刊行されました。

欧米のハラスメント法制度

ハラスメントへの対応に苦慮しているのは日本だけではない

「何がハラスメントにあたるのか」「ハラスメントについて法はどのように対応すべきか」「そもそも『ハラスメント』とは何か」といった根源的な問いに向き合い模索する欧米諸国(英米独仏EU)の法状況を、法学研究者たちが明らかにする。さらに、ハラスメントに対し有効と考えられる修復的正義(restorative justice)についても論及する。

目次と執筆者一覧は以下の通りです。

目次

  • 序章 はじめに
  • 第1章 イギリス
  • 第2章 アメリカ
  • 第3章 ドイツ
  • 第4章 フランス
  • 第5章 欧州連合(EU)
  • 終章 おわりに
  • 補章 修復的正義(restorative justice)とは何か──その思想・哲学、理論、そして労働法学との接点
  • 4カ国比較整理表(イギリス・アメリカ・ドイツ・フランス)

執筆者

滝原啓允 大東文化大学法学部准教授 【編者】(序章・イギリス・終章・補章)
藤木貴史 法政大学法学部准教授(アメリカ)
原俊之 青森中央学院大学経営法学部教授(ドイツ)
細川良 青山学院大学法学部法学科教授(フランス)
濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長(欧州連合(EU))

 

 

 

2024年3月 6日 (水)

本日、労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス」

本日、労働政策フォーラム「時間帯に着目したワーク・ライフ・バランス」のパネルディスカッションがライフ配信で行われます。

https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20240306/index.html

Jiljil_20240306085701

 

2024年3月 4日 (月)

大卒が高卒ジョブに就くという話

Insider ビジネスインサイダーに、「アメリカでは、大卒者の半数近くが飲食サービスや小売業といった「高卒レベルの仕事」に就いている —— 最新報告」という翻訳記事が載っていて、たぶん途中までは日本の読者もそれほど違和感を感じずに読んでいくのだろうと思うのですが、そこはやはりジョブ型社会のアメリカの話なので、こういう当たりで「あれ?」と感じるはずです。

アメリカでは、大卒者の半数近くが飲食サービスや小売業といった「高卒レベルの仕事」に就いている —— 最新報告

2つの調査会社が共同でまとめた最新報告書によると、アメリカでは大学で最近学位を取得した人の約52%が卒業後1年以内に大卒資格を必要としない仕事に就いているという。・・・

では、大学卒業後に高卒レベルの仕事に就いた新卒者は5年後にどうしているかというと、一般事務(109万人)や販売監督(100万人)、小売販売員(75万9000人)、営業(61万1000人)、事務補助(60万2000人)といった仕事に就いている人が多い。

英語ではこうです。

Within a year of graduating, about 52% of people who recently earned bachelor's degrees in the US are working jobs that don't require a college education, according to a new joint report by two research firms.・・・

For graduates working high school-level jobs five years after finishing college, the most common occupations are clerk (1.09 million graduates), sales supervisor (1 million), retail sales worker (759,000), salesperson (611,000), and secretary (602,000).

たぶん、圧倒的に多くの日本人は、これらが大学の卒業証書まで得た者が就くのが問題になるような高卒用の仕事だというのがあんまり理解できないのではないでしょうか。

でも、そうなんです。ジョブ型社会ではこれらはいったんそこに就いたら、一念発起して何かスキルを得て別のジョブに転職するのでない限りずっとその仕事をし続けるのが当然であるようなジョブなんです。そのうちにより高度な仕事に人事異動してくれるのが当然のメンバーシップ型社会ではないのです。

一般事務であれ営業であれ、日本の普通の事務系ホワイトカラーサラリーマン男女が「入社」して最初に必ずやる仕事というイメージでしょう。それらは大卒ともあろう者が就くべきではない行き止まりの低級ジョブだという風には誰も思っていないでしょう。

学歴過剰という話は世界中でよくありますが、それがどういう現れ方をするのかは雇用システムによって様々であることがわかります。

賃金、上がるのは誰か 氷河期世代は再び受難も@日経新聞電子版

本日の日経新聞電子版に「賃金、上がるのは誰か 氷河期世代は再び受難も」という記事が載っていまして、その中にわたくしもちらりとだけ出てきております。

賃金、上がるのは誰か 氷河期世代は再び受難も

春季労使交渉(春闘)が本格化し、大企業が競うように大幅な賃上げ方針を打ち出している。デフレからインフレへと局面が切り替わり、上がりにくかった賃金をめぐる景色も様変わりした。もっとも、すべての人の給与が一律に上がるわけではない。賃上げの大合唱をどこか遠い国の話のように感じている人も多いはずだ。・・・・

Nikkei0304

 

 

スキルとデキル

ジョブ型雇用社会で必要なのはスキル。具体的なジョブを実際に遂行することができるスキル。これに対してメンバーシップ型社会で求められるのは、いかなる意味でも具体的なジョブのスキルではなくて、どんなことでも「できる」ことなんだなあ。「できません」はありえない。できるまで頑張る。スキルとデキル。あまりいいしゃれじゃないか。

2024年3月 2日 (土)

梅崎・南雲・島西『日本的雇用システムをつくる』書評@『社会経済史学』

714l2ve3cjl_sl1500_  社会経済史学会の『社会経済史学』という雑誌の第89巻第4号に、梅崎修・南雲智映・島西智輝『日本的雇用システムをつくる1945-1995 オーラルヒストリーによる接近』(東京大学出版会)の書評を寄稿しました。

なお、書評自体は同誌の規約により公開しませんので、読みたい方は同誌を入手下さい。

71iavdmzl_sl1500_ さて、本書の書評がいまこの時点で掲載されるのは、図ったわけではないですが大変時宜に適していると思います。というのも、既にご案内の方もおられるかと思いますが、本書は労働問題リサーチセンターの今年度の沖永賞を受賞した本だからです。

図書・論文等の表彰(冲永賞)

表彰式は3月8日(金)ホテルオークラ東京において開催予定です

さて、本書は昨年4月に刊行され、そのときに本ブログで取り上げております。

梅崎修・南雲智映・島西智輝『日本的雇用システムをつくる 1945-1995』

その後わりと直ぐに社会経済史学の方から書評の依頼があり、書いて送ったのですが、それからかなり時間が経ち、なんだか時期に遅れた証文みたいな気がしていたのですが、逆にちょうど沖永賞の受賞の時期に合わせたみたいになって、結果的にグッドタイミングになったように思います。

 

 

 

 

 

 

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