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2024年2月29日 (木)

ビル・ヘイトン『「中国」という捏造』@『労働新聞』書評

817yaysygzl273x400 例によって月1回の『労働新聞』書評ですが、今回はビル・ヘイトン『「中国」という捏造』(草思社)です。

【書方箋 この本、効キマス】第55回 『「中国」という捏造』 ビル・ヘイトン 著/濱口 桂一郎

 「捏造」というタイトルは過度に挑発的だと感じられるかもしれない。しかし、原題の「invention」には「発明」とともに「捏造」という意味もある。ほんの百数十年前までは存在しなかった「中国」という概念を、清朝末期から中華民国時代の思想家や政治家たちが創り出してしまったということだ。と、いう話なら、日本でも岡本隆司『「中国」の形成』(岩波新書)など類書はある。本書の読みどころは、康有為、梁啓超、黄遵憲、厳復といった思想家や、李鴻章、孫文、蒋介石といった政治家たちが、苦闘しながらひねり出していった「中国」という創作物が、21世紀の今日、習近平の「中国の夢」というスローガンの下、「中華民族」という究極の虚構が14億の多様な人々の違いをすり潰すイデオロギーとして猛威を振るうに至った歴史を、生々しく描き出しているところだろう。
 近代的な主権国家という概念も民族国家という概念もなかった大陸東アジアにおいて、欧文から翻訳された、あるいは日本語から重訳された「主権」や「民族」といった概念が過度なまでの定向進化を遂げ、あらゆる国際規範に縛られることを拒否する主権原理主義や、モンゴル人、ウイグル人、チベット人までことごとく「中華民族」とみなして漢民族文化を押しつける「民族のるつぼ」を生み出してしまった、というのは近現代史最大の皮肉であり、悲劇であろう。いや、「漢民族」という概念自体、漢字がなければコミュニケーション不可能な(欧州であればポルトガル語とルーマニア語くらいの違いのある)人々を「黄帝の子孫」という虚構で観念的に作り上げたものなのだが。
 本書を読んではっとさせられたのは、共産主義イデオロギーがこの「中華民族」思想を中和する役割を果たしていたという指摘だ。毛沢東は確かに大躍進や文化大革命で数千万人の中国人を死に追いやった。しかしながら、その共産主義思想の故に、ソビエトの民族自治政策を部分的に導入し、少数民族には自治区、自治州といった制度が与えられ、少数民族の共産党員がそのトップに据えられた。共産党に逆らうことは許されないが、その範囲内で民族性を発揮することは許されていたのだ。ところが、1989年の天安門事件で共産主義に全く正統性が失われてしまった後、中国共産党はその正統性の根拠として専らナショナリズム(中華民族主義)にしがみつくことになる。
 かつては共産党の公式表明では「人民」という言葉がよく使われた。人民とは労働者、農民、共産党の側であり、資本家や国民党がその敵だ。中華「人民」共和国とは元々そういう意味であった。ところが、天安門後の共産党は「三つの代表論」によって、それまでの労働者階級の代表から企業家も含めた中華民族の代表に「進化」した。中華民族の代表の敵はもはや資本家ではない(その大部分は共産党員だ)。中華民族の敵は、些細な違いを煽り立てる分離主義者どもだ。
 かくして、毛沢東時代には国民党との階級闘争が主調であった歴史のナラティブは、西欧列強や日本軍国主義との戦いに彩られることになる。それが日本陸軍と英雄的に戦う八路軍の虚構ドラマにとどまっているうちはまだよい。その対外被害者意識の戯画的な表出が、「本来」の中国領土を限りなく拡げて描いた「国恥地図」や、東南アジア諸国の沿岸すれすれまで自国領海だと言い張る南シナ海九段線となるのだ。

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