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2024年2月21日 (水)

遺族補償年金の男女差の原点@『労基旬報』2024年2月25日

『労基旬報』2024年2月25日に「遺族補償年金の男女差の原点」を寄稿しました。

 労働者災害補償保険法第16条の2は、遺族補償年金を受給できる者について、次のように夫と妻で年齢要件の格差をつけています。
第十六条の二 遺族補償年金を受けることができる遺族は、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であつて、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものとする。ただし、妻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)以外の者にあつては、労働者の死亡の当時次の各号に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。
一 夫(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)、父母又は祖父母については、六十歳以上であること。
二 子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること。
三 兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること又は六十歳以上であること。
四 前三号の要件に該当しない夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、厚生労働省令で定める障害の状態にあること。
 一言で言えば、同じく労働者の配偶者であっても、男性労働者の妻であれば年齢要件がかからないのに対し、女性労働者の夫であれば60歳以上という年齢要件がかかるのです。いや、妻以外であれば、父母であれ祖父母であれ子や孫であれ兄弟姉妹であれ18歳未満か60歳以上という要件がかかるのに、妻だけそれがなく、18歳から60歳までの間であっても「労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していた」のであれば、遺族補償年金の対象になるといった方がいいかもしれません。
 同様の規定は国家公務員災害補償法第16条や地方公務員災害補償法第32条にもあり、後者については、地公災基金大阪府支部長(市立中学校教諭)事件の大阪地裁判決(平成25年11月25日)が違憲判決を下したのに対し、大阪高裁判決(平成27年6月19日)が合憲判決を下し、最高裁が平成29年3月21日に合憲判決を下して決着したことは周知の通りです。とはいえ、男女共同参画社会が進展する中で、こういう男女役割分業を前提とした規定がいつまで正当性を主張しうるのかは、議論のあるところでしょう。本稿では、そうした法解釈論に深入りするつもりはありませんが、そもそもなぜこうした男女異なる規定が設けられたのかを、立法の歴史を遡って確認しておきたいと思います。
 
 まず、この男女異なる要件は、労働者災害補償保険法上のものであって、労災保険が担保すべきとされている労働基準法上の災害補償規定には存在しません。1947年に労働基準法が制定されたときの規定ぶりはこのようになっていました。
 労働基準法
(遺族補償)
第七十九条 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
 労働基準法施行規則
第四十二条 遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。
② 配偶者がない場合には、遺族補償を受けるべき者は、労働者の子、父母、孫及び祖父母で、労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた者又は労働者の死亡当時これと生計を一にしていた者とし、その順位は、前段に掲げる順序による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にする。
 そして、同時に制定された労働者災害補償保険法においては、遺族補償受給者の範囲もその額も労働基準法のそれと全く同じでした。今日のような年金制度ではなかったからです。この点は、戦前の工場法時代もそうでした。工場法施行令第10条は「遺族扶助料ヲ受クヘキ者ハ職工ノ配偶者トス」と規定していたのです。この点で、労働基準法上の災害補償規定は本質的に変わっていません。「又は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持した者」が削除されただけで、男女間に差をつけていないのです。
 では、いつから男女に差をつける規定が盛り込まれたのかといえば、それまで一時金であった遺族補償給付が年金化された1965年改正によってです。労災補償給付の年金化の問題は、炭鉱労働者の珪肺や脊髄損傷をめぐって大きな政治課題となり、紆余曲折を経て1965年改正で実現に至ったことは周知の通りですが、その立法過程を見ていくと、1964年7月25日の労働者災害補償保険審議会の答申「労働者災害補償保険制度の改善について」において、次のように示されたのが出発点になります。
(4) 遺族補償費
(イ) 遺族年金
 遺族補償費は、年金として支給することとし、受給権者の範囲及び順位については、労働者の死亡当時生計維持関係にある者を中心とし、国際慣行等を勘案して定めることとする。
(ロ) 遺族一時金
 労働者の死亡当時遺族年金の受給権者がない場合又は労働者の死亡後短期間のうちに遺族年金の受給権者がなくなった場合には、遺族のうち一定の範囲の者に、ある程度の額の遺族一時金を支給することとする。
 これをもとに同年10月12日に同審議会に諮問され、12月12日におおむね了承された法律案要綱は、現行法とほぼ同じ規定ぶりで、妻のみ年齢要件がなく、夫やそれ以外の遺族は18歳未満ないし60歳以上という年齢要件が付せられていました。この改正には労使双方からいろいろな意見がついていますが、この点については誰も何も文句を言っていません。そういう時代であったということでしょう。
 1965年改正時の解説書(労働省労災補償部編『新労災保険法』日刊労働通信社(1966年))は、この遺族補償年金について「妻以外の遺族については、独立の稼得能力がある者にまで年金を支給するに及ばないということである」と、はっきり断言しています。興味深いのは、「国際慣行」を根拠に挙げていることで、男女異なる扱いは国際的に見ても妥当なものだと考えられていたわけです。同書の末尾には、諸外国の労災保険制度の概要が掲載されていますが、その遺族給付のところを見ると、まずILO第17号条約が「適用を受ける事故は、扶養者の死亡の結果その寡婦又は子が被る扶養の喪失を含み」と、第67号勧告が「寡婦には寡婦たる全期間、子女には18歳まで、又はその一般教育若しくは職業教育を続行しているときは21歳まで補償を行わなければならない」と、第102号条約が「扶養者の死亡に関する定期払い金は、少なくともその寡婦及び子に対して確保しなければならない」と規定しているように、明確に寡婦と鰥夫で異なる扱いにしていました。各国の現状を見ても、寡婦は無条件で受給資格がありますが、鰥夫は通常被扶養者であるか労働不能である場合にのみ受給資格があると書かれています。当時の労災保険担当者は、これが半世紀以上後に大きな問題となるなどとは全く考えていなかったのでしょう。
 この1965年改正を中心とした労災保険独自の給付の拡充は、「労災保険の社会保障化」とか「労災保険の一人歩き」等と呼ばれています。労働基準法上の災害補償規定は使用者の無過失補償責任に基づくものであるので、労働者が男であるか女であるかによって差がつけられるべきではありませんが、それを超えて労災保険制度が独自に設けた年金給付については、使用者の補償責任を担保するものではなく国が福祉国家の理念に基づいて行う給付なのだから、その社会的実情に即して給付をするのが当然だ、という訳なのでしょう。その意味では、この部分の見直しが議論されるようになってきたのは、2012年国民年金法改正により、妻が死亡した夫にも遺族基礎年金が支給されるようになり、男女で支給要件に差がある遺族厚生年金についてもその見直しが議論されるようになってきたことが背景にあります。

 

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